イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

加太沖釣行

2015年09月29日 | 2015釣り
場所:加太沖
条件:大潮 6:42満潮
潮流:7:32上り2.3ノット最強 10:55 転流
釣果:マアジ3匹 マルアジ多数

いよいよ本格的な秋の釣りのはじまりだ。
今朝は寝過ごしてウ○コもせずに家を飛び出し、午前5時ぎりぎりに港に到着。夜明けは遅くなったものの、今朝の月はスーパームーン。まん丸で明るくて大きい。まだまだ暗いはずだが付近の景色はほんのりと明るく見える。



今日の潮では釣れる時間が短い。急いで準備し午前5時20分に出港。鉄鋼団地でもタチウオが釣れているらしく電気ウキが並んでいる。こんなときはタチウオに切られて漂流している電気ウキがときたま浮かんでいる。
今日もひとつ見つけてしまった。これを集めて中古の釣具屋さんに持っていくといくらかになったりする。僕にはウキを拾った日には魚が釣れないというジンクスがあるのだがこの誘惑には勝てない。タモで掬ってみると長い糸がついている。たぐり寄せるとタチウオががくっついていた。これは幸先がいいのか、それとも・・・。
多分、あの護岸で竿を出している誰かのウキであったのだろう。「あのやろう、俺のウキを盗りやがって!!」と悔しい思いをした方。ごめんなさい。



田倉崎の沖に到着すると東の空はきれいな朝焼け、西の空は沈みかけたスーパームーンだ。台風のうねりが入っているのでちょっと気持ち悪いが、高仕掛けをセットしてスタートだ。

 

釣り始めて魚探を眺めると水面下10メートルくらいにかなり反応がある。これはきっとアジだと感じて舳先でチョクリ仕掛けをおろすことにした。今日はこれが正解だった。
仕掛けをおろして道糸にひっかける前に魚が掛かった。加太用のチョクリ仕掛けなので短い、多分水深5メートルほどで食ってきた。いい感じだ。それもいい型のマアジだ。これは刺身にするとどんな魚よりも美味しいのだ。関アジ?そんなものは足元にも及ばないのだ。(食べたことはないけれども・・・)



このチョクリ仕掛けで今日の獲物の約3分の1を釣り上げることになった。なんでも用意をしておくべきだ。
高仕掛けにもマルアジが食いついてきたので手持ちの高仕掛けもアジ狙いに変更だ。これもアジが釣れるかもしれないと思い準備てきた青イソメに交換。これも正解だった。連発ではないがコンスタントにアタリが出る。ほとんどはマルアジだが、型はすこぶるよい。きっとこれも脂ノリノリだろう。

午前8時を過ぎて北風が強くなってきた。潮は少しづつ弱くなり上り潮だが風に押されて南に流されはじめた。釣りづらくなるとアタリも遠のく。300円分のエサも使い切ったので午前9時半に終了。
真鯛はなかったものの、今日はこれで満足だ。風が強くなる前に撤収とした。


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「ほろ酔い文学辞典」読了

2015年09月27日 | 読書
重金敦之 「ほろ酔い文学辞典」読了

いままで読んできたこの手の本は、“OO編”という形で、文章を切り取って並べているだけという形であったが、この本は第1分類がお酒の種類で作家の文章を引用しながら展開されてゆく。
有名、無名(僕が知らないだけだが・・・。)この人はどれだけの本を読んできたのだろう、そしてどんなデータベースを持っているのだろうと恐ろしくなるほどの情報量だ。最近の新書は教養を高めると言いながら読んだ後にはいつもこれのどこが教養だと大半が損をしたと思ってしまう内容だが、この本は教養が身につくのかどうかは別にして、著者の教養の深さに驚かされる。元新聞記者だそうだが、記者独特であろう簡潔で要旨がはっきりしたスパッとした文章も好感が持てる。

このような形で書評を書く人々は必ず推理小説を揚げる。僕は基本的に推理小説やホラー、ミステリーは読まない人間なのだが、読む人が読むとこのジャンルは非常に魅力的なのかもしれない。このように新しい本を紹介してもらえるのも書評を読む楽しみだ。紹介されているいくつかの本はぜひとも読んでみたい。また古本屋めぐりが楽しみになる。


