赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

▼「ゴリオ爺さん」を読む

2018年07月22日 | ■文芸的なあまりに文芸的な弁証法

 

バルザック(仏:1799~1850)の小説「ゴリオ爺さん」(1835年)を読了。「谷間のゆり」を読んだのが4月だったか。無理にでも甲乙をつけるならわたしは「谷間」より「ゴリオ」のほうを推す。冒頭から自信満々で、この物語は一から十まで真実のかたまりであり虚偽も虚構も一切ないのだから読者もそのつもりで読みたまえとのご託宣があって、まずは読者の前頭葉がどつかれる。なにしろ発表当時の題名は「パリ物語」だったというのだから読み終えて、さもありなんと思った次第だ。

 

 

比して現代の小説は最初の一行から弁明釈明に終始する。わたすの書いた小説はフクションであり、虚構上のことであり、そもそもが小説なんぞというものは、ウソ八百のかたまりなのですから、あまり細かい事は気にしないでお読みください。わたくしこと作者を詮索したりせずに、とりあえず読んでくださいね。まずは本を買ってくださいね。このたび、じつに面白いストーリーが出来上がりましたさかいに、とかなんとかいっちゃって、ようするに文芸の真性をひたすらごまかしているだけではないか。 

 

 

 

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▼うれしさや七夕竹の中を行く ・・・ 子規

2018年07月10日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法

2016.07.07 横浜市

 

 

 

 

 2018.07.01  川崎市

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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▼カラオケの帰り道

2018年07月09日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法

 

2018.07.09 横浜市

 

夕べの道を一人行けば

遠く走る汽車の窓光る

若者のまつグミはゆれる

おい 巻き毛のグミよ白い花よ

おい グミよなぜにうなだれる・・・とつづく

 

ウラルのぐみの木  (曲:ピリペンコ  詞:ロディギン 訳:関鑑子)

 

 

 

 

 

 

 

若者のひとみ 明るくかがやき

乙女の黒髪 そよ風にゆれる・・・とつづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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▼早寝早起き一日一善

2018年07月08日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法

 

2018.07.08 04:30 自室より夜明けの空をみる

 

 

 

 

  〃  18:30  同じく自室より

 

 

 

 

 

 

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▼深川鈍角屋台のおでん屋

2018年07月02日 | ■今丼政幸君との対話

 

 

 

  

一番聞いてくんねぇ。酔って言うんじゃござんせん。花ちる夜の川端で、涙なみだの浪花節、連れ添ったのも長年のじいさんばあちゃんあんちゃんと別れ別れになる門出だぁ。

とりあえず行ってはみたが隅田公園の桜はまだ全然咲いてねぇよ。こうなったらあたしにゃ界隈の花見なんざぁどーでもいいやい。とりあえず昼休みを利用して浅草参りもそこそこに川端に立ち寄ってみたところ昼日中より酒盛りやっていた酔狂な連中がいて、あたしもどっちかと言えば花より団子の口だから浮浪者ざんまいの輪に加わって一席都知事選の行方なり演説をぶってきた。

花見に喧嘩はつきものだ。無礼講よぉ。あたしゃ祭りと花見は根っから好きだ。さても、いまだ花が咲かぬとは、この暖冬に、いったいぜんたいどういうこったい。花の命は短くてあたしの将来は夢見心地の上の空。散るも残るも桜は桜だぁ。あー例年のことなれば今宵一夜の春の夢かすむピンクの色っぽさ。

数年前の色恋沙汰の、梅坂の坊ちゃんのひたむきな徒党根性が懐かしい。三年前の呼び出しメール。あたしもここぞとばかりに着飾って高田の馬鹿に出向いたものだ。注文したのは生ビールの中ジョッキ。折り入って重大な話があるというので、ビールを飲みたくてもジョッキにはさわらずに坊ちゃんからの話を神妙にまっていた。

重大な話といえば、式場をどこにするかに決まっている。この年になって、プロポーズされるとは望外の僥倖と言えるだろう。屋台でまっていてくれるおとちゃんに一刻も早く朗報を知らせたかった。店に入ったときから、あたしは有頂天だった。だが、坊ちゃんの話は、とんでもない方向にずれてきた。

なんだと思ったら、あたしも共産党にはいって赤旗配りをやるべきだと説教してきた。早くも自転車は駅前のレンタルサイクルを予約しておいたと言う。あまりにも一方的な話で、あたしも頭にきた。頭が真っ白になりビールもそこそこに、おもわずケツをまくった。色恋沙汰も終わりよければすべてよし。イデオロギーのスケベ小僧と中ジョッキに残った生ビールを奴の頭からぶっかけて店を出てきてしまった。

その夜、駅前の桜はまだ咲かず公園の端っこにあった梅が満開だった。梅の木の下の植え込みにはスイセンが咲いていた。さても、なんぼ年を食っても見果てぬ夢のまた夢の世界。当時、酔狂だったのは、なにも梅坂の坊ちゃんばかりではない。あたいが世話になっている、おいちゃん、おばちゃんも達者でいろよ。帰りたくても故郷は遠い。遠くなるばかりの心境だ。どこに行ったか、あのじいさんは。太平洋の果ての果て。

