イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

紀ノ川の河口~加太沖釣行

2024年11月04日 | 2024釣り

場所:紀ノ川の河口~加太沖
条件:中潮7:55満潮
潮流:4:57転流 8:59上り3.2ノット最強
釣果:タチウオ2匹 ハマチ5匹(1匹放流)真鯛2匹 イサキ1匹 マアジ1匹

今日は菊新丸さんからもらった銀色のシートに助けられた。ハマチ以外の魚のすべては銀色に喰ってきた。鈴鹿市のゴミ袋と交互に取り付けての結果だから間違いなく有効性があったに違いない。




まずはタチウオ狙いから。とりあえず釣れなくなるまで行き続けるつもりだ。しかし、一昨日の雨と風はひどかった。まるで台風並みであった。翌日、紀ノ川の様子を見に行くと濁流に変わっていたので青岸の手前までで勝負しなければならない。



そして、やっぱりそこでアタリが出た。しかし型は小さい。タチウオ名人もやってきているので釣れ続けているのかもしれないが、アタリは続かない。2回アタリがあって合計4匹で2匹リリースしてここを後にした。
その頃には至るころから加太に向かって船が出てゆく。秋の3連休唯一の好天だから行きたいやつはほぼ全員出撃してきたという感じだ。




今日は上り潮。テッパンポイントがいいはずだがそこには誰もいない。船団はもっと南とナカトシタに分かれている。う~ん、どっちに行こうかと思っていたがとりあえず中間地点のテッパンポイントで様子を見てから北上するか南下するかを決めようと仕掛けの準備をした。



今日も菊新丸さんからもらった銀色のシートと鈴鹿市ゴミ袋のセットでスタート。場所と色の選択がよかった。
間もなくアタリが出てハマチが2匹上がってきた。その後も同じラインを行ったり来たりしているとアタリが出る。小さなチャリコや持って帰れないほどの小サバも掛かった。そのほとんどが銀色のシートだったのである。かなりの勝率だ。

ポイントに到着したのが午前6時過ぎで、この頃は潮もそれほど速くなく釣りやすかったが午前9時近くになると次第に潮が速くなり仕掛けがきちんと立たなくなってきた。ハマチやマアジが釣れているならサビキでもよかろうと仕掛けを変更して少し南に下って残り時間を過ごした。ここはそれほど流れがないので仕掛けも立つ。中層に反応が出てきたと思ったらすぐにアタリ。かなり引く。ひょっとしてメジロクラスかと思っていたら最初よりも少し大きなハマチが2匹であった。仕掛けの半分が切れてしまっていたのでその下にもハマチが掛かっていたのかもしれない。
新しい仕掛けをセットし直したものの、もうこれだけ釣れれば十分じゃないかと思い午前9時半に終了。

帰投する途中、ヘリコプターが同じ場所を低空飛行でウロウロしていた。



ひょっとして事故でもあったのかと思いながら港内に入ると自衛隊と海保の船がなにやらやっている。



どうも訓練のようだが、あとで聞くと、津波への対応訓練だったらしい。翌日の11月5日は「津波の日」なのだそうだ。今日は振替休日なのに渡船屋が休業しているのはなぜだろうかと思っていたら、訓練中はエリアが立ち入り禁止になって商売にならないので休業したということであった。休業せよというお達しが出るとその補償をせねばならないので、暗に、「わかってるやろな~」という感じで事前に日程を知らせに来たらしい。
はやり公権力には逆らえないらしい・・。

くだんの銀色のシートであるが、菊新丸さんに聞いてみると、すでに廃番になっていて購入することはできないそうである。
せっかく釣れるネタを見つけたのに残念である・・。


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「一寸の虫にも魅惑のトリビア: 進化・分類・行動生態学60話」読了

2024年10月29日 | 2024読書
鶴崎展巨 「一寸の虫にも魅惑のトリビア: 進化・分類・行動生態学60話」読了

ウンコに続いて人生に何の役にも立たない本を読んでいた。まあ、そんなことをいうと僕が読む本の大半は何の役にも立っていないのであるが・・。

この本は、朝日新聞の鳥取版に連載されたものを単行本にしたものだそうだ。ローカル記事が単行本になるというのはかなり珍しいものなのだろうか・・?

