イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「地図のない道」読了

2018年03月31日 | 2018読書
須賀敦子 「地図のない道」読了

この著書についても著者についても僕はまったく知らなかったのだが、発刊当時はかなり話題になった本らしい。

タイトルの「地図のない道」に加えて「ザッテレの河岸で」の二編のエッセイが収録されている。
「地図のない道」は、友人から贈られた1冊の本からヴェネツィアの「ゲット」に思いをはせるもの。「ザッテレの河岸で」は、同じくヴェネツィアの「リオ デ インクラビリ」という水路からイタリアの高級娼婦「コルティジャーネ」に思いをよせる。

ゲットというのはムッソリーニの時代、ユダヤ人の迫害のために設けられた隔離地区のこと。「リオ デ インクラビリ」は治癒の見込みのない患者の水路という意味である。
1943年、ヴェネツィアではナチスドイツの侵攻に合わせてユダヤ人の強制収容が開始された。友人から贈られた「一九四三年、一〇月一六日」という本を読み、過去にゲットを訪ねたこと、そして友人のことを思い出す。当時は1968年、そのゲットの惨劇を経験した友人もいた。

「インクラビリ」という言葉は“治癒する見込みのない病人”という意味だそうだ。その水路のそばにそういう病院があった。そしてそこに入院したのは身分の低い娼婦だったそうだ。当時は不治の病で合った梅毒に罹った女性が収容されていた。

イタリアというと、なんとも陽気で、アモーレ・カンターレ・マンジャーレと言う言葉が本当によく似合うイメージがあるけれども、そうやって心に傷を負いながらも明るく生きている人たちがいる。
著者は後年、そのインクラビリを探すのだが、どうしても入り口にたどり着くことができなかった。それを神様に、「まだ来るのは早い。」と諭されているようだと書いている。著者も夫と結婚して2年で死別したそうだ。それでも前を向いて歩いてきた。

地図「に」ない道ではなく、地図「の」ない道を手探りで一生懸命歩いてきた。そういう意味がこのタイトルには込められているように思う。

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加太沖釣行

2018年03月29日 | 2018釣り
場所:加太沖
条件:中潮 5:12満潮 11:08干潮
潮流:5:24 上り2.9ノット最強 9:08転流
釣果:ハマチ 1匹

風が吹いたりワカメを採ったりで久々に加太へ釣行した。
今回も上り潮が転流に向かうあまりいい潮回りではないが、ここ2回、まずまずの釣果があったので期待を込めての出撃だ。

風もなく、気温も高くて、今日はヒートテックもなしでヤッケだけを羽織っただけで全然寒くない。
例年なら、防寒着を脱いだ後はカッパの上下を着て出撃するのだが、今年は気温の上昇が極端だ。



今日はテッパンポイントよりも田倉崎の沖に船団ができていたので、ここは郷に従えで船団に混ざって釣りを開始。薄いピンクのビニールと毛糸の混合でスタート。



しばらくしてアタリがあったがすぐに放されてしまった。
それから1回アタリがあったがこれもすぐに放されてしまった。今日はなかなか渋い。おまけにこの時間ですでに潮流は転流に向かっている。
このポイントを諦めてまだ潮が動いているかもしれない銅板ポイントへ移動。しかしながら同じようなことを考えているのか、漁礁の真上には帝国軍が数隻。その辺縁で仕掛けを下すがアタリがない。
ここもダメだとすぐに観切って大和堆ポイントへ。ここには同盟軍が数隻いるだけだったので山のてっぺん周辺で釣りを開始。何回かてっぺんの周りを行ったり来たりしているとやっとアタリが出た。もう、完全に潮が止まっている午前9時。
もう、まったくの幸運としか言いようがない。



かなり底で食ったので真鯛かと期待したがハマチであった。まあ、なんでもいい。獲物があれば。

次の潮を待つには忍耐力がないので午前9時半に終了。

帰途は春霞。まったく目標が見えない。



田倉崎からかなり離れているので方向感覚がない。GPSを見ながら針路を決めてみるのだがコンパス(といってもカー用品店で買った380円の安物だが・・)の方角とはなんだかしっくりいかない。少し針路を間違うだけでまったく違うところに行きついてしまうので慎重に針路を見極めなければならない。
そんなことを思うと、14万8千光年を旅してイスカンダルまで行った宇宙戦艦ヤマトの方向感覚は異常なほど正確であったと感心してしまう。

