イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「ミズノ先生の仏像のみかた」読了

2019年06月24日 | 2019読書
水野敬三郎 「ミズノ先生の仏像のみかた」読了

本書は、どの仏様がどんな姿をしているか、どんな持ち物を持っているかということの解説ではなく、時代の変遷とともに変化した表情、作成法、使われた素材というものをインタビュー形式で解説している。著者は、仏像美術史学者という肩書を持っている人だそうだ。

美術品として仏像の様式は、鎌倉時代の運慶や快慶のころから以降は大きな変化がないそうだ。たしかに、江戸時代の仏像で、「これはすごい。」というものを聞いたことがなく、奈良や京都の仏像が紹介されることが多いのは、その後はあまり大きな変革というものがなかったからだということがわかった。話題に乗せようとしても大きなトピックスになるものがなかったということだから僕みたいな知識がまったくないものには触れる機会がなかったのは当然だ。

日本で造られた仏像で最古のものは法隆寺にある釈迦三尊像であるのだが、お顔を拝見している(写真でだけだが・・)とどうもアンバランスな感じがしていた。これは僕の思い過ごしではなく、仏像のデザインがガンダーラから東に伝わっていく過程でそれぞれの国の人々の顔の特徴を取り入れながら少しずつ表情が変わってきたのだが、それが日本に伝わったとき、鼻梁のはっきりした形やガンダーラ風のアルカイックスマイルの口元の表情が残ったけれども、目は日本人っぽく造られたというのがあのお顔だそうだ。西洋人は二重瞼の人がほとんどだが、日本人は一重まぶたの人が多い。法隆寺の仏様も一重まぶただそうだがそういうところにどうもその原因があるようだ。それでもやはりその荘厳さになんのほころびもないのだ。
その後、日本の国では様々な時代背景を経て定朝様ひとつの完成を見せることになる。丸みを帯びた輪郭とふっくらとした体つきは平和な時代と極楽浄土の世界を体現した。
時代は武士の時代になり、質実剛健さが加わる。そして密教では憤怒の像が加わりここで日本の仏像のデザインは固定され、のちの時代は円空仏のようなものを除いてはほぼすべてどの時代かのデザインを踏襲するようになる。
おおまかだが、こんな歴史があるそうだ。

その中で、定朝の時代の前、世の中の災いは怨霊や呪詛、疫神の仕業であり、そういう恐ろしい存在を鎮めるために厳しい表情の仏様が現れる。

僕は定朝よりもそんな表情の仏様に魅かれる。やはり仏様には世の中を厳しい目でみていただいてそして僕をそんな世界から救い出してほしいのだ・・・。
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加太沖釣行

2019年06月22日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:中潮 3:02干潮 8:23満潮
潮流:4:19 下り 1.7ノット最強 7:41転流 9:56 下り0.5ノット最強
釣果:マアジ 3匹

さて、今日はどこに釣りに行こうかと考えていると、昨日、半日一緒に仕事をしていた先輩が、「加太の港内はイワシか何かの小さな魚でいっぱいやったで~。あれに大きな魚も付いてるんとちがうか~。」とおっしゃる。このY先輩のお父さんは今は引退しているとはいえ元はバリバリの帝国軍の戦士だったのだ。お父さんがまだ現役のころ、一度教えを請わせてくださいとお願いしていながら僕が異動になったため実現しなかった。これについてはずっと残念に思っている。息子であるY先輩は船酔いするんで僕はダメとなんとも情けない。偉大なレガシーが失われてゆくのだ・・。

このY先輩の情報とフェイスブックにアップされていた加太の仕立て船の情報を加味して今日は加太へと針路を定めた。朝いちばんは下り潮なので職場のN氏の教えに従って沖ノ島の西の端、コイズキへ。



このポイント名、漢字では「鯉突き」と書く。なんで海の上なのに鯉なのだろう?
昨日は夏至だったので今朝も夜明けは早い。そして朝一番の下り潮を釣りたいと考えていたので午前3時50分に出港。コイヅキに到着して3回ほど上り下りを繰り返したころにやっと朝日が見えてきた。



それでもこの時刻、午前5時6分。夜明けは早い。

そして最強速度を過ぎているけれども潮の流れも速い。ただ、表層も下層も同じ速度で流れているのか、仕掛けはうまく立っている。ポイントに到着した直後はアタリはなかったけれども、1時間後くらいだろうか、真鯛ではないいきなりグッとくるアタリが出た。かなり大きなマアジだ。多分40センチを超えていたのではないだろうか。本命は真鯛だがこのマアジも狙っていた。加太では鬼アジと呼ぶが、むちゃくちゃ美味しいのだ。これだけ大きいとどれほど美味しいのだろうかともう満足してしまった。
その後もこのポイントで行ったり来たりを繰り返して合計3匹。やはり時合なのか、知らない間にたくさんの船が集まってきていた。



