イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「大阪で生まれた開高 健」読了

2016年12月28日 | 2016読書
たる出版 「大阪で生まれた開高 健」読了

本書は師の生誕80周年を記念して出版されたものだ。当時、平成23年2月に難波パークスで展覧会がおこなわれていて、この本の表紙の写真が展覧会のPRや入場券に使われていたので何か関係があったのだろうかと思って調べてみたけれども入場券にもネットにもこの出版社のことはなにも出てこなかった。展覧会に便乗して一儲けしてやろうという魂胆なのだろうか・・。
ちなみに僕はこの展覧会には2度も足を運んでしまった。

会場にもこの本が売られていて買おうかと思ったものの、なんだか師の名前を借りて出版されたようなものを読むのは似非ファンのような気がして、買うのをためらっていた。
この本の最初には難波利三や藤本義一の寄稿があるが、大阪在住の作家ということで無理やり原稿を書いたようでまったく面識はないような感じである。

しかし、後半坪松博之がまとめた部分(これとても大部分は過去に公開された文章の転載ではあるのだが。)や作家柴田祀男にあてた手紙には師の現実に対する絶望と将来にたいするギラギラとした欲望がまざまざと表されている。
これだけでもこの本には十分な価値があると思う。

記録:和歌山県立図書館貸出

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「釣針(ものと人間の文化史)」読了

2016年12月22日 | 2016読書
直良 信夫 「釣針(ものと人間の文化史)」読了

本書はテーマをひとつのものに絞って文化史を解説しているというような本で、たまたま「釣針」というテーマのものがあったので買ってみた。ちなみに図書館では、「磯」というテーマのものもあったがあまりにも分厚いので多分借りることはないだろう。

旧石器時代から金属器時代の最初のほうまでの釣り針の変遷や地域ごとの特色が書かれている。最初は木の枝別れしたところで作られた「レの字」形の釣り針が作られ、鹿の角の枝分かれしたところが利用され、石器が進歩してくると次第に「しの字」の形をしたものに進化してきたというのが最初の流れだ。
それからもう少し進歩すると結合針という、フトコロのところからふたつに分かれていて紐で縛って使うようなものも現れてきたらしい。強度と針掛かりを重視したデザインだ。接合部もただ縛るだけからギザギザをつけたり軸側に穴をあけて細い針先を通すような進化したデザインもあった。
その後、金属器の時代に入るとすでに現在と同じようなデザインの釣り針が現れる。
逆にいうとそれからはほとんど進歩していないということで、完成度というかもうこれ以上進歩しようがないほど合理的なデザインであったということがよくわかる。
フトコロの一番深いところに穴が空いていて、著者の考察からするとそこに紐を使ってなにか飾りのようなものを取り付け疑似針として使っていたのではないかという。まるでチョクリ鉤か高仕掛けのビニールを付けた状態ではないか。素材が変われどもやっていることは昔と変わらない。

掲載されている鉤のデザインや大きさの数々は時代ごとの変遷よりももっと別の意味があるのではないかと思えるほど多様だ。もちろん狙う魚(旧石器時代にすでに数十種類の魚が食べられていたらしい。)に合わせて作られたというのもあるのだろうが、ぼくはきっと、かなり気難し気な古代人のおいやん達が、「わえの鉤が一番釣れるんよ~。ほかの奴の鉤ら、あこまえよ!!。」そんなことを言いながら集落の片隅で背中を丸めて一所懸命鉤を磨いていたに違いないと思う。だから作った人の数だけデザインがあるのだと思えてしまう。
それほど魚釣りは面白い。社会が整備され、人口が増えてくると魚を釣るという漁法は効率の悪いものになってきたそうだ。それが新石器時代の終わりごろ。それ以降は生きるための食糧調達の手段というよりも楽しみ、娯楽のひとつになりつつあったようだ。
それでも人は細かい作業で青銅や鉄の鉤を作り続けて今に至る。
やはり釣りというのは面白いんだ。
師の本に掲載されているあまりにも有名な箴言に、

