イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「釣魚をめぐる博物誌」読了

2018年10月30日 | 2018読書
長辻象平 「釣魚をめぐる博物誌」読了

魚と釣りに関する薀蓄がぎっしりと詰まっている。
著者は江戸から明治、昭和初期にかけての釣り文化に詳しい釣魚史研究家であり、魚類生態学というものを大学で学んでいたそうだ。

本書は、海の魚、川の魚、あまり食卓や話題(釣りの世界では)に上らない脇役の魚たち、そして怪奇談から古今東西の話題、そのこぼれ話。そんな章立てで編集されている。

へ~。と思ったり、なるほど!と思ったりしたことをいくつか。
・フグの毒はテトロドキシンという名前だけれども、テトロドは「4」という意味(テトラポッドのテトラと同じ)でオドンは「歯」トキシンは「毒」という意味。上下あわせて4枚の歯を持っている魚から分離された毒なのでこんな名前がついたそうだ。
「007 ロシアより愛をこめて」でジェームズボンドが瀕死の重傷を負わされるのが日本のフグから採った毒だったらしい。

・鮎という字は中国ではナマズのことを指すけれども、これは日本に入ってきたときに間違えたというのは知られた話だが、鮎の字を取られたナマズはどうして鯰という字が当てられたか。鮎の音読みは“ネン”だそうだ。そういえば粘液という字のつくりの部分は鮎と同じだ。で、鯰のつくりの部分も“ネン”と読める文字を当てて鯰になったとか。

・魚の訓読みは“さかな”だけれども、常用漢字としては昭和48年になってはじめて採用されたそうだ。それまでは“うお”もしくは“ぎょ”としか記載されていなかった。もともとの“さかな”は肴であるが、この文字の意味はお酒のおつまみに供される食材のこと。魚を使ったものが多かったのでいつしか魚も“さかな”と世ばれろ用になった。だから正しくは“さかなつり”ではなく“うおつり”なのだが、ここでふと思い直した。僕の場合、食べたくて魚を釣りに行ってるのだから、やっぱりここは“さかなつり”でいいのではないかと。キャッチアンドリリースの人たちはこれからは“うおつり”に行くと言ってもらいたい。(まあ、この人たちはそうは言わずに、フィッシングというのだろうね。)

・釣りと怪談話とはかなり縁があるそうだ。人気のない暗い場所でそれもひとりでという場面が多いから自ずとそうなってくる。また、水辺というのは死と隣り合わせの場所でもある。四谷怪談、牡丹灯篭などにも魚釣りの場面が出てくるらしい。
そしてこの本には和歌山市が舞台の怪談も紹介されている。場所は雑賀崎から田ノ浦にかけてのとある岩場での出来事。鈴木周徳という男がよく釣れる秘密の場所を見つけたということで夜な夜な釣りに出かけていた。しかしながらある夜は水を頭からかぶったようにずぶ濡れで帰ってきたけれどもどうしてそんなことになったのか当の本人は覚えていない。そしてとうとう、喉首をかき切られた状態で死体となって発見された。自殺のようだが、持っていた匕首は鞘に納められ、少し血がついていた。はて、自分で首を切ってそのあと鞘に納めたかという話になったが、発見された場所というのが、怖い出来事が起こると悪い噂のあるところで誰も近寄らなかったという場所だった。人が近寄らないから魚がよく釣れたというのだが、雑賀崎から田ノ浦ってしょっちゅう行ったり来たりをしているが、はたしてどの場所なのだろうか・・。

・忠臣蔵の話。あだ討ちに成功した赤穂浪士はその後、切腹するまで預かり先の大名屋敷ではヒーロー扱いで丁重なもてなしをされた。出てくる料理も豪華なものばかりだったらしいのだが、大石内蔵助はそれまでの1年間に食べ続けたイワシと黒い米が懐かしいと嘆いていたらしい。窮乏のなかで本懐をとげたというところだ。
 そして、吉良側の人には釣り好きのひとがいたそうだ。「何羨録」という本は日本最古の釣りの指南書と言われているそうだが、これを書いたのは津軽采女4千石の旗本であった。
采女の正妻は吉良上野介の次女であったことから、討ち入りの翌日には吉良邸に駆けつけたらしい。もともと暇な旗本であったうえに、吉良側だとなると、「世評的に出世の道が途絶えた」ということで余計に釣りにのめりこんだという説もあったそうだ。なんともうらやましい。この本は享保年間に書かれたということなので、そんな心境の中で書いたということになる。また、この人はあの、生類憐みの令を出していた五代将軍徳川綱吉の秘書官役という側小姓であったというのが驚きだ。そんな立場でも釣りが好きという一本芯が通っているところがかっこいいではないか。
序文にはこんな言葉が残っているそうだ。