日本酒のページ、居酒屋でひとりで呑むことができれば男として一人前だ。みたいな記述がある。男がひとり、見ず知らずの人と酒を介して何の利害もない会話を交わすことができる人というのは確かに大人だ。もう放送が終わってしまったが、「ヨルタモリ」のようなお酒の呑み方にはあこがれる。そして大人になり切れない僕には絶対無理なのだ。ひとりで暖簾をくぐる勇気もない。まあ、奥さんが作ってくれる料理がけっこう美味しいのでそれをあてにして黙ってお酒を呑むのが安く上がってくつろげる。こっちのほうがいいと思うのは、これは幸せなのかそれとも男としては未熟、もしくは堕落しているのか・・・。
そんなことに悩んでいるということ自体が未熟だということを物語っているということを理解しているというのは少しだけ大人になったのだと思っておきたいものだ。


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船底塗装。

2015年09月25日 | Weblog
今日は小船の船底塗装だ。
去年は大潮の満潮時に陸揚げしたので次の満潮を待つために暗くなるまで待ってしまった。作業時間は多分3時間あれば十分だろうから潮位表を見ながら陸揚げ時間を調整。
陸揚げと言っても陸に揚げるのではなく水中にコンクリートブロックを重ねて台を作って潮が引くとそこに船が乗っかるように位置を調整するだけのものだ。進水も満潮を待って自然にブロックを離れて浮き上がるのを待つのだ。
あんまり上のほうにブロックを置くと次の満潮を待つまでの時間が長くなる。去年はそでれ失敗した。

午前6時半ごろ前部が着地してから塗装を終えるまで約3時間、午前9時半には完了。今年で4回目ともなるとだんだん段取りがよくなってくる。
しかし、手抜きも横行して、ところどころ塗り忘れるわ落とし残しのフジツボの粉を一緒に塗りこんでしまうわで、慣れが怖い。仕事もこんな風だからダメなんだろうなとタジタジとなってしまう。

一度家に帰って再び港へ。船が浮かび上がるまで約2時間、燃料の補充やストレージーの掃除をやってもまだ時間が余る。同級生の渡船屋が事務所で一服しとけよと声をかけてくれた。
いつも夫婦仲良く切り盛りしていて奥さんはよくしゃべってにぎやかだ。
しばし歓談のあと、午後1時半に進水完了。底を塗りたての船は気持ちいいいほど水面を滑ってゆく。
これで秋の釣りの準備はすべて整った。
あとは獲物を待つだけだ。

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洲本沖釣行

2015年09月21日 | 2015釣り
場所:洲本沖
条件:小潮 12:05満潮
潮流:6:12 2.3ノット 下り最強 9:41転流
釣果:タチウオ 21匹

今日の休日は久々にいい天気だ。かねてから予定していた洲本への釣行だ。船底塗装を終わってから実に1ヶ月も遠征ができなかった。
しかし、今日はすこぶるいい天気だ。こんな日に整備の終わりたての船に乗ってクルージングしていると、あぁ、船をもっていてよかったとつくづく思ってしまう。
高校生のときに習った元素の周期表の暗記法がついつい口から出てくる。「スイヘイリ~ベボクノフネ~・・・」なんて・・。




洲本沖へは夜明けからでも十分間に合うのだが、水軒の沖でタチウオを引っ張ろうと夜明け前に出港。
新々波止の南側を引いてみるがまったくアタリがない。やっと1匹獲っただけだ。小潮が悪いのか、それとも昨日から停泊している豪華客船の光害のせいなのか、またまた僕の仕掛けが悪いのか・・・。



すぐに見切りをつけて洲本沖へまっしぐら。
帝国領内を通り抜け、イセルローン回廊へ。下り潮は最強に近い。船足が一気におちてしまう。いつもながら通過するときは緊張してしまう。




