イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖、加太沖釣行

2010年09月27日 | Weblog
場所:水軒沖→加太沖
条件:中潮8:18満潮
潮流:5:45転流 9:35上り最強2.8ノット 13:18転流
釣果:タチウオ 10匹 エソ1匹

今日は平日に休みを取ったが、明日はまた午前5時に起床して2時間電車にゆられると思うと田辺には足が向かない。中潮で午前中に上り潮なので加太へ行くことにした。

まずは保険のタチウオ。だんだん夜明けも遅くなってきて、今日は4時半の出港だ。ポイントについていきなりアタリ。今日も30匹コースかと思いきや、アタリが出ない。強い北東風のせいか、はたまた低気圧が近づいているせいか・・・。何とか二桁にのせて加太へ転進。
潮が上っているので水谷あたりから始めようと思ったが友ヶ島と田倉崎の間くらいに船が集まっているところがあったので船団のはずれあたりまで足を伸ばして釣りをスタート。

今日も前回と同じサビキ仕掛けだ。
こちらも到着してからいきなりのアタリ。しかしすぐにバレてしまった。仕掛けを引き上げて確かめてみると1本ハリが切れている。今日もサゴシのようだ。前回の教訓を生かして、付け直したハリにはシリコンパイプを仕込んだが別のハリにアタリがあったようだ。まだ9本ハリが残っているのでそのまま継続。2回目の流しでまたアタリ。今度はものすごい引きでドラグが滑っていくが竿を立てる前にまたまた軽くなってしまった。仕掛けを引き上げると今度は1本はハリスが切れていて1本はハリが曲がってしまっていた。いったい何なのだろうか。青物かもしれない。

ハリを3本失ったし、大物に期待を込めて枝素5号の仕掛けに交換。ハリも10号だ。
仕掛けを交換してすぐにアタリ。しかし、1一番下の幹糸から飛んでしまった。一気に軽くなったのでサゴシかタチウオだろう。
今度もまだ9本のハリが残っているので釣りを継続。
午前9時前頃だろうか、3回目の流しの時にまたまたアタリ。今度はバッチリハリがかりしたようだ。道糸が一気に出て行く。かなり大きい。多分メジロだ。ハマチとは比べ物にならない引きだ。しかし、今度は5号のフロロカーボンだ、めったなことでは切れることはない。道糸を出したり引いたりしながらゆっくり間合いを詰めていく。スクリューに当たらないように緑の道糸が入った頃から船のミヨシへ移動。リーダーも入り、仕掛けを手にしてあと3メートルほどのところまで手繰り寄せてきた。あと少し、船底に幹糸を当てないように体を乗り出した時に一気に走った。と思ったらフッと軽くなってしまった。しばし呆然。仕掛けを回収してみるとまたまたハリが曲がってしまっていた。飴のようにグニャグニャになってしまっている。

う~ん。ハリスは耐えたがハリが耐えられなかったとは・・・。サビキのハリに使うにしてはちょっと大げさかと思いながら作ったがそれでも耐えられなかった・・・。残念。久しぶりに体が震えた。

その後は戦意喪失。まだ潮は上りを維持していたが9時半頃に終了。
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トイレの神様

2010年09月26日 | Weblog
我が家のトイレに神様が降臨した。
なにかいいことが起こるのだろうか?
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「バカの壁」読了

2010年09月25日 | Weblog
養老孟司 「バカの壁」読了
ずっと昔のベストセラーなのでいまさら読むようなものではないのだが、古本屋さんの特売で105円で売っていたものでとりあえず買ってみた。

僕は、最近の新書というのはわかりきったことをいとも難しく、しかも読んでいる人間に教養を得たといともうまく錯覚させるものだと思っている。養老孟司はこの本を執筆したのではなく、ただテーマについて話をしただけで、構成は編集者がしたようだ。なんと薄っぺらい教養か。

