カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

体操には意味があったのか!

2018-05-21 | 掲示板

 今ではとても信じてもらえそうにないことだが、若いころには運動もしていた。最初はサッカー部で、これは小学校4年くらいから始めた。高学年になったらちゃんとレギュラーでも活躍できていたと思う。中学は野球をちょっとやって、長距離に変更した。高校はハンドボール。これは万年2軍だったから、向かなかったのかもしれない。社会人になっても時々サッカーなどはやっていて、よく走っていた。もともと長距離が得意だったこともあり、スタミナが無い訳ではなさそうだった。
 しかし、この運動部時代は、(ウォーミング)アップが嫌いだった。というか、体操全般が嫌いというか。理由はめんどくさいというのが一番で、そんなまどろっこしいことしないで、はやく本番に入りたい。準備運動しないと怪我したりベストの動きが出来ない、とか言われていたけど、まだ若いのでそんなことが本当に関係あるなんてとても信じられなかった。むしろ準備運動なんかで体力を消耗するのがもったいないような気分があった。すぐに動けることは、準備しなくても分かっていると思っていた。単に儀式的にやり過ごして、実に適当にやっていた(やらなければ怒られるから)。出来るだけ感情を殺していることも考えていた。また、嫌嫌やることで、少なからず抵抗している気分があったのかもしれない。
 ところが、である。やはり年を取ると、体操にはそれなりに意味があることを実感するのである。準備運動しないと本当に体が上手く動かない(体操しても上手く動かないけど)。それにある程度体を伸ばしたりしないと、転んだり筋を痛めたり本当にしてしまうようで怖いのだ。
 指導者や先輩たちは、やはりそういう実感もあるので、しきりに体操をさせたがったのではないか。また下手に怪我をされても困る。当時は分からなかったが、分かるようになることだったのである。
 ラジオ体操なんかダサいな、とずっと思い続けていたが、ラジオ体操で救われる人たちはたくさんいるのかもしれない。朝から体操して気分のいい人たちの気持ちが、分かる世代になってしまったのかもしれない。
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