イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「花伝書(風姿花伝)」読了

2016年06月29日 | 2016読書
世阿弥 (編さん)/川瀬 一馬 (翻訳)  「花伝書(風姿花伝)」読了

本書は能を極めるためにはどのようにすればよいかということを一子相伝するために世阿弥によって書かれたという、あまりにも有名な書物だ。

人の生き方にも通じるということで事業家や宗教家などによく取り上げられているので一度読んでみたいと思っていた。

たしかに、申楽(能の前身)という言葉を仕事や趣味、芸術、人生その他何にでも置き換えると、ああ、そうなんだと思えてくる。しかし、“花”というものをどう捉えるかということは難しいような気がする。単に成果なのか、それとも満足ということなのか・・・。
自分の仕事柄、相手を満足させられた結果が“花”と表現されていると考えてしまうが、どうだろう。これはきっと人それぞれで思いが違ってくるのだろうと思う。自分の仕事からくる連想を外してしまうと、きっと“イケてる”というのが“花”ということなのではないかと思ったりする。

その極め方というのは至極当たり前で、当たり前のことを当たり前のように続けなさいというのがその本質のようで、そうやって身に着けた技なりを“花”を見せたい相手に常に新鮮さをもって届けること。常に新鮮さを披露するためにはたくさんの引き出しを持っていなくてはいけない。そのたくさんの引き出しを持つために一所懸命努力するのだ。
それだけだ。
しかし、それができれば苦労はない。それができないからみんな悩むのだ。それをやり遂げたひとが成功者と呼ばれる。


そして、「秘すれば花」。この言葉はあまりにも有名な言葉だ。たくさんの引き出しを見せびらかしてはいけない。持ち駒をすべて見せてしまうと相手に飽きられる。どれだけ持っているのかわからないように振舞うのが神秘さというか人としての奥行きを感じさせる。う~ん、この辺はよくわかる。たまにそんな人と出くわすことがある。どれだけのことを知っているのだ。と興味の尽きない人が。かと言って、よくしゃべる人でも、こいつ、本当は何にも知らないのではないかとわかってしまうひともいる。これが、「秘すれば花」だと思うのだ。きっと。
ぼくも薄っぺらい人間だから、あまりしゃべってはすぐにボロがでてしまうと用心しなければと反省しきりである。

最初の章、年来稽古の章では年齢に応じた芸のやり方、磨き方ということが書かれている。ここだけは僕も実践できているのではないかと思える。40歳を過ぎると体力もなくなり難しい芸はできなくなるので、難しいことは弟子たちにやらせて自分は簡単な脇役みたいなのをしていればいいのだと。
こんなところだけは実践をしてしまっている。仕事は部下たちにみんなやってもらって、最近テレビCMで流れている、「~仕事に来てんだか、メシ食いに来てんだか、とりあえずグラぶる。」みたいな感じだ。
しかし世間ではこれを怠け者という。これからは僕は花伝書のとおり生きているのだと堂々と言っていいのだろうか・・・。
しかし、酷なことも書かれている。この、“花”を得るには若いころの鍛錬(稽古)が何より大切でそれができなかったものには“花”はない。才能も必要だ。たとえ“花”に見えたとしてもそれは一時のものであり、生涯にわたって咲きつづけるものではないと・・・。



読み進むうち、世阿弥の教え(父親の観阿弥の教え)はドラッカーの主張にも通じるところがあると思えてきた。
マネジメントは真摯さを要求し、イノベーションを起こし続けて社会貢献をするというのがその目的であると説かれているが、それに照らし合わせるとそっくりである。

若いころの一所懸命の稽古というのは真摯さに通じるだろう。そして、幽玄の位というものはもって生まれたものであって、どんなに努力をしても得られるものではないという論は、ドラッカーのいう真摯さもまたもって生まれたものであり訓練をして身につけられるものではないと同じことを言っているのではないか。
“花”を持続させるための珍しさというのはイノベーションそのものだ。
もうひとつ、申楽というものは万民の寿福増長のためにあるといっているが、これもマネジメントの真の目的が社会貢献であるということに通じる。
これが600年前に書かれたとは・・・。

