イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

貧すれば鈍する・・。

2020年08月10日 | Weblog

今日は久々に和歌山にやってくる友人と釣りに行く予定であった。そのうちのおひとりはイラストが得意で、安直に「僕の船も描いてくださいよ。」とお願いしてしまったら、本当に描いてくれた。それを届けてくれるというのでそれならいっそ、釣りにも行きましょうよということになったのだ。

夜明け前にタチウオを釣ってみてそれからキスを釣りに行きましょうという計画であったが、今日の予報は南風が強く吹くとなっていて、とりあえずタチウオだけでもということになっていた。

集合時刻は午前4時半。彼らは奈良県内に住んでいるので午前2時の出発になるそうだ。時間通りに集合して、さあ、出発だとギアをリバースに入れたらエンストを起こした。あれ、また舳先のロープをひっかけたかと思ったがどうもおかしい。もう一度エンジンをかけてリバースに入れるとまたエンスト。嫌な予感がした・・。その予感は的中していて、隣のフライングダッチマン号の錨のロープを巻き込んでしまった。
以前からそのロープは浮き気味になっていて、特に南風が吹いているときには僕の船の真下を横切るようなかたちになる。いつも気にしながら、船尾を少し沖に出してからギアを入れるようにしていた。
今日は南風が強かったので船尾を沖に出すとすぐに流されてしまうと思い、代わりに間隔を取るためにフライングダッチマン号の船尾を押してからギアを入れたのだがそれでも流され度合いが強かったようだ。この港ではこういうことが起こらないようにロープに錘をつけて沈めておくものなのだが、以前からこのブログで何度も書いている通り、この船のオーナーはまったく放置状態なのだ。ご奇特なふたつ先に係留している船のオーナーさんがときたま面倒を見てくれているようだが、そこまでは気が回らないようでロープは浮いた状態のままだった。

まったくの不覚だった。なんとかロープをほどこうとのぞき窓からボートフックを差し込んでみるがまったくどうにもならない。スクリューの端を押してもシャフトが回らない。友人には申し訳ないが今日は船を出せませんと説明してどこか陸っぱりで釣りをできるところを探してくださいとお願いしてお帰りいただいた。

少し明るくなってきたのでもう一度トライしてみるが状況は変わらず、まったくお手上げだ。
これはもう、最後の手段しかない。家に帰って海水パンツにはき替え、水中メガネとシュノーケルを持って港へ舞い戻った。去年の夏から水質がよくなってきたとはいえ、決してきれいとは言えない海水の中に飛び込んでロープをまさぐってみた。2周くらいは順調にほどけたが、そのあとは締まり具合が硬くて動かなくなってしまった。もっと深く潜って間近で確かめてみると、ロープがシャフトとブラケットの間に食い込んでしまっていた。これは難儀だ。
シャフトとスクリューを足場にして踏ん張って引っ張るが、抜けたのはわずかに10センチほどだ。仕方がない。これは端のほうからロープをしっかり握ってほどいたほうがよかろうとダッチマン号のデッキによじ登ろうとするのだが、船って一度落ちてしまうと意外と這い上がれない。もちろん僕の船の方が大きいのでそっちにも登れない。そんなパニック映画があるというのが紹介されているテレビを見たことがあるが、まさしくそれだ。仕方がないので港の端にあるスロープまで泳いで元に戻った。(調べてみると、それは「探偵ナイトスクープ」だった。ヨットから、泳ぐために飛び降りた人たちがハシゴを下すのを忘れていて、這い上がれずに溺れながらひとりまたひとりと死んでいくという、ただそれだけの映画だったと思う。)

フライングダッチマン号のデッキにあるロープの端を探してみるのだが、その名の通り(一応、ちゃんとした名前があるはずなのだが、この惨状をみると、フライングダッチマン号というほうがうまく合っているように思う。)でどこに何があるのかがわからない。やっと探し出したロープをほどいてもう一度水の中に入り力を入れてみるがやっぱり動かない。



仕方がない、切ろう。またデッキに戻らなければならない。また泳いでスロープまで行くのは嫌だと思いながら立ち泳ぎのまま考えて、僕の船の舵に足をかけて登る方法を編み出した。なんとか這い上がれた。僕もそこそこ歳だが、必要に駆られると意外と力と知恵が出るものだ。

