イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「うまいもの事典―これが世界最高の味だ 」読了

2016年08月29日 | 2016読書
辻静雄 「うまいもの事典―これが世界最高の味だ 」読了

フランス料理中心だが、世界最高の味を高級レストランの料理を介して食材ごとに事典形式で紹介しているものだ。
こんな食材、料理にはまったく縁がないので読んでいても現実感がない。そして、フランス料理が中心なので凝ったソース、それも生クリーム、バターをいっぱい使っていて、なにやら素材の味はどこかへ行ってしまっているのではないかと思うのは貧乏人のひがみだろうか。

30年前の本とは言え、紹介されているワインも1940年代~1950年代のヴィンテージのような多分目が飛び出るほど値段の高いと思えるものばかりだ。
貧乏人には1000円のワインも100万円のワインも見分けがつかないだろうからやはり現実感がない。

僕には奥さんの作ってくれた料理と500円のワインで十分だ。
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紀ノ川河口釣行

2016年08月26日 | 2016釣り
場所:紀ノ川河口
条件:小潮 6:46干潮
釣果:ボウズ


まだスズキはいけるか・・・。
午前4時に出港して万全の態勢で臨んだがスズキもタコもノーフィッシュで終わってしまった。

暗い中、いつものポイントでトップウオーターからスタート。今日も暗いうちに1回だけアタリがあった。やはり魚はいたのだ。
しかし、アタリはこの1回だけ。



続いてタコ釣りに変更。
潮は引き潮なのでかなり流れが速い。20号のオモリを追加したがそれでもなかなか底が取れない。
その速さが原因なのか、こっちもアタリがない。

違うポイントを探そうと水軒一文字の新々波止の際に移動してみた。
ここはそれほどの速さがなくなんとか底は取れている。
しかし、捨て石の上なのでよく根掛かりをする。エンジンを後退させながら何回かはリカバリーできたが、とうとうテンヤを失ってしまった。エサは1匹しか持っていなく、今日はこれで終了。

心配した台風のうねりもなく、十分釣りにはなりそうな状態だったがそんなに甘くはなかった。
残念。




午後からは小船の生け簀の水漏れ修理。すでに生け簀の樋は固着してしまっていて機能していないので物入れとして使っているが樋の周りから少しずつ水が漏れていた。何度か陸に揚げた時に修理を試みていたが数時間でまた海水に浮かべるためどうしてもパテやコーキング材が固まらなくてずっと漏れたままになっていた。
ところが、船底がフジツボで覆われてしまったせいか水が止まっている。この期を逃さず樋の周辺をコーキング材で厚く覆ってやった。多分、これでカキを落としても水は止まるのではないだろうか。



10分ほどの作業だがこの暑さでは汗が滴り落ちてくる。
塗り終わったあとでいつもお世話になっているちからさんのお店でかき氷をいただいた。
暦通りなら行く夏を惜しんでというところだが、この暑さでは暑気払いだ。



早朝は幾分涼しさを感じるとはいえ、いったいいつになったら涼しくなってくるのだろうか・・・。
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「旅をする木」読了

2016年08月25日 | 2016読書
星野道夫 「旅をする木」読了

この本を読むのは3度目くらいだろうか。
そして、はじめてこの人の文章に惹かれる理由がわかった気がする。
「孤独」と「死」、そこからにじみ出てくる真反対の言葉「人とのつながり」、「生きる事の喜びと尊さ」そのヒリヒリとした現実感が迫ってくるのだ。

アラスカというところでは過酷な自然環境の中で生きてゆかなければならない。しかし、誰かに頼れるほどみんな余裕がない。かといってひとりでは生きてゆけない。ここでいうひとりでは・・というのはもたれ合うという意味ではなく、それぞれが別々に同じ困難に立ち向かっているという、同士のような共感のようなものだ。
彼らがいるから自分もがんばれる。そんなところであろうか。