この本も、人はどうして分かり合えないのかということを難しそうに語っている。何事も答えはひとつではないのに、それを無理やりひとつではないのだと思い込むことに原因があるという。そんなもの社会人を20年以上やっているとなんとなくは解かってくる。
それでも、共通一次試験でマークシートの答案用紙に必死で向かっていた僕にはやっぱり答えはひとつでないと困ってしまうのだ。
「君子豹変」という言葉は“立派な人が機をみて態度や考えを安易に変える。”というのが本来の意味らしい。
しかし、一般人はやっぱり人の目をきにするので、おいそれと言ったことを変えるわけにはいかない。普通の人というのはやっぱり僕と同じ考えをもっているから。

会社で出世する人ってやっぱり“豹変”してる人が多いように思うから、やっぱり養老孟司は正しいのだと思う。
ドラゴンボールも北斗の拳もどんどん変わっていったもんな。

最後の章に一元論について書かれている。苦しい人生から逃れようとするひとは偏った考えの原理主義に走ってしまうそうだ。
読みながら、僕は宗教に走る代わりに魚釣りに逃げ込んでしまっているのではないかと思ってしまった。
ぼくは魚釣りというのはもっと崇高なものだと思っているのだが、現実から逃避するための壁に使っているのかもしれない。

この歳になって自分の性格が豹変するわけでもなく、このままなんとか人生をうっちゃっていくしかないと思うとちょっと情けなくなってしまうのだ。
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夏と秋の境目

2010年09月23日 | Weblog
船のシャフトのシールを調整していたので海水が浸入していないかの点検に出かけた。雨の降らないうちにと思い、早くから出かけたのだが、北の方から黒い雨雲が押し寄せてきている。このあと、近くの釣具屋さんで買い物をして出た瞬間、ものすごい豪雨に見舞われた。それも冷たい雨だ。その後吹いてくる風にはもう、暑さは感じられない。明日はもっと気温が下がるらしい。
まさしく、この雲は夏と秋の境目だ。今年の和歌山市の秋は、午前8時25分を少し過ぎたころにやってきた。
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水軒一文字

2010年09月19日 | Weblog
きのう使った道具を船に戻すために港に寄る前に水軒一文字に行ってみた。いつもは防波堤の付根付近をうろうろするだけだが今日は天気がいいので先端まで行ってみた。

ここは僕の釣りの原点のひとつだ。もう35年以上前になるがここのそばに住んでいたのだが、父親に連れられてよくボラを釣った。
当時は沖側にもテトラなど入っていなかったし、工業団地の埋め立てもされていなかったので広大な釣り場だったが、今では埋め立ても進み、自転車やバイクで防波堤まで乗り入れられるようになってしまった。
水軒川のほとりから海岸沿いを歩くと近いのだが満潮時は歩けないので番所の鼻のそばからひと山越えることが多かった。小さな子供の僕はほとんど荷物を運ぶことができなかっただろうから、僕の父親はヌカの塊をもってよくあの山の中を歩いてくれたものだ。

今はもう、そんな釣りをする人はいないだろうが、和歌山ではどこでもボラを吸い込み仕掛け釣るのが定番であった。水軒でも新和歌浦でも木製の糸巻きに竹ヒゴを挿してその先に鈴を付けて手釣りで釣っている人がたくさんいた。
野球のボールくらいの大きさのヌカダンゴにハリが10本ほどついた吸い込みハリを仕込んでぶっ込んでおくのだ。40センチくらいのボラでも小学生の子供にとってはとてつもなく強力な引きだ。一匹上げると指が竿のグリップの形のままこわばってしまったことを覚えている。

もう、一匹釣ったらやみつきになった。
僕の父親も不定休の仕事をしていたので、しょっちゅう釣りに連れていってくれたわけではないが、学校が昼までの日にスーパーカブに乗って迎えに来てくれることがあった。ちょうど、県立和歌山工業高校の裏の道を歩いている頃に反対側からカブに乗った父親がやってくる。そこで友達と別れてカブの後ろに乗って帰るのだが、そのうれしかったことと言えばなかった。
釣った魚は家に帰ると母親が洗いや味噌付けにしてくれた。

