イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖釣行

2019年11月15日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 8:01満潮
釣果:コウイカ 3匹

今朝の和歌山市の最低気温は6.4℃だったそうだ。今年一番の寒さということで、確かに寒い。今朝の満月も凍れるようだ。



まだ、バイクのハンドルを握る指はそれほどでもないけれども、船外機のハンドルを握っている指はちぎれるほどの痛みだ。ただ、これは僕のイメージだけかもしれないが、イカは寒くなるほどいい感じにいなっていく。

今日もその通りで、仕掛けを下してすぐに1匹目のアタリがあった。おお、やっぱりいいじゃないかと思ったけれどもあとが続かない。そしてそんな日はアタリも渋い。アタっているのかどうかわからないけれども合わせたら掛かっていたという感じだ。

前回の釣行では今年の状況に手ごたえを感じたけれども、その確信が早くも揺らぎつつある。今月は天気がよければイカ釣りにはあと2回行こうと思っている。そこら辺で答えもでるだろう。
もう少し釣らないとお正月用のストックができないのだ・・・。
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「銃・病原菌・鉄 (下)1万3000年にわたる人類史の謎」読了

2019年11月14日 | 2019釣り
ジャレド・ダイアモンド/著 倉骨彰/訳 「銃・病原菌・鉄 (下)1万3000年にわたる人類史の謎」読了


下巻は文字や技術の発達がなぜオセアニアのほうが早かったのか、どうして新大陸では発達しなかったのかということの考察がなされている。

アメリカ大陸の中央部(メキシコや地峡部あたり)でも文字は開発されていたけれども、それが大陸全体に伝播することなくその前にヨーロッパ諸国に征服されてしまった。その差はどうしてだったのか。これは上巻で言及されていたとおり、結局、食糧生産力の差であった。
食料の生産が増えてくると、それを管理するための方法が必要になってくる。在庫を記録し、必要ならば分配する。そういうことを正確に行うためには文字が必要だ。そして、当初、文字を操ることができる人は限られており、その人たちは管理を専門におこなうため食糧生産には従事しない。こういうことができるのは彼らを養うことができる余剰食糧を確保できたからである。これは技術についても言える。青銅器や鉄器を作る人を養うことができるほどの食糧があるからそれを作れる。そして、そういう技術が食糧増産につながる。文字や技術が先か食糧増産が先かはわからないけれども、とにかくそれが両輪となって小さな集団は首長社会から部族社会、さらに国家へと拡大をしてゆく。

それが、アメリカ大陸では食糧増産に手間取りヨーロッパよりも遅れた。征服する側と征服される側の違いはそのわずかの差だけであったという。小さな一歩の差が時を隔てるごとに大きな差となっていく、まるで人生のようだ・・。
そして、人口が密集した世界では伝染病が発生する可能性が高く、そういう場所で暮らしている人たち葉にはたくさんの免疫ができる。無症候性キャリアとなった彼らは海を渡って免疫のない人たちを感染者にして弱らせてしまう。それも征服のために役立った。

ただ、技術革新については、それをどう使うかというひらめきも必要だ。たとえば、車輪について例が挙げられている。車輪はヨーロッパでもアメリカ大陸(メキシコのほうであったそうだが、)でも発明された。しかしながらヨーロッパではそれが産業や戦争など実用に使おうというひらめきがあったけれども、アメリカ大陸では子供のおもちゃとしてしか遺跡に中では発見されていないらしい。著者はこれも人口の差が原因で、人口の分母が大きいとそういうひらめきも増えるだろうというのだ。
こういうことを確率で片付けるというのもどうだかと思うのだが、現実がそうであったのだから仕方がない。そしてもう一度実験してみようということができないのだから覆すことができない。ただ、ハンドトゥマウスの生活ではそんなひらめきは起こらないのは確かなような気がする。現代社会でもそれは同じだろう。貧乏人は食べることで精いっぱいだ。

ただ、一貫して著者は、それは人間として劣っているわけではない。環境がそういう差を作ったのだといたるところで主張している。単に生まれた場所がよかっただけだろう。偉そうにするなということだ。