「嗚呼、釣徒の楽しみは一に釣糸の外なり。
利名は軽く一に釣艇の内なり。
生涯淡括、しずかに無心、しばしば塵世を避くる。
すなわち仁者は静を、智者は水を楽しむ。
あにその他に有らんか」

口語訳では以下のとおり。

釣り人の楽しみはやはり“釣果”に尽きるだろう。
社会的名誉は重要ではない。いま、自分の世界はこの釣り船の中が全てであり、完結している。
だが生きていくとそれだけで、どうしてもなにかと煩わしい。難しいもので。
だから自分は時々、そんなことは忘れることにしている。
つまり
仁(慈悲や憐憫)の心を持つ者は心静かであることを楽しみ、
智恵のある者は水(釣り)に楽しむのだ。
これほどの楽しみがあるだろうか。

釣りはこうでなければ・・。

とまだまだたくさんの話のネタが山盛りなのだ。
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加太沖釣行

2018年10月29日 | 2018釣り
場所:加太沖
条件:中潮 9:28満潮
潮流:6:32転流 10:39 上り3.0ノット最強
釣果:マアジ 41.5センチ以下 2匹

今日はありがたい、ありがたい研修の日であったのだが、3ヵ月に1回の整形外科への受診の日なのだ。この研修、僕の二人の部下も受けるということになっていて、みんなの休みの希望と研修日を当てはめてゆくと最初に予約していた日がどうしても出勤しなければならない日になってしまった。研修の日程を最終日にずらしてもらったのこのありがたい、ありがたい、ありがたい研修をなんとか理由をつけてバックレたいと考えていたからでは決してない。受診の予約の変更を依頼するのが遅れたら、今日しか空きがないという。なんという暁光だろうか。やはり体が第1、あっさり研修をキャンセルして休日にした。まあ、僕もあと4ヵ月で一線から弾かれることだし、今さらラスプーチンの自慢話を聞いてもこれから活用する場面もないというものだ。

そして次の休日は予報を見る限り冬型の気圧配置が強まるようなので今日行っておかねばならない。
予約時間は午前11時20分。比較的近い田倉崎付近で釣りをしたとしても午前9時半には撤収しなければならない。獲物がたくさんだと家で捌く時間を考慮してもっと早く撤収する必要がある。釣れるほど速く帰らねばならないとはかなり矛盾した釣行計画だ・・・。

できるだけ近場と思いテッパンポイントの少し東側からスタート。台風26号の影響か、うねりがひどい。田倉崎を見てみると波しぶきが風にあおられて舞い上がっているのだろうか、霞がかかっている。



ただ、うねりを除くとすこぶる海は穏やかである。



そのうねり、船酔いするほどではないけれどもこんな状況で魚は釣れるだろうか。
魚探には反応があるのだけれども、そう思いながら仕掛けを入れていてもなかなかアタリが出ない。
最初のアタリは午前8時頃だったので約1時間半何のアタリもないままに過ごしていたことになる。これで今日の実釣可能時間の半分を使ってしまった。しかし、その魚は大きい。41.5センチのマアジだ。立派な大きさだ。そしてこの季節のアジは格別美味しい。実は真鯛よりもこっちの方が美味しかったりする。関アジというのは全国的に有名だがここで釣れるアジは関アジも道を譲るほどではないのかと、実物を食ったことがないのであくまでも想像で書いている。

続いてアタリが出始めた。しかし、鉤が小さいのかなかなか鉤に乗らない。2匹目を釣り上げる前に掛かった魚はかなり大きかった。2匹確保すると叔父さんの家にも届けることができる。そうなると診察時間に間に合うように帰れるかどうかが心配になってくる。潮の時間からするとこれからどんどんアタリが出る頃だけれども残念ながらタイムリミットだ。潮の緩い場所に入ったのか、アタリがなくなったのを潮に終了。


帰り道、うねりの影響か、紀ノ川河口には広範囲にデブリが漂っている。速度を上げることができず僕のタイムテーブルが狂ってゆく。



急いで帰り支度をし、家に帰って魚を捌いて道具を洗って、予約時間きっかりに病院に滑り込み。



なんとも慌ただしい釣行だ・・。

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さらばイレグイ号!

