イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』読了

2020年10月31日 | 2020読書
岡田麿里 『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』読了

家のテレビにハードディスクをつないだらいままでよりも簡単に大量の番組を録画できるようになった。ハードディスクではもっぱら映画を撮っている。
そんな中、一連のアニメで、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」「空の青さを知る人よ」という映画を録画して観ていた。
それぞれけっこう有名らしく、原作者が同じ人で、舞台となった秩父地方はファンの中では聖地となっているそうだ。
ストーリーは、それぞれ、「あの日・・・」は、子供のころの同級生の死を心の底にわだかまりとしてもっていた子供たちがそれを乗り越えて成長してゆく物語。
「心が・・」は子供のころに発した小さな言葉が両親の離婚の原因となり、それ以来言葉を発せなくなった少女が友達の力を借りながら克服してゆく物語。
「空の・・」は故郷である秩父から抜け出したい少女が、先輩たちの言動から新たな地元の魅力に気づくという物語だ。
オタクなアニメといってしまえばそれまでだが、取り上げているテーマは複雑で深刻だ。自意識過剰で自己肯定感に欠ける僕にとってはそれそれの物語の登場人物たちの気持ちはかなり理解できる。

そのような物語を書いた原作者が自分の生い立ちを綴ったのがこの本だ。
著者は小学生のころから不登校が始まり高校生になるころにはほとんど学校へは行かなくなった。
最初の原因はいじめだった。それからクラスメイトとのコミュニケーションの不調によりますます登校ができなくなる。中学時代、自分で仮のキャラクターを作りそうふるまうことでなんとかクラスメイトとのコミュニケーショを復活させることができたが、それも、これは本当の自分ではないと思い始めると偽の自分を続けることができずにふたたび不登校に戻る。
高校に入ると半年後にはまた不登校になりそれから約2年半、学校の大きな行事以外は登校しない生活を続けた。
高校時代の恩師の奥さんとの会話の中、勢いで「私、やりたいことがあるんです。ゲーム学校に入りたいんです。」ととっさに口に出たとおりに東京の専門学校に通うことになる。『服を選ぶようになんとなく「ここかな」と思っただけの学校』であった。
秩父の町を出たいという願望がかなったことと、ゲームの専門学校という一風変わった環境が合ったのか、ここでは不登校にならずに無事卒業。

その後はシナリオライターを目指してフリーで仕事を獲得してきた。エロのVシネマの脚本からキーボードを使えない脚本家の代理でストーリーをタイピングしたりとなんでもこなした。そして本格的にアニメのシナリオの仕事獲得してゆく。
先に揚げた作品は著者の原体験をもとにしてオリジナルの脚本として書かれているとのことだ。

普通、不登校とか登校拒否とかいうと、永遠に世間から身を隠して生きていく運命にあるのではないかと思うけれども、著者は違った。アニメの主人公たちもそうであったが、 “今”からなんとか抜け出したい、そういう心のなかでもがき続けている。それがある人の出会いや小さなきっかけで厚い殻を破ることができる。それを本人も実践してきたということだろう。
著者は時おり、布団を頭からかぶって大声で叫んでいたそうだ。そう、このひとは叫ぶだけのエネルギーを内に秘めていたのだ。
『自分が納得して好きだと思わないと本気になれない。それでもいつもどこかは冷めている』といいながらも、『自分でも気付かなかった熱血因子を持っていた。仕事に関しては「逆行とか、努力友情勝利とかに盛り上がってしまう。』
そして、人との距離感に迷いながらも、『監督の指揮のもと、それぞれが自分の場所でベストを尽くす。そして最終的に、皆の本気を集めて一つの作品を作り上げる。他社との関わりにずっと苦手意識を持ちながら、他者との繋がりに飢えていた私にとって、アニメという仕事はその舞台裏までも強烈に魅力的だった。』というほど仕事にのめりこむ。
「天職」というものがそれそれの人にあるのかどうかはしらないけれども、著者ならきっと、それがシナリオライターという仕事でなくてもどんな仕事でもどこかにやりがいを見出していたのに違いない。
そこがふつうの引きこもりとは違うところだろう。そして僕とも・・。


そんな話を読んでいると、人間には自己を肯定できる人間と肯定できない人間の2種類に分けることができると思い至る。
そして、自己肯定感の強い人間というのは、たとえ自分がどんな人間であっても必ず幸せに生きてゆけるのに違いないと思うのだ。
たとえば、僕の斜め前に座っている同僚だ。体重が自称98キロの同僚なのだが、いつも異様な体臭を発している。例えていうなら、最近は天王寺界隈でも見ることがなくなったレゲエのおじさん(いわゆる浮浪者という人たちだ)のような臭いだ。もっと単純に例えるなら、10日間くらいお風呂に入らないとおそらく僕の体からも発してくるような臭いだ。
南海電鉄で通勤しているらしいが、周りの人に何か言われたことはないのだろうかと疑問に思う。
先日は超強力な臭いだったので目まで染みてきてチカチカしてきた。多分アンモニア成分も混ざっているのだろう。彼の席の後ろには窓があり、風が入るとこっちにもっと漂ってくるので思わず窓を閉めさせてもらったくらいだ。
接客業とはいえ、ほとんどお客の前に出ることはないけれどもそれでもたまには相手をすることがある。そんなとき、お客は臭いを感じないのだろうか・・。幸いにして苦情にまで発展したことはないようだが。

悪臭の度合いは日ごとに違うような気がするが、彼は風呂に入らない日があったりするのだろうか。僕は体重が90キロ近くあった頃があるけれども、その頃の自分の体格と比べてみると、どう見ても110キロ以上はありそうな感じなので毎日お風呂に入ったとしても脂肪のヒダヒダの間にある悪臭の元は取り切れないのかもしれない。

「あなた、ものすごく臭ってますよ。」と指摘をしてやりたいのだが、それって何かのハラスメントになってしまうのではないかと思うとそうもできない。
また、彼はこんなクズの集まりの中の一員でありながら、自分は優れた能力を持っていて間違いを犯さないと思っているふしがあるのでまさか自分が一般的にはありえないほどの悪臭を放っているということなどを認めるわけにはいかないのだろう。しかし、こういう生き方ができる人というのはきっと何の悩みもないというか、自己肯定感がすごいというのか、ものすごくうらやましいと思うのだ。だから彼は絶対に自分のことをくだらない人間だと思うことは死ぬまでないのだろう。そうでなければあんなに太れることもない。アラビア風の衣装を着せればそのままハクション大魔王になれそうだもの。