ナイフを手にしてまたダイブ。まずは巻き付いていない部分を切って繋ぎなおす。これでダッチマン号への応急対応はできた。今度はシャフトに巻き付いて固着したロープを削ぐように切り出してゆく。
シャフトも自由に動くようになった。
所要時間約2時間。腕や肩に擦り傷を作りながらなんとか終了。自分の船をきちんとした位置に固定し、また同じことが起こらないようにダッチマン号のロープを沈める錘も取り付けておいた。
錨のロープなんかを切ってしまうと普通ならえらいお叱りを受けてしまうものなのだが、こんな放置状態の船なら文句を言われる筋合いはない。むしろ、きちんと管理してくれていないからこんなトラブルが起こるのだということを責めたいと思うくらいだ。

このブログは翌日に書いているのだが、昨日の夜に赤く腫れてきた擦り傷は一晩で治まったのに対して、足の付け根や太ももの筋肉痛がひどくなってきた。



あの汚い海水に対しての免疫力はそこそこあるものの、筋力は相変わらずのようだ。というか、意外なほど水中で体を動かしていたらしい。
2回はやりたくない作業であった。

毎日もやもやしたことを考えているからこんなミスをしてしまう。釣れない、へまをする、すべてはひとつに収束する。いつになったら抜け出せるのだろうか・・。

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桃源郷に行く。信楽へ・・。

2020年06月27日 | Weblog
スカーレットの放送が始まって以来ずっと訪ねたいと思っていたところだ。まったくミーハーな話だが、このドラマの脚本を書いた水橋文美江がインタビューで、「このドラマには悪人はひとりも出てこない。」と語っていた。悪人がひとりもいないとはまるで桃源郷じゃないか!そこいったいどんなところなのだろうかとそんなに距離も離れていない信楽の町にがぜん興味が湧いてきた。

思い立ったのは去年の暮れ。しかし、名阪国道は雪の恐れもあるから、これは春になってからだろうと考えていたらこのコロナショックだ。さすがに県外ナンバーの車が駐車場に止まっていたら後ろ指をさされるだろうと我慢をしていたが、やっとそのチャンスが訪れた。

この梅雨時、今日も昼からは雨の予報だったので朝は思いっきり早く家を出た。まあ、例年、高野山に上るのも朝が早いが、人がいなくてひっそりとした観光地はこれはこれですごく魅力的なのである。

午前4時40分にガソリンを給油してそのまま阪和道に乗り込む。
京奈和道は橿原市内だけがつながっていないだけでそのまま名阪国道に乗る。しかし、奈良県人の車の運転は荒くたい。割り込みは当たり前でスピードも速い。名阪国道に入っても交通量は多くて道もけっこう荒れているし、加えて軽自動車ではアップダウンのきつい自動車専用道路は大変だということを思い知った。坂道でまったく加速しない。おまけにこんな交通事情だと半自動運転システムも役に立たないのだ。

僕の思惑では2時間10分くらいで現地到着と考えていたけれども2時間40分のスコアになった。
カーナビの案内もいい加減と言えばいい加減で、大内というインターチェンジから下りたのだが、その後は普段は誰も通らないのではなかろうかという山道が続いた。舗装はされているものの、両側からは草が飛び出ていて、上の方からも木の枝が垂れ下がってきている。



車高が2メートル近い僕の車は二、三度その枝をひっかけてしまった。これから狸の里を訪ねるのでこれはきっと化かされているなと思いながらなんとか幹線道路に出ることができた。ちなみに帰りはずっと2車線の道路を通って上野インターチェンジから帰ることができた。帰りによく見たら隣のインターチェンジだった。やっぱり化かされた・・。

今日の目的は街並みの散策もあるけれども、スカーレットのロケ地になったところを何か所か訪ねてみたいと考えている。事前に調べたのは、丸熊陶業のロケが行われた窯元と、最終回で喜美子さんが上っていった坂道だ。
信楽の中心街というのはそれほど大きくなく、外周道路は3kmと少ししかない。そのコースの最後あたりに目的の場所があるらしい。
信楽駅前の今時らしいマスクをした大狸を見て新宮神社を参拝。

 

そこから外周道路を歩く。最初のところは何もないところだが、川沿いの路肩を見てみるとワラビがやたらと生えている。ここは春に来るといい感じだ。ワラビはその後いたるところで見ることができた。



道を歩いていると、ちょっと脳みその暖かそうな男性が声をかけてきた。「観光ですか?」「そうなんです。」それだけの会話だが、睨まれるよりも気持ちがホッとする。

丸熊陶業のロケは山文という窯元でおこなわれたらしく、誰もいないが敷地の中に入ってみると、その時の写真が小さなパネルになって飾られていた。

     