2018年10月26日 | Weblog
いよいよ今日が納車の日。
わがイレグイ号のガソリンタンクにはあと少し燃料が残っている。せっかくなので本当のラストランを敢行した。
山を目指すか、海を目指すか・・。彼の名はイレグイ号。やはり最後は海をみせてやろうと国道42号線を南下していった。
目盛から見てみるとまあ、由良くらいまでだろうか。とりあえず残油の警告が表示されるまで走っていこう。

道中、長保寺、興国寺を訪ね、

 

白崎海岸へ。



ここら辺りで警告灯が光り始めたのでドライブを終了。
一度家に帰って車の中の荷物を整理してディーラーへ。

15年間の走行距離は45,872km。ここ数年は本当に乗らなかった。



そして新しい車のナンバーも「1091」にしてもらった。
昨日のドラフト会議では根尾君が話題になっていたけれども、こっちも“ネオ”イレグイ号なのである。



しかし、たかが軽自動車であるけれどもこんなに値段が高いのかとあきれてしまう。今はこれくらいが普通ですよと言われればそれまでだが、僕が考えていた価格よりも50万円は高かった。

1990年ごろの車両価格というのを調べると、当時の車はほとんどエアコンがオプションだったらしいけれども、日産8代目「スカイライン」(R32型)2.0GTSが約200万円、日産初代「プリメーラ1.8Ci」(僕は当時、この車のステーションワゴンであるアベニールという車に乗っていた。)が約170万円、トヨタ6代目「カローラ」1.5SEリミテッドが約130万円、トヨタ4代目「スターレット」1.3ソレイユLが約75万円だったそうだ。
軽ではスズキアルト47万円なんていうコマーシャルをやっていたのではないだろうか。暗くなると勝手にライトが点灯するし、衝突安全装置なんかが装備されていて機能的には比べものにならないのであるけれども、今はなんとその約4台分・・・。

“ネオ”イレグイ号は4ナンバーの貨物車である。イレグイ号が車検を迎え、ほとんど乗ることがなくなったことを考えると年間30万円くらいにはなってしまっている固定費をこれ以上支払い続けるのは無駄ではないかと思うようになってきた。幸い奥さんはマニュアル車に乗るのは嫌だということで結婚以来ずっと軽自動車にのっていたから、たまに乗るくらいならそれに乗っていればいいやと思ったのだが、この車の発売の発表がされたとき、おお、これはいいぞ!と思えた。今時のガンダムの顔みたいなメッキバチバチのデザインではなく、貨物なので当然ながら荷物もたくさん積める。まあ、ラジオがステレオでなかったり、助手席がチープであったりという不満はあるけでどもそれは些細なことだ。
僕にはちょうどいい。この車は奥さんと共用の車となるのであるが、奥さんにはN-BOXの装備がすこし少ないやつだと貨物車であることは未だに内緒にしている。
実はばれたときが怖いのだ・・・。

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「10分後にうんこが出ます~ 排泄予知デバイス開発物語 」読了

2018年10月25日 | 2018読書
中西敦士 「10分後にうんこが出ます~ 排泄予知デバイス開発物語 」読了

排便というのは切実な問題だ。かなり太っていたころ、時間も所もかまわずであった。
だから、著者も書いているように、自分がよく立ち寄る場所のトイレの位置はほぼ頭に入っていた。
船で釣りに行くようになってからも船上で大きいほうをもよおすとやっかいなので、家を出るかなり前から何度もトイレに行って準備をする。いつ出てくるかも知れないという不安は今でも続いているのだ。
それでも年に何回かは船べりからお尻を突き出してウンコをすることがある。さすがに、ブログには「今日はウンコをしました。」とは書けないだけなのである。
しかしながら、お尻の表面をなぜてゆくそよ風は楡野鈴愛や萩尾律が語るまでもなくまことに心地よいのは言うまでもなくこれはこれでうれしいのである。
多かれ少なかれ人にはそんな経験があるのではないだろうか。(ないか・・)