臭いというのは目に見えない。そうなると、この人が近くに座っているだけで何か臭ってくるような錯覚に陥る。そして、その臭いを自分も発しているのではないかとか思うほど僕には自己肯定感がない。
そんなことを思っていると、僕は逆に一生何かに満ち足りているというような感覚を覚えないまま死んでいくしかないのではないかと思うのだ。


僕もそれほどというか、かなり世間になじめずに生きてきたように思うので、著者の言葉に共感するところがいくつもあった。
『わたし、自信がある人って苦手でなんです。』
会社でも、家族でも、そんなに自信を持って人にものが言えるということがうらやましくて仕方がない。いつも何かをミスしているんじゃないかとおびえている自分からは想像ができない。これはひとつには僕の記憶力があまりにも悪すぎるから何かのミスを指摘されても、それがどんなプロセスでミスをしてしまったかということがわからない。これこれこういう理由でこうしたのでミスしたことは仕方がありませんが、意図的ではなかったです。くらい理路整然と言い訳ができればいいのだが、僕みたいな人間は、『いじめられる側にどうしても回ってしまう自分には、抗いようのない欠点があるのだろうと自覚していた。』となってしまう。
だから、こっちが逆に指摘しようにも自信がないのでそれができないので舐められる。
著者のように、大声で叫ぶだけのエネルギーと気力があれば乗り越えられるのだろうけれども、そんな力はどこにも残っていない。
あと4年、なんとかエンストしないで動けるように回転数は控えめでいかねばと思うのだ。


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双子島沖釣行

2020年10月29日 | 2020釣り
場所:双子島沖
条件:中潮 4:54満潮
釣果:ボウズ

久々に港に戻ってきた。雨が降っていたり白浜に釣りに行っていたりで船に乗るのは8日ぶりだ。

小船に乗ってじっくりアオリイカを狙ってそれに加えて少し早いけれどもコウイカの調査をしてみようと思っていたが、義父の調子がまた悪くなってきたらしい。今日明日なんていうことではないが、様子も見ないで知らんふりということもできない。
燃料タンクはほぼ空に近いので近所のガソリンスタンドが開店する午前7時半をめどに港に戻る計画を立てた。

朝一は双子島のワンドから。いつも錨を下す場所よりも双子島に近い場所に錨を下した。



あまり期待はしていなかったがやっぱりアタリはない。そこから大島の北側へ移動。ここは先代の翠勝丸に乗っていたころに少しだけアオリイカを釣ったことがある場所だ。



しかしここもアタリがない。最後は地の一文字の付け根のところ。いつもワカメを取る反対側のところだ。



2年前の台風被害でテトラポットがうず高く積まれてしまったが、ここはテトラと岩礁に囲まれた小さなワンドになっていて、防波堤からアオリイカを釣っている人がたくさんいた。だからひょっとしたらと思ったがここもアタリがない。

この時点でタイムアップとなって港へ引き返した。
クーラーボックスの中は多分今年最後に拾ったことになるであろう電気ウキがひとつだけであった・・。



道具を船の上に置いたままでガソリンスタンドへ。少しだけ叔父さんの家の円卓会議に参加して港へ戻り給油を済ませその足で嫁の実家へ。今日の議題は、「今年は例年になくいっぱい柿が実ったのだ。」ということであった。

港から行くほうが自宅から行くよりも近いので15分ほどで到着。

2年ほど前に肺がんと診断され、ちょうど認可されたばかりの分子標的治療薬というやつで寛解していたが治療を終えて少し経った今年の8月ごろ、腎臓に腫瘍が見つかった。今度はダビンチというあの遠隔操作で内視鏡手術をするという最新鋭の機械を使って治療をしたのだが、三度調子が悪いとなってきて検査してみると今度は甲状腺に小さな腫瘍が見つかったという。

義父は、前にも何回かこのブログに書いたけれども、真面目さと優しさを絵に描いたような人だ。怒った顔を見たことがないし、免許を取って40年近く無事故無違反でとうとう駐車禁止にひっかかった時にもすぐに出頭したという。僕によく似た人もちょうどその頃にステッカーを貼られたが知らぬ存ぜんぬを決め込んで反則金を払わなかったらしい(当時は出頭しない限りキップは切られなかった。何回か警官が家まで催促に来ていたらしいが・・)のでそんなのもったいないと言ったら、そういうことではないのだと諭された。
義母が亡くなったときも、火葬場の点火スイッチを押すときに指差し確認をしてからスイッチを押しているのを見て、この人はずっと仕事に忠実に生きてきたのだなと感服した。今の僕の体たらくを知ったらどんなことを言うだろうと恐れてしまう。

だから、この人こそきっと生きる価値のある人だから神様が最高の治療のタイミングを与えてくれるのだと思った。別にお義母さんが悪人だなんて言うつもりは毛頭ないが、同じ肺がんで逝ったけれども、当時は様々な分子標的治療薬が認可されていなくて、唯一のオプジーボが遺伝子的に合わないと判断され、打つ手がなく病気がわかってからわずか1か月でこの世を去ってしまったということとは対照的だ。
1400万円の治療費もこの人にならきっと値打ちがあるのだと思った。そして今度は和歌山に2台しかない機械で手術だ。普通、再発したがんの治療にはこんな高度な機械は使わないそうだが、義父の場合はあまりにもきれいさっぱりがんが無くなってしまったのでダビンチを使いましょうという判断だったそうだ。あまりにもきれいに無くなったので、骨に転移していたところが空洞になって背骨を圧迫骨折していたというオチまでついていたのだ。

ソファーに座っていたお義父さんの様子をみてみると、思っていたよりも元気そうだった。声帯も半分機能していないと言っていたが言葉は普通に聞き取れるし、顔色もよさそうな感じだった。ただ食事をあまり取れないというのが心配だが、それもよく聞くと、ワタミの宅配弁当がすさまじく不味くて食べられないということが判明して少しホッとした。

義理の妹の旦那というのは開業医で、息子は医学部に行っているからこんなときは外野がやたらとうるさい。
甲状腺の検体検査はサンプルを取るのに失敗したらしく、とりあえずひと月様子を見ましょうということになったらしい。それを聞いた開業医は、「失敗なんてありえない、主治医が下手でもその上が出てきてきちんと採取をするはずだ。」とか、息子は息子で、「うちの大学病院だったらできなかったといってそのまま帰すはずはない。」などと偉そうなことを言い、ダビンチの執刀医のことは、「大学でも段取りの悪い教授で有名だ。」などと悪口を言っている。(ダビンチの1台はその大学病院にあり、義父はそこで手術を受けた。)
そんならお前たちが診てやれよと言ってやりたくなる。どこまでみんな自信をもっているのだか・・。
僕は、この人は神様から祝福された人だと思っているのでそう簡単にはあの世に行かないと信じている。
しかし、安心したのも束の間で、夕方、歩いているのを見ていたらまともに歩けていないと嫁から電話があった。今はひとり暮らしなのでそのまま置いておくのは心配だということで、窮境、手続きをして明日入院ということになってしまったが、容体はどうなんだろう。大したことがなければいいが・・。

