赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

▼学校以外にも学ぶ場はある

2008年04月11日 | ■教育年金管理人泥炭氏との対話
九七年十二月十八日の当欄(朝日新聞:論壇)で「教師の存在感を高めるために」という不登校問題についての小児科医・上野良樹氏の意見を読んだ。氏は、不登校の子どもには「勉強でのつまづきをきっかけにしている子が多」く、このような子への教師の対応が希薄すぎるので、もっとしっかり対応すべきであると述べられ、また「不登校も積極的な選択の一つだと主張する人がいるがこれは間違い」である、なぜなら「学校を否定して生きていく力は子供たちにはない」からだと断言されていた。しかしこれでは、教師にとっても親にとっても一向に解決への道は見い出せない。在籍校への登校を子どもの気持を無視して強要することになり、登校したいのだができないという自家撞着の堂々巡りから永久に抜け出せないのである。

私の場合も息子が地元の中学校に在籍しているのだが、入学当初からほとんど登校していない。そこで、同じ問題をかかえる地域の親たちと毎月話し合いを設けている。時に学校の素っ気ない対応に怒りをぶつける親の声なども聞こえてくる。だがこれは学校と教師の「教育」上の存在感を大きくしておきたいという親心の裏返しであり、学校へのこだわりの強い親ほど悩みも深刻であるという傾向に気づかされた。さらに氏は、学校とは「子供たちが集団生活を学」ぶ所であると強調するのだが、はたして集団でなければ「教育」は成り立たないものだろうか。集団生活を学ぶことも必要だろうが、それは個別的カリキュラムに過ぎないのであって、必ずしも勉強する環境を四六時中強固な集団にしておかなければならないということではないはずである。自分を押し殺し統制感の強い集団に無理にでも溶け込ませておかなければ学ぶことができないという環境こそ問題だと思うのだ。

「勉強でのつまずき」が不登校に結びつくのは学校での勉強のあり方が一人ひとりの子どもという主体から発想されているのではなく、他との比較、集団との折り合いということを主眼としているからだろう。学習の進度なども子どもによって多様なのが自然なのであって、それが「つまずき」になり不登校となってしまうのは、多様さが許されないからである。集団生活を学ばせるという名目での強制力が強くなれば、はじき出される者が出て来るのは必至である。子どもたちが再び登校できるためのゆるやかな対策もたしかに必要であろう。クラス編成も「四十人はやはり多すぎる」し、小人数学級や小規模学校を実現していくことも一助となることは否定しない。だが着々と学校統廃合が進んでいる現状では、いずれも理想論に過ぎない。たとえクラス定数を二十五人にしたとしても学校運営における集団主義的指向が相変わらず続くのであれば不登校がなくなるとは思えない。

私たちの「会」でもよく話題となるのだが、不登校の子どもを取り巻く地域の冷淡な視線もまた、子どもたちから広い意味での「学ぶ場」を奪っている。不登校であるがゆえに地域の学習塾から入会を断られた子どもの話を聞いたことがある。このように、登校しないかぎり「教育を受ける権利」は一切享受されないという一元的なシステムからの圧迫が、不登校の子どもたちを必要以上に閉じこもらせ、新しい学びの場との出会いを困難にさせている。学校に在籍していることはたしかに子どもすべてが受けることのできる重大な権利の一つだが、これにしがみついていても実際には登校しない子どもの「教育」にとってはなにひとつ好転しないのが実状である。したがって私は、不登校の子どもとその親に対して学校や「教師の存在感を高める」のではなく、むしろ在籍しているという呪縛からとりあえずは逃れなさいと奨めたい。

家族の新しい関係を模索する中で、やがて家庭の中でも意外にしっかり育ちつつある子どもを発見し不安が薄らいでくる。気持を安定させた後、再び登校できるようになる子もいるし、子どもによっては篤志の人たちによって運営されているフリースクール、フリースペースなどに通うことができるようにもなり、またある子は家庭学習の構築を図っていく。私の場合も子どもが休み始めた当初は悩みがつきなかった。世間の目を気にして息子が登校するかしないかに一喜一憂の日々を過ごした。だが「親の会」などでそうした気持を打ち明けあい情報を交換する中で、登校を拒否する子どもたちも、決して学ぶことを拒否しているわけではないことが見えてきた。以来、一年半にわたってほとんど毎日子どもと一緒に本を読んできた。これを通して親子の信頼が深まり息子の表情に自信と明るさ、知的な向上心さえもよみがえってきた。やりようによっては家庭でも十分に「学ぶ場」になるという確信を強めているところである。

(98年1月20日付;朝日新聞「論壇」)

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