港の中に入ると章魚頭姿山の桜は満開になっている。思わず見とれていると係留場所を通り過ぎてしまった。



家に帰ってハマチを捌くと胃袋からはこんなイカが出てきた。



胃袋にはパンパンにイカが入っていた。グミイカよりもかなり大きい。ヒイカと言うそうだが、今度の釣行ではこのサイズのビニールを用意しなければならないようだ。


午後は恒例の給油がてらに桜見物。今年は紀三井寺と章魚頭姿山を回ったが、現地に歩いてたどり着くともうへとへとになって花見どころではない。しかし、ジャスト満開の桜はきれいなものだ。

  





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「うしろめたさの人類学」読了

2018年03月27日 | 2018読書
松村圭一郎 「うしろめたさの人類学」読了

筆者は構築人類学というものを研究している学者だそうだ。ネットで検索しても著者の名前しか出てこないのでまだまだ新しい学問のようだ。

著者の理論では、社会、国家というものは人間関係の単位の集まりが積み重なってできているという。世界の中で国家という器があり、自治体の単位があり、それを細分して町があり、集落があるというようなドリルダウン的な構造ではなく、ご近所づきあいの集合体が自治体になり、国家に拡大してきたのだというのである。

そして、そのご近所づきあいの根幹をなすのが、「贈与」というものである。要はプレゼントだ。プレゼント(贈り物)というのは相手が欲しているものとは限らない。たとえば、バレンタインのチョコレート。僕もこの歳だから、けっこうチョコレートというものはお腹に堪える、あとからお返しもしなければならないのでできることなら避けたいものだ。しかしながら、その贈り物にはほんのわずかでも贈り主の僕への感謝の気持ちが含まれているかもしれない。そしてその気持ちに答えるために僕は1ヵ月後にウメボシなんかを買ってきて配ってみる。そして、配らないでいるとうしろめたさを感じたりするわけだが、そのうしろめたさという気持ちが人と人をつなぐ接着剤の役割をしていて、社会を作る基盤になっているのではないか。
貨幣経済が発展してくると、「贈与」の習慣が薄れてくる。人は貨幣との交換によって自分の欲しいものを欲しいときに手に入れることができる。ようは効率化されるわけだ。もちろん、生活が豊かになるためには効率的な部分は必要で、そうなってゆくのは必然である。その間をうまく取り持ってよりよい生活の場を作ってゆく方法はないものかと模索する学問が構築人類学であるらしい。

また、人と人との助け合いもうしろめたさが後押しをする。例えば、電車で席を譲る行為。足腰の弱そうな老人が優先座席の前に立っているとやはり自分が座ったままではうしろめたさを感じる。自然災害で苦しんでいる人をテレビのこちら側のぬくぬくした場所で見ているとやはりうしろめたさを感じる。それは人がもっている平等感覚から来るもので、社会を構築するうえで必須のものだという。

なるほど、そんな考え方もあるのかと考えさせられる。確かに、奈良時代、律令国家みたいなものできる前までは日本人もそんな生活をしていたのだろうから、歴史の長さで言うと今のような、おカネがすべての価値観の基準になった時代の方がはるかに短いのだ。

そんな実際を、まだ貨幣経済が発達していないエチオピアでのフィールドワークを通して検証しようというのが本書であるけれども、どうもしっくりこない。
著者が言うように、「贈与」が作り出せる社会とは相当小さな規模までだ。国際援助も贈与のひとつの形態で平等意識の現われだとは書かれているが、ちょっと違うような気がする。
著者も触れているけれども、その側面は経済戦略でもあり、その面から見ると善意のかけらもない。それを国家レベルの未来の方向性と結びつけるのはいささか無理な気がする。
それは量子論とニュートン物理学が折り合わないという現象に似ているだろうか。

この本は170ページほどのボリュームだが、その3分の1は著者のカンボジアでの生活が日記形式で書かれている。だから、人類学として考察されている部分は約100ページ。
それを見てもまだまだこれからの学問ようだ。著者にはよりよい世界を築くため、より高みを目指してもらいたい。

そんな未知の学問の本をどうして僕が手に取ったか。
当然ながら、「うしろめたさ」ということばに惹かれたわけで、仕事もできないのに遊んでばかりいるわが身を思うと、この本で使われている意味合いとは別のうしろめたさを感じる。多分、それは会社や社会に対するうしろめたさではなく、自分自身、もしくは人類の範疇を超えた何かに対するうしろめたさのような気がするけれども、それをなんとか慰めてくれるか、もしくは無理やりにでも正当化してくれる、ようは、心に傷を負った釣り師が何者かに許しを請えるような、そんな内容を期待していた。
しかし、よく考えてみると、それなら、タイトルは「人類学」ではなくて、「心理学」だったりするのではないかと読んでいる途中で気がついてしまった。だから後半はよけいにチンプンカンプンになってしまったのだ。
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タラノメ採り、ワカメ採り、そしてお花見