異国の人に嫁がれて青い目をした五番街。移民コミンテルンの兄貴分。ずっと以前のことなれば、九段の桜が大好きで、その中ほどの靖国のお国自慢に花が咲き軍国の母に頭を下げて帰りがけの夜店でワンカップの三杯目。

祭り気分で電車に乗れば、あなたケツがまくれたままですよ、なんて駅員から色目で見られ、やけのやんぱち革命ごっこ。ケツをまくるにゃ銭はなし。ただでいいなら何度でもまくってやらぁ。短気な性格は、昨日今日に始まったわけではないのだが。やっぱし花は隅田の桜にかぎります。来週にでも、もいっかい咲き具合の様子を見に来ます。ほろよいになったらそろりとまいろ。ぶらありぶらありととアンヂェラスでコーヒーとバターケーキで落ち着いていっぷく。

あたしもこれで深川の生まれよ。春のうららの~もうこの生まれ故郷に帰ってかれこれになる。隅田の川端で、あたしのおとちゃんの生業は朝も早よから仕込みに仕込んだ屋台のおでん。

職業に貴賎なし。梅坂の坊ちゃんは親方日の丸ガッコの教師。屋台を引っ張って大川でおでん屋を営む、おとちゃんと人間に差はないだろう。ある日、職業に貴賎ありとする、アメリカ帰りが自慢のバタ臭いじいさんがのれんをくぐった。

吉野家の牛丼を食いに行こうと誘われた。当時吉野家は米国牛肉輸入禁止ですったもんだしている最中。行ってみて注文しても牛丼が出てくるかどうかは分からなかった。じいさんの下心を見破ったのがあたしのおとちゃん。でーこんを口に加えていい気になっているじいさんに文句をつけた。

娘かわいさも、あまりあまった果ての果て。おとちゃんは、じいさんに言った。食えるか食えないか分からないようなファーストフードに娘を連れ込むとはとんでもないじじいだぁ。じいさんがおとちゃんに口答えをしたのがいけなかった。屋台のおでんはファーストフードじゃないのかい、とっつぁん。言い返されて頭にきたおとちゃんは、じいさんを出入り禁止にした。当時トマトを丸ごとおでんにしたのが自慢のおとちゃん。

これがうまい。本邦初のおでんだと評判を呼び、鈴なりの客がおしよせた。しばらく家計は潤って子沢山。今でも、おとちゃんのおでんトマトは日本一だと、あたいは思っている。煮しめるものは、トマトのほかにもいろいろあった。こぶ。ちくわぶ。つみれ。でーこん。ふくぶくろ。こんにゃく・・・たまご、それになんといってもイモがうまい。

話すも涙聞くも涙のスキャンダル。ある年の春、じいさんが屋台に集まる固定客に呼びかけて墨田公園で盛大に挙行した花見の写真が週刊誌に公開されてしまった。参加者全員の面構えが克明に写されている一枚だった。

どうやら宴の輪に混じって官憲に雇われたスパイが潜入していたらしい。次の日、民放TVのワイドショーで、深川の屋台では、トマトのおでんが大評判だが、これは奇跡か嘘かどちらかに決まっているとコメンテーターから、おでんのトマトがさんざんに、たたかれた。

そこで写真をもう一度よく見てみると、参加者のうちたった一人だけ写っていない御仁がいた。それがじいさんだった。なじみの常連客によれば潜入していたサツの犬はじいさんに間違いないというのだが、なにせ証拠不足で、この話はそのまま立ち消えになった。

それにしても事を大きくしてしまった張本人がじいさんであることは周知の事実。花見から三日ほどすぎて、週刊誌とコメンテーターに対してやみがたいうらみつらみがあると申して、顔を真っ赤にして力みはじめた。

何を考えたのか抜き足差し足忍び足下ごしらえの台所に入り込み鍋の底に転がっていた売れ残りの煮しまりトマトを持ち出して、これを宅配の着払いで近くのコンビニから週刊誌編集部に送りつけた。

今や、箸でつつきまわされたトマト 形を失い色あせていた。おでんとはあっためたものを食ってはじめて味が出る。編集部の連中にも試食してもらえさえすれば、おでんのトマトの味は分かってもらえると言っても、冷えたおでんじゃ食えたものではないのだ。

編集部は試食どころがじいさんから送りつけられた形状を失ってぐじゃぐじゃになっているトマトをさまざまな角度からフラッシュをたいて写真にとった。そして、これをなによりの証拠の一品として次号週刊誌の巻頭にでかでかと飾った。トマトの写真は、見るも無残で、原型をとどめていなかった。

