ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トランプ時代の始まり~暴走か変革か6

2016-12-14 10:19:49 | 国際関係
●「アメリカ・ファースト」の外交政策

 トランプは、軍務を含めて公職に就いたことがなく、国家を担う外交も安全保障も経験がない。外交については「アメリカ・ファースト」を唱えており、自国第一主義の外交を試みようとしている。アメリカ的理念を広める理想主義的な外交ではなく、パワーバランスを保ちながら、個々の事象について実利を追及する現実主義的な外交を行うだろう。タフ・ネゴシエイターとして知られる実業家の発想で、交渉を「取引(deal)」と見て、外交問題を処理するだろう。イスラーム教過激派の掃討、不法移民のうち犯罪歴のある者の強制送還等を説いており、これらをテロ対策と絡めて実行する考えである。また、トランプは、ロシアのプーチン大統領を賞賛し、ロシアとの関係改善を望んでいる。その一方、中国に対しては、経済的・軍事的に強硬な姿勢を取ろうとしている。
 トランプの根底にあるのは、米国の伝統的なアイソレイショニズムである。アイソレイショニズムは、しばしば孤立主義と訳されるが、不干渉主義と訳した方がよい。国際社会で孤立しようというのではなく、自国以外のことには干渉しないという態度を意味する。
 現在の世界情勢は、ロシアがクリミアを併合し、第2次世界大戦後の秩序を暴力的に変更する行動を起こしたことで、大きく揺れ動いている。中国は南シナ海での軍事拠点づくりをして、覇権主義的行動を強めている。中東ではシリア内戦が深刻化する中からISILが台頭し、米・欧・露等が参戦し、一大国際紛争が繰り広げられている。ISIL掃討作戦は帰結が見えない。イスラーム教過激派によるテロが世界各地で続発し、米国内でも多発している。こうした情勢において、もしアメリカが自国本位の不干渉主義を取れば、世界の不安定化を助長することになるだろう。
 さらにアメリカが不干渉主義の姿勢を固めるならば、アメリカが世界のリーダーであることを止めることになる。仮にそうなれば、世界にリーダーがいなくなるおそれがある。近年、超大国アメリカが衰退する一方、中国・ロシア・新興国等が増勢することにより、多極化が進んでいる。そうした長期的な構造的変化の中で、アメリカが「世界の警察官」であろうとすることを止め、さらにリーダーであることからも退くならば、国際社会の力のバランスが大きく崩れる可能性が出て来る。そのため、トランプの自国第一主義的・不干渉主義的な発言は、多くの懸念を呼んでいる。
 だが、トランプはテロ対策に力を入れることを公言しており、今日のテロ対策には自国における対応を強化するだけでなく、テロリストの根拠地を殲滅することが不可決である。テロに関して自国の利益を第一に追及するには、その利益を損なう原因を国の内外から除去しなければならない。そこに、アメリカの不干渉主義を許さない現在の世界の状況がある。
 そうした中で、トランプは、米国の外交をグローバリズムの外交からアイソレーショナリズムの外交に転換しようとしている。これは大きな方針転換だが、トランプは、国家外交の素人である。外交の実務や研究に携わったことがない。それだけに外交の責任者である国務長官の人事が重要である。国務長官は最重要閣僚でもある。12月13日、トランプは、その要職にテキサスに本拠のある石油メジャー、エクソンモービルの会長兼最高経営責任者(CEO)、レックス・ティラーソンを指名した。ティラーソンもまた政府の外交関係職を経験したことがない。外交の方針を大きく転換しようというのに、大統領も国務長官も両方が、政治家としての外交の実務経験がないというのは、トランプ政権の弱点となるだろう。
 トランプは、「頑強不屈、幅広い経験、地政学への深い理解」を挙げて、ティラーソンが世界屈指の大企業を経営した手腕や原油国のロシアと大きな取引をしてきた経験を賞賛している。特に石油ビジネスを通じて築いてきたロシアのプーチン大統領とのパイプを、悪化した米露関係の改善につなげる意図があると見られる。ティラーソンは、1999年からプーチンと付き合いがあり、「非常に親しい関係」だと自ら語っている。ロシア側からエネルギー部門での協力強化が評価され、プーチンから外国人に授与する最高の「友情賞」を受賞している。ティラーソンは、ロシアがクリミアを併合した際はオバマ政権による経済制裁に反対した。自分の会社に大きな損害があったからである。それゆえ、ロシアに対して警戒心を持つ政治家やロシアに対して強硬な政策を行うべきとする共和党員などから、この人事への疑問や反発が上がっている。
 トランプは選挙期間中、プーチン大統領を賞賛し、プーチンを「バラク・オバマよりも優れた指導者だ」と発言した。米国は冷戦時代、旧ソ連を最大のライバルとしたので、大統領及びその候補者がロシアの指導者を賞賛するのは、異例である。トランプの一方的な思い入れではないかと思うが、プーチンの指導力を称えるとともに、ロシアとの関係改善の必要性を強調してきた。シリア内戦をめぐる米露対立を解消し、中東情勢を改善したうえで、米軍の力を対中国に集中する計画があるとも見られる。
 トランプの外交政策は、まだ全体像が見えない。それに比べ、安全保障政策については、かなり骨格が明らかになってきている。外交と安全保障は一体のものゆえ、安全保障政策の概要を把握したうえで、外交政策を検討するのが良いだろう。

