イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖、加太沖釣行

2011年10月29日 | Weblog
場所:水軒沖、加太沖
条件:中潮7:56満潮
潮流:8:31上り3.2ノット最強 12:23転流 
釣果:タチウオ12匹 真鯛48センチ以下3匹 マルアジ6匹

今日はタチウオをやったあと、双子島周りでイカでも釣ろうかと思っていたが、加太の潮流を見てみると中潮で昼までずっと潮が動き続ける。これはイカを釣っている場合ではない。船がいっぱいで怒鳴られるのを覚悟して加太まで足を伸ばした。

まずは水軒一文字の新々波止沖でタチウオを開始。夜明けが遅くなって、午前5時を回ってもまだ真っ暗だ。
アタリは少なく11匹で終了。型はまずまずだがだんだん数が減ってきたようだ。タチウオのシーズンも終盤にさしかかったのだろう。



アタリが遠のいたので加太へと進路を向ける。

今日は田倉崎の西側にたくさんの船が集まっている。北から南に細長い陣形だ。
僕もその真ん中ぐらいでスタート。
多分、いつもなら漁師が怒ってくる場所だと思うのだが、魚が釣れていないのか、漁師の活性が悪いのか、みんな仲良く々場所で釣っている。何か嫌な予感がする。
(漁協が休みで遊漁船だけしか出ていなかったというのが正解だろう。客をたくさん乗せて怒鳴るわけにもいくまい。)

なんとかマアジを釣りたいと思いオキアミのエサで狙ってみるがたまに掛かってくるのはマルアジだ。底のほうで粘ればひょっとしてマアジが来るのではないかと思うのだが、反応が中層で出ているのでついつい仕掛けを上げてしまう。するとやっぱりマルアジだ。
潮はかなりの速度で流れていて、気がつくと友が島のそばまで流されていた。
沖を見るともすごい速度の潮がやってきた。中の瀬戸ではよく見る潮だが、こんなところでもすごい潮流が発生するとは知らなかった。多分、早いのぼり潮が友が島のそばで潮が引き始めて下り潮になった紀淡海峡の海とぶつかって海面が盛り上がってきたのだろう。
底潮もかなりの速度が出ているようで、まったく底が取れなくなってしまった。



もたもたしていたらその潮に飲み込まれしまい、舳先が波の頭に突っ込んでまともに船が走らなくなってきた。恐怖ほどでもないがあまりいい心地がしないので田倉崎沖まで引き返した。
この頃に潮流の最強時刻を超えたので高仕掛けに変更。マルアジ3匹のあと、午前9時半ごろに大きなアタリ。まったく予期していなかった真鯛が釣れてしまった。43センチ。そのあとまたまたアタリ。今度は48センチ。船が密集しているのでちょっとだけ優越感に浸れる。あきらかに周りの船がこっちを見ているのだ。魚を締めながら、わざと魚を持ち上げたりしている自分が浅ましいと思うのだが、まあ、めったにないことだから許してもらおう。
終わってみるとマルアジが6匹、真鯛が3匹。もう、十分だ。
今日は悠々と帰路につくことができた。

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「幸田露伴江戸前釣りの世界 釣り文学傑作選 誰でも読める現代語訳」読了

2011年10月27日 | Weblog
幸田露伴/〔著〕 木島佐一/訳・解説 「幸田露伴江戸前釣りの世界 釣り文学傑作選 誰でも読める現代語訳」読了
僕は近代の日本文学についての知識などはほんのかけらも持っていないが、幸田露伴は釣りが好きな人だということを何かの機会に知った。露伴の釣りに関する文章を集めた本を買ってみたが、使っている言葉使いと漢字がわからない。これは読めたものではないなと思っていたらこの本を見つけた。



原文のニュアンスをすべて表現しているとは思わないが、それでもさすがに含蓄、薀蓄のある文章が多い。

「幻談」というのはけっこう有名な話で講談にもなっているが、釣師がもつ道具への執着はそこまであるのかという話だ。

はたまた、釣師の心得として、遊漁者は漁師ではないのだから漁獲の多い少ないを言ってはならない。エサ代もケチってはダメ。竿はやわらかく糸は細く獲物をすばやく採るなどということを考えるべきではない。安いエサを使い、そっけない釣具を用いて、単に漁獲を多くしようと思うならば、その人はすでに娯楽のために魚を釣る人ではなくなって、利益のために魚を釣る人になってしまう。
これは心に留めておかなければ・・・。

リールの原点はのひとつは中国にあり、「釣車」と呼ばれたとか、釣り針についてもその考証がこの時代にあって外国の物にまで及んでいる。

残念なのは、著者の文章か、露伴の文章を訳したものか、よくわからない構成になっている。おまけに脱字がすこぶる多い。あとがきでお世話になりましたと言っている人の肩書きまで脱字になっている。