本の最初には、各章に取り上げられている虫のカラー写真が掲載されているのだが、やたらと“ザトウムシ”というクモガタ類に属する少しグロテスクな虫が多く登場する。なぜだろうと思っていたら、著者はこの虫の研究者なのだそうだ。
ザトウムシというのは、『鋏角亜門クモガタ綱に分類される節足動物の分類群の一つ。分類学上はザトウムシ目とされる。体は豆粒のようにまとまり、多くの種類は細長い脚をもつ。6,600以上の種が知られ、最古の化石記録は約4億年前のデボン紀まで遡る。』という虫だそうだ。
僕も一応は小さい頃から昆虫好きな人間だったので夜中の林の中もさまよったこともあるのでこの虫を見たこともあったのかもしれないが、何の知識もないと変な形のクモがいるくらいしか思わなかったのだろう。ただ、その虫の名前を知っていたとしても何の不便もなくおそらくその生態を知らなくてももっと不便はなかったと思う。カブトムシとクワガタの名前さえ知っていれば事足りていたのである。

「トリビア」とは書かれているが、どちらかというと著者の研究成果や交流のある研究者の紹介などに終始している感があった。過去に読んだ、研究者の自虐的ドタバタ話や面白話とは少し趣が異なり、さらに身近ではあまりお目にかかれない生物の話が多いので心に刺さってくるところも少なかった。やはりザトウムシというのは僕にとってはかなり遠い存在である・・。

唯一のトリビアは、ザトウムシの“ザトウ”は“座頭市”のザトウから取られたものなのであるが、これは江戸時代の盲目のひとたちの身分の名前だったそうだ。盲目の人たちのなかで身分が分かれていたというのは初めて知った。江戸時代というのはとことん身分社会であったらしい。ちなみに座頭という身分はそれほど高い身分ではなかったようである。
この虫は目が見えないからこういう名前を付けられたとうわけではなく、8本あるうちの前足で周囲を探りながら歩く姿が、盲目の人が杖で周囲を確認しながら歩くように見えるからだということで名付けられたという。

たしかに、「一寸の虫にも魅惑のトリビア」はあるものである・・。
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紀ノ川の河口~住金沖~水軒沖釣行

2024年10月27日 | 2024釣り

場所:紀ノ川の河口~住金沖~水軒沖
条件:長潮2:46満潮 9:03干潮
釣果:タチウオ7匹 サゴシ1匹

小船の塗装は終ったけれども、先月の末以来まともに動かしていないので性能維持も兼ねて、また、ひょっとして例の魚は今日こそ釣れるのではないかというスケベ心を秘めて出港することにした。

まずはタチウオ狙いだ。昨日のストックもあるが、この魚はどれだけあってもよい。
昨日に引き続きアタリはものすごい。いや、昨日よりもアタリは多い感じだ。仕掛けを降ろしきる前からアタリが続く。何回もそんなことが続き、すでに5、6匹釣り上げることができた。
その後もアタリは続くが昨日よりも型は小さい。半分以上放流して7匹だけ確保。
今日はじっくり攻めてみたいと思う日に限ってアタリが途絶えてしまう。ここを見切って住金沖へ移動。ちょうどその頃、Nさんたちもやってきた。



彼らも例の魚を狙うべく少し早めに出港してきたようだ。しばらく並行して仕掛けを流すが向こうもアタリがないようだ。Nさんたちはさらに沖を目指して行くようだが僕の船では危険なので防波堤の先端で折り返す。しかい、やはりアタリはなく、Nさんたちもあきらめてフカセ釣りに向かったようだ。
僕も仕掛けを流したまま帰ることにした。サゴシは釣れるかもしれないと思い新々波止経由で帰ったのだが、これがよかった。小さいけれどもサゴシを1匹追加することができた。
今日は衆議院の総選挙の投票日なのでそのまま引き返すこともなく一文字の切れ目を通って帰投。



衆議院の選挙結果は連立与党でも過半数割れという結果だった。株の世界では総選挙の前は必ず株が上がるというアノマリー(現代ポートフォリオ理論や相場に関する理論の枠組みでは説明することができないものの、経験的に観測できるマーケットの規則性のこと。)があるそうだ。過去は17回もその法則は当たっていたらしい。僕もそのアノマリーに賭けてみたのだが、まったく裏目に出た。告示から後、日経平均はどんどん下がってしまい大損をしてしまった。どれだけ石破さんは信用されていないのだろう・・。
それでも与党では過半数は取れるだろうと考えてなんとか挽回すべく、週末にも追加で買ったのだがこれでは損の上積みになってしまう・・。それまで少し利益を出すことができていたので調子に乗りすぎてしまった報いとなってしまった。

さらに悪い知らせは重なってくる。夕方、NさんからLINEで海保の係官からこの場所は関係者以外立ち入り禁止だと警告を受けたというのである。確かに防波堤の上にはそんな表示があるが、それは形式的なものにすぎないと思っていた。もう、あそこには行けそうにないとのことであった。
僕のフカセ釣りの楽しみも1年足らずで終わってしまった。
軽油の免税もなくなり、釣ってはならない魚、釣ってはいけない場所、使ってはいけない仕掛け、まったく何の意味も意義もない理由で庶民の小さな楽しみを奪うというのはどうしてだろう。行政にとってのささやかな楽しみというのは庶民の小さな自由を奪うことなのかもしれない。
こういうことを是正してくれる政党へなら尻尾を振って投票するのだが・・。