もう少し奥にも嘉元があって、近づいてゆくと、庭の草むしりをしていたおばあさんが声をかけてくれた。

和歌山からきたことや、スカーレットのドラマにあこがれてやってきたことを話すと、観光マップを手渡してくれて、目の前の煙突もよくドラマに出ていたんですよと教えてくれた。



そして、丸熊陶業の登り窯は別の窯元にあるということも教えてくれた。
うちはギャラリーもやっているので10時過ぎに来てくれたら作品を見ることや買い物もできますよと教えてくれたがこれは事情があって実現しなかった。

再び外周道路に戻り喜美子さんが上っていった坂道を目指す。それはすぐに見つかった。目の前には卯山窯という窯元があるのだが、そこの奥さんらしき人が植木に水をやっていたので念のために聞いてみると、たしかにこの場所がそうであった。ちなみに武志君と真奈ちゃんが並んで歩いた坂もこの場所だ。







歩いてゆくと1軒すでに開店している陶器屋さんがあった。中をのぞいてぐい飲みの値段を聞いてみると釉薬のかかっていないものはけっこう高価だと言われた。値札が貼られていなかったので、ちなみにこれっていくらですかと聞いたら1万円です・・。ウッ、これではおみやげに買って帰れない・・。となると、ギャラリーを構えているようなお店だともっと値段が跳ね上がりそうでさっきのお店には寄らないでおこうと決めた。

そして登り窯のある宗陶苑を訪ねる。



ここのお店もすでに開店準備に入っているようで入り口が開いていた。若女将さんらしき人が招き入れてくれた。ここで恥をしのんで、1000円くらいで買えるぐい飲みってありますかと聞いたら、けっこうあるようだ。そして聞いてみるとほとんどは釉薬をかけずに焼いた信楽の土の色がそのまま出ているものだそうだ。まさしく緋色、スカーレットだ。
小ぶりなものは1個700円。これで十分。2個買って1540円しか払っていないのにお茶までふるまってくれたうえにいろいろな話を聞かせてくれた。
登り窯はもちろん、撮影で使われたタヌキの置物はほとんどがここの製品だということ、陶芸の森の近くの玉桂寺駅のそばには川原家と、タヌキの置物が置いてあった三差路があるということ。どちらも今もそのまま残っているらしい。(川原家は入り口の門だけで、家はセットだったそうだ。)
ちなみに、ここの登り窯は現役で年に2回は火を入れて製品を作っているそうだ。今は8月の火入れに向かって焼くための製品を窯に並べる直前で、窯の中に棚を組んでいるところだそうだ。



喜美子さんと照子さんが話をしていた通路にも薪も大量に積まれていて、薪だけであの巨大な登り窯の温度を維持するらしい。すごい。



僕もそこに行こうと駐車場まで戻ると、休館日と書いていた伝統産業会館というところの扉が開いていた。さっきの宗陶苑の若女将さんに、ここには新たに喜美子さんの穴窯が移築されて展示される予定だということを聞いていたので、事務の人に聞くと、受付の反対側に照明を落とされた状態で展示されていた。あの、吉野川さんのタヌキや目覚まし時計も置かれていたが、公開前なので写真撮影はNGとのこと・・。残念。



車に乗って移動。玉桂寺駅まで行ってみたがその場所がまったくわからない。そんなに道がたくさんあるわけではないのだがやっぱりわからない。それに、道は狭く、森の中を行くようなところばかりでその先に何があるのかわからない。吉野川さんが土を掘っていたっぽいところがあっただけだ。

  

そのかわり、巨大なタラノメの木の群落を見つけた。どうも盗られた形跡がない。この辺の人たちはタラノメは食べないのだろうか。市街地からは目と鼻の先なのに・・。



最後に陶芸の森へ。ここには神山清子の作品とともに、八郎さんが大賞をとった壺も展示されていた。

 

そろそろ雨が気になってきたので午前11時半に信楽を後にした。
帰りの幹線道路沿いの窯では煙突から火柱が立っていた。ここは観光地でもあるが、確かに産業と創作の場でもあるのだ。きちんと生きている町なのだ。



信楽で出会った人たちは確かに優しい人ばかりだった。そして、人だけでなく、山菜採りにとっても桃源郷のようであった。

そして僕のおみやげはふたつのぐい呑みとマグカップ。加えて、喜美子さんのように陶器の欠けらを拾ってきた。

  

多分、室町の物ではなく、ただの火鉢の欠けらだと思うけれども、僕の人生のお伴になってくれるだろうか。
買ってきたマグカップも喜美子さんの初めて作ったコーヒーカップのように、縁が欠けたものだ。B品として安く売られていた。

 