世のため、人のために、自分にできる当たり前のことを当たり前に続けることが人の幸せであるというのが風姿花伝の大元のように思えてきたが、そうだとしたら、それこそが最も難しい人の生き方ではないのかと、そして今さらそんなに言われてもあとの祭りなんじゃないかと今回もまたたじたじとなってしまうのだ。

コメント (2)

水軒沖釣行

2016年06月29日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:長潮 7:45干潮
釣果:マルアジ 30匹


昨日は1日中ウエザーニュースの時間帯天気にくぎ付けだった。おとといの予報では午前中曇り、昨日の朝の予報は朝から雨に変わっていた。これで今日の休みも停滞かと思いきや、夕方の予報では午前8時まで曇りと変わった。
よし、これで行けるぞ。
雨を避けての釣りになるので今日はチョクリ釣りだ。

予報通り、夜明け前から雲は低く垂れこめて、今日はモノクロの風景になっている。まあ、これはこれで美しい風景ではある。



水深37メートル付近で反応があったので釣りを開始。
間もなく大きなアタリがあったが、幹糸から切れてしまった。サゴシかタチウオなのだろうか?まあ、とりあえず魚はいるようだ。
その後は反応もアタリも無く、やはり雨が続いたあとでは厳しいのかと思ったが、再び反応が現れた。かなり浅いところだ。棚を合わせてシャクリを入れる魚が乗った。これもよく引く。
今日はずっとこんな感じで、マルアジが釣れてくる棚は10メートルから15メートルだ。真水が出ていて、釣れても棚はかなり深いと思っていたがまったく予想は違っていた。

常にアタリがあるという感じではないが、コンスタントにアタリは続く。
午前7時を過ぎてアタリが遠のき、雲は薄いが予報が当たるといやなので今日はこれで終了とした。


家に帰って燃料を給油。
この給油所で免税軽油を買うのも今日が最後だ。市内でも屈指の安さだったが免税の取り扱いを止めて、完全セルフに移行するとのこと。
こんな面倒な手続きをするにはこの値段では折り合わないのであろうというのは仕方がないが、他の給油所に電話を架けまくって値段を調べると、ここの値段と他の給油所の免税後の値段が少ししか違わなくなってしまう。
どこか安いところはないものだろうか・・・。




コメント (2)

浜の宮沖釣行

2016年06月24日 | 2016釣り
場所:浜の宮沖
条件:中潮 8:05満潮
釣果:キス 30匹

久々に休みと天気が合致した。しかし、お昼前からは雨の予報。まさしく天の配剤、奇跡の午前だ。
どこへ行こうかと昨日の午後からの会議は上の空だったのは仕方がないことだ。
いつ雨が降ってもいいようにタッチアンドゴーでチョクリにするか、今年はまだ行けていないキスにするか、それとも新たなる獲物を求めて田倉崎まで落としこみ釣りに挑戦してみるか・・・。思案のしどころだ。
男なら新たなる野望を胸に落としこみ釣りといきたいところだが、濁りが入ってゴミがいっぱい流れているかもしれない紀ノ川を越えるのはちょっと怖いので落としこみ釣りはあっけなく断念。
チョクリかキスか。これは朝を待っての判断とした。

午前2時半に起床して空を見ると、少し風が出ている。これは出船もままならないのかと不安になりながら新聞を読み、30分たってまた外へ。風が止んでいる。雲も薄く、これは時間がかかる釣りでも大丈夫だと考え、キス釣りに出発した。
雨が降るまでの時間を目いっぱい使いたいので午前3時に家を出発。

しかし、ここでアクシデントが発生。いつものエサの自動販売機が故障中という張り紙・・・。では近所のイワ○キ釣り具へ赴いたが、なぜだか閉店中。う~んこれは仕方がないのでかなり遠いがマ○ニシ釣り具で買うしかない。500円分のイシゴカイを買ったが、量が少ない。おまけに消費税別というのはどうかしてるぞ。多分自販機のエサの2/3ほどしか入っていない。入れ食い状態なら2時間持たないのではないだろうか。
そんなこんなで30分のロスで午前4時半に出港。
目的地に着く前には完全に夜が明けてしまっていた。