1時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたいなら、結婚しなさい。
8日間幸せになりたいなら、豚を殺して食べなさい。
そして、一生幸せになりたいなら、釣りを覚えなさい。

という言葉があるが、改めて人生のズバリを言い当てた箴言だと確認することになるのだ。

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「空想科学が止まらない」読了

2016年12月15日 | 2016読書
柳田理科雄 「空想科学が止まらない」読了

いつもはテレビアニメやマンガ、映画なんかのネタばかりだが、この本は著者の日常生活を科学するというテーマのものだ。

科学するためにはまずはデータ取り。著者がたしなむお酒の分量や印税、睡眠時間・・・、とりあえずデータを取ることから始まる。
データ取りというと、僕もそんな性癖?みたいなものがある。このブログもそうだが、とにかく記憶力がないので後々思い返したいものは記録しておく。
釣果、次の散髪や歯石の掃除のタイミング、船のメンテナンスや修理の記録などなど。大きな買い物をした時、新聞や本で気になったことばなんかも。

とにかく記憶力がまったくないので記録をしておかないと何もかもを忘れてしまう。
でも、記録を取るというのには少なからず効用もある。
それの最たるものはダイエットだった。レコーディングダイエットという手法は食べたものをすべて記録するというものだが、これで僕は最大26キロまでのダイエットに成功した。
釣果もしかり、ブログへの記録は10年余りだが、手帳への記録は2002年から始めている。僕の釣果もその頃から少しづつ上向いてきたように思う。
しかしまた、船のメンテナンス記録ではそれに費やした金額に愕然とすることもある。
最近は表計算ソフトを使って管理をしているが、金額の累計をドラッグするだけで見ることができるのだ。奥さんには絶対に見せられない金額になってしまっている。死ぬまでにどれだけ使うのだろうと思うと恐ろしくなるのだ。

それでもこれからもなんだかんだを記録していくのだと思う。ただ、まったく生産のための役にたっていないのが問題だ。
仕事にその効用を見出すことができれば僕ももっと出世しているのかもしれないなと思うのだが、やはり記憶力のまったくない人間は仕事もできないというのが定説であるのには間違いがない。
残念・・・。
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「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」読了

2016年12月12日 | 2016読書
アンドリュー・パーカー/渡辺 政隆(訳) 「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」読了

以前、「ワンダフル・ライフ」を読んだときから次はこの本を読みたいとずっと思っており、やっと手に取ることができた。
この本、人気があるのか、古本屋で見つけてもけっこうな値段だ。ネットでもそこそこ。ふと思い立ち、図書館に行くと、あっけなく見つけることができた。

本書は、カンブリア期の進化の大爆発がどうして起こったのかということをタイトルのとおり、“眼”が生まれたことがきっかけであるということで説明している。

生物の区分けは界、門、綱・・・と細分化されてゆくが、門という、現在は38種類あるそうだが体の基本構造である中身のデザイン(消化管が入り口と出口が二つあるかないかとか、神経系がどうかとかいう、体制と呼ばれるもの。)のすべては先カンブリア期に出揃い、カンブリア期を迎えたときに様々な外形デザインの生物が爆発するかのように生まれたそうだ。それをカンブリア期の大爆発と呼んでいる。
ちなみにそれまでは体制が異なっても大体みんなミミズかゴカイみたいなクネクネした体(蠕虫様)だったらしい。同じような環境に暮らしていると同じような外観になるという収斂進化という法則があるそうだ。

生物が進化するためには何か圧力がないとそれは起こらない。上司に叱られないと何もしないというのと同じことのようだが、著者はその淘汰圧のもっとも大きなものが光であったと論じている。それが進化の爆発を引き起こしたというのだ。

この時代、何らかのきっかけで海の中の光の量が増えた。もともとささやかながら光を感じる細胞を持っていた生物はその感度を増大し、眼のようなものができてきた。
最初はピンホールカメラのようなものであったものがピンホールのところに角膜が生まれレンズが備わり昆虫の複眼のようなものができたり、あるいは魚のようなカメラ目ができたりしたとき、生物の視界は一気にクリアになった。

