イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「酔っぱらい読本・壱」読了

2014年11月25日 | 読書
吉行 淳之介/編 「酔っぱらい読本・壱」読了

昭和53年9月20日発刊 著者のほとんどは亡くなってしまっている人々だ。

タイトルのとおり、酒を飲むことにまつわる小文を集めたアンソロジーなのだが、この時代の文章は味がある。それに酒を飲むことにかっこよさを感じる。
酒を飲むということはこうあらなければならない。こういうダンディズムがなくなってしまったことがこの国の一番悲しいことだろう。
もう二度と戻ってこない時代の物語だ。
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水軒沖釣行

2014年11月23日 | 釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 6:54満潮
釣果:コウイカ 3匹

今日は天気がいいので加太の海はものすごい船の数だろう。それに大潮だから釣れる時間が短い。
水軒沖ではそろそコウイカが釣れる時期だろうと考えた。

紀ノ川から出撃してゆく船を見送りながらポイントへ。



まずは潮通しがいい新々波止の沖からスタート。天気がいいはずだが、朝は北東の風が強く、雲も多い。おかげで昇りきった太陽がくっきり見える。



しかし、船は思いのほか流される。30号のオモリでも底を取ろうとすると水深の1.5倍の糸が出てゆく。
30分以上粘ってみたがアタリがない。
ポイントを移動し、防波堤の陰に入って風を避けながら仕掛けを下ろすと程よい流れだ。すぐにアタリが出る。
毎年、最初のアタリが出るまではいつも不安だ。この釣りはアタリがほとんどわからない。うまくアタリを捉えることができるかどうか、1パイ釣るまで自分を信じることができないのだ。
1匹釣り上げて再びすぐにアタリ。続いて3匹目。立て続けに釣れたので今日は絶好調かと思いきや、その後がまったくアタリがなくなった。

最後のアタリが午前8時頃だったので潮が緩みはじめたのが原因か、はたまた昨日の大きな地震が影響しているのか・・・。まあ、腕がないのは確かだが・・・。

そしてきわめつけが帰港途中で拾ったウキだ。僕にはジンクスがある。「ウキを拾った日は釣れない。」という。
帰途で拾ったということは、今日は釣れないというこがすでに約束されていたのかもしれない・・・。



まだまだシーズンは始まったばかり。まだまだがんばろう。

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「日常の思想」読了

2014年11月18日 | 読書
梅原 猛 「日常の思想」読了

哲学というのは簡単に解釈すると、「世界・人生の根本原理を追及する学問」である。と広辞苑には書いてある。言い換えれば、人間とはいったい何者なのか、人間とはどこから来てどこへ行くのか。となるのだろうか。

著者は、近代文明が信じる、「人類は無限に進歩する。」という信仰を捨てなければならないと説いている。この本の文章はそのほとんどが1970年前後に書かれたものであるが、原発事故と大きな津波を経験したこの時代、とくにその意識は強くなっているのだろう。人間らしさを失ってまで生きている価値があるのか、自然の世界を破壊し、改造し、自らが生まれ出てきた場所をその面影を消滅させてしまって本当に生きて行けると思っているのかそう問いかけている。
しかし、一方で、3Dプリンターや人口光合成、iPS細胞のニュースを見ていると、無限の進歩を推し進めてゆくような内容だ。
太陽はあと30億年もすると赤色巨星となって地球の軌道を飲み込んでしまうらしい。そうなると、人類がこの地球上のみで生きている限り間違いなく息絶えるだろうが、これらの技術はまさしく宇宙で生きていゆく技術のように思える。宇宙船の中で機械を生産し、食料を生産し、全自動で病気や怪我を治す。宇宙に飛び出した人類は永遠に滅びることなく生きながらえてゆくのだろうか。

形あるものはすべて滅びるというのが世の理なのか、それとも人間だけがその運命から逃れられる特別なものなのか、多分、哲学者でもわからなくなっているのが今の世の中なのかもしれない。著者も結局わからないから表紙に鳴門巻きをあしらって、これを食べられる世の中であったら、それでいいのではないのか?と問いかけているのかもしれない。


経営者は会社の50年後の繁栄を予測し、政治家は100年先の国の姿を予測し、宗教家は56億7千万年後の人間の生きる道を考えて日々行動するなかで、アホな管理職は次の休みの海の波の高さだけを心配して生きていればいいのではあるが、哲学というOSをとおして人間の行く末を考えるということは、アホな管理職でもあほな思考なりに限りある人生を永遠の時間へと変換することができるツールなのではないかと思うのである。
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洲本沖釣行

2014年11月16日 | 釣り
場所:洲本沖(友ヶ島水道)
条件:小潮 6:59干潮14:12満潮
潮流:7:50下り最強1.9ノット 10:51転流
釣果:タチウオ 17匹