そういう、人々が日頃から不便に思っていることを解決すべく起業家を目指した著者が、タイトルのとおり、便意をもよおすタイミングを知らせるウェアラブル端末を開発するため、ベンチャー企業を立ち上げて販売にこぎつける一歩手前までの物語だ。

経営の勉強をするためにアメリカに渡った著者は、引越しの日に路上でウンコを漏らしてしまうという失態を演じてしまう。そこから、事前に出そうな時間がわかればこういうことにならないのではないかとそういう機器を開発するために試行錯誤をするのである。
事前にフィルムのようなものを飲み込んでおいて排便したときはフィルムに包まれているようなシステムはできないかとも考えたようだが、起業家というのはやはりこんなありえない発想を持った人でなければなれないし、成功することもないのだろうと考えてしまう。
普通に考えたら、こんなことは実現することがない。しかし、実現しそうでもないことを考え続けてその中から実現できそうなものを考え出す。それこそがイノベーションなのだろう。
ウチのボスの言っていることも、いつもこの人はアホではないだろうか?と思えることがしばしばなのだが、多分、「この人はアホである。」と思ってはいけないのだ。紙一重でアウトではあるのだろうけれども・・・。

そして、周りの人を巻き込む力、これも必要だ。著者はまったくの文系の人だそうで、電子回路などというものにはまったく理解がなかったそうだが、自分の知識が無い部分は友人、何かの集まりや会議、それこそ合コンで名刺交換をしただけの人までも巻き込んで自分が実現したいことに突き進んで行く。投資を呼び込むこともしかりである。

はやり起業家、それも成功する人たち(著者はまだ成功したひととはいえないのかもしれないが。)というのは普通の人とはちょっと違うのかもしれない。普通という基準もあいまいではあるけれども。

この会社のホームページを見てみると、装置はかなり大きく、装着も難しそうだ。著者がかつて失敗した場面を救ってもらうにはどうなのかなと思うけれども、この装置は最初の意図からは少し離れて、介護の場面で活躍しているようだ。この装置が介護の場面で役に立つというアドバイスを得たのも、人と人のつながりであったと書かれている。

ファイナンスやアカウンティングの知識は持っていて当然。そのうえにとんでもないことを発想する頭の構造と、いろいろな人を巻き込むバイタリティというのもが必須であると、この夏、研修で聞いていたファイナンスやアカウンティングの内容がさっぱりわからなかった僕は、「当然」の部分から欠落しているから、まあ、違う世界の話であると最後は冷めてしまったのである。

この内容から考えると、この本は図書館の「介護・看護」の書架に並んでいたのだが、実はビジネス書の書架のほうがふさわしいのではないかと思う。
そして、この図書館であるが、本屋もしかりなのだが、僕は本の前に立つと必ず便意をもよおす。ほぼいつもだ。
テレビでだれかもそういうことを言っていたのだが、便意と本棚というのは何か関係があったりするのだろうか・・・。
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「もし文豪たちがカップ焼きそばの 作り方を書いたら 青のりMAX」読了

2018年10月24日 | 2018読書
神田 桂一、菊池 良 「もし文豪たちがカップ焼きそばの 作り方を書いたら 青のりMAX」読了

焼そばシリーズの第2弾だ。そうとう人気があったのか、すぐに第2弾が出版されたようだ。今回は120人の作家やアーティストがカップ焼きそばの作り方を書いている。

しかしながら、その中で僕が読んだことがある作家はわずか9人ほど。それぞれのパロディの元本となるともっと少ない。しかし、今回は師の著作もでてきた。タイトルは、「輝けるフタ」。ベンキャット砦でのウェイン大佐とのやり取りの場面だが、よくできているなと感心してしまうのである。

どこかの国のことわざに、「書物は書かれすぎた。」というものがあるそうだが、世の中には本当にたくさんの作家と本があふれている。
このことわざは、本来、「もう、書くことがない。」という意味なのが、僕にとっては読みきれるものではない・・。と取れてしまうのだ。

そしてまた、続編が出版されるとまたきっと読んでしまうのだろうか・・・。
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加太沖~洲本沖~加太沖釣行

