イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖釣行

2019年05月26日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 5:44干潮 
釣果:サバ 40匹 マルアジ 1匹

今日もリハリビを兼ねての釣行だ。なんとか持ちこたえることができれば寛解に一歩近づけるのかもしれない。本当は明日、27日に出撃するつもりにしていたがやはり高血圧がそうさせるのだろうか、今日も午前2時に目が覚めた。連休中でも1日くらい会社に顔を出さないとまずいのではないかと、そんなことをやっても会社はなんの同情もくれないのはわかっているけれども気の弱さがそうさせる。ひょっとしてそれが高血圧の原因なのかもしれない。だから連休最後の釣りは明日にしようと思っていたのだ。

しかし、午前2時というのは朝というより夜だな。テレビをつけるとタモリ倶楽部をやっていた。ああ、先週の今頃は血まみれの鼻を押さえて和医大の救急外来のソファーに座っていたな~。次にチャンネルを変えたスターチャンネルの映画では、特殊部隊くずれのヒーローが殴られて歪んだ鼻を治すために鼻の穴に割りばしのようなものを突っ込んでグキッとやっている。最近の僕はどうも鼻に縁があるらしい。

午前10時には出勤したいと思うのでできるだけ早く出港してできるだけ早く帰宅したい。今日は午前4時に出港だ。東の空はごく薄っすらと青くなっているがほぼ真っ暗だ。



昨日は紀ノ川沖40メートルのところでたくさん釣れたようだが、う~ん。どうだろう。なんとなく南の方がよいのではないかという勘を頼りに結局どちらにも転進できるようほぼまっすぐ水軒沖の沖に針路を定めた。

それがよかったようだ。40メートルラインを越えたところから魚探に反応が出始めた。早速仕掛けを下すとアタリが出る。今日は置き竿にも食ってくる。最初は周りに船は全く見えなかったが少しすると幾艘かの船が集まってきた。今日は僕が核になったようだ。

アジはまったくなく、全部サバだ。しかし型が小さい。小さいサバは海に帰してまあなんとか食べることができそうなやつだけを生け簀に投げ込む。それでも生け簀の中がかなりにぎやかになってきた。もうこれだけ釣れれば十分だと思い午前6時に終了。
なんとか鼻血は持ちこたえてくれた。

魚を捌いて道具を洗って予定通り午前10時5分に事務所に到着。

明日は釣りに行かないぞ。
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双子島釣行

2019年05月25日 | 2019釣り
場所:双子島
条件:中潮 4:17干潮
釣果:ボウズ

鼻血からなんとか縁を切りたいと思い少しづつ行動を起こしている。昨夜は缶ビール、OK、出なかった。今日は上手く起きることができれば再び海に出て調子を見てみようと考えた。目覚ましをセットしていなくても午前3時15分に目が覚める。これも高血圧のせいだろうか・・・。

長時間の釣りには不安があるのでサッと行ってサッと帰ってくる釣りを選んだ。

双子島のいつものポイントで少しだけルアーを投げて帰投したときにやっと朝日が昇ってきた。

 

OK、出なかった。
ついでに魚も出なかった。
まあ、氷も持たずに行っているのだから釣れないのも当然か。今日はリハリビであり散歩であるのだ。と、いうことにしておこう。


家に帰って網戸の制作と壊れかけた網戸の補修と貼り替え。



OK、出なかった。

少し自信が戻って来た。
しかし、血圧は140/93。やっぱり高い・・・。

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燻製を作る。

2019年05月24日 | Weblog
本当は今日の予定は船底塗装であった。しかしながら、あの、鼻血のせいで延期にさせてもらった。一昨日の釣行で鼻血が出なければ寛解と思いこんで決行したいと考えていたけれども残念ながらやっぱり出てしまった。帰投の最中に、型も小さいし塗装の作業もできそうにないのでこれは燻製作りだと考えて仕込んでおいた。というのは前回のブログでも書いておいた。

今日はそれを燻す作業だ。午前中はまたまたお医者さんへ。耳鼻科では血圧が高いと言われていたのでそれを診てもらっておこうと考えたのだ。むちゃくちゃ高くはないけれどもやっぱり高い。これが治まれば鼻血ブーの危険も少しは少なくなるのではないかと期待をしている。しかし、こんな手帳を貰ってしまうとなんとも悲しくなる。確実に老いは背後からやってきている・・・。それにこの1週間で2万円くらいも使ってしまったぞ・・。これも痛い・・。