やっぱり原書で読まないと面白さはわからないのだろうな。
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寝過ごした・・・

2011年10月25日 | Weblog
今日は前回と同じく、小泊の港へ釣行しようと準備していたが寝過ごしてしまった。
午前2時半には起床して出発するつもりだったが、最初に目を覚ましたのが午前3時半、これでは高速の割引時間に間に合わないし到着が遅くなってしまう。布団の中で、近場で紀州釣りができるところはないかと考えていたらまたまた眠りに落ちてしまった。次に目が覚めたのがこの時間。
今日は和歌山北部は朝から雨で波も高い予報だったので船の釣りは無理なのでこれで万事休す。

配合したヌカも無駄になってしまった。早く使わないと腐敗が進んでしまうのに、次のチャンスは11月の2週目くらいだ。
もったいないことをしてしまった。

南紀がどんどん遠くなる。


仕方がないので撮り貯めしたビデオを朝の5時から連続鑑賞。週末の釣り番組とBSの映画を観た。
「グッドモーニング ベトナム」「風と共に去りぬ」はなかかよかった。
 
「グッドモーニング・・・」は開高健が最初の取材に出た1960年代中ごろのベトナムが舞台だ。こんな場所を師は取材して歩いたのかと思うと感慨深かった。アオザイを着たヒロインは「素蛾」を思い起こす美少女だった。
「風と共に・・・」はビビアン・リーとクラーク・ゲーブルが最高だな~。韓流整形スターも草食系も地べたにひれ伏さなければならないかっこよさだ。

ほぼ1日中テレビの前にいたので目が腐ってしまった。
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カラスミ熟成中

2011年10月21日 | Weblog
前々回の釣行で釣り上げたボラの卵をカラスミに加工している。
2週間の塩漬けのあと3日間の塩抜き。
今日から乾燥作業だ。冷蔵庫の中で毎日ひっくり返してウオッカ(本当は焼酎がいいのだが、あいにく強いお酒はこれしかない。)を塗り続ける。天気のいい日は1日天日干し。
1ヵ月後には美味しいカラスミが出来上がる。
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水軒沖、加太沖釣行

2011年10月18日 | Weblog
場所:水軒沖、加太沖
条件:小潮73:18干潮
潮流:7:32転流 11:41上り2.9ノット最強 
釣果:タチウオ29匹 マルアジ3匹

日曜日の休みは風が強かったので出撃を見合わせたが、今日は行けそうだ。
前回のリベンジを果たすべくまずはタチウオ狙いだ。双子島方面ではなくてっぱんポイントの水軒一文字の新々波止の沖でスタート。ポイントに到着したらすぐにアタリだ。今日は釣れそうだ。アタリは途切れなく続いて午前6時までに29匹。防波堤の工事船がポイントを占拠してしまったので終了。
型は少しだけ大きくなって2匹は指4本くらいのもの混じっていた。

魚の写真と朝焼けの風景を撮り、加太に向かっていると釣り公園の沖でチョクリをやっている船が2艘出ていた。



エサつりとチョクリの2本立てでいこうと考えていたのでこんなところで釣れてくれれば楽勝だと考えて2艘の船の間に割り込んで釣りを開始。しばらしてアタリがあった。お~釣れるじゃないか。しかし、タモを使わずに抜き上げてやろうと思ったら抜き上げた直後に空中を舞ってでバラシてしまった。残念。すぐあとにまたアタリ。今度は慎重にタモを使って取り込んだ。
その後は魚探には影が映るがアタリがない。田倉崎の方を見るとたくさんの船が集まっている。それを見ているといても立ってもいられなくなる。早々に切り上げて田倉崎へ移動。
仕掛けもエサ釣りに変えて再スタート。
漁礁の上の船団の末席について釣りを始める。



しばらくしてアタリ。お~、ここでも釣れるじゃないか。マアジかと期待したがここでもマルアジ。1匹取り込んで魚を〆て、さてエサの点検をしようかと残りの仕掛けを手繰るとあれ、もう1匹ついていた。魚が掛かったまま放っておいたせいか水面まで上がってきてバラシ。アタリが少ない中の貴重な1匹だ。悔しい。
その後、1匹追加したが、風がどんどん強くなってきた。11時までは粘りたいと思ったがアタリも少ないし釣れてもマルアジだったら長居しても無駄だろうと考えて10時前に終了。



帰りは久しぶりに潮でずぶ濡れになっての帰港となってしまった。
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「半島を出よ 上/下」 読了

