イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「釣りの金言名手の格言100」読了

2016年01月22日 | 2016読書
つり人社書籍編集部 「釣りの金言名手の格言100」読了

カバーに“釣果アップ直結”なんて書かれているが、どうなんだろうか?
昔から聞いていたことがあるもの、どうもこの本のために無理やり考えたのではないかと思うもの合計100個。あまり心に響くようなものはなかった。
それに加え、それぞれの金言、格言に付いている解説の文章がパサパサだ。もうちょっとまともな文章を書いてほしかった。
唯一、これは!!と思ったのは、「少し超えたところに愉しみはあります。」という金言だ。
これは多分、人生のすべてのことに言えるのではないだろうか。“少し超えた”というのがいいではないか。
これだけはよかった。

本の最後には、読者に101個目の刻んでくださいと書かれていたので、僕もひとつ。
「釣れない釣りは釣りじゃない!」
雄大な大海原を眺めているだけで満足だなんて絶対に思えないのだ。やっぱり魚を釣ってナンボなのだ。




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加太沖釣行

2016年01月21日 | 2016釣り
場所:加太沖
条件:中潮5:06満潮
潮流:8:50転流 11:15 下り最強 1.8ノット
釣果:ボウズ

ここ数日、暖冬とは思えない寒さが続いている。
今日は大寒。本当に寒いがポッカリ冬型の気圧配置が緩むようだ。三邦丸の昨夜のメールマガジンも明日は出るというメッセージが届いた。
とりあえず午前5時半に起きていつもの煙突を眺めてみるとかなり煙が流れている。これはダメかと二度寝して午前7時半にもう一度煙突を見てみると風がかなり緩くなっている。
ちょっと遅くなったが午前8時過ぎに家を出た。こんな時間に家を出て港に向かうとなにやら背徳の匂いが漂う。世間の人々は皆、仕事場に向かっているのに僕は釣竿をかついで逆方向に向かっている。釣りに行くのはやはり夜明け前、人知れずのほうが心が痛まない。

昨日までの冬型気圧配置の名残はあるが、田倉崎まではいたって快調。真冬とは思えない穏やかさだ。



さて、どこに行こうか・・・。ナカトの手前に少し船団ができているので西風を避けられるだろうという考えもありナカトシタからスタート。魚探の反応も少し出ている。



しかし、アタリがない。ここで10時半まで粘ったがはやり下り潮の一番いい時間はコイヅキで迎えたい。
もう、この時間で帰投する帝国軍がいる。しこたま獲物を手にしたのか、それとも見切りをつけたのか・・・。間違いなく遅すぎた。



こちらの船団はかなり沖にできている。水深は70メートル前後のところだ。



そういえばこの前のビッグフィッシングでもこの場所と思われるところで水深70メートルの魚探の画像が画面に出ていた。こんな深いところでも釣らなければならないと仕掛けを下してみるが悲しいかな、全然底を取ることができない。帝国軍は傭兵部隊といえどもこんな深いところを探ることができるらしい。ここでは到底太刀打ちできないと判断して水深50メートル前後の場所を流してみるがやはりアタリがない。前を行く船で何か獲物を掬っている人がいたが、いつものとおりこちらにはおこぼれはなかった。

ここ数日、家の中でも会社でもいくつかの嫌なことがおこった。イライラも募る。
そんな気持ちで釣りをしても獲物を手にできることはないということもわかっている。
こんな寒空の日に釣りに出るというのはなんだか禊をしてるような感じだ。

来週にかけてもかなり寒いそうだ。それが過ぎたら少し暖かくなるらしい。
禊のあとは何かいいことがあるだろうか・・・。
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「他人を攻撃せずにはいられない人」読了

2016年01月17日 | 2016読書
片田珠美 「他人を攻撃せずにはいられない人」読了

僕のところにやってくるクレーマーの何人かの中には、明らかに「僕たちをいじめてやろう。」もしくは、「僕たちを弄んでやろう。」としか思っていなくてしかもそれを楽しんでいるとしか思えない人々がいる。
まさしく本書のタイトルのような人だ。