その間にカゴに入れて乾燥をさせる。



10年ほど前にダイエットをしてから、僕は健康になったと思っていた。血液検査の結果も良好だったし、年に1回の会社の健康診断でも血圧が高いと言われた記憶がなかった。
こんなどう見ても不摂生しかしていないという体型ならいざ知らず、僕は標準体重から少々(と言っても10kg近くオーバーしてしまっているが・・)太いだけだ。



だから余計に情けないのだ。特に動くと危ないというのがなんとも厄介なのだ。


そして午後から燻製器の中へ投入。今日の気温はかなり高いので勝手口の日の当たらない場所で作業をした。湿度はないが気温はかなり高い。



燻す前の過熱作業から仕上がりまで約4時間。なんとも手間がかかるけれども出来上がった燻製は我ながらいい味がするのだ。



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水軒沖釣行

2019年05月22日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 7:28 満潮
釣果:サバ 8匹 マルアジ 1匹

鼻血が気になるけれどもチョクリでサバとアジが釣れていると聞くとやっぱり行ってみたくなる。今日の釣行で鼻血が出なければ一応寛解ということになるのではないかと思ったけれどもやっぱり出てしまった。土曜日みたいにボトボト落ちてくるというほどではないけれども1滴デッキの上に落ちたのをみているとちょっと不安になる。

昨日の雨が気になるが、調子がよかったという紀ノ川沖48メートルからスタート。やはり濁りがあるのかいまいちだ。魚探の反応があってアタリも少しあったけれども全部途中でバレてしまった。それに仕掛けにたくさんのスラッジが付く。経験上、この状態ではまず釣れない。今日も菊新丸さんにメールを入れると50~60メートルですよということであったのでさらに沖を目指しながら南下をした。他の船の姿が見えなかったので仕方なくどんどん南に進み続けると初島の沖ノ島付近まできてしまった。



ここで数隻のチョクリ船を発見。ここでダメなら今日はあきらめよう。仕掛けを下すと置き竿のほうにサバが1匹掛かった。その後はなかなかアタリが出なかったが、鼻血が出てきた直後にアタリが出始めた。ペーパータオルで鼻を時々ぬぐいながらリールを巻く。こういう時は時々アタリがあるだけでいいのに、こんな時に限って置き竿にもアタリが出る。血は止まったようだがやはり心配だ。これからまだまだ釣れる感じがしたけれどもここは大事を取って午前8時に終了。アタリが出始めてからはほんの10分ほどの出来事であった。

暑くなるという予報とは裏腹に空気も空も清々しい。

 

しかし、こんな体たらくでは心は晴れない。

家に帰って、おととい外れてしまった歯の詰め物も入れなおしてもらわねばならないので医院をはしご。もう老境の域に一歩踏み込んだ感じだ。

 

耳鼻科の先生の話では血圧も高いとのこと。今までそんなことを言われたことがないけれども、そういえば勤務場所が変わってからほぼ1日イスに座りっぱなしだ。こういうのがきっといけないんだろうなと思い当たってしまった。
血圧が高いと鼻血が出やすいようで、僕は昔から鼻炎で苦しんでいたので多分血管の壁も薄いのかもしれない。「腰痛、高血圧」ってここでけ切り取ったら本当にもう老人だ。
なんとも情けない・・。

今日も鼻に詰め物をされてまったく気分が悪い中、獲物はきちんと食べて上げねばと今日は燻製の準備をした。



さて、お味の方はどうなるだろうか・・・。



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「CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」読了

2019年05月21日 | 2019読書
ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ/著 櫻井 祐子/訳 「CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」読了


前に読んだ、「合成生物学の衝撃」という本に載っていたその合成生物を創りだすきっかけになった技術が、「CRISPRcas9」という遺伝子を編集するための技術だ。この本は、その技術を開発した科学者のひとりが書いたものだ。
僕は「合成生物の衝撃」を読みながら、一体、目に見えないような小さな分子をどうやって自由自在に入れ替えたり、組み立てたりしているのだろうという興味をもって読み始めたのだが、そんな研究室の風景が描かれているのではなく、この画期的な技術が社会にどれほどのインパクトを与えるか。そういったことを期待と危機感を込めて書いている。