そして、「死」についてはふたつの意味があるように思う。ひとつは過酷な環境で生きてゆかなければならないという死と隣り合わせの世界。もうひとつは生きてゆくためには何かを殺して食料にしなければならない。それは残酷ではあるだろうけれどもそうしなければならない。だからよけいに生きているということを実感せざるをえない。
そういったものを現地の人々との交流やアラスカの大自然の描写を交えて綴られてゆくのがこの本だ。

そんなヒリヒリとした現実感と引き換えに現代社会の人々は安全と安心を得たように思える。しかしそれもつかの間の安心で終わってしまったかのようだ。安心はどこかへ行ってしまい、ヒリヒリとした現実感の代りに真綿で首を絞められるような、水に濡れた絹の布を口に押し当てられているようなそんな息苦しさを感じているのは僕だけだろうか。

僕たちの世代は、「ゆでガエル世代」と最近では言われているそうだ。
社会人になってまもなくバブルが崩壊してその後もITバブルの崩壊、リーマンショックなど不況の波がやってきた。
しかし、好景気の時期を知っているがため、また、その上の世代の人たちは無難に定年まで勤め上げた姿をみていたことで、それでもなんとかなるのではないだろうかと思いながら50代を迎えてしまった。楽観的な幻想を抱いてきたのだ。
その間にも景況は悪化し企業もみんな厳しくなった。人事制度も変わり、年功序列が崩れ成果主義、そしてもっと厳しくなり、ウチの会社も採用を始めたが職務等級制度などというものまで現れ、気づかない間にものすごく厳しい時代になってしまった。
ぬるま湯の時代を長くすごしていて、いつの間にか熱湯のような時代に気づくことができないでいたのでゆでガエルなんだそうだ。
すべての同世代がゆでガエルだとは思わない。自己顕示欲が強くて上昇志向も強い同世代もたくさんいるのでそれは個人の問題かもしれないが、「これって僕?」と思えてくる。

50歳も過ぎると大体先が見えてくるし、この業界も厳しくてそれでもなんとか逃げ切れるのだろうとたかをくくっていたが、それもどこまで維持できることやら・・・。
職務等級制度というのは仕事のできる人にはそれなりのポストと収入を約束してやるが、それ以外の人間はそれなりの仕事とそれにみあう収入しか与えないというものだ。それなりの仕事はいいのだが、収入となると・・。
自分がどんな評価を受けているのか本当のところがわからない。血のにじむような努力をしていないのは確かなことなのでいつかどこかで逃げ切れなくなるのではないかという不安はつきまとう。
残業が多いほど評価が上がるのなら僕は失格だ。やることはやって(やってなくても)一時でも早く退散したいのが昔からで、入社当時、新人類といわれた世代の典型的な形でもあったのだ。休みは休むのが当然と思っていて、それがダメなんだと言われてしまうともうダメだ。小さいころから養われている価値観を今さら変えることはできないし、今さら変えたとしてももう遅い。


著者は26歳から18年間アラスカで暮らし、1996年8月8日にヒグマに襲われて亡くなった。奇しくも著者が無くなってちょうど20年目の同じ月にこの本を読み返しているのも何かの導きだったのだろうか。
この本を読み返してみようと思ったのは、今年の春ころ、「旅をする本」というBSのドキュメンタリーを見たからだ。著者の「旅をする木」の表紙の「木」の中棒に横線を1本引いた誰かが、「この本に旅をさせてあげてください」というメッセージを添えたことからたくさんの人々の手を渡ってこの本が世界を旅することになる。その旅を追った番組だった。
そこにもそれぞれの人々のヒリヒリとした人生があった。すべての人が過酷な自然と人生の運命に対峙したドキュメンタリーだった。
そして僕が読んだこの本、古本で買ったのか新刊で買ったのかは定かでないが、ところどころに青いインクで印が付けられている箇所があった。例えばこんな文章。
友人の死、「それがつかめないと前へ進めなかった。一年がたち、あるときふっとその答えが見つかった。何でもないことだった。それは「好きなことをやっていこう」という強い思いだった。」
「バスを一台乗り遅れることで、全く違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことだろうが・・・」