こういう人々というのはどうして多大な労力と時間を割いてこんなことをするのだろうと常々考えるのだが、ここ2、3年でなんとなく自分なりに答えが出てきた。
結局、ものすごく寂しい人々であるこということではないのかと思い至ったのだ。
まあ、こんなことをねちねち言っているようではまともなご近所付き合いはできるわけもなく、友人がいたとしてもこれまたまともにお付き合いをしてくれるわけがない。
どうして孤立しているのかわからなくなってくる人たちの何割かは、「世間が私を理解してくれない。そんな世間が悪い。」となってくる。そこへもって、まずは絶対に何の抵抗も見せない僕たちの業界は彼らにとってものすごくおいしい世界なのかもしれない。
役所や学校というところも同じような感じのようだが、僕たちの世界は高級品に囲まれてさぞやみんな優雅な生活をしているんじゃなかろうかと妬みの度合いが高いのかもしれない。現実はまったく逆で、僕の給料ではそんなものを購入することは絶対にできることはなく、せいぜい通用口で売っている半額になったサンドイッチを週に1回買えるくらいだ。言葉はおかしいが、まったくの濡れ衣なんだ。

僕たちというのは、どれだけ罵倒しても絶対に反撃してこない相手なのだからやたらとスッキリする。誰も文句を言わないのだからやっぱり私が正しいのだ、私を理解しない世間のほうが間違っているのだということを再認識できるんだから気持ちがいい。そこからは世の中の間違ったことを正しているんだという正義感まで生まれるようだ。
この本にも書かれていたが、人はそうやって自分を正当化しないとやっていけないらしい。僕も、「私はあなたたちにもっと良くなってもらいたいと思って必死で言っているの!」と言われてひっくり返りそうになったことがある。このひとは自分の家に見ず知らずの人を上げて夕食も食べずに夜中の11時過ぎまで大声をあげて僕たちのために相当な労力を使ってくれている・・。
それが理解できない。いったいこれがこのひとにとって何の得になるのか・・。僕は人間がわからなくなった。それとも人は損得を超越した使命を持っているものなのか・・・。

こういう人はとにかく何時間でも話したがる。それも向こうがしゃべる時間のほうがはるかに長い。本当に疲れないのかと心配になるほどだ。だからそれを楽しんでいるとしか思えないのだ。
そうしなければ気持ちが治まらない哀れな性格なのか、それともこんなことにしか楽しみを見出せない哀れな生き方しかできないのか、同情もしてやりたいような気持ちもするのだが、ただ罵倒され続けるこちらもはやり哀れだ。

この本は対処法として、逃げろとか反撃しろとかもっともらしく書いているが、会社の看板を背負ってそれはできない。会社がそうしろと判断してくれれば僕はいくらでも戦う覚悟あるが、はしごを外されて家族を路頭に迷わせることはできない。そんな判断をしてくれる上司などはいない。どれだけ個人攻撃をされていてもまったく知らない振りされてしまうのが現実だ。やるなら自分の責任で、相手と刺し違える覚悟がいる。

だから、結局、今までどおりこんなテロリストのような相手からは多大な罵倒を受け続けるよりほかはないのだというのが結論だ。

一度でいいから言ってみたい。「それがどうした。」と・・・。
そして他山の石として自分は歳をとってもこんな人間にはならないでいたいものだと思うのである。

この本もその他の新書と同じく、センセーショナルなタイトルのわりにはまったく中身のないものであった。僕でさえ、こんなことはすでに悟っている。
本当に最近の新書はどうなっているのだ・・・。

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口和深釣行

2016年01月12日 | 2016釣り
場所:口和深 大島
条件:7:50満潮
釣果:グレ 1匹 木っ端グレ 少し

なんと2年ぶりのフカセ釣りだ。ここ数年、グレ釣りといっても毎年この時期に1回だけ。去年は息子のセンター試験で釣りどころではないだろうというので行くことができなかった。
連休を利用しないと磯に行く気力が出ない。数日前から行くぞ、行くぞ、と気合を入れ続けないと遠征ができなくなってしまった。
それに、かかるお金もままにならない。渡船代、高速代、エサ代、ガソリン代、軽く1万円は超えてしまう。船にかかるランニングコストとは雲泥の差だ。ゆうに5倍はかかる。荷物も多くて帰ってからの洗い物も量が半端ではない。
しかしながら磯はいい。やっぱり釣りをしているぞ~!という感じがある。
今年もとりあえず下手でも釣れる口和深へ。

行きの道中の雨も上がり風もそれほど吹いていないが、迎えの渡船をみているとかなりうねりがある。波をかぶりそうな沖磯は嫌なので地方に近い島に乗せてもらった。沖磯が嫌なのにはもう一つ理由がある。ここらあたりの磯に平日にやってくる釣り人というのはほとんど常連でしかも相当な手練ればかりだ。外様でしかも腕の鈍い僕が人気の高い沖磯に乗ってしまうとその雰囲気に怖気づいてしまうのだ。そしてグループでやってくる人が多い中ではやはりやりにくい。
年に1回の釣行なので釣れるにこしたことはないが、ゆっくり釣りをしたいのだ。

