イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「ぼくが最後のクレーマー~クレーム攻防の方法~」読了

2016年05月26日 | 2016読書
関根眞一 「ぼくが最後のクレーマー~クレーム攻防の方法~」読了

この本を読んでいると、僕も本が1冊かけてしまうのではないかと思ってしまう。
自分でもタイプ別にクレーマーを分類したりしているがそれもこの本と同じだ。クレーマーというのは全国どこでも同じ行動パターンらしいというのも驚きだが、同じ行動パターンといっても一筋縄ではいかない。
ほとんどのクレームは部下が解決してくれるだけに、そこを突破してくるクレーマーは強烈だ。
しゃべり方も巧妙だし、なかなかボロを出さない。もう、素人では対応できないのではないかと思うのだが、わが社はいつも、「現場でやっといてね。」というスタンスだ。自分たちが攻撃されているわけではないので知らないよ~。というのがいつも露骨に出ている。まあ、僕も立場が変わればそうなるのだと思うから仕方がないとはおもうのだが、やりきれない思いだ。

この本にも組織として対応することが重要だと書かれているが、それがまったくない。僕は悪質なクレーマーというのはテロリストだと思っている。最近流行りの言葉を使っているわけではないが、突然やってきて、相手も何か利益になるのかどうかもわからない(利益にしようとしている輩もいるのは確かだが。)状況で混乱を招いて楽しんでいる。そう、大半のクレーマーは楽しんでいるのだ。それでなければ暇つぶしをしているのだ。まったくのテロリストだ。そんなテロリストになんの装備も後方支援も与えられずに戦いを挑めというのだから恐ろしい会社なのだ。
唯一違うことは命までは懸けなくていいということだが、精神的なプレッシャーは並大抵ではない。自分ひとりだけなら喧嘩でもなんでもやってやるが、相手はそれができない立場にいるのを分かっていて戦いを挑んでくるのだ。そこをうまく潜り抜けなければならない。そこが大変だ。
それに加え、最近は変質者ではないのだろうが、アイドルを追いかける乗りなのか、職場の若い女性にやたらと声をかけて長い長い時間居座る若い男もやってくる。そんなときは悲しいかな、ずっと後をつけまわさなければならない。声をかけると今度はこちらは何の手出しもできなと分かっているから言いたい放題だ。こっちはアイドルが刺されたというニュースを見ていると人ごとではないと思うので守ってやらなければならいと思うから自分の仕事も後回しになってしまう。
それだけではない。これは害でもなんでもないのだが、人気のないエレベーターホールに毎日やってくる団塊の世代と思しき人々。何もやることがないのかいつも同じ人が同じ場所で朝から夕方まで何をするでもなくスポーツ新聞なんかを眺めながら朝から夕方近くまで据え付けられたソファーに座っている。テトラの間の居心地のいい場所にいつも潜んでいるカサゴのごとく、フロアごとにいつも同じ人が同じ場所に座っている。何気ない光景なのかも知れないが悲しい光景でもある。一言聞いてみたい。「幸せなのですか・・・?」高度経済成長の時代を支えた日本の社会に貢献し続けた人の末路がこれとは・・・。悲しいとしか言いようがない。

思えば、ある意味、ここは人間の屑たちが最後にたどり着くところではないのだろうかと思うこともある。そして、こんな人たちというのはみんな世の中になじめない寂しい人たちなのだと確信をしてしまう。悲しいとしか言いようがない。
こっちまで滅入ってしまう。だからこんな人を相手にするときの僕の目はきっと哀れな人間を見るような目つきになっているのだと思う。

たまにはこんな本を読んでなにか新しい対処法がないか調べてはみるが、ぼくもこんなことならいつもやってるようなことばかりだ。できれば早くこんな輩と対峙しなくてもいいような部署に異動させてくれないものかと願うばかりだ。

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「巷の美食家」読了

2016年05月24日 | 2016読書
開高健 「巷の美食家」読了

以前に読んだ、「食の王様」と同じく、師の過去の文章をいくつか抜き出して編集したものだ。多分、つぎはぎの文章の印象がよくなかったので続編のようなこの本は買わないでいたのだと思う。ネットの古本で1円の値がついていなければ多分買わなかっただろう。

やはり原本でつながりをもって書かれているから一つ一つのエッセイが生き生きしてくるのだ。まして書かれた年代もまちまちで系統立てられていないようなので師の文章をよく知らない人にとっては筆致のちがいに戸惑うのではないだろうか。
谷沢永一や向井敏が監修しても物足りなさを感じるのだ、名もない一介の編集者がつまみ食いをしてもいいものができるはずがない。