さあ、今年最後のタチウオ狙いだ。前回のチャンス、10月30日はあえなく出勤になってしまいラストの釣行が半月遅れになってしまった。
この釣りは12月に入っても続くそうだが、水温が下がるにつれて釣りづらくなるだろう。そしてこっちもテクニックも洞察力もない。この時期、すでに僕の腕では手に負えないのかもしれない。
乗合船ではかなりのところがタチウオ船を出しているのでそれに勇気をもらって出発だ。
ひとりで玉砕するのもなんなので、勤務先の釣り好きの方々に声をかけてみた。二人は今日が休みとのことだったがそのうちひとりはお子さんの日曜参観(今は父親参観というと問題があるそうだ。)に参加しなければならないそうだ。
今日の天気は穏やかそのものだが、世間の荒波は大層高そうだ。

 

中ノ瀬戸を越えてタチウオの船団を探してみるも前回のような大きな塊ができていない。嫌な予感だ・・・。釣れていないのか?
しばしウロウロしてみて数隻の船が集まっているところでテンヤを落とし始めた。
釣れるのか、どうだろうかという心配をよそに、まもなくアタリがあった。
前回みたいにアタリがあればほぼ掛かるというのではなく、半分近くはイワシがボロボロになってあがってくる。
なのでイワシの消耗が激しい。
昨日、閉店前に鮮魚売場を覗くと1パックだけイワシが残っていた。先に買ってあった2パックを含めて、合計3パックをほとんど使ってしまっていた。
最初に買った108円のパックはお腹が液状化してしまっていたが、昨日の299円の残り物半額パックは身がしっかりしていた。やっぱりいいエサを買っておかないとダメだ。
これを買っておいてよかった。どうも、今日の幸運はこのときから約束されていたのかもしれない。

下り潮に乗っては北上をくり返し、多少ムラはあるものの、終了の12時までアタリは出続けた。
同船していただいた方もぼくとほぼ同じくらいの数をあげていたようだ。
お互い満足して終了できた。

気がつけば回りにはたくさんの船が集結していた。



やっぱりこの場所がいいようだ。


今年の3回の釣行で少しは見えるものがあった。また新しい定番の釣りができたようだ。
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加太沖釣行

2014年11月11日 | 釣り
場所:加太沖
条件:中潮 9:11満潮
潮流:5:46転流 9:49上り最強 3.1ノット
釣果:真鯛 6匹 マサバ 1匹

前回はいまいちの釣果だったのだが、今日はどうも釣れる予感がしてしまったので連続だが出撃だ。

潮流の最強を迎える時刻は9時49分なので今日も夜明け前に出港。いろいろ仕掛けを持っていくと迷うばかりなので今日は高仕掛け一本で勝負だ。イソメも持っていかない。

上り潮での僕のテッパンポイントへまっしぐらだ。しかし、帝国軍の艦船で海域は制圧されてしまっている。



ロックオンされないことを祈りながら釣りを開始。

例えて言うなら、こんな感じだ・・・。




最初のアタリがあったのは午前7時を回ってからだった。型はかなり小さい。
予感ではもう少し釣れるはずであったがなかなかアタリがない。転流時刻まで真鯛4匹とサバが1匹。
最強時刻を過ぎても帝国軍は撤収しようとしない。これはまだ釣れるのかな?僕もロスタイムに突入。
午前10時ごろ立て続けにアタリが出て2匹追加。そろそろ潮が緩み始めるのでもはやこれまで。午前10時45分に終了。

田倉崎の沖ではまだまだ粘っている船団がある。あれは何を釣っているのだろうか。ひょとして青物だったりしたら悔しいが・・・。



釣果は十分あったので親戚の叔父さんの家へおすそ分け。原チャリの足元にどっさり野菜を積んでくれた。
やっぱりこれでなければ。



魚と野菜を満載したからではないだろうが、愛車がパンク・・・。
タイヤがパンクするときは本当に「パン!」と音が鳴るのだ。びっくりした。


よく見たらトレッドがすり減ってしまっていた。よく行きでパンクをしなかったものだ。これもある意味幸運だったのかもしれない。
交換に5,800円もしてしまったが、これまた海の上で立ち往生してしまうことを思えば幸運なのかもしれない。

そしてこれは不運だ、オレンジのビニールが少なくなってきたので買いに行ってみると、もう在庫がないとのこと、この店の特注で染めているので同じ色は作れないのだとか・・・。
似たような色はあるようだが、釣れる色がないと不安だ。ジキル博士ではないが、この色でないとダメなんだ。
これから先のことをよくよく考えねばならないな~。




コメント (2)
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加太沖釣行

2014年11月08日 | 釣り
場所:加太沖
条件:大潮 7:04満潮 12:47干潮
潮流:3:51転流 7:38上り最強 3.1ノット 11:23転流
釣果:カズゴ 3匹 マサバ 1匹