潮は上り潮でゆっくり流れている。感じはよさそうだがエサ取りばかりでグレが来ない。ようやくアタリがあったと思っても手のひらサイズばかりでキープできそうなサイズがない。



雰囲気はいいのだ。両側からサラシが出ていてこの先に潮のカベができているのは間違いがない。



午前11時を回ったころから磯際がにぎやかになってきた。大きな魚が水面近くまでまき餌をついばみにやってくる。



多分イズスミだと思うのだが正体を確かめるべくウキ下を矢引まで浅くして際を流してみると一発で食ってきた。水面まで引き上げたがそこでハリス切れしてしまったけれどもやはりイズスミだった。足元はやはりだめなのでこんどは沖に見えるシモリに向けて遠投してみた。沖の方でも水面下で魚の気配があったのだ。そしてこれが的中した。2投目で子ウキが勢いよく沈み込んだ。十分キープできるサイズのグレだ。これでボウズがなくなった。
もう少し早く気付いていたらあと何匹か獲ることができたのだろうが、この直後から風が強くなってきて足元はサラシの渦で釣りにならなくなってきた。

やはり、こういうところで腕と経験の差が出るのだ。とくにグレのフカセ釣りは1度として同じパターンがないような釣りだ。どれだけ状況を読んでどれだけたくさんの引き出しを持っているかで極端な差が出る。だから面白くて、だからくじけそうになってしまう。
事実、僕はボウズがなくなったといって喜んではいるが、この日も二ケタを釣り上げているひとがいたそうだからすさまじいほどの差が出るのだ。

風が強くなり場所を移して少しましなサイズを1匹キープして今日は終了。
矢引の深さでグレを釣ったことは初めてで、そういう意味では新しい経験をしたと言ってもいいだろう。そういう意味では少しだけ満足だ。
最後の最後、迎えの渡船に乗り込むとき磯で滑ってあわや水没かとなってしまったのは愛嬌ということで・・・。



これだけの傷ですんだのはある意味幸運だということか・・・。


行きと帰りは新しくできた自動車専用道路を終点まで通行してみた。



行きは自宅から渡船屋まで1時間半で行ってしまった。田辺で降りて国道を走っていたころはエサを途中で買う時間を入れると2時間半はかかっていたので大幅な短縮だ。こんな立派な道路は無駄でしかないと思っていたが釣り人にとってはなんともありがたい道路だ。とれとれ市場でソフトクリームを食べる楽しみはなくなったが、帰りも午後5時半には家にたどり着いていた。
終点には立派な道の駅ができていた。



ソフトクリームが350円もするのに普通の味しかしないのが残念だがトイレがきれいなのはありがたかった。


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紀ノ川釣行

2016年01月11日 | 2016釣り
場所:紀ノ川(岩出付近)
釣果:ボウズ

ハエ釣りをしたいと思っていた。真冬にハエ釣りをしたのはずっとずっと昔。多分小学校の低学年のころだと思う。まだ水軒に住んでいたころ、父親のカブの後ろに乗って貴志川へ通っていた。
機能的な防寒着なんてなかったからものすごく寒かった。向かう途中にたき火をしている人を見つけて一緒にあたらせてもらったこともあった。小さい頃から、釣れるものは何でも釣りたかった。
何年か前、物置を整理していたら父親が使っていたハエ釣りの道具が出てきた。缶付きの魚篭や唐辛子ウキなど・・。まだ残してあったんだと思うと無性に行きたくなってきた。そして一昨年、中古の釣具屋でハエ竿を手に入れていた。
この時期は船の釣りも忙しいのでなかなか行く機会がなかったが、やっと巡ってきた。

こんな釣りについてはほとんど情報がない。昔通った貴志川のポイントはすでに浅くなってしまっているので釣りにならない。ネットで調べてもなかなか情報が出てこない。やっと、和歌山市の中島という地名が出てきた。
衛星画像を調べてみると、消波ブロックが川に突き出ていてそこそこ深そうな感じなので雰囲気がいい。行先は決まった。

東に向かって原チャリを走らせる。僕も父に倣って寒くても2輪走行だ。



しかし、そんなに世の中は甘くない。全然アタリがない。場所が悪いのか、仕掛けが悪いのか・・・。休日を選んで釣りに出たのは誰か釣りをしている人がいれば教えてもらえるからだったのだが、誰もいない。
この周辺を2時間ほど試したがここをあきらめてもう少し上流を目指すことにした。
岩出市に向かう道はどんどん川から遠ざかってゆく。



