●新たな日米関係の構築へ
安倍首相は、トランプの勝利後、逸早くトランプに連絡し、ニューヨークで会談することを提案した。アルゼンチンで行われるAPECに向かう予定を生かした見事なアポ取りだった。11月18日世界各国首脳の中で最も早く安倍=トランプ会談が行われた。実に良いタイミングだった。
トランプ大統領の登場は、欧米におけるグローバリズムへの反発とナショナリズムの復興という大きな動きの中の現象だが、アジア太平洋地域では、国際政治と安全保障に大きな不確実性と混乱をもたらすことが懸念されていた。
安倍首相には、トランプに、日米同盟の重要性、同盟強化がもたらす米国の利益、日米協調による双方の経済利益、中国覇権主義の危険性等をしっかり理解してもらうことが期待された。
会談の終了後、安倍氏は「トランプ次期大統領とは、じっくりと、胸襟を開いて、率直な話ができた、大変温かい雰囲気の中で会談を行うことができたと思っています。共に信頼関係を築いていくことができる、そう確信の持てる会談でありました」と語った。また「同盟は信頼がなければ機能しません。トランプ氏は信頼できる指導者だと確信しました」と述べた。安倍氏が話したことにトランプ氏が基本的な理解を示したことを示唆するものだろう。安倍氏は日米同盟の重要性、TPPと自由貿易の意義等について説明したと見られる。そして、日米の指導者がどうあるべきか、彼に筋金を入れるような、しっかりした考え方を伝えたのだろう。
今後さらに二人の信頼関係・相互理解を深めてほしいものである。
●トランプはTPPからの離脱を宣言
次にトランプ政権で予想される政策について述べる。
トランプが大統領選で支持された理由の一つは、「TPPは米国の製造業を破壊する」という主張だった。トランプは11月22日、当選後初めて、TPP離脱に言及し、「就任初日にTPPを脱退する意志を表明する」と宣言した。安倍首相との会談、APEC開催後の発言だから、なおトランプに翻意を期待することはできないだろう。ここまで言っていながら持論を変えたら、彼のコアな支持者たちが離反するだろう。
TPPは、関税分野だけでなく、投資やサービスなど幅広い分野のルールを定めようとするものである。自由貿易を拡大する広域経済協定だが、同時に米国主導で各国の文化・伝統・価値観を排除し、グローバリゼイションを徹底的に進めようとするものである。私は、その点に問題が多いと見て、本当に日本の国益になるのか、疑問を持ち続けてきた。
TPPには、わが国にとってメリットとデメリットがある。わが国は、もともと米国主導のTPPへの参加に慎重な姿勢を取っていたが、かなり遅れて議論に参加し、後に積極的に交渉を行うようになった。だが、明らかに米国追従やむなしという中での部分修正の努力だった。一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。私は、ここ3年数か月、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。
オバマ政権はTPPの交渉で、自国の主張を押し通して強硬姿勢を崩さなかった。交渉開始から昨年10月に大筋合意に達するまで5年半を費やした。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。世界は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日欧間の経済連携協定(EPA)など巨大経済協定を目指すのが潮流となっている。巨大経済協定は、自由貿易圏の拡大になる。だが、その一方、各国の事情を無視した一律の規定を飲むことは、マイナスになる。二国間協定で、相手国ごとに細かく規定を決めた方が、こうしたマイナスを避けられる。
わが国が米国に安易な妥協をすることは、大きく国益を損なう。TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに大きな意味があるとすれば、台頭する中国への対抗である。オバマ政権は中国を経済的に包囲するという思惑から、TPPを推進してきた。特にわが国の場合、国防を米国に依存しているので、中国の軍事力から国を守るために、最終的には米国の意思に沿わざるを得ない立場にある。実際、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。日本の運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。それゆえ、日本はTPPより、憲法改正を急務としているのである。