去年調子がよかった場所からスタート。200kHzの僕の魚探では水深を捕らえられないが、たぶん90メートル前後だろうか。早速イワシをセットして仕掛けを下し、スパンカーのロープの調整をしていると竿の先にアタリが出ているではないか。思い切り合わせを入れると早速魚が乗った。今日は調子がいい。ずっとアタリが続く。この時間、下り潮の速度と北風で押し流される船の速度がほぼリンクしている。こんな潮がきっといいのだろう。アタリはずっと続いている。盗み取られるエサがない。型は小さいが必ずタチウオに置き換わる。
その後もアタリはずっと続き、しかも型が少しずつよくなってきた。僕の小さなクーラーの蓋が閉まりづらくなってくる。エサも底を尽き午前9時半に最後のエサを使い切ってしまった。
このまま帰ったのでは後ろ髪を引かれるので最後に釣ったタチウオのしっぽを切ってテンヤにセット。アタリはあるものもすぐに放してしまいなかなかフッキングしない。この釣り方ではアシストフックが必要ななようだ。
とりあえず1匹追加したが、電動リールを使わない水深100メートルあまりの釣りで僕の左腕も悲鳴を上げている。ここが引き時と午前10時に終了。


タチウオ狙いの船はそこそいるものの、去年の日曜日ほどの密度ではない。渡船屋の同級生も言っていたが、結局分散するのだそうだ。連休中に2回来る人は相当少ないそうで、商売としてはどうかなというところらしい。
海上の荒波よりも家族の逆風のほうが世間では抗いにくいようだ。シルバーウイーク唯一の休みでも無視をし続けてくれる僕の奥さんは大したものだ・・・。




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水軒沖釣行

2015年09月13日 | 2015釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 6:03満潮
釣果:タチウオ 5匹

今日の休みは久々の好天だ。しかし、また出勤しなければならない。今月は合計4日間休日出勤になってしまった。次の17日も来客だというので午後から出勤なのだ。
ということで加太に行きたかったのだが夜明け前だけのタチウオだけの釣行で我慢という日になってしまった。

台風の影響が心配だったが、昨日、外回りの同僚に紀ノ川の様子を見てきてほしいとメールを送るとすぐに連絡が入り釣行決断の一助になった。しかし、仕事中にこんなことを頼んでよいものだろうか?貴重な人材を私用に使ってしまった。

午前4時45分出港。水軒一文字の切れ目を抜けて少し北に上って仕掛けを下すと今回も潜航板に取り付ける前にアタリが出た。おお。今日こそはイケるのかとアタリがあった付近を探ってみるがこれっきり。仕掛けを引っぱったまま紀ノ川沖へ。
ぽつぽつというほどもアタリはなく、アタるだけですぐに外れてしまうし、結局午前6時までに合計5匹。深いところはどうかと思い、潜航板に150号の錘をつけて沈めてみたりもしたがまったく反応なし。
ここ3年ほど大した釣果に恵まれていない。僕はこのタチウオの仕掛けには一家言もっているほど自信を持っていたつもりだが、環境の変化に適応しなくなっってしまったのか(環境が変化しているとも思えないのだが・・・)、慣れがでてきてしまっているのか、なぜだか釣れなくなってしまった。ここにもイノベーションが必要な場面があるのだが、仕事と同様、そんなイノベーションを作り出せるわけもなく、当分のあいだ悶々としたタチウオ釣りをしのがなければならないだろう。

いつもは地上を向いて降りてくるはずの天使のはしごも今日はなぜだか空を向いている。これを見てしまった僕はきっと神様にも見放されてしまっているのかもしれない・・・。


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水軒沖釣行

2015年09月10日 | 2015釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 4:10満潮
釣果:クチ 1匹

船を整備してからなかなか釣りに出られない。
今日の天気も二転三転、曇りに変わったので加太へ行こうと考えたのだが・・・。

潮の転流時刻は午前7時前、ゴミがたくさん浮いていると聞いていたので、夜明けを待って出港。
案の定、港の中はゴミでいっぱい。それをよけながら一文字を抜け、紀ノ川河口に近づいていくとどんどん水が濁ってくる。