しかし、ムムッとなってしまう部分がないわけではない。
山菜について書かれた部分だ。

~~物には、〝五味″などというコトバではいいつくせない、おびただしい味、その輝きと翳りがあるが、もし〝気品″ということになれば、それは〝ホロにがさ″ではないだろうか。これこそ〝気品ある″味といえないだろうか。ことに山菜のホロにがさである。それには〝峻烈″もあり、〝幽邃″もこめられているが、これはど舌と精神をひきしめ、洗い、浄化してくれる味はないのではないだろうか。~~

これは奥只見の銀山湖での経験として書かれたものだ。
どの本が原典かは思い出せないが多分、遠い昔に読んだことがあるはずだ、若い頃には山菜の〝ホロにがさ″なんてまったく何の美味しさも感じなかったはずで、この文章も記憶のなかを通り過ぎていったのだろうと思うが、今となってはなんともいとおし味だ。
歳を経なければわからない味。そんな味を思い描くことの1冊ではあった。
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水軒沖釣行

2016年05月24日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 6:59満潮
釣果:サバ 16匹 マルアジ 27匹

今日は予定通りチョクリ釣りに出撃だ。
朝は目いっぱい早く出たつもりだがやはり出港の時は大分明るくなってしまっていた。
今日は中潮。月は西に傾き、朝日が昇り、空の上に両方とも出ていた。

 

まずは水軒沖40メートルからスタート。しかしここに至るまで魚探に反応がない。もう少し沖まで出ようかどうしようかと迷っていると、少し遅れてやってきたチョクリらしき船が船足を止めた。ひょっとして向こうの船には反応があるのかもしれない。期待を込めて仕掛けを下すがやはり反応がないとアタリがない。
ひょっとして向こうも僕が思案しながら速度を落としたのを見て停船したのではないのだろうか・・・。チョクリ釣りではよくあることで、釣れないときほど船が集結してくる。少しの船が集まっていると、あそこは釣れているかもしれないと考えて勝手に集まってくるのだ。人間は心細いと自然と集まってくる習性なのだろう。きっと。
今日もまったくそのとおりで、この船はその後すぐにどこかに行ってしまった。



果報は寝て待て。僕のチョクリ釣りの極意はなるべく動かないことだと考えている。動き始めるときりがないのだ。しかしさすがにアジが1匹だと焦ってくる。次の極意は、速き事風のごとし。ここがダメなら今日は北上しようと決めていたので紀ノ川沖へ移動。
そしてここでアタリが出始めた。ラッシュほどではないがポツリポツリと食ってくる。そして時たま仕掛けが絡まってしまうほどのサバが食いついてきたりする。

前回、前々回に比べるとサバの数が少なかったがまずまずだろう。サイズも大きい。最後の最後、仕掛けを仕掛け巻きに回収している最中に今日の最大ではないだろうかという大物が釣れた。今日はずっと底の方でアタリが続いていたが、こんな浅いところでも食ってくるのだから今日はよくわからない日だった。



魚探には濃い反応が出ていても食ってこないし、何も映っていなくても仕掛けが絡まるほど食ってくる。



この反応は一体、魚ではないのだろうか。確かにアジサバの群れは楕円形に映るがこれは帯のよう。ほぼ船の下で動かずにいるという感じなのでやはり魚ではないのだろうか。やっぱりわからない。
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「方丈記―付現代語訳」読了

2016年05月21日 | 2016読書
鴨長明 簗瀬一雄/訳注 「方丈記―付現代語訳」読了

いやはや、僕と同じ思いの人が1000年近く前にも(前から?)いたとは・・・。
出世の道からはじき飛ばされ、裕福な人たちへの羨望と嫉妬。厄災を目の当たりにして感じる無常観・・・。しかし、それを吹っ切ったときに訪れる安らぎ。それでも割り切れない虚しさ。それを切々と綴っている。
同期はもとより、年下の上司に仕えなければならない虚しさ、大金持ちの顧客と比べる自分の生活。しかし、一方で自分なりに感じることができる四季のすばらしさ。長明もまったく同じことを方丈記で語っている。