「CRISPRcas9」という技術だが、アホな頭で理解できるところまでで書くとこうなる。
細菌のDNAにはCRISPRという回文のように塩基が並んだ場所がたくさんある。かつて細菌が取り込んだウイルスのDNAの配列の一部を取り込んだものである。ウイルスが侵入するとこのCRISPRからcrRNAというものに塩基の配列が転写され、それとDNAの配列を切ることができるタンパク質、cas9がセットになって、ウイルスのDNA配列の中でcrRNAとぴったり合う場所にくっついてその場所でDNAの鎖を切ってしまうことでウイルスをやっつける。それは細菌がもつ免疫の働きをするもののひとつなのである。
この技術はそれを使って、回文に当たるところを人工的に作り出し、cas9とセットにして細胞核に送り込み任意の場所で切り取る。ベクターというウイルスに乗せた新たな遺伝子をその切れたところに挿入することで染色体の中に新しい遺伝子を埋め込むことができるというものだ。
人間を含めて、DNAの配列=ゲノムは解読されているので狙った場所のDNA配列を作り出せればその場所を正確に切り取れるというものだ。2012年に発表されたこの技術はそれまでにあった遺伝子組み換え技術に比べてはるかに正確で安価にできるというものである。
たぶんかなり間違っているので信用しないでほしい。

今でも遺伝子組み換え作物というものは作られているけれども、ピンポイントで遺伝子を組み換えることができる技術によってさらに精度が高いものが作られるようになるはずだ。2010年代の終わりまでには市場に出回るということなのでもう間もなくだ。マッスル真鯛というのも和歌山で作られているらしいが、それももうすぐ商品化されるのだろうか。あれはちょっと食べたくない。と、いうように、著者たちは、すでにこの新しい技術に対しての批判や嫌悪が始まっているという。遺伝子を操作するということに関してはそれまでの遺伝子組み換え作物と何ら変わりがないというのに、その先に垣間見える行き過ぎた世界がそうさせるのだと考えている。だからこそきちんとした説明と啓蒙が必要であると考えているのだ。
これからはさらに医療の現場にも使われてゆく。様々な遺伝病では、体の中にCRISPRcas9を投入することでその疾患部分を治すことが簡単にできるようになる。究極は、人間の遺伝子を持ったブタを作り、移植できる臓器を作りだそうというのだから恐ろしくもなる。医療もどこまで許されるのかというところだろう。
そして、さらに人間の受精卵のDNA改変に話が及ぶ。デザイナーベイビーというやつだ。人間が生まれる前に希望の遺伝子を入れ替えて望みの体を作る。これが先天的な遺伝病を治療する目的ならば許されると考えることもできるであろうが、一般的な人間の能力を超えるような特質を獲得するための改変ははたしてしてしまっていいものだろうか。ここでは一般人の能力を超えた兵士を生み出すというようなことを例として挙げている。
著者たちはそういうことに非常な危機感を覚え、この本を書き上げた。まずは、ヒト胚に対しての技術の使用を全面的に禁止すべきだと訴えている。
善にも悪にも使われうる技術は一般社会に広く知らしめて社会の力で善の方へ向けた発展をしなければならないと訴えているのだ。原子力技術のようになってはいけないと。

しかし、それを誰が善と決めるのか、悪と決めるのか。ある人はそれを望むしある人はそれを望まない。民主主義というのはそういうものだ。そんななかでじわじわと著者たちがいうあらぬ方向に向いていくに違いない。ついこの前、テレビで、中国がクローン犬を作っているというニュースをやっていたけれども、ものすごく小さな箪笥一個分ほどのスペースでそれがおこなわれていた。ものすごく簡単な設備のように思えた。こんなところでいろいろなことがやれてしまうなら。誰がどんなところで何をするかわからない。
そんななかで人間の尊厳はどう保たれるのか。生物は環境の変化に合わせて進化するというけれども、人間がこの100年間で変えてしまったしまった環境に人間が追いつけているのかどうかというと疑問だ。自然の摂理が追い付けないからこういう技術で自らの進化をうながしているとしたら、それも自然の摂理のひとつと言えるかもしれない。かなりいびつのように思えるが・・。まして、これから本当に宇宙に飛び出していかねばならない時代になれば、放射線に強いとか、小さな重力の中でも耐えられる肉体に変わっていく必要があると言う人もいる。しかし、それが自然の一部である“人間”と言えるのだろうか・・。