このブログを読んでくれている方々も、ボラといえばとんでもなく臭くてまずくてポイントを荒らす魚として敬遠される方が多いと思うが、こんなことから、僕はボラが釣れるとうれしくて仕方がなくなる。
料理法もいろいろ勉強して、今でも美味しく食べさせてもらっている。
卵は時間さえかければ市販のものより美味しいカラスミができるし、中華風のから揚げにしてオーロラソースで和えると臭みなどまったく気にならなくなる。

最近は田辺でもあまり釣れなくなったような気がするが、ボラを釣ったらぜひとも一度賞味してほしい。
これからの季節が卵も大きくなるのでカラスミを作るチャンスでもある。
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「釣りひとり」読了

2010年09月18日 | Weblog
山村聰 「釣りひとり」読了
山村聰というと、「柳生一族の陰謀」で千葉真一扮する柳生十兵衛の父親の柳生但馬守宗矩の役をしていたのをよく覚えている。
この時代劇は面白かった。山村聰はさておき、千葉真一の柳生十兵衛はかっこよかった。
あとはトヨタのクラウンのコマーシャルか・・・。
役柄から想像すると何かで~んと構えた近寄りがたいエグゼクティブという印象がするが、実際はものすごくエネルギッシュで細かなことを探求するひとであったようだ。

釣りの中でもヘラブナ釣りに情熱を傾けて、釣具屋を経営したり、へら竿を自作したりかなりの懲りようだ。
映画俳優という職業の人だけあって、普通のひととは経済的にも精神的にも全然ちがうステージにいるのだろう。

話は飛んでしまうが、東京の釣具屋さんは関西の釣具屋さんとはかなり趣きが違う。入り口は普通の釣具屋さんでも、奥に入っていくと和竿の数々がケースに入れられて並んでいる。上州屋でも店の隅っこには竹のへら竿をガラスケースに入れて陳列しているくらいだ。
銀座にある「東作」という釣具屋に入ったときには入り口と奥のあまりのギャップに驚いたものだ。入り口はこっちで言うと老人が暇つぶしでやっている釣具屋という感じだが、奥のほうはまったく近寄りがたい雰囲気で、「買えないんなら早く出て行けオーラ」がプンプン漂っていた。さすが、「粋」を重んじる江戸の町だと感心した。
数年前、出張でよく東京に行く機会があったのだが、仕事もそこそこにこんな感じで釣具屋さんを探しては訪ねたものだ。いい時代だった。

著作の後半のへら竿の製作過程とそのこだわりようがすごい情熱で語られているが、山村聰もそんな江戸の心意気のなかで生活をしてきた人だからこれだけのこだわりをもっていけたのだろう。
僕も釣具の手作りは大好きだが、やっぱり、ここまでは到底いけそうにない。

最後に、文章の中に書かれている詩をひとつ。

うたすてたるにあらねども
ひとりうきよをのがれきて
きょうのひとひをのべのはて
つりするわれをせむるなよ
みやこにうたをかくともよ

ぼくは釣りというのはストレス発散やリフレッシュの手段などではなくもっと崇高なものと思っているのだが、実際はこの詩のようなものになり果ててしまっているような気がする。
これがすごく悲しい。
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水軒沖釣行