長明は京都鴨神社の禰宜の一族で出世競争に負けて遁世出家し一丈四方の小さな庵を組んで後世を送った。そこで綴ったので方丈記。世の中の煩わしさから逃れて四季の移り変わりを愛でて生きてゆく。それはそれで清々しい生き方だが、やはり割り切れない思いはぬぐい去れない。ずっと矛盾を抱えて生きていた。そしてそんな心境をさりげなく誰かに知ってもらいたい、いつかどこかで知ってもらいたい。そんな気持ちでこの著作を残したのであろう。

長明は震災や大火事で生きることの虚しさみたいなものを感じ取ったようだが、僕にも自分の人生観を変えてしまった強烈な体験がある。今から20年ほど前、上司が突然亡くなったのだ。この人も釣り好きで、ずっと一緒に釣りに行っていた。特に田辺にはよく通った。この人の最後の釣行の時も一緒で、「今日はちょっと腰が痛くて・・・。」と言いながら1日を過ごして3日ほど後に入院し、そのまま彼岸へ行ってしまった。それまでは人の死というのはまったく別の世界の話で年寄りでなければ死ぬことはないと思っていたが、当たり前の話で、ひとは死ぬものでそれもいつ死ぬかわからないのだということを痛いほど思い知った。釣りとお酒が好きな人だったからもっと釣りをしてもっと呑みたかっただろう・・・。
そう思うと仕事で嫌なことがあったから釣りに行く気がしなくなったなんて言っていられないと思うようになった。とりあえず、今やりたいことは今やっておかなければ後悔すると思うことにしたのだ。残念ながら今やりたいことが仕事ではない。僕とても会社から給料をもらっている身だから、当然のことながら会社、ひいては社会に貢献しなければならないはずだが残念ながらそれをする能力がない。休日も返上で働く上司や同僚を横目に休日は休日と割り切っているのはいいのだがどこか後ろめたい気持ちでそんなことをやっている。
しかし、これからも後ろめたい気持ちを抱えながらも休みは休んで海や山に行く。幸いにしていままでリストラもされずにこの会社で生き残っていられた。あと数年もすると役職定年だ。自己啓発というのも手遅れで誰かがやってくれる仕事ならその人にやってもらえばいい。自分もできるようにならなければなんて思うこともまあ、いいだろう。幸いにしてどこの部署に流されても仕事のできる部下に恵まれている。(今のところは。)
あまりやる気がないのがバレると本当にまずいことになってしまっては困るのでこれからもずっと韜晦して生き続けるのだ。

そしてそんな愚痴にもならないことをずっとブログに書き続けている。書き続けいるということは、多分誰かに読んでもらいたい、しかし匿名で書いている以上、読まれたくない。いや、読んでもらいたい。ここにも矛盾を抱えている。
元々魚釣りの記録を残して次の年の参考にしようと始めたがだんだん愚痴と無能さの言い訳になってきた。
年々歳々人同じからず。僕のブログが変わっていくのも仕方がないということか・・・。
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紀ノ川河口釣行

2016年05月21日 | 2016釣り
場所:紀ノ川河口
条件:大潮 5:30満潮 12:05 干潮
釣果:ボウズ

沖に出れば多分間違いなくサバとアジが釣れるのだろうが、小船の方もたまには動かさなければならない。
排水口に根付いた草はとうとう花を付ける一歩手前まできてしまった。いったいどんな花が咲くのだろう。そして、プレジャーボートのオーナーとしてはこの状況を許してもいいのろうか・・・。



どこかの時点で必ず釣れるはずだから・・・。期待を込めてスズキを狙うべく紀ノ川河口を目指した。とにかく根気よく通い続けるのだ。

暗い時間帯を狙いたかったが今日も出遅れてしまった。いつものポイントに到着したときはすでに明るくなってしまっていた。




トップウォーターから始めて、今日試したかったプラスチックワームも不発。潮止まりの時間で川の流れが強く出てしまっているのがよくないのだろうか。まあ、引き出しの少なさというのが否めないのは確かだ。

場所を変えて水軒一文字の新々波止の先端で再開。



ここでもやはりまったくアタリがない。旧波止には渡船で渡ったルアーマンが数人いたのでスズキが釣れる可能性があるのは間違いないのだろうが、なかなか運に恵まれない。
すぐに飽きてしまって午前5時半に終了。


今日は魚の獲物がなくても大丈夫。
家に帰ってマテガイを掘りに行ってきた。土曜日なのでやはりオッさんがひとりで黙々と砂をほじくっている光景は違和感があるがそれを気にしてはいけない。僕は自分の道を歩むのだ。