転流を過ぎて午前8時にナカトへ移動。



ここで上り潮を釣ろうと考えていたが、ここはもぬけの空。そしてそのとおりアタリがない。おまけに最後の仕掛けをすぐに失ってその後はY先輩の言葉を信じてエビングをやってみるけれどもこれも不発。午前9時に終了。
午前8時には実質的には釣りが終わってしまっていた。

ゆうべ、復活したBSを見ていると「魔界転生」という映画を放送していた。天草四郎の役をやっていた沢田研二もすごかったが、やはり柳生十兵衛役の千葉真一と柳生但馬守役の若山富三郎の戦いの場面は圧巻だ。こんな殺陣の映画というのは金輪際作られることはないのだろう。そして妖怪となった柳生但馬守を斬るために鍛えらえれたのが妖刀村正だ。村正役の丹波哲郎が、「この剣は神に逢ては神を斬り、魔物に逢ては魔物を斬るものであります。」と言って果てるのだが、僕にも鯛に逢ては鯛を釣り、キスに逢てはキスを釣り、タチウオに逢てはタチウオが釣れるような妖竿を鍛えてくれる人はいないだろうか・・・。しかし、それも十兵衛ほどの腕前がなければ宝の持ち腐れでしかなく、やっぱり僕ではだめなのだ・・。

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双子島沖~マリーナシティ沖釣行

2019年06月18日 | 2019釣り
場所:双子島沖~マリーナシティ沖
条件:大潮 6:03満潮
釣果:キス31匹 キビレ2匹

気がつけば小船に1ヶ月も乗っていない。そう、前回乗ったのは鼻血が出たその日の朝。あの日からずっと不調というか、不定愁訴というのかもしれないが、すっきりしない日が続いている。今日も釣りから帰ってきて庭の植木を1本丸刈りにしたのだが、ときたま目眩がするし息も上がりがちになる。



鼻血の原因が血圧が高いからかもしれないと言われてずっと薬を飲み続けているのだが、丸刈り作業をしたあとに血圧を測ると上が102mmHgだ。



これって低すぎなのではないだろうか。目眩がするのも無理はない。2回目に医者に行ったときに薬を変えましょうといわれたのだが、あの医者も適当に薬を飲ませときゃいいやなんてくらいにしか思っていないのではないかと訝しくなる。僕くらいの年齢の患者をつなぎ留めておけばあと10年は通ってくれると思って危ない危ないと煽っているだけのような気もしてくる。これでは怪しい経営コンサルタントと同じではないか・・・。

と、ボヤキはこれくらいにして釣果の報告を書く。
夏至まではあと3日だ午前4時を少し過ぎた頃にはもう東の空が薄っすらと明るくなってくる。まずは双子島のワンドでルアーを投げてみる。これは今日も不発。東の空もすっかり明るくなったのでキス釣りに変更。




小船で出ているので遠くには行きたくないと番所の鼻の北側に移動。いざ仕掛けを作ろうとすると・・・。天秤がない・・・。天秤のセットは大きな船に乗せている。石粉と小取りするトレーは持ち出したのだが肝心の天秤を持ち出すのを忘れていた・・。仕方がないので港に逆戻り。まあ、港まではそれほどの距離がないところなので往復で20分くらいのロスで済んだ。

いざ仕掛けを投入するとアタリはあるものの型が小さい。それにガッチョが多い。早いうちに移動しようと田ノ浦漁港の入り口へ。ここもアタリがない。



仕方がないので浜の宮の沖へ。



ここもアタリがない。風も穏やかなので、えぇい!マリーナシティだ!とこの船では最長となる航海を敢行した。



ここには5艘の船が浮かんでいて、確かにアタリが多い。ほぼ一投に一回はアタリが出る。ただ、ここも型が小さい。
順調に数を稼いでいるが、次第に風向きが西に変わってきた。そしてここまで来てしまって燃料が心配だ。小船のほうの管理はあまりにもいい加減で燃料の補給も適当にやっているのでどれだけ残っているのかというのもチェックを怠っている。だからなんだかお尻がむずがゆくなってくる。これはヤバくなる前に安全圏に戻っておかねばと再び双子島エリアに移動。残ったイソメを使い果たして午前10時に終了。