ぼくがこんなことになったら、間違いなく孤独死するんだろうなと、やっぱりこの人は神様から祝福されているのだと思うのであった。
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「中国・SF・革命」読了

2020年10月28日 | 2020読書
ケン・リュウ、柞刈湯葉、郝景芳、王谷晶、閻連科、佐藤究、その他 「中国・SF・革命」読了

中国のSFをもう少し読んでみようと思って短編集を借りてみた。
しかし、この本、タイトルを見てみると、中国のSF小説界の新時代について書かれているように捉えられるが、どうもそうではなく、これはどう見てもSFとは無関係と思えるような短編や、エッセイも混ざっている。

SFについて読んでみると、このジャンルはごくたまに読むくらいなのでどこからどこまでがSFと呼べるのかがわからないが、この本に掲載されている小説はどちらかというとファンタジー小説とでもいえるジャンルではなかろうかと思う。
FSというと僕の認識では最新の物理法則を取り込み、時間と空間とエネルギーを巧みに操る世界が舞台だと思うのだが、そういうものとはだいぶん趣が違う。
日本の小説家では、恩田陸がこんなテイストの小説を書いているような気がする。恩田陸のジャンルは一応、ファンタジー小説ということになっているらしいのでこの本に出てくる小説もそんな感じかと思うのである。
中国人だけではなく、日本人や中国系アメリカ人が書いた文章も入っている。

物語にでてくる登場人物は様々だが、よく出てくるのが歴史上の人物だ。秦の始皇帝やチンギスハン、孫文、そんな人が不死の命を持っていたり悪魔と対面したりする。そのへんはさすがに4000年の歴史だ。有名人には事欠かない。三体でも周の文王がでてきたり、確か、秦の始皇帝も登場していた。これもひとつの中国SFの法則なのかもしれない。
そして日本に関するエピソードもよく出てくる。なぜだか宇都宮の餃子が出てきたり、孫文のエピソードではさすがに日本の舞台の一部になっている。そこには南方熊楠の名前まで出てくるのだから相当マニアックだ。
日本もかつてアメリカの文化にあこがれたけれども、かの国では目下、日本という国はある意味憧れとして見られているのは事実らしい。

やはり、「三体」が書かれたということはそうとうエポックメイキングなことであったらしく、中国のSFに関するイベントのレポートというのも書かれていたが、この本が「ヒューゴー賞」を取ったあと、それを契機に国を挙げてSF界を盛り上げようという機運が高まってきたそうだ。
「世界SF大会(ワールドコン)」という世界的なイベントがあるそうだが、中国はそれを誘致して世界の中で中国をSFの中心地のひとつにしようと考えているらしい。その理由が単にSF文化の発信にとどまるのではなく、国家の中に科学的思考のようなものを醸成する目的があるというのがなんとも中国らしい。その布石として様々なイベントを開催してるのだが、国家副主席がその壇上に上がるというパフォーマンスまでおこなっているとのことだ。
中華思想というのは、中国は世界の中心であるという思想だが、なんでもかんでも自分たちの世界に取り込んでいくという貪欲を見ていると、やはり世界の覇権を最終的に握るのはアメリカではなくて中国だと考えてしまう。

中国のSFに関しては以上のような感じだが、そのほかに収録されている短編やエッセイは最初に書いた通り、僕が考えられるなかではSFとはまったく関係がないように思える。例えば、ミソジニーやトランスフォビアといった偏見や差別、黄色系の作家たちが欧米社会で感じた偏見について、もしくは中国社会が持ってきた歴史的な負の側面、そういったものについて書かれた文章が並ぶ。
そういった差別や偏見、民族観のようなものがどんなかたちで中国のSFに取り込まれてきたかということを考察するためのヒントになっているのかもしれないが、僕にはそれはわからない。

中国、SF、革命という三題噺のお題はなんだか下町の中華料理屋のお昼の定食みたいにひとつのお皿に少しずついろんな料理が乗っかっているような印象を受けた。編者はどんな意図をもってこの本を編集したのだろうか。4000年の歴史は奥深い。

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白浜釣行

2020年10月26日 | 2020釣り
場所:白浜町 綱知不
条件:8:40 干潮
釣果:アイゴ 1匹

今日は年に1回のひとり遠足だ。去年は爆風の中での釣りだったので今年はもう少し条件のいい日をと思い、29日よりも今日のほうが風も穏やかなようなので予定を早めて出発した。
しかし、結局、これが裏目に出てしまったというのが今日の遠足の結果となってしまった。

ここにはイカもいるようだというのが去年の釣行でわかっていたので少し早い目に到着してエギを投げてみたがまあ、そんなに簡単にイカが釣れるわけではない。

これも去年の釣行で釣り座は埋め立て地のベンド付近がいいと考えていたのだが、夜釣りの人たちだろうか数人の釣り人がそこに集まっていた。



ただ、釣り人がいるというのは期待ができる。釣れるからここに集まっているのだろう。
僕も少し離れたところに荷物を下して準備にとりかかった。



今回持ってきたヌカの箱に、新しく回転収納式の足を取り付けてみた。そのまま地べたに置くとかなりうつむいてヌカを取らなければならないのでライフベストなんかを着ているとすごく窮屈になる。コロナショックで休日が増えたのでその間に作っていた。
もう少し改良の余地はあるけれどもこれはなかなか使いやすい。



釣り始めはまだ引き潮の時間帯だったので湾口をむいて潮は流れている。何投かしてみても反応はない。エサもそのままだ。ダンゴの割れも遅い感じだ。すこし握り方を緩くして様子を見る。それでも反応はない。
パンでも食べながらウキを見ていようかと荷物の中からパンを取り出して釣り座に戻ると道糸が走っている。何かが食いついたようだ。あわてて合わせを入れてリールを巻き始めるとちょっとだけ型がよさそうだ。
あがってきたのは30センチにも満たないがアイゴだった。十分食べられるサイズの大きさなのでキープするためすぐに内臓を取り出したら、おなかの中にはものすごい脂が入っている。この魚は臭みがあって敬遠されるけれども、僕は美味しい魚だと思う。これだけ脂が入っていたらなおさらのことだろう。この近辺、田辺市ではこれを狙って釣っているひともかつてはたくさんいた。最近、紀州釣りのために使うイス兼用の物入が“水箱”と呼ばれているが、もとはといえば田辺の磯でアイゴを釣るために使っていた“田辺箱”が原型だ。今はもうアイゴだけを狙って釣る人もいないのだろうが、酒かすを丸めてエサにしていたころが懐かしい。