選挙結果はその時点ではまったく右も左もわからなかったのだが、空の景色だけは選挙結果にかかわらず美しかった。まるで新海誠のアニメの1シーンのようである。
何もかもが僕の心を暗くするのだが、自然界だけは僕の心を明るくしてくれる・・。


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紀ノ川の河口~住金沖~加太沖釣行

2024年10月26日 | 2024釣り
場所:紀ノ川の河口~住金沖~加太沖
条件:小潮7:59干潮
潮流:7:13下り2.0ノット最強 10:35転流
釣果:タチウオ14匹 スマガツオ3匹 マルソウダ1匹 例の魚3匹

今週も週末は雨模様だ。午前10時には降ってくるらしい。まあ、これだけ時間があれば十分だ。

その前に、今週の木曜日の帰宅の顛末・・。
人身事故のせいで帰宅するまで4時間もかかってしまった。東岸和田駅まであと少しというところで駅のホームで反対車線の特急電車と人間が接触したということで電車が緊急停止してしまった。



乗換前なら南海経由でわずかなロスだけで帰宅できただろうが、電車の中で閉じ込められてしまってはどうにもならない。
ひたすら待つしかない。1時間半の立ち往生のあとやっと到着した東岸和田駅から南海の駅までバスで輸送するというアナウンスがあったがここは待ったほうがよいと判断した。
目まいか何かでホームから落ちてそこの特急がやってきたというのはあまりにも偶然過ぎるのできっと意図して飛びこんなのだろう。こういう人の心理はこういうことかもしれない。最後に自分の存在を世間に知らしめたい、知っておいてもらいたい。そのために世間の人が知るような方法を取ったということなのだろう。しかし、その人の名前がニュースで報じられることもなく、たとえ報じられたとしても人々は一瞬で忘れてしまうのが落ちだ。
ただ、数千人のひとの迷惑になっただけで終わってしまっただけである。まあ、悲しい出来事ではあるのだろが、まったく、誰にとっても虚しいだけである。


戻って今日は、夜明け前にタチウオを狙ってその後例の魚を試してみてから加太に向かおうと考えている。タチウオについては、去年の記録では10月22日には2匹、28日にはまったく釣れなくなっていた。その中間の今日はどうだろか・・。
もうそろそろみんな諦めているのかと思ったら全盛期並みに船がやってきている。名人も僕より一足先に出港していた。きっと釣れているのだろう。
そしてそのとおり、アタリはきちんと出てきた。去年は小さいものが多かったようだがそれに比べるとまだましである。小さいものを放流しながらでも14匹残った。まだまだアタリは続きそうだったがまだ次がある。住金沖に移動して禁断の仕掛けを流してみる。Nさんたちは一昨日、爆釣だったそうだ。ここで大量に釣れたら加太に行かずに帰ろうと思ったけれどもそんなに甘くはない。まったくアタリはない。



これではグルグル回って探っても意味がないと思い護岸の前を通過しただけで加太に向かった。

下りの潮なので友ヶ島の北の方がいいのだろうが、前回のいい感じを再現すべくナカトシタを選んだ。単に燃料を節約したいだけだというのもあるのだが・・。

Iさんの情報では釣れてくる魚のお腹にはタチウオの子供がいっぱい入っていたという。今日はピンクと銀色のビニールでやってみる。銀色のシートは菊新丸さんからもらったものだ。魚探には反応がないが、ビニールの選択が当たったのかしばらくしてアタリがあった。ものすごく引く。間違いなく青物だ。このままでは仕掛けを切られてしまうと思い、慎重にやり取りをすると、スマガツオが3匹掛かっていた。この引きが1匹の引きであったなら危なかったけれども、3匹に分散されているのならこの仕掛けでも十分耐えられる。
その後はアタリがなくなり、この海域と違いたくさんの船が集まっている軍港前が気になってきた。



おそらくカワハギ狙いなのだろうが、あの辺りは溝になっているところに見える。カワハギを釣るところではないとも思うのでとりあえず探索に行ってみることにした。そしてここでも強烈なアタリが出た。上がってきたのは例の魚が3匹とマルソウダ1匹だ。多分、この船団はこの魚を狙っていたのだろう。

タチウオとカツオと例の魚が揃えばもう十分なのであとは真鯛を釣りたいと思い、船団を離れてもう一度ナカトシタへ。ここでも目の前で逃げられたもののハマチが掛かり、鉤には乗らなかったが真鯛らしきアタリで銀色のシートが大きく齧られた跡があった。



やはり銀色のシートよかったようだ。鉤までもう一息だったというのは残念だったが・・。
潮はどんどん緩くなっていくのでさらに北上してみると、偶然シモリらしきものを発見した。その周りでは魚の反応がたくさん出ていて、仕掛けを入れてみるとすぐにアタリがあった。引きは大したことなく、上がってきたのは手のひらより少し大きいだけのチャリコだった。釣果がない時にはこれでも持って帰ろうかというところなのだが、ウキブクロも膨らんでいないので放流することにした。
この少し前から予報よりも早く雨が降り始めたし潮の流れもほとんどなくなったので午前9時半過ぎに終了とした。