イソメはいつも港の近くの自販機で買う。セコいようだがいつも500円を買うか300円を買うかで迷う。



今日は近場であまり釣果も期待できないと思って300円をのパックを買ったけれども結構な量が入っていた。以前よりも多くなっているのではないかと思えるほどだ。300円のボタンは5個ほどあったが500円のボタンは1個しかなかった。ということはほとんどの人は300円で満足できるほどの量が入っているということだろう。去年はもっとたくさんの500円ボタンが並んでいたところを見るとやっぱり300円を買う人の方が多くなっているのではないだろうか。
人件費や原材料の高騰で徐々に物価が上がっているような雰囲気でいつも買い物をしている貧乏人のコストコで買っていた「なんちゃってジャンボモナカ税抜58円」も今日は68円に値上がりしていた。



そんな中で気のせいかもしれないがイソメの分量が多くなったような気がするのはちょっと気分がいいのだ。
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「窓際OL 会社はいつもてんやわんや 」読了

2019年06月13日 | 2019読書
斎藤由香 「窓際OL 会社はいつもてんやわんや 」読了

しかし、この人が窓際というのなら、世の中のかなりのサラリーマンが窓際ということになるのではないだろうか。この人が窓際なら、僕なんか窓の下だ。それも屋外の・・・。そういう場所というのは上の窓からゴミしか落ちてこないのだ・・。

サントリーという超々一流企業の広報に在籍しているひとで窓際あつかいされている人というのはいないだろう。広報という部署は大概の会社は総務部門の一部門であるから会社の中枢であり会社の中でも限りなく役員たちに近い職場だ。この本にもそんな役員のことが面白おかしく書かれている。それだけを見ても窓際であるはずがない。職務上、有名タレントや作家と交流し、おまけにこんな本まで出版してしまうのだから“窓際”という冠にシンパシーを感じて読んでいるこっちが白けてしまうのだ。

著者は北杜夫の娘である。ということは斉藤茂吉の孫ということだから超サラブレッドだ。この本は当時(2005年ごろ)の週刊新潮に連載されていたものを1冊にまとめたものだそうだ。このころ、健康食品の拡販に力を入れていたサントリーが著者の知名度を使って今でいうステルスマーケティングを展開するために彼女を使ったというところが本音のところではないだろうか。「マカ」というサプリメントを持って企業や官庁のそれもかなり中枢の人々に直接接触して配るにはヒラ社員のほうが都合がよかったということだろう。配りに来る人が北杜夫の娘で斉藤茂吉の孫だとなると、「そうですか~。」となるというものだ。広告上手のサントリーのやりそうなことだ。

しかし、サントリーという会社はエリートというか、サラブレッドというか、すごい人たちと言っても過言ではない人たちが働いているようだ。著者は北杜夫の娘だが、この本の登場人物には宮本武蔵の末裔という人もいる。東大、京大はざらで首席卒業かもしくは大学院卒ばかりが登場する。

ここからは僕の友人の話だが、歴史がある会社というのはえてしてそうなのか、都市伝説のようにコネというものが会社の中に存在する。そんなものはうわさ話にすぎず、やっぱり仕事のできる人が偉くなるに決まっていると思っていたそうだが、あるとき、その当時の上司が「今度異動してくる人はこんな人。」とカルテのようなものを見せてくれたそうだ。
人事権を持っているわけではない彼はそんなものをその時まで見たことがなく、自分にもこんなデータがあるのかと過去の失敗や悪事も書かれているのかと恐怖したと同時に、「紹介者」という欄があったことに驚いたそうだ。この欄が人事にどれだけの威力を発揮しているのかわからないけれども、「コネがあると出世する。」という命題が真実であるとするならば、コネというのは会社の中では十分条件に限りなく近いものであるのだと肩をうなだれてしまったと言っていた。

ならばサントリーでもそうなのかと思うけれども、サラブレッドとなるとまた意味が違ってくるような気がする。ある才能が発揮されるためには遺伝子のスイッチが入ることが必要なのだそうだ。そして、そのスイッチが入るためには育つ環境が非常に重要である。とこの前のNHKスペシャルでやっていた。だから、歌舞伎役者の子供が歌舞伎が上手かったり、政治家の子供が政治家になって総理大臣になるというのもあながちコネや人脈だけではないらしいのである。
だとすると、文学者の子供はやはり文才があり、ビジネスエリートの子供は優秀なビジネスマンになるということか・・。そしていい会社にはそういう人たちが続々集まってきてさらに会社は繁栄する。そういえば、就職活動をしていた30年前の当時でも、サントリーにはよほどのことがないかぎり就職はできないと聞いたことがある。能力もしかりだが、きっとそういう家柄みたいなものがものをいう会社ではあるのだろう。非上場の会社だからそれはもっと顕著だったのかもしれない。この本にはサントリーと社屋が近いフジテレビの話もよく出てくるが、この会社には遠藤周作や宇津井健の子供が働いていたそうだ。庶民が働いてはいけない会社、もしくはそういうものが十分条件である会社というのは意外とたくさんあるのかもしれない。貴族の社会というものは現代でもちゃんと存在しているのかもしれないということだ。
そんなことも思いながら読んでいるとますますシラケテしまった。