その後、ウキには反応が出ないけれどもさし餌が秒殺でなくなるようになってきた。
我慢を続けてダンゴを打ち込んでいると、ときたま小さなヘダイやチャリコが釣れてくるが今日ほしいボラの姿がいっこうに見えない。

干潮の時刻になると潮はまったく動かなくなり、それを過ぎてもほとんど潮が動かない。やっと動き出したと思ったら流れは湾口を向いたままだ。それも極ゆっくりと・・。きっと沖から差してきた潮が豆の前の海岸線に当たって湾内を半周してこっちにやって来るからなのだろう。
相変わらず刺し餌は秒殺でなくなり、釣れても小さい魚ばかりなので午前11時ごろには早々に切り上げて白浜観光をしようと思っていたら、これが幸運なのか悪魔のささやきなのかはわからないが、手のひらくらいのカイズが釣れた。



これが釣れてしまうと切り上げるわけにはいかない。最初に練ったヌカを使い切るまで延長戦をやってみようと考えた。
しかし、これはやはり悪魔のささやきだった。状況は何も変わらず午後12時過ぎにヌカがなくなり終了とした。

エギの仕掛けは片付けずに円月島の前くらいでキャストしてやろうと考えたが、沖からの風が強くてそれどころではない。



ここにはヤエンの釣り人が4、5人いたのでけっこうイカが釣れるのだろう。それからは観光だと思ったが、すこぶる天気がよく、気温も上がってきたので温泉に入る気もおこらず、そして期待に反して魚が釣れなかった落胆もあり、田辺湾を一望できる展望台にだけ登りとれとれ市場へ。



いつものソフトクリームを買おうとしたら350円もした。



えらい高くなったなと思ったらすでに去年には350円になっていた。記憶がまったくなくなっていて新鮮な気持ちで値上がりしたと憤慨してしまった。
もう、来年からは食べることができない。
去年は韓国人と中国人が蠢いていたけれども、さすがに今年は観光バスが1台だけという状況だ。僕もバスエリアに駐車をしてしまった。



しかし。GOTOトラベルが奏功しているのか日本人が大量に来ていて、ここはコロナショックとは無縁なところじゃないかと思った。
恒例のマグロのアラを購入して、いつもの酒屋さんに寄り「太平洋」を買って帰途についた。



帰宅してから知ったのだが、夕べ、白浜町ではシークレット花火大会と称して1万発の花火が打ちあがったそうだ。潮が小さいうえに前の晩の花火の光と大音響では魚が釣れなくても仕方がないというところかもしれない。そして、加太に出たフェイスブックのメンバーたちはほぼ入れ食い状態でタチウオを釣り上げたそうだ。
僕もそっちへいったらよかったと思ったが、すでに冷蔵庫の中にはイワシのストックがなく、今日を含めてこの2回の釣行を振り返ると、前回の加太ではタチウオを狙わずに朝から高仕掛け一本で頑張ればもっと真鯛が釣れていただろうし、そこでイワシを使わず、今日加太へ行っておけば僕にもタチウオがそこそこ釣れたかもしれない。そして29日に白浜に行けば潮も少しは大きくなり、花火の悪影響もなかったはずだ。

近くで、なにやらエサをつけてルアーのキャスティングのようなスタイルで釣りをしている人がいたので聞いてみたら、6号くらいの一つテンヤに海エビをつけてキャストしてるそうだ。それで真鯛が食ってくるとのこと。今日は小さいけれどもオウモンハタを釣ったそうだ。
以下の墨跡もたくさんあり、真鯛も釣れるとなると、田辺湾の奥とはいえ、ボラは間違いなくいると確信していただけに情けなくなる。水深は約3ヒロ以上あるので紀州釣りをするには十分な深さのはずだ。だからボラが釣れてもおかしくはないのだ。

作戦はどれもこれも裏目に出てしまったという感じになってしまったが、今回も今年の不調を象徴するような釣行となってしまった。
泣きの1回で、来年、もう一度挑戦してみたいが・・。

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「ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく」 読了

2020年10月23日 | 2020読書
オタ・パヴェル/著 菅 寿美、中村 和博/訳 「ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく」 読了

オタ・パヴェルは、本のカバーの作家紹介によると、こんな作家だったそうだ。
『父レオ・ポッペルと母ヘルミーナの第三子として、1930年7月2日チェコスロヴァキア(当時)のプラハに生まれる。パヴェルはポッペルをチェコ風に変えたものである。1949〜56年にチェコスロヴァキア放送においてスポーツ記者を務め、そののち雑誌スタディオン等でも同様の職を務めた。1964年、プラハのサッカーチーム、ドゥクラの米国遠征に同行した経験を『摩天楼のはざまのドゥクラ(原題:Dukla mezi mrakodrapy)』として発表すると、話題を呼ぶ。
後年、双極性障害に苦しみ、入退院を繰り返す。その間にもスポーツ選手を取り巻くドラマを鮮やかに描き出した作品を数作発表するが1971年に自らの家族、なかでも個性的な愛すべき父にまつわるエピソードを連ねた自伝的短篇集『美しい鹿の死(原題:Smrt krásných srnců)』を発表すると、大きな反響とともに「カレル・チャペクの再来」と注目を集めた。1973年3月31日に心不全のためプラハで亡くなった。1974年初出の『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく(原題:Jak jsem potkal ryby)』は、自伝的短篇集の第二作目であり、今もなお、チェコの人々に広く愛読されている。』
ちなみに、カレル・チャペックという人は“ロボット”という言葉を創り出したひととして有名だそうだ。