2018年10月22日 | 2018釣り
場所:加太沖~洲本沖~加太沖
条件:大潮 4:42満潮 10:52干潮
潮流:5:23 上り1.9ノット最強 8:36転流 11:41 下り2.7ノット最強
釣果:タチウオ 不明 カスゴ1匹 ワニゴチ 1匹

今日はいつも山菜採りでお世話になっている、森に暮らすひまじんさんをお誘いしての釣行だ。
釣行日を今日に選んだのは、真鯛とタチウオをダブルヘッダーで狙える潮回りなのだ。

朝一に真鯛を狙って、転流時刻前後にタチウオを釣り、下り潮で再び真鯛を狙おうという作戦だ。

まずはテッパンポイントから。
ひまじんさんが小さいながらホウボウを釣り上げた。しかしその後、お互いアタリがない。



それではとタチウオ狙いに素早く切り替えだ。洲本に行こうか、小島に行こうかずっと迷っていたのだが、天気がいいので思い切って洲本沖を目指した。
タチウオも前回の釣行に比べるとアタリが少ない。そして型も小さい。ひまじんさんも苦戦をしている。
ふたりで10匹くらい釣っただろうか、まだまだ満足する状況ではないけれどもそろそろ下りの潮に合わせて真鯛のポイントに移動しなければならない。

下り潮では非武装ポイントを選んだのであるが、非武装とはいえ、よさそうなポイントは帝国軍が集まっている。組織的な攻撃はないかもしれないが、各個撃破の憂き目に遭うかもしれないと思うと少し離れた場所までしか行くことができない。
ここでもなかなか釣果が上がらず、やっと僕が小さなカスゴとワニゴチを釣っただけで終わってしまった。



結果としては、二兎を追う者は一兎をも得ずということだったのであろうか?
真鯛か、タチウオ、どちらかを集中的に狙ったほうがよかったのではないかとヘッポコな船長はまたまたうなだれるのである・・・。


ただ、幸いであったのは、波も風も穏やかで船の上はすこぶる過ごしやすかったということであろうか。
去年の釣行は思いのほか波と風が強くて
ひまじんさんも肝を冷やしたと思うのだが、そういうことはなかったと思うのだけれども・・・。

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「ぼくの生物学講義―人間を知る手がかり読了

2018年10月20日 | 2018読書
日高敏隆 「ぼくの生物学講義―人間を知る手がかり読了

著者は以前に読んだ、「ソロモンの指輪」の翻訳者だった。そして日本でも有名な動物行動学者だったそうだ。
その著者が動物行動学的に見た、「人間とは何ぞや。」という講義を精華大学でおこなった内容を本にまとめている。

人間と他の動物の決定的な違いや言語とは、人が作る社会とはといったことを講義している。

人間と他の動物との決定的な違いは2足歩行することと、毛がないことだ。2足歩行するようになるためには骨の構造から、内臓の固定方法(4足歩行の動物がそのまま直立歩行をし始めると、内蔵は重力で全部下のほうまで落ちてしまうそうだ。)まで変化をさせなければならなかったのだが、そんなにしてまでどうして2足歩行に進化したか・・・。草原では隠れる場所がないから背伸びして周りを警戒しているうちに2足歩行になったのではないかというけれども、本当だろうか?

そして、毛がないこと。これは森から草原に進出したとき、森にいたときよりも体をはるかに動かす必要があった。それは天敵から逃げるためであったり、獲物を捜し求めるためであったりするのだが、そのときに体の熱を逃すためには毛が邪魔だったというのだ。NHKスペシャルでも同じようなことをやっていたが、人間は最初、草原に降り立った直後はハイエナのように死肉をあさっていたそうだ。それが槍なんかの狩猟道具を発明するようになると獲物をとことんまで追い詰めて傷を負わせて弱りきるまで追いかけていたそうだが、そのためには体から発する熱を効率よく逃さなければならない。そのときに毛が邪魔になって抜けてしまったというのだ。頭に残ったのは脳を守るため?だそうだ。そこで問題になるのは、大体、狩猟をするのは男の仕事であったそうだからわかるのだが、狩りをしない女性までも毛が無い(むしろ少ない)のはどうしてか。これが面白い。オスのお猿さんが性的に興奮するのは、メスのお尻を見るからだそうだ。だから発情期になるとメスのお尻は赤くなる。これは4足歩行している動物だと、こう、後ろからやっちゃうからお尻を見ればいいのだが、2足歩行をするようになると前同士を向いたときにはお尻が見えない。その代わりをしたのがオッパイだったというのだ。人間は確かにオッパイを見ると興奮する。で、オッパイを相手によく見せるために毛が邪魔になったというのだ。そして陰毛が残ったのもココがアソコですよ!とよくわかるように残した・・・。というのだ。ちなみに毛が多い人間以外の動物はその逆でアソコには毛があまりないらしい。
それでも髪の毛が伸び続けるのはどうしてなのかということはいまだに理由やメリットがわからいそうだ。