オバマ政権はTPPの成立を目指して12か国の交渉を主導してきたが、米国内にも、実利的な観点から、ずっと反対意見がある。詳細が不明だとして連邦議会で問題になってきた。特定の業界や企業の利益のための協定という指摘があり、TPPで米企業の海外展開が拡大しても利益を得るのは富裕層だけで、大半の労働者は取り残されるという見方もある。グローバリゼイションに伴う雇用流出や産業衰退に不満を抱く層は、TPPの効果より、それがもたらす弊害を懸念するのである。だが、それでもオバマ政権はTPPの交渉を推進してきた。ところが、最終段階で、米国は、国民が選んだ新たな大統領により、TPPから自国は離脱するというどんでん返しになろうとしている。
米国にとってTPP離脱は、一部では雇用の回復や製造業の復興になるだろうが、その反面、推進派がもともと狙っていたグローバリゼイションの推進による利益は得られなくなる。また、TPPの交渉中に浮上してきたRCEPとの関係から生じる得失も生じる。特に中国との関係がポイントである。米国の離脱でTPPが発効しなければ、それによって生じた空白は、RCEPで埋められることになるだろう。RCEPは米国が入っておらず、GDP最大の国は中国だから中国主導となる可能性が高い。
この点に関して、米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は、11月16日に年次報告書を公表した。報告書は、次のような試算を紹介しているという。(1)TPPが発効せず、日本や中国が参加するRCEPが発効した場合は、中国に880億ドル(約9兆6千億円)の経済効果をもたらす。(2)TPPが発効してRECPも発効した場合は、中国に720億ドルの経済効果がある。(3)TPPが発効してRCEPが発効しなかった場合は、中国の経済損失が220億ドルに上る。この試算によれば、TPPが発効されなければ、いずれにしても中国を大きく利することになると予想される。
一方、米国は、RCEPが実現すれば、対日貿易で米企業が中国企業より不利になると見られる。日欧EPAが合意すれば、豚肉輸出でデンマークに後れを取る可能性がある。牛肉輸出は、日本とのEPAが発効したオーストラリアより悪条件のままになるなどの見方が出ている。
ただし、経済的な予測は、しばしば特定の政治的集団や財閥・業界等に都合のいいように、数字が並べられることがあり、軽信することはできないので、複数のシミュレーションを比較検討する必要があるだろう。いずれにしてもトランプは、TPPを離脱することによる損失よりも、それで得られる利益を取ろうとしていることは間違いない。
トランプは、来年1月20日、おそらくTPP脱退を宣言するだろう。わが国の指導者が、トランプにTPP離脱を思いとどまらせるために、自由貿易主義を訴えるだけではだめである。100%の自由貿易は一個の理念であって、それが国益になるのは、かつてのイギリス、近年までのアメリカのような地球的な覇権国家にとってのみである。それ以外の国々は、自国の国益のために、自由貿易を基本としながらも、一部の産業や雇用に保護貿易政策を取るのは、当然である。目的は、自由貿易主義の理念を実現することではなく、民利国益を追求することだからである。そこを考え違いしてはならない。米国ですら、総合的に見て100%の自由貿易は不利とみれば、一部保護貿易政策を取ることを考えるのである。資本主義の経済活動は、理念の追及ではなく、利益の追求で行われている。自由貿易主義を説くだけでは、トランプをTPP継続に転換させることはできないだろう。
では、わが国政府は、米国がTPPを脱退した場合にどうするか。シナリオを準備してきたのだろうか。米国抜きでTPPを日本主導で進め、発効条件や内容の修正を図るのか。日本もTPPをやめて、二国間での自由貿易協定の組み合わせに進むのか。中国が中心となるRCEPに軸足を移すのか。
日本は、経済的利益の追及だけでなく、中国の脅威から日本とアジアを守る安全保障の課題と合わせて、主体性を持った戦略的な構想力を求められている。そして、その戦略的な構想力を発揮し得るのは、日本人の手で憲法を改正し、まっとうな独立主権国家のあり方を回復したときのみである。
次回に続く。
関連掲示
・TPPに関する私見は、下記の拙稿「TPPは本当に国益になるのか」をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13.htm