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「大江戸トイレ事情 (同成社江戸時代史叢書 36)」読了

2024年10月25日 | 2024読書
根崎光男 「大江戸トイレ事情 (同成社江戸時代史叢書 36)」読了


江戸時代のトイレ事情を知って何になるというところがあるのだが、探してみるとそんな何になるんだと思えることを一所懸命調べているひとがいるらしく書籍も出版されていた。

元々、以前に読んだ本の中に、江戸時代のウンコは資産として流通していたということが書かれていてそれに興味を抱かれた。https://blog.goo.ne.jp/matufusa/e/83ef588506b0b3d74ddbc483a471d4bbそれに加えて江戸時代というのは究極のリサイクル社会であったいう話はすでに知っていたので、それさえもリサイクルするのかという驚きと興味があった。

本題に入る前に、「ひやかし」の語源について書いておく。この時代のトイレットペーパーには「浅草紙」というものが多く使われていた。これは、古紙・ぼろきれなどを材料にして漉すき返した下等の紙で、浅草の山谷辺りで多く製造されたところからこんな名前が付けられている。
この紙を製造するとき、古紙を水に浸けて“冷やかす”必要があった。これにはある程度時間を要したため、職人たちはその待ち時間を利用して近くの吉原に出向き、遊郭の遊女たちを眺めに行っていた。こうしたことから、買う気もないのに眺めているだけの客を“ひやかし”、その行為を“ひやかす”というようになったのである。この言葉も究極のリサイクルが生み出した言葉だったのである。

ウンコ(下肥)を肥料としていたのは鎌倉時代の後期からくらいだそうだ。江戸時代の初期の頃はまだ資産として取引はされておらず、江戸の町ではその周辺の農家が手間賃を貰って武家屋敷や商家、町家から回収して自家用の肥料として使っていた。下肥は都市から回収され農産物となってまた都市へ戻ってゆくという循環ができあがっていた。
この循環は変わらなかったけれども、江戸の町の人口というのは1600年代の中盤から1700年代の中盤の100年間で町人だけでも15万人から50万人(これに武家の人口が加わると100万人にまで膨れ上がる)にまで増加する中で食料供給量も増えていった。
農産物の増産をするためには肥料が欠かせないが、その中心を担ったのが下肥でありその価値も上がり始めたのである。

下肥を集めたいという競合が増えてくると農家は逆にお金を支払って回収するようになり、その価格も糶り売りにかけられるようになり価格は上昇していく。同時に下肥を回収して流通させる専門業者まで生まれてくる。この本の記録では江戸時代の後期(かなり値段が高騰していた頃)で1トンあたり1両で取引をされていたようだ。ウンコが1両という金と比較できるだけの価値を持っているというのだからなんだか夢がある。この頃の1両の価値とは今でいうと大体3万円~5万円だそうだ。

この価値がどれほど農業経営を圧迫したのかはわからないが、農家から窮状を訴えられた奉行所は価格の規制や下肥の回収に従事できるのを農家に限定するというような措置が取られるところもあったそうだ。

公衆トイレもそんな中から生まれた。当時、江戸の町では家以外では立小便というのが普通であったが、公衆衛生の問題と、資源回収の目的で私設の物件として作られるようになった。ウンコが足りないので小便も回収して肥料に回そうというのである。
公衆トイレを使う人はお金を払って使用し、業者はさらにそれを農家に売るというような仕組みであったそうだ。この運営には農家ではなく町人があたっていた。そしてその運営は明治時代になって政府に引き継がれ公営の施設となってゆく。

様々な規制や制度を設けてもいつの時代も悪いやつはいるものだ。既得権を主張したり、水で薄めて流通さるなどしてなんとか得をしたいと悪知恵とゴリ押しをするやつは絶えなかったようだ。

どちらにしてもリサイクルいうのには夢がある。世の中から見捨てられたと思われているものが再び脚光を浴びるというのは、うだつの上がらないヒーローが最後の最後に仲間を勝利に導くというようなカタルシスがある。こういうリサイクル経済のことを「静脈経済」というのだということを今日知ったのだが、こういう経済はすばらしいと思った。
常に新しいものを無理やり消費させるというような動脈経済どころかぜい肉にしかならない消費をあおるような仕事をしてきたが、こういうことに共感を覚えるのだから会社の中で認められなかったのも納得できるのである。

