イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎」読了

2019年10月23日 | 2019読書
ジャレド・ダイアモンド/著  倉骨彰/訳 「文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎」読了

発売当時、かなりのベストセラーになった本だそうだ。その上巻である。
現在の世界は中国が勢力を拡大しているけれども、少し前までは欧米諸国が世界の覇権を握っていた。それにつながったのはヨーロッパの国々の植民地政策であるけれども、それがどうしてヨーロッパの国々であったのか、なぜ中米やアフリカの国々がヨーロッパの国々を植民地にできなかったのかということを食糧の確保、増産という面から分析しているという内容になっている。
著者は生物学者だそうだが、ニューギニアでのフィールドワークを通じてどうして覇権をもったのがニューギニアではなかったのだろうかという疑問からこの考察を始めたということだ。

ヨーロッパ諸国が世界に植民地を持つことができたのは、他の地域に先駆け鉄と銃を手にし、伝染病に対する免疫を持つことができたからであると考えた。そしてそれを可能にしたのが、狩猟採集生活から栽培農業への移行を他の地域よりも先に成し遂げたからだと結論付ける。
銃はもちろん武力で制圧できるものだし、意図的ではなかったにせよ、自分たちには免疫がある伝染病の病原菌を持ち込むことによって支配しようとしている地域の住民を弱体化させることができた。

どうしてそれを成し遂げられたのかというと、たまたま栽培農業に適した植物と家畜になる可能性があった動物がそこにあったからだという地理的な要因にたどりついた。
先んじて世界を制覇した側は、自分たちは神に選ばれた存在であると考え、支配や差別を正当化し、他の人種よりも有能なのだと考えてきたのだけれども、それはたまたまであって、運が良かっただけなのである。人間としては優劣はないのであると著者は強調したかったのだろうと読みながらそう思った。著者はユダヤ系のアメリカ人だそうだが、とくにそう考えたというのもよくわかる。

文明が最初にはじまったメソポタミアの肥沃三日月地帯では、現在でも栽培がされている小麦、大麦、エンドウ豆などの原種が自生していた。また、牛や、豚、羊なども野生動物として生息していた。それらを品種改良や飼いならすことで食料の増産を劇的に増やすことができたのだが、とくにそれらは突然変異がしやすく、また、その形質を安定して次の世代につないでいけるという性質があった。他の地域でも同じように栽培農業を始めているところがあった。中南米やアフリカの一部でも野生種を人工的に栽培していたが、たとえば、トウモロコシの原種というのは今のトウモロコシからは似ても似つかぬ形をしており、最初は小さく皮も硬かったため食べられる部分がほとんどなかったという。相当な時間をかけなければ人間が食べられるものにはならかなった。加えて、肥沃三日月地帯には、自家受粉する植物が多く、突然変異で得られた形質を保つことができた。家畜についても適した動物が多かった。羊、山羊、牛、豚、馬は西南アジアが原産である。対してアフリカのシマウマは、馬は馬でも性格が荒っぽくて家畜にはできなかったそうだ。そうやって時間をかけているあいだにヨーロッパの国々はどんどん力を蓄えて征服者になったのだ。その時間差は5000年くらいあったと考えられている。
そういう被支配地域では農業に適した作物が導入されれば一気にそれが広まっていった。それは被支配地域の人々が怠慢で劣っているということではないということを証明している。
ここでひとつ疑問が生まれる。植民地政策をとったのはヨーロッパの国々だが、農業が生まれたのはメソポタミアである。ちょっと場所がずれているけれども、これは作物の伝搬は水平移動しやすいということから証明できる。日照時間や気温は地球上で緯度が似かよっていれば大きな違いはない。対して経度に沿って移動しようとするとそれが大きく異なってしまう。せっかく持ってきてもうまく作れないのだ。アフリカやアメリカは大陸が南北に長く、ユーラシア大陸は東西に長い。それも征服者のほうに味方した。


しかし、こうは考えられないだろうか。じゃあ、肥沃三日月地帯のメソポタミアよりも5000年早く中南米の国々が農業を始めていたら世界の覇者になれたのではなかろうか。この地域の人々はアフリカからユーラシアからアラスカを経由して苦難の旅を続けてここまできたのだから、メソポタミア人よりもたくさんの経験と知恵があってもおかしくはない。そういう人々が遅れをとったのはどうしてか。