もうひとつ拾っていた素焼きの欠けらの端くれを細かくすり潰し、カシュー塗料と混ぜて即席のパテを作り割れ目に盛ってみた。ついでに漆の粘土で作られたぐい飲みの欠けたところも直してみた。
家に帰っても楽しみが続く信楽なのだ。

 

2020年5月25日探訪。


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燻製作り

2020年05月21日 | Weblog
前回の釣行で仕込んでいたサバを燻製に仕上げた。本当は明日に作業をするつもりでいたのだが今日は風が吹いていて明日は穏やかな予報なので釣行日を変更して燻製作りを先にやっておこうと考えた。通常は冷蔵庫で3日の乾燥工程が2日になってしまったので早朝から外に出して自然の風を当てなるべく水分を飛ばして準備をした。

その前の冷蔵庫の乾燥を効率的におこなうため、乾燥台なるものを作ってみた。いつもはプラスチック製のザルを使っているのだがこれがかさばる。これなら狭い空間でも2段で使えるので効率的だ。それに100均の簀の子が偶然ピッタリ合ったので竹が水分を吸ってくれてより乾燥が進むというものだ。



そして、熱源は豆炭を使うのだが、いつも着火に手間取る。お手軽チャコールを細切れにして着火剤代わりに使い、その火を消し炭に移してやっと豆炭へ火が点くという感じで、必ず途中で火が消えてこれで30分は使ってしまっていたのだが、今回は港のそばに山のようにある松の枯れ枝を拾ってきて着火剤代わりに使ってみた。松はヤニを含んでいるので焚きつけには最高らしい。



これはむちゃくちゃうまくいった。今日は5分ほどで豆炭に火が移ってくれた。

その後はいつもと同じだ。80℃前後の温度を維持しながら1時間ほど燻すといい色に仕上がった。



今年のサバは型が大きいのでかなり食べごたえのある燻製が出来上がった。
次は秋に太刀魚の燻製だ。
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船底塗装

2020年05月07日 | Weblog
緊急事態宣言が延長されて、今週も週休4日になった。
そして今週は大潮の回りだ。通達が出て休日を入れなおしてデスクトップの潮時表を見てみると、7日、8日は大潮で風は強そうだが天気はいい。そのまま廊下に出てちからさんに電話を入れた。「あさってなんですが、船、上架してもらえませんか?」
ちからさんの業界も長い休みになり、今日は久々の出勤日で慌ただしいらしいのだが二つ返事で引き受けてくれた。ひとの都合を考えずに発作的に行動するバカなやつにでも優しい手をさしのべてくれる。申し訳ない・・。

午前6時頃にはスロープまで行っておこうとバイクを置いて母港までトボトボ歩いて移動。



この季節だと夜明けが早くて出港時には太陽が顔を出している。



午前6時すぎにはちからさんも港にやってきてくれて上架を開始。それまでは風は穏やかだったのだが、急に風が吹いてきた。上架するときは船台から伸びた鋼管に船を添わせながらウインチで引き上げてもらうのだが、風が強いと船を安定させるのが難しい。ちからさんは、「落ち着いて風を読みながら操船すれば簡単ですよ。」と言うのだが、それが素人には難しい。3回ほどトライしてやっと位置が決まりゆっくり船が上陸し始める。
今日もなんとか上架完了。

水温が低く推移しているのか、港の水質はすこぶる良くてカキはほとんど付着していない。高圧洗浄機で藻を吹き飛ばすだけでほぼ船底は綺麗になってしまい、午前7時半にはほぼ掃除は完了。



舵の周りを入念に掃除し、亜鉛を入れ替え、スクリューの塗装のためのプライマーを塗ってからペンキの刷毛を買いに港の近くのコーナンへ。発作的に上架を決めたのですべての準備ができなかったのだ。手袋も山菜採り用のものを流用だ。



午前9時の開店のはずがコロナ感染予防で開店時間が遅くなってまだ開店していない。これは困った。ダメ元で午前9時に開店するスーパーの横にある100均を訪ねたら幸運なことに開店していて事なきを得た。



それから一気に塗装を開始。スクリューの上塗りも終えてなんとかお昼前に終了。

 

気になるのは舵だ。
つい3ヶ月ほど前にも動かなくなってしまったのだが、台座も含めて腐食がものすごく酷くなってしまっている。ここ数年で一気に腐食が進んでしまった気がする。きっとこれが舵が動かなくなる要因になってしまっているのかもしれないがそれよりも、突然折れてしまったりしないのだろうかなどと心配になってしまうのだが大丈夫なのだろうか・・。




