イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

大晦日

2015年12月31日 | Weblog
毎年の大晦日恒例、出勤前の大晦日詣出(こんな言葉があるのかどうかは知らないが・・・)
大体、元旦に初詣をする人はあまりにも多く、さすがの神様も誰がどんな願い事をしていたなんてすべて記憶することができないんじゃないか?覚えていたとしても誰かの願いを誰かの願いと間違えて叶えちゃったりしてしまうかもしれない。それなら人の少ない時を狙ってお願いするというのもひとつの作戦としてはいいのではないだろうか・・・。

参詣場所を谷町界隈から地元に移して2年目は名草戸部にまつわる場所を訪ねてみた。

名草山の麓には中言神社という同じ名前を持った神社がいくつか存在する。ご祭神は名草姫命と名草彦命で真実はわからないらしいが、名草戸部と関係ある神様として祀られている。
一社は吉原、もう一社は神前、そして今日は参ることができなかったが、年末に訪ねた黒江の中言神社。

    

そして名草戸部は神武天皇の東征の際にこの地で討ち取られた部族の領袖だった。神武天皇の兄を祀る竈山神社と天照大神にまつわる日前宮は云わば勝者の側の神様だ。

 

日前宮の境内にも中言神社をみつけた。



これも明治のころの神社合祀の結果なのかもしれないが、これが敵も味方も神様になってしまえば同様にお祀りするのだという日本人のいいところなのだろう。


名草戸部の物語というのは神話の世界の話に過ぎないのかもしれないが、どこかで史実に結びついているのかもしれない。例えば、縄文人が弥生人に駆逐された古い古い物語をなぞらえているのかもしれない。自然を征服し、農耕をもって生産性を上げた民族が土地の恵みだけを頼りに命を繋いできた人々を滅ぼして新しい秩序を強いた。そんな人々もどこかで自然に根差した生き方にあこがれをもっていたから名草の神を祀り続けたのだと思いたい。

そして、この、弥生人と縄文人の勢力争いについて考えさせられる出会いがあった。
仕事のうえでのお客とのトラブルでもう自分では解決できそうもなさそうなので法律に詳しいひとの意見を聞きたいと思い、つてを頼ってお二人の弁護士の先生にお話をおうかがいする機会を得た。
おひとりの先生は、「君の職業を否定するわけではないが。」と前置きをしながら、「なんでみんな無駄なものを買いためるんだろうね。私は母に言うんですよ。物を貯めるのではなく、心に貯めなきゃ。」とおっしゃった。先生のお母さんもウチのお得意さんらしく、なにかれなくたくさんの物を買ってくれているそうで、そんな感想をお持ちのようだ。
もうひとりの先生は、生家がぶらくり丁の商売人で、そもそも商品とは適正な価格で売買されているはずなのにお客はいつも偉そうだ。例えば、パンツ一つにしても自分で縫って作るとなると大変な労力だ。商売というのはそんな不便を解消するためのもので、お客もありがとうという気持ちがなければいけないはずが、いつも偉そうにしているお客に我慢ができるわけがなく、弁護士の道を選んだそうだ。(それだけの動機で司法試験を一発で合格することができるのも並みの人ではないのだが・・・)
そう思うと、自分の仕事はなんと因果なものかと思ってしまう。しかし、それはそれで、生物というもの、遠い過去から強い遺伝子を残すためにオスは自分の強さを誇示してきた。クジャクはきれいな羽根を大きく開き、魚の多くもオスはきらびやかな姿をしている。メスはメスでオスを引き付けるためにフェロモンを出さなければならない。現代ではそれが高価な宝石や時計、かっこいいファッションなのだと思う。(本能を具体化するための仕事であるとも言えるのだろうか。だから本能むき出しの人々ばかりが集まってくるのだろうか・・・)それに人類が蓄積してきた高度な芸術性や高度な工芸技術を後世に残してゆく担い手であるのかもしれない。しかし、そんなことは別にこの業界がなくても個別に伝承できるし、生きる意味の本質を知っている人々には物で自分を飾る必要はないと言われてしまえばたじたじとなってしまう。

