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赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

▼ところで 九条を守れとは憲法違反であるやなしや?

2024年03月29日 | ■ヨニウム君との対話

以下、またぞろ昔の記事の再掲で悪いのだが・・・

 

世に倦む日日・・・「『皆さんとともに日本国憲法を守り』と言わなかった新天皇」をアップしました。 critic20.exblog.jp/30256307/

世に倦む日日・・・天木さんがいつも言っているように、日本の国家の外交安保の政策方針は、憲法9条を基軸とするか、日米同盟を基軸とするか、その二つに一つなのだ。そして、前者が正しい道で後者が誤った道である。憲法9条を基本として政策を方向づけなければいけない。その方向に転換しなければいけない。 

 

上のヨニウム君の例による世迷言を見て、一言、思いついたことを申し述べれば現行日本国憲法も現在生きている日本人たるものの意識全般に及んでいるかもしれないが、よきにしろ悪くにしろ、日本国の歴史と文化に比すれば、だいぶ格下の言挙げにすぎないという問題があるのだろうと思っている。事実、憲法は、右であれ左であれ、権力からも人々からも、なかなかに、これで結構、あしざまに扱われてきたではないか。以下のごとくに、なかなかにこれで憲法違反が横行していた事実を見ておきたまえ。

私立学校には国費を費やすべからずとの条項がある。憲法第八十何条かなにかだ。だが、実際はどうだ。この教条をいまさら条文どおりに厳格に施行したばあい。どういう混乱が生じるのかは誰にもでわかる。よって、見てみぬ振りをしているだけではないのか。私学には国費を入れるなと云う憲法とおりの原則論だけで行くなら、どういうことになるのか。たちどころに私立学校は片っ端からつぶれるだろう。よってわが国の教育行政は破綻する。考えてみたまえ。すくなくとも、この場合憲法違反、または憲法無視でやっていったほうが、なんぼか正論だということになる。

日本国憲法 第八十九条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 

同様に自衛隊はまぎれもない軍隊であり戦力だ。共産党が言うとおり憲法違反の存在だ。だが、かれらの存在を誰が否定できるだろうか。自衛隊は、わが国にとって、なくてはならない存在であると、いまや国民全体に容認されている。この場合、憲法違反ではあるけれど、されば違反したほうが現実的な「正義」に沿っていると・・・国民が、そのように納得了承しているからに他なるまい。こりゃまためでたくも国民全体が憲法違反者なのであるからして「赤信号みんなでわたれば怖くない」式の、実におもしろき現象なりけりや。もちろん、拙者は、それでよいとは毛頭考えてござらんばい。一言そえておくならば、第九条というもんが、どれほど常軌をはずした「掟」だったのかということだ。まるで占領下が今でも続いているようではないか。アメリカに従属している?あたりまえだろう。手足をもぎとられ丸腰にされた状態をしてアメリカに頼るしか、一面焼け野が原にされてしまった列島の一億国民が生きる方便はほかになかったのだから。問題は、七十年たった今でも、この占領下の非常識な「掟」が生きているとはつくづくあいた口がふさがらないのである。

    〃   第九条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 


2015  足立区

 

昨日、元ウクライナ駐在大使(2005~2008年)の馬渕睦夫氏の話を動画でみた。上の話も、そのときの受け売りなのだが、さらに馬渕氏は次のように云ふ。明文化された憲法などより、よほど国民の意識また意識下にある「国体」意識、すなわち私なりにこれを言い直せば、ようするに自国に対する愛国心のほうが、よほど国体の深部に作用している場合もあると。さすれば憲法とはいえ国民にとって無用にして不要な念仏もどきの教条は片っ端から反古と化し空文化するのであるからして青筋たててムキになってかかる必要もなく案外にほっとけば、そのうち腐れ始めてくる、という説なども憲法と憲法の改正問題について新味があって実におもしろかった。

一週間ほど前のことだった。散歩修行者の拙者が降り立った私鉄沿線の某駅前に、例によって共産党のじいさんばあさんの数名が「9条を守れ」との署名活動を行っていた。拙者はにやにやしながら近づいていき。君たちのやっていることは「憲法違反だよ」とお伝えしたところ、われらの活動のどこが憲法違反だとうすハゲ頭のじいさんが、かみついてきた。そこで次のように、やさしく諭してやった。署名活動は憲法違反ではない。だが絶対に憲法を守れ、というご託宣が憲法違反なのである。憲法の最後の条文は憲法改定の手続きが記されている。ご存知のように国会で三分の二の賛意によって発議し、これを国民投票にかけ過半数を得たならば、改正可能であると。君たちの活動は国民投票を否定しているのであって極めて非民主的なものといわざるを得まい。なにがなんでも9条を守れとは、ようするに他の意見を頭ごなしに排除し、決して他の意見を認めようとしない、またそれを断固として国民に選択させない。これが憲法違反なのだよと。すると、おそらく教員あがりなのであろう、このうすハゲ頭は拙者にむかって怒鳴りかえしてきた。憲法のどこに、そんなことが書いてあるのかと。拙者はハゲ頭に向かって、どこに書いてあるかはオメさんが自分で探してみたらよいと捨て台詞を投げかけて、これ以上、ここにいては拳骨でもくらいそうなうすハゲ頭とその仲間たちの攻撃的な鼻息を感じて、そうそうに彼らから逃げてきたのである。 

