大竹英洋 「そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ 」読了
著者は、アメリカ ミネソタ州にひろがる、「ノーザンウッズ」といわれる森林地帯を拠点にして撮影活動をしている写真家だ。
この本は、著者が写真家を目指すきっかけになった写真家、ジム・ブランデンバーグを訪ねるため、ノーザンウッズを生まれて初めて乗るカヌーで旅し、その後この場所で送った数か月間を綴った紀行文だ。
著者が写真家を目指すきっかけになったのは、ある日、オオカミの夢を見たことだった。一ツ橋大学在学中、ジャーナリストを目指すけれども、人々に恐怖や不安をあおる報道が多い中、ワンダーフォーゲルを通して知った自然の素晴らしさを伝えたいと思うようになった。そんなときにオオカミの夢を見た。すぐに図書館に行き、オオカミの写真集を手にした。その著者が、写真家であるジム・ブランデンバーグである。自分も写真家になりたいと思った著者はジム・ブランデンバーグこそその手本となるべき人だと思い立ちナショナルジオグラフィック社経由で弟子入り志願の手紙を書くけれども返事がなく、いっそのこと、直接会ってその気持ちを伝えようとミネソタ州イリーの町を目指す。
この町は最果ての町で公共交通もない。行けるところまで行った町のユースホステルでオーナーにそんな話をすると、それは“スピリチュアル・クエスト”だと励まされる。その後、このオーナーの助けや様々な人たちの助けによって出会いを果たす。
やはりそこはアメリカだ。これが日本なら、夢に出てきたことを信じてはるばるやってきたと言えば、「何を血迷ったことを言っているのだ、悪いことは言わないからすぐに帰った方がいい。」となるのがオチである。
著者はオーナーに車で送ってもらえればイリーまで行けるところをわざと遠回りをするように8日間のカヌーの旅をして目的地へ向かった。それはそうしたほうが自分の思いが写真家に伝わるのではないかと考えたからだと書かれている。そうしてますます自然写真家になろうという決意を固めてゆくのである。
果たしてそのとおり、そういう思いではるばるやってきた著者はとりあえず歓待を受け、また世界的な冒険家であるウイル・スティーガーを紹介され、そのふたりから写真家になるための心構えを学ぶ。
そのなかで、冒険家が言った、「put your boots on and start walking」という言葉は、きっと人生を無駄にせずに生きている人の象徴なのだろう。
おしんも同じようなセリフを言っていた。「月々決まったお給金をいただけるのはありがたいけれども、何かこう張り合いっていうのかな、そういうもの持ってないと人生つまんないんじゃないかと思ったの。」そういう生き方が理想なのはわかっているけれども、現実は“会社ゾンビ”になりさがってしまっているのだ。
この本を図書館で手に取ったのは、星野道夫のようなひとが本を書いているなと思ったからである。たしかに、この本には星野道夫や植村直己、レイチェル・カーソンについて、写真家と冒険家が実際に出会ったエピソード、カーソンについてはその書作について書かれている部分がある。
僕も3人の著作には感銘を受けた。“スピリチュアル・クエスト”というとおこがましいけれども、偶然にこの本を手にしたといのも何かの縁であったのかもしれない。
アメリカ北部のカヌー旅というと、数か月かけて千キロ以上もの長い川下りを思い浮かべるけれども、著者の辿ったルートを見てみると、ちょうど和歌山市を1週するくらいの広さだった。
アメリカの原生林とまではいかないけれども、半径10キロ、僕も臭い長靴を履いて小さな驚きを求める生活は続けてゆきたいと思うのだ。
数年後にしようと思っていた、軽の貨物をキャンピングカーに改造する計画を少しは前倒しをしてみようと思うのである。そして、掘り出し物があれば中古のシーカヤックを手に入れてその半径10キロを探検してみるのも面白そうだ。
著者は、アメリカ ミネソタ州にひろがる、「ノーザンウッズ」といわれる森林地帯を拠点にして撮影活動をしている写真家だ。
この本は、著者が写真家を目指すきっかけになった写真家、ジム・ブランデンバーグを訪ねるため、ノーザンウッズを生まれて初めて乗るカヌーで旅し、その後この場所で送った数か月間を綴った紀行文だ。
著者が写真家を目指すきっかけになったのは、ある日、オオカミの夢を見たことだった。一ツ橋大学在学中、ジャーナリストを目指すけれども、人々に恐怖や不安をあおる報道が多い中、ワンダーフォーゲルを通して知った自然の素晴らしさを伝えたいと思うようになった。そんなときにオオカミの夢を見た。すぐに図書館に行き、オオカミの写真集を手にした。その著者が、写真家であるジム・ブランデンバーグである。自分も写真家になりたいと思った著者はジム・ブランデンバーグこそその手本となるべき人だと思い立ちナショナルジオグラフィック社経由で弟子入り志願の手紙を書くけれども返事がなく、いっそのこと、直接会ってその気持ちを伝えようとミネソタ州イリーの町を目指す。
この町は最果ての町で公共交通もない。行けるところまで行った町のユースホステルでオーナーにそんな話をすると、それは“スピリチュアル・クエスト”だと励まされる。その後、このオーナーの助けや様々な人たちの助けによって出会いを果たす。
やはりそこはアメリカだ。これが日本なら、夢に出てきたことを信じてはるばるやってきたと言えば、「何を血迷ったことを言っているのだ、悪いことは言わないからすぐに帰った方がいい。」となるのがオチである。
著者はオーナーに車で送ってもらえればイリーまで行けるところをわざと遠回りをするように8日間のカヌーの旅をして目的地へ向かった。それはそうしたほうが自分の思いが写真家に伝わるのではないかと考えたからだと書かれている。そうしてますます自然写真家になろうという決意を固めてゆくのである。
果たしてそのとおり、そういう思いではるばるやってきた著者はとりあえず歓待を受け、また世界的な冒険家であるウイル・スティーガーを紹介され、そのふたりから写真家になるための心構えを学ぶ。
そのなかで、冒険家が言った、「put your boots on and start walking」という言葉は、きっと人生を無駄にせずに生きている人の象徴なのだろう。
おしんも同じようなセリフを言っていた。「月々決まったお給金をいただけるのはありがたいけれども、何かこう張り合いっていうのかな、そういうもの持ってないと人生つまんないんじゃないかと思ったの。」そういう生き方が理想なのはわかっているけれども、現実は“会社ゾンビ”になりさがってしまっているのだ。
この本を図書館で手に取ったのは、星野道夫のようなひとが本を書いているなと思ったからである。たしかに、この本には星野道夫や植村直己、レイチェル・カーソンについて、写真家と冒険家が実際に出会ったエピソード、カーソンについてはその書作について書かれている部分がある。
僕も3人の著作には感銘を受けた。“スピリチュアル・クエスト”というとおこがましいけれども、偶然にこの本を手にしたといのも何かの縁であったのかもしれない。
アメリカ北部のカヌー旅というと、数か月かけて千キロ以上もの長い川下りを思い浮かべるけれども、著者の辿ったルートを見てみると、ちょうど和歌山市を1週するくらいの広さだった。
アメリカの原生林とまではいかないけれども、半径10キロ、僕も臭い長靴を履いて小さな驚きを求める生活は続けてゆきたいと思うのだ。
数年後にしようと思っていた、軽の貨物をキャンピングカーに改造する計画を少しは前倒しをしてみようと思うのである。そして、掘り出し物があれば中古のシーカヤックを手に入れてその半径10キロを探検してみるのも面白そうだ。