普通ではなかなか手にすることのない作家だと思うが、図書館の蔵書検索で、「釣り」というキーワードで探すとこの本が出てきた。
作家の少年時代~青年時代を釣りを通して自伝的小説の短編集としてまとめられている。
ボヘミアといっても、歴史や地理に疎いぼくにとってはあまりピンとこない場所だ。やたらと戦争や内戦ばかりあってなんだか荒涼とした景色が広がっているというイメージしかない。
調べてみると、ボヘミアというところは、ヨーロッパのほぼ中央に位置し、それ故に戦乱に巻き込まれることが多かったらしい。牧畜が盛んで、カーボーイのスタイルはここから始まったそうだ。産業はどんなものがあるかと調べてみたが、ガラス工芸くらいしかヒットしなかったのであまり裕福な地域ではなさそうだ。
内陸部ということでマス類というのはあまりいないようで、本書に出てくる魚は、鯉、パイク、フナ、ニゴイのような止水域に生息している小魚が中心だ。
戦時中は食料の確保として、その後は大物釣りとして、人生のいたるところに釣りがあったというのがこの作家の人生であったようだ。そこに様々な年代の人々との交流が加わる。
密猟がばれそうになったり、祖父ほどの年の老人に手ほどきを受けたりしながら作家は成長する。青年期になると友人と半冒険的な旅に出たことが詳しく記されている。
そして父親の死で物語は締めくくられる。
作品としては魚釣りのある日常生活を淡々と書き進めているという感じでなにかエポック的なエピソードがそこに色を添えるということもない。けれどもその中には自然に対する思慕や自分を取り巻く人たちへの愛情が見え隠れする。
日本人の作家でこんな作品を書く人はいるだろうか。そっくりではないが、野田知佑は似てそうだがあまり少年期を書いているということを知らない。宇江敏勝もそうだ。初期のころの椎名誠は千葉県の沿岸の埋め立て前の話というのをよく書いていたのでそこは似ているのかもしれない。
どちらにしても僕の知る限りではこういうタイプの作家を知らなかったのでそういう意味では新鮮だ。僕の人生だけではないだろうけれども、そうたくさんもとんでもなくドラマチックなことが起こるわけではなく、むしろ何もないことがずっと続いているというほうがリアルだ。そういう意味でも物語にリアリティがある。(まあ、日本が舞台じゃないからすんなり溶け込めるというわけでもないが・・。)

この本の中に、中国の諺がひとつ紹介されていた。師が「オーパ!」の扉に書いた有名な諺だ。師は別の本で、あの諺は中国の諺ではなく、ポーランド辺りの諺だったかもしれないというようなことを書いていたが、ひょっとしたらそれはこの本を読んでいたからなのだろうかというようなことを思い至った。(ポーランドはチェコの隣国だ。そこは師の記憶まちがいか、わざとその出所をはぐらかせたか・・。)この本が出版されたのが1974年、「オーパ!」が出版されたのは1978年。邦訳版が出版されていなくても師が原書で読んでいたとすれば十分ありうる。
そして、中国の諺ではなくこの人が作ったものかもしれないと師は考えたのかもしれない。それは、パヴェルはこんなことも書いているからだ。精神を病んだ後、
『病状が少し良くなると、僕は今までの人生で一番素晴らしかったことはなんだろうかと、と考えた。愛や、世界中を旅してまわったことに思いはせることはなかった。夜間飛行で大洋を渡ったことや、プラハ・スパルタでカナディアン・ホッケーをやっていたときのことすら考えなかった。僕は再び、小川や、川や、池や、ダム湖へと、魚を釣りに歩いていき、ぼくがこの世で体験したもののうち、それこそが、最も素晴らしいものだったのだと悟った』
そしてもうひとつ、諺めいた、『おやじは恋愛においては、ついていた。釣りにおいてはほぼ常に運にみはなされていた。』という文章も書いている。
そのことから、あの諺はきっとパヴェルの創作なのかもしれないと考えた・・。だから、「ポーランド辺りの諺だったかもしれない・・」と・・。
偶然に見つけた本だったが、そんなところに不思議なつながりを見ることができた。
最近はネットで検索してピンポイントで本を探すか、図書館でもジャンルごとに並んでいるから自分の興味がある書架しか見に行かないから手に取る本はどうしても偏ってしまう。

昔よく通った三国ヶ丘駅の古本屋は4日周期でジャンルに関係なく均一価格で本が並べられていたのでまったく自分が予期しない本に出合えることが多かった。そんな出会い方もたまには必要なのではないかとこの本を読みながら思ったのである。

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「おなかがすいたハラペコだ。3 ~ あっ、ごはん炊くの忘れてた! 」読了

2020年10月22日 | 2020読書
椎名誠 「おなかがすいたハラペコだ。3 ~ あっ、ごはん炊くの忘れてた! 」読了

図書館の新着図書の書架を眺めていたらこの本を見つけた。椎名誠の本はやたらと数が多いのでどの本が出版時期が早いかということがさっぱりわからないのだがこの本は正真正銘一番新しい本だ。
シリーズとしては3冊目のようだが、まあ途中でもよかろう・・。

食に関するエッセイで、旅先で出会った食べ物、子供のころの思い出、自宅での食事。そんなものについて書いている。この本は、日本共産党の「女性のひろば」という機関紙に連載されていたものをまとめたものだ。
そのせいかどうかはわからないけれども、椎名誠らしくない文体のような気がする。まあ、共産党の機関紙らしくない文体は文体でそこは椎名誠らしいのだが、どうもそれが行き切っていない気がする。それとも、お歳のこともあるのだろうか・・。
どちらにしても椎名誠と共産党というのが僕の中ではつながらない。

この本のタイトルは、「おなかがすいた・・」というものだが、自分に関しては、最近めっきりおなかが空かなくなった。
僕も椎名誠は歳を取ったなどと言えた義理ではなく、僕も歳なのだろうか、いつでも胃袋の中に何かが入っていてそれが食事の時間まで続いてそれでまたごはんを食べるのだからまた胃袋の中に何かが入っている感が続いてしまう。ごはんと言っても腹持ちのいいお米はほぼ食べない。お昼に作ってもらう弁当の中に入っているだけだ。
太っているころは我ながら、「これでもか!」というほど食べていたが、ダイエットを始めてから一気に食が細った。40代の半ばくらいにダイエットを始めたが、その頃がちょうど体力的にも衰えを見せ始める頃と時を同じくしていたからそれほどのエネルギーを要しなくなってしまったということも加わっていたのかもしれない。
だから、ちょっと油断してほんの少し食べすぎるとすぐに体重が増える。2キロくらいはあっという間だ。毎日体重計に乗って、「明日は晩メシ抜きだな。」などと反省するのだ。
じゃあ、運動をするなり体を動かすなりしてエネルギーを消費して空腹感を満喫すればいいというものだろうけれども、そうなる前に体がまいってしまう。だから健全な空腹感というものを体験できない。

せめてお酒だけでも気が済むまで飲みたいと思うが、これもそれほど酒に強いわけではなく、500ミリリットルの第3のビールを飲んでしまうとおなかが膨れると同時に酔いが回ってもうダメとなってしまう。
なんだか寂しくて仕方がない。何もうれしいことがないのだから食べることくらい、贅沢なものを食べたいと思っているわけではないのだから思う存分食べさせてくれと神様を恨むのだ。