結構な雨が降り続いていたので海の濁りが心配であったが、これはまったくの杞憂であった。
いつものポイント、亀ノ川の沖合で停泊し釣りを開始。幸先よくすぐにアタリがあった。
これはかなりいいんじゃないかと喜んではみたが、あとが続かない。群れは散在しているような感じで、船がその上を通るときにアタリが出るという感じだ。
しかし、釣れてくるキスのサイズはみんな型ぞろいだ。これはうれしい。数匹は20センチ以上ありそうだ。
何度か移動を繰り返して魚が釣れた場所を往復するが、午前7時を回ったころからまったくアタリがなくなった。
潮も動かなくなり水面は鏡のように静かになってしまった。これでは釣れる気がしない。



その後、午前9時までほぼアタリがない状態で我慢したが、それも限界。
結局量が少ないエサを使い切らずに終了となってしまった。

帰港して船底塗料を買い、魚を届け、スーパーでアイスクリームを買っていたら雨が降ってきた。
まあ、今日はこれくらいで終わる運命だったのかもしれない。

コメント (7)

「スタア・バーへ、ようこそ 」読了

2016年06月18日 | 2016読書
岸 久 「スタア・バーへ、ようこそ 」読了

お酒は好きだが外で飲むことはまずない。
今では退社時刻も遅いし通勤時間も長くてよけいにそんな機会がなくなった。

それに宴会というのもあまり好きではない。バカ騒ぎしながらドクドクと注がれたビールをおいしいと思ったことがない。また、そこで交わされる噂と悪口ではおいしいお酒が飲めるわけがない。今まで、この人と飲むお酒はおいしいと思ったことのある人は数えるほどしかなく、また逆もしかりで、こんなに思っている気難しい人間と飲む相手も同じように思っていることだろう。

そして、お酒というのはもっと神聖であるべきだと思うのだ。もともと、お酒というのは貴重な穀物を大量に使い醸し出す。わざわざそんな効率の悪いことをしてまで醸す目的というのは、神と出会うため、奇跡を見るためだと言われている。宗教は多かれ少なかれ、奇跡を見せて信者を増やそうとする。つらい修行を積んだ人はその過程で瞑想の最中、奇跡を目にすることができるが一般人はそうはいかない。手っ取り早く奇跡を見るためにお酒が利用された。だから西洋では修道院でワインやビールが造られ、日本では神にささげる飲み物とされているのだ。バカ騒ぎしながら飲むものではないはずのものなのだ。
だから、少なくとも、今飲んでいるお酒はどこでどのように醸され、どんな由来があるのか、どんな歴史をたどってきたのか。そんなものをかみ締めながら飲まなければならないと思うのだ。

そんなことを丁寧に教えてくれそうなのがバーというところなのだろうが、貧乏人でかつ作法の知らない人間には敷居が高すぎる。家でカクテルもどきを作って楽しむのが関の山で、外での唯一の楽しみは帰りの電車の中でのむチュウハイくらいだ。




著者は銀座1丁目で「スタア・バー」というバーを経営する一流のバーテンダーだそうだ。31歳の若さでカクテルコンクールの世界一に輝き、今年の2月にはNHKの「仕事の流儀」にも出演していたらしい。多分、この業界でもかなりの有名なひとなのだろう。
年齢は僕よりひとつ下というのを知ってたじたじとなってしまう。

あたりまえのことだが、お酒に対するこだわりもものすごく、氷のカットの仕方、大きさ、コースター、おしぼり、お酒の温度(度数の強いお酒は冷凍して使ったりするそうだ。)など細かなところまでのこだわりはものすごい。
僕も一応、庭の片隅でミントを育てたり、マドラーはクロモジの木を使ったお手製だが、そこまでだ。一流と最下流の違いは銀河系の端から端までよりもはるかな隔たりがある。

僕も一度でいいから、こんなところでお酒の薀蓄をとことん教えてもらいたいものだ。

コメント

「アメーバ経営」読了

2016年06月13日 | 2016読書
京セラのアメーバ経営というと、トヨタのカンバン方式と並んで効率的ですばらしい経営手法としてよく知られている。
まあ、僕がこんな経営方法を読んだからと言ってどうということはないのだが、ずっと興味があって読みたいと思っていた。