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「人間の建設」読了

2024年10月21日 | 2024読書
小林秀雄、岡潔/著 「人間の建設」読了

今の会社では労働組合が書籍の貸し出しというのをやっている。これまでも何冊かそこに挙げられていたタイトルの本を図書館で借りていたのだが、この本もそんな1冊だ。小林秀雄だけの著作ならおそらく読むことはなかったけれども岡潔との対談になっていたので借りてみた。両者ともかなり昔に亡くなっているのでいまごろ新刊が出るというのはどうしてだろうと思っていた。(この半年間、労働組合が貸し出している本はすべて新刊書であった。)
借りてみると文庫本であったので文庫本として最近出版されたものかと思って奥付を見たら平成22年の出版となっていた。

裏表紙の解説には、『有り体にいえば雑談である。しかし並の雑談ではない。文系的頭脳の歴史的天才と理系的頭脳の歴史的天才による雑談である。学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドストエフスキー、ゴッホ、非ユークリッド幾何学、三角関数、プラトン、理性……主題は激しく転回する。そして、その全ての言葉は示唆と普遍性に富む。日本史上最も知的な雑談といえるだろう。』と書かれているが、まさにその通りでこれといった決まったテーマはない。だからどうやって感想を書けばよいのかと悩んでしまう。それはもちろん、この人たちの知的レベルについていけていないというところのほうが大きいのではあるが・・。

ふたりの対話の中には“情緒”と“感情”という言葉が出てくる。数学も評論も、知性の前にはそういうものがあり、情緒と感情を説得できる知性がなければ知性とは言えないという。この本の前に読んだ本もそうであったが、自然科学も究極形態になってゆくと人の心と融合してゆくということかもしれない。

平成22年に発刊された本がどうしていまさら新規の貸し出しのラインナップに入ったのかはわからない。しかし、この会社には知的好奇心が強い人たちがたくさんおられるというのは間違いがないと思う。銀行などというと、なんだかサイボーグみたいな人たちばかりの会社なのじゃないかと思っていたけれどもそれは思い込みだけのようだ。
一方、流行は当然のこと、文化や知性に敏感であるべきであるはずの前の会社でこの本を読んでいるひとはひとりでもいるのだろうか・・。
勢いのある会社と沈んでいくしかない会社との違いはこういうところにもあるのかもしれない。
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船底塗装

2024年10月20日 | Weblog
昨日とは打って変わって、今日は北からの爆風だ。



気温もかなり低くなった。この風では釣りにも行けないので延ばし延ばしにしていた小船の塗装をする。当初の予定ではこの週末はこれだけをやるつもりであったのだ。
渡船屋も休業していて好都合だ。風が強くて休業しているのかと思っていたら、こんな日は変な客が来るので休みにしたという。なんとも強気な商売だなと羨ましくなった。まあ、素人のような釣り人がこんな日にやってくると事故の危険もあるからこれはこれで賢明な判断なのかもしれない。

満潮時刻の午前8時に港にやってきたが198センチの潮位ではスロープは海水が押し寄せてしまっている。叔父さんのところで1時間、円卓会議に出席して午前9時から上架の作業を開始。風が強くて船を安定させるのに難儀しながらようやく船体の半分ほどを引き上げる。これ以上はスペースがないので潮が引くのを待つしかない。



その間に少しずつフジツボを掻き落とすが、大きい船と同様、例年以上にいっぱい付いている。

船体がほぼ露出しコンクリートブロックの上に乗せることができた頃には午前10時を回っていた。前回は作業を急ぎ過ぎて生乾きのままで塗装を始めたが今回はしっかり乾燥させようとその間、シラスを買いに和歌浦へ向かった。店番のおばさんに話を聞くと、例の魚は遊漁船でもたくさん釣れているらしい。いったいどれくらいの量の魚がやってきたのだろう。アマダイもそうだが、不思議な現象だ。

スロープに戻って一気に塗装を始める。もう少し塗面を乾かしたいけれども潮が引き切る前に海に戻した。
毎度のことで雑な作業だったがこれで秋を迎える準備ができた。

新たな獲物も嬉しいが、僕はそれほどの変化を好まない。普通に毎年釣れる獲物が普通に釣れる方が嬉しいのである。
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紀ノ川河口~住金沖~水軒沖釣行

2024年10月19日 | 2024釣り
場所:紀ノ川河口~住金沖~水軒沖
条件:大潮 7:17満潮
釣果:タチウオ3匹 サゴシ1匹 例の魚8匹(3匹放流)

本当は今日は安息日にするつもりであった。当初の予報では強い南風、朝から雨となっていたのでこれでは草刈りも中止で釣りにも行けないから1日中映画を観ようと思っていた。しかし、前日の予報では南の風は強いものの、雨は午後からに変わっていた。そして、同じく前日、Nさんから例の魚が爆釣だという知らせが入ってきた。風が強いのは覚悟の上でこれは行かねばならない。