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安倍首相は、トランプの勝利後、逸早くトランプに連絡し、ニューヨークで会談することを提案した。アルゼンチンで行われるAPECに向かう予定を生かした見事なアポ取りだった。11月18日世界各国首脳の中で最も早く安倍=トランプ会談が行われた。実に良いタイミングだった。
トランプ大統領の登場は、欧米におけるグローバリズムへの反発とナショナリズムの復興という大きな動きの中の現象だが、アジア太平洋地域では、国際政治と安全保障に大きな不確実性と混乱をもたらすことが懸念されていた。
安倍首相には、トランプに、日米同盟の重要性、同盟強化がもたらす米国の利益、日米協調による双方の経済利益、中国覇権主義の危険性等をしっかり理解してもらうことが期待された。
会談の終了後、安倍氏は「トランプ次期大統領とは、じっくりと、胸襟を開いて、率直な話ができた、大変温かい雰囲気の中で会談を行うことができたと思っています。共に信頼関係を築いていくことができる、そう確信の持てる会談でありました」と語った。また「同盟は信頼がなければ機能しません。トランプ氏は信頼できる指導者だと確信しました」と述べた。安倍氏が話したことにトランプ氏が基本的な理解を示したことを示唆するものだろう。安倍氏は日米同盟の重要性、TPPと自由貿易の意義等について説明したと見られる。そして、日米の指導者がどうあるべきか、彼に筋金を入れるような、しっかりした考え方を伝えたのだろう。
今後さらに二人の信頼関係・相互理解を深めてほしいものである。
●トランプはTPPからの離脱を宣言
次にトランプ政権で予想される政策について述べる。
トランプが大統領選で支持された理由の一つは、「TPPは米国の製造業を破壊する」という主張だった。トランプは11月22日、当選後初めて、TPP離脱に言及し、「就任初日にTPPを脱退する意志を表明する」と宣言した。安倍首相との会談、APEC開催後の発言だから、なおトランプに翻意を期待することはできないだろう。ここまで言っていながら持論を変えたら、彼のコアな支持者たちが離反するだろう。
TPPは、関税分野だけでなく、投資やサービスなど幅広い分野のルールを定めようとするものである。自由貿易を拡大する広域経済協定だが、同時に米国主導で各国の文化・伝統・価値観を排除し、グローバリゼイションを徹底的に進めようとするものである。私は、その点に問題が多いと見て、本当に日本の国益になるのか、疑問を持ち続けてきた。
TPPには、わが国にとってメリットとデメリットがある。わが国は、もともと米国主導のTPPへの参加に慎重な姿勢を取っていたが、かなり遅れて議論に参加し、後に積極的に交渉を行うようになった。だが、明らかに米国追従やむなしという中での部分修正の努力だった。一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。私は、ここ3年数か月、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。
オバマ政権はTPPの交渉で、自国の主張を押し通して強硬姿勢を崩さなかった。交渉開始から昨年10月に大筋合意に達するまで5年半を費やした。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。世界は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日欧間の経済連携協定(EPA)など巨大経済協定を目指すのが潮流となっている。巨大経済協定は、自由貿易圏の拡大になる。だが、その一方、各国の事情を無視した一律の規定を飲むことは、マイナスになる。二国間協定で、相手国ごとに細かく規定を決めた方が、こうしたマイナスを避けられる。
わが国が米国に安易な妥協をすることは、大きく国益を損なう。TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに大きな意味があるとすれば、台頭する中国への対抗である。オバマ政権は中国を経済的に包囲するという思惑から、TPPを推進してきた。特にわが国の場合、国防を米国に依存しているので、中国の軍事力から国を守るために、最終的には米国の意思に沿わざるを得ない立場にある。実際、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。日本の運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。それゆえ、日本はTPPより、憲法改正を急務としているのである。