方式は単純なもので、経営単位を細かく分け、単位ごとに収支をはじき出して効率化を求めてゆくというものだ。実はわが社でも同じようなことをやっていて、単位をアメーバと呼ぶかユニットと呼ぶかしか違いがない。
でも、どうして片や世界に冠たる企業となり片や業界でも下位のほうに燻っているのだろう。
もちろん、精度の違いは否めないところとしてあるが、実はこの本の中に頻繁に出てくる心情的な部分、そこがまったく違う気がする。システムが立派でもそれを運用する人間の心次第で業績は跳ね上がるし、どん底にもなったりする。当たり前といえば当たり前で、社員を信じきる経営者と経営者を信奉する社員の心の絆がないと何もかもうまくいかないということだ。

稲盛氏の訴えたいことは、ドラッカーの言う、「真摯さ」ということと同じだと理解した。この人は日本航空の再建にも手腕を振るったが、どうしてぜんぜん違う業界でこれだけのことができるのだろうと不思議に思ったものだが、この、「真摯さ」をどれだけ社内に浸透させるか、またその情熱とエネルギーを持っているかということなのだろう。
「信頼できる仲間同士という心の絆」
「人間として何が正しいか」
「会社が、ひとつの大家族であるかのような運命共同体となり・・」
「リーダーとは、全き人格者でなければならない。」
「予定完遂の強い意志を持って実行する。」
「筋の通らない要求に対しては、喧嘩をするくらいの激しい気迫がなくては・・・」
こんな言葉が随所に出てくる。
こんな言葉を真剣に言える人というのが本当に素晴らしい経営者ということに尽きるということだ。


ウチの会社では、僕を含めてどれだけの人が役員の方々を尊敬してついて行っているのだろう。僕は役員さんの直属ではなくもっと下のほうだからどうでもいいのだが、もっと上の人たちなんか、愚痴ではないが、ホトホト言いながら命令をこなしている。そこには信奉も尊敬もないような気がして僕には到底できそうにない。諦めに似たようなものしか感じない。どうしたら滅私奉公できるのだろうか?それが大人ということだろうか?

つい最近、自動車の燃費偽装で対照的なメーカーの記者会見があったが、一方は社員のためを思った会見でもう一方は逆の印象を持った。ウチはどっちに近いかなどと考えたくはないが、僕自身はどうもこの会社のために心血を注いで命を預けてがんばろうという気にはなれない。


“環世界”という言葉を最近知った。もともとは生物学で使われる言葉で、「普遍的な時間や空間も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動というものは各動物で異なる知覚と作用の結果であり、そこからその動物独特の行動が生まれてくる。」という考えである。
そういう意味では僕の“環世界”には残念ながら、真摯さ、野心、競争意識、協調性、そういったものがものすごく希薄だ。子供の頃から学校の先生に、「欲がない。」そう言われ続けていた。
だから僕の環世界の中には、アメーバ経営もユニット経営も存在しないということだ。
コメント

「サバがマグロを産む日」読了

2016年06月11日 | 2016読書
この本は魚を通して社会貢献をしようという熱い心を持った人たちの物語だ。

魚の人工的な生産、有用物質の抽出、自然環境の改善などなど多岐にわたりイノベーションを起こそうとしている人々が熱く語っている。
どうしたらそこまで熱くなれるのか、やはり好きなことを突き詰めて生きるべきなのか・・・。ぼくの父親は「自分の好きなことを職業にするとしんどい。」といっていたが本当にそうだったのだろうか。
もちろん、僕は魚が好きだからと言ってこんな水産の勉強ができる大学に入れたかというとそれはまったく無理な話だったので今のような仕事が精いっぱいだったのは間違いがない。
でも、もしそんな野心があったなら僕ももっと生きがいのあるような生活を送れたのだろうか。でも父親の言うとおり、自分の好きなことを仕事にして魚釣りができなくなるほど忙しくなってしまっては本末転倒ではないかとも思ってしまうのだ。