とりあえずはタチウオを狙いながら風の様子を見ることにした。新々波止の北側は少し風が遮られているとはいえ船は安定しない。そのせいなのか、それともシーズンがすでに終わってしまったか、まったくアタリはない。やっとアタリが出たのはかなり明るくなってからだ。それもすぐに外れてしまいやっぱりダメかと思っていると間もなく次のアタリでしっかり魚が掛かった。今日の最初で最後のアタリは3匹掛かっていた。そのうち1匹はおそらくサゴシに喰いつかれたか、内臓が喰いちぎられていて背中の肉でかろうじて頭と胴体がくっついているという状態だった。今日はこれだけと思いこれも持って帰ることにした。
次のアタリはサゴシであった。1匹はバラしたが1匹を確保してタチウオ狙いは終了。

例の魚は住金沖が本命だそうだ。風と波が怖いのでとりあえず近場からと青岸沖から禁断の仕掛けを流し始めたがいきなり本命が喰ってきた。しかし、期待に反して型は小さい。



ここでも釣れる感じだが、もっと大きな獲物を求めて風と波は強いが住金方面へ舳先を向けた。連続してアタリがあるのかと思ったが紀ノ川の河口ではまったくアタリがない。河口からの淡水の流れが悪いのかもしれないと思い一度仕掛けを回収して釣り公園の隅から再び仕掛けを流し始めた。しかし、ここまで来ると風と波はさらに酷くなり、ひょっとしてここは来てはいけないところなのかもしれないと思い始めた。写真を撮っておきたいと思っても恐怖が先行してカメラを構えることができない。すぐに引き返すことにしたが、速度を上げることもできないので仕掛けを流したままにしているとこんな時にアタリが出てしまった。デッキの上では何かに掴まっていないと立っていられないような状態だったのでしゃがんだままで仕掛けを回収する。やはり小さいが例の魚が喰っていた。その後もすぐにアタリ。2匹の一荷だ。その後、紀ノ川の河口に差し掛かるとやっぱりアタリがない。最初にアタリがあった場所に戻ろうかとも考えたが、昨日、渡船屋の釣果で98センチのサワラが上がったという情報を思い出し、風はまともに当たりそうだが新々波止の南に向かうことにした。
波止の先端の赤灯台を廻ったときにアタリが出た。はやり例の魚だ。河口を除いてどこにでもいるようだ。沖の一文字に近づくまでずっとアタリが続く。たくさん持って帰っても仕方がないのと少しの罪悪感で合計3匹を放流。しかし、この魚はパワーはすごいものの、一度触ってしまうとすぐに弱ってしまう。1匹は鉤を飲み込んでしまっていたので魚を握って鉤を外したのでかなり弱ってしまっていた。放流した時には海底のほうに向かって泳いでいったが果たして生き延びてくれるのかどうか・・。それならやはり持って帰ったほうがよほど供養になったのではないかと思い悩むのである。

午前9時には草刈りに参加しなければならないので一筆書きで船を進めたが、アタリがあった場所を丹念に釣ってやればいくらでも釣れる感じだ。
今までこの魚がこれほど釣れたことは経験がない。いったいどうして群れがやって来たのかはまったく不明だ。これも猛暑の落とし子なのかと考えると嬉しくもあり怖くもあるのである。

例の魚はレアカツにしてもらった。



これはいくらでも食べられる。いつ頃まで群れが居続けるかわからないが、これはもう一度食べたいのだ・・。
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加太沖釣行

2024年10月13日 | 2024釣り
場所:加太沖
条件:若潮1:40満潮 8:53干潮 
潮流:5:36転流 9:34下り2.3ノット最強
釣果:タチウオ7匹 サゴシ3匹 カワハギ4匹 〇△×?1匹 真鯛2匹 スマガツオ1匹

無事進水を済ませた翌日、久々に加太を目指した。すでにカワハギはシーズンに突入しているらしい。今日は潮が速い時間帯はカワハギを狙い、最強時刻近くから高仕掛けをやってみたいと考えている。思い付きで作ったタチウオの仕掛けも試してみたいのだが、すでに小潮の廻りは終わってしまっているので次の機会に持ち越すことにした。

まずは保険のタチウオだ。午前5時半に青岸に到着していれば大丈夫だろうと思っていたら今日は雲が少ないのか、早いうちから東の空が白み始めてきた。



4、5匹あれば十分だと思っているのでそこは慌てずにポイントを目指す。先週は大きな型が混ざったのですでにシーズンは終わりかけているなと思っていたので最初のアタリが出てホッとした。その後はコンスタントにアタリは続く。しかし、釣れてくるタチウオの型は小さい。中盤の頃に戻ってしまった感じだ。時折大きなアタリがあるのはサゴシだ。まずまずの大きさだったのでこれはこれでうれしい獲物だ。この海域でサゴシが釣れたのは何年ぶりだろう。釣れない海が釣れる海に変わってきたのかもしれない。
アタリはまだまだ続きそうだったがおかずは確保できたので加太を目指す。
船足は快調で、このままイスカンダルまででも行けそうな雰囲気である。