話は変わって、これはコンビニ店員をやらされているときの話だが、コンビニの棚に陳列されている食料品というのは賞味期限がやってくると問答無用にゴミ箱に捨てられる。
ちょうどコロナショックがじわじわと世間に蔓延し始めた頃だったから客は少なくなっても棚を埋めなきゃならないという訳なのかどうかは知らないがたくさんの食品が廃棄されていた。特に弁当や総菜、サンドイッチなんて2日くらいしか賞味期限がないので1日2回くらい捨てていた。
フランチャイズのルールで、必ずゴミ箱に捨てるという決まりになっていた。店員がタダで食べないようにということだそうだ。もったいない話だ。2回ほどおにぎりをくすねて食べてみたけれども当然だが全く腐っていない。
お酒の廃棄にも遭遇したけれども、封を切って中身を洗い場に流してしまっていた。
こんなことをしていてこの連中は必ず報いを受けるに違いないと思った。特にお酒というのは神聖なものだろう。それを下水に捨ててしまうとは・・。
日本人がこんなことをできるようになってしまったというのは相当数の人間がこのコンビニエンスストアに食というものを依存してしまっているからに違いない。自分で食材に手を加えず、「おかあさんの味」などというコピーが書かれた商品を前にして、これが家庭の味だ美味しいねと錯覚してしまっているからだ。食材の貴重さというものに対して麻痺をしてしまっているのだろう。自分で野菜を切らないとどこからどこまで食べられて、頑張って食べられる部分を残してもそれでもゴミが出てしまうのだということがわからないのだ。
こんなことに加担しているぼくはクズだ。クズだからこんなクズのような仕事をさせられる。
僕の食に関する思いはネガティブなことばかりだ。

椎名誠のエッセイにコンビニ食材が出てきたという記憶がない。作家が自分で料理を作る時は基本的に鰹節とマヨネーズと醤油の味付けばかりだけれども、自分で麺を湯がいて缶詰に味付けしてソースを作っている。
それが正しい日本人の生き方なのではないのかと思うのである。自炊という言葉は死語になりつつあるのだろうか・・。

一度、日本人の堕落とコンビニの相関関係というようなエッセイを書いてもらいたいものだ。

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加太沖釣行

2020年10月20日 | 2020釣り
場所:加太沖
条件:中潮 8:42満潮
潮流:5:24転流 9:16 上り2.9ノット最強 13:03転流
釣果:タチウオ2匹 真鯛1匹 ハマチ2匹 イサキ1匹

冷蔵庫の中にはタチウオテンヤ用のイワシが眠ったままになっている。北風が強くなるとタチウオは釣りづらくなるので早く消化しなければならない。今日はまだ潮が大きいが本線航路を越えなければなんとか釣りはできるだろう。

朝一番はタチウオを狙って、潮流の最強時刻を過ぎたころに真鯛を狙うという組み立てで出港した。
昨日は雨が降っていたのでまだ空気中には水分がかなり含まれているらしく、朝焼けが鮮やかだ。

 

風は穏やかだが気温は日を追うごとに低くなり前回の釣行ではトレーナーを着こみ、今日はそれに加えて雨ガッパを上下に着こんでの出港だ。

中の瀬戸を越えた時刻は転流時刻から1時間ほど過ぎており、すでに海面が複雑な盛り上がりを見せ始めていた。タチウオは潮が早いと底を取りづらいし、エサをくわえるのが下手な魚なので掛けにくいがどうだろうか・・。
幸いにしてポイントに到着したときはそれほどの潮流ではなく、底は取りやすい。一方、アタリはというと、それがなかなか出ない。やっと出たかと思ってもすぐに放される。そしてお決まりのしっぽだけ喰われているということが続いた。



なんとか2匹釣ったが型は小さく、紀ノ川サイズだ。これでは面白くないが次の釣りを始める時刻が近づいている。アタリが少ないので1パック分のイワシまるまる使わずじまいになってしまった。税抜き156円がもったいない・・。
家に帰ってし仕掛けを点検してみると、タコベイトの足が何本か食いちぎられていたので魚は自分が感じていた以上にそこそこアタっていたようだ。すべてのアタリを掛けることができないとはわかっているれども、もう少し釣りたかった。

午前9時を回ったので友ヶ島の南側へ移動。まずは最近好調だというアジ釣りを試みた。サビキで狙うのだが、この仕掛け、通称「モジャモジャ」という。名前だけは知っていたがそれがどんなものかを知らず、この前の船底塗装のときに菊新丸さんから教えてもらっていた。枝素を長くすると真鯛も狙えるそうだ。
似たようなかたちで作ったが、はやり作り方が悪いのか、それともポイントが悪いのか、はたまた誘い方が悪いのか・・。まったくアタリを捉えることができなかった。ここにも解けることのない三体問題が横たわっている。

潮はどんどん小さくなっていくのでもたもたしている余裕はない。すぐにあきらめてテッパンポイントへ。ここではすぐに答えが出た。中層くらいに反応が出ていた時、これは多分青物だろうと仕掛けをしゃくり上げたらうまく魚が乗った。あまり引きは強くないのでマアジが喰らいついたかと思ったら上がってきたのはけっこう大きなイサキだった。
イサキを釣ったのは久々だ。2016年以来だから約5年ぶりだ
イサキについては、釣る人は釣っていて、フェイスブックのグループのメンバーなどは普通に釣っている。こういう魚を自由自在に釣れるようになりたいものだと思うけれどもそこまで行くには永遠に続く長い道がありそうだ・・。だから僕はフロックで釣れるくらいが関の山ということになる。

その後ハマチがヒット。えらく引くからこれは結構大きいぞと思ったが2匹の一荷であった。しかし、これで叔父さんの家へ持っていく分ができた。
続いてすぐに真鯛がヒット。ちょうどこの頃が時合いだったようだ。
その後はアタリがなくなったので北上を開始。ナカトシタまで出張っていたっがアタリはなく。潮もほとんど動かなくなったので午前11時に終了。

今回の釣行では風向計を作って持って行った。船の機械場の後ろに座っていると意外と風向きがわからない。スパンカーが効いてくると風の向きに船が安定してくれるのだが、どてら流しをするときなどはこれがあると船の位置決めをしやすくなる。隣のNさんの船にはかわいい風向計が取り付けられているので僕もそれをまねて作ってみた。家にあるガラクタを集めて作ったので使ったお金は追加で買ったボルト類の175円だけだ。1時間ほどで適当に作った割にはちゃんと風の吹く向きを示してくれる。
惜しむらくは、風向きではなくて魚がいるポイントの方角を指し示してくれればありがたいのだが、そんなに自然の摂理は甘くはないのだ・・。