熱帯雨林なんて食べるものにことかかないからいろいろなことを工夫しなくても手の届くところにいっぱい食べ物があったのだよ。だから何もしなくてもよかったのだよ。といわれるかもしれない。しかし、メソポタミアにはたったひとり、ひとりのアイデアマンがいて、種をとってきて畑のようなものを作って撒いてみたらたくさん実がなった・・・。
歴史のなかではこの人を見つけることはできないのだろうけれども、たったひとりのイノベーションが世界を変えたと考えることのほうが人種に優劣があるのだという考え方に対抗できるいい考えのような気がするのだ。

さて、下巻はどんな内容になっているのだろうか・・。
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水軒沖釣行

2019年10月21日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 4:53干潮 10:45満潮
釣果:タチウオ(かなり小さい)5匹 アオリイカ 1匹
 
本当なら今日は年に1回のひとり遠足釣行を紀南方面に実行しようと考えていたのだが、新たに発生した台風の影響だろうか、紀南方面は朝から雨が降るらしい。紀北のほうは午後からの予報なので朝だけなら行ける。遠くに行くのもしんどいので近場での釣行を考えた。船のローテーションも小船の番である。

前回は全くアタリがなかったタチウオをもう一度試してから久々にエギングをしてみようというメニューだ。

タチウオは新々波止の前がまったくだめだったので今日は港内から仕掛けを下してみた。最初のアタリは仕掛けを下している最中だった。魚影はかなりあるようだが魚が小さい。ベルトサイズ以下だ。食っているのかどうかもよくわからない。
魚が多くて道糸を切られるのか、今日は3個も拾ってしまった。



そのまま沖の方まで移動しても釣れてくるタチウオは小さい。マシな型だけを取り込んでやっと5匹。それとても指3本までだ。

波は穏やかで風もないので平日ながら続々と船が出てゆく。



僕も洲本まで走ればよかったかと思うけれども、なぜだかその元気が出てこない。これでは紀南方面へというのも怪しいものだ。雨でよかった。

新々波止をぐるっと回って終了。次はエギングだ。双子島の周りをウロウロするけれどもアタリがない。



最後にと思い、鷹ノ巣の前に移動。起きには小さなブイが浮かんでいる。多分アオリイカを取るためのカゴがしずめられているのだろう。

  

この辺りを重点的に攻めていると本当のアタリがあった。どうせ釣れないだろうと思っているこっちが驚いた。
その後も同じ場所にエギを投げ続けたけれどもそんなに世に中は甘くない。アタリはまったくなく、午前8時に終了。

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加太沖釣行

2019年10月18日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:中潮 8:59満潮
潮流:6:15 転流 10:14 上り2.9ノット最強
釣果:真鯛(カスゴ含む)4匹 ハマチ6匹 マルアジ2匹 イサギ1匹

船底塗装を終えてすでに1週間、やっと出撃できる。しかし、その間に関東に襲来した台風19号の猛威は恐ろしかった。僕はうねりの中をゆっくり帰港しただけであったが、その豪雨の災害のニュースを見ているとまるで津波のようだ。去年は台風21号で強風の恐ろしさを体験したけれども洪水というもののイメージがまるで湧かない。この辺りでは紀の川がいちばん氾濫する可能性が高いのかもしれないが、あんな惨状を体験しなければならない時が来るのだろうか。かの地の人々には申し訳ないけれども、あと300キロ西にずれていたら一体どうなっていただろうかと胸をなでおろした。


早朝はタチウオ狙いだ。9月に入って紀の川河口のタチウオはめっきり姿を消してしまっていたけれども、ここ数日、タチウオ名人の「ゆういっちゃん」が再び船を出し始めた。ちなみに今朝も行っていた。僕も、次の釣行には新兵器を開発して出撃だと思っていたけれども、タチウオの再来のほうが早くなってしまったので通常兵器の使用になってしまった。しかし、「ゆういっちゃん」には釣れても僕にはアタリがさっぱりない。すぐに諦めて加太沖を目指した。




到着した時刻はほとんど潮が動いていないので早朝の鯵タイムを期待して田倉崎の沖からスタート。船団に混じって仕掛けを下すとすぐにアタリがあった。アジはアジだがマルアジだ。しかし、この季節のマルアジを侮ってはいけない。お腹の中には脂がたっぷりで真夏のマルアジとはまた一味もふた味も違うのだ。
2匹目のマルアジを釣り上げてもほかの船たちに動きがない。彼らはここで当分粘るようだ。