これは僕の塗装あるあるなのだが、手が汚れないように慎重に塗料を扱い、手袋も二重にして作業をしているのだが、結局最後には必ず手に塗料が付いてしまっている。



こういうのも性格がきっと出るのだろうなと、これからはもう、あきらめようと心に誓ったのである。

スロープの使用料を支払いに漁協の事務所を訪ねる。今年から和歌浦蛭子神社の中に移転している。この蛭子神社はかなり古いらしく一説では和歌浦東照宮や和歌浦天満宮よりも起源は古いらしい。
祠を鞘堂で覆うという、中尊寺のような凝った造りになっている。

 

調べてみると(といってもネットでググるだけなのだが)蛭子と書くエビス様はもとは「ヒルコ」と読み、蛭子神とはイザナギ命とイザナミ命が最初に産んだ神様だそうだ。それが恵比寿神と同一視され始めたのが室町時代ということだから、蛭子神を祀っているということは室町以前からこの地に鎮座していたのかもしれない。この神社は元旦と十日えびすくらいしか開いていなくてめったにお参りできなかったのだが、事務所が移転してほぼいつでもお参りできるようになるうだ。
これからはいつでもお参りできるというのはありがたいことなのだ。





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山菜採り 番外編

2020年05月02日 | Weblog
前回の山菜取りでフキを持って帰ってきたとき、僕の奥さんがボソッと「山形でフキを砂糖漬け」にしたものを食べた。エメラルド色をしていてきれいでものすごく美味しかったというのだ。
僕の奥さんのお父さんは山形県新庄市の出身で本家のお嫁さん(お義父さんの義理のお姉さんにあたる人だ)は料理が得意で山菜や収穫物で様々な料理を作るそうだ。僕も一度だけここにお邪魔したことがあるけれども、確かに山菜料理はおいしかった。多分ゼンマイだったのだと思うけれども油の使い方が最高だった。当時はいまほど山菜にも興味がなかったのでいろいろ聞けなかったのが残念だった。
イナゴを食べたのもここが最初で最後だったし、いまでもお義父さん経由でいただく辛味噌は絶品で、唐辛子はうちでも山のようにあるのだからレシピを聞いてくれというのだけれども嫌がって聞いてくれないのだ。ひょっとしたら僕の奥さんはぼくがこういうことをするのが気に入らないのかしらと訝ったりするのである。

それが結婚をして25年も経って突然そんなことを言うもので、じゃあ、フキを採ってきて自分で作ってみようと発作的に準備をして家を出た。



職場が休業状態に入り約3週間。世間では自粛疲れというけれども、僕はその間遊び過ぎた。(一応、3密を避けながら。)
会社では嫌なことがありすぎて今年は磯のチヌ釣りと山菜採りに行くにはモチベーションが低すぎると思っていたけれども、時間がたっぷりできたこととアドラー心理学の本を読んだことでそれも例年通り実現した。
不謹慎だが、コロナ様さまだ。

去年の秋、叔父さんの家からもらってきた鬼ゆずを使って作ったピールが成功したのでフキでもきっとうまく作れるはずだと思い込んで、今日はフキをメインにして採ってきた。
しかし、そんなに料理は甘くない。
フキと同量の砂糖をぶち込んで煮始めたけれども、すごい量の水が出てきて色もエメラルドグリーンとは程遠いどす黒い色になってしまった。あまりの水の多さに辟易してほとんどを捨ててしまって最後の水気を飛ばしてネットの上に広げたけれども、これはどう見ても水あめをまとった藁かサナダムシにしか見えない。



味見をしてみると、かすかにフキの香りは残っているけれども、歯ごたえはまさしく“藁”だ。これは完全に失敗作だ。
奥さん曰く、「こんなに細くなかったし、こんなに硬くなかった。」それを聞いていた母親は、「そのフキってもっと太い奴じゃないの?東北に行ったら傘にできそうなフキがあるっていうやないの。」という見解だ。
じゃあ、最初からこの計画は破綻していたということか・・。約100本のフキを無駄にしてしまった。

そのほかの収穫はというと、ワラビはここ二日間ほどの暖かさのせいか、かなり大きくなっていた。特に第2駐車場の前の斜面はかなり大きい。料亭サイズだ。ほんのわずかな時間でふた握りほどのワラビを採ることができた。