著者はそういう文明の差と征服される側、征服する側の力学を使い、オセアニア、アフリカの歴史を説明している。

人類の歴史が大陸ごとに異なるのは、それぞれの大陸に住居した人びとが生まれつき異なっていたからではなく、それぞれの大陸ごとに環境が異なっていたからであると著者は言うけれども、それ以外に、好奇心旺盛な人や創意工夫の心をもったほんの一握りの人たちの努力の差が時間の流れとともに大きく広がったのではないだろうか。僕みたいな人間ばかりの世界だったら何の進展もない。それが人口の多寡でそういう人の出現する確率が異なるのだと言われればそうであるけれども、科学系のノーベル賞の受賞者が欧米諸国に偏ってしまっているのは身体的、能力的な違いはないかもしれないがはやはり別の何かがあるのではないだろうかと思う。

それに加えて、著者は一切触れてはいないけれども、宗教的な影響もあるのではないだろうか。ヨーロッパに伝播したメソポタミアの文明が元祖を追い越してしまったのは、ヨーロッパよりも乾燥気味で脆弱な気候であったのにもかかわらず、人口が増えすぎたために環境基盤を破壊し気候が変わってしまったからだというけれども本当にそれだけだろうか。宗教の戒律が文明の発達を邪魔したのだと言えないことはないようにも思うがどうだろうか。
ただ、環境問題や心の問題がこれほど叫ばれるような現代、その教祖たちはそれを見越してそうならないようにブレーキをかけてくれていたのかもしれない。
そのブレーキが壊れてしまった世の中は暴走を続けるしかないんだろうなとつくづく思うのである。

また、この本のエピローグには、こう書いている。「社会は自分たちより優れたものを持つ社会からそれを獲得する。もしそれを獲得できなければ、他の社会にとってかわられてしまうのである。」なんとも残酷である。絶対にブレーキを踏むことができないのが人間の世界なのにちがいない。
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加太沖釣行

2019年11月12日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:大潮 6:08満潮 10:24干潮
潮流:7:02 上り2.9ノット最強 10:42転流
釣果:真鯛 カワハギ タチウオ 各1匹

連休の最終日、この秋の2回目のひとり遠足として白浜への釣行を考えていたのだが、今日は奥さんが車を使うという。1台を二人で共有しているのだから仕方がない。遠征を諦めてイカ釣りにでも行こうかと午前4時に起床。いつも見ている第5管区海保の友ヶ島灯台の海況を見てみると風は4メートル。



この天気なら加太まで行けるのではないかと急きょ道具を取り替えて家を出た。

西の空には大きくてちょっと不気味な色の満月が没しようとしていた。



今思うと、今日のパッとしない結果を予想しているかのようであった。

一文字の切れ目を越えると思いのほか波が高い。昨日の荒れがまだ残っている感じだ。多分小船で出ていればすぐに退散というところだろう。紀ノ川河口にさしかかるともっとひどくなってきた。「なつぞら」総集編の後編をゆっくり見ようかと引き返したが、住金の護岸に隠れると波がない。これくらいだったら行けるんと違うかとまた加太へ舳先を向ける。そんなことを3回ほど繰り返しただろうか、ほかにも出撃してゆく船もあり、僕はチキンじゃないんだと自分に言い聞かせ四たび針路を加太に向けた。



しかし、こんな日に加太へ行ったことはあっただろうかとメモリーの少ない頭のお中のデータベースをまさぐっても途中で引き返した時のものしか出てこない。
ただ、波は高いけれども風は確かに大したことはない。帝国軍奥深く侵入できない同盟軍に混ざって仕掛けを下すがアタリがない。転流時刻の前にはナカトシタまで入りたい。帝国軍の少ない場所に強襲して仕掛けを下すとアタリが出た。
小さいけれども真鯛を取ることができた。これで4連休は2勝1敗でなんとか勝ち越した。

それから間もなくまたアタリ。しかしなんだか変だ。真鯛でも青物でもない。上がってきたのはスレで掛かったカワハギだ。スレでもなんでもいい、これはいい獲物だ。そして、神様が、いつまでもタチウオのこだわってんともっと美味しい獲物もあるで~。っと言っているようだ。
鮎でいうなら、背掛かりだ。



日が昇るにしたがって風が弱くなってきた。これは中の瀬戸を突破してタチウオポイントに行けるのではないかと北上。相変わらず波は高いが風が緩いので前進はできる。ポイントには7,8隻の船がいる。



仕掛けを下すがアタリがない。僕の船の周りにはなぜだかウミネコがたくさん浮いている。きっと奴らは、僕が、アタリがないことに飽き飽きしてすぐにイワシを放り投げてしまうのだろうと待ち構えているに違いない。