テッパンポイントはがら空きでそっちも気になるけれどもそこは郷に入っては郷に従えで僕もここで釣りを続行。そして次には真鯛がきた。郷に従っておいてよかった。その後2匹を追加。アタリがなくなってきたので意を決してテッパンポイントへ移動。しかし船がいないところにはやはり魚もいないようだ。アタリもないし、魚探にも反応がない。
1時間ほどやってみて、最後の1時間は前回ハマチのアタリがあった場所で勝負だと移動。少し釣果があるのでそこは少し余裕がある。
ちょうどこの場所へ入ったとき、魚探に大きな反応があった。まるでホワイトベースが弾幕を放っているかのように点々と魚の群れが映っている。急いで船を安定させて仕掛けを下すとすぐにアタリがあった。大きい。間違いなくメジロクラスだ。ハリスは5号、少し強引にやり取りをして仕掛けを手繰り寄せると、小さい・・。しかし、その下にまだ付いていた。合計3匹。そしてその一番下にはカスゴまで付いていた。6本の鉤に4匹の魚が食いついていたことになる。それは引くはずだ。
今年はハマチが多そうだ。前々回の釣行では地の瀬戸でナブラを見ていたので今日はキャスティング用のロッドも持ってきた。リップレスミノーをナブラの中に投げ込むと予想通りヒット。これはこれで楽しい。
その後、ハマチを1匹追加して午前10時55分に終了。

今日の天気はその台風の余波を引きずっているのか、予報もちょうど夜明け頃に少し雨が降るようだった。出航してしまえばなんとかあきらめはつくけれども、バイクに乗っているときに降られると悲しい。出航まではなんとか持ってくれたが、釣りをしている間はカッパを着たり脱いだりの繰り返しだ。
遠くでは雨の梯子と光の梯子が並んでいる。なんとも不思議な光景だ。



家に帰って魚をさばき終えてから「おしん」と「スカーレット」の録画を観てから港へ給油に向かおうとしたけれどもその頃には本降りになっていた。なんともはっきりしない天気だ。

そして、「スカーレット」。このドラマはなかなかいい感じだ。今回はあまり期待をせずに見始めたのだけれども、戸田恵梨香の芝居が光っている。昔、この人を初めてテレビで見たとき、言葉遣いはだらしなさそうだけれどもかなりの美人だと思ったものだが、その美人のオーラが完全に消し去られている。それほど役になりきっているというところだろうか。その他の登場人物もBK制作というところで関西弁がしっくりしているし、小さなボケと突っ込みの連続も面白い。ただ、少々不安であるのが、関東の人たちにこの吉本新喜劇風の展開が受け入れられているのかどうかである。これがわからない人はかわいそうだ・・。舞台は信楽。行ってみたいな~。「おしん」もいまは伊勢編を放送中なので1泊で両方を訪れてみるなんていうのはどうだろうか・・。

今日の獲物のハマチをきずしにしもらった。サバでは普通にやるわけだが、ハマチでもいけるらしい。はたしてそのとおりで、これはなかなか美味しい。回転ずしの定番であるのだから酢との相性はきっといいのだろう。次回も造れるだろうか・・。

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「超訳 ニーチェの言葉」読了

2019年10月12日 | 2019読書
白取春彦 「超訳 ニーチェの言葉」読了

いい歳をしてそれも人生の第4コーナーへシフトダウンして減速しながら入ってこうというときに生きる意味を問い直しても仕方がないことなのであるけれども、今まで生きてきたことがせめて赤点(僕が通っていた高校では平均点の半分が赤点の基準であった。)を取るまでにはいっていないのではなかったかというようなことをなんとか納得したいと思うのだ。
以前に読んだ本のなかに、ボルネオ島に住む原住民の生き方がニーチェの考え方に似ていると書かれていたので僕ももう少しニーチェについて知ってみようと本を探してみた。ニーチェの著作をいきなり読むのは絶対に無理なので解説本から探してみた。かなりある解説本の中、アマゾンのランキングで上位に入っている本がこれだった。
1ページにひとつ、ニーチェの著作のなかから抜粋されたらしい一節を箴言のような雰囲気で紹介されている。
なので、日めくりカレンダーのようだ。そこからはなかなか、あの本に書かれていた「永遠回帰」「大いなる午後」というようなヒントは得られない。ほかにも本を探さないと本当のニーチェには近づけないようだ。