2018年03月26日 | Weblog
前の休みはその前の数日がかなり寒かったので第2ポイントを温存しておいた。今日は昨日、おとといとかなり気温が上がった。絶好のタイミングではないだろうか。
そして遅くなりすぎたが最後のワカメ採りにも行きたいので今日は夜明け時間前に家を出た。人知れず採集するにも早朝は都合がいい。

予想通り、第2ポイントのタラノメはじゅうぶんに大きくなっていた。



ここは今年も荒らされいないのでホイホイ採っていくと、あっというまに僕のヤッケの胸ポケットがいっぱいになってしまった。



第3ポイントに移動する頃にやっと朝日が昇ってきた。



第3ポイントは細い株ばかりなので食べられそうなものだけを採る。第4ポイントに1本だけあるタラノメはまだ硬い。ここは北向きの陰になっているところなので大分遅いようだ。

家に帰ってザルに並べてみるとザルがすべて埋まってしまった。



今年はなかなかいい感じでタラノメ採りを終えることができた。と、いうことは、前回採ったタラノメも今日まで置いておくともっと大きくなっていたということだ。
「毒蛇は急がない。」という箴言があるけれども、まさにその通り。じっと待って一気に突く。山菜採りにも風林火山の心構えが必要だ。
しかし、このタイミングはどうやって計ればいいのだろうか。なにかいい手立てはないものか。たとえば、桜の開花となにか関係はないものだろうか?
第3ポイントの近くのお寺の桜は八分咲きというところだった。



そして第4ポイントのそばの桜はまだつぼみだった。そんな関連性というものはないだろうか・・。


そんなことを考えながら今度は荷台の箱をコンテナボックスに変更し、ワカメを求めていざ海へ。

 ⇒ 

僕の三輪車は変幻自在。サンダーバード2号のようだ。


ワカメはさすがに大きくなりすぎていた。これでは食べられないといくつかの場所を探っていると、オーバーハングになっているところでまだまだ若そうな株をみつけた。ワカメが密集しているところでかつ白い軸が見えないところにカネを突っ込むとそんな株が上がってくる。多分、光があまり届かないことと、密集しているせいであまり大きくなれないのだろう。もしくは最初に生えた株の間から新しく生えてきたものだろう。
最初のうちに採ったワカメのほとんどを捨てて新たに採り始める。
あまりたくさんは必要ないので今日はこれだけ。



しかし、その後も柔らかい株だけを選んで残りは捨ててしまうのでこれだけ採るのに1時間半もかかってしまった。

再び家に帰ってワカメを干して残してあったテングサの掃除をするともうふらふら。

それでもお昼ご飯を食べてバイクのオイル交換をしに行って図書館に本を返却し、和歌山城へ。
まだ八分咲きというところだろうか。



今日は一気に春の三連発となった。


 

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「やわらかな生命」読了

2018年03月23日 | 2018読書
福岡伸一 「やわらかな生命」読了

この本は一応、生物学の書架に並んでいたけれども、中身はエッセイだった。週刊文春の連載を単行本化したものらしい。かの文春砲もこんな格調高いエッセイを連載していたことがあったのだ。(まあ、今でも巻頭のえげつない記事を除けばそこそこまともな週刊誌とは思うけれども・・・。)
山中伸弥教授がノーベル賞を受賞した話が載っているので、連載の年代は2012年ころだったのであろう。

さすがに生物学者だけあって、少年時代は昆虫オタクだったそうだ。僕も昆虫は大好きだったが、獲ったら満足でそれから何かのテーマを持って観察なんかをしようと考えたことがなかった。そこが後に大成する人と世間に埋もれてしまう人の分かれ道だということがよくわかる。
筆者は通奏低音と表現しているが、小さい時の興味がどれほど長く続き、こころの中に刻みつけられるか。それはその人自身の素養にも左右されるとも思うが、生活環境にも影響されるのだと思う。僕ももう一息いい生活環境があればもっと違う生き方もあったのではないかと思ったりもする。しかし、そんな道を歩んでいたら、魚釣りという愉しみはなかったかもしれない。そう思うと、人生は何が幸いするかはわからないということかもしれない。