はたしてその通りになってしまった。
せっかく刺身にもできるほど新鮮なイワシを用意したけれどもほとんどをウミネコのエサにくれてやってしまった。



時間を経るごとに風と波は穏やかになり、帰途は快適そのもの。

 

あと5時間、天気の移り変わりが早かったらと悔やむのである。


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加太沖釣行

2019年11月10日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:大潮 5:00満潮
潮流:5:31 上り2.3ノット最強 8:59転流
釣果:ボウズ

昨日から4連休をもらっているのだが、その期間の週間予報を見てみると、今日の気圧配置がいちばん理想的だ。だから、昨日はイカ釣りに行っておいて満を持して今日を迎えたのだ。しかし、夕べの予報を見てみると高気圧の中心が日本海に移動している。いや、そんなことはないと、また「正常性バイアス」を働かせるのだ。
しかし、思い込みで天気が回復することはあるはずがなく、田倉崎を回るとかなり風が吹いている。朝イチはタチウオをと思っていたけれども今回も地の瀬戸を突破することができない。真鯛を狙うには上り潮が緩んでいく時刻なので前回同様ナカトシタに入りたいのだが、帝国軍のスターデストロイヤーたちが集結している。



そして同盟軍はこの風では北上できないのか、ソラセ辺りで停滞している。



僕もそれに混ざって仕掛けを落としてみるが、風で仕掛けがまともに落ちない。移動するときは左からまともに風を受けて大きく船が右に傾き僕のプアマンズキャプテンチェアが手で押さえないとこちらに倒れてくる。風は治まるどころかどんどん強くなっている感じだ。
これ以上やっていても無駄だと判断し、田倉崎の陰で帰り支度をしようと移動してみると魚探に大きな反応が出た。



ダメ元で仕掛けを下すとすぐにアタリがあった。ああ、これでボウズをまぬがれられるとホッとしたのもつかの間、フッと軽くなってしまった。仕掛けの一番根元から切られてしまった。大した大きさでもないのでサゴシか何かだろうか。しかし、幹糸の切り口を見てみると、なんだかフグのような気もする。仕掛けを取り替えて続けるとまたアタリがあった。いい感じで魚が乗ったと思ったらまた高切れだ。これもおなじやつの仕業だろうか・・。

次の仕掛けを出そうと道具箱を見てみると、あれれ、補充をするのを忘れていた・・。
ちょうどいい、今日はこれで終了だ。

この場所はいつも、西ノ庄から出てくる漁師たちがアジを釣っている場所だ。今日もそれらしき人は一度に4、5匹のアジかサバのような魚を釣り上げていた。あれはいったいどんな仕掛けを使っているのだろうか。いつも不思議でしかたがない。

港に帰るとあの風がウソのようだ。



なんとも疲れた・・。
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水軒沖釣行

2019年11月09日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 4:23満潮 
釣果:コウイカ 3匹 モンゴウイカ 1匹 ハモ 1匹

今朝はグッと冷え込んでる。それでも和歌山市の最低気温は8℃だ。なんだかもっと寒く感じる。物置からバイク用の手袋を引っ張り出して港へ向かう。
海の上も冷えている。海水温はどれくらいかわからないが温水のように感じるのだ。

初島の方を見てみるとタンカーが浮かんで見える。



釣り用の手袋も今シーズン初めて使った。ここ4年間は380円の手袋を使っていたけれども、1000円足すと暖かさとフィット感が段違いだ。やはりあまりにも安いものは買わない方がいいのだろうか・・。
そう言えば、4000円で買ったドライブレコーダーは2回運転しただけでリアカメラが映らなくなってしまった・・。



さて、今日の釣りものは、まだちょっと早いかもしれないがコウイカだ。数年前までは気の早い長老たちがどの魚でも釣れ始めを教えてくれた。チョクリしかり、タチウオしかり、イカもそうだ。しかし、もうみんな港を離れてしまったので自分でシーズンインを探らねばならない。11月下旬からの釣りだと思っているのだが、ここ数日の冷え込みを考えると、海の中はさておいて肌に感じる気温はコウイカの幕あけを告げているのだ。