その1ページごとにはう~ん、確かに含蓄があるな~。という言葉が書かれている。ただ、ニーチェの生涯を調べてみると、けっして幸福な人生を送った人のようには見えない。まあ、それだから逆に、「こうしておけばよかった。」というような思いが出てくるのだろうか。
部下に配布する書類に、『もしくわ・・・』と書くような知性のない上司にペコペコしながらでも箴言は生まれるだろうか・・。などと考えながら読んでいたが、そんなことはない。やっぱりそこは天才でなければ生まれてこないものなのだろう。

せっかくなのでその中で気になった箴言を集めてみた。

・自分を尊敬すれば、悪いことなんてできなくなる。人間として軽蔑されるようなことはできなくなる。
・自分の評価など気にするな。なぜなら人間というのは間違った評価をされるのがふつうのことだからだ。
・1日の終わりに反省しない。疲れ切ったときにする反省などすべてウツヘの落とし穴でしかない。
・1日にひとつ、何か小さいことを断念する。最低でもそのくらいのことが容易にできないと、自制心があるということにはならない。
・自分に対してはいつも誠実であり、自分がいったいどういう人間なのか、どういう心の癖があり、どういう勘かえ方や反省をするのか、よく知っておくべきだ。
・1日を良いスタートで始めたいと思うなら、目覚めた時に、この1日のあいだに少なくとも一人の人に少なくとも一つの喜びを与えてあげられないだろうかと思案することだ。
・学ぶ途上にある人はそれをすることをとても嬉しがる。楽しみというものは半可通人の手にある。
・懸命に行動しているうちに、不必要なものは自然と自分から離れていく。
・いつもの自分の生活や仕事の中で、ふと振り返ったり、遠くを眺めたときに、山々や森林の連なりやはるかなる水平線や地平線といった確固たる安定した線をもっていることはとても大切なことだ。
・飽きるのは自分の成長が止まっているからである。自分自身が成長し続けない人ほど飽きやすいことになる。
・親友関係が成り立つとき、それは、相手を愛しているのは当然だが、その度合いは自分を愛するほどではない。また、抜き差しならぬ親密さの手前でとどまっている。
・様々な対立する感情や感覚はその程度の差を表しているにすぎない。多くの人の悩みは現実もこのように対立していると思い込んでしまうことである。
・他人をあれこれと判断しないこと、他人の値踏みもしないこと。人の噂話もしないこと。
・自分の人生をまともに生きていない人は他人に憎悪を抱くことが多い。
・憎悪、嫉妬、我執、不信、冷淡、暴力、そういう悪や毒こそが人に克服する機会と力を与える。
・持ち合わせの言葉が貧しければ、表現も貧しくなっている。語彙の少ない人は、考えも心の持ち方もがさつになる。
・たまには背をかがめ、あるいはできるだけ低くなるようにしゃがんで、草や花、その間を舞う蝶に間近に接した方がいい。
・すべてのよい事柄は、遠回りの道を通って、目的へと近づいていく。
・最悪の読者とは、略奪をくり返す兵士のような連中のことだ。彼らが盗んだもののみ(彼らが何とか理解できるものだけ)を、あたかもその本の中身のすべてであるというように大声で言ってはばからない。

最後の箴言はなかなか痛い。本を1冊読むたびに記録を残しておこうとこのブログにグダグダ書いているわけだが、まさしく、自分に都合のいい部分だけ切り取って書いているのである。書かれている本の内容の本質を見抜けているとはとてもじゃないけれども思えない。
こういう人はやっぱり愚民の行動をきちんと見破っているのだ。幸せな人生であったかそうではなかったかということは人生を見抜くということとは全く別のものであるのだ。
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船底塗装

2019年10月10日 | Weblog
小船の船底塗装が終わったので今度は大きい方の番だ。
今回もちからさんに手助けをしてもらって和歌浦漁港のスロープに上架する。



小船の塗装は持って行くものが少ないが、大きい方は塗料が2種類あったり防蝕用の亜鉛を取り付けたりもしなければならないので荷物が多くなる。バイクの足元にも荷物を置くとこんな感じになる。



決して夜逃げの準備ではない・・。

台風19号が接近しているので帰れるかどうかが心配なのだが、予報を見ていると明日の早朝ならなんとか港に帰れるのではないかと踏んだが、この素人考え、大丈夫だろうか・・。
最悪の場合はこのスロープで台風をやり過ごさせてもらいたいな~。