連休3日目、昨日はうねりが残っていそうなので今日を釣行日にした。
風は少しあるがうねりはまったくなくなってしまっていた。
なるべく早くポイントに到着しないと今日の潮ではチャンスは8時過ぎまでなので夜明け前に出港した。急がねばならないのだが朝焼けがものすごくきれいだ。空が真っ赤に染まっている。
思わずクラッチを切ってシャッターを押しまくっていた。急ぎたいのはやまやまだがこれも釣りの釣りの楽しみだ。

  

今日の作戦は潮が動いている間は高仕掛けで、緩み始めたら青イソメでマアジを狙い、止まってしまってからはイカをねらってみようという3段構えだ。

午前7時前に田倉崎沖に到着。まずは帝国軍の領内奥深くへ侵攻し高仕掛けを下ろしてみた。
幸先よくひと巻きめからアタリが出た。マサバだ。
今日はこれは釣れまくれるのではないかとウキウキしたがあとがまったく続かない。ロスタイムに入ってやっとカスゴが1匹。
ここは帝国領内だ。敵軍の攻撃を受けるのは仕方がないが、今日はひどい。僕が仕掛けを移動しようと仕掛けを回収するために下を向いていると後ろから怒鳴り声が。「どけろ。」ここは帝国軍の領内ということで百歩譲ったとしても、停止状態の船に針路を空けろとは問題がある行動ではないのか。
いつもロックオンされてばかりなので今日は僕がッシャッターでロックオンしてやった。



仕掛けをシモリに取られたのを機に場所を変え、青イソメでマアジ狙いだ。
今度は帝国領内を出て境界にに集まっている船団に加わった。

 

ここでもアタリがすぐに出た。マアジかと思ったがまたカスゴだ。その後再びカスゴ。
この時点で午前10時を回っていたので田倉崎の際でエギを流してみたがこれはダメだ。まったく釣れる気がしない。30分ほどで沖へ移動。再び青イソメで底を狙っていたが潮がほとんど動かなくなってしまっていたのでこっちもお釣れる気がしない。撤収している船もちらほら出始めたのでぼくも退散するか思っているとかすかなアタリで一番下のエサがなくなった。
これは釣れるかもしれないと気合を入れたがやっぱりアタリはなく午前11時半に終了。



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高野山と串柿

2014年11月06日 | Weblog
今日は海のほうはうねりがあるので高野山へ紅葉を観に行った。



目的は高野山のあちこちで紅葉を眺めるのはもちろん、弘法大師にささげる毎日のご飯を運ぶ姿を眺めることと麓に下りて串柿を干しているところをみることだ。

紅葉は一番いい頃なのだろうか、寺院の屋根や青い空、杉の緑とのコントラストはなかなかきれいなものだ。

   

お昼ごはんの午前10時半の行事を見物させていただいた。これは正式には御生身供(おしょうじんぐ)というそうで、1200年間(正確には1199年間)毎日かかさずおこなわれているそうだ。真言宗では弘法大師は今でも奥の院の霊廟で生き続けており、禅定を続けていると信じられているので毎日ご飯を届けているのだ。
なんとも歴史を感じる。



時間を待つ間、母親がたまたま声をかけた男性は昨日四国遍路を結願してその足で高野山までやってこられたそうだ。ほとんどの行程を歩き通したそうだ。御歳67歳、すごい。
そしてこの方はこの少し前、母親がお賽銭をボトボト落としてしまったところを拾っていただいた方であったというのをザックにくくりつけた菅笠で気がついた。小さなご縁ではあるが、帰りにバス停で待っておられるところを声をかけ、金剛峯寺まで同乗していただいたのだが、「最後にいいお接待をいただきました。」と言ってきただき、恐縮するとともに、ぼくもお遍路さんにお接待をさせていただいたのだと気がついた。

金剛峯寺から内部を公開中の徳川家康と秀忠の霊廟を見学し、こっちが松方弘樹でこっちが向井理かと下世話なことしか思い浮かばす護摩壇山に向かったが、あんなによかった天気が一転霧が立ちこめ何も見えない状態になってしまった。



これは残念。来年に持ち越しだ。

高野山に戻る途中、少しだけ晴れた霧の隙間から見えた稜線の紅葉だが、本当は数倍のパノラマを拝めたはずなのだ。




紀ノ川方面へ下り串柿の里へ。

観光地ではないらしく、狭い生活道路を散策することになる。柿干し場は農家ごとに点在しているらしく、車で行けたところには1軒だけだった。

 

しかし、大量に干されたオレンジ色の柿はきれいなものだ。


帰りは京奈和自動車道を初めて走ったのだが、果たしてこれは本当に必要なのか・・・。いったいいくらかかったのか?人口が19年連続して減っている県にして誰が使うのか・・・。と、これも弘法大師の魅力だけで高野山は十分名声があるわけで別にいなくてもいいんじゃないの?と思うゆるキャラとともに和歌山県には無駄なものが多いのではないかと少しだけすばらしい景色に汚点を感じてしまった1日であった。

 
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