はたしてその通り、仕掛けを入れて5分も経たないうちに最初のアタリが出た。大きさはそれほどでもないが、シーズン最初の平均的な大きさだ。その後、太陽の光が見えてくるまでに3匹をゲット。
去年は2匹釣るのがやっとだったけれども、去年よりもよさそうだ。

その後、アタリがなくなり、朝一で釣れた場所を行ったり来たりしていると、明らかに魚のアタリ。それまでもエソが食ってきたり、フッキングしなくても魚らしきアタリがあったけれども今度は大きい。おお、今年もマゴチが多いのか!と道糸をたるませないように巻き上げてくると、長い。ああ、またダイナンウミヘビじゃないのとデッキに放り上げたら、太い。あれ、ひょっとしてこれ、ハモじゃないのかしら?



ゆっくり観察してみると、確かにハモだ。こんな魚もいるんだね~と感心していると今度も大きなアタリ。これは大きいイカだ。モンゴウイカだった。その後、またエソがヒット。幹糸を噛まれてズタズタになったのでこれで終了。

まあ、シーズン最初の釣行としては上出来だったのではないだろうか。

アナゴは捌いたことがあるがハモは初めてだ。なんとか開いて今度は骨切り。
どう見ても包丁目の間隔が広いのだが素人ではこれが限界だ。さて、骨が邪魔にならずに食べることができるだろうか・・。


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秋のひとり遠足~高野山~

2019年11月06日 | Weblog
そろそ紅葉の季節だと高野山を目指した。

去年のイレグイ号は170馬力、今年のイレグイ号は64馬力だ。いい歳こいて暴走癖があるので家から大門まで1時間ですっ飛ばしていたが、はたして64馬力だとどれだけの時間がかかるのだろうかと、1時間半は覚悟して出発したのだが大門までは1時間9分。所要時間は約10%増えてしまったが、これくらいならまあストレスなしということにしておこう。さすがはホンダだ。



今日は今年一番の寒さだったそうで、高野山も冷えていた。大門前の温度計は摂氏2.6℃。植込みのコケにも霜が降りている。気象庁のアメダスでは0.3℃が最低気温だったようだ。

 

そして、カメラのシャッターボタンを押す手がかじかんでぶれまくる。いやいや、これは寒さのせいではなく、限りなく写真を撮るのが下手なのだ。露出もおかしくて200枚撮った写真の中に、まともなものがほとんどない・・。

 

これはまあまあかというのはこの写真くらいだ。



ただ、金剛峯寺の境内を歩いているとき、大玄関の襖の奥から朝の読経が聞こえていて、しばし聞きほれていると、知らない間に襖が開いていて中の祭壇が姿を現した。



去年は奥の院の朝の読経を聞かせていただいたが、ことしはここで読経を聞かせていただいた。人がまったくいない空間で、贅沢というかありがたいひと時を過ごすことができた。
写真がうまく撮れないのは心の乱れのせいなのだが、お大師様が、「これを聞いて心を沈めよ」とおっしゃっているかのようであった。

ああ、高野山を訪ねるたびにこころ安らかに生きたいと思うのだ・・。


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水軒沖釣行

2019年11月04日 | 2019釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 4:58干潮
釣果:ボウズ

今日も北風が強く吹いている。森に暮らすひまじんさんとの釣行は2日か今日かを考えていてのだが、今日にしなくて正解であった。
ちなみに近畿地方で木枯らし1号が吹いたということだ。

タチウオ用のイワシがまるまる残っているので単身でタチウオをもう一度と考えていたけれどもそれどころではない。加太へ行くのにも一苦労という感じだ。
港の周辺なら風を避けられるところもあるだろうと小船に乗ってアオリイカを狙いに出かけてみた。前回釣果のあった雑賀崎はおあつらえ向きに北風をよけることができる。



ほぼ同じ場所に碇を打ってエギをキャストするが、そんなに世の中は甘くない。1時間ほどで嫌になって撤退してしまった。
港には午前8時半ごろには帰ってきていたが、雑賀崎のサンマの販売店が開いていればと思い訪ねてみた。
こういうところは開店時間が早いようで、すでに営業中の旗が上がっていた。
叔父さんの家の分と一緒に購入して今日は終了。





