ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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人権74~主権とキリスト教

2013-12-15 09:48:03 | 人権
●主権はキリスト教の神観念に由来

 ここでヨーロッパの区分について、記しておきたい。本稿は、人権の考察に当たり、いわゆる西欧を中心に論じている。ヨーロッパは、ユーラシア大陸の西端に位置する。古代ローマ帝国の東西分裂後、ヨーロッパは大きく東方と西方に分かれた。ともにキリスト教文化圏であり、東方ではギリシャ正教、西方ではカトリックが発達した。カトリックへの批判からプロテスタンティズムが登場した。ハンチントンは、東西のキリスト教文明を、東方正教文明(ロシア・東欧)とキリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)に分けている。私は東方キリスト教文明、西方キリスト教文明とも呼ぶ。西方ヨーロッパ、いわゆる西欧は、地理的に、地中海地域を中心とした南ヨーロッパ、アルプス以北を中心とした中部ヨーロッパ、北海・バルト海に接する北ヨーロッパに分けられる。また大陸ヨーロッパと、辺境の島嶼に分けられる。
 本稿では、こうした構図の中で、西方ヨーロッパを西欧と呼んでいる。西欧の中には、南ヨーロッパ、中部ヨーロッパ、北ヨーロッパ、周辺島嶼が含まれる。
 西洋文明は、古代ギリシャ=ローマ文明の継承者の一つである。他の文明には、東方キリスト教文明、イスラム文明がある。16世紀まで西洋文明は、これらの文明のうち、決して群を抜いた存在ではなかった。しかし、西洋文明は、世界で初めて近代化が起こったことにより、人類の文明史において、唯一の存在となった。人権の観念もまた西洋文明にいて発生した。人権の考察においては、西洋文明が、先行する文明からキリスト教を継承したことが重要である。
 近代西欧に発生した主権の概念は、キリスト教の神の観念に由来する。キリスト教は、ユダヤ教が発展し、別の宗教となったものである。ユダヤ教は、民族的な宗教であり、選民思想を特徴とする。キリスト教は、ユダヤ教と旧約聖書を共にし、またその神を共にする。そえゆえ、キリスト教の神は、本来ユダヤ民族の神であるという出自を持つ。
 ギリシャ人・ローマ人やゲルマン民族は、もともとユダヤ民族の神を仰いでいたのではない。キリスト教への改宗によって、ユダヤ民族の神を、唯一の神と仰ぐように変わったものである。ローマ帝国では、キリスト教は国教となり、カトリック教会が絶大な権威を持つに至った。地中海地域の民族の多くは、キリスト教徒となった。
 辺境のゲルマン民族は、4~5世紀の民族大移動によって西欧に移住した。ローマ帝国に多く流入するとともに、各地で先住民を追いやって占拠した土地に住み着いた。彼らは当初、自らの祖先を崇敬する祖先崇拝と自然の神秘を崇拝する自然崇拝を行っていた。自然の神々を仰ぎつつ、祖先を祀り、祖先から受継いだ伝統を順守して生活していた。社会における権威の源泉は、祖先の意思や慣習だった。ところが彼らは、キリスト教の伝道を受けると、伝統的な信仰を捨て、異民族の神に帰依し、そこに権利や権力の源を求めるようになった。
 ユダヤ教の聖典である旧約聖書は、ユダヤ民族の祖先であるアブラハムがヤーウェという神と契約を結んだことを記している。神(ヤーウェ)は、自らと契約する民をのみ守護する。その民に服従を求め、従わねば厳しく罰し、時に大量に滅ぼしさえする。しかも、正義や救済のためだけでなく、嫉妬や復讐のために力を振るう。旧約聖書は、神の行いについて、軍事と裁きを強調した。戦う神という観念が特徴的である。これを最もよく表すのは、「万軍の神なる主」または「万軍の主」という尊称である。ヤーウェは「嫉む神」であり「復讐の神」である。ここにおける神の観念は闘争的性格を持っていることである。それは、その神と契約したと考える集団の中に、対立と支配、他集団との闘争があることの反映である。激しい集団間の闘争、支配、隷属、嫉妬、復讐等が、ユダヤ民族の神観念の土壌である。
 戦う神という観念は、ユダヤ教を改革しようとしたイエスが開いたキリスト教においても、貫かれている。イエスは愛の教えを説き、弟子のパウロは「神は愛である」と愛を原理化した。しかし、根底にあるユダヤ教の戦う神が、愛の神にすっかり成り代わったのではない。キリスト教の神は、戦う神であることを性格の根底に持っている。「万軍の主」ヤーウェは、キリスト教徒の仰ぐ神でもある。
 カトリック教会で使われるラテン語では、主は Domine、神は Deus といい、イエスを主と仰いで、主イエス・キリスト Domine Jesu Christe と呼ぶ。この主は、「万軍の主」の「主」でもあり、本章の主題である「主権」の「主」でもある。

 次回に続く。