ヒトラー暗殺。13分の誤算/オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督
原題は「エルザー」。主人公のゲオルク・エルザーの名前である。ヒトラーが演説をする会場に強力爆薬を仕掛け暗殺を試みるも、ヒトラーは既に移動して13分後に爆発。巻き添えで他の8人のが犠牲になった。すぐにこの男は囚われる。拷問等を受けるにもかかわらず、なかなか口を割らない。地元に残していた愛人と少し面会させると、彼女を守る為かやっと供述を始めることになる。ナチスとしては組織的な関与での暗殺計画を疑っていたが、ゲオルクの語る内容は、完璧なまでの単独での犯行のあらましだった。
先に爆発があって、捕まった後の取り調べの様子と前後しながら、犯行に及んだ男の過去にフラッシュバックされる。地元のやや革新的な立場の若者集団に属していたとはいえ、非暴力で音楽家で、少しばかり女ったらしのようなところがある。何人かの女たちとも付き合っていた様子だが、暴力的な飲んだくれの夫を持つエルザに心惹かれていく。この人妻は生活の為もあり夫を拒むことが出来ない。一方ゲオルクとの関係にも溺れており、身ごもった子供の名前をゲオルクにする始末である。
戦禍は拡大し世の中はナチスの影響力が強く、閉塞感が広がっていく。ナチスの宣伝に田舎町はよりナチスへの結束が強まっていくが、キリスト教の戒律の問題なのか主人公はそれらとは一定の距離があり、英仏の参戦を招くと、ドイツはひとたまりもないと予見している。そのような戦争の悲劇を最小限にとどめるためには、多少の犠牲があろうとも、ヒトラーを暗殺するより無いという考えに至るのである。自由な世の中というバランスが崩れることこそ、将来の悲劇が大きくなることを、この時代に理解できていた数少ない人間だったのである。
好きな女とは不倫関係で、夫との強圧的な関係の中、簡単には連れ出すことが出来ない。また戦時下でもあり、移動も危険が伴う。隣国のスイスにも、簡単には逃れらえないだろう。人々を巻き込むリスクより、まったく独自に爆薬を調達し、時計仕掛けの時限装置を自作する。そうして総統のスケジュールを把握し、会場を視察して爆薬を仕掛けることにも成功する。ただし霧の影響があって、ヒトラーの演説は少し早く切り上げられることになってしまい、結果的にはヒトラーが移動した後(13分後に)爆発に至ったという事なのであった。
個人にとってどのように生きるのが重要かということは、かなりの議論が必要だろう。特に異常な体制下においては、安易に命を落とすことに繋がってしまう。その中でどの程度の自由なら自分は生き延びて行けるのか。そのために今何をすべきなのか。そういうものを、少なくともこの映画は問うている。その今を逸した人間は、少なからず時代の波の中、別の状況で暗殺される運命かもしれない。恐ろしい映画だったが、きわめて現代的な示唆を残すメッセージ性の高い作品ではないだろうか。