「生きているうちは、ひとは世の中の役にたってしまう。」
暮れに新聞に載っていた言葉だ。その心は、犯罪者でも警察が動けばガソリンを使うし、張り込みのときにパンを食べる。捕まったあとは出前のかつ丼を食べ、収監されれば職業訓練で人々に貢献する。つまり、金銭物資の流通が生まれる。ということだそうだ。
今年も幾冊かの宗教に関する本を読んだが、すべてに共通することのひとつの言葉は「世の中の役に立たなければならいのだ。」ということだった。修行をしている姿を見せること、人々のために祈ること、死後の世界を思い描くこと、すべては人の心に安らぎを与えるため。ドラッカーもマネジメントの義務は社会貢献だと説いていた。
先の先生の言葉では自分の業界というのは果たして社会貢献になっているのかと思ってしまっていたのだが、この言葉を借りるとお金持ちから(むりやり?)消費を引き出してキャッシュを回すということで貢献しているのか・・・。
考えたらそれもなんだかむなしいものだ。

ただひとつ、救いがあるとすれば、僕自身、この業界を志したのは平日に休めるという理由だけであった。平日ならゆったりと魚釣りができる。それだけだった。まるで物欲(贅沢品という意味だが。)には興味がない。まだ人らしい生き方ができる可能性があるのかもしれない。
前記のとおり、弥生人は自然を克服し生きる道を切り開く人々、縄文人は自然から与えられたものをうまく使って生き延びてゆく人々。お二人の先生はまさしく自分で自分の生きる道を切り開いた人ではあるが、人が人らしく生きるすべを知っている人でもあると感じた。
以前に読んだ、梅原猛と中上健次の対談「君は縄文人か弥生人か」の中で語られていた、二つの特性がほどほどに合わさった姿が一番いいという考えがそのまま当てはまる人々だ。
僕には初めから人生を切り開いてゆく能力はないが、縄文人らしく生きる楽しさを理解することはできそうな気がする。

そして、生家が商人という先生に興味深い話をしてもらった。
この先生、元は作家を目指しておられたそうだ。ライバルは同年代の石原慎太郎や同郷の有吉佐和子。作家になりたいがために、大学時代はトキワ荘(どうして漫画家の集まりの場所であったかはよくわからなかったが・・・)なんかにも出入りをしていたそうだ。
彼らがどんどん世間に知られるようになるのに自分は目が出ないので新聞記者になり、体を壊しそうになったので郷里に帰り、新宮高校の教師の職を得てそこで2年間仕事をしながら司法試験の勉強をしたそうだ。その時の教え子の中に中上健次がいたというのもこれまたすごい。昭和38年に教師になったと聞いて、その頃って中上が在学していたのではないですかと聞いたものだから、先生の話に拍車がかかり合計4時間半という長い時間、話を聞くことができたのだ。
この人は、道の延長線上にそんな一流の世界を見据えていたのだ。普通の人は自分のやりたいことがあったとしてもその先にそんな世界を想像できないのではないか。少なくとも僕は想像できない。例えば高校球児はどれくらいの人がプロへの道とのつながりを想像しているのだろう。
そういう想像ができない人間は絶対そこまで到達できないのだと、ハッと気が付いた。この魚は釣れないと思うと絶対に釣れないというのと同じなのだ。次元が違うが・・・。

「桐島、部活やめるってよ」という映画をたまたま見た。野球部のキャプテンはドラフトが終わるまでクラブを続けると言い、映画部の監督は自分の作品の延長線には有名作家のホラー映画があるんだと語っている。一流になりたかったら今の自分と一流の世界をつないでゆかなければならいんだというメッセージだと感じた。
そういえば、師は「パニック」を書いたとき、その題材を阿部公房が狙っていることを知って、急いで書き上げたというエピソードを思い出した。師も普通のサラリーマンでありながらすでに一流の作家をライバルとみなし、そんな世界を現在とつないでいたのだ。
かつて日曜日の朝に正義のために戦っていたカラフルな戦隊ヒーローは「勝利のイマジネーション!」と叫びながら暗黒の敵と戦っていたが、まさにイマジネーション=将来の自分の姿を思い描くことができたものだけがブレイクスルーを果たすことができる。
そして、そういうことを教えられる人が良き師匠であり良き先生であるのだろう。