簡単にできる技術だとはいえ、それなりにコストはかかる。この前のニュースでは白血病の治療薬が3千万円だそうだ。(この薬も遺伝子組み換えの技術を使っているそうだ。)こういうものを含めて、自分が望む体を得ることができる富裕層とそれを外から眺める貧困層。いまでも二極化ということが言われているけれどもそれがもっと格差となってゆく。そんな中ですべての人が満足のいく答えというものが本当に出てくるのだろうか。

まあ、僕が生きる時代にはそんな答えを出さねばならないという事態にもならずに大きな争いを見ることもないだろう。しかし、願わくば、僕の遺伝子に変更を加えてくれるというのなら、もっと記憶力をよくしてもらって、天陽クンみたいなイケメンにはしてもらえないだろうか・・。ついでに鼻血が出ない血管も欲しいものだ・・。

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鼻血が止まらない・・・。

2019年05月20日 | Weblog
土曜日の午後に突然鼻血が出てきた。それも、ボタボタという感じで・・。鼻にティッシュを詰めてしばらくしてもういいかと抜いてみると、それまでに溜まった血がドバっと出てくる。そんなことを繰り返し、一度止まったけれども、夕方また出てきた。それも止まって寝たのだが、真夜中に鼻水?と思って目が覚めると三度鼻血が出てきた。今度もかなりの出血量だ。洗面台が血だらけになってしまった。大げさだが、このままだと全身の血が抜けてしまうのではないかと恐ろしくなってきた。なにしろ、こんなに大量の血を見たことがなかった。
息子、曰く、「100CC出たら貧血になるかもしれないよ~。」目の下の方をペロッとめくって、「まだ、大丈夫や。」曰くと言ってもそれだけだ・・。まあ、医者になっている訳でもないし、家でやれることもない。それに、こっちもなんら頼ろうとも思わない。

これはダメだと和医大の救急外来に血だらけの鼻を押さえて駆け込んだ。



待っている間も血が止まらない。



最初に診てくれた救急外来の先生はかなり新前で、おまけに耳鼻科の専門でもないらしく、耳鼻科用の吸引機や鼻の中を洗うノズルが付いたユニットの使い方がわからないようでドギマギしている。看護師さんを呼んでなんとか機械は動いたが、どうも動きがぎこちない。普通なら、「あんた、大丈夫か?」みたいな突っ込みを入れてしまうところだが、数年後には息子もこんなことをやっているのだろうと思うと何も言えなくなる。この先生も、今のところ、きっと親からは頼りないやつだと思われているのだろう。

どうもこの先生は自分の手に負えないと思ったらしく、本物の耳鼻科の先生が出てきた。その新前の先生に、内視鏡を見ながらここの血管は何とかで、この奥まで行くと血管の胎動を見ることができるだろうと、僕の体を使って講義をしている。先生の後ろに立って、「見せてもらっていいですか?」と尋ねる若手はおべっかで言っているのか、本気で学びたいと思っているのか、本気で学びたいと思っているのならもっと先に勉強しとけよとやっぱり突っ込みたくなる。
極めつけに、止血だと言って8センチくらいの割りばしのようなものを突っ込まれて今日は終了。しかし、これが痛い。ヤンキーがリンチで鼻の穴に割りばしを突っ込んで下あご突き上げるやつがこれくらいの痛さだろうか・・。家に帰ったのは午前4時だった。

翌日はとりあえず出勤したけれども、割りばしが喉の奥を刺激しているのか、吐き気と頭痛がする。体もだるくて申し訳ないが午前中で家に帰らせてもらった。

月曜日になって割りばしを抜くため、近くの耳鼻科に行ったがあと1日はそのまま置いておいた方がいいと言われ、まだこの苦しみが続くのかと落胆をして帰宅。鼻水が止まらないので輪ゴムでティッシュを鼻の穴に当ててこのブログを書いている・・。



その朝、歯を磨いていると洗面台にコチンを何かが落ちた。奥歯に詰めた詰め物が落ちたようだ。鼻の血管といい、歯といい、なんだか老化のステージがひとつ上がった感じがする。悲しい。そういえばこの前散髪に行ったとき、白髪が増えたね~。とマスターに言われた。これも老化のステージへの一段上の踏み出しだったのかもしれない。
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紀ノ川河口釣行