何かを捕らえて食べないことには生きてゆけない生物にとっては視覚を得たというのはものすごいメリットで、廻りにある生き物をどんどん食べてゆくこができるようになったのだが、食べられるほうはたまったものではない。今度は身を守るための進化が始まり、節足動物のように硬い殻で体を守るようになったというのである。
また、食べる生物もあるときは食べられる側に回ってしまう。あるものは硬い殻にトゲを生やし敵から身を守り、あるものは硬い殻の内側に筋肉をつけすばやい動きで敵から逃げる。
さらに、色で相手から逃げるため保護色を持つもの、光の反射で周りの色に溶け込んでしまう光学迷彩のような体色を持つものなど様々な外形デザインの生物が一気に生まれた。
これがカンブリア期の大爆発のあらすじだというのだ。

その一番最初は三葉虫。プティチャグノストゥスという1センチもない小さな柔らかい三葉虫で、“眼”らしきものが化石の痕跡にあるそうだ。節足動物というのは当時、そういう進化には一番うってつけのデザインであったらしい。


大まかなあらすじだけを書いてみると、なんだかけっこう、そらそうだよなと思えるような話だが、学会の中では画期的な考え方であったそうだ。
それを一般向けに分かりやすく書かれたというのが本書である。
それでも約400ページもあり、どことなく回りくどい書き方をされているところもあるけれども、誰からも突っ込みどころがないようにしてゆこうと思うとこんな感じになるというのが科学者の世界というものなのかもしれない。本当の論文なんてどんなものなのだろう。もっと緻密でもっと回りくどい書き方をしているのだろうか。

しかし、しかし、光があって眼ができて進化を促したのは納得がいくが、じゃあどうして眼をもたなければならなっかのかということは書かれていない。
なんでも無理に仕事をやりたくない不真面目なサラリーマンの脳みそで考えると、そもそもそんな“眼”ができたから競争が生まれ、今の世間のように生きづらい世界になってしまったのなら、あのときに眼さえ生まれていなければみんな柔らかい体でフワフワと海の中を漂っていられたのではないだろうか。わざわざそんなことに膨大なエネルギーを費やさなくても・・・。となってしまう。

それとも、こんなすばらしい世界を作ってやったのだからお前らもっとよく見ろよ!と神様が眼を無理やり生まれさせたのだろうか。
それで仏様は生きることは苦しむことだなんておっしゃるというのはなんだか本末転倒ような気持ちになるのは僕だけだろうか・・・。
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「続 仏像―心とかたち 」読了

2016年12月04日 | 2016読書
望月 信成、佐和 隆研、梅原 猛 「続 仏像―心とかたち 」読了

続編は弥勒菩薩そしてその他の菩薩にまつわる記述から始まる。
そして憤怒の様相を呈する明王、四天王をはじめとする武神やその他の天部から達磨や墨画の禅美術に進んでゆく。

明王の解釈では、通常、仏の道に帰依できない衆上に対して、どうしてそうなんだ!という明王の心が憤怒の形相として現されているとされているけれども、著者はもっと踏み込み、それは人々自身が煩悩を捨て去れない自分自身の心に対する怒りなのだと解釈している。自分自身を映している。そういうことだ。
そしてその怒りの様相を如来、菩薩の穏やかな表情と比較し、前者はデュオニソス的表現、後者はアポロン的表現と表し、理知的、論理的なことばかりでは人は退屈してしまう。そんな中から生まれてきたのがデュオニソス的な明王なのだ。

そんな衝動的な面をもっと突き詰めて生まれてきたのが天部である。
そこには難しいことはわからない、しかし即効でご利益が欲しい、そんな人々の願いを満足させるためにさまざまな天部が生まれた。ほとんどの天部は元は仏を守る武神であったけれども、人々へご利益を授けるころにはにこやかな表情に様変わりをしている。七福神がその好例だ。
賽銭だけで食っていけるのはここら辺の仏様だけだと書かれているのがおもしろい。