50歳を超えてしまうと、すでに先は見えてしまいイマジネーションどころではない。
しかしながら、毎年同じ季節を迎え同じ時を繰り返すだけの生活もまんざらではない。僕は絶対に縄文人なのだから・・・。
今年は息子が医学部合格という金星を上げ、ある意味思い残すようなことはなくなった。彼は彼の人生を自力で歩んでゆけることだろう。
僕はいつものとおり春を迎え、タラノメを皮切りに山菜を採ってチヌを釣り、夏を迎え秋に真鯛を狙い、冬を迎えて春を待つサイクルを何回も繰り返してゆくだけだ。それで満足。それで満足だ。
そして最後、息子に引導を渡してもらえれば僕の人生もまんざらではなかったかと思えるのだ。
仕事のうえでは嫌なことが満載だったが今年もあと数時間で終わってゆく。
来年も弥生的なお客と上司と縄文的な自分自身の考えのはざまで悩むことが多くなるのだろうが、とにかく魚がそこそこ釣れてくれるように祈るばかりだ。


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この1年を振り返る。

2015年12月30日 | Weblog
今年もあとわずか、この1年を振り返る。

今年の状況は前半好調、後半ボロボロという流れであった。
2月には自己最高記録の真鯛を釣り上げた。



そして、この魚が運んでくれた幸運か、息子が医学部合格という大金星を上げてくれた。(実はこれが今年一番の大物だったのかもしれない。)



4月の乗っ込みチヌは1回だけの釣行であったが、濃い霧と雨模様の中でもそこそこの釣果を得ることができた。まあ、年なしを釣り上げられなかったのでこれも偉そうには言えないが・・・。

 

5月のチョクリは絶好調。クーラーに治まらないのでここらで止めておこうということが2回ほど。こんなことは何年ぶりだろうか。十分堪能できた。

  

キスもシーズンの初めは好調で、ゴカイとキスがほぼ等価交換できてしまった。

 

8月には久々、かつ待望のスズキを釣りことができた。この魚も2年ぶりだ。数は少なかったものの、この日はトップウオータールアーにどんどんアタックしてくるスズキの乱舞を見ることができた。



9月から11月はタチウオ。
よかったのか悪かったのか、4回の釣行でなんとかボウズなしで終わることができた。惜しむらくはドラゴン級がなかったことだろう。
それにしても、紀ノ川河口のタチウオは振るわなかった。この仕掛けには一家言もっていたつもりだがこのままではじり貧になりそうだ。何かブレークスルーがほしい。

  

この頃から少し雲行きが怪しくなってきた。真鯛を釣ったのは2回だけ。

 

お正月の真鯛を釣らなければならないのにこの体たらくではなさけない。状況が悪いのではなく技術がない。前を行く漁師は魚を釣り上げているのだから魚がいないわけではないのだ。アジもそうであった。田倉崎沖の漁礁ではあまりにも苦すぎる苦汁をなめさせられた。

 



新しい釣りもいつくか開発できた。
加太のガシラはうれしい釣果だ。今まではササノハベラに悩まされてばかりだったが、ポイントを変えるだけでホイホイ釣れるようになった。今年最後の釣りでは残念ながらガシラの顔を見ることができなかったのでもっとポイントの開拓をしなめればならない。

  

しかし、これには大きな犠牲もあった。エサを付けたまま放ってあった竿が魚に食われて海の底に沈んでしまったのだ。

白いビニールも新しい発見だ。和歌山市指定のゴミ袋のパッケージがサバに化けてくれた。

 

赤い毛糸玉も本格的な釣果に結びついた。





暮れになってコウイカは絶好調だった。これはうれしかった。いつもの発泡スチロールの箱に入りきらないほどの釣果を得た。

 