2019年05月18日 | 2019釣り
場所:紀ノ川河口
条件:大潮 5:24満潮
釣果:ボウズ

前の休みは頭の上でハエか蚊がブンブン飛んで目が覚めたが、今朝は目覚まし時計が鳴っても、「あれ、鳴る時間のセットを間違えた。出勤時間まではまだ寝られる。」と再び寝てしまった。しかし、その直後、「そうだった。今日は休みだた。紀ノ川に行こうと思っていたのだ。」と飛び起きた。

今日はいつものポイントを通り越して通称“一銭橋”上流まで紀ノ川を遡ってみた。水深は聞いていた通りかなり深そうだ。浅くなるところの斜面に魚が付いているということだが、そこは一体どこなのだろうか。エイが泳いでいるのが見えたのでやっぱり魚はいるのだ。
橋の上からは年寄りの釣り人が何かを釣っている。常連っぽいが何を釣っているのだろう。



ただ、せっかくここまで来たけれどもここはあまり水がきれいではない。次回はここまで来ようか、どうしようか・・・。

その後は流れにまかせて橋の下をくぐり抜けてゆく。

  

結局、やっぱり獲物はなく、釣行というよりも早朝散歩という趣になってしまった。
BSのなっちゃんに出会うため急いで帰宅。

家に帰って給油のために港に戻る途中、久々に叔父さんの家に寄ると、「久しぶりやな~。」と今日も野菜を持たせてくれた。



叔父さんと叔母さんのためにも次回は何とか獲物を手にしなければならないのだ。


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加太沖釣行

2019年05月14日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:長潮 3:38満潮 9:58干潮
潮流:6:39転流 9:46 下り2.2ノット最強
釣果:ボウズ

“うるさい”とう言葉を漢字で書くと、”五月蝿い”となるけれども、たしかにうるさい。
今日は午後から雨が降るという予報なので安息日にしたかったけれども、ハエなのか蚊なのか知らないけれども寝ている頭の周りでブンブン飛ぶものだから午前2時半に目を覚ましてしまった。
情報では、まったく魚が釣れなかったあと、先週の末あたりから相場が下がるほど鯛が釣れていると聞いていたのでこのハエか蚊はきっと神様の使いで、僕を大漁の海へいざなってくれているのかもしれないと思い急いで支度をして港に向かった。

結果は上記のとおり、そんなに世の中甘くはなかった。ボウズであった。下りの潮なので沖ノ島と地ノ島の北側を釣っていた。

 

アタリは地ノ島の北側で3回。そのうち竿の先を引き込むようなアタリは1回だけで、それもすぐに離されてしまった。



これで1ヶ月以上真鯛が釣れていない。大間のマグロならまだしもこれは情けない。侍が人を斬るときときには、「刀の錆にしてくれるわ!!」と啖呵を切るけれども、我が家では、「包丁が錆まみれになってしまうわ~!!」と嘆きの雄たけびを上げねばならない・・。。

ほかの人もボウズならあきらめがつくけれども、午後から出た人がフェイスブックにアップしていた釣果は2時間あまりで10数匹だったそうだ。僕もほぼ同じ場所で仕掛けを下していたのに・・。さらに菊新丸さんからも僕がフェイスブックにアップしたボウズの報告を見て、「あれ~、昨日からチョクリでサバが爆釣よ~。言ってあげたらよかったな~。」とい電話をもらった。
極めつけは翌日の同僚のS君の言葉であった。(このブログは翌日に書いている。)「カチョ~、昨日、加太に行ってませんでした~?どうもそれらしい人がいたんで声をかけようとおもったけどはっきりわからなかったんですよ~。僕たちはふたりで二けたでしたよ~。」とのこと・・。

結局ボウズだったのはほぼ僕だけということだ。もう、立ち直れない・・。。

今シーズンはこれで加太の釣行を終えてチョクリでアジサバ狙いに切り替えてゆく。今までずっと同じ釣り方をしてきたけれども、ここ数年、確かに僕の釣果は落ちている。一体なにが悪いのか。もう完全に袋小路に入ってしまっている。なんとか抜け出さねばならないがどうやったら抜け出せるのか、それがわからない。なにしろ今までやってきたことに何の違いもないのだから次の打ち手がみつからない。陸釣り師でそんなに投資をしていないならそうでもよいけれども、僕は船を買ってしまっている。これも大きな投資だし、なにしろ、船を持つほどだから幾何かは釣りに対するプライドもある。そういう意味では後に引くにも引くことができないのだ。