これではブログの尺が短いのでこのポイントについての薀蓄を少し。
この磯は通称「鷹ノ巣」と呼ばれている。この地名は全国に存在するようで、大体が鷹の巣を作らせ、その雛を鷹狩り用の鷹に育てて幕府に献上していた場所だったところが多いようだ。和歌山は徳川御三家の一角だから紀州藩主に鷹を献上していたのだろうか?トンビしか見かけないけれども・・。それとも、トンビを鷹に見立ててつけられた地名なのだろうか。そして、水際には大きな洞窟がある。「鷹ノ巣洞」と呼ばれているが、のちに東本願寺の法主となる教如という僧が信長との石山合戦の後に逃れて匿われたと言われている。



浄土真宗の本山が西と東にあるのは、この人が東本願寺を作って分離独立したからだそうだ。そこには強大な教団の力を恐れた徳川家康の思惑も絡んでいるかもしれなというから歴史というのは面白い。石山合戦でも徹底抗戦を主張した武闘派だったそうだ。だからこの場所に匿われることになる。そういう意味では雑賀衆とも馬が合ったのだろう・・。
この地域は、戦国時代、鉄砲隊で有名な雑賀衆が支配しており、ご存じのとおり、雑賀衆は熱心な門徒であり、石山合戦では信長とも対峙した。これがのちに秀吉の紀州攻めにつながるのだがそれはもう少し後のことだ。小学生のころはこの辺りが遊び場だったので何回かはこの洞窟に入ったことがある。今は崩れて通行止めになっているけれども、崖沿いに歩道が通っていた。中には小さな祠があって、相当不気味な場所だったという記憶がある。
そして、断崖絶壁は一面緑色をした石でできている。和歌山では「青石」と呼ばれ、地質学的には「緑色片岩」と呼ばれるらしいがそれについての知識はまったくない。ただ、水軒の海でも和歌浦の海でも、海岸線はどこもこの石がゴロゴロしていて和歌山市内では塀や壁がこの石でできている家が昔は多かった。ウチの庭にも父親がどこかから貰ってきた石がたくさん使われている。

そして、もう20年以上前ではあるのだろうけれども、「探偵!ナイトスクープ」でここが小枝探偵のパラダイスシリーズのひとつとして紹介され、灯台横の売店のおやじがテレビに出ていた。たしかに変わった人だった。売店の鍵を閉めて中で昼寝をしている姿を何度か見かけた。

そして、釣りの世界でいうと、まさにこの場所が紀州釣りの発祥の地なのである。足元からドン深のこの磯はチヌが昔からたくさんいたそうだ。これは僕の祖父の若いころの話だが、当時はテグス(本物の絹糸のテグスのことだ)が貴重品でかつ強度もなかったので大物が掛かると切れてしまう。それがもったいないので大きな魚の影が見えるとみんな仕掛けを回収して魚が通り過ぎるのを待っていたそうだ。なんともうらやましい時代だ。この頃に今の道具があればどれほどのチヌが釣れることだろう。
そして当時はリールがなかったので、のべ竿に竿の長さの数倍の道糸をくくりつけて足元に手繰りながら釣りをしていた。魚が掛かるとかけ竿というものを使う。この竿は穂先に逆U字型の針金がくくり付けられていて、それに道糸を絡めて手繰り寄せる仕組みになっている。それを数本使って足元まで魚を寄せてくるというような釣り方だ。なかなか文章では表現しづらいが、ヌカダンゴを使うということに加えて独特な方法の釣り方だったのだ。移動ウキを使わなかった父親もこのかけ竿を1本だけ使い、ウキまではリールで巻き取るが、そこから下はかけ竿で魚を取り込んでいたものだ。

去年はここにTOKIOがやってきて話題を振りまいてくれたが、それでもここを訪れる人は少ない。このサンマも美味しいし、歴史もあって景色もきれい(なんといってもここは「日本のアマルフィ」と呼ばれているのだ。)なのだから観光開発をすればもっと街が盛り上がらないのかしらといつも思うのである。



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加太沖釣行

2019年11月02日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:中潮 3:10干潮 10:09満潮
潮流:6:25転流 10:33 上り 3.1ノット最強
釣果:ハマチ 1匹(画像は二人分。といっても僕の釣果は1匹しか入っていない・・。)