これも2回だけで終わってしまったのだが・・・。


合計54回の釣行。地元の勤務になってから、出勤前にも釣りにいけてしまう。これはこれで何かやってはいけないことをやってしまっているようでなぜだか楽しい。
いつまでもこの環境でいたいものだが、サラリーマンは異動が付きもの。来年の中ごろにはどこか全然違うところにいるのかもしれない。


船のメンテナンスについて。

今年は船底の塗装を自分でおこなった。やればできるんだとは思ったものの、体力的にはかなりきつい。かなり安くなりそうなので来年もやりたいと思っているが、いつまで続くことやら・・・。



オーニングも取り換え、すっきりした。



値切った分、サイズには不満があるが当分これでいくつもりだ。

大きいほうの船には重大な故障は1年間まったくといっていいほどなかった。小さいほうの船のスクリューを取り換えただけだった。まあ、これでも1万8千円あまりの出費になってしまったのではあるが。そのほかでは大きな出費はなかったということだ。これはありがたかった。しかし、こんな安寧な日々は続くはずはないので、おっかなびっくりで過ごさなければならないのは来年もかわらないであろう。
来年はコックボードの取り換えという問題がおこるのは間違いがないだろう。

最後の最後にあわや衝突事故かというハプニングに遭遇してしまったが、なにはともあれ、大きな事故もなくなんとか1年を過ごすことができた。
来年はどんな年になるのであろうか。釣果は二の次、大きな故障と事故がないことが最優先で過ごしたいものだ。
薄くなってしまった潮時表を新しいものとと取り換えて来年に臨もう。














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加太沖釣行

2015年12月30日 | 2015釣り
場所:加太沖
条件:中潮 9:34 満潮
潮流:6:20転流 10:20上り3.0ノット最強
釣果:真鯛 3匹

今年最後の釣行だ。過去3回のボウズを払拭できるだろうか。とりあえず、天気と潮はばっちりだ。

夜明けを待って出港。風は東からゆっくり吹いていて快調に田倉崎に向かう。



天気がよいので正月の真鯛を狙う亡者達が水軒からも紀ノ川口からも大挙して出撃してゆく。



いつものテッパンポイントは帝国軍、同盟軍の艦船で埋め尽くされている。ものすごい数だ。これだけの数を見るのは久々だ。



こんな日は気を付けないとと思っていたら、この船が僕の方に結構な速度で突っ込んできた。相当な数の船が出ていて、みんな移動をするときは船の間を縫いながら移動しているのでこいつもそんな感じで僕の前を通りすぎてゆくのかと思っていたら、いっこうに針路を変えるそぶりがない。どんどん近づいてくるのでこれは危ないと思っていると、向こうの船の前に乗っている男が船長に向かって何か叫んでいる。ああ、絶対によそ見をしていると確信したので僕もギアを後進にいれ全開でエンジンを回した。危機一髪というのはこんなことを言うのであろう、相手の船は僕が見る限り数十センチほどのところをかすめていった。魚探をずっと見続けていたか、どうも座ったままで操船してたようなのでまともに前を見ていなかったに違いない。



僕は何回目かの場所移動で、船の向きを変え終わったところでまだ釣りを始めていなかったからよかったが、こっちも竿の先に神経を集中させていたら間違いなく衝突していただろう。
船と船がぶつかったときの衝撃というのがいかほどのものかというのはわからないが、相手の船頭は間違いなくエンジン場に頭を突っ込んでえらいことになっていただろう。
年の瀬のこんな日に海の上で衝突したなんて洒落にもならない。ぶつからなかったからこうやってブログネタとして書いているが、当たっていたら僕も今頃病院か海保の事務所で事情聴取をされていたことだろう。
こいつらは簡単に「すまん、すまん。」と手を振って謝るそぶりをみせていただけだったが、とんでもない奴らだ。こんな日に釣りをする資格などないのだと自覚をするべきだ。
ついでに、この混雑の中でシーアンカーを降ろして釣りをしている人もどうだかと思う。事故を起こす可能性が非常に高くなるということがわからないのだろうか。