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「不自然な宇宙 宇宙はひとつだけなのか? 」読了

2020年10月19日 | 2020読書
須藤 靖 「不自然な宇宙 宇宙はひとつだけなのか? 」読了

久々にSFを読んでいたのでそれに並行して宇宙の謎についての本も読んでいた。
この本には、宇宙はひとつだけではないという話と、地球が属している宇宙の物理法則は不自然なものであるというふたつの話が主な内容だ。

この宇宙の物理法則というのは非常に不自然なのだそうだ。物質の基本構成物である量子の相互間に働く4つの力(重力、弱い力、強い力、電磁気力)のうち、重力というものは不自然なほど小さいそうだ。しかし、こういう不自然さがないと元素や星、ましてや人間を含めた生物は存在できないほど安定した宇宙は出来上がらないらしい。
そういうことを考えると、この宇宙はあまりにも偶然に出来上がったもので、確率的に考えると、それがただひとつだけ存在しているというのはこれまた不自然。ということは、数多ある宇宙のなかのひとつがこの宇宙であるのだというのがこの本の趣旨だ。

もうひとつ、宇宙がひとつではないという理由が不確定性原理というものだ。有名な「シュレーディンガーの猫」というパラドックスで説明される。
猫とラジウムをひとつの箱の中に閉じ込めて、そのラジウムが放射性崩壊をしてアルファ粒子を放出すると毒ガスが出て中の猫が死んでしまうという仕掛けを想像するのだが、中の猫が生きているのか、死んでいるのかは、箱のふたを開けて中を見る瞬間まで決まっていない。すなわち、量子の状態は観察されるまではその状態が決まっていない。というのが不確定性原理だ。猫が生きている状態と死んでいる状態は確率に支配され、蓋の中には猫の生と死が同居している。
このパラドックスを解消する考えのひとつが、猫が生きている宇宙と死んでいる宇宙が並行して存在し、そんな確率の存在する場所に無数に宇宙が存在するというのだ。

もう、ここまで来ると科学ではなく、哲学や宗教に領域だ。
見る人がいないと世界は存在しているのかいないのかわからない。宇宙は無限の個数が存在する・・。
普通に考えると、じゃあ、この宇宙に宇宙を観測することができるのは人類しかいなかったとしたら、人類が滅んだらその瞬間にこの宇宙は消えてなくなってしまうのだろうか。また、こんなに巨大な宇宙が無数に存在できる空間などどこにあるのだとなってくる。

だからそれは人間の中の空想と不自然さを解消するための方便にしか思えないが、数学的にもそういうことが証明されているという。実際に観測されているわけではないが・・。
それは人がそう考えるから数学の答えがそう示すのか、それともこの世界からは見えることはないけれども本当に宇宙は無数に存在しているのか。そう思いこませる神のような存在がどこかにいるのだろうか・・。

結局、宇宙が無数にあってもそれを見ることができるわけではない。しかし、何かの拍子にそこへヒョッと行くことができたなら、僕はもう、ここへは帰ってきたくないと思うのだ・・。
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紀ノ川河口~紀ノ川釣行

2020年10月18日 | 2020釣り
場所:紀ノ川河口~紀ノ川
条件:大潮 7:04満潮
釣果:ボウズ

近場のタチウオもそろそろ終盤に差し掛かる時期なので連日のボウズから一矢報いようと今日も出てみた。
タチウオ名人も出ていたのでひょっとして獲物にありつけるかと思ったがまったくアタリはなかった。今年のタチウオは最初だけ好調でどんどん悪くなってくる。例年なら数は少なくなってもいい型のタチウオが釣れるはずなのだが・・。

今日はもうひとつお楽しみを作っていた。それはハゼ釣りだ。
5年前に一度行ったのだが、それ以来毎年行きたいと思いながらあれやこれやで機会を逸していた。延べ竿でゆっくり流れるウキを見ながらの釣りというのは風流なものだ。三遊亭金馬師匠にならって心穏やかにやってみたい。

ポイントは北島橋の少し下流の左岸。



水深は1ヒロもないので2間の竿でも十分やれる。潮はもう少しで満潮を迎える。おそらくハゼがいれば釣れるはずだが・・。
アタリはない。エサをケチって冷蔵庫に残っていたオキアミを使ったからなのか、それとも昨日の雨が悪いのか。確かに水を舐めてみるとまったく塩味がしない。ほぼ淡水みたいだ。ハゼはこの塩分濃度でも生息可能なのか・・。
どちらにしても、「たかがハゼ、されどハゼ。」ポッと行ってポッと釣れるものではない。すべての魚にリスペクトを・・。

帰り道、オキアミはほぼすべて残っていたのでフェリー乗り場のそばの堤防の際でも師賭けを下してみた。噂では大きなアジが釣れるらしい。



まあ、これもまったくアタリはなく、午前8時を待たずに終了。


今日は日曜日。紀ノ川にもいろいろな人がいた。

ひとりは紀ノ川大橋の橋脚にゴムボートを掛けてなにやら釣っていた。目の前を通過したとき、かなり大きなアジらしき魚を釣り上げていた。知っている人はいい獲物にありつける。手のひらを目の前で横に振り、まったく釣れないというようなゼスチャーをしていたところをみるとこのおじさんの秘密の場ポイントだったのかもしれない。



そしてひとりはカヌーを漕いでいた。これも優雅だ。



そしてハゼらしき魚を釣っている人も・・。



そういう意味ではポイントだけは正解だったのかもしれないが・・。
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「三体Ⅱ 黒暗森林(下)」読了

2020年10月17日 | 2020読書
劉 慈欣/著 大森 望、立原 透耶、上原 かおり、泊 功/翻 「三体Ⅱ 黒暗森林(下)」読了

三体の続編の下巻だ。

物語は上巻の200年後から始まる。主人公たちが人口冬眠から目覚めた世界はテクノロジーが進化し、200年前とはまったく違う世界になっている。その内容が詳細に記されている。
この200年間の途中、地球は大渓谷時代という、飢餓と環境破壊の時代を経験する。これは、世界が三体危機に際して技術開発と軍備増強を優先したためおこったものだ。しかし、核融合技術などのエネルギー革命やスーパーコンピューターの演算能力の向上により世界経済は復活した。自動車は空中を飛び、すべてのものがネットワークにつながり、どの場所をタップしてもディスプレイが立ち上がるような世界だ。人々は豊かな生活をしている。
しかし、環境破壊は修復が不可能なほどであり人類は地下都市に暮らしている。
200年前に誕生した宇宙軍も進化し、今では核融合推進装置を備えた宇宙艦は2000隻を超え、アジア、ヨーロッパ、アメリカが出身母体の艦隊がそれそれ独立国家として太陽系に展開している。その性能は速度で光速の15%を出せることから三体文明のテクノロジーを超えたと考えられる。そして地球人は250年後に迫りくる三体危機に対して楽観論しか持たなくなっていた。