2010年09月18日 | Weblog
 

場所:水軒沖→北港釣り公園沖
条件:若潮9:21干潮
釣果:タチウオ46匹 サゴシ2匹

今朝は少し肌寒かった。シャツ1枚で家を出たのはいいが、原チャリに乗っているとかなり寒い。たった2週間でこんなに気温が変化するものだろうかと驚きだ。しかし、これだけの変化に富んでいるから日本はいい国なんだろうな。国民はもっと四季の移り変わりを楽しむべきだ。
今日はまずはタチウオをやって、北港釣り公園の沖へ移動してサビキ仕掛けでサバ、アジを狙う段取りだ。
午前4時過ぎに港に到着して出港の準備。
午前5時前にはいつものポイントへ到着。今日もかなりの船が出ている。
仕掛けを流し始めてすぐにアタリ。今日もそれからは怒涛のアタリラッシュだ。どんどんアタッてくる。もう、潜航板を入れる前にもアタッてくる。しかし、そんな魚はかなり小さい。なんとか底に仕掛けを入れようと思うのだがその前にアタリがあるので仕掛けを入れられない。少し大きな魚が釣れたところに戻ろうと思うのだが、今度は往来の船が邪魔で戻ることができない。船はどんどん沖へ行ってしまうが、それでもお構いなしにアタリが続く。午前6時前になったのでそろそろチョクリのポイントへ行かなければ遅くなると思い、仕掛けを巻き取り始めたのだがその途中にもアタッてくる。そのつど魚を回収してまた仕掛けを下ろしてラインを回収しているとまた、アタリ。そろそろ止めようと思ってからも5,6匹は釣ってしまった。数えてみると46匹。あのままつり続けていれば軽く50匹は釣れただろう。
これで、今年の累計は82匹。イチローの200安打には及ばないが、150匹を目標に頑張りたいものだ。

その後北港釣り公園の沖へ移動。サビキ仕掛けを下ろすと若潮にもかかわらずかなりの流れだ。30号の竿に50号のオモリを強引にセットして釣りを続ける。魚探にかすかな反応があったと思ったらアタリ。グッと大きな引きのあとにフッと軽くなってしまった。仕掛けの一番上からスパッとなくなってしまっていた。タチウオか、それともサゴシか。このサビキしかけは作るのが一番面倒なのでなくなると困るのだ。ひとつ作るのに1時間くらいかかってしまう。
虎の子の最後の仕掛けを下ろして10分後くらいだろうか、またまたアタリ。今度は上まで上がってきた。お願いだから切れないでと祈りながら取り込んだ魚はやっぱりサゴシ。前に釣ったのより一回りは大きい。それも2匹ついている。しかし、10本のハリのうち2本がなくなっている。かなりの数が掛っていたようだ。歯が鋭いから4号では持たないようだ。

タチウオの食い出しはかなり遅れたがその分ドッと群れが押し寄せてきたのだろうか。それとも秘密の仕掛けが効いているのか、とんでもなくよく釣れてしまう。
加太の海でもいろんな魚が釣れているようだ。

秋たけなわだ。


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鯛カブラ

2010年09月16日 | Weblog
3日かけて夜な夜な鯛カブラを仕上げた。
しかし、こんなもので魚が釣れるとは未だに理解できない。
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これからどうなるのやら・・・

2010年09月14日 | Weblog
たった今、菅総理大臣の続投が決まった。
どんな世の中になっていくのだろう・・・。
代表選終了後の挨拶で、「今一度、元気な日本を取り戻そう。」と叫んでいたが、本当にできるのだろうか。
ずっとお世話になっていた元の上司が春のリストラで会社を辞めたがいまだに次の仕事が決まらないらしい。
世の中が悪いと言うよりも百貨店業界というものが悪いのかもしれないが、少なくとも、百貨店が元気であった頃というのは日本も元気であった頃というのは間違いがないことだと思う。
今朝のテレビで、「有楽町で逢いましょう」という歌が流れていたが、この歌は、有楽町にあった「そごう」のキャンペーンソングだった。百貨店のキャンペーンソングがそのころの風俗や文化を物語るほどだったのだ。