釣りのほうは、最初のアタリはすぐにやってきてとりあえずボウズを逃れた。2匹目も間もなくアタリがあり、親戚の叔父さんの家にもって行く分も確保。前半は結構なアタリが出るがハリに乗らない。今日は間違いなく鈴鹿市指定のゴミ袋にアタリが集中していた。
潮流時刻からいくとアタリが出続けてもいいと思うのだが、午前9時を回った頃からアタリがほとんど無くなった。場所が悪いのか、それともこんな日なのか、ビニールの色を変化させなければならないのか・・・。やっぱりそこがわからないと数を稼げないのだろう。
そして先に書いた衝突未遂が重なり、混みあった場所での釣りが怖くなったのでガシラ釣りに変更。獲物がなければ沖ノ島の西端に行くのだが、とりあえず獲物があり、遠くまで行くのは面倒。偵察も兼ねて田倉崎周りの少し水深が深い場所を流してみたがまったくアタリが得られず、これもすぐに飽きてしまってお昼頃に終了。

家に帰って2艘の船に注連縄と鏡餅をお供えするために港へ舞い戻った。これで今年の魚釣りはすべて終了だ。最後の最後に怖い目に遭ったがなんとか無事に1年を終えることができた。

 

赤毛のアンの最後の締めくくり風に言うなら、~~ 神、空にしろしめす。なべて世はこともなし。 ~~
来年も何事もなく過ごせることを祈るばかりだ。




 
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「赤毛のアン」読了

2015年12月29日 | 読書
ルーシー・モード・モンゴメリ/村岡花子 訳 「赤毛のアン」読了

僕も朝の連ドラ「花子とアン」を見ていなければおそらく死ぬまで読むことはなかっただろうと思うが、50を過ぎたおっさんが読むような本ではないと思っている人はそれは大きな認識違いだ。放送当時は古本屋で探しても全然見つからなかったが1年以上過ぎて再び出回ってきているようだ。

空想好きの少女が成長する姿を描いた、僕は知らないだけでだれでも知っているストーリーだが、アンが少しずつ成長してゆく姿に「ホッとする」というか「よかった、よかった」という気持ちがあふれてくる。
アンがクイーン学院の受験の準備を終えたとき、マリラとリンド夫人が交わすしみじみした会話には思わず、「そうだ、そうだ」と共感し、ギルバートとの和解のシーンでは、やっぱり「よかった、よかった」と思うのである。
村岡花子の文章も素晴らしい。
繰り返して述べるが、決して50を過ぎたおっさんが読むものではないと思ってはいけない。

そして、アンの名言をいくつか・・・。

「朝はどんな朝でもよかないこと?その日にどんなことが起こるかわからないんですものね。想像の余地があるからいいわ。」
「だって言葉ではあらわせないんですもの。ほら、言葉では言えないものってあるでしょう!」
「分別があるってたいしたことにはちがいないけれど、あたしはそうなりたいとは思わないわ。」
「グリン・ゲイブルズにきてからずっとあたしは失敗ばかりしてきたけれど、一つするたびになにかしら自分のとてもわるい欠点が治っていたのよ。」
「貧乏な者のしあわせの一つは---たくさん想像できるものがあるというところだわね。」
「ある人をよろこばせたいと思うときには、どんなことでもできるものなのね、マリラ」
「あたしが幾何で失敗しようとしまいと、太陽はあいかわらず昇ったり沈んだりするんだわ。」
「そうね、あたしは自分のほか、だれにもなりたくないわ。」
「ああ、野心をもつということは楽しいものだわ。こんなにいろいろと野心があってうれしいわ。限りがないみたいだけど、そこがいいんだわ。」
「義務もそれに率直にぶつかるときには友となるのである。」
「曲がり角をまがったさきにはなにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにものにちがいないと思うの。」