一体誰が付けたのか。この本は僕の息子も読んでいるのは間違いがない。彼が付けたのか、それとも古本屋に売り飛ばした前の持ち主が付けたものなのか。息子に「君が印を付けたの?」なんて野暮なことは聞くことはないが、この本も間違いなく小さいながら旅を続けているようだ。
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水軒沖釣行

2016年08月22日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 8:38満潮
釣果:タチウオ 8匹

そろそろタチウオの動きが気になってきた。
お盆を過ぎると紀ノ川河口にタチウオを釣る船がぽつぽつと現れ始める。今日も数隻の船が出ていた。

どこから仕掛けを下すかというのがその日の釣果を左右する。
今日、太平洋、日本付近には台風がふたつある。うねりが心配だったが一文字の切れ目から薄暗い沖の方を見てみると本当に台風があるのかと思えるほど静かだ。
もともと、青岸から始めようと思っていたが、気持ちを変更して一文字の沖からスタート。
仕掛けを下していきなりアタリがあったので今日は正解かと思ったが、どうだったんだろう。その後は沖の新々波止にたどり着くまでアタリはなく、その後も散発的だ。

波止を回って紀ノ川の方に出ると水がかなり濁っている。これはちょっとよくないのではないかと思いもとの場所に引き返して何匹かを追加して今日は終了。

帰り道、いくつかの船は湾内で仕掛けを引っ張っていた。確かに今日は湾内のほうが水が澄んでいた。釣れていたのかどかはわからないが、ベテランの方々は状況を見るのがうまいようだ。


今日は悲しいかな午後から会社で会議がある。わずか30分のくだらない会議のために往復4時間をかけなければならない。ちょっと寄り道をしてライバル企業の視察。ここも厳しくてもうすぐなくなってしまうらしい。
都会は所詮石の墓場。いつかはみんな滅びる運命にあるのではないだろうか。この暑さでは本当に人の住むところではないと思えてしまう。



夕方、帰宅してすぐに愛艇2隻の給油のために港に向かった。
日が落ちた海辺は昼間の暑さが信じられないほどの涼しさだ。やっぱり秋は少しづつ近づいている。



今日の出勤前、リオオリンピックの閉会式を見ていた。
4年後は東京だ。その時、ぼくは何をしているだろうか。そして少しは釣りが上手になっているだろうか・・・。


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「新版 禅とは何か」読了

2016年08月18日 | 2016読書
鈴木大拙 「新版 禅とは何か」読了

著者は海外に禅を紹介し、広めた人として有名だ。
ルーカスもジョブズもきっとこの人の著作を通して禅を学んだのではなかったのだろうか。

僕も一度は読んでみたいと思っていたのだが、やっとチャンスが巡ってきた。

大半は禅よりも宗教とは何か、そしてその存在意義について書かれてる。
禅というとひたすら座禅を組み自分自身を鍛えるのだというイメージがあるが、ここにも社会に貢献をしなければならないのだということが語られている。
人が人として生きてゆくためにはやはり人のために何かをしなければならいということか・・・。
そういう著述を読むたびにほんとうに自分の生き方が申し訳けなくなる。
いまさらどうだろう。社会のため、人のために生きることなどできないのではないか・・・。
新聞のコラムで、「人は生きているだけでも世間の何かの役にたっている。」という文章を読んだが、それは本当なのだろうか。

この本は一般向けに鈴木大拙が講演をした内容を文章におこしたものだそうだが、正直、ほとんど理解ができていない。一般向けと言いながら、多分信者さんたちへの講演のようなので、ある程度、宗教、禅宗に造詣のあるひとたちには理解できるというものだろう。僕にとっては何べんも読まなければとうてい理解できるものではないということだ。


そして、その講演がおこなわれた場所というのが、大阪の妙中寺と書かれていたので、調べてみると職場から歩いて5分とかからないところにあるとわかった。
訪ねてみるとこんなお寺だった。

 

ビルになっていた。
この本にも、宗教は少なからず神秘性がなけらばならないと書かれていたが、ここまで近代化しているとどうも神秘性というものが感じられない。
やはり禅宗というのは自分がどのように禅を感じ取り組むかということが重大で、修行をする場合なんてどこでもよいということなのではないだろうかと現実を見て感じてしまった。
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紀ノ川河口釣行