言葉についても興味深い見解がある。人は言葉をどうやって覚えるか。なんとなくは生まれてから周りの人が話す言葉を聞きながら覚えるのが言葉のように思うけれども、その前に、言語という構造というか、骨格のようなもの、現在では人間が言葉を使って物事を考えるとき、必ず主語と述語に分解して考えているのだと解されているそうだが、そういうものは遺伝子の中に組み込まれているがごとくに生まれながらにして持っている能力であるらしい。僕にもそんな高等な能力が備わっていたのだろうか・・・。

そして、人間がつくる社会というもの。
人間ほど多くの複数の家族が集まって大きな社会を形成する動物はいないそうだ。
ゴリラやチンパンジーなら2、3のつがいかオスが1匹のハーレムを作る規模だが、人間はかつて巨大な洞窟に数百人規模で共同生活を始め、それが現代の社会につながっている。
脳が発達し、それだけの個人を識別できる能力ができ相手の性格を読めるようになりそれが可能になった。そこから新たな社会性とまた、技術の伝達が効率よくおこなわれたのだけれども、それが本当に幸福に結びついているのか・・。
「利己的な遺伝子」という本があってこの本も著者が翻訳したそうだが、一時期ベストセラーになったので僕も読んだことがあるのだけれども、その観点からみると、社会というのもの効率よく自分の遺伝子を残すために利用されるべきものであるというのだ。人々が幸せに生きていくためのシステムではない。
結婚もしかり、男と女が愛し合った結果ではなく、この混雑してきた社会の中で財産の所有権とその継承権を認識するためのものでしかないというのである。そういえば、人によるけれども、結婚相手だけと交わってるわけではなく、また、同性との結婚その間に養子縁組か人工授精でもしていればもそういう意味では認められて当然なのかもしれない。

そう読んでくると、なかなか社会の中で生きてゆくというのは過酷だ。自分で自分の遺伝子を残すために社会の中で戦ってゆかねばならない。
人の顔を覚えるのがまったく苦手な僕にとっては現代社会はあまりにも大きすぎるし、財産の所有権といっても何も残るものがない。

下手をすればすでに淘汰されている身だったのではないかと背筋がゾッとするのである。
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洲本沖沖釣行

2018年10月19日 | 2018釣り
場所:洲本沖
条件:若潮 8:46干潮
潮流:8:46 下り2.1ノット最強 11:46転流
釣果:タチウオ 17匹


今日の元々の予定では朝一真鯛を狙ってその後、小島沖のタチウオポイントを開拓してみるつもりであったが、家に帰ってメールのチェックをしてみると、おだんごクラブの会長さんから、洲本が熱いで!!というメールが入っていた。
ということで、予定を変更して一直線に洲本沖を目指した。

天気は予想以上に安定していて、行きに通過した回廊も潮の低い日であることもあいまって、あっけなく通過して洲本沖に到着。

  

船団が出来ている水深85メートルのところから釣りをスタート。
今日もアタリはあるけれども鉤に乗らない。前回のデジャヴがよみがえってくる。最初の1匹を釣り上げたのは多分1時間くらいしてからだろうか。