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水軒沖釣行

2019年06月12日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:長潮 2:02満潮 8:43干潮
釣果:ボウズ

今日が2回目の連休の最終日だ。前回5月の連休の時は鼻血で台無しになったが、今回は風邪で停滞してしまった。風邪のせいなのか、血圧の薬を飲んでいるからなのか、時折頭がぼ~っとなる。せめてもの救いは船底塗装を連休に入る前に終わっておいたことだ。

連休の最終日だがどうしても出勤しなければならない用事がある。まあ、どちらにしてもくだらない内容だが仕方がない。朝いちばんには事務所にたどり着かなければならないので勝負の早いチョクリに出発。

午前4時半、雲は多いが東の空はすでに白み始めている。帰宅しなければならない時間を考えるとそれほど沖へは出られない。前回調子がよかった水深40メートル付近を目指す。
塗りたての船は快調だ。数日前の大雨のゴミを警戒しながらの航行であったがほどなく目的のラインに到着した。



前回はすぐに反応があったけれども今日は厳しい。おまけに沖に出ると北風が強く船のローリングも激しい。それでも60号の鉛でなんとか仕掛けの傾きを保っている。
時折、魚探に反応があるけれどもアタリはない。周りに船はいなかったが、北の方から1艘の船が近づいてくる。多分、彼もアタリがなくて僕の船が粘り強く仕掛けを下しているのでひょとして釣れているのかと勘違いをしているのだろう。不調な時というのはそうやって無駄な船団ができてしまうという証明だ。



船長の彼に言ってあげたい。僕は今日、アタリがないからといって場所を移動する余裕はないのですよ。だからここで群れが通り過ぎるのを待っているのですよ。
約30分粘ってアタリがなければもうダメだろう。余裕を持って終了とした。

仕掛けを引き上げると仕掛けの幹糸にはびっしりとスラッジが付着している。



今までの経験上、こんな日はまず釣果が悪い。やっぱりこの前の大雨が悪いのか、それとも長潮が悪いのか。どちらにして今日は長居は無用であった。

午前7時になる前に帰宅となってしまったので午前8時半には事務所に到着。
僕の机の横の柱には加太周辺の海図を貼り付けてある。ここは作戦会議の場なのである。まあ、会議というよりも、教えを乞う場なのであるが・・・。




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「朝ドラには働く女子の本音が詰まってる」読了

2019年06月08日 | 2019読書
矢部万紀子 「朝ドラには働く女子の本音が詰まってる」読了

タイトルに、「朝ドラ」と入っていると読まないわけにはいかない。
ただ、書かれている内容はあくまでも著者の個人的な感想ばかりで、時代や世相の移り変わりがどのようにドラマに影響を与えたかみたいな文化的、社会的な側面はほぼ皆無。著者も書いているが、友人との飲み会での会話のようだ。松本人志の「遺書」や「松本」の編集者だそうだが、個人的な感想で本を1冊出版してしまうというのはなんとも大胆に思える。タイトルは、「働く女子の本音が詰まってる」だが、これでは著者の本音しか詰まっていないような気がする。
その感想を読んでいくとなんとなくこの人の好みがわかってくる。どうも好きなのはヒロ、インが結婚や恋愛で苦悩する場面と、イケメンの脇役たちだ。だから、「カーネーション」と五代様と嘉納様の評価が高い。逆にヒロインがたくさんの幸運に恵まれて幸せになってゆくストーリーには手厳しい。きっと著者の人生は山あり谷ありだったのだと想像する。