●米軍の大増強を伴う安全保障政策

 トランプは、投票日直前になって、安全保障に関して、米軍の戦力を陸、海、空で増強し、最新のミサイル防衛システムを開発することが必要だとし、「米軍の大増強」に着手する考えを明らかにした。
 具体的には、(1)陸軍を49万人から54万人に、(2)海兵隊を18万人から20万人に、(3)空軍戦闘機を1113機から1200機に、(4)海軍を272隻体制から350隻体制に、などとする政策である。この政策は、88名に及ぶ現役の提督や将軍たちに公的に支持され、幅広く国防関係者たちの間でトランプ支持が広まったと伝えられる。
 そして、トランプ陣営は、米軍大増強策のもとに、政権立ち上げを進めていると見られる。安全保障関係の閣僚人事としては、早々に国家安全保障担当の大統領補佐官に、マイケル・フリンの起用が決まった。本職は、米政府の安保政策の方針を決める国家安全保障会議(NSC)の事実上の司令塔といわれる。フリンは元陸軍中将・元国防情報局長で、11月18日の安倍ートランプ会談で、トランプから首相にいち早く紹介された。イスラーム過激派への強硬姿勢で知られる。選挙期間中、10月に日本を訪れ、菅義偉官房長官ら政府関係者や自民党関係者と会談した。トランプは本気で選挙で勝つことをめざし、地ならしをしていたということだろう。
 国防長官には、元中央軍司令官ジェームズ・マティスが指名された。マティスは海兵隊の元大将で、アフガニスタンやイラクで戦闘を指揮し、中東地域を統括する中央軍司令官を2010年から13年まで務めた。トランプはテロ対策を重視しており、マティスの豊富な経験や、ISIL・アルカーイダ等への厳しい姿勢を評価したとみられる。マティスは、イランにも強硬姿勢を示しており、同国との核合意に反対している。軍人出身の国防長官となれば、66年ぶりとなる。海兵隊将官では初めてである。トランプが安全保障政策に力を入れ、軍備を増強し、強いアメリカの復活を目指していることの証だろう。マティス国防長官が実現した場合、安倍政権は、この真にプロフェッショナルな相手と連携できるように、自衛隊出身者等に防衛大臣を変えた方がよい。
 テロ対策や国境警備を統括する国土安全保障長官に元海兵隊大将のジョン・ケリーが指名された。フリン、マティスに続き、軍人経験者、特にイラクなどで戦いを経験した将軍たちの起用である。
 トランプは、12月6日ノースカロライナ州での演説で次のように述べた。「関与する必要のない外国の体制転覆を急ぐのはやめにして、テロの打倒や『イスラーム国』の壊滅に集中すべきだ」と。この発言と一連の人事から明瞭に浮かび上がるのは、トランプが安全保障政策において、国内外のテロ対策に最も重点を置き、また、テロ対策のために中東への対応に力を注ぐだろうことである。トランプは安全保障の素人ゆえ、こうした安全保障の専門家の意向が強く打ち出される可能性が高いだろう。
 テロ対策の強化、中東への軍事力増強のためには、先に書いたような軍備の増強が必要になる。軍備増強策の割合をみると、特に海軍に重点が置かれると見られる。アメリカ在住の戦争平和社会学者の北村淳氏は、「トランプ次期政権の軍事力増強案の根幹は『海軍力増強』であると言っても過言ではない」と言う。
