イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

この1年を振り返る

2016年12月30日 | Weblog
今年もあとわずか、この1年を振り返る。

まずはヨタ話。
ここ数年、12月30日は休みを取ってお正月の獲物を手にすべく釣りに出ていたが、今年はあえなく断念となった。ちゃんと休みは取っていたものの、社長のありがたいお言葉をお聞きするために、たった5分のために往復4時間の道のりを行かねばならなくなったのだ。

せっかくの休日出勤になってしまったので恒例の大晦日詣を1日前倒しにしてみた。
地元の神社めぐりから再び谷町界隈に戻ってきてしまったかっこうだ。

以前も必ず訪れていたが、今年の大河ドラマの舞台からスタートだ。
まずは天王寺公園。数年前から整備されていてきれいな場所になった。天王寺駅から入ってゆくと美術館がある。



この地で30年近く勤務しているが前を通ったのは初めてだ。
茶臼山の古戦場跡を見て、



真田幸村が討ち死にした場所といわれる安居神社へ。

  

こんな中途半端なときでも何人かの参拝人がいる。さすが、大河ドラマだ。
ここに来ていつも思うのだが、幸村が討ち死にした歳をとうに過ぎ、いったい僕は何をやっているのだろう。

その後、愛染明王をお祀りしている愛染堂、



愛染明王は六臂ある一組に弓と矢を持っておられるがこれで魚を射抜いてくれるだろうか・・・。

虚空蔵菩薩をお祀りしている太平寺を訪ねた。

 

虚空蔵菩薩は知恵や記憶のご利益もあるが、もっと魚を釣るための知恵をもたらしてくれるだろうか・・・。

この界隈にはたくさんのお寺があるが、どこも近代的な建物になっていてあまり趣がないのが残念だ。愛染堂はまだましな感じではあるが、どこでもお祀りしてある仏像を拝むことができないのがこれまた残念だ。
愛染堂と太平寺の間には夕陽丘の地名の由来になった藤原家隆の墓所と言われる場所がある。



そのそばには家隆を慕って一族が墓所を設けたという陸奥宗光の墓所もある。



この人は元紀州藩士。僕の地元に縁のある政治家だ。
維新時代の辣腕政治家だったそうだが地元でもあんまり知っている人はすくないだろうな。僕も名前くらいしか知らないし・・。
一度訪ねてみたいと思っていたがやっと来ることができた。今は西の方角が木々で覆われているが昔は海もすぐそこまで迫っていてきっと美しい場所であったのだろう。

約1時間、この界隈をうろうろした後、上本町5丁目へ。ここは師の生まれた辺り。住所も変わり、当然ながら場所もわからないが多分師が幼少の頃、ここを歩いていたのだと実感したいものの、ラブホテルばかりでは実感も何もない。



ただ、今日は師の誕生日である。86年前、確かに師はここにいたというのには間違いがないのだ。




ヨタ話はここまで

今年の評価としては釣行回数は多かったものの、成果はいまいちというのが総合結果だろう。
去年に引き続いて夏のチョクリ釣りはまずまずの成果であったが春の真鯛とキス、洲本のタチウオもことごとくダメであった。去年あんなに釣れたコウイカもまったくダメだ。

          


そのかなでも、今さらではあるが、磯釣りでは新しい発見があった。フカセ釣りでは矢引きのウキ下で普通にグレが釣れてしまうこと、紀州釣りでは手前に潮が当ててくるようなときにはウキを外してズボで釣れてしまうこと。
フカセ釣りはこの日、渡船屋の待合で常連の釣り客たちが話していたこと、紀州釣りはずっと前におだんごクラブの管理人さんがひとつのメソッドとしていたことであった。
何でも保守的(≒面倒くさがり)で新しいことをしたくない性格なのでいつも同じスタイルばかりの釣りを続けているが、発作的にやってみただけとはいえ結果が出たというのは大きな教訓だ。

 


ただ、磯釣りは僕にとってはフェードアウトしてゆかざる終えない分野なので、今さらいろいろ考えるというのも面倒くさいし今回もたまたまうまくはまっただけかもしれないし・・・。