まあ、ドラマなんて自分勝手に解釈して観ればいいし、それをとやかく言うつもりもないのでこれはこれでよしとしよう。

著者の分析では、ドラマの脚本家が言いたいことというのは、それぞれの脇役のセリフに現れているという。たしかに、朝ドラのヒロインは「明るく、元気に、さわやかに。」がほぼ絶対条件で動かしがたいものがある。となると、いかに脇役にそれを言わせるかということが脚本家の腕の見せ所ということになる。実在の人物の立志伝では流れが決まっていてヒロインの意思の強さや力強さで押し切ることもできるのだろうが、完全オリジナルの物語ではやはりそこが大切である。「ひよっこ」では宗男叔父さんがそういう役回りであったし、あまちゃんではやっぱり夏さんであろう、あの、たぶん大失敗であった「まれ」でも紺谷弥太郎の、「漆は嘘をつくげ。輪島塗は特に何遍も何遍も漆をっちゃ塗り重ねていくがや本物やけど、手抜きしてとりあえず上からきれいに塗ってしもうたら、ぱっと見はわからん。騙す思うたら騙せるけん。ほやからこそ、騙したらダメねん。見えんでも嘘をっちゃついたらダメや。」というセリフにはうなされる。「ごちそうさん」にはそんなにすごい脇役がいたという印象はないけれども、テーマが、「食べることは生きること」なのだからだれも文句をいうことができまい。
いま放送中の、「なつぞら」ではその役割を泰樹さんと天陽君が担っているような気がする。放送開始からの2週間の泰樹さんのセリフの数々は歴史に残ると言っても過言ではないのだろうか。しかしその後の泰樹さんの扱いはなんだか狂言回しのようで少し悲しい。これからの挽回を期待したい。
天陽君はやはりなつとの別れの時のセリフだろう。
「俺にとっての広い世界は、ベニヤ板だ。そこが俺のキャンバスだ。 何もなく広すぎて、自分の無力を感じるけれど、そこで生きる自分の価値は、他のどんな価値にも流されない。」
加えて今週、展覧会で入賞した時のスピーチだ。「僕の絵だけは何も変わらないつもり、社会の価値観とは関係ない、ただの絵を描いていきたい。」これはまさに人はこう生きるべきだという脚本家の主張だろう。
しかし、出演者みんなが美男美女だからどうも現実感に乏しい。いくら北海道が広いといってもあれだけいっぺんに集まっているわけはなかろう。天陽君のかぶっている防寒用の帽子の柄はデザインかと思ったけれども、貧乏な家庭の設定を思うとあれはきっとツギ当てなのだ。しかしながら、天陽君があまりにもハンサムだからそうは見えないのだ。富士子さんも、それは酪農家の奥さんにも美人はいるだろうけれども、そういう奥さんにかぎって、「私は酪農なんて嫌いよ、絶対に家業のお手伝いなんかやらないわ。」というスタンスのはずなのだ。家族と一緒に乳搾りはやらないのだ・・。

まあ、そんなことはどうでもいい。著者は最後に、そのヒロインたちにも必ず共通して示しているものがあるという。それは、「堂々とせよ。」であるという。ヒロインたちはすべてが人生のなかで成功をおさめているわけではないけれども、必ず「堂々と」生きている。それは世間の目を気にすることなく、自分の価値観を貫いているということだ。これは天陽君のセリフにもつながるところであり、なつが東京で派手な洋服を着続けているところもそんな一端を示しているのかもしれない。もっとも、なつのあの服装は、「それでも都会の絵の具には染まっていないのよ。」という逆説的な意味を持たせている側面のほうが強いような気もするのであるが・・。その証拠に、咲太郎が寝起きでリーゼントの前髪が普通に垂れていたのも、いきがってはいるけれども、内面はそうではないのだという表現なのだと思う。
そして、「朝ドラの話にのれる男子は女子のお友だち。」であるという法則が展開される。その、「堂々とせよ。」に共感できる男性であるかどうかということが、女子と仲良くなれるかどうかのリトマス試験紙だと著者は言うのだが、どうもそれには共感ができるようなできないような・・・。

やっぱり最終的には、著者の本音しか詰まっていないような気がするのであった。
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水軒沖釣行

2019年06月06日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 7:25満潮
釣果:マルアジ サバ 匹数不明

今日は一昨日に上架した船を引き取りに行った。ちからさんは今日も仕事なので出勤前にウインチを操作してくれた。本当に申し訳ない。上架時刻と同じ午前5時半に作業をしてくれたのでそのまま沖に出てチョクリ釣りをやってみた。
昨日、一昨日はマルアジが爆釣だったそうなのだ。

和歌浦湾にはバッチ網の船がいっぱい出ているが船足はMAXなので難なく船の間をかき分けて沖へ向かう。



水深37メートルのところに差しかかったところで反応が出始めた。もう少し沖まで出て仕掛けを下す。置き竿をセットして手持ちの竿を伸ばしているともう置き竿にアタリが出た。サバはあいかわらず小さいがマルアジは大きい。魚が大きすぎて半分くらいは口が切れて逃げてしまう。大きいヤツほど逃げてゆく。しかしながらいつもの癖でついタモを使わずに抜き上げようとしてしまう。まあ、アタリはかなりあるので気にしないでそのまま釣りを続ける。
お昼までに血圧の検査に行かねばならないので午前7時に終了。型の小さいサバは海に還してやっても約1時間でこれだけの数ならまあまあというところだろうか。

