ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

トランプ時代の始まり~暴走か変革か8

2016-12-19 09:40:42 | 国際関係
●日本の安全保障

 トランプが選挙期間中、日本に関して訴えてきたことのうち、最も重要なのは安全保障の費用負担である。トランプは、米国の国益、安全を最優先する「アメリカ・ファースト(米国第一)」を掲げ、安全保障費用については、「同盟国は応分の負担をしておらず、対価を払わなければ、防衛は自国でやってもらうしかない」と米軍による日本防衛の代償を払わせると主張した。
 5月5日には、日本は全額負担すべきだと発言した。トランプは「米国は債務国だ。自動車(輸出)を使って経済大国になった日本に補助金を払い続けることはできない」と語り、日本と同じく米軍が駐留する韓国やドイツも名指しし、同様の考えを示した。米国が世界中で警察的な役割を担い、防衛するために、当事者国を上回る費用を支払っているとし、「それらの国は米国を助けるべきだ」と述べ、全額負担に応じない場合は、駐留米軍を撤収するとの持論を曲げなかった。「日韓が米国の面倒をみないのであれば、私たちに世界の軍人、警察官である余裕はない」とも強調した。また、北朝鮮の脅威に対抗させるため日本や韓国に自主防衛の一環として核武装を容認するとの自らの発言を尋ねられると、「適切に米国の面倒を見ないなら、どうなるか分かるだろう。(日韓は)自国のことは自国で守らなければならなくなるのだ」と指摘した。その一方で、日韓の核武装を容認する考えを否定しなかった。これが、核武装容認論として報道された。
 こうした発言が続くので当時、もしトランプが大統領になれば、わが国は米軍の駐留費用の全額負担を要求されることを覚悟しなければならないと考えられた。また、そうなれば、対米自立・自主防衛を実現する大きなチャンスとなるという意見も多く聞かれた。
 ここで問題は、トランプが日本駐留米軍の費用負担の実態を知らずに、放言を繰り返していることだった。当時のアメリカの報道では、米国の2016年度の予算教書で人件費を含む在日米軍への支出は55億ドル (約5830億円)、日本政府が支払っている在日米軍駐留経費負担は 年間約1900億円となっていた。これは実態と大きく異なる。実際は、日本の駐留米軍の経費負担率は約75%であり、2016年度予算で7612億円が組まれている。米軍基地の光熱費や人件費などの思いやり予算に加え、基地周辺の環境対策費などが含まれる。約75%という負担率は、他の国の負担率が30~40%台であるのに比べ、格段と多い。全額ではないが、もし全額負担するとなると、駐留米軍は日本の傭兵になってしまう。米国としてそれでいいのかという問題が生じる。また、米軍は本国に帰ると、実際にはその方が費用がかかる。
 トランプは、アメリカは日本が攻撃されたら日本を守らねばならないが、日本はアメリカが攻撃されてもアメリカを守らない、これはアンフェアーだという考えを表明してきた。確かにわが国は国防を米国に依存する状態を続けており、日米の防衛義務は片務的である。しかし、安倍政権は集団的自衛権の限定的行使を容認した。そのことは、日米同盟を強化することになっている。トランプには、そのことも良く理解してもらう必要がある。さらに同盟国の最高司令官となるトランプに納得してもらうには、日本も集団的自衛権の行使を国際標準に引き上げることだろう。