2011年10月11日 | Weblog
村上龍 「半島を出よ 上/下」 読了

初版は2005年、北朝鮮の拉致家族が帰国して、その子供達が帰国した翌年だったから日本中が北の帝国に対して恐怖し、注目していた頃だったと思う。
面白そうな本だと思っていたが値段が値段だし、特に村上龍が好きなわけでもないし、文庫本が出たときも買ってみようかと思いつつ買わないままになっていた。
しかし、とうとう、古本屋さんで、なんと1冊180円という破格の値段で手に入れた。


物語の始まりは2011年4月1日。エイプリールフールのつもりなのか、4月1日だ。
福岡に北朝鮮のコマンド9人が上陸する。前代未聞の事件に右往左往する政府はくしくも2011年の日本政府と重なる。未曾有の大天災に何もすることができずに右往左往。偶然にも2011年にこの本を読んで危機管理という言葉はこの国には本当になかったと空想が現実になってしまったとまずは驚いてしまった。それを看破していた村上龍は天才だ。

危機管理能力がないのは政府だけではなくって、JRもそうだし、どこかの電力会社もそうだし、わが社もそうだ。顧客第一主義なんて言っておきながら本当に顧客の姿が見えている人は何人いるのだろう。「君らはお互いの考えていることがちょっとずれているのと違うか?」という上司は会議やミーティングという言葉を持ち合わせていないようで、人が集まって話すことを極端に嫌う。そんなことではコンセンサスが得られないのは当然だと思わないのか。会議が機能しないのは専制政治だ。それでは北の帝国と同じではないのだろうか。第三者割当増資と言いながら000億円も借金をしてもどうも社内には危機感がない。という僕も危機感を募らせることがなく、差し迫った困難や危機から逃れるための安直な言い訳を探しているのだ。

対してこの物語のヒーロー達は世間から蔑まれたアウトローでありながら自分が納得した生き方の集大成として大作戦を決行する。
村上龍は「13歳のハローワーク」というベストセラーを書いたが、最終的にはこの物語も、人は自分の矜持は何なのかということを探すために生きてゆかなければならないと訴えているのだろうなと思うのである。

しかし、福岡ドームというのはガメラがやってきては壊され、コマンドがやってきては壊され、なんとも不遇な建物だ。
それでもフランチャイズのホークスは2011年もリーグ優勝と無敵の球団で、大阪ドームがフランチャイズの球団とは大違いなのだ。
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水軒沖釣行

2011年10月10日 | Weblog
場所:水軒沖
条件:大潮5:02満潮
釣果:タチウオ8匹 アオリイカ1匹

今日は天気がいいので加太へと思ったが、多分、ものすごい船の数と警戒船でまともに釣りができなだろうと思い、タチウオだけにしてみた。
週末に撮り貯めしたビデオも早く見ないといけないし。

さすがに秋晴れの日、タチウオだけではもったいないのでエギとルアーも持参して双子島沖へと向かった。
タチウオのアタリは渋い。ほとんどない。1時間ほど流してやっと8匹だ。午前6時過ぎにはまったくアタリがなくなったので前回スズキを釣ったポイントへ移動。
ルアーを投げてみるもこれもアタリはなし。
この季節のスズキはいったいどこにいるのだろう。まあ、いたとしても僕のテクニックでは限りなく釣り上げることは難しいとは思うが・・・。
それでもダメならエギがある。こっちは3投目でヒット。いるじゃないか。いるじゃないか。気をよくしてキャストを続けるがイカもこれまで。



集中力が続かずに7時半ごろに終了。

船が大きいものだから磯際に近づけない。これは仕方がない。安全第一だ。
エギをキャストするよりもオモリをつけて沈めて釣ったほうがいいのではないだろうか。
もう一度仕掛けを工夫して挑戦したいものだ。
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小泊釣行

2011年10月04日 | Weblog
場所:周参見港 小泊
条件:小潮 11:15満潮
釣果:チヌ5匹 ヘダイ1匹 アイゴ2匹 ボラ多数

今日はすさみの小泊へ行ってきた。不景気な昨今、防波堤なら渡船代が浮くというものだ。すさみといえば台風12号の被災地まですぐのところであり、たくさんのボランティアの方々が応援に入っている中で能天気に魚釣りとは何事か!と言われるかもしれないがそれはそれ、家族からはチヌを釣るよりタチウオとアジを釣って来いと言われても僕から紀州釣りとフカセ釣りを取ったら僕が僕でなくなるのだ。ここまで南下したら僕のヘッポコな腕前でもなんとかなるのではないかと期待してみた。

ウキ下は約3ヒロと田辺カグラの半分、おまけに朝一は北東の風が強く、生命反応はまったくなし。やっぱり僕の腕前では地方の防波堤などではまともな釣果は得られないのかと、早く切り上げてどこかの温泉にでもつかりに行こうかと今日の予定は大きく変わりそうになってしまった。