あったけぇうちに屋台に座って食えば、五臓ろっぷにしみ渡る、たえなるおでんのトマトの味ってものだ。これ見よがしのトマトの写真が、腹をすかせて食い意地の張った全国の郎党をあおりつけ、たまったもんではなかった。

トマトの産地をめぐって疑心暗鬼に陥った舎弟連中が徒党して連日連夜文句をつけてきた。おとちゃんは、川向こうから石を投げられた。営業妨害だと深川署にたれこんだが後の祭り。週刊誌は売れに売れた。こうして騒ぎは隅田川の両岸をまたいで、トマトおでんの悪評が広がる一方だった。

それにしても、あの時、なにが狙いで、じいさんは煮しまりトマトを編集部に送りつけたのか。謎は深まるばかりだった。おとちゃんの助太刀をしたかったと言っていたが、火に油をそそいだ結果に終わった。

以来、3年半にわたりおでん好きの国民は福祉、教育など焦眉の問題をそっちのけにして、不毛なおでん論争に明け暮れた。さすがにじいさんもこりごりして、ほとぼりを冷ますため、派手なアロハに身を包み飛行機に乗って太平洋の荒波を超え行方をくらました。あのじじいは、お節介がはなはだしく、いらぬ騒ぎを起こしてくれたと、おとちゃんはかんかんだった。

後日、じいさんから、その節は、えらい迷惑をかけたとメールがあったがおでんの売り上げはがくんと落ちた。屋台もこれで人気が商売。しばらくたった夕闇けむる川端くらし。例のじいさんが、死んだはずだよお富さんといういでたちで、ひょっこり屋台に面を見せた。ざんばら髪にこの寒空にひとえの人絹のはかま姿はよかったが貧すればドンするとは、おまえのことだとじいさんに同世代のおとちゃんが文句をつけると、口のまわりにトマトのカスをくっつけたまま腹を立てた。どうやら食うものも食わずに週刊誌の取材攻勢から逃げ回っていたと見え、人が違ったようにやせ細っていた。

往年の自信たっぷりの物言いはすっかり影をひそめ、しきりにトマトをほう張りながら、昔と味は変わらないね、などとお世辞を言っていた。そして頭をなでながら世間様に申し訳がたたないと何度もつぶやいていた。

結局その日、あたしとの関係が最終的に切れてしまった。親分子分の仲にひびが入った。思い返すも別れた後の祭り。その晩、切れてしまったじいさん。やたらめったらおとちゃんに八つ当たりをする。

トマトを食いながら、騒ぎに騒ぎ、深川の巡査がやってきて警察沙汰。席があったまっても、なんのその、おとちゃんからいやみを言われたことも事実といえば事実なり。トマトを口にくわえたまま巡査に引っ張っていかれたじいさん。厳重注意の訓告をいただき仮釈放。屋台には面をみせずに、そのまま飛行機にのってどこかにトン面していった。

風の便りによるならば、ケニアのマサイ族に成りすまし槍を片手に元気に踊っているところを目撃されたとのことなりや。真偽のほどはいかなりや知らぬ存ぜぬ。さて屋台の様子も今は昔の物語。おとちゃんから、「満員だ」と一言、そう言われれば、わかりましたと素直に引き上げるってのが、ものを知った江戸っ子のあるべき姿だ。

じいさんは、週刊誌に書かれたトマトの記事に承知できなかったというわけか。最後の晩はおとちゃんを前にして、ごねて、ごねて、始末におえなかった。それっきり屋台には面を見せていない。

マサイ族に加わって楽しく暮らしているというなら許しもしよう。トマトは煮しめると最高にうまい。深川あたりの住民以外には、この事実をしらないだけだ。思うにじいさんも、おとちゃんと適当な時期に折り合いをつけてほしい。恥ずかしがらずに、屋台に顔をだしてほしい。

おでんのトマトを食ってみれば憂さも晴れるにちがいない。いつかのように盛大に花見をやりたい今日この頃は、店じまいの前に、お客が飲み残していったコップ酒を集めておとちゃんと二人で乾杯だ。

さびしくなった屋台の周囲。週刊トマト事件以来、めっきり客足が遠のいた。いい男は小汚い屋台なんぞにゃ滅多に寄り付かなくなった。商売道具のポリバケツがまるで大昔からそこに捨てられていたかのように夜露にぬれて傾いている。あたしも昔のことは忘れたい。

いっそ雨にも負けず風にも負けず心根のすっぱりした女になりたい。あのバタ臭いじいさんのことは忘れて元気を出そう。川端柳が海っ風にゆれている。来週になれば公園のソメイヨシノも満開だ。あたしもこれで定年間近か。だいぶ体力が落ちてきた。ふんじゃといって引っ込んではいられねぇよ。

負けっぱなしじゃおとちゃんと娘に申し訳ない。どこまで続くぬかるみぞ。一花咲かせにゃおかめ八目。ちっきしょう。やせてもかれても江戸っ子だぃ。 

 

  <2005年 笑記>

 

 

 

 

 

 

 

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