そんな世界に上巻の主人公であった面壁人のひとりである社会学者、彼と行動を共にした警察官、宇宙軍の創設に加わった軍人が人口冬眠から目覚める。それは三体艦隊が放った探査機が先行して太陽系に近づきつつある時でもあった。

人類はそのトラックサイズの探査機は三体文明との友好を結ぶきっかけになると期待していたけれども、(智子を通して地球のテクノロジーの進化を知っている三体文明は勝てないと感じて友好関係を結ぼうと考えていると考えている。)その探査機は地球のテクノロジーをはるかに超えたものだった。外殻は原子核が強い相互作用で結びつき地球上では考えられないほどの硬度をもっており、推進力は未知のものだ。その探査機が2000隻の艦隊を一瞬に破壊してしまう。しょせん地球のテクノロジーは智子にそのブレイクスルーを阻まれ過去のテクノロジーの延長でしかなかったのだ。
三体文明には勝てないと考えていた人口冬眠についていた軍人は反乱を冒しその惨事から逃れる。結局生き残ったのはその戦艦とそれを追跡するために艦隊を離れた4隻、艦隊の中で探査機の突然の自爆に備えていた2隻のみであった。
軍人の戦艦は燃料を使い果たし地球には帰還できない。ましてや敗北が決定的となった地球に戻る価値はないと考えた5隻はそこで新政府を樹立し新たな世界を求めて太陽系を離れようとする。2000隻の生き残りも同じ行動をとるのだが、そこにも問題があった。目指す星系は白鳥座方面にある18光年先。今の燃料ではとうてい到達できない。どうするか、1隻だけを残し、他の戦艦のエネルギーと部品として使えるものをそこに集約する。もちろん乗組員は不要だ。それぞれの艦が同じことを考え、低周波水爆を発車する。行動が一足遅かった軍人の乗る船は攻撃を受け乗組員は全員死亡し、残った1隻が深宇宙に旅立ってゆく。艦隊の生き残りも同じ行動を起こし1隻だけが反対側の深宇宙を目指し旅立ってゆく。

地球では面壁人への期待が再び高まる。それは社会学者が200年前に発した呪文が本当に効果を表したからだ。呪文を放った50光年先の恒星が突如爆発して消滅したことが観測されたからだ。
それにはこんな理由があった。
『宇宙は暗黒の森だ。あらゆる文明は、猟銃を携えた狩人で、幽霊のようにひっそりと森の中に隠れている。そして、行く手をふさぐ木の枝をそっとかき分け、呼吸にさえ気を遣いながら、いっさい音をたてないように歩んでいる。もしほかの生命を発見したら、それが別の狩人であろうと、天使であろうとか弱い赤ん坊であろうとできることはひとつしかない。すなわち銃の引き金を引いて相手を消滅させるしかない。自らの存在を曝す生命はたちまち一掃されるという永遠につづく脅威。これが宇宙文明の全体像である。』猜疑連鎖というものだ。
宇宙文明のふたつの公理、『その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。』だから自分たちが生き残ろうとすれば他を滅ぼさねばならないのだ。
社会学者が放った呪文というのは、その消滅した恒星の座標で、それを察知した未知の高度文明がそこに文明があると理解し、恒星を破壊したというのだ。

なんだかわからないが、面壁人の呪文が宇宙のどこかで何かを動かしたことで再び救世主と崇めたてられたのだ。しかし、きっと何かをしてくれるという期待に反して、主人公は何も成果を出せない。しかしそれは面壁人としてのカモフラージュだった。

新たにやってくるトラックサイズの敵を察知するための施策と見せかけて、いざという時、三体文明の座標をどこかの文明に知らせることで三体文明自体を殲滅させようという脅しに使うという作戦だった。その方法とは、最初のメッセージを三体文明に送った手法と似ているが、太陽の反射層を使った増幅法を探査機に封じられてしまったので水素爆弾を使って宇宙にメッセージを送るという方法であった。

三体文明は、この主人公がふたつの公理から宇宙の文明はその位置を知られると即座に殲滅されてしまうということを見つけてしまうと200年前から察知していて句度となく暗殺を試み、太陽を使った電波の増幅法も封じたが、水素爆弾を使ってそれを考えてたと言うところまでは想像できなかった。
自分たちの文明を人質に取られ、地球は侵略から逃れることができた。

というのが相当ネタバレになってしまったが、大まかなあらすじだ。
このクライマックスは合計で1000ページにもなる物語の最後30べーじほどで一気に語られる。まったく想像ができない結末には驚かされた。

解説にも書いていたが、言いかえればこれは宇宙規模の密告劇という感じもする。それはこの物語の冒頭のシーンにあった文化大革命の無残さを印象付ける結果になっているようにも考えられる。文革は密告によって相互監視と政権に不都合な思想を粛正してきたが、著者は思想的なものは一切ないと言いながらどうしても連想されてしまうのだ。
それが余計に空想を超えたリアリティを生み出しているように思う。

上巻の感想にも書いたけれども、これだけ重厚なSFが中国で書かれたというのは中国がこれからの世界をリードしていくのではないかということを否応なく想像させられてしまう。コピー、パクリというのが中国のお家芸と言われ、確かにこの物語のプロットも過去にあったSF作品と似ているところがある。

複数の太陽を持った文明が滅んではよみがえるというのは、アイザック・アシモフの「ナイトフォール」という作品にすでに取り上げられているし、人工物の中に政府を樹立させるというのは、この物語の中にも引用されている、田中芳樹の「銀河英雄伝説」で使われたプロットだ。そして戦艦の中で人が生活をするというのは、日本のアニメの「超時空要塞マクロス」そのものだ。
しかし、それはきっと著者の過去の作品に対するオマージュであってパクリではないと思う。
それはその30ページに十分出ているように思うのだ。


この物語はこれでひと区切りがついているけれども、3部作になっているそうで、邦訳版は来年出版されるそうだ。
すごい仕掛けが施されているそうだが来年が待ち遠しい。



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