アン自身もなんの悩みもなく生きていたわけではないようだが、閉塞感にあふれた今の時代に何か別の生き方を示唆してくれているように思えて仕方がない。
この本を読み終える直前、偶然にもBSでプリンスエドワード島の風景の放送を見た。
赤土の小道、樅の木の林、そしてグリンゲイブルズの家。こんな風景の中でこの物語が書かれたのか・・。

今年の最後に、いい本に出会えたものだ。

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水軒沖釣行

2015年12月28日 | 2015釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 8:23満潮
釣果:ボウズ

いや~、今日もボウズだ。
連続してボウズが続いているので、起死回生のために今年は好調のコウイカを狙いに行ったのだがこれでもダメだった。
潮はほどよく動いているし、気温は低いながらも気嵐や沖に座礁している貨物船が浮き上がって見えていることを考えるとそんなに水温が下がっているとは思えない。

 

半月前に義母が亡くなったのだが、やはり喪が明けるまでは殺生をするなということだろうか。それならば甘んじてボウズを受け入れなければならないのだろうな。


まったく見込みがないので早々に釣りを切り上げ、コー○ンが開店するのを待って油汚れに強い洗剤を買って港に逆戻りし、翠勝丸のエンジン場の掃除をやってみた。
ビルジ溜まりにオイルを漏らしたことがあり、非常に汚れてしまっているのと、コックボードがすり減ってしまっているのか、スタンチューブとシャフトが平行になっていないようで海水が頻繁に漏れてくるようになった。
ラミーパッキンの蝋のようなグリスとオイルの汚れで見るも無残になっていた。さび付いている排気管のフランジや海水の循環系の継ぎ目からは塩の塊や錆の粉があちこちに落ちている。
いつか掃除をしなければと思っていたので、今日の不漁はいいタイミングだ。

洗剤はどれが安くていいのかと物色しコー○ンのPBの洗剤を買ってみた。



これが思いのほか効果的だった。油汚れが面白いように取れてゆく。
花王のマジックリンより高かったが思い切って買ってよかった。

午後からは自転車に乗って海南市にある日本小型船舶検査機構へ小船の中間検査のための手続きに行ってきた。市内にあった頃は便利だったが遠くなってしまったので不便極まりない。
早く帰ってきてほしいものだ。



道中、名草山周辺にある神社にお参り。それぞれで初詣の準備が進められている。
今年も怠惰に過ごしてしまったなと反省しきりになってしまった。

 

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加太沖釣行

2015年12月22日 | 2015釣り
場所:加太沖
条件:中潮 9:34干潮
潮流:8:05転流 10:45下り1.9ノット最強
釣果:ボウズ

今日は天の配剤か悪魔のささやきか、前後の日が雨で今日だけ晴天だ。



前回はボウズであったが汚名をそそぐため再度加太を目指した。
潮は午前8時を過ぎてゆっくり下り。目指すポイントはコイズキだ。



いつもは苦戦をする場所だが、潮の速度が遅い日なので僕でもなんとかなるのではないだろうか。
船団ができているのは水深50メートルから60メートルの付近。かなり深いが30号のオモリでなんとか底を感じ取れる。
アタリはすぐに来た。ほぼ転流時刻だった。ほんど潮が動いていないにもかかわらすアタリがでるのだから今日はかなり期待が持てそうだと思ったが、アタリはあっても小さくまったくハリには乗ってこない。
潮流が最強の時刻を迎えるころに大きなアタリがあったがドラグを緩めすぎていたのが仇になったか、これは取れたはずだがざんねんながらバラシ。

午後から出勤しなければならず、残念ながら午前11時で撤収。あと1時間粘れればひょっとしたらなんとか1匹上げられたかもしれないと思うと、来客の前でもにこやかにはできない。
神戸からやってきた靴屋さん、こんな日にやってくるんじゃないよ。まったく。


同じ場所で流していた帝国軍の漁師さんは、僕の船の前にスッと入ってきてサッと仕掛けを下してヒョイといとも簡単に真鯛を釣り上げる。彼らは神の手を持っているのか・・・。
腕の差は歴然だ。こんな日は本当にへこんでしまう・・・。