冬になってからは本格的にカワハギとアオリイカを釣ってみたいと思い挑戦したものの、これもあまりパッとはしなかった。
カワハギはいつも1匹どまり。ただ、やはり食べるとおいしい。仕掛けをもう少し工夫すればもう少し釣れそうな感触もあり、来年はがんばってみようと思うのだ。アオリイカは完全に無理。1回でやめてしまったが、やはり100円のエギでは無理なのだろうか。テレビではいとも簡単に釣っているような気がするが・・・。釣れる場所はなんとなくわかったのでこっちも片手間にはなるのだろうがもう少し続けてみたいと思うのだ。

  

フロックで釣れてしまったイサキもうれしい獲物であったが狙って釣れる方法はないものであろうか・・・。



マテガイや真蛸もうれしい獲物だ。これも狙って釣れるようになりたいものだ。

 




今年は劣化の年でもあった。

持っているものがことごとく劣化で使えなくなったか、使いづらくなった。
まずは磯竿。
グリップのところがゴムでコーティングされているのだがこれがネチネチしてきた。
触るとなんだか気持ちが悪い。これを買ったのは約10年前。年に数回も使わなくてここ数年は1回しか使わなくなってしまった。
使い続けているとこうもならないのだろうが残念だ。6万円以上もした僕の仲では一番高価な釣竿だったのに・・。



そしてこれも春にしか使わなくなった紀州釣り用のバッカン。これは春には普通に使えていたのに秋には見事にボロボロになってしまっていた。



船の生簀の栓。これもとうとう水が染み出してきてしまった。



細かくは竿の尻手ロープと魚を〆る道具を入れている入れもの。

 

長靴にカッパ、そして手袋。手袋はさすがに680円では耐久性がない。しかし、貧乏は悲しい。新しく買ったのも同じ手袋だ。特売で390円になっていたので思わず買ってしまった。

 

樹脂で作られているものは加水分解や紫外線劣化で使えなくなるときが来るのはわかるが、これだけ集中してボロボロになってしまうと不安になる。
おかげで船のほうは大きな故障もなく1年を過ごしたが、エンジン場を眺めてみても樹脂製のパーツはいくらでもある。そろそろ燃料ホースも危ないかもしれないし電装品のコードの皮膜なんかも触るのが怖いほど弱々しく見える。
次はこっちに飛び火するのではないだろうか・・・。

そして極めつけは自分の体だ。
腰が痛くなって病院に行ったというのは以前のブログで報告したが、先日、季節はずれの暑い日、12月22日、MRIの検査結果を聞きに行った。



結果は椎間板ヘルニアと腰椎の変形だそうだ。
説明してもらうと、腰椎の端が角のように出っ張っているそうだ。それが神経を刺激して腰や大腿部が痛くなっているそうだ。
それで、どうして変形してしまったかということを聞いたら、椎間板が薄くなった状態でクネクネ動いている間に骨と骨が擦れて少しずつ出っ張りが出てきてしまうのだとのこと。多分、タガネを叩いていると頭がひしゃげてくるというのと同じような現象なのだろうと解釈したが、先生はそのあと、こんなことを言った。
「人間は体の耐用年数を超えて長生きするようになってしまったので骨にも負担がかかりすぎているんですよ。50歳を過ぎると多かれ少なかれこんな症状は出るものですよ。」
以前に読んだ「生物学的文明論」という本にも、人間の生物しての寿命は40歳までだというような内容の記述があったが、医者もそういうのだから僕もすでに行き過ぎているのかと思うと情けなくも納得してしまった。
将来はどうなるかというと、1/3の確率で手術、1/3の確率で腰が曲がって杖をつく、1/3の確率で寛解する。そんなこところだそうだ。
これもれっきとした劣化なのだろう。

来年は釣果も大事だがまずは体を含めて大過なく過ごしたいものだ。


夕方、家にたどり着き、2隻の船にしめ飾りを置いて今年の魚釣りはすべて終了。

 

今年もたくさんの人の手助けと教えをいただいた。
沈みつつある夕日を眺めながら感謝の念を抱くのだ。
皆さま、今年もどうも、ありがとうございました。来年もなにとぞ、どうぞよろしくお願いいたします。