2016年08月18日 | 2016釣り
場所:紀ノ川河口
条件:大潮 5:42満潮
釣果:フッコ 1匹

僕の心の中の法則ではすでにスズキは釣れなくなっている時期だ。しかし、今年はまだまだ暑いし、去年の今日もスズキを上げている。
なんとか60センチ以上のサイズを釣りたいと思い紀ノ川河口へ釣行。

できるだけ早く出港して暗い時間帯を狙いたいと思っていたが、エンジンが始動しない。何度セルを回しても、何度ポンピングをしても始動しない。何かをできるわけではないがエンジンカバーを開けて覗いてみるがやはり何もできない。
仕方がないので元に戻し、スロットルを開け閉めしてもう一度セルを回すと、動いてくれた。特に異音もないのでそのまま出港。
ここで手間取ったからではないが、ポイントに到着したころにはうっすらと空が明るくなってしまっていた。

早速ポッパーを取り付けてキャスト。ボイルは出ていないがしばらくしてアタリがあった。うまくフッキングして1匹ゲット。
やはり暗いうちのポッパーは正解だった。あと30分早く出港すべきだった。
このあともポッパーやペンシルベイトにアタリはあるがフッキングには至らずであった。釣り上げた1匹もかなり小さいが、多分、アタってきた魚もかなり小さくてフッキングしづらいのではないだろうか。

それにしてもトップウオーターゲームは面白い。法則は置いておいて、今年はもう少し遅くまでがんばってみたいと思う。

後半は恒例になりつつあるタコ釣りだ、エサを始末して1匹しか持って行かなかったもので、根掛かりを外した時に抜けてしまい万事休す。午前6時すぎに終了。

帰投途中、海自の巡視船の舷側に大きな電光掲示板が取り付けられており何かメッセージを発している。もしや、「ここは日本の領土です・・・」なんて中国語で流す練習をしているのかと思ったら、「ライフジャケットをつけましょう。」であった。海上自衛隊頑張れと応援の気持ちで近づいたものの、肩すかしを食らった。
それはそうだわな・・・。こんなところでそんなメッセージを流すわけはないわな・・・。




そして空は少しだけ秋の空を覗かせていた。
まだまだ暑いが季節は少しづつ確実に前進している。僕も早く秋の釣りの準備に取り掛からねばと焦ってしまう。

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双子島沖釣行

2016年08月15日 | 2016釣り
場所:双子島沖
条件:中潮 3:15満潮
釣果:ボウズ


僕の中の法則のスズキが釣れるリミットは今日だ。
SMAPが解散しようとお盆で殺生がダメであろうとそれは関係ない。
船も速度が出ないし近場で勝負と双子島沖を目指したがトップウオーターにアタリが1度出ただけで終わってしまった。
う~ん、残念。
一応、殺生はしなかったことが功徳ということで・・・。



昨日の台風情報では西寄りの針路を取ると伊勢湾に差しかかりそうなので念のため2隻の船のロープを増やしてきたものの、帰宅してから見てみる針路はずっと東にずれていた。
なんとも何もかみ合わない1日だ・・・。

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「イギリスの豚はおいしいか?―失われたハムエッグを求めて 」読了

2016年08月07日 | 2016読書
ポール ハイニー/ 鶴田 庸子 訳  「イギリスの豚はおいしいか?―失われたハムエッグを求めて 」読了 

英国の料理というとフィッシュ&チップス、コテージパイくらいしか思い出さず、それも大概はおいしい料理がない国と思われている。
この本はそんなことに関係なく、著者が子供のころに食べたおいしい豚肉の加工品を求めて各地を訪ね、その究極として自分で豚を飼いそれを屠殺して肉を得ようとしたことが綴られている。

ヨーロッパはどこの国でもかつては一家に1匹は豚を飼っていて、1年間の食料として屠殺しハムやベーコンに加工して保存していた。生き物を殺さないことには食物にありつけない。情が移ろうがどうしようが自分が生きるためにはそうしなければならないのだ。