コメント

紀ノ川河口釣行

2016年06月11日 | 2016釣り
場所:紀ノ川河口
条件:小潮 4:43干潮
釣果:エソ 1匹

今日は急きょ会社を休むことにした。どうも母親の体調がよくないらしい。重篤ではないのだろうが、右腕と右足にしびれがあるというのだ。3日ほど前も同じようなことを言っていたのだが、寝相が悪くて腕を頭の下にでも敷いていたからだろうと放っていた。事実、その翌日は釣ってきたマルアジを16匹、全部さばいてくれていたのでどうもなかったはずだったが、また調子が悪くなってきたらしい。
昨日、医者に診てもらうと軽い脳梗塞の疑いがあるそうで、今日、精密検査をすることになった。
僕には悔いても悔いきれない思い出がひとつある。父親が死んだとき、会社にいたのだ。もうダメなんじゃないだろうかと思いながら誰にも代ってもらえない作業があったのでこの日の朝普通に出勤した。それでもそんなものどうでもよかったはずなのだ。
看取ってやれなかったということは後々ずっと心の下の方にしこりとして残ってしまった。
だから、母親だけは最初か最後までちゃんと見ていてやりたいと思っている。


しかし、診察の指定時刻までは自由時間だ。
天気がいい日は釣りに行く。それでも母親の状態が気になるし、早く帰れて何かあってもすぐに引き返せる紀ノ川河口を目指した。そして小船のほうも長らく動かしていない。こっちのエンジンも放っておいてどこかを詰まらせてしまうとえらいことだからたまには動かさないといけない。なにしろこっちは健康保険みたいなものがないから全額自己負担になるし、自然治癒みたいなことも望めないのだ。


夜明け前に出船していつもの場所に投錨してキャストを繰り返すがアタリはない。そんなときふと、最近このへんでハマチが釣れているという情報を思い出した。では水軒一文字の沖でナブラを見つけて狙い撃ちでもしてやろうと旧と新の一文字の間を抜けてゆくと、どこかで見たことがある船が何かを釣っている。久々に出会う前の職場の釣り仲間だ。



今日の一番の収穫はこの出会いかもしれない。
エソを釣っているということだったので僕もこの辺りでミノーでトローリングを開始。アタリらしきものがあるがフックには乗らない。ここをあきらめて双子島を1周。エソを1匹で今日は終了。

家に帰ってすぐに病院へ。



やはり大層ではないが梗塞していることろがあるらしい。大事を取って入院とあいなってしまった。
父は母と結婚するとき、ソ連のブルドーザーみたいに丈夫な人だと紹介されて、それならと決めたらしいが、さすがに80年の年月には勝てなかったのかもしれない。
(どうしてソ連だったのかいまだに謎ではあるのだが・・・。)

病室からは片男波から浜の宮までが見渡せる。こんなところにいないであそこでキスを釣りたいものだと不遜なことを考えられるのも病状が深刻ではないからで、これはこれで不幸中の幸いと思っておこう。



コメント (4)

水軒沖釣行

2016年06月09日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 2:43干潮 8:24満潮
釣果:マルアジ 21匹

久々に釣りに行ける天気と休日が重なったが残念ながら出勤しなければならない。今の職場は自宅から約2時間の道程なので昼からの会議に間に合えばいいといえどもかなり早い時間には家を出なければならない。
そろそろキスを釣って天ぷらか、前回行きそびれた加太での飲ませ釣りへの再挑戦といきたいところだが出勤予定時間を考えるとチョクリしかない。これが以前の職場ならキスを釣りに行っても加太まで行っても余裕で会議の時間に間に合うのだが・・・。
チョクリにはもうかれこれ2週間ほど行っていないしその間、あまりいい情報も入ってこないのでどんな状況かもわからないままの出港だ。

時間がない分、気張ってかなり早く家を出たが、日の出時刻は4時台になってきているのにあいにくの曇り空でなかなか明るくなってこない。
少しまわりの景色がわかるようになってから港を出た。




港内では夜釣りの人が数人。そして僕の針路に電気ウキがひとつ浮かんでいる。どうも糸が切れて流されているようだ。僕には、「釣りに出る前にウキを拾うとその日は釣れない。」というジンクスがあるのだが、貧乏性なもので掬わずにはいられない。
このウキの持ち主は多分その岸辺で釣りをしているひとには違いないので、ウキを掬っている僕を見ながら、「俺のウキを奪いやがって!!」と歯軋りをしているに違いない。まあ、こんなにして人の恨みを背負って糸を垂らしていると確かに魚が釣れないというのはなんとなくわかるような気がする。
(しかし、こんなとき、このウキの本当の所有者はいったい誰になるのだろう?糸が切れて漂い始めたらただのゴミと解釈しても問題はないのではないだろうか?)
許してください、今日の釣り人さん。これを中古の釣具屋さんに持っていくと、案外いい値段で買い取ってくれるんですよ。釣り船のオーナーのみんながみんな金持ちというわけではないのです。僕なんか人生の底辺で釣竿の先に火を灯すような思いをしながらなんとか船の維持をしているのです。釣竿の先に火を灯すとバッと燃えてしまいますが・・・。