と、あれこれ考えながら台車に船を導くのだが、すでにうねりが入ってきているせいか、それとも操船が下手なのか、うまく乗らない。一度陸に上がった船をもう一度海に戻して再度引き揚げてもらう。なんとか陸に揚がり、午前6時45分掃除をスタート。

今年の水軒の港はなぜだか水がきれいであったように思う。7月の一番水が汚いはずの時期は栄養分たっぷりのスープのような状態なのだろうけれども、今年、少しは透明度が残っていた。これは9月に入ってからの画像だが、夏を通してこんな感じでチヌや子アジが泳いでいる姿を見ることができた。その分、夜空の星が海面に落ちてきたかのような夜光虫のきらめきは少なかった。



そのせいか、カキの付着がすこぶる少ない。



それは船の速度にも表れていて、水面から覗きながらスクリューのカキを落としてやるとそれほど速度が落ちた感じがしなかった。
だから作業も早い。さすがにスクリューと舵板にはびっしりと付いていたがそれでもお昼前に作業を終え、スタンチューブの入れ替えも20分ほどで終了。あと片付けをして午後1時に帰宅。朝のうちは気温も低かったので助かった。



10月の初めに体重が75kgまで増えてしまい、危機的状況に陥ったのだが少し食べるのを控え、今日の作業で久々に70kgを下回った。このくらいでずっと落ち着いてくれればありがたいのだけれもな~。



さて、明日の天気が心配だ。うねりは仕方がないがなんとか航行できるくらいの程度であってほしい。



ここからは翌日の10月11日に書いている。

いつもよりも出勤時間が早いというちからさんに無理をいって午前6時前から降ろす作業をお願いした。彼はスロープからそのまま出勤できるよう車に乗って港まで来てくれた。本当に申し訳ない。

水軒の港でもそうであったが和歌浦の港でも相当のうねりが入ってきている。ちからさんのアドバイスでは、そのまま降ろすと台車から船が離れたとき、うねりにあおられてスロープと平行になってしまうと危険なので、前後にある支柱にロープをひっかけて、エンジンを始動して動ける状態になってから素早くロープを外して離岸してくださいとのことであった。
静かな日であれば、ス~っと台車から船が離れてスペースシャトルから放たれる人工衛星のような気分(どんな気分か知らないが・・)を味わえるのであるが・・。

前のロープはなんとか外せたけれども、後のロープを外すのをミスした。もともと台車の上で船が転倒しないように角材を船底の端っこと台車の間に入れるのだが、毎回角材を調達しないで済むようにちょうどいいサイズでカットしたものに細引きをくくり付けて回収できるようにしている。



これにロープが絡まってしまった。目論見では、ロープの両端をビットにくくり付けて輪っかの状態になっている片側だけをほどいているので、船が沖に出ていくにしたがってスルッと抜けていくはずだったが絡まったロープを支点にして船が回転しはじめた。トム・クルーズがひっかけたワイヤーで敵のヘリコプターがぐるぐる回っている感じだ。大体、このあと、ヘリは墜落する・・。
力さんも大声を出して警告してくれている。うワ~っとなって、とっさにもう片方のくくりを外して角材も放り投げてなんとか離岸に成功。ロープのほうは台車に絡まったままで本当なら一度荷揚場に係留して回収すべきなのだが、このうねりでは僕の操船技術でうまく横付けする自信がない。ちからさんには申し訳ないがそのまま水軒の港に戻ることにした。とりあえず港に無事戻れれば陸路を引き返して回収できる。

港を出てみるとさらにうねりは大きい。ちょうど目の前には避難港に向かうシラス漁船が航行しているのだが、ときおり船影が波の間に消えてしまう。ただ、風はほぼ無風だ。うねりだけならなんとか港まで帰れるだろう。波の振幅は僕の船の10倍程度だろうか、波を登ったり下りたりしながら航行する感じになる。サハラを疾走するパジェロのようなイメージだ。
雑賀崎を回って双子島の島群が見えてくると番所の鼻の対面に大きな波が打ち付けている。10メートルはありそうだ。もう、この近道は通れない。ブログ用にあの波を撮っておきたいけれどもそんな余裕もない。沖の方を迂回して一文字の切れ目を見てみるとこっちも当然ながら通れるような状態ではない。ここもあきらめて新々波止から紀ノ川河口を経由して港に戻った。

 

