木次線を走る観光列車「奥出雲おろち号」。赤字にあえぐ木次線の利用促進として1998年から運転されている列車で、機関車が牽引する客車列車、開放的なトロッコ車両、そして出雲坂根のスイッチバックなどで人気だったが、車両の老朽化を理由に2023年度をもって運転終了が決まっている。
「奥出雲おろち号」は前回、そして今回の広島勤務あわせて何回か乗っているが、運行終了が発表された後、これが最後かなということで2022年に自分としては「お別れ乗車」したつもりだった。ただ、いよいよ最終の2023年度に入り、やはりもう一度くらい乗ってみようという気になった。運転終了までまだおよそ半年あるから、まだまだ廃止間際の熱狂とまではいかないだろう。
とはいえ、運転終了が近いということでどの運転日も軒並み満席で、JR西日本の予約サイト「e5489」もバツ印が続く。個人客というよりは団体客が押さえているのが大きいようだ。
ただそんな中、5月21日の出雲坂根~備後落合間の1席が取れた。またしばらくして、逆の備後落合~出雲坂根の1席も取れた。これはラッキーだ。2020年に2回目の広島勤務になって以降「おろち号」には2回乗車しているが、広島からわざわざ奥出雲・木次に前泊して備後落合まで往復した。出雲坂根発は11時45分発で、「奥出雲おろち号」の最後の区間のみだが、スイッチバックを含めたクライマックスを体験できるので十分だ。出雲坂根までなら、広島から当日の朝クルマで出発しても十分間に合う。
5月21日の「おろち号」の往復指定が取れたのは偶然だが、この日空いていたのはG7広島サミットが関係しているのかなと思った。サミットは5月19日~21日の開だが、その前後1日ずつも合わせた期間中は広島近辺の高速道路、都市高速を対象に大規模な交通規制が敷かれるということで、団体客含め、広島方面からのお出かけを控える向きがあったのかもしれない。
ただ、少し考えれば想像できそうなものだが、指定席が取れた、クルマで行くぞといっても、交通規制の影響で当日現地に行けない・・という可能性もある。一時は、山陽線で三原、福山辺りに抜けて、そこからレンタカーで言うも坂根に行こうかとも考えたくらいだ。
そんな中、いざサミットが始まってみると、道路は5日間完全に封鎖されるのではなく、首脳らの移動に合わせ、時間や区間を区切っての規制だという。現実的な対応だ。私の職場はほぼ全員がマイカー通勤なのだが、渋滞を見越して期間中にリモートワークに切り替えたり、思い切って有給休暇にした人もいたが、どうしても出社せざるを得ない私の場合も、少なくとも朝の通勤時間帯はいつも通りの流れだった。これを見て、21日も早めに出て、中国道ではなく国道54号線で行けばよいかなと思った。
当日は快晴である。まずは国道54号線を走る。反対車線にはこれから広島サミットの警備に向かうとおぼしき警察車両が何台も続く。広島県警はともかく、他県からの応援部隊はどういうところに泊まっているのだろうか。
再び晴天となり、国道54号線~国道183号線と順調に進み、まずは備後落合駅に着く。
ちょうど、木次線の9時20分発木次行き(木次方面への始発列車である)の発車時刻が近づいていた。ホームにいたのは1人だけ。それにしても、キハ120も結構派手なラッピングになっている。木次線の新たな観光促進の一つとして、4両の気動車にそれぞれ異なる配色のラッピングを施したそうで、今いる車両はグリーンと黄色(きすきいろ)の組み合わせで、沿線の棚田をイメージした志ラッピングだという。さらに、「次へつなごう、木次線。RAIL is BATON」の文字があしらわれている。木次線に、人、町、時をつなぐ願いを込めているそうだ。
一瞬、備後落合にクルマを停めてこの列車で出雲坂根まで行き、「奥出雲おろち号」に乗って備後落合に戻ってこようかとも考えた。ただその場合、出雲坂根での滞在があまりにも長くなるし、備後落合からの「おろち号」に乗れなくなる・・。結局、ほぼ無人の列車を見送ることになる。
これからクルマで出雲坂根に向かうべく、国道314号線に出る。木次線のあの走りなら、どこかで列車を追い越すことになるだろう。この道を通るのは、2回目の広島勤務以降では初めてである。
しばらくホームに立っていると備後落合方面から警笛が響き、先ほどのキハ120が入って来た。手ぶらでデジカメだけ持っている私を見て「ここから乗る客ではないな」と運転手も判断したようで、特にどうという反応もなくそのまま走り出す。
その後再び列車を追い越し、広島からの県境を過ぎて三井野原に着く。今度は三井野原で列車を待つこともなく、そのまま「道の駅奥出雲おろちループ」に立ち寄る。
いい気候のためか、ツーリングのライダーも結構見かける。こちらでは「おろち号」関連グッズが並び、運転終了の列車を惜しんでいる。展望台から「おろち号」を見送るのもこの道の駅の売りの一つだったし、鉄道と道路がコラボして奥出雲のスポットとして観光客を集めてきただけに、名残惜しいことだろう。クルマで来ていることもあり、奥出雲の地酒のセットや仁多米なども買い求める。
道の駅に併設の「奥出雲鉄の彫刻美術館」に向かう。2009年にオープンした美術館で、ニューヨークなどで活躍した彫刻家の故・下田治氏(2000年没)の作品が並ぶ。鋼鉄がここまで美術作品になるとはとうなるばかりである。
下田氏は奥出雲の出身ではないが、奥出雲はかつて「たたら製鉄」が盛んだったところだけに、鉄をテーマとしてた何かがほしかったようだ。そんな中、夫人の理解、厚意をいただき、氏の多くの作品を展示することになったそうだ。
そして出雲坂根駅に到着。この後、11時45分の発車まで時間はたっぷりすぎるほどある。しばし、この山間の小さい駅でなごむことにしよう・・・。