1時間半ほどの掘削作業で1食分には十分すぎるほどの収穫を手にして今日は終了。

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水軒沖釣行

2016年05月15日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 8:47干潮
釣果:サバ アジ (引数不明)

今日はいつも山菜採りでお世話になっている、森に暮らすひまじんさんをお誘いしての釣行だ。去年は声をかけるタイミングをミスして満足な釣果で帰っていただくことができなかった。
おとといはなかなかの釣果だったので間髪入れずお誘いをした。潮はほぼ変わらないので群れは残っている可能性が高いだろう。

午前5時に待ち合わせをしていたがお互い気が急くのか、午前4時半には集合していた。早ければ早い方がよい。早速出港の準備をして出発だ。

今日も朝焼けがきれいだ。どうしてこんな色が自然界で発生するのだろう。あまりにもきれいすぎる。



今日も双子沖水深40メートルを目指した。ちょうど目的地にさしかかったところで反応が出てきた。よし、今日もいけそうだ。そして早速ひまじんさんがマルアジを釣り上げた。
バリバリ釣り上げるぞと意気込んだが、ここからが厳しかった。潮が動かない。魚探には二人の仕掛けのオモリが映っている。潮が流れすぎるのも困るが、まったく流れないのはもっと困るのだ。
イメージでは流れすぎる潮が少しづつゆっくりになってきたようなときがもっとも釣れるような気がする。
そして魚探の反応も極めて厳しい。ほぼ映らない。映ってもダラ~っとした感じで群れの濃さを感じないのだ。
ただ、今年はそれでもなんとか釣れる。サバのサイズは相変わらず大きい。忘れたころにお互いに釣り上げる。

次に船団ができている場所に移動。



双眼鏡で他の船を観察してみるがどこも竿を曲げている気配がない。
ここでもアタリは散発的だったが1度はサバがいっぺんに食いついてお互いの仕掛けが絡む場面もあった。
もっと釣れればいいのにと思うところはあるのだが、持って帰ってもらう分には十分な数が生け簀に溜まってきた。

もう一度移動して紀ノ川沖まで出張ってみたがやはりアタリはなく、午前8時に終了。

家に帰っておとといから仕込んでいたサバの燻し作業。この、サバの燻製の作り方もひまじんさんに教えてもらったものだ。



僕も3年目となると、見た目だけはなかなかの出来栄えだ。
味のほどはしらないが・・・。



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水軒沖釣行

2016年05月13日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 5:21干潮
釣果:サバ 24匹 マルアジ 12匹

今週は中1日で休みをもらっている。サバをソミュール液に1日漬け込んで、1日乾燥で燻製を作れる。今日は朝起きてまずソミュール液作りだ。3%の塩と砂糖少々。ローズマリーとタイムを入れてひと煮立ち。
獲らぬタヌキの皮算用。僕には準備を万端にしておくと魚が釣れないというジンクスがあるが帰宅してからだと液を冷ます時間がもったいない。

今日も夜明け前に出港。午前4時を回ると東の空が薄っすらと明るくなってくる。これからひと月は大変だ。



前回は水深50メートルの沖まで出たが、今日は40メートル付近を狙おうと考えていた。紀ノ川の濁った水を避けて今日も双子沖。このエリアにさしかかったとき、魚探に小さいながら反応が出てきた。多分釣れそうだ。
早速仕掛けを降ろしてみるがすぐにアタリはないし魚探の反応もなくなった。この釣りとキス釣りは最初にアタリがないと不安になる。ましてや今日はソミュール液を仕込んできてしまっているのだ。いやなジンクスが頭をよぎる。

最初の1匹は置き竿にきた。まずはサバを1匹。魚を回収すると手持ちの竿にもアタリ。連続でアタリはないものの、アタリがあると両方の竿に食ってくる。小さくて濃い群れが船の下をたまに通過しているという感じだ。
サバは大きい。2本の竿に食いついて暴れるものだから仕掛けがからんでしまう。魚はスクリューを障害物と思うのか、どんなに青物が暴れてもこれに絡むということはなかったが今日は魚が大きいうえに仕掛けが絡んで進路をうまく取れなかったようで、スクリューに絡ませてしまった。魚を落とすわ仕掛けを無くすわ、この時点で燻製にする数まで達していない焦りだけが残る。アジを釣ったら今日は西洋風南蛮漬けをしたいと思っていたがそれもままならない。
しかし、その後、それはまったくの杞憂に終わった。今度はクーラーボックスに収まるかどうかが心配になってくる。仕掛けを降ろしたままで魚を締めてゆくともうリミットになってしまっている。と、また魚が食っている。もうダメ、これ以上釣ったらほんとうに持って帰れない。今日は午前6時半で強制終了となってしまった。