針路は紀ノ川方面。水深40メートル付近まで行ってみたが魚探の反応はまったくない。中潮で干潮と満潮の間の時刻なので潮はそこそこ動いていそうなものだが、まったく動いていない。海面は穏やかそのもので風もそよ風程度なのですこぶる心地よいがこれだけ潮が動かないとかなり期待薄だ。



今日も果報は寝て待てだ。沖に行くと帰投に時間がかかるしこの状況ではどこへ行っても同じだろう。
そうこうしているうちにかすかだが魚探に反応が出てきた。仕掛けの水深を合わせて大きく誘いを入れるとなんとか鉤に乗ってくれた。
今日は終わりまでずっとこんな感じだ。小さな反応に合わせて仕掛けの水深を調整して思い切り大きな誘いを入れてやっと乗る。しかし三分の一はバラしてしまう。アタリがあってすぐにバレるのもあれば水面下まで引き寄せてきたのにおさらばするやつもいる。
食いが悪い日はこんなもので仕方がない。
ただ、釣っている感は確かにある。漁じゃなくて確かにこれは釣りだ。船上は戦場ではなくなっている。

今日は置き竿にはまったくアタリがなかった。手持ちの竿も大きくあおらないと魚が掛からないので置き竿くらいの誘いでははやりダメなのかと考えていたが、終了して仕掛けを回収してみるとバイオフィルムが幹糸、枝素にかなりこびりついている。手持ちの竿には付いてこなかったのでまったく気にはしていなかったが、これも食いが悪い要因のひとつだと思う。
もっと潮が流れていればこんな細かなゴミもどこかへ流れ去ってしまうのだろうがどんどん水温が上がってきて流れがないとこういう状況になってしまう。
まあ、おかずぐらいは確保できたことで今日は良しとしておこう。

少しアタリが遠のいて、これが潮時と午前6時半に終了とした。
アタリがポツポツだったのとサバはこの流れでは最初からあきらめていたので今日は生簀も開けずに釣った魚を締めながらクーラーに放り込んでいたので後始末は楽なものだ。
一度クーラーから出した魚を写真に納め一目散に港へ帰投。
お昼前になに食わぬ顔をして事務所のパソコンに電源を入れる。むなしい時間の始まりだ。



前の職場では休日出勤すると事務所の部下から、「カチョウ、今日は行ってきたんですか?」と声をかけられたり、フェイスブックにアップした画像を見た別の事務所の釣り仲間がお昼前になると僕の事務所を訪れて、「どうだったんですか~?」と顔を覗かせたりする。
しかし、ここはロダンが言う石の墓場。魚釣りの話をすることもない。
石の墓場でなければ何もない砂漠のようなところだ・・・。





コメント

「星を継ぐもの」読了

2016年06月05日 | 2016読書
ジェイムズ・P・ホーガン /池 央耿 (翻訳)  「星を継ぐもの」読了

たまたまネットで見つけた解説に興味をそそられた。
月の裏側で発見された真っ赤な宇宙服を纏った死体は5万年前のもので、遺伝子的にはまったくの現代人と同じあった。その後しばらくして木星の衛星ガニメデで2500万年前に遭難したと思われる巨大宇宙船が発見された。
というものであった。