 トランプ陣営の海軍戦略に関わっている政治家に、ランディ・フォーブス下院議員がいる。フォーブスは、海軍戦略分野における対中強硬派の代表格である。海軍長官への就任が予想されている。
 フォーブスは、オバマ政権は8年間で軍事力をそいで「ロシアと中国を勇気づけ、米国の軍事力をしのごうとする野望を抱かせた」と批判する。そして、今後10年にわたり世界貿易の3分の2、約5兆ドルが集中する太平洋地域は軍事的にも重要になると説く。海軍は、現場が必要とする保有艦船の42%しか満たされず、空軍は史上最も老朽化し、海兵隊も衰退している。そこで現在の海軍272隻体制を350隻体制に、18万人の海兵隊員を20万人にそれぞれ増強するという構想を述べている。そして、トランプ政権が軍事力の強化をすることによって、ロシアと中国は「軍備増強をしても無駄になると悟るだろう」と、「力による平和」の構築を語っている。この構想には、1980年代に、強いアメリカの復活を目指したレーガン政権が取った政策に通じるものがある。
 フォーブスの国家安全保障担当補佐官であり、トランプ陣営の防衛問題上級顧問であるアレックス・グレイは、次のように語っている。
 「トランプは、中国に対して十分な抑止力の効く軍事増強を果たす。レーガン政権以来の大規模な軍事力強化を図る。特に、南シナ海には中国を圧倒する海軍力を配備し、『力の立場』から断固として交渉する。平和で自由な国際秩序を乱す行動は、一切自粛するように強く求める」「トランプはさらに日本、韓国、さらに東南アジアの同盟国、友好国との間の共同ミサイル防衛網の構築に力を入れる。その上で中国に対し交渉を求めて、国際的な規範に逸脱する軍事、準軍事の行動に断固抗議して、抑制を迫る」と。
 それゆえ、トランプ政権が米軍の大増強、特に海軍力の増強をしようとしていることは、間違いないだろう。軍事費を約300億ドル(約3兆3237億円)増額させると見られる。
 軍事費増額のため、トランプは日本を含む同盟国に相応の負担を求めるだろう。拓殖大学客員教授の潮匡人氏は、「NATO(北大西洋条約機構)は加盟国にGDP比2%の軍事費を義務付けており、日本も同様の要求をされる可能性がある」と述べている。日本は、アメリカから大幅な防衛費の増大と自主防衛能力の強化を強力に求められることを予想しておかねばならない。
 トランプ政権が安全保障政策でやろうとしていることは、かつてレーガン政権が旧ソ連に対抗して軍備を増強したことと似ている。軍備増強には多額の費用が掛かる。レーガン政権は、レーガノミクスでそれをやった。だが、その結果、米国は巨額の貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」を抱え込むことになった。この点に関しては、経済政策の項目に書いたが、わが国は過去の経験をよく振り返り、主体的な対応をする必要がある。

 次回に続く。