僕の職場では、エサさえあると何処からともなく〇国人が押し寄せ、あっけなくパクパク売上を上げてくれるのだが、洲本の海はなかなかそうはいかない。



ニュースでは大阪には外国人の観光客が押し寄せ、どんどん消費をしてくれて景気が上向いているなどと報道されているけれども、実情は、転売目的に大量に同じ商品を求める在日の〇国人の買い占めが支えているのだ。
メーカーもあまりに大量に買い占める輩が目立ち始めたので、ひとり1個という購入制限をかけているので同胞を雇って行列を作らせているというのがこの画像だ。
そして彼らは免税措置も受けているのだが、この免税というのは個人で使用するものに限って認められているので転売目的で購入したものには認められない。だから彼らは脱税をしているわけだが、どうして国税局はこういう輩を野放しにしているのだろう。知らないということはないと思うのだ。日本人はこれから10%の消費税を払わなければならないというのに、どうも納得がいかない。しかし僕のボーナスもこいつらに恵んでもらっているのだと思うとなんとも悲しくなるのだ。


今日は谷川仕掛けという、テンヤの上に胴突き仕掛けを追加したものを用意していたのだが、その鉤に当たってくるというのはやはり食いが渋いということだろうか。大きな仕掛けには関心を示してくれないのだ。



やっとアタリが出だしたのは潮の流れが緩み始めた午前9過ぎごろからであった。アタリもはっきりしてきて型も大きくなってきた。



ここで大きな失敗をしてしまった。正真正銘のドラゴン級のタチウオが食ってきたのだが、目の前でバラしてしまった。画像の魚より間違いなく一回り大きかった。
何匹か釣り上げるなかでPEラインに傷が入っていたようだ。不精をして一気に抜き上げようとしたらPE2号のラインが切れてしまった。
もう、意気消沈。その後に釣れてくるタチウオも指4本クラスなのだが、なんの感慨もない。

ただ、アタリは続き、とうとうエサがなくなってしまった。これからというときだったので、その前に釣れたタチウオの尻尾を切って釣りを継続する。



ある意味、これも循環の釣りというのかもしれない。

バラした魚のショックが大きすぎて忍耐力が持たなくなってきた。叔父さんの家に届けるには十分な数にもなったので午前11時に終了。
しかし、あの魚は大きかった・・・。

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「隠し包丁」読了

2018年10月16日 | 2018読書
田村隆 「隠し包丁」読了

筆者は、「つきじ田村」という料亭の3代目。ホームページで検索してみると、コース料理のお値段が、八千円から五万円となっていたから相当な料亭のようで、僕にはまったく縁がない世界だが本は読める。

そこの亭主である著者が、創業者である祖父との思い出を織り交ぜながら料理に対する姿勢みたいなものを綴っている。

最初のほうに、祖父が著者にこういう質問をする。「人は生きるために食べるのか、それとも食べるために生きるのか。」 著者は、「それはきっと、人は食べないと死ぬからやっぱり生きるために食べるのではないか。」と答えるが、それに対して、「生きるために食べるのならそれは動物と同じじゃないか、寂しくなった時、うまいもん食べたいと思うんや。うれしい時、おいしいもん食べよと思うんや。だから人は食べるために生きるんやとわしは思うがな。」と答える。

この本のすべてはここから始まっている。料理はどうすれば美味しく食べられるのか、それを食べる側、作る側、両方からさりげなく書いている。料亭と家庭はまた違うだろうけれども、暖かいものは暖かいままで、冷たいものは冷たく。甘いものは甘く、辛いものは辛く。また素材をどう生かすか、食べてもらいやすい配置や雰囲気、タイミング、食べる側でもその作法や作る側への思いやりなどなど。すべてはお互いの呼吸の合わせ方なのである。

よく考えるとこれは料理だけに限ったことではない。人との関係のなかではすべてにおいてそういえるのではないだろうか。
ともすると、食べる側が偉くて食べてもらう側がいつもこびへつらっていなくてはならないのだみたいな風潮がある。食べることだけではない。僕は小売の世界で生きているけれども、そこにでも同じことが言えるのだと思うのは不遜なことだろうか。まあ、僕の立場も変なところにあるのでよけいにそう見えるのだが、僕が相手にするような人というのは、100%、「カッテヤッテルヒトサマニムカッテオマエタチハハムカウコトナノデキナイノダ。」的な態度の人たちばかりだ。
その祖父は、「料理人ほどよい仕事はない。好きな料理を作ってお金をもらえて、おまけに美味しかった、ありがとうとお礼まで言ってくれるのだから。」ともいっているけれども、僕はそんなことを一度も思ったことがない。今度、こういう人に聞いてみようかしら、「あなたはひょっとして生きるために食べる人なのですか?」と。「食事は燃料補給だ。」というような答えが返ってくるのだろうか?
人は悲しい生き物だ、多分に、他人を思いどおりにしたい。そうじゃないと自分がないがしろにされている気がするというような気持ちを持っている。じつはそういう気持ちを溶かしてくれるのが食べるということなのであろうが、悲しいかな、セ○ンイレ○ンの惣菜が家庭料理だと勘違いされている時代だ。唯一の望みも消えてしまったというところか。
しかし、あの会社のCMはいつ見ても違和感がある。