しかし、天部たちにはもうひとつの役割がある。地獄の思想を人々に植え付けることである。仏の道に背くと地獄で苦しい目に遭うのだというのだが、著者は西洋の地獄の観念と比較し、仏教の十界(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界)から三千世界の例を上げる。
地獄界は死後の世界のものではなく、現実の世界、今がそのものだ。太宰の文学を例に、日本の文学は地獄なしに成り立たない。それが人の心そのものだとしながら、しかし地獄の中にもまた十界が存在する。人の心は入れ子のようなものなのだ。悪いことばかりではない。
著者は、福の神や三千世界の解釈というのは日本人のやさしさが生み出した画期的な考えであり、表と裏をはっきり区分けしようとする西洋文明を追随しているような現代(この本が書かれた1960年代半ば)からこのような東洋的な思想が見直されていく時代が来るに違いないと言っているがその50年後、まさにその予言が的中しようとし始めているのかもしれない。

そして梅原曼荼羅というべき解釈が展開される。



釈迦、大日、阿弥陀、薬師の四如来を中心にさまざまな仏の心とその歴史的な移ろいを分析している。
釈迦と大日、阿弥陀、薬師をそれぞれ対比の軸として、釈迦-大日の軸では現在と未来の対比し、阿弥陀-薬師の軸では観念と実際の対比で曼荼羅を組んでいる。
釈迦は弥勒、達磨へと続いてゆく。今を生きるすべを導く仏たちだ。倫理観であったり、人間らしい立場をとる。
弥勒菩薩は56億7千万年後の未来に出現する仏であるが、釈迦の生まれ変わりとされているからここに置かれる。禅を代表する達磨も欲望を捨て去って生きる方法を教えている。
対して大日は観念を超えた形而上学的な、もしくは宇宙観を示すものである。密教が生み出した明王や観音がそれに続く。

阿弥陀は浄土、地獄、地蔵の救済という想像の世界を現しており、薬師は健康や幸福などの実利を求める仏で天部とともに区分けされている。

そして人々の心は時代ごとにその軸の間を行ったり来たりしているというのだ。阿弥陀に振れるとその後の時代にはまたゆり戻されて薬師のほうに動いてゆく。釈迦の教えから導入された仏教はその後大日如来の密教が隆盛を迎え、日蓮がそれを釈迦の思想に引き戻した。(そういえば今は高野山がけっこうブームだから再び軸が動き始めたともいえるのだろうか?)
それを繰り返してきたというのだ。これは奈良時代から平安、鎌倉、戦国時代までの話で、平和な時代が訪れると、中心にいる如来様たちへの信仰は薄れ、その後ろにいらっしゃる仏様への信仰が増えてくる。かろうじて阿弥陀様だけが面目を保っているというところである。
今のなんでも簡単に済ませてしまうファストやコンビニエンスな生き方というのはその延長線上にあるのかもしれない。
それはそれでなんとも悲しい時代になったものだ。

この本は正編と共に同じタイトルのNHKのテレビ番組から生まれたものだ。哲学者である梅原猛はこの番組から仏教に興味を持ったという。そしてこの著作が「梅原日本学」の始まりとなったものであり、偶然とはいえ、この本を手にできたということはうれしい限りだ。

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「魚料理のサイエンス」読了

2016年11月28日 | 2016読書
成瀬宇平 「魚料理のサイエンス」読了

サイエンスと書いてあったので科学的に魚料理が美味しくなる方法を解説しているのかと手に取ってみたけれどもそうではなくて、魚ごとにそれにまつわるよもやま話を含まれているアミノ酸や脂質成分を無理やり織り交ぜて書いているという感じだ。
それぞれの魚の章の最後には古い俳句や短歌が書かれているほどなので著者はサイエンスというよりも魚の話を書きたかったのであろう。どうしても数ある魚エッセイの中で奇をてらって目立ちたかったというところか。何かの連載らしく、章が進むにしたがってその物質の取り上げられ方が変わってきているのもいろいろ批判や指導があったのかもしれない。
魚が中心になって書かれているのでその物質が旨みにどんな効果をもたらしているのか、体系的にも解説されていなくて理科系脳のまったくない僕にはまったくわかりづらいものであった。