今日は午後からかなり暑くなったが、この時間は東風が心地よい。向かい風を全身で受けるべくキャビンから体を乗り出すと本当に気持ちがいい。速度を落としてゆっくり凱旋した。




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「今日もごちそうさまでした」読了

2016年05月08日 | 2016読書
角田光代 「今日もごちそうさまでした」読了

角田光代と言ってもこの人の本など読んだことがなかった。苗字を“かどた”ではなく“かくた”と読むのだというのを初めて知ったくらいだ。八日目の蝉と紙の月をドラマと映画で見たくらいで、多分僕が読むジャンルの作家ではないのは確かだが、食に関する本なので手に取ってみた。
著者は若いころかなりの好き嫌いがあって、30歳を前にして“食の革命”を起こし食べたことがなかったものを料理して食べるようになったという。そんな食材を春夏秋冬に章を分けて紹介している。

春の章、コシアブラが出てくる。ごま油で炒めて醤油と酒を回しかけて七味をふって出来上がりというレシピが出ている・・・。もう少し早くこの本を読んでおくべきだった。(しかし、こんな料理を作るためにはどれだけのコシアブラが必要になるのだろう?)
季節の食材。僕にも小さなころには大嫌いだったが今では好物になったものがいくつかある。その代表はナスだ。食べ物が黒いということと妙に柔らかすぎるあの食感はどうしても納得がいかなくて大嫌いだったが今では普通に食べている。むしろ夏には食べなければならない食材になった。そういえば、牡蠣もそんな食べ物だ。そのほかにももっと早く食べておけばよかったと思う食材は山ほどある。歳をとらなければわからない味というものは必ずあるのだと今になってわかるのだが、そうは言っても残りの人生のほうが少ないのは間違いのないことで、一体どうしてくれるのだ!と誰かわからない相手にかみつきたくなるのだ。

ただ、まだそんな食材に出会えているのはひょっとして幸せなことではないかともおも思える。自分でとってくる食材はどんなに金持ちでもそれは自分で動こうとする意志がなければ手に入らないもの。僕の友人にレクサスを乗り回しているやつがいるが、せっかく持って行ってやったサバは三枚におろすことができず、苦労して掘り出した持って行ってやった自然薯は煮て食ったらしい(自分で食べたいと言っておいてこのていたらくだ。)。普段どんな食生活をしているのかは知らないが、それに比べれば僕は今、多彩な食材を季節を感じながら食べているはずだ。貧乏人の歯ぎしりにも受け止められるが、それはそれでしあわせなことではないのかと思いたい。


著者は肉女らしい。とにかく肉が大好物らしい。僕より3歳年下だけなのだが、世間で活躍する人はスタミナを求め、肉を消化してエネルギーに変換できる人が世間で活躍できるとしたら、まったく食が細くなってしまった僕は失格だ。肉は好きだがお弁当に入っている牛肉の炒め物を食べるとそれから3時間は胃の中に残っているのがわかってしまう。やはり韜晦して生きるしかないというのが食の面でも納得してしまう1冊である。
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「親鸞のこころ」読了

2016年05月08日 | 2016読書
梅原猛 「親鸞のこころ」読了

この本は前半が親鸞の本当の教えとはどんなものであったのか、後半は浄土経がたくさんの有名無名の僧侶たちにどのように解釈されて親鸞にたどりついたか、そしてそこから再びどのように広がったかという構成になっている。

浄土真宗といえば、悪人正機説に代表されるように、どんなひとでも阿弥陀如来にすがれば極楽往生に行けるというのが基本的な教えだと思われている。これは親鸞の弟子の唯円が書いた「歎異抄」が真宗の教えの中心になってしまっているからで、親鸞自身の重要な教えにはもうひとつ、還相回向というものがあった。極楽往生したひとはもう一度この世に生まれ変わって衆上を助けなければならないのだというものだ。
だれでも極楽往生できる(これを往相回向という。)かわりにうまれ変わって誰かを救う義務があるというのだ。

仏教の基本である輪廻を繰り返して菩薩の境地に近づいてゆくというものがちゃんと取り入れられていて、救ってもらうだけなんて、人生、そんなに甘くはないんだぞというところも押さえられているということだろうか。それともいずれはこの穢れた世界に戻らなければならいのだから、この穢れに慣れておくためにしっかり今を生きなさいとでも教えてくれているのだろうか・・。