著者はまた多才な人で、顕微鏡の歴史に興味を持ち、歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を観察した人に行き着く。このひとは精子を世界ではじめて見た人だそうだが、フェルメールと同時代の人で同じ町で生活をしていた。精密なスケッチが残っていて、本人が書いたものではなく、絵の達者な人に描いてもらったという記録が残っている。著者は、その絵の達者な人というのはフェルメールのことではないかと推理し、絵画の世界に興味を持つ。特にフェルメールについての造詣は相当なものだ。音楽にも非常に詳しく、そんなありとあらゆるジャンルの話が出てくる。そしてそのほとんどが著者のいう、生物を定義する最大の特徴である「動的平衡」につながるようにまとめている。文才もすばらしい。

本来なら別の分類の書架に収まっているべきではあるのだろうが、図書館というのはきちんと分類されて整理されているので自分の興味のある書架の方にしか行かないのでこんな間違い?は大歓迎だ。

人間の体は約60兆個の細胞で構成されているそうだ。それが何の指揮のもとでもなく自発的に分化しひとつの体を作っている。僕のような世間にとってはいてもいなくてもどっちでもいいような人間にもそんな機能が備わっていて、おまけに指を切っても1週間もすればどこを切ったかわからないようになるほど精巧な修復機能まである。冬の間にできてしまったしもやけの血が凝固してしまったところもペロッとめくれてしまった。ページをめくる指先をふと眺めて、なんとも不思議に思うのである。


共産主義者が「細胞」という言葉を使うときは、その徒党のメンバーひとりひとりことを指す。それはきっと、全員が同じ思想を持って同じ方向に向かっていかなければならない、しかもひとりひとりが行動しろという状況をよく現していると共に、メンバーにそれを強く印象付けるために使った言葉であると思う。ついでに増殖もしなければならないという意味も含まれているのだろうか。まさしく言いえて妙である。
軍隊は規律と罰則で無理やり行動を強いるけれどもそこが「細胞」ではないところである。

僕は「細胞」のように集団行動をするということがなんだかそこに飲み込まれてしまうようで大嫌いだった。だから、制服というものがまったくダメだった。ずっと昔、会社で草野球のチームを作るからユニフォーム代を払えと言われたときも、なんで今さら・・と思いながら3万円ほどを出した記憶がある。
だから、今でも集団の中にいることが結構苦痛だ。じゃあ、なんで会社員をしているのかというのは、もちろん単細胞生物のように直接外気に触れるような生き方をすると即死してしまうからで、会社は僕の生命維持装置なのである。
本性を隠して(あまり隠せてはいないけれども・・)「細胞」のふりをするのもけっこう辛いものがある・・・。言ってみればガン細胞のようなものかもしれない。
人の心も細胞のネットワークが作り出しているそうだ。僕の60兆個の細胞はそんな心の構造を作り出すことを強いられていて矛盾を感じないのだろうか?
まあ、あと数十年、暴走せずにだまされ続けてくれ・・・。
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テングサ採り

2018年03月22日 | Weblog
今日の休みも停滞。
午後から干潮に入るのでテングサ採りに出てみた。

昨日は相当風が吹いて今朝からもかなり風が吹いていた。こんな状況の後はテングサが海岸に打ち上げられていてたくさん採れるのだ。
雨が少し残っていて寒い日なので、こんな日に海岸にやってくるのは僕だけではないだろうかと思っていたがさにあらず。たくさんの人たちが来ていた。
聞いてみると、その人は奈良からやってきたそうだ。すごい。



ここでは僕は若手のようで、何人かの人から、「兄ちゃん」と呼ばれた。磯の釣りとは大違いだ。この人たちは全員ワカメ採りなのでお互い敵対することはない。
和気あいあいと収穫を続けていると、家に帰って処理しきれないほどの量になってしまっていた。
午後4時に帰宅し、2時間ゴミ取りをしたが、3分の1以上残ってしまった。まあ、テングサは腐ることがないのでビニール袋に突っ込んで次の休みに処理を再開してみようと思う。