そういうことがベースになっているのでただのグルメ本ではない。昔の人々はどれだけ豚(豚肉)に敬意をはらって加工をしてきたかを現代と比較しながら論じている文化論である。

僕も豚肉は大好きだが、いったいどうやって食卓までやってくるかなどまったく知る由もない。考えたこともない。たとえ動物であろうとそこに「死」というものがあるということにはまったく気付いていない。
多分、著者の言いたいことはそこではないのか。そう思う。
“メメント・モリ”という言葉があるが、「死」を意識することでしかひとは人として生きることができない。なぜなら死を意識できるのは人間だけだからだ。そこから道徳というものが生まれ宗教が生まれた。

多分、コンビニというものが日本の道徳を堕落させた要因の大きなひとつではないのかとずっと思っている。
コンビニ、最近は中食といって普通の食品スーパーでもいっぱい売っている出来合いの料理は、食材の由来どころか、その料理の調理法さえもわからなくしてしまっている。そこには命をいただくとか人の手を介してその料理は作られているとか、そういうことを覆い隠してしまっている。
病院で死ぬことが当たり前になり、実生活と「死」の間に相当な距離が開いてしまったのはとうの昔にそう言われている。
どんどん「死」というものが遠ざかり人は人としての根の部分を失ってゆく。
それが流れなら仕方がないが、自分自身はそんなことを意識して生きたいものだ。


師が使った言葉に、有名な、「・・・八日間幸せになりたかったら、豚を殺して食べなさい。・・・」というものがあるが、この本を読むと中国の古いことわざではなく、きっとヨーロッパのことわざではなかったのかと思う。
僕ももう少し涼しくなったらベーコン作りに挑戦したいと思った一冊である。


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紀ノ川河口釣行

2016年08月07日 | 2016釣り
 




場所:紀ノ川河口
条件:中潮8:36満潮
釣果:フッコ 3匹 マダコ 1匹

僕の心の中の法則では8月1日から15日までの間は必ずスズキが釣れる。今年もそれを証明するために今までよりももっと気合を入れての出撃だ。
ファーストキャストは真っ暗なうちと思って午前4時に出港。
いつものポイントに投錨し、まずはペンシルベイトをキャスト。少し波気があるので一度ポッパーを試してみようと、加太で使おうと思って買った大型のルアーに変えたとたんにアタリが出た。最初のアタリはフッキングしなかったが2回目はフッキングに成功。小さいけれど僕の法則が正しいことが証明された。
フックを外そうとペンチとナイフをウエストポーチの中を探している間にPEラインとショックリーダーとルアーのトレブルフックがぐちゃぐちゃに絡んでしまった。今が時合なのになんてことだ。
絡みを解いている暇はないのでラインを切り刻んでとりあえずPEラインとルアーを直結してキャストしようとしたら一体どこに結んでいたのかキャストの前にルアーだけ海の向こうに流れていってしまった。なんだか運のよさそうなルアーだったのに残念しごくだ。真っ暗の中での作業と焦りに加えて、PEラインの扱いにも慣れていないのが原因だろうが、魚に持っていかれるのなら納得もする。しかし、こんなショボいミスで失くすとは情けないのだ。

その後もルアーをとっかえひっかえしながら2匹を追加。

すっかり辺りが明るくなったのでタコ釣りに変更。前回に続いて2匹目のドジョウを狙うべく、また、ここでのタコ釣りのやり方を確立すべく前回の釣行の時のマルアジをテンヤにセット。
今日は東からの風が強く船が流れすぎる。普通に流していてはテンヤが底まで届かない。碇を使ってうまく流れ方を調整しながらアタリを待つが今日は全然アタらない。
流れが速すぎるのが悪いのか、それとも水の濁りが悪いのか・・・。水の濁りは意外と濃かった。昨日の夕立で濁りが出てしまったのだろうか。
粘りに粘ってアタリが2回、うち1匹をなんとか取り込むことができた。
午前9時まで頑張ったが、この暑さでこの時間までやってるともうだめだ。体力が続かない。