なかなか川に降りる道が見つからない。気が付くと岩出市を越えて紀の川市までやってきてしまっていた。ちょっと遠くまで来すぎたので見つけた橋を渡って逆戻りし、河川管理用の道路を見つけたのでそこに入り込み川に降りて仕掛けを流してみたがやはりアタリはない。




簡単な釣りと思っても、めったにやらない釣りはやはり難しい。どんな場所でもどんな魚でも釣り上げることができるのが真の釣り師であるのなら僕はまったくの似非釣り師だ。
少し上向き加減なのかなと思ってはいたが、やはりこんなものだ・・・。


ちょっと得をした感があったのは異様に安いガソリンスタンドを見つけことだけであった。



噂にたがわず、紀ノ川周辺はガソリンが安い。


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「預言者のことば」読了

2016年01月08日 | 2016読書
カリール ジブラン/有枝 春 訳 「預言者のことば」読了

以前に読んだ「預言者」の違う訳者のものを読んでみた。前作は経営コンサルタントの訳であったが、今作の訳者は調べる限り翻訳業のひとであることしかわからない。
船井幸雄の訳に比べると少しだけわかりやすいという感じだ。そういう意味では相当意訳されているのだろうと思う。
意訳によって訳者の考えを受け入れるか、直訳を苦心して足らなくても自分なりの理解をするか。
どちらにしてもこの本は何度も読まなければ真意はわからないような気がする。

前作と同じ感想にはなるが、自分に正直に生きないと人生は苦しいぞと言っているのは間違いがないようだ。
しかし、多くの宗教について書かれた本のようにどうすればそんなに生きられるかについては具体的には書かれていなのだ。
そこはやはり自分で考えろということなのだろう。
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加太沖釣行

2016年01月06日 | 2016釣り
場所:加太沖
条件:中潮 4:42満潮 9:41干潮
潮流:7:20転流 11:01下り最強1.6ノット
釣果:真鯛 2匹

今年は最初から休日連続で釣行だ。前回はあえなく出勤となり不完全燃焼で終わったので今日はじっくりやってみたい。
と言っても実質3時間ほどの釣りだが・・。

潮は若潮から中潮に変わったばかり、夜明け後は下り潮での苦手な状況だが、それに尻込みしてはいけない。わが社では新しい試みに失敗すると、「それ、見たことか。」と嘲笑われるだけで進歩がないが、やり続けないとブレークスルーは訪れない。
今日のポイントもコイズキだ。
ちょうど転流時刻を迎えるころに沖ノ島付近に到着したのだが、帝国軍もナカト方面から続々とコイズキ目指して移動をしていた。



そんでもって、あっという間にコイズキの手前方面を制圧されてしまった。



あくまでも噂だが、帝国軍と同盟軍は講和を結び戦闘状態は無くなったという。しかし、同盟軍はまったく組織としては機能していない以上交渉ができるはずもなく、これはどうもガセネタとしか思えない。なのでやっぱりこの光景はかなり怖い。
おまけにこの海域に存在する同盟軍は僕ひとり・・・。とてもじゃないが、あの中に攻め込んでいく勇気がない。
仕方がないので船団からかなり離れたところからスタート。水深は50メートル以上ある。前回の教訓から、底をしっかり取るため30号のオモリを使用。

魚探では何かの反応があるがアタリはない。
もう少し浅いところに行きたいとゆっくり、しかも敵に気づかれないように間合いを詰めながらコイズキの中心部に攻め込んでゆく。



そして最初のアタリは午前10時。今日も潮流表どおりの時刻でアタリが出た。型もまずまずだ。
この海域で釣りを続けたいが、嫉妬心からか、それとも威嚇行動か、それともこの場所に群れがいるからなのか、帝国軍の艦船が僕の真後ろに迫ってきていた。目算で20メートルくらいだろうか。
こっちはハリを外したり生け簀の栓を抜く作業をしているので危険極まりない。
前回の加太沖釣行で僕があわや衝突かと肝を冷やしていたとき、本当に衝突事故が起こっていたらしい。帝国軍と神戸の反社会的組織人々の船だったそうだ。情報は帝国軍側からのもの、相手が反社会的な人ということから一方的にこれは反社会的側が悪かったのではないかと思い込んだが、帝国軍のこんな行動を見てみると一概にもそうは言えないのではないかと考えてしまう。威嚇行動が過ぎてぶち当たったということもあるのではないか。まだまだもめているそうだが、結果が知りたいものだ。