予報では次の休みは好天だ。タラノメも最終だし、ワカメも採りに行かねばならない。それに加えて残りのテングサの処理となると、慌ただしい1日になりそうだ。


家の近くに、コーナンプロがオープンするらしい。歩いても行ける距離だ。これはうれしい。なにかと便利になりそうだ。

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タラノメ採り

2018年03月19日 | Weblog
ワカメの次はタラノメだ。ワカメも採りに行きたいのだが、今朝は南風が少し強くておまけに満潮で午後から雨が続く予報だ。

前回の第1ポイントの様子だと第2ポイントも採れそうだ。
まだ少し早いようだが食べられそうな芽もある。



本当の採り頃は次の休みという感じだ。

第3ポイントにも回って1食分くらいは採れただろか。



第1ポイントは荒らされ放題で、ここ第2ポイントは何かの工事の準備なのか藪は刈り取られタラノメの林がむき出しになっている。もう、風前の灯という感じだ。いつまで採れるのだろうか・・・。

第3ポイントは無傷だが、株の数が少なすぎる。いよいよ新しいポイントを開拓しなければならないようだ。

港に回ってシャフトの水漏れを直すためスタンチューブを追加した。



相変わらず船の振動は激しい。シャフトも回転中にぶれているものだからスタンチューブが圧迫されてすき間ができてしまう。締めこんでも締めこんでも出港するたびに水が漏れてくる。
夏になる前に上架したいと思っているけれども、果たして原因の究明と修理はできるだろうか・・・。


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「すばらしい新世界 」読了

2018年03月18日 | 2018読書
池澤夏樹 「すばらしい新世界 」読了

主人公は風力発電用の風車を作る技術者である。奥さんは環境保護のNGOで働いていてその流れから、ネパールに小型の風力発電機を設置することになる。
そこでの体験の物語となっている。

池澤夏樹の本はずっと昔、30年ほど前だろうか、「母なる自然のおっぱい」という本を読んだことがあるだけだった。内容もまったく覚えていなくてネットに上がっている感想文などを読んでいると、人と自然のかかわりや文明論、環境問題について書かれていたらしい。タイトルだけはよく覚えていた。

この本のストーリーも、行き過ぎた文明、自然と人間、そして信仰、そんなものの関係の中で、何が一番人々に幸せをもたらすのかというようなものを考えさせられるものになっている。
この本が出版されたのは2000年。5年前には地下鉄サリン事件があり、1年前には東海村JCO臨界事故があった。このような状況を見て、著者はきっと人の心も文明も袋小路のようなものに入ってしまったのではないかと思ったにちがいない。
インターネットや経済のグローバル化が顕著に発達したのもこの頃だ。エントロピーは極大化し、世界はどこを見ても同じになりつつある世界を見て、これでいいのか、人が幸せに生きることができる世界のサイズはもっと小さいはずではなかったかというのがこの小説の主題になっていると思う。
一方ではエントロピーの極大化に反して富やエネルギーは先進国と言われる世界に集中しつつある。そんな矛盾した世界のなかで幸せに生きる方法を著者自身が模索しているようにも思える。

エネルギー=電気というものは今や人の生活には欠かせない。あればあるほど便利になる。しかし使いたいだけ使うためには巨大なシステムが必要だ。しかしながらそれは人が操れないほどのものである。事実11年後には世界を驚愕させる事故が起こった。
グローバル化というものが本当に人に幸せをもたらすのか、効率的な生活が本当に人に幸せをもたらすのか。その対極にあるのがネパールのナムリン王国に建設しようとする風車である。そしてその社会のサイズは宗教が決める。人々が共通の宗教を共有する。それができる範囲はかなり小さい。日本でいうと、檀家であり氏子である。その中で生きてゆけるのが一番幸せではないのか。エネルギーもそのサイズで賄えることが一番効率的ではないのか。
主人公はそれをナムリンでの信仰の姿をみて悟る。それが小説のタイトルの、「素晴らしき新世界」だというのである。

経済と情報のグローバル化というのはどこまで行きつくのか僕には分からないけれども、それが破綻したその先には再び小さな範囲で完結する世界が生まれるのかもしれない。
僕にもそういう世界が人々に本当の幸せをもたらすのではないかと思えた。

700ページを超える小説であるけれどもまったく長さを感じさせない1冊であった。
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加太沖釣行

2018年03月15日 | 2018釣り
場所:加太沖
条件:中潮 5:49満潮 11:31干潮
潮流:6:08 上り3.0ノット最強 9:49転流
釣果:ハマチ 4匹 サバ 1匹 サゴシ 1匹

今日はワカメを採りに行こうか加太に行こうか迷ったのだが、気がつけば加太にも1か月近く出撃していない。大きい船のエンジンも回しておかねばと釣りの方に決定。それに明日は雨だ。ワカメが乾かない。
しかし、魚の方も、水温がかなり下がっていると聞いているので心配だ。まあ、ここ3日間は気温の高い日が続いているのでそれに期待しての釣行だ。