まずはFさんポイントからカワハギ狙いだ。



仕掛けを降ろしてしばらくしてアタリがあった。鉤には乗らなかったので仕掛けを回収してみると鉤が喰い切られていた。次のアタリは鉤に乗ったものの、上がってきたのはサバフグだ。次もサバフグ・・。これでは鉤の消耗が激しすぎるので軍港前へ移動。しかし、今度はアタリがない。ここにはほかの船も浮かんでいるのできっと釣れるのだろうけれども流す筋が悪いのかもしれない。もしくは、箕島の底引き船が夜中に荒らしまわっていたのかもしれない。この辺りは底が幾分平坦だから奥深く攻めるとしたらこの辺りだろう。
このままでは時間がもったいないので再びFさんポイントへ戻ってみた。そして、今日はすべて、この判断が功を奏した。
戻ってすぐにアタリがあり1匹目のカワハギを確保。その後もアタリは続く。この一時期が時合だったのかもしれない。それでも、頻繁にアタリがあるというほどでもない。ただ、喰い気はあるようで、最初のアタリを逃しても他の鉤に喰ってくるという感じだ。そして5匹目、今日一番の大物と思われる獲物をタモ入れに失敗して目の前で逃してしまうという失態を演じてしまい、もうすぐ潮流の最強時刻を迎えることもあるのでこれを機に高仕掛けに変更することにした。
本当なら下り潮なので友ヶ島の北側にできている船団に入るべきなのだろうが、カワハギを釣っている間、魚探には時折反応があったので動くのも面倒だし、1時間ほどで帰る時刻になってしまうので同じ場所から始めることにした。




そして、この判断もFさんポイントへ戻ったことからの流れでの奏功だった。

鉤には乗らなかったものの、すぐにアタリがあった。魚は間違いなくいるらしい。そして次のアタリはすぐにあった。今度は鉤に乗ってくれた。青物のように走るが時々叩くような引き方だ。なんだかわからないと思いながら仕掛けを引き上げてみると真鯛の下にスマガツオが掛かっていた。鯛と青物のハイブリッドの引きだったというわけだ。
もとの場所に戻ってみるとすぐにアタリ。今度は大きい。これは間違いなく青物系だ。この竿とこの仕掛けなら60cmクラスのハマチでも十分上げられる。しかし、魚の重みは途中でなくなり幹糸から切られてしまった。魚が大きすぎたか、何度か使ったあとの仕掛けだったので仕掛け自体が弱っていたのかもしれない。
仕掛けが切れた理由はそのあとわかった。次のアタリは禁断のあの魚だった。前の魚はきっとこれよりも大きな禁断の魚だったのだろう。スマガツオといい禁断の魚といい、水温がかなり高いままでいるようだ。
次のアタリもすぐであった。今度も大きい。また禁断の魚かもしれないと思い慎重にやり取りをしていたがまた軽くなってしまった。と思ったが、まだ魚は付いているようだ。上がってきたのは1匹目よりも小さいが真鯛であった。仕掛けをチェックしてみると、枝素が根元から切れてしまっているのが1本、鉤を喰い切られているのが1本あった。やはり大きな魚が喰っていたようだ。
最初の真鯛の時も鉤が喰い切られている枝素があったので今日は大きな魚が何度も喰ってきていたようで、この感じだと潮止まりまでアタリは続きそうであったが昼ごはんは家で食べるというのをモットーにしているので午前10時過ぎに終了。

あとから考えると、今日、僕のいた場所の下り潮は地の島の際からナカトシタの南の方に向かって流れていた。おそらくナカトからも潮が入って来ていていたはずだから、この潮とぶつかり壁のようなものができていたのだろう。僕は偶然その壁の上を流れていたに違いない。それがよかったと考えられる。まあ、あとからなら何でも理由付けというものはできるのではあるのだが・・。

カワハギはもう少し欲しいところであったが、高仕掛けでは1時間余りでこれだけのアタリがあれば十分釣ったという感じがあった。
加太でもずっと釣れない時期が続いた(のは僕だけかもしれないが・・)が、ここも釣れる海が戻ってきたようである。
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船底塗装

2024年10月11日 | Weblog
こんな時にこんなことをしていてもいいのだろうかという気持ちはある。しかし、予定していたことはやっておかねばならない。
といいながら、やっぱりそういうことはいかんのだよと言うがごとくに機械室の鍵を取りに行く際に予約のノートを見てみると僕の予約が勝手に消されて別の人の名前が書かれている。最初に書いた予約が消されていたのは何度も予定を変更していたので今回はキャンセルだろうと管理人の人が勘違いしたと思って書き直した予約も消されていた。これは間違いなく意図的に消されたものに違いない。
これは困った。ここでは僕はよそ者で使わせてもらっている立場だから文句を言ったりするとじゃあ使わせてやらないと言われるのが落ちだとはいえ無茶苦茶なことをする。やっぱりここもムラなのである。よそ者は基本的に拒絶されるのだ。