そして今日も暑く、午前7時を過ぎるとヤッケの中が蒸れてくる。しかし、北の斜面を超えてくる風は心地よい。いい気分になれる。



山菜に降りた夜露もまだ残っていて、やっぱり山菜は露がついたみずみずしいやつを採るのがいいなとひとり勝手に思うのだ。



山頂のコシアブラも採り頃を迎えていた。



今日は5連休の初日だが山菜を採っている人は誰もいない。普通なら早朝から人が押し寄せてくると思ってゴールデンウイークのさなかになんか絶対に行かないのだが、今年は様子が違う。そこは思ったとおりだ。年配の人たちが多いとはいえ、そこまで警戒をしなければならないのかしらと思うのである。
都会にいるよりもここで風に吹かれているほうがよほど安全だと思うのであるが・・。
だから新しく見つけたコシアブラの木も前回からは誰も盗った形跡がない。ガードレールからほんの先に見える木なのでそんなことはないと思うのだが・・。
いっそのこと、この山にはいつもウイルスが潜んでいますよとデマを拡散できたらこの一帯の山菜を独占できてしまうのではないかとよからぬことを考えてしまうのである。

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山菜採り2回目

2020年04月28日 | Weblog
4月28日は生石山での山菜採りのベストの日と思っている。
標高の高い生石山ではワラビがやっと大きくなりコシアブラも少し紫がった葉っぱの軸を覗かせ、ヤマウドも少し地面から芽を出し見つけやすくなる頃だ。ゴールデンウイークに入るとドッと人が押し寄せるのでこの日がゆっくり採れる最後の日なのだ。
しかし、今年はどうも様子が変だ。この冬は暖冬だったが4月の中旬から気温がグッと下がった影響か山菜の生育具合が遅くなったようだ。
ワラビは前回の山行きからは大きくなっていたが、



今年見つけたコシアブラはまだプレミアムの一歩手前だ。この芽も連休中に刈り取られてしまうだろう。



山頂のコシアブラもひとつだけいい芽があったが他はまだまだ小さい。これらも連休中に刈り取られてしまうだろう。



ひまじんさんの庭にあるコシアブラもこの頃には食べ頃を迎えているけれどもやっぱり小さい。ひまじんさんも、「今年はおかしい。」とおっしゃっていた。

同じく今頃は大きなワラビが採れるはずの北の斜面では新芽が枯れてしまっている。



きっと突然訪れた低温にやられてしまったのだろう。

ヤマウドもまだ地面から芽を出していないので見つけるのが難しい。



それでも4時間ほどさまようとイタドリやフキを含めていいおみやげができた。

ここもコロナウイルスの影響で駐車場が閉鎖されていたのでできうるならば誰にも盗られずに連休を乗り越えてもらいたい。もうその頃にはコシアブラもヤマウドも大きくなりすぎて食べ頃を逃してしまっているけども他人に盗られるくらいなら誰にも盗られることなく来年のために活力を蓄えてもらいたいのだ。



全くのエゴではあるのだが、何年かに1回はそんな年もあっていいのではないかとも思うのである。
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山菜採り1回目

2020年04月24日 | Weblog
4月の中旬から少し寒い日が続き、森に暮らすひまじんさんからも山菜の生育具合は例年よりも少し遅れていますとの便りが届いていたのだが、場所によってはコシアブラが採り頃になっていますよとのことだったのでそれを期待して生石山へ向かった。

いつものとおり夜明け前に家を出て山道を走る。去年は道中で鹿を見たので、今年は何か映るかもしれないとドライブレコーダーを購入してみた。僕の車のドライブレコーダーはあおり運転対策や事故の時の証拠のためというよりは運転中におこる何かおもしろいことの記録用なのである。
そして購入してからのはじめての山道、雉に遭遇した。ワラビを採っているときには谷の向こうの斜面に走り去ってゆく鹿の姿を見た。人の気配の少ない早朝に出かけていくから見ることのできる光景である。これも早起きは三文の得のひとつかもしれない。



山頂に到着するとやっぱり寒い。地面の下草にはうっすらと霜が降りているような感じだ。
そしてひまじんさんの話通りワラビはかなり小さい。



山頂のコシアブラもプレミアムな芽が一つあるだけでほかはちょっとだけ緑の先端を出しているにとどまっている。



もう少し日の当たっていそうなところを探そうと、王家の谷に行ってみた。今年も高原の山焼はやっていないようで、ススキは枯れたままになっているのだが、ここは刈り取りがされている。その上を歩いているとポツポツ大きなワラビを見つけることができる。しかし数はほんのわずかだ。
そこにあるいつも見つけるヤマウドの株は大きくなりすぎていた。少しの位置の違いで山菜の生育具合は大きな違いがあるようだ。