対極として著者は、土産土法がいいのだと書いている。意味はそのままで、その土地でとれたものはその土地で、そこの伝来の調理法で食するのがいちばんいいという意味だけれども、どこの誰が獲ってきてくれて、誰が作ってくれたかがわかるもの、それが人と人とのきれいな間合いを作っていくように思うのだ。

外食で美味しいものをたべることなどはめったにないけれども、まあ、釣ってきた魚と叔父さんの家からもらう野菜をいつも食べることができるというのはまさしく土産土法である。春には山菜も食べることができる。これはこれでいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、休日にはなんだか食べるための行動しかしていないような感じがしてくる。スポーツをするでもなく、観光地に行くでもなく、心の安らぎのために芸術に浸るわけでもない・・・。
たしかに食べるために生きている・・・・。

「隠し包丁」というタイトルであるけれども料理のコツのようなものはほぼ出てこない。その心はきっと、隠し包丁を入れるように相手に気遣いをしながら生きなさいということなのであろう。
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江川漁港釣行

2018年10月15日 | 2018釣り
場所:江川漁港
条件:小潮 10:36満潮
釣果:ボウズ


いよいよ我がイレグイ号ともあと10日でお別れだ。ラストランということで田辺に向かった。

秋は渡船を使わずにお手軽に済ませたいのとせっかくだから田辺市界隈をうろうろしたいので、で釣太郎のホームページを見てここを選んだ。チヌの魚影が濃いということと車を横付けできるというコメントを信じてやってきたけれども、結果は残念なことであった。
まあ、潮が小さかったということもあるだろうが、地元のおじさん曰く、「釣太郎の情報はウソが多いよ~。」だって・・・。確かに、水深6~7ヒロって書いてあったが3ヒロしかなかった。これも誤算であった。
アタリはいっぱいあるんだけれども小さなヘダイやキビレばかりだ。ヌカ団子を投入して2分でアタリがあるから手返しがものすごく多くなる。最初に練ったヌカを使い切って午前11に終了。
しかしながら、釣れないとこの場所にはもう来ることができない。また新しい場所を探さなければならない。どこかいいところ、ないかな~・・・。




釣りを終えてかねてから訪ねたいと思っていた南方熊楠記念館を目指した。そのまえに、市街地に点在する熊楠ゆかりの場所を2か所訪ねた。
まずは闘鶏神社。
源平合戦のおり、田辺別当の湛増がどっちの味方をすべきかというのをここで鶏を戦わして占ったという神社だが、熊楠の妻がここの宮司の娘だったのだ。
ちなみにこの湛増の子供が弁慶であったという伝説がある。白い鶏が勝ったので熊野水軍は源氏の味方をしたということだが、身内をひいきした不正はおこなわれなかったのだろうか。今の世なら、コンプライアンスは大丈夫か!なんていう声が出てきそうだ。



そして熊楠の墓地も訪ねた。国道沿い、会津川の北側にある高山寺に墓はある。



晩年はそれほど裕福ではなかったようだからおはかもごく普通のお墓であったけれども、田辺湾を一望できる景色のいい墓所に葬られていた。



いよいよ南方熊楠記念館へ。

 

新築オープンしてからは初めて訪れたのだが、展示方法は神秘的でいい感じであったし、屋上からの眺めも素晴らしい。
熊楠は僕の中のヒーローのひとりだ。熊楠のように無頼であり、ディレッタントでありたい。そう思う。



僕の定番ポイントの塔島も一望できる。




最後はとれとれ市場のソフトクリームで締めて秋のひとり遠足を終えた。




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