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加太沖釣行

2015年12月18日 | 2015釣り
場所:加太沖
条件:小潮 11:36満潮
潮流:8:54転流 12:37上り2.5ノット最強
釣果:ボウズ

朝5時に起きていつもの煙突を見てみると、煙がちぎれながら真横に流れている。これは今日は無理だと思い再び布団の中に逆戻りした。次に目を覚ましたのが午前7時15分。再放送の朝ドラと「あさが来た」を見たあと、もう一度煙突を見るために外へ出ると、少し風が治まってきている。これくらいならコウイカに行けるだろうと急いで準備をして港へ向かった。和歌川を渡るときにこの煙突をもう一度見ることができるのだが、この頃になってくると相当煙が斜め上に、それも東寄りの風に変わってきていた。


(この画像は今日の午後からの画像です。)

おぉ、これはひょっとして加太まで行けるのではないか?今日は潮が遅いから今からでも間に合うぞと思い直し、家に引き返しタイラバのセットを追加して港へ向かった。出てみて風が強ければ当初のとおりイカを狙って、そのまま行けそうなら加太まで行ってタイラバで勝負だ。今日は高仕掛けを使わずにかねてから一度試してみたかったタイラバをやってみる算段だ。



潮を浴びながら田倉崎を過ぎ、沖ノ島の陰に入るとほとんど風が感じられないほどに天気は穏やかになってきた。



保険で持ってきたイワシの切り身でガシラを狙う。転流時刻は遅いので11時ごろまで1時間だけやれる。ベンジョマエというポイントで仕掛けを下したがアタリがない。グルッと回って島の西側に入ったらこっちは風と流れが強い。
アタリはあるのだが、いかんせんイカ釣り用の竿を使っているのでうまく合わせを入れられない。うまく底を切ることもできずに仕掛けを相次いでロスとしてしまい保険が保険でなくなってしまった。

船が集まっているところまで移動し、タイラバをスタート。
今日も帝国軍に混じっての釣りだ。遥かかなたの銀河では今日からまた新たな帝国軍と同盟軍の戦いが始まったが、この領域では和解が結ばれたのかそれとも妥協の産物なのかまったく争いがおこらない。



そんなことを思いながらタイラバをリトリーブするが、アタリはまったくない。さわりにも来ない。
12時過ぎまで粘ってみたが、帝国軍が次々と帰投するのを見ているとこっちも嫌になってきてロスタイムを待たずに終了。

釣れない日にはめったに訪ねない港近くの親戚の叔父さんの家に行くと、暖冬のせいで野菜がどんどんできているので持って帰れと言ってくれる。ありがたい話だ。空のクーラーを積んでいたら野菜が積めないので一度家に帰り野菜をもらいに舞い戻ると、積みきれないほどの野菜を持たせてくれた。



今夜は魚がないが野菜山盛りの夕食になりそうだ。



魚が何もない日というのは我ながら珍しいのだが、今日は今年の大団円にむけての小休止だと思いたい。
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水軒沖釣行

2015年12月08日 | 2015釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 4:52満潮 10:15干潮
釣果:コウイカ 19匹

今日は中潮だが若潮のあとなので加太はいまいちではないだろうかと思い、手堅くコウイカ狙いにしてみた。ローテーション的にもいい感じだ。
以前からコウイカを釣ってみたいと言っていた同僚に声をかけると有休をとって参戦しますとのこと。



かなりの釣りバカだ。しかし、僕はただのうすらバカだが、彼は職場のなかでもトップクラスの営業成績を誇っている。持ち前の明るさとバイタリティ、そしてそれを上回る熱心さには頭が下がる思いだ。ただのバカではないのだ。
プレジャーボートのオーナーでもある彼とは現地集合ということで午前6時半に出港。


空にはまったく雲がなく、星がきれいに見える。
東の空には三日月と金星。

 