午前7時半ごろ、ひまじんさんから電話があって、山頂近くからすこし南に下ったあたりには必ずありますよという情報をもらった。
早速そちらに向かうと確かに最初に入った場所よりもかなり大きなワラビがある。そしてイタドリもいいものがあった。約10分ほどで一握りほどの量を採ることができた。



ススキの穂が残っているからではあるまいが、その先端にやたらと毛虫が止まっている。こんなにたくさんの毛虫を見るのははじめてだ。ぼくは毛虫と蜘蛛が大の苦手なのでこれには参った。これは暖冬の影響でもあるのだろうか。



その後ひまじんさんと合流し、ヤマウドのポイントへ移動。ここは北向きなのでヤマウドはまだまだ小さい。新芽は地上には顔を出していないので去年の枯れた茎を目当てに地面を掘る。うまく探り当てられると土の中には真っ白な若いヤマウドを見つけることができる。



これくらいのものを生で酢味噌で食べるのがヤマウドの醍醐味だ。
しかし、これを探すのがなかなか難しい。茎がその場所で倒れてくれていればすぐに見つかるのだが先客が先に場所を乱しているともうわからないのだ。結局僕は3株ほどしか採ることができなかった。それでは少ないだろうとひまじんさんの取った分と、自宅の庭で株分けして育てているぶんを持たせていただいた。

ひととおりポイントを捜索し、こんどはひまじんさんが新しく見つけたというコシアブラの木に案内をいただいた。
高原から少し下った場所にあるここの木は芽がほどよく大きくなっている。ひまじんさんが器用にロープをひっかけてくれて高いところにある枝を引き寄せてくれる。その間に僕と奥さんがホイホイと芽を摘む。
ことしもどっさり採らせていただいた。

家に帰って天ぷら、おひたし、酢味噌和えと山菜を堪能した。しかし、一番ありがかったのは、ひまじんさんからの、「新鮮な空気を満喫してください。」とおっしゃっていただく心遣いであったのだ。
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船底塗装

2020年04月23日 | Weblog
例年なら5月にやる船底塗装を休日が多い間にやってしまおうと大潮の今日、小船のほうをやってみた。

週休4日となるとほぼ各日に休日がやってくる。その間、釣りに行かない日にはいろいろやっていた。
包丁を研いだり、



ピーナッツの苗の出来具合を観察したり、(僕が栽培しているわけではないが・・)



小船のエンジンオイルを換えたり、



テングサの仕上げをしたり・・。



休みはいくらあっても足りないし、家でじっとなんかしていられない。大体、ひとり屋外にいるだけでは感染なんてまったく気にならない。
ある日の通勤電車はこんな感じ。帰りの電車はけっこう混んでいるがやっぱり感染なんてまったく気にならない。



世間の人はそうとうウイルスに警戒しているようだがあまりにもそれが小さすぎてなんだか実感がわかない。そんなことを思っていると僕も感染してしまうのだろうか。一番の危機はコンビニ店員をしていた頃だろうが、最終日から10日余り、今のところ呼吸器には問題がない。
港の渡船屋さんも今は書き入れ時の土日を休業にしているそうだ。ほとんどが大阪や奈良からの釣り客らしいから相当警戒している。同級生の船頭は奥さん手作りのマスクを船を出すたびに取り替えている。使い捨てのマスクをもう5日間も使いまわしをしている僕から見るとそこまで警戒せんでもいいのじゃないかと思うのだがどっちが正しいのだろうか?待合室にも客を入れてくれていないので進水の時間を待つ間は雑談もさせてもらえず、ひとり護岸の上で本を読んで待っていた。



前回は進水が午後4時頃になってしまったので今日は前回より1メートルほど後退した位置で干潮時刻を待った。スタートは午前8時40分。前回よりも40分遅い時間だ。潮の満ち引きを考えると約80分早く、午後2時ごろには進水できるはずだったが計算違いというかもともと計算能力がないのか、午後3時になってしまった。