北西の風も強く、これはダメだと北上を断念。
濁っていると虫エサだと考えて青イソメを買っていたのでそのまま帰るのはもったいない。その場にとどまってクチを釣ってみようと仕掛けを下してみた。
そしてすぐにアタリ。エソがくっついていた。しばらくしてまたアタリ。今度はクチだ。おお、こんなに濁っていても釣れるんだ。期待が持てると思ったのはここまで。あとはまったくアタリなし。
双子島の陰に入ると濁りもましだったが、風に流されるだけでアタリなし。



午前8時半まで頑張ったがここで忍耐が尽きてしまった。


初島の沖ノ島はるか沖では明らかに集中豪雨と思われる雲と水の幕。



東のほうでは分厚い雲の上にギラリと輝く太陽。



こんな極端な空模様の日はやっぱり釣りに出てはいけなかったのではないだろうか。
紀ノ川や水軒方面からも北に向かった船が数隻あったが、いけないことをしているのではないだろうか。

極めつけは、スクリューにゴミが絡みついてしまった。




港に入ったときだと思うが、せっかく塗ったペラクリンとプラドールZの塗膜がはがれてしまったではないか。
悔しい、悔しい。やっぱり釣りに行ってはいけない日であった。

紀ノ川は完全なカフェオレ色。沖の潮との境目がくっきり見える。あの数隻はこの境目の先を目指していたのだろうか・・・。僕には遠すぎる。




今日の天気を見越して釣りには行けないと判断した同僚は船底を塗装するために愛艇を上架していた。それが正しい今日の過ごし方なのだろう。僕も小船の塗装をすればよかった。





預言者は、「死ぬとは、風の中に裸で立ち、太陽に溶け込むことでなくなんだろう。」と述べているが、釣行については心のままに任せていると、風の中に裸で立って太陽に溶け込むことができずに海水の中に溶け込んでしまうかもしれない。
もっと冷静に判断をしなければ・・・。
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「預言者」読了

2015年09月09日 | 読書
カリール・ジブラン/船井 幸雄 訳 「預言者」読了

著者はレバノン出身のアメリカ人で移民としてアメリカに渡ってきたひとだったようだ。
神の言葉を預かるもの、預言者「アルムスターファ」がオルファリーズを去る前、オルファリーズの人々からうけた問いに対して答えるという形式で物語は進む。
愛について、結婚について、友情について、死について・・・、合計26の質問に叙事詩的な言葉で回答をしている。
なるほどとわかるところもあるし、あまりにも比喩が超越していて実際何を物語っているのかわからないものもある。しかし、その表現の荘厳さというのものには何かを感じずにはいられない。
いまは半分も理解をできていないが、何度か読むうちにもっと理解できる部分もあるのではないだろうか。


まず、電車の中では読むことができなかった。もっと静かなところでないと読むことができなかった。
というか、静かに何かを考える時間を作らないと精神というものは成長できないのではないか?
実は魚釣りというのはじっとアタリを待つ間、思索にふけることができるはずなのだが、残念ながら心穏やかに過ごせたことなどまったくない。
ウォルトンの言うように、「静かなることを学べ」という心境にはほど遠いのだ。


この本はアメリカの知識人の家庭には必ず1冊以上あるというほど有名な本ということだ。
やはり、聖書と同じように何べんも何べんも読み続けることで本当の意味を理解できるものなのかもしれない。

預言者は、語ったのは私ではなく、私もまた聞く側ではなかったのだろうかと最後に言っているが、そこから推察するに、心のままに生きなさいとと言っているように見える。
人それぞれ様々な心根を持っているだろうが、洗いに洗うとそこには純粋な心が必ず残る。その心の行く先はきっと正しいのだと言っているように見える。
自分の心を太陽にさらけ出せ、そうすることができれば何の悩みもなく過ごせる。「死ぬとは、風の中に裸で立ち、太陽に溶け込むことでなくなんだろう。」と最後の問いに答えている。
つたない読解力ではこの程度までしかわからず、果たして著者の真意にも近づいているのかどうかわからない。やはり何度でも読んでみる価値のある1冊だと思う。