ロープをかけて護岸に固定できたのでホッと一息。ちからさんからの電話が鳴っていたことにも気づかなかった。電話を入れてみると、「ロープと角材は3輪車の荷台に置いときましたよ~。」とのこと。船の上からバイクを見てみると確かにスロープに置いてきたロープと角材を乗せてくれている。出勤前にわざわざ遠回りをして届けてくれたのだ。重ね重ね申し訳ない。



このロープは台風の時にロープを増設するためにも使っているのだ。和歌浦港に戻る時間が助かり、ありがたいことに少し遅れるかもしれないと思っていた会社に定時に出勤することができた。
たとえくだらない仕事でも、職住が接近しているというのはありがたい。



これで今シーズン、2隻とも船底塗装を終えることができた。あとは魚を釣りに行くだけだ。その前に台風19号が何事もなく通り過ぎていってほしい。そして、沖ではこんなドタバタをしでかさないように慎重にならなければ・・。


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「世界史を変えた新素材」読了

2019年10月07日 | 2019読書
佐藤健太郎 「世界史を変えた新素材」読了

「歴史を変えた“新”素材」というタイトルなのだが、読み始める前はこれからの歴史を変えるような新素材の紹介なのかと期待していたのだが、確かに「変えた」という過去形の物語であった。
しかしながら、読んでいると、きっとそうだったんだろうなと思うようなところはある。
ただ、素材が歴史を変えたというよりも素材を生産する技術が歴史を変えたというほうが正しいのではないだろうか。
鉄について興味深い書かれ方をしていて、「人間は鉄を利用して文明を発展させてきたというより鉄の性質に沿って文明が発展してきた。」そう言えるだろうけれどもそれは大量生産がもたらした変革ではなかっただろうか。

金や、陶器(陶器が素材と呼べるかどうかは別にして。)、絹といった素材は量産できない貴重さが人の欲望をかきたてて世界の情勢を変えたというところは納得できるが、これとて、輸出品として量産した国(日本もそうなのだろうが)が国力を蓄え、世界へのかかわりを変えてきたという意味でははやり素材もしかりだが、はやり技術が世界を変えてきたと僕は思うのだ。

しかしながら、釣りの世界ではやはり素材がその歴史を変えてきたと言ってもいいのではないかと思う。まあ、釣り師は使うだけでそれを作らないから技術革新は横に置いといてというだけかもしれないが・・。
僕の世代ではすでにナイロン糸は普通にあったのでそれは除くとしてこれが釣りを変えてきたというものを取り上げると、蛍光塗料、カーボンロッド、PEライン、GPS、GPSは素材ではないけれどもこの四つは確かに釣りの世界を劇的に変えたのではないだろうか。
蛍光塗料なんてとうの昔からあったじゃないかと思われるかもしれないが、ぼくが幼稚園くらいのころは、棒ウキはただ白いだけで、クジャクの羽を白く塗っただけのものだった。そういえば、もう、クジャクの羽も釣具屋で見なくなった。父親が使うチヌ釣り用の玉ウキも黒か茶色をしていた。髙松の長屋のようなところにあった釣具屋さんで父親はそれを買っていた。小学生になったころに、父親が蛍光塗料の玉ウキ(木製からセルロイド?に変わっていた。発泡ウキはもう少し後に出てくる。)を買ってきて、「よ~見えるど~。」と言っていた。
カーボンロッドはその細さと軽さに驚いた。高くてなかなか変えずに、グラスより少し軽い、ポリグラスの竿というのがあって父親は僕にそれを使わせてくれた。我が家にやってきた最初のカーボンロッドは、オリムピックの「世紀」というやつであったが今の竿から比べるとかなり持ち重りがしたけれどもそれでも軽かった。このブログを始めたころはまだ使っていたのではないだろうか。田辺の磯で、「にいちゃん、えらい古い竿、使ってんな~。」と言われた思い出がある。
PEラインとGPSは僕だけでなく船で釣りをする人はすべて、これがないともう、釣りにならないのではないだろうか。ウチにはまだ、びしま糸があるけれどもあれを加太で使えと言われると絶対無理だと思うのだ。父親が船を買った頃、これを使わされたけれども、まったく底が取れなかったことを覚えている。ただ、これを使った釣りはものすごく面白いらしいのでひそかにいつかは挑戦してみようかと思っているのである。