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「大阪で生まれた開高 健」読了

2016年12月28日 | 2016読書
たる出版 「大阪で生まれた開高 健」読了

本書は師の生誕80周年を記念して出版されたものだ。当時、平成23年2月に難波パークスで展覧会がおこなわれていて、この本の表紙の写真が展覧会のPRや入場券に使われていたので何か関係があったのだろうかと思って調べてみたけれども入場券にもネットにもこの出版社のことはなにも出てこなかった。展覧会に便乗して一儲けしてやろうという魂胆なのだろうか・・。
ちなみに僕はこの展覧会には2度も足を運んでしまった。

会場にもこの本が売られていて買おうかと思ったものの、なんだか師の名前を借りて出版されたようなものを読むのは似非ファンのような気がして、買うのをためらっていた。
この本の最初には難波利三や藤本義一の寄稿があるが、大阪在住の作家ということで無理やり原稿を書いたようでまったく面識はないような感じである。

しかし、後半坪松博之がまとめた部分(これとても大部分は過去に公開された文章の転載ではあるのだが。)や作家柴田祀男にあてた手紙には師の現実に対する絶望と将来にたいするギラギラとした欲望がまざまざと表されている。
これだけでもこの本には十分な価値があると思う。

記録:和歌山県立図書館貸出

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ウインドウズが・・・

2016年12月28日 | Weblog
ウインドウズ10にアップグレードしてから時たまネットにつながらなくなる症状がでてきた。
とくに最近は頻繁におこる。その度にコントロールパネルをいじくったりルーターの電源を入れなおしたりしながらなんとか回避してきたが、今日は完全に沈黙してしまった。
朝は普通につながっていたのに夕方にはつながらなくなってしまった。いつものようにいろいろしてみたがダメだった。
今、ブログを更新しているということは何とか蘇生したということだ。

無線LANにはつながっていたので手持ちのタブレットで検索してみるとどうもウインドウズの「高速スタートアップ」という機能に問題があるかもしれないと説明しているサイトにたどり着いた。

そのまま掲載させてもらうと、内容はこんな感じ。けっこう困っている人が多いようだ。

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2016年12月7日追記
私自身は試せていませんが、ネットで情報を集めると原因はWindows10の高速スタートアップによってドライバがリセットされていないことかもしれません。

一時的に高速スタートアップを無効にして再起動すると直るかもしれません。簡単なので試してみてください。

2016年12月9日追記
『一時的に高速スタートアップを無効にする』で『有効なIP構成がありません』が直ったというコメントを頂きました。

方法
左下の[Windowsボタン]→[電源ボタン]→Shiftを押しながら[再起動]
[オプションの選択]が表示されますので、[PCの電源を切る]を押すとシャットダウンされます。再度電源を入れて動作確認をしてみてください。

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これで本当につながった!!
10に変わってから頻繁にアップデートが繰り返されていてそのなかで高速スタートアップの設定になったようだ。確かに立ち上がりはすごく早くなっていた。

助かった。
しかし、たまたまネットにつながる手段を別にもっていたからいいものの、何の手立てもなければ僕はどうすればよいのか・・・。
僕はいまだにガラケーで家のネットが壊れれば完全に孤立するのだ。

そしてネットにつながらないことの恐ろしさを十分味わった。なるべくプリミティブな生活をしたいと思ってはいるのだがなんと情けないことか・・・。


さらに調べてみると常に高速スタートアップを無効にする方法も見つかった。
忘備録としてメモをしておく。

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1.「Windows」キーを押しながら「X」キーを押し、表示された一覧から「コントロールパネル」をクリックします。
2.「コントロールパネル」が表示されます。
「表示方法」が「カテゴリ」になっていることを確認し、「システムとセキュリティ」をクリックします。
※ 表示方法がアイコンの場合は「電源オプション」をクリックし、手順4へ進みます。
3.「システムとセキュリティ」が表示されます。
「電源オプション」をクリックします。
4.「電源オプション」が表示されます。
「電源ボタンの動作の選択」をクリックします。
5.「システム設定」が表示されます。
「現在利用可能ではない設定を変更します」をクリックします。
6.「シャットダウン設定」欄の「高速スタートアップを有効にする」のチェックを外して、「変更の保存」をクリックします。

助けてもらったサイトのURLはここ。
https://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/qadoc?QID=018214#a01