叔父さんの家に手みやげ代わりに下心満載でアジとサバを届けて、「梅、ある?」と聞くと今年は出来が悪かったので全部実を落としてしまったというではないか。残念そうにしていると、じゃあ、知り合いの家から貰ってきてやるということで今年も無事に梅酒を作ることができた。



去年は梅にブツブツ穴を開けるのに苦労したので今年はこんなものを作ってみた。



釘が10本ほど出ているので作業効率は10倍だ。1本はヘタを取るために少し外に曲げておく。赤い彗星は3倍速いがこれはさらにその3倍だ。大したものだろう!
今年は少し甘さを控えめに作ってみた。1年後にちょうど飲み頃になるのだ。
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船底塗装

2019年06月04日 | Weblog
本当は先月の24日に上架をしようと考えていたけれども、その1週間前に突然鼻血がでてしまって延期をしていた。しかし、さすがに梅雨に入る前にはなんとかやっておきたい。今日は連休ではないのだが飛び石で休みをもらっているのでちからさんにお願いして上架をしてもらった。

いつもならタコ釣り名人さんがどこからともなく現れて舳先に乗ってくれるのだが、今日は見当たらない。ちからさんは、「今日は風も波もないから一人でも大丈夫。」と言ってくれるが、彼の操船技術と僕の操船技術には雲泥の差がある。ちょっと不安ではあるのだが彼の指導で船を台船の上に導く。

今日は無理を言って午前5時半に上架をお願いした。5月の後半から和歌山でも真夏日が続き、今の体力ではどれくらい持つか不安なのだ。万が一作業中に鼻血ブーとなったら一巻の終わりだ。できるだけ涼しい時間帯で作業を終えたい。
午前3時半に家を出発。それでも和歌浦漁港のスロープに到着したときには東の空が薄っすらと明るくなっていた。



和歌浦漁港から港まで徒歩で20分足らず。



船が漁港の入り口に差しかかった頃には朝焼けが見えてきた。今日も暑くなりそうだ・・。




予定通りの時間に無事上架が終わり洗浄作業を開始。今年の春はやはり気候がおかしかったのだろう、あまりカキ(和歌山では船の底に付着するフジツボや貝をまとめて“カキ”と呼ぶ。)が付いていない。FRPの部分はもとよりスクリューを含む金属部分にもほとんど付着していない。ペラガードの塗装がほとんど残っている。だから作業もはかどる。ただ、作業を焦りすぎたか、高圧洗浄機の洗い残しがところどころ残ってしまった。カキは着いていないが藻が着いているのでそれを残したままだと乾くのが遅い。そんな失敗もあったけれども午前11時にはすべての作業を終了。



暑さも雲が多かったおかげでそれほどでもなく、船底用の塗料も残っているぶんだけで塗り終えることができ、ペラガードも今までの半分の量で済んだ。ケチケチ作戦は大成功だ。
心配した鼻血も出ることがなかった。これで全快ということでいいのではないだろうか(高血圧はあいかわらずなのだが・・)。



作業が楽だったので体重の方はそれほど下がらずに69.6㎏。昨夜の体重が72.0㎏だったので2.4㎏しか減っていなかった。明日は会社の身体検査なので3㎏は減ってほしかったけれども甘かった。



何はともあれ、これで2艘とも船底塗装を終えることができた。これで夏を乗りきれる。




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「会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語」読了

2019年06月03日 | 2019読書
田中靖浩 「会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語」読了

出向しているころに、財務諸表を読めるようにならねばといくつかの本を読んでみたがやっぱりダメだった。さすがにあともな会計の教科書を読まずに、いわゆる、「3分で理解できます!」っぽいタイトルのものばかり読んでいてはそれもいたしかたがない。頭のできもわるいのだからなおさらだ。
会社の研修でも丸二日勉強したけれども、それが去年の夏ごろだったのでもうすでに脳みそが硬化してしまっているのだからやっぱり理解できなかった。

実務でも投資回収の計算なんかをやるのだが、これが売り上げ見通しをまったく嘘っぽく設定するので嫌になっていた。それと、ファイナンスというものはすべてのものを貨幣価値に換算して経営の判断にするというなんの人情味もない考え方にもなんだかしっくりいかない感じがしていた。
こういうことがわからないからオワコンになってしまったのか、それとも会社に対しては面従腹背の姿勢でいたことがバレバレだったからなのか、どちらにしてももう、オワコンになってしまってそんな仕事をすることもないのだが、ピタッと左右が合う美しさというか、合理的な形というか、そういうものには感心していた。

この本は会計学というようなものを抜きにして、中世のイタリアで生まれた会計というものがどういう必要性があって生まれ、どうやって発展してきたかを当時の歴史や文化を織り交ぜながら解説している。

