イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

和歌浦湾彷徨

2006年04月26日 | Weblog
場所:和歌浦湾
条件:大潮 5:01満潮 水温 不明
釣果:なし

朝起きてみると風が少しありそうだ。天気もどんより曇っている。
加太はあきらめてどこかにキスでも狙ってみようかと船を出した。
まず下津ピアーランド沖へ、岩礁帯で少しアタリがあったが釣り上げることは
できなかった。
次に浜の宮沖へ、ここもだめ。片男波沖へ移動するがここもだめ。やる気が出ない。
田ノ浦沖で少しやって今日は終了。
5時半に家を出て9時には帰宅していた。
これでは釣れる魚も釣れないな。
エンジンを動かせただけでもよかったとしておこう。

500円で買ったゴカイはほとんど無傷で今は冷蔵庫の野菜室の中で眠っている。
次回の釣行までに家人に見つからずに無事でいられるだろうか?
ばれたらすごく叱られるだろうな。
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田辺湾釣行

2006年04月24日 | Weblog
場所:田辺湾 カグラ
条件:若潮 3:33満潮 水温 16.8度
釣果:チヌ 44センチまで 3匹 ボラ 1匹

エサの予約をしたあとで天気予報を見ると風が強いようだとわかった。
急遽湾内の磯に変更。ハリスの結びなおしを行った。
磯では北の風が強い中でスタート。
律儀に荷物を降ろしている間に同行者に一級ポイントを押さえれてしまった。

風が強く、おまけに潮の流れが早い。いやな展開だ。
今日はだめだろうとあきらめかけたころ同行者が1匹釣り上げた。午前7時ごろだった。かなりまぐれに近い釣り方であったようだ。恐る恐る聞き合わせをしていたか仕掛けを回収するときに食っていたようなかんじであった。
先を越されたという焦りとチャンスがあるかも知れないとの期待が交錯する。
午前9時ごろ待望のアタリ。ボラであった。
相手はこのころ逆にあきらめムードで寝てしまっていたがこちらはせっせと打ち返す。場所も変わっていたので一級ポイントにも移動できた。
9時半今度はチヌであった。とりあえずボウズは免れた。ほっとする。
その後、風が背中から吹くようになり楽に釣れるようになってきた。
10時過ぎに1匹、3時半に1匹。計3匹を釣り上げた。
今日の天気を考えたら上出来だ。



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田辺湾釣行

2006年04月18日 | Weblog
場所:田辺湾 塔島
条件:中潮 7:31満潮 水温 16.5℃
釣果:チヌ 51センチ~36センチ 8匹 ヘダイ 42センチ1匹 タコ 2匹

22日ぶりの田辺湾釣行。
風もなく曇りと絶好の釣り日和だ。潮も極端に飛んでいない。
ただ、水温が低い。これが気になる。
最初のアタリはタコ。前回の釣行と同じだ。不安がよぎる。
2回目はヘダイ。おいしい魚だがチヌではない。でもホッとする。ボウズは逃れた。
午前9時を回ってまったく潮が動かなくなってしまった。エギを投げてしばし一服。
再度開始した10時前、連発で3匹。2匹目は2年ぶりの50センチオーバーの年なし。うれしい。
その後に1匹加えて合計9匹とタコが2匹。
これ以上釣ると間違いなくクーラーに入らないと思い1時30分に切り上げた。

今日は潮が流れなかったので底の様子がよくわかった。
釣り坐からわずかに左遠方から右遠方にかけて少しかけ上がりになっている。
この駆け上がりに向かって潮が流れると釣れるようだ。
間違いない。攻めるのはここだ。
次の釣行で立証しよう。
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タラノメ採集

2006年04月08日 | Weblog
今日は風が強かったので魚釣りはお休み。
かわりにタラノメをとってきた。
いつも行くポイントは先客が大勢いたようでことごとく取られていた。
しょうがないのでかなり遠いが去年めぼしをつけていた場所へ行くことに。
ここにはたくさんのタラの木があり先客もあまりいないようだった。
とりあえず1食分をいただいて下山した。
道中は桜が満開で正しい里山の春の姿が展開されていた。
幸せな気分の1日であった。
残念ながらこのポイントはここでは教えません!!
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「ALL MY TOMORROWS Ⅰ」読了

2006年04月08日 | Weblog
開高 健「ALL MY TOMORROWS Ⅰ」読了
読み終えるのになんと2ヶ月間かかってしまった。
開高健が昭和30年から35年まで、25歳から30歳の間に書いたエッセイ集だ。
断片的な内容のエッセイだから内容がよくわからないものもあるが意外と政治的な話もたくさんあるなと思った。もっともこのあとベトナム戦争に反対し、国内では長良川の河口堰の反対運動を死ぬ直前まで続けたのだからこのころの政治に対する意見ももっともなのだろう。
しかし書かれた作品にはそんなにおいがない。小説では人間の皮をひとつひとつはがしてゆくような内容が多いのは、人間は装飾物を取ってしまうと何か本質のようなものがありそれを見極めるためには体制の批判などに紙面を割いている暇がないと言うことだろうか。
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