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これで当分は大丈夫かもしれない。ホッとした。


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加太沖釣行

2016年12月26日 | 2016釣り
場所:加太沖
条件:中潮 5:17満潮 10:34干潮
潮流:5:05 上り2.9ノット最強 9:00転流 11:30下り最強 2.0ノット
釣果:真鯛 50センチ 1匹 サバ46センチ 1匹 マアジ 40センチ 2匹

今日もお正月の真鯛を目指して出港だ。
しかしながら今日はあまり得意ではない下り潮だ。早く出ても潮は緩んでいくばかりだが少しでも上り潮で釣ろうと今日も夜明け前に出港。


ナカトには帝国軍が集結していて、今はあそこがポイントなのだと思うものの、さすがに近づけない。



ということでまずはテッパンポイントからスタート。わずかではあるが潮は動いている。
しかし、アタリはない。やっとアタリがあったと思ってもわずかにビニールをかじった跡があるだけだ。



ここで約1時間半、帝国軍も下り潮に合わせてポイントを移動し始めた。



僕もそれに呼応してコイズキに移動を決意。
移動する途中、以前にマーキングしておいた漁礁の周りで魚の反応があったので下り潮までは早いこともあって仕掛けを下してみた。
数回上げ下ろししたところでアタリが出た。潮流表で潮止まりの午前9時、真鯛が上がってきた。
大きい。50センチあった。
魚を生け簀に入れてすぐに仕掛けを下すとまたアタリ。今度は大きなマアジだ。40センチ。
さらにまたアタリが出てサバとマアジが上がってきた。

この間約30分。今日の時合はこの時だけであったのだが、今までの経験からするとまったく望みのない時間帯である。釣りとははやり奥深い。まだまだ知らなければならないことが山のようにありまだまだ検証しなければならないことが山のようにある。というか、まったくの経験不足だ。

そろそろ潮が動いてくる時刻なので本格的にコイズキに移動するもそこはすべて帝国軍に制圧されている。なんとか間合いを詰めてもここまで・・・。



それでも敵軍の示威行動は熾烈を極める。この艦船は僕の3メートルほど前を無言のまま通り過ぎていった。



これはたまらんと思い離れたところに移動。この時すでに午前11時を回っており、なんとか30分粘ってみたが降り始めた雨にも気力を削がれロスタイムを過ごさずに午前11時半に終了。
今朝の天気予報は高精度で、洲本市は朝から小雨、和歌山市は曇りとなっていたのだが、まったくその通りだ。多分10キロも離れていないが和歌山市方面は雨は降っていなようだ。

年末までの休みと天気と最後の休みの休日出勤を考えると今日が今年最後の釣行になりそうだ。
多分、実力で手にしたというよりも偶然が重なって恵んでもらえたという感じだ。

帰りの道中も穏やかそのもの。



まあ、獲物もあったことだし、今年の最後も、神は天にいまし、すべて世は事もなし。なんとなくいい感じで締めくくることができたようだ。

真鯛は大きかったので鯛めしは1/4ほどの身で十分ボリュームがあり、あら炊きの骨から取り出した鯛の鯛もなかなかの大きさだ。

 

今年最後の獲物も美味しくいただくことができた。



記録:




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「釣針(ものと人間の文化史)」読了

2016年12月22日 | 2016読書
直良 信夫 「釣針(ものと人間の文化史)」読了

本書はテーマをひとつのものに絞って文化史を解説しているというような本で、たまたま「釣針」というテーマのものがあったので買ってみた。ちなみに図書館では、「磯」というテーマのものもあったがあまりにも分厚いので多分借りることはないだろう。

旧石器時代から金属器時代の最初のほうまでの釣り針の変遷や地域ごとの特色が書かれている。最初は木の枝別れしたところで作られた「レの字」形の釣り針が作られ、鹿の角の枝分かれしたところが利用され、石器が進歩してくると次第に「しの字」の形をしたものに進化してきたというのが最初の流れだ。
それからもう少し進歩すると結合針という、フトコロのところからふたつに分かれていて紐で縛って使うようなものも現れてきたらしい。強度と針掛かりを重視したデザインだ。接合部もただ縛るだけからギザギザをつけたり軸側に穴をあけて細い針先を通すような進化したデザインもあった。
その後、金属器の時代に入るとすでに現在と同じようなデザインの釣り針が現れる。
逆にいうとそれからはほとんど進歩していないということで、完成度というかもうこれ以上進歩しようがないほど合理的なデザインであったということがよくわかる。
フトコロの一番深いところに穴が空いていて、著者の考察からするとそこに紐を使ってなにか飾りのようなものを取り付け疑似針として使っていたのではないかという。まるでチョクリ鉤か高仕掛けのビニールを付けた状態ではないか。素材が変われどもやっていることは昔と変わらない。