う~ん・・としばし思案。勝手に消した人の予約は明日と明後日、僕は今日と明日。それならこの人が船を上架する前に僕の船を降ろせば問題がないだろうと考えて、朝早すぎるかと思ったが、ノートに書いている管理人さんのところへ電話を入れてみた。多分、この人は前回お金の回収に来ていたヨシヤさんという人だろうと思う。さすがに漁港に住んでいる年寄りだ。午前7時半だったがちゃんと電話に出てくれた。事情を説明して、明日の上架の時間までには船を降ろすから今日使わせてもらえるように相手に了解を取ってくれないかとお願いをしてみた。何をややこしいことを言っているのだとけんもほろろにあしらわれるのかと思ったがそこはあっさり引き受けてくれて10分後には了解が取れたでと連絡をくれた。
明日は午前6時に引き揚げると言っているというのだが、潮が低すぎるのではないかと思って聞き返すとここはけっこう潮が低くても大丈夫とのこと。あとで潮位表を確かめてみると、12日の午前6時というのは潮が引ききる前の時刻で、今日、僕がここまで待てば大丈夫だろうと思った潮位とほぼ同じだった。僕としては、翌日の朝は潮が引きすぎているから降ろせるのは昼からだろうと思っていたけれども、みんなきちんと海を見ているなとある意味感心してしまった。僕も明日はお昼前に用事があるのでそれまでに船を戻せたら午後からはゆっくりできるのでありがたい。

ノートだけで予定を管理しているほどだから何もかもアバウトというか、ムラではこれでなにもかもうまくいっているのだろうからこれで問題がないのであろう。Nさんに言わせると、「あいつらのやっていることは無茶苦茶や。」となるのであるが、そこに他所のものが入ってくるとややこしくなるだけなのであると僕は思う。普通なら僕も逆ギレしてしまうところだが、おカネを節約するためには他人に従うしかなくて、そうなると自分の運命を他人にゆだねているということになる。だから、郷に入っては郷に従え。ムラの掟に背いてはいけないと思うしかないのだ。

今回はいとこにウインチの操作を頼んでいる。ひととおり説明をして午前8時半に上架を開始。多分大丈夫だろうと思いながらも船台は船を乗せられるくらいまで沈んでくれるだろうかと心配していたがヨシヤさんが言っていた通り、ギリギリどころか余裕で安全な位置まで沈んでくれた。潮位は85センチあれば大丈夫だということが確認できた。

先週のタチウオ釣りの時点で異常なほど船の速度は落ちていてスクリューには不規則な形でフジツボが付着しているのか、異常なほど船が振動していた。上架した船を見てみると確かにものすごい数のフジツボが付着している。



5月に上架したときは船底があまりにもきれいでこれは1年に1度で大丈夫じゃないかと思ったけれども今年の猛暑で逆転してしまったようだ。このような気候が来年も続くのであればやっぱり年2回の作業はやめられそうもない・・。

作業は特に問題なく終了。



しかし、スクリューのシャフトのブラケットの基部の割れがひどくなってきているのが気になった。次の作業の時にはFRPで補修を施さねばならないかもしれない。補修自体に効果があるのかどうかはわからないがFRPの扱いは小船で経験したので見た目だけでも割れ目を埋めることができるかもしれない。

翌日は次の人に迷惑がかからないように午前5時半に港に到着。いとこが5時45分に来てくれるのを待っていると管理人さんが先にやってきた。名前を告げると、「えらい無理を言ってすまないね~。」との言葉。もう、こっちが下手にでなければならないと思っていたので拍子抜けした。その後にやってきた当の二重線で僕の名前を消した人も、不愛想で強面の人かと思ったら腰の曲がった小柄な爺さんで、「急かして悪かったね~。」と言う。なんだか悪気が一切ない中で先の予約を消しているのかと思うと恐ろしくもあった。けれども、これがムラの中だけならスムーズに事が運んでいくのだろう。世の中では田舎への移住が人間関係で失敗したというような話が出ているが、確かにこれをよそ者がクリアするのはなかなか難しいのだと思った。
まあ、僕の印象としては結果として、思っているよりもみんないい人たちだったということなのである。

結局、船を降ろす作業は管理人さんがやってくれたので朝早くから起きてくれたいとこには申し訳ないことをしたのだが、せっかくなので港までのクルージングにつきあってもらった。水軒で育ったので子供の頃は港をうろうろしたり海に潜ったりしていたらしいが、海自体を見るのは久しぶりらしく、全然景色が違うと驚いていた。確かに、40年前とはまったく景色が変わってしまっている。少しの百姓仕事をしながらずっと家にいるので近いうちに釣りにも連れていってやろうと考えている。
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