近頃の百貨店は値段が高すぎると敬遠されてしまっているが、それは、そこには「本物」があって、「本物」を語れる人がいるからだけなのだ。
日本人が元気がなくなった原因は、ここにあるのだと思う。
何についても「本物」を知らないから何がどうでもいいことになってしまうのだ。(ついでに、政治も。)
消費という面からだけを考えると、あれがほしい、あのブランドが着たい、あれを食べたいとあこがれることが元気の源だろう。
それをファストファッションとコンビニとファーストフードではどうしようもない。
ビールでなくても泡があって黄色くて酔えればいい。そんな生活に慣れるとビールとはどんな物かを考えなくなる。それにまつわる文化や歴史がわからなくなる。多分、ドイツのお酒ということを知っている日本人のほうが少なくなってしまっているのではないか。(しかし、発泡酒というようなお酒を造っている国というのは日本以外にあるのだろうか?)
出来合いの惣菜ばかりを買っていると、元がなんであるかわからなくなってくる。前に、子供の友達の家にタチウオを届けたら、「こんな怖い顔してるの?」と聞かれて、持って来なければよかったと思ったものだ。
何もどうでもいい人間たちに元気を取り戻せと言ってもそれは無理だろう。もし、元気を取り戻せというのならそんな人たちの精神構造から直していかないとダメだろう。しかし、コンビニの弁当ばかり食べているお母さんに何ができるというのだ。

百貨店の地下の食品売り場では魚は頭と尻尾がついて売られている。マフラーの売場には本物のウールとシルクと毛皮が置いてある。やっぱり、百貨店が頑張らないと日本は元気にならないのだ。
バカになってしまった日本人を鍛えなおすのは百貨店しかないと改めて思ったのだ。


今日は久しぶりの平日の休日だったが朝からこの季節には珍しい北西の風が強かったもので気味が悪く港を前にして引き返した。
平日でこんな天気だから渡船屋の客もほとんどなく、のどかなものだった。切れかけていたロープの補修や帰港のときに隣の船にぶつかるので防舷材を隣の船に取り付けたりの作業をしていたのだが、集まってくる船のオーナーたちはみんなヨロヨロの爺さんばかりだ。船に乗り移るのも一苦労のひとや、燃料タンクが重いのでガソリンを入れられないと愚痴るひとばかりだ。
でも、みんなひとつのところに集まってきて世間話をして楽しんでいる。
多分、この人たちのほうが僕たちよりもよほど元気だ。自分のやりたいこと、ほしいもの、身の回りにある本物を知っているひとたちだ。ニセ物しか知らない人は必ず海で遭難する(本当かな?)。
僕も、別に贅沢をしたいとは全然思わない。楽しく魚釣りだけできればいいのだ。
菅さんにはそのささやかな幸せだけは守ってほしいものだ。


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水軒沖釣行

2010年09月12日 | Weblog
場所:水軒沖
条件:中潮8:43満潮
釣果:タチウオ 25匹

遅ればせながらやっとタチウオが盛期になってきた。
今日は25匹。午前5時10分に最初のアタリがあってから30分足らずでの釣果だ。
時合は短いがどんどんアタリがある。型も大きい。この釣りではドラゴンクラスというのは望むべくもないのだが今日は指4本近い魚もあった。
仕掛けを流して数秒でアタリがあったり、仕掛けを流しはじめて潜航板を下ろす前にもう喰いついていたりと、もう、いたるところにタチウオがいる感じだ。充満している。
それに加えて、手前味噌ながら僕の秘密の仕掛けがすごい。前にも書いたが、父親のこれまた秘密(と言っていたが、どうやら戸坂の港の仕掛けらしい・・・。)の仕掛けを僕が改造したもので、今日は最高で一度に4匹のタチウオが付いていた。
先週タチウオに食いちぎられて全部失くしたので大急ぎで5日かかりで釣りなおしたのだが、本当にこれだけは結構な値段で売れるのではないかと思ってしまう。
釣り船のオーナーの中では最低レベルの腕前だが、ことタチウオではかなりいい線までいっているのではないだろうかと、誰も褒めてくれないので自分で言っているのだ。
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