今日はいつも山菜採りでお世話になっている、森に暮らすひまじんさんをお招きしての釣行だ。タチウオを釣りたいので天気のよい日をと思い、直前までいくつかの天気予報サイトをにらみながら今日を選んだのだが結局風の強い日を選んでしまった。最終的に決定したのは昨日の朝なのだが、ピンポイントで地点の予報を見ることができるサイトの風の具合がよくなってきた。このサイトも3日ほど前から見続けていたのだがその頃は「う~ん・・」という感じだったが、昨日の朝になって東からの緩い風に変わっていた。おお、これなら行けるとひまじんさんに連絡をして時間を作ってもらった。しかし、このサイトも午後からまた風が強い予報に変わった。他のサイトではまだ東からの風が緩く吹くところもある。こんなときに働くのは「正常性バイアス」なのである。まあ何とかなるか、タチウオがダメでも今日の潮ならハマチと鯛が狙える。

そして今朝、やっぱり吹いている感じだ。自宅の周りでもこんな感じなら海ではもっと吹いているだろう。それでもタチウオの仕掛けも携えて港へ向かう。港ではまったく風を感じない穏やかな状態だ。しかし、紀ノ川を越えた頃から少し風を感じる。田倉崎、ここも少し波立っているがまだまだ行けそうだ。様子を見るためナカトを通らずに地の瀬戸経由でポイントを目指そうとしたが、城ケ崎あたりでかなり波が高くなってきた。これは無理をしたら乗り越えられそうというレベルを超えている。残念だがそこから引き返しソラセまで移動。これから潮が動き出す時刻なのでしばらくここでハマチを待ちたい。
写真だけだとなんとも穏やかな秋晴れの日に見えるのだが、ここも北風が強く吹いている。



ひまじんさんにはタイラバをやってもらったほうが簡単なのだが、ハマチを重点的に狙おうと思えばやはり高仕掛けだ。扱いは慣れないと難儀だが、とりあえず今日はこれでお願いしますと仕掛けをセットした。今回もツキがあるのか、僕が自分の仕掛けをセットする前にアタリを捉えたようだ。
あがってきたのは予想通りハマチだ。いい感じ。僕も1匹ハマチを釣り上げ、しばらくして潮の流れが速くなってきたころを見計らってナカトシタへ移動。



ここには帝国軍の艦船が数隻いたのでちょっと気にはなったけれども前回のこの辺りでこのような潮の状態でけっこう釣れたので強襲作戦だ。しかし、やはり帝国軍の武闘派と思しき艦船にロックオンされてしまった。
普通ならここで後退するのだが、この潮でここから撤退するのは惜しい。少し場所を変えて知らんふりして再び仕掛けを下す。そこからひまじんさんの怒涛の当たりラッシュが始まった。
真鯛もいい型があがりハマチも混じる。
合計でひまじんさんはカスゴもいれて真鯛が3匹、ハマチが4匹。3時間余りの釣果としては上出来だろう。仕掛けの捌きも最初は心配していたが後半はまったくサポートなしでやってくれていた。

しかし、なんだ、ひまじんさんが7匹釣る間に僕は1匹だ。これはツキがいいというだけでは片付けられないのではないか。僕のガラス細工のようなプライドが再び粉微塵になってしまったのだ・・・。

そして、今回の釣行のためにイワシを調達してくれたのがそのガラス細工のプライドを粉微塵にしてくれた同僚なのだ。関東地方に大災害をもたらした台風のせいで漁獲がなくイワシは仕入れが少ないうえ高騰しているそうだ。デパート価格でも耐えられないのか、仕入れをしていないというところを特別に仕入れてもらったものだ。どうりで普通のスーパーに並んでいはずだ。さすがデパートのイワシは鮮度が半端ではない。仕入れたものをエサ用に塩をして冷凍してくれていたのだが、今日の釣行で半日解凍状態であったにも関わらずこの鮮度とツヤだ。このツヤを見ていると釣果に差が出るいうのも納得できるのではないかと自分のテクニックの無さを棚に上げて考えてしまうのだ。


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「僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた」読了

2019年11月01日 | 2019読書
アダム・オルター/著 上原 裕美子/訳 「僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた」読了

この本は、「行動嗜癖」というものについて書かれている。「行動嗜癖」とは、何らかの行動に依存しすぎて日常生活を送ることができない状態になったことをいう。
スマートフォンを通して入ってくるゲームやSNSがその行動嗜癖を引き起きしているというのである。

こういうたぐいのものは巧妙に人々を依存症に導くように作られているというのが著者の分析だ。スティーブ・ジョブスは自分の子供にはiPhoneを持たせなかったそうだが、大元を作ったひとはそういうことを承知していたということだろう。