掲載されている鉤のデザインや大きさの数々は時代ごとの変遷よりももっと別の意味があるのではないかと思えるほど多様だ。もちろん狙う魚(旧石器時代にすでに数十種類の魚が食べられていたらしい。)に合わせて作られたというのもあるのだろうが、ぼくはきっと、かなり気難し気な古代人のおいやん達が、「わえの鉤が一番釣れるんよ~。ほかの奴の鉤ら、あこまえよ!!。」そんなことを言いながら集落の片隅で背中を丸めて一所懸命鉤を磨いていたに違いないと思う。だから作った人の数だけデザインがあるのだと思えてしまう。
それほど魚釣りは面白い。社会が整備され、人口が増えてくると魚を釣るという漁法は効率の悪いものになってきたそうだ。それが新石器時代の終わりごろ。それ以降は生きるための食糧調達の手段というよりも楽しみ、娯楽のひとつになりつつあったようだ。
それでも人は細かい作業で青銅や鉄の鉤を作り続けて今に至る。
やはり釣りというのは面白いんだ。
師の本に掲載されているあまりにも有名な箴言に、

1時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたいなら、結婚しなさい。
8日間幸せになりたいなら、豚を殺して食べなさい。
そして、一生幸せになりたいなら、釣りを覚えなさい。

という言葉があるが、改めて人生のズバリを言い当てた箴言だと確認することになるのだ。

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加太沖釣行

2016年12月19日 | 2016釣り
場所:加太沖
条件:中潮 10:20満潮
潮流:6:45転流 10:50 上り3.0ノット最強
釣果:真鯛 49センチ1匹 ハマチ 3匹

今日はお昼前に上り潮で3ノット。今日は僕にとっては最高の潮廻り。天気も上々、今日釣れなければ本気で引退を考えなければならないほどの好条件だ。

満を持して転流時刻にポイントへ到着。まずはテッパンポイントからスタート。
まだまだ潮が動いていないのでアタリがない。帝国軍は潮の当たりが良いであろう中の瀬戸前に集結している。



今日はなんとしても釣らなければならないのでここをあきらめ第2テッパンポイントへ移動。午前9時ごろアタリが出た。大きく締め込みがあり完全に鉤に乗ったはずであったが仕掛けまでたぐり寄せ、あと3メートルほどというところでバラしてしまった。引きからすると推定全長30センチほど。お正月のにらみ鯛にうってつけのサイズであっただけにものすごく残念。そして最初のアタリを逃すとあとに響く。
しかし今日は何としても釣って帰らなければならない。気を取り直してリトリーブを続けるがなかなかアタリがない。再びテッパンポイントに移動して流してみるが帝国軍の艦船が中の瀬戸から下ってきて占拠しはじめた。
そしてまた第2テッパンポイントへ舞い戻る。あちこちウロウロしてしまうのは心が浮ついている証拠だ。その浮ついた心を落ち着かせてくれたのがこのウミネコだ。



彼が伴走してくれているときに2回目のアタリ。残念ながらフッキングには至らなかったがこのころからアタリが出だした。
次は引ったくるようなアタリでハマチが出た。これでなんとか帰れる。ウミネコ君、ありがとう。
2匹目もハマチ。このハマチはサイズは大したことはなかったが引きがすごい。何度も糸を出し、仕掛けを握ってからもどんどん糸を引き出してゆく。
3匹目は真鯛。にらみ鯛には大きすぎるがうれしいではないか。久々の真鯛だ。
4匹目は魚探に反応が出てからすぐにアタリ。まったく絵にかいたような釣れ方だ。

この間、約1時間。法則通り潮流の最強時刻を迎える直前にアタリが続いた。
ロスタイムをもう少し過ごしたかったが、今日は午後から病院でMRIの検査がある。
後ろ髪を引かれる思いで11時過ぎにポイントを離脱。
予約の30分前に受付に滑り込んだ。