濁りが原因でアタリがないのなら釣りに行く日を選べばいいが、流れが原因で釣れないのなら対処法がない。別のポイントを探さなくてはならない。
まだまだ釣り方を確立するまでは時間がかかりそうだ。

帰り道、よさこい祭りを見物。毎回見るたびに思うが、この人たちがこの祭りにかけているエネルギーのすごさには頭が下がる。
若い人たちばかりだと思っていたが、目を凝らしてよく見ると相当なおばさんも混じっている。団体行動がまったくの苦手な僕には絶対にできない。
若い人も年寄りも踊りきったあとには相当な満足感があるんだろうな。きっと。



家に帰ってフッコをさばくとお腹の中には脂がどっさり入っていた。今夜は塩焼きの予定だが、これは絶対に美味しいはずだ。
夕食が楽しみだ。



タコを釣るテンヤは自分で作っている。別に買っても大した値段ではないのだが、自分で作れそうなものは自分で作りたいと思っている。
ここでも100均グッズが役に立つのだ。
本体は100均のまな板。これが強くて加工しやすい。タチウオ用の潜航板も100均のまな板だ。



オモリは中古の釣具屋でこんなときのために買いこんでおいたジャンクの鉛を溶かして整形する。木型を作り、それに合わせてこれまた100均の油よけのガードを切って枠を作る。

 

あとはこれを組み立てるだけ。



こいうのも魚釣りの一環としてはものすごく楽しいのだ。








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水軒沖釣行

2016年08月04日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 5:17満潮
釣果:マルアジ 34匹 ソウダガツオ 1匹


今日は久々の出撃だ。休みが連続2回出勤になってしまって、翠勝丸での出撃は約半月ぶりだ。
ずっと出勤していたとはいえ、ボ~っとしているだけなのでそんなに疲れているつもりはなかったが寝過ごした。

出港時はすでに明るくなってしまっていて、夜明け前には出港してスズキを狙ってから沖に向かおうと思っていたが予定が狂ってしまった。
ウ○コも出さず、朝刊も読まず、急いで家を出た。



船の速度はどんどん遅くなり推進力は75%まで落ちている。あと1週間もすればチョクリにも行けなくなるのではないだろうか。



雨がないので今日は紀ノ川沖に向かった。水深40メートル付近。置き竿の仕掛けを落としている最中にいきなりアタリが出た。
今日も調子がいいぞと思っていたがその後が続かない。これはダメかと思いきや、30分くらい後だろうか、少しずつアタリが出始めた。
ちょうどバッチ網の船が通り過ぎ、網の袋が僕の前を通過したころだったが、アジの群れも袋から漏れてくるシラスを狙って追いかけたりしているのだろうか。
一時は魚探の画面が真っ赤になるほどの強烈な反応が出ていた。



しかし、この船団は厄介で、僕のことなんか気にせずに進んでくる。仕方がないので移動をするが、なんだか納得がいかないのだ。
今日はどこに移動してもそれなりにアタリが続いてくれて、午前7時を過ぎると生け簀のなかもにぎやかになってきた。そしてどんどん暑くなってきた。額には玉のような汗だ。ぼくにもまだこれだけの汗をかく代謝能力があったのだとなんだか変な感動があるが風がないのでだんだん耐えられなくなってきた。もうこれだけ釣れれば十分なので午前7時半に終了。


家に帰って、海南市で行われている「風鈴祭り」をめぐってきた。海南市内の神社や駅の施設10か所で風鈴をいっぱい吊って涼を呼ぼうという趣向らしい。
会場を見てみると知らないところも多い。今日はいままで行ったことことのない神社を4柱回ってみた。
どこも風鈴があるだけで無人でなんだかさみしいだけのところばかりであったが、こんなイベントでさびれた神社がクローズアップされて賑わいが戻ってくれると嬉しいものだ。
海南市というのは熊野街道の入り口で、神武東征の物語も古事記や日本書紀にでてくる場所だ。まったくの作り話ではなくてなんらかの事実があったからこそそれが語り継がれたのは間違いがないはずなので、それをたくさんの人々が知る機会にもなることを願いたい。

 

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