●トランプ政権は富豪政権に

 トランプ次期大統領は、実業家出身であり、閣僚の経験も連邦議員や州知事の経験もない。政界とは無縁だった純然たるビジネスマンが、国家最高指導者になる。そのトランプは、閣僚人事で、経営者や投資家ら経済人を積極的に登用した。
 国務長官・国防長官とともに三重要閣僚の一つである財務長官には、スティーブ・ムニューチンを指名した。ムニューチンは、エール大学で秘密結社スカル・アンド・ボーンズに入会し、ユダヤ系投資銀行のゴールドマン・サックスではパートナーという幹部職を務めた。ヘッジファンドのデューン・キャピタル・マネジメントの共同創業者である。ユダヤ人の著名投資家ジョージ・ソロス氏の下で働いた経歴もある。ゴールドマン元幹部が財務長官に就任するのは、1990年代半ば以降で3人目である。ロバート・ルービンはビル・クリントン政権で、ヘンリー・ポールソンはブッシュ子政権でそれぞれ財務長官を務めた。
 ゴールドマン・サックスは、1990年代以降、アメリカで政権への参加が最も目立つ企業である。トランプは、他にも閣僚に同社出身者を2名指名している。国家経済会議(NEC)の委員長に、ゴールドマン・サックスのゲーリー・コーン社長兼最高執行責任者(COO)を充てた。閣僚の要、大統領首席補佐官と同等と位置づけるという首席戦略担当兼上級顧問に任命されたスティーブン・バノンも同社の出身である。
 トランプは選挙戦中、ヒラリーとウォール街の親密さを批判し、大衆のエスタブリッシュメント(既成支配層)への怒りや反感を、自分の票の増加に誘導した。ところが、自分が次期大統領になると、政権幹部に金融業界出身者を数多く起用している。そのことから、トランプは、ウォール街の要望に応えて、金融業務への規制緩和を行うと見られる。いわばリーマンショック以前の制度への回帰である。
 トランプは、また最重要閣僚の国務長官に、米石油大手エクソンモービル会長兼最高経営責任者(CEO)のレックス・ティラーソンを指名した。商務長官には、著名投資家のウィルバー・ロスを指名した。ロスは、英投資銀行ロスチャイルドのファンド部門出身である。労働長官にはファストフードチェーンを経営するアンドルー・パズダー、中小企業局長には米プロレス団体ワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)のCEOを務めたリンダ・マクマホンを選んだ。このように幹部の多数を経営者や投資家が占めるトランプ政権は、富豪政権の色彩が強い。
 どうしてこういうことになるか。2012年に書いた拙稿「オバマVSロムニー~2012年米国大統領選挙の行方」の一節を次に引用する。
 「アメリカは、実質的な二大政党制である。国民は二つの大政党が立てる候補のどちらかを選ぶ。片方が駄目だと思えば、もう片方を選ぶ。そういう二者択一の自由はある。しかし、アメリカでは、大統領が共和党か民主党かということは、決定的な違いとなっていない。表向きの『顔』である大統領が赤であれ青であれ、支配的な力を持つ集団は外交・国防・財務等を自分たちの意思に沿うように動かすことができる。アメリカの二大政党の後には、巨大国際金融資本が存在する。共和党・民主党という政党はあるが、実態は政党の違いを越えた『財閥党』が後ろから政権を維持・管理していると考えられる。
 アメリカの連邦政府は、大統領を中心とした行政組織というより、財界を基盤とした行政組織と見たほうがよい。国民が選んだ大統領が自由に組閣するというより、むしろ財界人やその代理人が政府の要所を占める。政治の実権を握っているのは財閥であって、大統領は表向きの『顔』のような存在となっている。国民が選んだ『顔』を掲げてあれば、政府は機能する。だから、誰が大統領になっても、支配的な集団は自分たちの利益のために、国家の外交や内政を動かすことができる。このようになっているのが、アメリカの政治構造である」
 ヒラリーではなくトランプが大統領に就任することになったのは、エスタブリッシュメントから一般庶民の側に政権が移るのではなく、エスタブリッシュメントの中のある部分から別の部分に主導権が移ることを意味するものである。トランプの当選後、彼に「変革者」として大きな期待を寄せる人が急激に増えているが、私は、アメリカの政治構造を踏まえて評価すべきと考える。
 しょせんトランプは、ロスチャイルド家やロックフェラー家等に比べれば、成り上がりの中クラスの富豪にすぎない。ただし、大統領はただの操り人形ではなく、自分の意思を持ち、またそれを実現する合法的な権限を持っているから、トランプのような独裁者型の人物の場合、自分の意思を強く打ち出し、支配層の上部を占める所有者集団と衝突が起こるのではないかと思われる。

 次回に続く。