依存症というと、麻薬に溺れて廃人同様になってしまうようなことを想像するけれども、この本を読まなくてもビデオゲームやオタクアニメにのめりこんでしまった人たちの末路のようなものがときたまニュースやワイドショーで取り上げられているのでさもありなんというところである。
脳のなかで依存症の原因となるものは、「ドーパミン」という物質で、これが脳の中に広がると幸福感を感じることができる。様々な刺激がドーパミンの分泌をうながすけれども、薬物だけでなく、ある種の習慣や刺激もドーパミンの分泌を促すことがわかってきた。そのなかのいくつかがインターネットからもたらせるものなのである。

ドーパミンは出すぎるとよくないので脳は自動的にそれを抑制しようとするのだけれども、依存症をもたらす刺激はそれを超えてしまう。そうするとドーパミンが効いているハイの状態と、そうでないローの状態の落差が激しくなる。のめり込んでいる状態があまりにも心地よいと脳はドーパミンの量を少なくしようとしながら、一方では快楽を得られるためにドーパミンが少なくなった状態への対処法を必死に探し出す。これが依存症である。

薬物などの刺激が与えられると必ず依存症になるものではないとこの本には書かれている。それに加えて、心理的な苦痛を和らげたいという要因が加わる必要があるというのだ。満ちたりた状態でヘロインを打たれてもそうそう中毒にはならないらしい。まあ、完全に満ちたりた人なんて世界に数人しかいないのだろうからほぼ誰でもそうなるのだろうとは思う。
そして、そういう性質は生物が持っている生存のための本能がそうさせるそうだ。育児に対する意欲や、恋人を求める欲求がそうらしい。苦労や困難の前でもなんとかしようとするのがドーパミンなのである。しかし、パチンコしてて、子供を車の中で熱中症で死なせる母親というのはどっちの動機でドーパミンを出しているのだろうか?どうもこの説は本当に正しいのかと思えてくる。

後半、依存症を引き起こすテクニックが紹介されている。過去から現在まで、ビデオゲームやSNSのほぼすべてにその要素が含まれているらしい。
それは、
① 小さな達成すべき目標がある。
② 確実な報酬よりも予測不能なフィードバックがある。
③ 進歩の実感
④ 難易度のエスカレーション
⑤ クリフハンガー
⑥ 社会的相互作用
この六つである。
①の代表的な例としてマラソンランナーのタイムが挙げられている。マラソンランナーのタイムというのは切りのいい時間の直前を記録する人が多いそうだ。例えば、3時間30分や4時間という手前の時間だ。何としてもこの時間を切ろうと人は頑張れる。また、記録の積み重ねもそうである。毎日ランニングを続けているひとは継続の記録が続くほどそれを途切れさせないでおこうと体調が悪くても走り続けようとする。そして、目標が走ることから記録を伸ばし続けることが目標になってしまう。目標に依存してしまうのだ。明日はそれを少しだけ上回ろうという少し上の目標をと考えるのは人間の本能なのである。
それをこの本は慢性的な敗北状態にあると書いている。常に新しい目標を求めずにいられないというのは敗北感の裏返しなのである。ギリシャ神話に、山の頂上まで石を運んでは神様にその石を麓まで落とされ続ける男の話があるけれども、遠い昔からひとはそうであったようだ。
②の予測不能なフィードバックについてはこんな実験が紹介されている。ハトに押したらエサが出てくるボタンを押させる実験で、必ずエサが出てくるボタンより、ランダムにエサが出てくるボタンの方を押すらしい。確率を50~70%に設定するときが一番猛烈につつく。これが10%まで下がると心が折れてやめてしまう。これは人間がギャンブルの不確実性に惹かれるということと同じ現象であると著者は言う。
③、④ではスーパーマリオブラザーズとテトリスが例として挙げられている。最初は易しい場面から始まるが、ステージが上がっていくにつれて少しずつ難しくなっていくということで次の場面に行かざる終えなくしてしまう。これはフローという心の状態である。