これからは情報の時代だということで、この本にも磁石がもたらした、紙から磁気媒体そしてシリコン化合物へという記録の変革について書かれている。情報も変革の波に乗って世の中を変えてゆくのだろうが、製品としての素材はどういうふうに世界を変えてゆくだろうか。
現代はまだ、鉄の時代だそうだ。鉄というのは地球の重さの30%を占めていて、地表付近で人間が利用できる範囲にも、クラーク数という値で4.7%、ランクで第4位だそうだ。そういうことで当分は鉄が中心の時代が続くはずだそうだ。その先には何があるのだろうか?
カーボンナノチューブという素材が実用化されると地球と宇宙を結ぶ軌道エレベーターができるそうだ。宇宙がグッと近くなる。コンピューターの心臓部はシリコンだから、鉄の次は炭素とケイ素の時代が待っているということか。
しかし、どうだろう、そんな時代を待たずに、世界は情報だけが残るだけになって、そういう、インフラを構成するような素材は必要なくなっていたりしないのだろうか。
美空ひばりをAIで復活させるというドキュメントが放送されていたけれども、それを見ていると、もう、過去も未来も現在もいっしょくたになって仮想の世界だけが残るのではないかと思えてきた。
と、いうことはケイ素だけの時代になるのだろうか。このケイ素は、原子の周期表では同じ列のひとつ下にあったということを初めて知った。(受験勉強では大体カルシウムくらいまでしか覚えないのだ。)ということは炭素とケイ素はよく似た性質であるということだ。知能の主役が炭素化合物(=人間)からケイ素化合物にとって代わるということはあながち空想ということでもないのかもしれない・・。知らんけど・・。

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加太沖釣行

2019年10月06日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:小潮 5:53干潮
潮流:5:32 下り 2.3ノット最強 8:59転流
釣果:タチウオ 3匹 ツバス 1匹

ちょっと風が強そうなのだが、釣りには行けそうだ。港を出るときはいたって穏やかで田倉崎を越えてもまあまあ穏やか。しかし、中の瀬戸を越えたころから一気に風と波が強くなった。あわよくば洲本と思っていたけれどもそれどころではない。予報ではこれからまだまだ強くなるとなっていたので最初にタチウオを釣ってから上り潮で友ヶ島の陰に入ろうと考えていたけれどももうすでに危険な状況だ。



イワシを持ってきているから撤退するわけにはいかない。他にも数隻来ているのでそれに勇気をもらって仕掛けを下す。アタリはポツポツ。しかし乗らない。活性は悪いらしくシッポだけ喰われて終わりだ。風が心配だったのでいつもの半分しか持ってこなかったのでこれは使い切って足らないくらいだと思ったけれども、アタリがなくなってしまった午前8時半にはまだ3匹余っていた。持って行くエサを減らしたのは悲しいかな正解であった。

まだ下りの潮が残っているが風を避けるために友ヶ島の影に入って高仕掛けを下す。風を避けるための移動のはずだがやっぱり強い。どれくらい強いかというと、麦わら帽子は海の藻屑と消え、ギアを前進に入れたままでやっと仕掛けが真っ直ぐ下りてゆく。という感じだ。風の強い日には麦わら帽子はかぶってはいけないという教訓を得た。



これじゃあ釣れんだろうと半分諦めの気持ちで仕掛けを操っているとそれでもアタリがあった。多分ツバスだ。これは仕掛けを手繰り寄せるところまで来たけれども断念ながらバラしてしまった。うわ~こんな日にバラしてしまうと後がないと思っていたら再びアタリ。これも引きからしてツバスだろう。慎重に取り込んでなんとか1匹。

午前10時になり帝国軍も撤退を始めたし、この風では粘る価値もなかろうと終了。




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「昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える 」読了

2019年10月01日 | 2019読書
デイビッド・ウォルトナー=テーブズ/著、片岡 夏実/訳 「昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える 」読了

何かのコラムで、地球の食糧危機を救うのは昆虫食だと読んだことがある。それに、「イッテQ」に出てくるタレントたちはほとんど全員、虫を食べた時の感想が“美味しい”と言っているので、虫を食べることでバラ色の世界が開けるのだろうかとこんな本を読んでみた。