しかし、午前8時を回ったころ、モゾモゾしたアタリでチヌが釣れた。おお、小さいけど釣れるじゃないか。それから午前9時までに3匹を釣り上げた。ここは二つの川が流れ込む河口に位置しているので込み潮になってくると状況がよくなるのかもしれない。その後も大小アタリがたくさん出てくる。特にボラがすごい。田辺は少なくなったような印象があるがここはスレでもたくさん掛かってくる。もう、腕が疲れた。
小は小でやはり南国、タマミ?やGT?はてはちょっと熱帯魚?みたいな魚まで釣れてきた。これはそこそこのサイズだったのでいっぺん食べてみようかと思ったが、毒があるかも知れないと思い泣く泣く海へお帰りいただいた。
  

途中で潮が止まってしまったがアタリは続いて最後の1投でアイゴが掛かった。釣りを続けていればまだまだアタリはあったと思うがもうひとつのお楽しみ、とれとれ市場のソフトクリーム売り場に直行するために午後1時半に終了した。


田辺市内の釣具屋さんのはしごもしてみたが欲しくなるものもない。早く高速道路に乗りすぎたので通勤割引の時間帯にあわせるために湯浅SAで一服。財布のなかに入っているエサ予約でもらえる釣太郎の氷の引換券を整理してみるとなんと32枚もあった。一昨年、去年、今年とあまり磯釣りには行っていなかったがこんなに溜まっていたとは驚きだ。


キープした2匹のボラには大きな卵が入っていた。今回はうまく選ぶことができた。
この卵はカラスミを作るために早速塩漬けにした。1ヶ月半後には立派なカラスミができていると思う。
身は我が家の定番料理、中華風オーロラソース和えにして全部食べてしまった。普通はエビで作るのだが我が家はボラで作る。
うちの子供はボラで作るのが当たり前と思っていたようで、テレビで見たときに「これはボラと違う。」と言っていた。こんな料理を外で食べさせたことがないので、子供には本当のことを教えて恥をかかないようにしてあげた。

この、ボラという魚は人々からは嫌われ者として扱われているが、遠い昔から日本人の貴重なタンパク源であった。
生活にも密着していて、「おぼこい」「いなせ」「とどのつまり」なんかはすべて出世魚であるボラのそれぞれの呼び名が語源だ。
食べ方によったら美味しい魚だし、水のきれいなところで釣ったものは臭みなど全然ない。
ボラの復権を願う僕としては、もっとたくさんのひとに食べてもらいたいと思うのだ。

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「ゴールデンスランバー 」読了のあとで再考

2011年10月02日 | Weblog
伊坂幸太郎 「ゴールデンスランバー 」読了

この作家は小説家というよりも、マーケティングの専門家かロールプレイングゲームのシナリオライターのような人ではないのだろうか。

自分が報われないのは、抗うことができない大きな力が自分に立ち塞がっているからだ。決して自分の能力の無さではないのだ。自分は孤独ではない。きっと自分を助けてくれるひとがどこかにいるはずだ。
まさに現代の人たちがきっと自己逃避の言い訳に考えていることをそのまま物語りにして読者の共感を得ようとしてるかのようだ。
支離滅裂な登場人物と場面がどこかでつなっがてゆく。ぼくはテレビゲームが苦手なのでまったく知らないが、ロールプレイングゲームというのはきっとこういう構成になっているのではないのだろうか。

タイトルにしても、物の名前をつける時には濁点のある文字を入れると安定感が出て好感がもてる名前ができるそうだが、前と真ん中と後ろに濁点のある文字を配したタイトルはまさしくマーケティング上大衆に受け入れられやすいものに違いない。

そういう意味ではこの作家は現代を見る目を持ってはいるが小説家ではないような気がする。
しかし、映画にすると確かに面白い内容だった。


この本は、僕の息子が買ってきたものを借りて読んだのであるが、主人公とその友人の会話で、「おまえ、あのアイドルとやったのかよ?」というくだりがある。
はたして、僕の息子は、この“やったのかよ”ということをどこまで理解しているのかというほうがものすごく気になってしまった。中学3年にもなると、当然そのようなことは知ってもらっていないと困りものだとうあ思うが、知っているとなるとこれまた困りものなのだ。

どちらにしても、困りものなのだ。


と今年の6月15日に長々書いてみたが、この小説の本当の核心は、「人を信じることはいいことだ。」ということが今日のテレビを見てやっとわかった。
本当にいい政治というのはそこに政治があるとわからないことだ。と聞いたことがあるが、いい小説も同じようなことが言えるのかもしれない。
読みが足らないな。

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