歴史としてはこんな流れで会計というものは進化してきた。
会計の歴史のスタートは15世紀のイタリア、フィレンツェ。金融業を営む人々がその記録を付け始めたのが最初だ。そんな人たちのことを“バンコ”と読んだ。今の“BANK”の語源となったそうだ。そして簿記が始まる。これはルネッサンスの立役者でもあったメディチ家が遠方の支店を管理するために生まれた。メディチ家も金融業で財をなしたけれどもその会社運営方法は今でいう持ち株会社のような方法であり、各支店の管理をするための方法であった。

メディチ家の資本は自前で準備されたものだが、少し時代が進むと仲間内で資金を出し合って事業をおこなうようになった。投資とは配当を期待しておこなうものだが、年に1回は決算をして配当をする。そのために簿記が生まれた。1年後に残った資産と生まれた利益をはっきりさせるのだ。一緒に(=com)パン(=pan)を食べる人たちという意味で、“カンパニー”という言葉が生まれた。
さらにオランダではその規模が大きくなってくる。東洋との貿易で大きな利益を生み出すようになってくるのだがその資本を集めるために見ず知らずの他人(ストレンジャー)からも資金を集めた。東インド会社、(VOC)だ。そしてその株主たちに決算の情報を説明するために複式簿記を取り入れた。貸借対照表の登場だ。そんなストレンジャーに決算を報告(アカウント)するから会計のことを“アカウンティング”という。

そして産業革命のイギリスへ舞台は移る。産業革命の一端を担ったのは鉄道であるが、初期投資が大変だ。普通に収支を計算してゆくと最初は投資が回収できないので赤字が続く。それでは最初に投資した人たちに配当が回らないというので減価償却という考えが導入された。
それまでは会社の過去の実態を記録していた会計がアメリカに渡り会社の将来の姿(どれだけ利益を上げられるか。)という管理会計が生まれた。原価計算であったり、損益分岐点の計算というようなものだ。
メディチ家から後はずっと投資家のために会計というものがあったけれども、管理会計が導入されたことでメディチ家の時代=自分たちのための会計に再び戻るということになった。
さらに時代は進み、M&Aと情報がお金を生む時代になり、企業価値というものは何かということが考え直された。最初に書いた、ファイナンスという分野だ。すべてのものに値段をつけ、それがある将来の時点にどれくらいの価値を持つかということを考えて事業や企業に投資をする。


この本は、そういった会計の歴史を当時の文化とリンクさせながらたどっている。”バンコ”の時代、キリスト教の世界では金融業は日陰の職業であった。利息というのは時間の経過の中で生まれるもので、その時間というのは神のものである。その神のものを利用してお金を稼ぐのは悪だと言われた。レオナルドダヴィンチの父親もそういった職業のひとりであった。そしてキリスト教支配の時代、芸術も宗教画が中心であったが、株主というものが力を持ち始めたオランダの時代では肖像画が多くなる。レンブラントという画家が代表的らしいが、その注文者はその投資家たちであった。
産業革命を経て科学技術が発展すると写実的な画風は写真に奪われ印象的な絵が好まれるようになる。ターナーという画家が有名だそうだ。
アメリカ編ではデキシーからジャズ、R&B、ビートルズへの変遷を会計の歴史になぞらえているが、ビートルズやエルビス・プレスリーは将来を予測する管理会計、ファイナンスの発展の中の、将来に価値を生み出すたとえとして登場する。
ビートルズは著作権をメンバーが持っているのではなく、当時のレコード会社が持っていて、著作権料は本人たちに入ってこなかったそうだ。ということで、資本のような扱いになる。マイケル・ジャクソンがその権利を5300万ドルで買ったのはファイナンスの考えのとおり、今の5300万ドルと将来に渡って生み出す著作権料を比較すると、将来の価値の方が上回るという考えからだと書かれている。


しかしながら、僕は研修や教科書を読んでもこれがどうやって実務に生かせるのかということが今一つよくわからなかった。よくわからなかったからオワコンになってしまったのだけれども、なんとか実務に生かしてやろうという熱意もなかった。悲しいかな、それほどの興味を仕事の中に見いだせなかった。興味があれば、もっと、もっとと自分の範疇を超えていろいろなことを理解したいと思い、ネットワークを広げて仕事の幅を広げて認められていくのだろうけれどもそういうこともなかった。なんとか時間内でやらねばならないことをうっちゃり続けるのがやっとだ。わざわざ休みの日にまで出て行って机に座りたいとも思わなかった。わが社も働き方改革が叫ばれているこれども僕はその前後であまり変わったということがない。体力も劣っていた。最近は特にそう思う。トライし続けないと、チャンスは絶対に巡ってこないというのはよくわかるしかし、気持ちというのはフィジカル的に鍛えた体力があってこそ湧き上がるものなのである。