今、世の中の役にたっているひとたち、社会のための貢献した人たちは僕よりももっと輪廻の回数が多いだけで、僕も輪廻を繰り返せば世の中の役に立てるひとになれるかもしれないと思えば、ある意味、今は楽をしていていいのだよと言ってくれているようでこれはこれでありがたい。
結局は阿弥陀様のお導きに従うまでというところだ。


日本の浄土教の最初は源信が著した「往生要集」である。死ぬときの心構えが大切だという。
それを受けた法然が戒律を守り道徳的な考えで生きてゆくことが往生するための唯一の方法だとし、そうは言っても煩悩や性欲は抑えきれないし、そんな気持ちで修行は続けられない。それならやりたい放題やってガス抜きしたほうがいいんじゃないか。というのが極論だが親鸞の考えのようだ。
どうやったらこの欲望を捨てられるかというので法隆寺の夢殿にこもっていると、救世観音が現れて、そんなにしたかったら私が女性に化けてさせてあげようと言ってくれたので何もかも吹っ切れたというのはかなり暴論というか、自分の都合のいいように考えているだけだのように思えるのだが、釈迦の教えである、「煩悩なんて捨てられるわけがないのだからそれを受け入れて生きてゆきなさい。」という教えにも通じたりしているのかもしれない。
ある意味、革命的な考えだったのではないだろうか。
日本で一番信者が多い仏教は浄土真宗だそうだが、親鸞が師匠の法然より人気があるのも、こんなより人間らしい考え方をもっていたからだと著者は語っている。しかし、その奥には再び蘇って人々のために生きるのだという厳しい教えを潜ませていた親鸞の本当の思いというのは、自分の思いのままに生きればいい、しかし絶対にやらねばならないこともあるのだという現在の行き過ぎたようにも思える自由競争社会への警鐘にも思えるのだ。

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水軒沖釣行

2016年05月08日 | 2016釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 6:45満潮
釣果:サバ 3匹 マルアジ 23匹

そろそろチョクリでアジとサバが釣れているという情報が舞い込んできた。今日の休みも天気がいい。迷わずチョクリに出撃だ。
午前4時半出港。まだまだシーズンの走りなのでできるだけ沖に行こうと思い、双子沖50メートルまで出張って釣りを開始。

仕掛けを降ろしてすぐに魚探に反応が出ている。なかなかいい感じだが、竿にアタリはない。



アタリがないまま40分くらいが過ぎてしまった。やっぱり早すぎたかと思っているとやっとアタリが出た。大きなサバだ。元気に竿を曲げてくれないのはあまり活性がよくないからだろうか。
しかし大きい。スーパーで売っているノルウェー産冷凍サバ1匹780円くらいの大きさはありそうだ。
次にマルアジが1匹。
船は南西方向に流され、水深53メートルくらいまで来てしまったので最初の位置に戻ると再びアタリが出た。今度はマルアジが6匹。船首の置き竿にもアタリが出ている。
これで一気に数を稼げた。
アタリは連発ではないが時々出て、手持ちにも置き竿にも複数匹がかかってくるところを考えると、濃い小さい群れがたまに通ってくるという感じか・・。

プロみたいなチョクリ船もあまりアタリがないのか仕掛けを下さずにずっと移動したままだ。こちらの様子を窺っている気配を見るとそうとう情報不足のようだ。



その後も少しだけアタリを拾って午前7時半ごろ終了。帰途、水深38メートルラインにもチョクリ船が出ていて、その付近で魚探の反応があったので、それほど沖まで行かなくても大丈夫だったかもしれない。

久々にそこそこの獲物を得たのでこれも久々に叔父さんの家に差し入れだ。チョクリも夏の始まりを告げるものだが畑のほうもだんだん夏の作物が実り始めている。



確実に夏が近づいているのだ。


家に帰って、かねてから行ってみたいと思っていたマテガイ獲りに行ってきた。ドレッシングのボトルに七分くらいの塩をもっていったが、一時間足らずで使い切ってしまった。
穴に塩をふりかけるとピュッと飛び出してくるのだが、本当に飛び出してくるのだから面白い。
場所は浜の宮海岸。ゴールデンウイークの最終日、かなりの人がマテガイを獲っているが、おっさんひとりで黙々と砂をほじくっているのは僕だけなのでかなり浮いている。
こんど獲りに行くときは絶対に平日にしよう。


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