⑤は崖っぷちという意味だが、連続ドラマの各回の終わりやバラエティー番組のCM前は、次に期待を持たせる終わり方をする。それだ。ネット配信のドラマではビンジ・ウオッチングという連続再生の設定がされているらしく、次を観たいという欲求が止められなくなる。ユーチューブも次から次と関連する動画が再生されるけれどもこういう効果を狙っていたんだと納得してしまう。
⑥は、人間が持っているという、ほぼみんなと横並びでいたい。そして少しだけ抜きんでていればなおのことよいという心理だ。これは集団の中でしか生きてゆけない人間のもっている本能のようなものである。抜きん出すぎると村八分になるけれども少しは人から良く見てもらいたいと願う気持ちというのは確かによくわかる。それを、「いいね!」の数で判断したくなる。「いいね!」で数値化されてしまうというところが恐ろしいところなのである。

ここまで読んでいて、あらら、僕もそれに乗せられていることが多々あるじゃないかと気づいてしまった。
これ、魚釣りは④までは相当に当てはまる。
魚を釣るという目標があり、釣れる日もあり釣れない日もあるというのが釣果というものだ。やっているうちには腕が上がってくるし、もっと難しい釣りに挑戦もしたくなる。そしてインターネットで⑥番が加わる。釣った魚の画像をフェイスブックにアップしてちょっとだけ褒めてもらいたい。ほかの人の釣果も気になる。同じ日に釣行していた人よりも少なければ少しは残念に思うし、多ければうれしくなる。
また、このブログもそうであるが、記録をつけ続けることで昔と比べて少しは上手くなったのではないかと小さな自己満足もあるし、年ごとの釣行回数が左の列に出てくると、去年は50回行ったから今年はそれよりも回数を増やしたいとやたらとボウズの積み重ねをしてしまうのだ。ちなみに読書もそうで、去年よりもたくさん読まなくてはと熟読することなく読み飛ばしてしまう本も少なくない。もったいないことだ。パソコンがあるとそういうことが簡単にできてしまう。
著者はそれを、「おせっかい」という言葉で表現しているが、確かに頼みもしない(でも僕は、記録を残したくてせっせとキーボードを叩いているのであるが・・)のに色々な情報が向こうからやってくる。
と、いうことは、僕もネットを通して魚釣りの依存症になっているということだろうか・・・。

まあ、どちらにしても、依存症になってしまったのなら仕方がない。この歳になってそれをどうこうしようとも思わないのであるが、この本にも、そういった依存症から抜け出すための方法ということが書かれている。

ひとつには、依存症の元になっているものから意識的に遠ざかれというものだ。スマホを枕元にまで置いておくなということだ。もうひとつは、依存の根源に対して、それをすることによって自分は幸せなのか、また、そこから得られる利益はあるのかということを自問せよ。というものだ。依存症に陥っている人たちのほぼすべては、そういうことに罪悪感をもっている。そこに深く向き合えというのだ。
アメリカには、実際に薬物ではない依存症に陥った人たちのための厚生施設もあるそうだ。
また、依存症を克服するためのデバイスもあって、たとえばフェイスブックにアクセスしたら電気ショックが流れるというようなブレスレットなるものがあり、一部で活用されている。
また、著者はゲーミフィケーションというものを提案している。この、依存症を引き起こす仕掛けを利用して苦手な学科を克服したり、社会問題を解決しようというものだ。
ゲーム形式の勉強は学生たちの興味を引くと言う。最近の学校ではタブレットを使って授業をするなどと聞いたことがあるけれども、ゲームの依存症が危険だというテーマなのに最後にゲームは有効だという論が出てくるとはどういうことなのだろうか。また、ゴミ問題ではゴミを分別してきちんとゴミ箱に放り込んだら得点ボードの点数が上がったり、なかなか使ってもらえない駅の階段にはピアノの鍵盤のように音の出る仕掛けを盛り込んでみる。(これらは実際に行われている施策だそうだ。)
これはゲームも使い方次第でいい方向にも利用できるのだと、ゲームを作っている人たちに恨みを買わないためのフォローなのだろうかなどと訝かんでしまう。それとも、結局、またゲームに逆戻りしてしまったというのは、人はもうこういうものから永遠に逃れることはできないのだよと皮肉たっぷりにからかわれているのだろうか。

電車の中で吊革につかまりながら周りを眺めてみるとスマホの画面を見ていないのは老人か僕だけという場面も少なくない。朝っぱらから動きの激しい画面を見ていてしんどくないのだろうかと心配になるのだが、もうひとつ、この人たちはみんな依存症なのかという心配も生まれてしまった。

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