せっかくなので簡単だけれどもこの本の中身からとネットの情報をもとに適当にまとめてみた。
魚の旨味成分はアミノ酸、核酸、有機酸に区分けされる。
アミノ酸にはグルタミン酸、アスパラギン酸、タウリン、リジン、ベタインなどの物質があり、タウリン、リジン、ベタインというのは甘みを感じる成分らしい。イカの甘みというのはこの成分が多いから。タコにはグリシンが少ないので甘みがイカより薄い。
青物にはヒスチジンというアミノ酸が旨味成分として含まれているが、これが変成するとヒスタミンという毒物になって中毒を起こすもとになるのだそうで、サバの生け腐りの元凶になる。
ちなみに魚の生臭みのもとはトリメチルアミンという物質でアンモニア臭のもとにもなっているそうだ。

核酸の代表はイノシン酸。白身魚にも青物にも含まれているが特に青物、サバには大量に含まれていてあのサバの美味しさをつかさどっている。
同じ核酸の旨味のグアニル酸はシイタケに大量に含まれていて、あ~、あの味かと実感できる数少ない旨味成分かもしれない。

有機酸は白身魚にはクレアチン、貝類にはコハク酸というものが多量に含まれているそうだ。
コハク酸というのはよく聞く名前で、これは強力な旨味成分で合成されたものがインスタントラーメンや練り物によく添加されているそうだ。

そのほか、魚の美味しさを決めるのは脂と食感。
脂質はサバで17%、アジで5%。白身魚になると3~5%に減ってしまう。青物は旨み成分の種類は少ないが脂分でそれを凌駕している。やはり食べ物は脂がないと美味しくない。
しかし、サンマは脂ノリノリで美味しいがカロリーがすごい。ちなみに脂分は24%。カロリーは約350キロカロリー。マクドのハンバーガー1個分くらいだ。
また、タチウオは白身の魚でありながら脂質が20%もある。だから美味しいのだ。青物よりも脂があるけれどもそんなにしつこくないのは脂分の30%がオレイン酸というオリーブオイルなんかの主成分で構成されていてそれがしつこさを消していて、おまけにこれは悪玉コレステロールを減少させ、抗酸化作用もあるそうだ。
今年はあまり大きいのが釣れなかったが、食べれば食べるほど体にいい魚に違いない。

食感については釣ってすぐに食べるとコリコリした歯ごたえが味わえるが旨味が少ない。コラーゲンが多いか少ないかというところにもかかわるそうだが、概して魚は死後、体内のエネルギー源であるATPが分解してアミノ酸が合成され、食感は柔らかくなってゆくがそれが旨み成分となってゆくので釣ってすぐより翌日か翌々日くらいが一番美味しいとはよく言われることだ。
しかしながら、悲しいかな、美味しいと言われる魚ほど釣るのは難しいように思う。だから我が家ではその日のうちに消化をしてしてしまう。熟成が進む翌日に持ち越せないのだ。
美味しい魚を食べようと思ったらもっとたくさんの魚を釣らなければならないということだ。




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「おさかな談義」読了

2016年11月09日 | 2016読書
三浦定之助 「おさかな談義」読了

出版は1995年だが書かれたのは昭和16年と18年の戦前ということだ。奥付に書かれている紹介によると、著者は潜水技師で漁場の調査などをやっていて魚に対する造詣が深い。となっている。戦前に書かれた著作が再度出版され、それも400ページを超えるものとなるとそれなりに有名な人なのかもしれないが、それ以上はネットを調べてもなにもわからなかった。
1種類ずつの魚について、漁法はもとより著者の思い入れみたいなものを平均14ページくらいの分量で書かれている。ある意味、大作だ。