そう思うと、たとえ今と違った職業を選んでいたとしても結果は同じようなものになっていたのだと思う。男は職業を選び間違えると一生不幸になるというけれども、そう意味では結果が同じだと思うと悲しいかな、悔いが残ったということさえおこがましい。

それももう今までの話だ。そんなことを憂いても、人生とは二回やり直さなければならないものではない。だから次はこうすべきだと反省しなければならないこともあるまい。それだけが救いだ。

面白い本であった。
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「昆虫考古学」読了

2019年05月29日 | 2019読書
小畑弘己 「昆虫考古学」読了

昆虫が歴史を語ってくれても僕には何の関係もなく、それを知ったからといって僕の生活がどうこうなるかというものでもないが、タイトルがなんだか推理小説っぽくって面白そうだから読んでみた。

昆虫を使った考古学というのは、遺跡から発掘される昆虫の化石や死骸からその当時に人々はどんな生活をしていたか、そしてその生活様式はどんな伝搬のしかたをしてきたかというのを探り当てようとするものだそうだ。ここでいう昆虫というのは、穀物に取りつく害虫や、死骸に群がるスカベンジャーを指している。もっとも人の生活の近くの生きている昆虫たちだ。

昆虫というのは、約100万年の間ほとんど進化をしていないらしく、そうなると当然人間の歴史の期間中は現世界の昆虫相と変わっていないことになる。だから、現代の昆虫の分布と比較すると当時の気候や、人間が食べていたもの、生活様式までを知る手がかりになるということだ。そして面白いのが、昆虫そのものの化石や死骸ではなく、土器などに残る圧着痕がそれを知る最大の手掛かりになるということだ。昆虫の死骸や化石そのものは後の時代にもぐりこんだ可能性があるので確固たる資料にならなくて、土器を作ったときに土にへばりついて圧着された跡を調べてその昆虫が何であったかを探ると間違いなくその時代にその場所で生きていた昆虫であるということが証明できる。う~ん、なんとも奥が深い。

その痕跡を調べると、その地域で何を食べていたかもわかる。この本にはコクゾウムシという昆虫がよく出てくる。この虫は主に食べているもので大きさが変わる。具体的にはドングリを食べるよりもクリを食べる方が大きくなる。
土器の圧着痕の大きさを調べることによって、九州~西日本ではドングリが、東日本~東北ではクリが食べられていたことがわかるそうだ。

また、ヒトが死んだあと、経過時間によって群がる虫の種類が異なるらしい。その痕跡を調べることでどんな葬儀が行われていたかということもわかるそうだ。
ハエは人が死んでから10分後には集まってくる。数日後には蛆が湧き、その後は蛆などを食べる甲虫や蜂がやってくる。これらの虫は土中では活動できないのでどんな虫が死体に付いていかかで死後いつごろ埋葬されたがわかる。ハエや小さな蛆だけがみつかればすぐに埋葬され手厚い葬儀は行われなかったことになり、蜂や甲虫が湧いていれば長い間殯の行事が続いていたことになる。

しかし、土をこねている最中に虫が気にならないというのは、昔の人たちというのは、よほど虫が気にならないか、気にすると生活ができないほど大量に虫がいたかのどちらかということだろうか。ちなみに縄文時代ウンコの化石からも昆虫の痕跡が頻繁に出るそうで、意図してか偶然かどうかはわからないけれども口の中に入っていたそうだ。
現代の人々が聞いたら悲鳴を上げるような生活ということになるのだろうけれどもこうやって害虫とも付き合って生きてゆくというのがひょっとして普通の生活なのかもしれない。髪の毛にもシラミがうじゃうじゃいたであろうし、ダニにも食われ、お腹の中にも回虫がいたであろう。しかし、アレルギーの原因というのは一説ではこういう害虫があまりにも人間の廻りから無くなってしまったからであるという。この本は考古学について書かれた本であるけれども、なぜか最後は、病原菌を運ぶムシは避けるべきであるが、無菌、無害中の生活もほどほどがいいようである。と結ばれている。
太古を振り返って今の世界を見直せということなのだろう。

ただ、この時代の人々も害虫に手をこまねいてばかりいたわけではない。害虫駆除のために様々なものを使った。日本ではサンショウ、ヨーロッパではオリーブオイル、ミント、クミン、コリアンダーなどなど。今でいうハーブだ。これらは現代の食生活を豊かにするものだ。
これは、太古を振り返って先人の知恵に感謝をしなさいということなのだろう。
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