ここまでの危機感を味わったというのはあまり記憶がない。

さて、この危機感を持ったままでチョクリ釣りに突入してはたしてそちらの釣りで結果を残すことができるであろうか・・。

なんとか打開策を神頼みに求めて午後からは仏様と神様の展覧会を見てきたけれども、よく考えれば、こういう展覧会の時には像の魂を抜いてから展示をするという。どれだけ拝んでもこれではご利益もない。



ぼくは一体、どうすればいいのだろうか・・・。

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山菜採り 3回目

2019年05月10日 | 2019釣り
今年最後の山菜採りだ。

コシアブラもタラノメも大きくなりすぎているはずだから今日はワラビがメインだ。ゴールデンウイークが過ぎた後のワラビはかなり大きくなっているので楽しみだ。あとはヤマウドの残り物があればありがたい。
気合を入れて午前4時に出発と考えていたが、寝坊してしまいかなり到着が遅くなった。すでに朝日が燦々と輝いていた・・。残念・・。山菜を採る時間というのはやっぱり朝露がたっぷり降り注いでいるときが一番よいと思っているのでこんなに朝早く山に入りたいのだ。



まずは北の斜面でワラビを採る。ここは毎年大きなワラビがたくさん採れるのだが、前回訪れた時にはほぼまったく生えていなかった。はたして今日はどうだろうかと見てみると、生えていることは生えているけれどもまばらにしか生えていない。例年なら半径1.5メートくらいの範囲に注意しながら移動してゆけばかなり採れるのだが、今日は半径3メートルくらいまで探索範囲を広げないとなかなか視界に入ってこない。
ひまんじんさんの話では、ゴールデンウイークからその後にかけてかなりの人が入っていたらしい。10連休もあるからだ。なんとも・・。

しかし、見つかるサイズはかなり大きい。料理屋さんに行くと、細長いお皿にす~っと横たえて煮ものとして出される長さなのだ。



南の斜面は今年は小さいうえにもう葉っぱが出始めていて食料にはならない。



うまいこと生き残ったタラノメも、南の斜面のヤマウドもすでに大きくなってしまっていてこれも食材にはならない。

 

ひと通り探索を終えてコシアブラポイントへ。やはりコシアブラもてんぷらサイズを大きく超えてしまっていた。ただ、葉っぱだけを取ってヤマウドと一緒にパスタにすると十分食べられる。香りは変わらない。そして春の最後の一皿になるのだ。



ヤマウドは北の斜面ではまだまだ採り頃だ。これでパスタの具材は整った。




今日もひまじんさんのお宅にお邪魔して外のテーブルでコーヒーをいただいた。緑が濃くなってきた周辺には心地よい風が吹いている。なんとも至福のひと時だ。



帰り道、大きくなっていたフキを採って今年の山菜採りは終了した。

家に帰って船の燃料補給に行ってきたのだが、今日の下界はすでにかなり暑くなりいつものスーパーでソフトクリームを食べてひと心地。バジルと紫蘇とミントを買って夏の到来に備えるのだ。

 


今夜の夕食は行く春を惜しむ恒例のパスタ。タケノコご飯まである。

 

今年も春のミッションがめでたくすべて終了した。また来年が楽しみだ。







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「合成生物学の衝撃」読了

2019年05月09日 | 2019読書
須田桃子 「合成生物学の衝撃」読了

「合成生物学」という言葉が異様に見えた。人間が生物を合成して作り出すなんてまるでSFかホラーだ。もちろん、遺伝子組み換え技術なんていうのは最近では新聞やニュースではよく聞く言葉だから知っているけれども、「合成」という言葉はそれの上を行きそうだ。