戦前というか、明治、大正時代の話が多いので、網が藁や麻、釣り糸もテグスは当たり前で、綿、絹を使っている。船も帆掛け船に櫓掛けの船という今では隔世の感がある内容になっている。
そんな装備で朝鮮や樺太、ロシア領まで魚を獲りにいっていたというのも驚きだ。
昔の人は今の人より

どういう理由、どういう順番でそれぞれの魚種を取り上げたのかはわからないが、最後の魚はボラになっていた。
このブログにも何度か書いたが、僕もボラという魚には思い入れがある。
臭いとか不味いとか釣り人には嫌われて外道の筆頭のように扱われているが、小さい頃、この魚を釣っていなければぼくはこれほど魚釣りを好きにはなっていなかったと思う。
この魚を臭いと言って嫌う人は本当は魚のことを分かっていないか、本当にいい釣り場を知らないのだと思う。水がきれいな気持ちのいい釣り場で釣ったボラはものすごく美味しい。

その魚を一番最後に取り上げてくれていたというのがこの本を読んでいて一番うれしかったことだ。
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「平松洋子の台所」読了

2016年10月24日 | 2016読書
平松洋子 「平松洋子の台所」読了

ここ1年で好調な小売業というのはし○むらとセ○アだそうだ。
もちろん一生懸命売れるものを企画して品揃えをしているから売れているのだろうが、印象としては今だけ着ることができればいい、今だけ使えればいいというものだ。

この本はその対極にある。周りにある品々、特に台所周りでこだわりを持って著者が集めたものを紹介している。
別段、超高級品でもなくラグジュアリーブランドでもなく、ただ、人の手から直接作り出されたもの。そして機能的。そして存在感。そんなものが手に入れたいきさつを交えて綴られている。

マキタスポーツという芸人が、SMAPの解散に寄せてこんなコラムを書いていた。
芸能界には第一芸能界と第二芸能界というのがある。第一芸能界というのは巨大な経済圏。コマーシャルに起用されたり、スポンサーのいる番組に出たりできるのでかなり儲かる。第二芸能界というのはまさしく芸を見せてお金をもらう世界。そしてあまり第一より儲からない。
第一で生きる芸能人の最大の条件は好感度。だから不倫なんかで好感度がなくなるとどん底に落ちる。でも、第二芸能界の人は芸を売っているのだから好感度がよかろうが悪かろうが芸がよければお金をもうけることができる。SMAPはいままでは好感度が先行していたが、芝居や司会なんかで十分実力があるのだからこれからは第二芸能界でがんばればいいのだ。
というような内容であった。

ここに来て、百貨店がまた不振に陥っている。このコラムになぞらえてみると、百貨店は第一小売業界というところだろうか。
ブランドという高感度に乗っかって商売を続けていたけれども、その好感度が世間に受け入れられなくなるとまたたく間に不振にあえぐ。
最初はそんなことはなく、高価だが職人が丹精を込めて作った、“いいもの”を売っていたに違いない。
それがどんどん規模が大きくなった結果、実体のない好感度(ブランド)に依存し、業界の人たちがそれにあぐらをかき続けた結果が今の状況なのだろう。

その間に第二小売業というべきし○むらとセ○アなどが勢力を伸ばしてきた。

しかし、人が生きてゆくうえでは実は、こだわりや粋みたいなところが絶対に必要で、それを守りきれなかったのは第一小売業の怠慢のせいなのであろうが、それを許さないほどに世間の景気が悪くなってしまい、また、そういうことを理解できないほど日本人が白痴化してしまったのもその要因ではないだろうか。
政治の世界でもいうではないか、「政治は国民を映す鏡。」だと。
結論としては、人が人らしく生きてゆけるのはごく小さい経済圏で、巨大化すればするほど人は不幸になる。グローバリゼーションを第一のように考える今の社会ではひとは幸せにはなれないということだろう。