しかしながら、やはり虫には嫌悪感を感じる。SF映画では突然人を襲ってくる動物というのはだいたい昆虫型をしているし、伝染病を媒介する。農産物に被害を及ぼして地球を食糧危機にさらす可能性をもっているのも昆虫だ。モーセがエジプトに災いをもたらしたのもバッタだ。だから、人間というのは基本的に昆虫に対しては親近感よりもむしろ嫌悪感の方が勝っている。はずだ。
ただ、節足動物の一角を占める昆虫はやはり同じ節足動物であるエビやカニと味が似通っているらしく、森三中もイモトアヤコも、「エビだ。」「カニだ」と言っている。僕も山形でイナゴの佃煮を食べさせてもらったことがあるけれども確かに美味しかった。そのときに言われたのが、ハチノコはもっと美味しいということだった。そういえば、イモトアヤコは芋虫を食って、濃厚なミルクのようだと言っていた。そうなってくると、人と一緒で、見た目というよりも慣れなのかもしれない。
しかしながら、エビやカニは水中にいて空気中に置いておくといずれは死んでくれるけれども、虫はそうはいかないんじゃないだろうか。いつまでも箱かビンのなかでモゾモゾやっていると思うとやっぱり抵抗がある。

栄養価は高く、カイコの蛹は人間の食用に適するタンパク質の世界保健機関(WHO)の要求を満たすアミノ酸組成だそうだ。(釣り餌のさなぎ粉を食いながら生きてゆけるということか・・)当のコラムには、生産効率もなかなかで、家畜を育てるよりもはるかに効率がいいと書いていたが、この本ではそれほどでもなく、水の使用量だけが少ない程度だという。じゃあ、無理して昆虫を食べなくても牛や豚を食べればいいじゃないかと思うのだが、著者はそのメリットのひとつとして、害虫である昆虫を食べるということは、害虫が減るので殺虫剤を使うことなく農産物を害虫から守ることができるというのだ。
う~ん、これが理にかなっているのかどうかというとなんだか疑問に思うのだけれども、実際そんなことを実践して害虫が減ったという例もあるそうだ。

いっぽうで世界の人口が持続的に食料を確保するためには昆虫食はどうしても必要であると主張する人は多く、現在でも数億人の人口が昆虫を常時口にしている事実から、欧米の文化圏の人たちも昆虫を食べるべきだと啓蒙する団体は、やはり、先入観を捨て去れば食べることができる。生の魚を食べる日本の文化も1世代も過ぎないうちに定着したのだからできないことはないという。しかし、魚と虫を一緒にされても困るのではあるけれども・・。

しかしながら、昆虫食が普及してゆくとして、そこには様々な問題が発生してくると著者は予想する。たとえば、生産を増やすためには人工的に増殖をしなければならないけれども、そこには環境汚染という問題がついてまわる。また、市場が成熟してくると、アフリカや東南アジアで子供や女性といった腕力のない人たちの収入源となっている昆虫の採集が他者に取って変わられるということが出てくる。また、倫理的な観点からは、「虫をどうやって苦痛なく殺して食材に加工するか。」というような、牛や豚なんかの家畜に対する倫理観と同じようなものを当てはめて考えなければならないというのである。
しかし、虫は痛みを感じるのだろうか・・。

食べるものすべてが虫になるということはないのであろうけれども、食料の20%が虫で賄われるとすると、5日に一度は虫を食べるということになる。ハンバーグが出てきて、この肉はバッタ製ですなんて言われると躊躇してしまうのだ。
そんな時代がすぐに来ることはないのだろうけれども、そんなにしてまで生きる必要があるのかなどと思ってしまう。東南アジアの国々は多分ずっとそんな生活が続いているのだろうけれども、そこはやっぱり生きてきた文化の違いだから仕方がない。しかし、どこの遺跡でも、ウンコの化石からは当時の人たちは昆虫を食べていたという痕跡が出るそうだ。そう考えると、ご先祖様たちに叱られてしまいそうなのである。

著者も、食が多様になっていく中で、昆虫食が普通の献立になればいいと書いている。それくらいでいいのである。どうやら、昆虫を食べると素晴らしい未来が開かれているというよりも、食べたい人は食べればいいし、そんな文化を持っていなかったらわざわざ食べる必要もないのじゃないかというありきたりのような結論が僕の中で出てくるのである。

これはあくまでも珍味の範疇でいてほしいと願うのだ。


著者は疫学者で詩人だそうだ。もともと翻訳された本というのは文化的な背景の違いもあるのか読みにくいと思いながら読んでいるのであるけれども、おまけに詩人が書いたとなるとほとほと読みにくい文体になっていた。翻訳者の癖というのもあるのだろけれども、教養のない一般人にも分かるような文体とちょっとした解説入れておいてくれないものだろうかと思うのである。
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