    〃     第九十六条
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 

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▼劣化する右や左の旦那様

2022年07月11日 | ■ヨニウム君との対話

●世に倦む日日・・・何の目的か知らんが、しばき隊のチンピラ左翼が、マスコミによる安倍晋三の美化礼賛キャンペーンに協力しているわけですよね。事件の真相の隠蔽に側面協力しているわけだ。そういうウソに簡単に騙される左翼の烏合の衆も問題だが。最近の左翼は本当に知性が劣化した。話にならない。

とヨニウム君は嘆いているが、わたしが心配なのは、君の言葉の使い方から見える日本語の劣化だよ。いいかい、左翼という単語が三か所に使われている。これを正反対の右翼という言葉に置き換えてみたのが、下。

何の目的か知らんが、しばき隊のチンピラ右翼が、マスコミによる安倍晋三の美化礼賛キャンペーンに協力しているわけですよね。事件の真相の隠蔽に側面協力しているわけだ。そういうウソに簡単に騙される右翼の烏合の衆も問題だが。最近の右翼は本当に知性が劣化した。話にならない。

おいらが読むところ、下の方が日本語として読むに、よほどすっきりするのだが、いかがかな。ヨニウム君は。まっ早い話がヨニウム君の説は、右でも左でも、どっちゃでも、どうでもよいという話しになるのさ。結論から申せば。されば一体、なにが劣化しているのかは、もう一度よくよく考えてみること、あたわず・・・笑。

その前に、その左翼とか右翼という単語のもつ、今日的意味ですよ。問題は。正直もうして、なんの意味もなくなっちまった、オヤジ言葉ですよ。臆面もなく、ほったら言葉を使っていると、若いもんから馬鹿にされるが落ちですよ。

戦後70年かけて、すっかり垢にまみれて泥まみれになっちまったんでしょうね。「右翼」「左翼」ばかりではない。似たような、今や廃れつつある政治的単語は、他にもある。「社会」「革命」「大衆」「社会主義」「共産主義」などなど多数。何の意味もなさなくなった、これらの言葉は、二度と悪さをしないように、紐でしばりあげて、さっさと墓場の隅にでも埋めちまったら、よいのです。

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▼還暦越えのオオカミ少年

2021年05月14日 | ■ヨニウム君との対話

●世に倦む日日・・・5月14日・・・菅義偉の「今がしのぎ時だ。ワクチン接種が広がれば雰囲気は変わる」という話、おかしいでしょう。第4波は現在進行中で、5月後半から6月が山場ですよね。ワクチンの方は、高齢者ですら7月中の接種終了予定で、それ以外は夏以降。ワクチンで第4波をしのげるわけじゃない。

 

おいおい、還暦越えのオオカミ少年よ。君は何を待望しているのだね。何か代案でもあるのかね。さもなくば日本国内における武漢ウイルスの大活躍こそ願ったりかなったりか。それともなにかい国内における「反日種族主義」のまん延か。あ~ん。先般、全身これクソまみれのまま恥を忍んで解体したところの「しばき隊」の後釜あさりがせいぜいで、いい年こいて薄っぺらのこの馬鹿は、知ったかぶったり賢しらぶったり等々とネショベン臭くてやりきれまい。

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▼左党のおっさんは今でも立派な紅衛兵だよ

2021年05月08日 | ■ヨニウム君との対話

●世に倦む日日・・・4月30日・・・日本共産党。国内の政治では存在感が小さく、日々影が薄くなっている感がするが、東アジアや世界政治という大きな観点から見ると、存在感が大きいですね。しかもコーナーストーンの位置にある。胡錦濤の「科学的社会主義」路線は、日本共産党のものを借用したものだ。


●世に倦む日日・・・4月30日・・・<日中共産党の関係 - ウィキペディア>・・・こっちは無料なんだけれど、よく纏まったテキストですね。特に右翼的なバイアスがあるようには感じない(Wikiの情報にはそれがあるのが普通だが)。コンパクトなサーベイとして有用。今、この二党関係が重要。関係修復と協議が必要だ。

 

とりあえず、表題と引用文を上に貼り付けて置きしまで。拙者から左巻きヒステリなるおっさんことヨニウム君の古臭い思想に対する批判は明日以降、ここに記す予定なり。一言だけ申せば、ヨニウム君はチャイナの現代史に大きな影を落としている文化大革命および毛沢東思想、またマルクス以後のマルクス主義について悔恨の念から発して当然であろう涙の一粒も見えてこないのが私には不思議なのである。これも左党のおっさんの場合、コミンテルン各種に入党しなかった幸いが、そうさせているだけの話であろう。左巻きヒステリなるヨニウム君の大好きな丸山真男が晩年に誰かと座談した中で次のように嘆いていた・・・・どうしたことか一般に師匠より弟子のほうが過激になってしまう。