では、「合成生物学」とはどんなものかというと、いままで遺伝子組み換えというとウイルスなんかに別の生物の遺伝子を運ばせて組み換えるという、まあ、これを聞いているだけでもとんでもなくよくわからない技術ではあるけれども、合成生物学では、まず、その遺伝子をヌクレオチド(高校生時代に暗記した、アデニン、グワニン、シトシン、チミンというDNAの基本単位。)を一個ずつつなげて新しい遺伝子を作り、それを”クリスパーキャスナイン”という技術を使って思い通りの場所に入れ込むという技術を使って新しい能力を持った生物(単細胞生物)作ってやろうという学問だそうだ。遺伝子は読む時代から書く時代に進んだのだ。とこの本には書かれている。僕にはもうわからない。僕は老眼が進んでいるので、移動ウキをセットするための2個のシモリ玉を道糸に通すのにさえ四苦八苦しているのだ。目に見えない、つまむことさえできないものをどうやってつなぐというのだ。接着剤はあるのだろうか・・。
ちなみにiPS細胞はウイルスを使って遺伝子を運ばせる方法で作られているらしい。

2016年にはジョン・クレイグ・ヴェンターという分子生物学者が、完全に人工に作られたDNAを細胞核と置き換えて遺伝子がすべて人工的に作られた単細胞生物、「ミニマム・セル」を作り出すことに成功したそうだ。生物というだけにちゃんと細胞分裂をして増殖するらしい。

この本の3分の1は、こういった研究がどこで誰のお金で行われているのかということに言及している。その中心になっているのは、DARPA(アメリカ国防高等研究計画局)というところで、その名のとおり、軍事目的の技術開発を担っている機関だ。この本の著者は毎日新聞の記者だということで、それが直接軍拡や国家間の対立を深めるのだというようなことを偏った見方では書いてはいないけれども、そういうことが秘密裏に行われていることは事実ではないのだろうかという示唆は出している。
事実、旧ソ連から亡命した科学者たちは元の国でそういった研究を秘密裏におこなってきてそれを知っているアメリカが対抗策を講じないはずがないと言っているのだ。ヴェンダーという科学者は国家に縛られることを嫌って、投資家から資金を集めて研究所を設立してヒトゲノムの解析を世界で初めて完了した科学者になったそうだが、相当な数の科学者はDARPAの資金提供を受け入れるようにもなった。豊富な資金力と人材には勝てないということだ。
インターネットやGPSというのもこういった軍事技術から民生用に派生してきた技術だからすべてが悪魔の技術というわけではない。DARPAもこういう研究は攻撃目的で行っているのではないと言っている。たしかに、合成生物学が食糧危機や感染症の予防に劇的な革命をもたらしてくれるかもしれない。けれども、科学者の性、もしくは人間の欲望は恐ろしいという。単細胞生物を創りだすことができたのなら次は多細胞生物だ。となってくる。人間を改変して最強の兵士を作り出そうとするかもしれない。臓器移植用の分身を試験管の中から作り出すかもしれない。
そういった、ある意味、神の領域を侵すような行為を誰がどうやってどこまで認めるのか。自動運転もそうだが、そんなことが決まってゆく(決める方法もないのじゃないかと思うけれども・・)前にテクノロジーのほうがどんどん先行してパンドラの箱からあふれ出してしまう。
その時はどうなるのか。「遺伝子ドライブ」という技術はそのクリスパー技術というものを使ってその性質を瞬く間に生物間に広めてしまう技術だそうだ。マラリヤを媒介する蚊や生態系のバランスを崩す外来生物の駆除に期待されているそうだが、一度放たれたものを収束させることができるのか。(タイマーのように収束させる技術まであるそうだが。)それがわからないまま便利そうだと、また事故に乗じて研究施設の外に出てしまうかもしれない。

”クリスパーキャスナイン”という技術は2012年に発表された技術で、2016年には人工の生物と言えるものが生み出された。それは凡人にはとんでもなく速いスピードに思える。令和の時代というのはきっと人類が神を超える時代になるのではないかと感嘆と驚愕を覚えるのだ。神を超えた人類はやはり神になるのか、それとも悪魔になるのか。この速さでは僕でさえその終末を見ることができてしまうのではないだろうか。


ジョン・クレイグ・ヴェンターが創りだしたミニマム・セルにはそれが人工のものであるということと誰が作ったかということが識別できるように、DNAの端っこに作成者の名前がコードされているそうだ。ヒトゲノムもその30億個の塩基対の配列はすべて解読されているがその98パーセントはどういう役割をしているかあまりわかっていなくて、ある部分はガラクタと考えられているそうだ。ひょっとしたら、そんなガラクタな場所に、どこかの遠い星の言葉で、「コノイデンシヲツクッタノハボクダヨ~ン」なんて書かれてはいないだろうかと少し期待してしまうのだ。
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