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水軒沖釣行

2015年09月07日 | 2015釣り
場所:水軒沖
条件:長潮 7:51干潮
釣果:タチウオ 7匹

今日は久々に天気がもちそうな休日だ。
昨夜の予報では夜明け前後に1ミリの降水量だったので強行出撃するつもりだったが、起きてから見た予報では曇りに変わっていた。これで安心して出撃できる。
夜明けは5時10分。出航は午前5時。家でゆっくりしていたら少し遅くなってしまった。

一文字の切れ目から外に出て少し北に上って仕掛けを下すと潜航板に仕掛けをセットする前にアタリが出た。う~ん、もっと早く出発するべきだった。
型は限りなく小さいが今年最初の1匹だ。
仕掛けを引っ張りながら紀ノ川沖に移動。アタリは散発的だが雨の後、うねりも少し出ていることを考えれば仕方がないだろう。
午前6時まで粘って合計7匹。釣果にはまったく満足していないが、この長い秋雨のなか、海に出ることができただけで満足としておこう。



空気が澄んでいるのか、田倉崎から友ヶ島、淡路島までくっきり見える。
次の休みは絶対に加太への釣行だ。(台風18号の発生が気になるが・・・)

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「高僧伝 釈迦」読了

2015年09月04日 | 読書
松原哲明 「高僧伝 釈迦」読了

日本には様々な仏教の宗派があるが、やはりその原点となる釈迦の教えというものも知ってみたいと思いこの本を手にした。

釈迦の考えの原点は、「人は生まれて必ず死ぬ。」という当たり前といえば当たり前のことだ。
死んでしまうと何もかもなくなってしまうのにその間にどのように生きるべきかということにあまりにも無頓着である。使命感もなく生きることはあまりにももったいないと考えた。

人が生まれるのは、“因縁”であり生きることは苦悩に満ちている。そして必ず死ぬ。因縁と苦悩を解決する、もしくは折り合いをつけることで人生を意義のあるものにすることができる。
釈迦が体系付けた苦悩の半分は自分の思いのままにならないことがあるということだが、それは自分の責任ではなくその境遇は因縁が原因であるとした。
あの人より貧乏なのも過去の因縁、あの人よりも頭が悪いのも過去の因縁。(あの人よりも魚が釣れないのは因縁ではなくて僕の腕が悪いから・・・。)要因を外部に求めることであきらめ、納得することができる。
あきらめることで苦悩を乗り越えよう。それを含めおいて今を生きよう。

この本には書かれていないが、過去からの因縁、永遠に続く命の広がり、時間の流れ、万物は我と同根という悟りから真言密教の考え方の一部が生まれ、あきらめること(=無心、無欲になること。)からは禅宗、釈迦の民衆を救いたいという考えは尊く、それを理解できない人は度しがたい。というちょっと排他的な考えからは日蓮宗、生まれる前の過去があるのなら死んだ先の未来がある。その一番いいところは浄土だ。そこへ行こうという浄土宗。すべては釈迦の教えの部分部分を掘り下げて考えに考えた教えであると思うと日本人というのはこのころから工夫と研究が好きな民族だったのだと思えてくる。

そんなことはさておき、この本はこんな釈迦の生涯の物語をいくつかの経典をもとに綴られている。その物語は人々の心を救いたいという気持ちでいっぱいだ。そして、実はあきらめて生きるのではなく人々の役に立ってこそ生きる意味があるのだと説いている。
もう、軽く半分以上終わってしまっている僕の人生はまったく人の役に立つものではなく、これからも人の役に立つようなことができるスキルもなければ布施をするような財力もない。いったいどうすればいいのかと相変わらずたじたじとなってしまうのである。


晩年に釈迦が弟子に与えた七法のなかにはこんなものがある。
一には、事少なきを楽しみて、為すこと多きを好まざるなり。
二には、靜黙を楽しみて、多言を好まざるなり。
三には、睡眠を少なくして、昏昧あるなきなり。
四には、郡党のために、無益のことを言わざるなり。
五には、無徳をもって、自ら称誉せざるなり。
六には、悪人と伴党とならざるなり。
七には、閑静なる山林を楽みて、独処するなり。

こんな生き方ができれば、人の役に立たなくても心穏やかに生きることができるとは思うのだが、これもまた、難しいものだ。


しかし、釈迦って本当にこういう顔をしていたのだろうか・・・。
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