確かに今日のタイドグラフを見てみると確かに3時くらいにやっと船のともが海水にひたるくらいの潮位だった。ちゃんとグラフを見ろよというところだ。



午前8時40分の小船はこんな感じ。



それから約2時間、船は完全に陸に揚がり、ちょうど干潮時刻を迎える頃にすべての作業が完了。



その時点の潮位はこんな感じだ。



それから家に帰って道具を片付け、午後2時過ぎに港へ到着。大きい方の船に燃料を給油して本を読みながら待つこと約50分。

しかし、これもコロナの影響というか、おかげというか、安くなった。1月にはリッター95円していた軽油が75円まで下がった。20リットル入れると400円お得だ。



潮位がこれくらいになったら舳先を持ち上げると重力に従って船が海面へと滑り出してゆく。



これで今日の作業は完了。少しだけ早く終わることができたがそれでも1日がかりだ。
この船にはできるだけお金をかけずに維持しようという方針があるのだが、“船をもつことは愛人を持つことと同じだ”という考えからいくと、小船のひとり言はこんな感じだろうか。
「私はいつも便利に扱われている日陰のような女なの・・どうして大きなお船とそんなに差をつけられるのかしら・・それでも私はイレグイ号からは離れることができないの・・」
ああ、可哀想だ・・。
5000円払ってきちんと上架してもらうとおそらく2時間くらいで作業を終えることができて、船体の錆取りもできたりするのだが、10万円もらったらちょっと奮発してあげようかしら。



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ワカメ採り2回目

2020年04月06日 | Weblog
今年2回目のワカメ採りはこんなに遅くなってしまった。先月来休みと天気が全然合わなかった。今日も強い北風が吹いていたが無理をして出てみた。風が強すぎたら今年のワカメ採りは1回だけで終了のつもりだった。
またまた愚痴になるけれども今週の休みは3日と7日に入れていた。これはもう、運だけの問題だが、3日も穏やかな天気で明日の7日も穏やかな予報だ。それが今派遣されている先の都合で2日と6日に変更されて両日とも風が強い日に当たってしまった。僕には何の義理もないので自分の休みたい日を主張すればよかったのだがなぜか親切心を出してしまったのがあだになってしまった。

干潮時刻は11時頃なので2時間前に出港してみるとすでに港内から風も波も強い。カメラを構えたら一発で壊れるほどの波しぶきが上がっている。一文字の切れ目を出てみたがまったくダメだ。波も風も強すぎる。仕方がないので沖の一文字の際に寄ってみるがワカメは見えない。青岸の際の離れテトラも風が強くて近づけず、市堀川側の少し穏やかな側から覗いてみたがまったくワカメは見えない。どっちにしてもここのワカメは美味しくないが・・。
多分無理だと思いながら新々波止の南側を覗いてみるがやっぱり近づけるような状態ではない。そこからはいつもワカメを採る場所が遠くに見えるのだがここから見ているとなんとなく行けそうな雰囲気だ。遠くから見るとあまり波が目立たなくてそう見えるものだ。せっかくここまで来たのだからとりあえず行ってみよう。南側には障害物がないのでものすごく危険というほどでもあるまい。
しかし、ポイントに近づくと磯の際は跳ね返りの波でデッキの上で立っていられない。海面から観察してみるといい感じのワカメが見えるが10分といられなかった。もう一箇所、大島の北面に行ってみた。ここは北風をまともに受ける場所だが広い浅場のためかそれほど波が立っていない。



とりあえず碇を打って探ってみるとワカメはたくさんあるけれどもすでに大きくなりすぎている。それは当然だ、前回、3月20日時点でほぼベストの状態のワカメだったのでそれから半月以上経っているのだから・・。
採った分半分くらいを捨て、まだ柔らかそうなものだけを選りながら水揚げを続ける。これは採っている人しかわからないと思うのだが、海面に出てきたときに褐色の中にわずかに緑色が透けて見える株がある。これがいいやつなのでそれを見極めながらの作業だ。ついでに再びあの場所に戻れないかと遠くの煙突の煙を見極めながらワカメを採り続けるがあいかわらず風は治まらない。

 

一瞬、煙が西にたなびいたので急いで戻ってみたが再び風が強くなってきた。またもとの場所に戻って少しだけ追加して終了。
届けたい人たちに送る分はなんとか確保できたという程度だろうか・・。


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タラノメ採り3回目

2020年03月24日 | Weblog
第2ポイントの1回目のタラノメ採りから6日目。はやり少し大きくなりすぎていた。ほとんどの芽はこんな感じまで大きくなってしまっていた。



これでも十分食べられるのだが、やはりベストの状態のタラノメを採りたい。この感じでは今年の採り頃は3月21から3月23日だったのかもしれない。その年の寒暖に左右されずに第2ポイントではこの3日間が採れ頃なのかもしれない。来年また検証してみよう。



そのまま港に向かって前回の休みに加工してもらった金具をセットしてみた。



これはなかなかいい感じだ。見た目はかなり強度もありそうで、これならあと数本追加してもいいかもしれない。今年の台風を過ごしてみてまた考えてみよう。


大きかったタラノメはグラタンにしてみた。



自家製のベーコンをたっぷり使ったのでそっちの味が勝ってしまった。
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