イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

田辺湾釣行

2006年03月27日 | Weblog
場所:田辺湾 塔島
条件:中潮 4:54満潮 水温 18.2度
釣果:タコ 2匹

前回の釣行から2ヶ月がすぎていた。
“春は沖磯から”の言葉ともうひとつの楽しみのために塔島へ渡礁。
風は手前に吹いていますがそれほど強くなく波も穏やかで釣れる気ムンムンなのだが、エサはそのまま戻ってくる。

10時を回ったころなにかウキに変化があった。
合わせてみるとゴミのような・・・
タコだった。
そしてその後ろから何かの影が・・・。なんともう一匹タコが追いかけてきていた。
隣でイカを釣っていたおじさんがすくってくれたのだが、こんなこともあるのだ。

これを含めてあたりは4回、フグとキタマクラとオコゼだけ。
途中でエギも投げてみたのですがこれもダメ。
湾内のカグラでは45センチクラスが2匹出ていた。
しかし、明らかに居つきのチヌだ。
乗っ込みにはまだ少し早いのか・・・。
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東京出張

2006年03月24日 | Weblog
ことし始めての東京出張。
浦和レッズのふるさと、さいたま市を訪問。
そのあと表参道ヒルズへ・・・。
表参道は言わずと知れたブランド通りだ。
日本の豊かさと愚かさの象徴だ。
それにぶら下がって生きている僕も愚か者なのだろうか?。
外国人はあれを見てどう思っているのだろう。
外国人に魂を売り渡した愚か者たちと思っているのだろう。
明治の開国以来、日本人は愚かな行為をおこない続けている。
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日高川釣行

2006年03月13日 | Weblog
場所:日高川 丹生川
条件:気温 0度
釣果:アマゴ 4匹(小さい)

寒くなると思ったが日高川へ釣行。

朝5時半ごろに丹生川山蝉温泉そばに到着。
6時ごろに川に入る。
雪が降ってきた。音もなく降ってくる。幻想的だ。
風がないので寒さも感じない。

川に入って2投目でアマゴをゲット。
調子がいい。このままではどれだけ釣れるのだろうと期待を持たせる。
が、そんなわけにはいかない。ウグイはたくさん釣れるがアマゴはほんのわずか。
大きな淵で散発的に掛かるだけだ。
バラシも3回ぐらいあっただろうか。

でも、自分が思い描いていた風景で釣りができたことはうれしかった。
渓流釣りはこれでなくては。
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ワカメ採り

2006年03月11日 | Weblog
春がやってきた。
ワカメを採ってきた。
いい天気だ。
今、ワカメのにおいが部屋いっぱいに広がっている。
しあわせなひと時だ。
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熊野古道3日目

2006年03月04日 | Weblog
今日は何もしないつもりであったが
朝起きるとあまりにもいい天気だったので
熊野古道の続きを歩いてきた。
今日のコースは三国ヶ丘から和泉府中まで
データは以下のとおり

天気:はれ
気温:最高気温 11度
スタート時間:9:34
ゴール時間 :13:50
出発地 仁徳天皇陵横歩道橋の熊野古道看板
到着地 JR和泉府中駅
所要時間 4時間15分
歩行距離 16.6km
平均時速 3.9km/h

JR三国ヶ丘駅を降りて西へ。
スタートとなる看板を探す。


仁徳天皇陵のお堀の西側の縁に沿って御陵の正面を見物。


古道のルートは反対になるのでまた西に引き返す。
昔の堺の町を囲っていた堀に沿って歩くと小栗判官のイラストのある橋にさしかかる。橋のある小さな交差点を南に曲がりルートを少し外れるとシマノ工業がある。僕の所有するリールのほとんどはシマノ製なので表敬訪問をする。
と言っても玄関の前を通るだけなのだが。


また古道のルートに戻り石津神社へ。ここは日本で一番古いえべっさんらしい。


このあたりにも熊野古道の石碑と看板が次々と現れてくる。

次の目的地は鳳神社。


参拝を済ませもとのルートへ。JR鳳駅の北側の踏切を越え商店街を迂回し府道30号線をさらに南下。等乃木神社へ参拝しさらに南下堺泉北道の高架を越えると古い町並みが続いていた。
途中に聖神社の大きな鳥居が現れる。鳥居をくぐり坂道20分ばかり昇っていくと大きな団地の端に聖神社が見えてくる。
社殿は極彩色に桧皮葺の屋根と贅沢なつくりで室町時代の建物だそうだが、できた当時は相当豪華だったのだろう、この町の当時の繁栄がしのばれる。


このあたりは信太という地名だが、しのだうどんのしのだはここが信太だからしのだうどんになったらしい。

もとの鳥居にもどり少し進むと小さな字で篠田王子への矢印が民家の塀の下にあった。これがないと絶対にわからない場所に石碑があった。


小栗地蔵というお地蔵さんがあったりしていい雰囲気をかもし出す。


その先の八坂神社ある交差点から団地の中を通り放光池1号公園へ、公園の反対側に平松王子の石碑があった。


そのまま進むと自衛隊の信太山駐屯地があり伯太小学校を左に見ながら進むと古い町並みが続いていた。


時速6キロ以上を心がけてそのまま和泉府中駅へゴール。

今日は4時間と少しの時間をかけてこのルートを歩いたのだが、電車では快速で2駅、時間にして約10分というところだろう。
人間はいろいろな道具を発明し、出せる力以上の力を出せるようになったと思う。
これ以上どう進化して行こうというのだろう。
歩いていると、これで十分じゃないかと思ってしまう。





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