オバマ政権はTPPの成立を目指して12か国の交渉を主導してきたが、米国内にも、実利的な観点から、ずっと反対意見がある。詳細が不明だとして連邦議会で問題になってきた。特定の業界や企業の利益のための協定という指摘があり、TPPで米企業の海外展開が拡大しても利益を得るのは富裕層だけで、大半の労働者は取り残されるという見方もある。グローバリゼイションに伴う雇用流出や産業衰退に不満を抱く層は、TPPの効果より、それがもたらす弊害を懸念するのである。だが、それでもオバマ政権はTPPの交渉を推進してきた。ところが、最終段階で、米国は、国民が選んだ新たな大統領により、TPPから自国は離脱するというどんでん返しになろうとしている。
米国にとってTPP離脱は、一部では雇用の回復や製造業の復興になるだろうが、その反面、推進派がもともと狙っていたグローバリゼイションの推進による利益は得られなくなる。また、TPPの交渉中に浮上してきたRCEPとの関係から生じる得失も生じる。特に中国との関係がポイントである。米国の離脱でTPPが発効しなければ、それによって生じた空白は、RCEPで埋められることになるだろう。RCEPは米国が入っておらず、GDP最大の国は中国だから中国主導となる可能性が高い。
この点に関して、米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は、11月16日に年次報告書を公表した。報告書は、次のような試算を紹介しているという。(1)TPPが発効せず、日本や中国が参加するRCEPが発効した場合は、中国に880億ドル(約9兆6千億円)の経済効果をもたらす。(2)TPPが発効してRECPも発効した場合は、中国に720億ドルの経済効果がある。(3)TPPが発効してRCEPが発効しなかった場合は、中国の経済損失が220億ドルに上る。この試算によれば、TPPが発効されなければ、いずれにしても中国を大きく利することになると予想される。
一方、米国は、RCEPが実現すれば、対日貿易で米企業が中国企業より不利になると見られる。日欧EPAが合意すれば、豚肉輸出でデンマークに後れを取る可能性がある。牛肉輸出は、日本とのEPAが発効したオーストラリアより悪条件のままになるなどの見方が出ている。
ただし、経済的な予測は、しばしば特定の政治的集団や財閥・業界等に都合のいいように、数字が並べられることがあり、軽信することはできないので、複数のシミュレーションを比較検討する必要があるだろう。いずれにしてもトランプは、TPPを離脱することによる損失よりも、それで得られる利益を取ろうとしていることは間違いない。
トランプは、来年1月20日、おそらくTPP脱退を宣言するだろう。わが国の指導者が、トランプにTPP離脱を思いとどまらせるために、自由貿易主義を訴えるだけではだめである。100%の自由貿易は一個の理念であって、それが国益になるのは、かつてのイギリス、近年までのアメリカのような地球的な覇権国家にとってのみである。それ以外の国々は、自国の国益のために、自由貿易を基本としながらも、一部の産業や雇用に保護貿易政策を取るのは、当然である。目的は、自由貿易主義の理念を実現することではなく、民利国益を追求することだからである。そこを考え違いしてはならない。米国ですら、総合的に見て100%の自由貿易は不利とみれば、一部保護貿易政策を取ることを考えるのである。資本主義の経済活動は、理念の追及ではなく、利益の追求で行われている。自由貿易主義を説くだけでは、トランプをTPP継続に転換させることはできないだろう。
では、わが国政府は、米国がTPPを脱退した場合にどうするか。シナリオを準備してきたのだろうか。米国抜きでTPPを日本主導で進め、発効条件や内容の修正を図るのか。日本もTPPをやめて、二国間での自由貿易協定の組み合わせに進むのか。中国が中心となるRCEPに軸足を移すのか。
日本は、経済的利益の追及だけでなく、中国の脅威から日本とアジアを守る安全保障の課題と合わせて、主体性を持った戦略的な構想力を求められている。そして、その戦略的な構想力を発揮し得るのは、日本人の手で憲法を改正し、まっとうな独立主権国家のあり方を回復したときのみである。
次回に続く。
関連掲示
・TPPに関する私見は、下記の拙稿「TPPは本当に国益になるのか」をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13.htm
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