記録:
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「空想科学が止まらない」読了

2016年12月15日 | 2016読書
柳田理科雄 「空想科学が止まらない」読了

いつもはテレビアニメやマンガ、映画なんかのネタばかりだが、この本は著者の日常生活を科学するというテーマのものだ。

科学するためにはまずはデータ取り。著者がたしなむお酒の分量や印税、睡眠時間・・・、とりあえずデータを取ることから始まる。
データ取りというと、僕もそんな性癖?みたいなものがある。このブログもそうだが、とにかく記憶力がないので後々思い返したいものは記録しておく。
釣果、次の散髪や歯石の掃除のタイミング、船のメンテナンスや修理の記録などなど。大きな買い物をした時、新聞や本で気になったことばなんかも。

とにかく記憶力がまったくないので記録をしておかないと何もかもを忘れてしまう。
でも、記録を取るというのには少なからず効用もある。
それの最たるものはダイエットだった。レコーディングダイエットという手法は食べたものをすべて記録するというものだが、これで僕は最大26キロまでのダイエットに成功した。
釣果もしかり、ブログへの記録は10年余りだが、手帳への記録は2002年から始めている。僕の釣果もその頃から少しづつ上向いてきたように思う。
しかしまた、船のメンテナンス記録ではそれに費やした金額に愕然とすることもある。
最近は表計算ソフトを使って管理をしているが、金額の累計をドラッグするだけで見ることができるのだ。奥さんには絶対に見せられない金額になってしまっている。死ぬまでにどれだけ使うのだろうと思うと恐ろしくなるのだ。

それでもこれからもなんだかんだを記録していくのだと思う。ただ、まったく生産のための役にたっていないのが問題だ。
仕事にその効用を見出すことができれば僕ももっと出世しているのかもしれないなと思うのだが、やはり記憶力のまったくない人間は仕事もできないというのが定説であるのには間違いがない。
残念・・・。
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水軒沖釣行

2016年12月15日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 7:22満潮
釣果:コウイカ 6匹

今日はコウイカ。まだまだお正月のストックが足りない。

昨日の天気予報を見ていると風が強そうであったが港に着いてみると風も波もなくいい天気だ。
空気も澄んでいて満月がこのほかきれいだ。



ただ、寒い。ものすごく寒い。今日の最低気温は2.9度。そりゃ寒いはずだ。
しかし、いつもの場所からスタートすると開始5分ほどでアタリが出た。おぉ、今日はイケるかと思いきや後が続かない。はやり今年は厳しいようだ。
新々波止に沿って船を流してゆくと一番手前の波止の切れ目の跡の沖で2匹目。どこで釣れるかわからないのでそのまま沖へ流されるまま探り続けたがアタリはなく、またこのポイントに戻り残りの4匹を追加。

バッチ網の船にポイントを占拠されそれを機に今日は終了。



記録:

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「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」読了

2016年12月12日 | 2016読書
アンドリュー・パーカー/渡辺 政隆(訳) 「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」読了

以前、「ワンダフル・ライフ」を読んだときから次はこの本を読みたいとずっと思っており、やっと手に取ることができた。
この本、人気があるのか、古本屋で見つけてもけっこうな値段だ。ネットでもそこそこ。ふと思い立ち、図書館に行くと、あっけなく見つけることができた。

本書は、カンブリア期の進化の大爆発がどうして起こったのかということをタイトルのとおり、“眼”が生まれたことがきっかけであるということで説明している。

生物の区分けは界、門、綱・・・と細分化されてゆくが、門という、現在は38種類あるそうだが体の基本構造である中身のデザイン(消化管が入り口と出口が二つあるかないかとか、神経系がどうかとかいう、体制と呼ばれるもの。)のすべては先カンブリア期に出揃い、カンブリア期を迎えたときに様々な外形デザインの生物が爆発するかのように生まれたそうだ。それをカンブリア期の大爆発と呼んでいる。
ちなみにそれまでは体制が異なっても大体みんなミミズかゴカイみたいなクネクネした体(蠕虫様)だったらしい。同じような環境に暮らしていると同じような外観になるという収斂進化という法則があるそうだ。