そしてこのアタリのあと、ハリには乗らないが魚のアタリが続いた。魚は2匹しか獲れなかったが、渋い下り潮でこの場所で釣果を得たのは大きな進歩だと考えたい。

釣りは11時過ぎに切り上げて、恒例のひとり初詣に出かけた。今年も釣果はもとよりとにかく安全で故障のない1年を過ごせるように、どこかの神様が手助けしてくれるかと思い、港の周辺の知る限りの神社仏閣を巡ってみた。

         

雑賀崎では魚の市が出ていて、コウイカがけっこう安く出ていたのがちょっと悲しかった。



しかし、1匹は1匹。今年も貴賎を問わずいろいろな魚を釣りたいものだ。


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水軒沖釣行

2016年01月03日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 4:49干潮
釣果:コウイカ 3匹

平日にいつでも休みを取れると思ってこの会社に就職したわけなので、わざわざ三が日に休みを取って釣りに行ってやろうという思いはまったくなかったのだが、曜日の廻りと決まってしまっている行事ごとの都合で今日に休みを入れざるおえなかった。あわよくば本当に休んでしまって本格的に海と向き合いたいと考えていたのだが、そんなに世の中は甘くない。同じ事務所の部下たちもほぼ同じこと考えていたらしく、勤怠を確かめたら極端に出勤人数が少ない。
これでは社内での体面上問題がある。結局、仕方なく出勤をせざるおえなくなってしまった。1年の最初の休みがなんということだ・・・。

しかし、天気予報はすこぶる上々。波は穏やか、そして寒くないらしい。こんな予報を見ていると悔しくなるのでやっぱり釣りに出てみた。
元来、エクストリーム出社というのは仕事も遊びもバリバリやってます的な人々がその根性と積極性を誇示するためにおこなうものだが、上記のとおり、僕の早朝魚釣りは非常に消極的なものなので、エクストリームではなくPessimistic出社なのである。

例年では初釣りというと、ちゃんと魚釣りをして、一度家に帰って、燃料を買ってその足で港の近くの神社を巡りその年の安全と大漁をお願いしていたのだが、今年はあわただしく港を出て、あわただしくとりあえず魚を釣って、あわただしく会社へたどり着くというものになってしまった。せめてもはらいせは、このブログの原稿を会社のPCでこっそり打っていることだろうか・・・。

なので、今日はとりあえずイカ狙いだ。年末から穏やかな天気が続いているのでひょっとしたらコウイカも復活しているのではないかという目論見もあるのだ。
少しでも時間を稼ぐため午前6時半に出港。やっと周りが薄明るくなってくる頃だ。
渡船屋さんも今日から営業開始で正月にもかかわらずたくさんの釣り客がやってきている。



大浦からも2艘の船が加太を目指すのだろうか、僕の前を通り過ぎてゆく。釣りをしている間も紀ノ川方面や海南方面からどんどん釣り船が出撃してゆく。僕もバカだが、夜明けに海のそばをうろついている人の大半はバカだ。まず、家族の方々は文句を言わないのだろうか?
僕はすでに見捨てられているので大丈夫なのだが・・・。

ただ、暦というのは人間が考えたもの。1月1日というのも地球の公転面のたまたまの位置に過ぎない。このウミネコも今日が特別の日だなんてまったく思っていないのだ。ただ、人間が富を増やすためだけに決めたもの。そしてそれに縛られ振り回される。正月に釣りに行くのはバカだという感想を書くのも暦に振り回されている証拠だ。正月早々嘆かわしい・・・。




10時過ぎには会社にたどり着きたいので釣りができるリミットは1時間半。
いつもの一文字と波止の交差点で仕掛けを下ろしてスタート。
空は真冬とは思えない雲の様子。



防寒着の上から突き刺してくるような冷たさもない。感覚的にはアマゴを釣るために早春の日高川を歩いているときのようだ。

期待に反してアタリがない。じっくり粘るほどの余裕がなく、次のポイントへ。今日は新波止の5箇所の潮通しのいい場所をランガンで攻めるつもりだ。どこかで食ってくれればありがたい。
最初のアタリがあったのは4箇所目を攻めているときだった。すでに1時間近く経っていたので今日はダメだと思っていたところ微かなアタリ。思わず合わせるとこれは大きい。多分コウイカとしては最大のサイズではないだろうか。
2匹目もこの後すぐにアタリ。少し余裕が出たので5箇所目である波止場の一番先端を攻めたがここは潮が早すぎるので再び4箇所目に移動。ここでまた1匹追加。
残念ながらリミットがきてしまった。5匹は釣りたいと考えていたが、3匹で終了。
負け惜しみを言うのではないが、もう少し、もう少し時間があれば5匹釣れたはずだ。
まあ、ボウズではないことを良しとして。今年の初釣りを終了した。

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