そして、暖かい日が続くとタラノメも気になる。港に向かう前に釣竿を持って山の方へ・・・。
第1ポイントは競争が激しい。偉そうにえ言えたものでもないけれども、ここにやってくるやつらはまったく山菜採りのマナーを知らないのではないだろうか。枝をのこぎりで切ってしまっている。画像のほかに数本あった。手が届かないのなら高枝切バサミを持ってくればいい。だからここはどんどん株が少なくなってしまっている。もうす数年ですべての株が絶えてしまうのではないだろうか。事実、ここの前庭の部分のタラノメは全滅してしまっているのだ。



と、言いながら、僕もまだまだ小さな芽を切り取ってしまうのだから同じようなものか・・・。




こんなことをしていたので、出港はかなり遅くなってしまった。今日の潮ではできるだけ早く出ておかねばならないのだが、水温が低くて今日は釣れないのではないかという予感がしていて、まあ、どうでもいいや・・・というかなり捨て鉢な気持ちも混ざっての出港だったのだ。



しかしながら、魚の方は、水温の低下というのはまったくの杞憂であった。魚探の反応はすこぶるよく、幸先よくサゴシが食ってきた。

第二テッパンポイントは船も少なく、アタリの出る範囲は狭いが、ポイントの上を行ったり来たりしながらコンスタントに食ってくる。ほかに釣れている場所があるのかもしれないが、やはり自信のあるポイントは強い。
午前9時を回って底潮がほとんど動いていない感じになり、アタリもなくなってしまった。

この時点で、帰るべきか、下りの潮を待つべきかを考えたわけだが、この前の法事で魚釣りの話題で盛り上がったいとこの家に魚を持って行こうと考えた。前のブログで書いた“やっちゃん”のお姉さんが紀の川市に住んでいる。その旦那さんと“すだのおいやん”の甥は父が生きている頃に数回、父の船に乗って魚釣りをしたことがあるらしい。法事が終わったあとの食事のときに、「お前のお父さんにはよく釣りに釣れってもらったんだよ~。」と酔っ払いながらみんなで盛り上がっていたのだ。
父もこのいとこの家までスーパーカブに乗って魚を届けたこともあったらしい。そんな父親がつないでくれていた縁が再びつながったような気がして僕も魚がたくさん釣れた日にはいっちょう持って行ってやろうかと考えていたのだ。
さすがに橋本までというとかなりの道程だが、旧の打田町までなら家からちょうど30分。京奈和道はなんと便利なことか。



もうすこし暖かくなれば今度は僕の船に乗って釣りをしてもらおうと考えている。一度は細くなっていた縁だが、京奈和道が再び太くしてくれそうなのかもしれない。

午前10時過ぎにはこんなに穏やかな海であったが、昼前から思いのほか南風が強くなってきた。



3月の天気は侮ってはいけない。だから今日の早上がりは結果的に正解だったようだ。

記録:



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ワカメ採り

2018年03月13日 | Weblog
やっとワカメを採りに行ける。
例年ならこのくらいの時期、3月の2週目頃に採りに行っているのだが、前回の調査を見てみるともっと早くに採りに行くべき状況だ。しかしながらあれからずっと休みの日はいつも雨が降るか風が吹いていた。

そして、今日。
この上なくいい天気が巡ってきた。風は穏やかな東からの風だ。



いつものポイントまで順調に航行。早速カネを沈めてみるとワカメの感触がはっきりわかる。そして今年のワカメは大きくて長い。水温が低くてたけることなく大きくなることができたのかもしれない。ここ数年では最もいい出来ではないだろうか。

ホイホイ収穫にいそしみ、1時間半ほどでこれだけになった。



愛車の荷台のコンテナボックス一杯の収穫だ。



家に帰って干してみると物干し竿6本分になった。
例年の1回分の約1.5倍というところだろうか。先の方は少したけているものもあるけれどもヒネてくるとデッキの上に流れ出す茶色い汁もほとんど出て来なかったので質としてもいいのではないだろうか。
やきもきしながら今日を待っていたけれどもなんとか今年も間に合った。
春はいつもこうだ。季節の進み方が早いうえにやりたいことがいっぱいある。

在原業平の歌になぞらえると、「世の中にたえてワカメのなかりせば 春の心はのどけからまし」
そんな感じだ。春のミッションをひとつ終えることができた。

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