生物が進化するためには何か圧力がないとそれは起こらない。上司に叱られないと何もしないというのと同じことのようだが、著者はその淘汰圧のもっとも大きなものが光であったと論じている。それが進化の爆発を引き起こしたというのだ。

この時代、何らかのきっかけで海の中の光の量が増えた。もともとささやかながら光を感じる細胞を持っていた生物はその感度を増大し、眼のようなものができてきた。
最初はピンホールカメラのようなものであったものがピンホールのところに角膜が生まれレンズが備わり昆虫の複眼のようなものができたり、あるいは魚のようなカメラ目ができたりしたとき、生物の視界は一気にクリアになった。

何かを捕らえて食べないことには生きてゆけない生物にとっては視覚を得たというのはものすごいメリットで、廻りにある生き物をどんどん食べてゆくこができるようになったのだが、食べられるほうはたまったものではない。今度は身を守るための進化が始まり、節足動物のように硬い殻で体を守るようになったというのである。
また、食べる生物もあるときは食べられる側に回ってしまう。あるものは硬い殻にトゲを生やし敵から身を守り、あるものは硬い殻の内側に筋肉をつけすばやい動きで敵から逃げる。
さらに、色で相手から逃げるため保護色を持つもの、光の反射で周りの色に溶け込んでしまう光学迷彩のような体色を持つものなど様々な外形デザインの生物が一気に生まれた。
これがカンブリア期の大爆発のあらすじだというのだ。

その一番最初は三葉虫。プティチャグノストゥスという1センチもない小さな柔らかい三葉虫で、“眼”らしきものが化石の痕跡にあるそうだ。節足動物というのは当時、そういう進化には一番うってつけのデザインであったらしい。


大まかなあらすじだけを書いてみると、なんだかけっこう、そらそうだよなと思えるような話だが、学会の中では画期的な考え方であったそうだ。
それを一般向けに分かりやすく書かれたというのが本書である。
それでも約400ページもあり、どことなく回りくどい書き方をされているところもあるけれども、誰からも突っ込みどころがないようにしてゆこうと思うとこんな感じになるというのが科学者の世界というものなのかもしれない。本当の論文なんてどんなものなのだろう。もっと緻密でもっと回りくどい書き方をしているのだろうか。

しかし、しかし、光があって眼ができて進化を促したのは納得がいくが、じゃあどうして眼をもたなければならなっかのかということは書かれていない。
なんでも無理に仕事をやりたくない不真面目なサラリーマンの脳みそで考えると、そもそもそんな“眼”ができたから競争が生まれ、今の世間のように生きづらい世界になってしまったのなら、あのときに眼さえ生まれていなければみんな柔らかい体でフワフワと海の中を漂っていられたのではないだろうか。わざわざそんなことに膨大なエネルギーを費やさなくても・・・。となってしまう。

それとも、こんなすばらしい世界を作ってやったのだからお前らもっとよく見ろよ!と神様が眼を無理やり生まれさせたのだろうか。
それで仏様は生きることは苦しむことだなんておっしゃるというのはなんだか本末転倒ような気持ちになるのは僕だけだろうか・・・。
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加太沖釣行

2016年12月12日 | 2016釣り
場所:加太沖
条件:大潮 5:00満潮 10:42干潮
潮流:5:40 上り2.9ノット最強 9:30転流 12:00 下り2.1ノット最強
釣果:ボウズ

12月も半ばになってやっと真鯛狙いに行けた。お正月の真鯛を確保すべく、気合だけは十分だったが今日はまったくアタリなし。
ビニールには僅かに咬み跡を見ただけだった。

転流時刻まではいつものテッパンポイント。その後ナカトを越えてコマサキ、コイヅキと沖ノ島を一周回ってみたがまったくダメ。



コマサキにはたくさんの同盟軍が集まってはいたがみんな竿を曲げている様子はなかった。




帝国軍はナカト周辺に集結していたのを見ると、やはり同盟軍に解放されているような場所では釣れないのだろうか。
誰に聞いても今年は真鯛が少ないとのことだが、いよいよお正月の真鯛の連続記録が途切れそうな予感だ・・・。

唯一の救いは朝の風景。風がなく、気温が低いので海面が一面気嵐で埋めつくされていた。今日はこの冬一番の寒さだったそうだ。
朝焼けとともに幻想的な風景だった。



記録:

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