金星というと昨日、「あかつき」という探査衛星が地球の軌道を離れるために姿勢制御エンジンを噴射したというニュースを放送していた。
5年前に金星軌道に乗せるのを失敗しての再度の挑戦らしい。多分、当時は、高い金使って何してるんだと揶揄されたのだろうがJAXAの人々はそれにもめげずに淡々とチャンスを窺っていたらしい。周りが何を言おうとも信念を曲げずにひたむきに問題に立ち向かえる精神力と勇気というのはどこから湧き上がってくるのだろう。こんな人たちは何をやっても成功することができるに違いない。素晴らしい。

そして西の空低くにはシリウスが青く怪しく輝いている。(下の2連の光は街灯で、その上にうっすら光っているのがシリウス。)



10分ほどで新々波止と沖の一文字の交差点に到着。仕掛けを下すとすぐにアタリ。今日もいい感じだ。

しかし、2匹釣ったところで仕掛けを下している途中、半分に切れてしまっていた。リールをフリーにして落ちている間にデッキを洗っていたので何があったのかがわからないが、幹糸が痛んでいたのではなく、何かが糸を切った感じだ。3号のフロロがスパッと切れてっしまっていた。
たまにこんなのが掛かってくるので居残りのタチウオかなにかなのだろうか・・・。



アタリは続く。せっかくなので作業船が来るまで沖の方で釣ってみようと船を流していると警戒船がやってきた。邪魔だと言われる前に移動したがしつこく近づいてくる。いやらしい奴めと思っていたら、何が釣れるんですか?などと聞いてくる。釣り船の仕事もしているらしく獲物がない時にお客に釣らせたいので仕掛けを教えてくれという。そんでもって、「ここらくらいなら釣りをしていても大丈夫ですよ。」などと優しい言葉までかけてくれる。



そして今度はバッチ網がやってきた。水揚げ用の船が近づいてくるので、これまた、「邪魔だ。」と叱られるのかと思いきや、「釣れるか~?避けて進ませるからそこで釣っといて~。」という声をかけてくれた。



加太ではいつもいじめられているので被害妄想が大きくなってしまっているのに間違いがない。

そしてもう一つ思うこと。
僕もそろそ老後の生活などというものを考えないわけにはいかなくなってしまっている歳に差しかかってきている中で、こんな人々の生活はなんともうらやましく、チーママならぬ“チー船頭”なんかに雇ってもらうことはできないものだろうか。
少なくとも、イカの釣り方を聞くような船頭よりもいくらかは魚を釣らせることはできそうだぞ・・・。

今朝の気温はグッと寒く、前回はかなり暑い思いをしたので薄着で出たらずっと凍えながらの釣りになってしまった。空気が乾燥して澄んでいるので放射冷却というのだろうか、海面には気嵐が流れ、初島は浮島になっている。

  

中途半端に気温が高く推移しているので着ていく服に悩んでしまう。
それでも寒いながらもアタリは続き、これ以上釣ってしまうと持ってきた箱に入らなくなると思い、午前9時過ぎに終了。
案の定、箱には入りきらず、いつものおじさんの家に届けるイカはスーパーの袋に入れたまま。少しでも減らそうと同級生の渡船屋にも放り込んでやっと蓋をしてひもでしばることができた。

今年はやっぱりすごいぞ!





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「葡萄街道の殺人」読了

2015年12月04日 | 読書
平岩弓枝 「葡萄街道の殺人」読了

平岩弓枝というと、時代小説の作家のお印象があり、でおのずから僕の読まないジャンルの作家なのだが、前に読んだ本にこの本が紹介されていて、現代の小説なので読んでみた。ストーリーはサスペンス仕立てなので、これもまず読まないジャンルだ。

サスペンスのストーリーを話すわけにはいかないが、最初のアホらしいほどの展開が後半にどんどん変わっていくというのは、先に読んだ、「齟齬」というストーリーに比べるとはるかに上級だ。
しかし、本であることの悲しさ、ここらではまだ終わらないからどんでん返しが待っているぞと構えてよんでいるとドキドキ感が半減してしまう。サスペンスはきっと電子辞書で読むべきなのかもしれない。
そうなると、電子辞書とオートマチック車はあまりにも味気ないと考えている僕にとってはますます読むジャンルじゃなくなってはくるのだ。
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