僕にはこんな粋な生き方をできるほどの経済力がなく、やっぱりまずは100均を覗く生活だ。
著者は、「始末のよい暮らしとしみったれた暮らしの狭間はなんとも微妙なものだ。」と書いているが、きっと僕はしみったれた生活者ではあるが、海の上でだけはしみったれたくないものだと思っている。


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「世界遺産 吉野・高野・熊野をゆく 霊場と参詣の道」読了

2016年10月17日 | 2016読書
小山靖憲 「世界遺産 吉野・高野・熊野をゆく 霊場と参詣の道」読了

著者は熊野古道が世界遺産に認定されたときに推薦書の作成に携わった人らしい。
古道の成り立ちと著者が実際に歩いた感想が書かれている。

熊野古道は紀伊半島の海岸沿いから近露を通る中辺路や海岸沿いの大辺路は有名で、本当の古道ではなくても国道を伝ってそのルートを実感できるが高野山からの小辺路、吉野からの奥駆道なんかどんなに地図を前にして想像してもあの山の中に人が通れる道があるとは思えない。グーグルマップをどれだけ拡大しても道路がないんだ。昔の人はすごかったということだ。もちろん、海岸沿いの道さえも、あの距離を歩き通すなどというのも想像しがたい。だいたい、行ったら帰ってこなければならない。それはもっとつらい。

僕も約10年と少し前、思い立って熊野古道を歩こうと陸路の出発点、大阪天満の八軒茶屋を出発してみたが、あえなく和泉府中で挫折した。まあ、本人としてはまだ挫折したとは思っていないのだが・・・。そう思うと、すごい距離だ。

また、奥駆道については途中、前鬼という場所を通るが、昔よくこの付近を釣りのために訪れていた。ブラックバスを釣るための池原ダム湖への釣行だったのだが、このダム湖へのインレットのひとつに前鬼川があった。当時は何の知識もなく、変わった名前の川だとしか思っていなかったがあのとき少しでもそんな知識があれば釣りの帰りにでも車で(あくまでも車だが・・・)古道に近づけるだけ近づいてみたのにと思うと惜しいことをした。

また、いつか、熊野古道を歩くことはあるだろうか・・・。
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「見仏記3 海外編」読了

2016年10月17日 | 2016読書
いとう せいこう みうら じゅん 「見仏記3 海外編」読了

見仏記も3冊目でとうとう海外進出してしまった。といっても20年ほど前の出版ではあるのだが・・・。
韓国→タイ→中国→インドと日本に仏教が伝来したコースの逆をたどる旅だ。

大陸の仏像はきらびやかで日本人の感覚からするとリアリティがないように見える。対して日本の仏像はひなびた雰囲気と日本人からすると本当にいるんじゃないかと思わせるリアルさがある。
内集団バイアスというもので、自分の側のほうがいいという身内びいきなのだが、やっぱり日本のほうがいいのではないかと僕には思える。
金ぴか天然色では心が落ち着かない。

仏像を見るとき、信仰の対象としてみるのか、美術品として見るのか。著者のふたりは大陸の仏像は日本に比べて信仰の対象として見られているので形がデフォルメされていようと少々雑な作りでもいいのではないかと想像する。
もちろんそこには使われている素材、石と木の違いも大きいということもあるようだが、そう思うと、日本人のほうが信心がちょっと足りないんじゃないかとも思えてくる。

しかし、日本のサブカルチャーのリーダー的存在のふたりはそんな見方を超越した鑑賞を続ける。
これがこのシリーズの面白さだ。正当な(宗教的価値や美術的な価値)見方をする人々からはぜったいに、けしからん!!と言われそうな内容なのだろうが、やはりそれが面白い。
生きることの苦しさにどう折り合いをつけて生きてゆくのかということが仏教最大の命題ではあるのだが、そういう深刻なことを笑い飛ばすことこそが本当の生き方なのだと教えてくれているような気がするのは僕だけだろうか?
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