ストーリーはこのふたつの事件と現代人のつながりを科学的な事実をもとに推理するというものだ。

これからこの本を読んでみたいと思うひともいるかもしれないのであらすじは書かないでおきたいが、
この物語の時代、人類は人種や宗教、イデオロギーの壁を乗り越え地球規模の統合国家を作り上げたことにより軍事予算は限りなく削減されその財源を宇宙開発に振り向け、惑星間の移動、開発が可能になったという前提でストーリーは進められている。
はたして本当の世界で、これほどの宇宙開発をすることができるのだろうか。30億年後、末期の太陽は膨張をはじめ赤色巨星となり地球の軌道を飲み込んでしまうというのは確実だそうだ。そのときには当然、人間は地球を飛び出して宇宙に進出してゆかないと生き残ることはできない。そこまで未来ではなくても気候の変動や伝染病などで人類が地球に住んでいられない状況を迎えるかもしれない。そのとき、今まで持ち続けた様々な軋轢を乗り越えることができるのだろうか。
今の僕が知る限りのことではそれはまず無理だろうと考える。残念ながら・・・。この日本の国一国の中でさえ政治の世界も経済の世界も、“共同して”という言葉にはほど遠い。
それとも、もっと前向きな人ならそんなこととは別の考え方を持つことができるのだろうか。

少しだけストーリーの中身を語ると、5万年前の人類は自滅したと断定され、現代人は様々な障害を乗り越え統一国家を作り上げ平和の中で宇宙進出を着実に進めている。自分たちは5万年前の人類の過ちは犯さないのだと結ばれている。
しかし、著者は現代人類をそんなことができる人々であるとみていたのだろうか?実は5万年前の人類こそがお前たちなのだという皮肉を込めてこの物語を締めくくったのではないのだろうか。
それとも、この本は1977年に書かれたものだそうだが1977年といえばベトナム戦争が終わり冷戦下といえども平和と高度成長を迎えた当時の情勢だからこそ書けた物語だったのだろうか。

この本にはあと2冊、続編があるらしい。今のところ読んでみようという気にはなっていないが、それらを読むと本当の著者の思いがわかるのだろうか。


現在の惑星科学からするとどう読んでもおかしいというところがないではないが、そこはSF、これはこれとして読んでおけばよいことだろうが、SFより、現代の科学が解明した惑星科学を含めた宇宙の話を聞いているほうがよほどSF的で驚かされる。
コメント

加太沖釣行、ならず。

2016年06月02日 | 2016釣り
場所:加太沖(まで行けなかった。)
条件:中潮 3:34満潮
釣果:ボウズ

次の休みはどこへ行こうか。はやりキスだろうかと考えながらネットを見ていると、加太で飲ませ釣りをやっているという情報があった。そういえば、コメントをいただくことが多いサワッチさんのブログにもアップされていたのを思い出した。
まだ船の速度も遅くはなっていないので、今ならいけるぞと考えて夕べ、急いで仕掛けを作り今日に臨んだ。

しかし、どうも乗り気がしていないのか、道具入れを持たないまま港に行ってしまって家に逆戻り。
出港しても北風が強い。逆に南風が吹かないので加太まで行けるぞとふんでいたが全くの誤算だ。風が強い分、田倉崎は目の前に見えるが風と波に阻まれてまったく近づいてこない。



空の低い位置にある雲もあっという間に形を変えるし、水しぶきで前が見えなくなったシールドから半分体を乗り出して前を見る僕の体の右半分も水しぶきでボトボトになってしまった。



完全に戦意喪失。やっぱりこれ以上進むのはやめようと決意し、釣り公園の沖で一つだけ持っていたサビキを下してみた。
仕掛けは斜めにしか入っていかないがアタリはあった。



多分、もっと天気がよければ魚は釣れるのだろう。風が恨めしい。この魚は功徳と思って放流してあげた。
次はきっと大群を率いてもどってきてくれるだろう。


港に帰り着いたのは午前7時半。
あまりのも早いので渡船屋の事務所で一服させてもらった。聞くと、船がオーバーヒートしてしまったらしい。
昨日船を上架して冷却用の海水フィルターを掃除したら今日、こんな状態になってしまったらしい。
ほどなくして頼もしいタカっさん登場。
上架したあとにエンジンをグッと回して海水を上げていなかったのでインペラが熔けたのではないかとの見立てだった。
スペアの船でお客さんを迎えいにく船頭に代って僕が助手を務めて修理を継続。最後までは付き合えなかったが勉強になった。



しかし、渡船屋の船ともなるとエンジンがけた違いに大きい。スペアの船のエンジンはこれの倍はあるらしい。
僕の船がおもちゃにみえてしまう。(おもちゃだが・・・。)

コメント