 

●世に倦む日日・・・4月2日・・・私はずっと、対中国戦争が始まるぞ始まるぞと言い、渾身で警鐘を鳴らし続け、オオカミ少年となり、右翼と左翼から揶揄と嘲笑と侮辱を浴びせられ続けてきた。戦争はいつ始まるんだよと愚弄され続けてきたが、いよいよ、米軍の最高幹部が自らその役割を担う段となった。米軍の最高幹部がそれを引き受けると、さすがに右翼も左翼もオオカミ少年呼ばわりせず、逆にスイッチが入って、中国との戦争に意気軒昂になるから不思議なものだ。

●世に倦む日日・・・4月2日・・・第三次世界大戦から逃れられない運命を確信する。日本は確実に戦場になる。日本を戦場にするのは米軍の戦略論理だ。米国の決定からは逃げられない。5年ほど前、誰かからの質問に、我が子をカナダとかNZに逃がした方がいいよと助言したことは間違いではなかったと、あらためて自分で納得する。80年前は共産党だけが戦争反対を貫徹したが、今回は一つも戦争反対の党がない。逆に、共産党が先頭に立って「暴支膺懲」を叫んでいる。完全なファシズム。反戦勢力がないから、治安維持法で弾圧する必要もない。

 

なんのなんのヨニウム君は今でも立派なオオカミ少年だよ。それにしてもヨニウム君の記事は何度読んでも苦笑を禁じえず、ようするに表題以上でも以下でもなく今日のところは他にたいしたコメントはなのだが一言だけ申せばヨニウム君の主張は反戦に名を借りた一種の戦争プロパガンダに相違あるまい。それも実にゲリラ的便衣兵的に好戦的で隅には置けまい。イデオロギー(紅衛兵的徒党根性)に凝り固まって以降おやじ度が進んでハゲ腐れてしまった反日宗徒「しばき隊」の後釜アサリもよいところでありんす、この半端門のおっさんは。さてはて当の拝金じたてのチャイナ風革命的テレビ頭の阿ℚを元祖となす、この明けても暮れても賢しらぶってアルファベットとカタカナを多用する西洋跪拝のポン助小僧またの名を口先三寸二枚舌のカボチャ頭については後日徹底的に小馬鹿にしてして進ぜよう。楽しみにして板前。



★紅衛兵、便衣兵については、ウキペッペを見よ。

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▼選挙前夜の三くだり半と言葉狩り

2020年09月30日 | ■ヨニウム君との対話

安倍首相が病気のため突然にお辞めになって二か月が経つが、以後、この数年間「安倍辞めろ」を連日連夜わめいていた左巻き舎弟連中が、すっかり標的を失ってしまったようなのである。この様を称して安倍ロス状態とは、よく言ったものだ。こうして左巻き舎弟連中が目標とその論拠を失い、クモの子を散らすように逃げ隠れし始めているものだから、この手のヤッコさんを相手にして論陣を張ってきた日本国大好きのわたしまで目標と論敵をば失ってしまい、幸か不幸か安穏とした日々を過ごしている。そこで、暇を持て余し、当ブログの過去の記事を見直してみたのである。まっ、我ながら云うのはなんだが、だいたいが、ろくでもない記事ばかりなのだが、そうはいっても数は少ないが、この際、下の記事など、もう一度みなさまにも読んでほしい思った次第にて、再掲の儀に及ぶ。

 

以下、2019.06.08 記

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

世に倦む日日・・・野間易通のアカウントが凍結。これで5度目かな。Twitterルール違反の常習犯。何度も何度も違反を犯し、処罰を受けてはまた復活する。同じことを繰り返す。ルールを守らない。どうせ、神原元(弁護士)と有田芳生(国会議員)が出動して、また凍結解除させるんだろうが。

https://mobile.twitter.com/yoniumuhibi

ネットやらSNSとか申す実態やいかに。ネットが始まった二十年前はたすかに「2ちゃんねる」をはじめとする「掲示板」形式の全盛時代であっただよっと。十年前はブログ形式の全盛がやってきた。5年前からツイッターと称する三くだり半の半かけ言辞の大氾濫だ。さてさて、今後いかなるSNS方式が流行するのか。ちなみに拙者は、現行のツイッターなるものを頭から小バカにしているものなりや。あんなものに夢中になっている御仁の気が知れぬ。

 

世に倦む日日・・・140字で言うのは難しいが、小川彩佳、昨夜の鴻上尚史の話は間違いです。ミスリードさせる虚構だ。右と左に極端で無知な者がいて、真ん中に理性的で知的でバランスの取れた者がいるという構図認識は誤り。実際は、極端な者こそ知識があって説得力と影響力がある。例えば、右翼の西部邁と櫻井よしこ。

そうか、ツイッター社が配給しているツイッターなるシステムは一記事につき140字制限とのこと。それで、ああもネショベンをちびったような、ろくでもないおしゃべりが横行しているのか。ヨニウム君が挙げている何人かの文化人たるお人様についてのわたしなりの感想だが、鴻上尚史氏については、十年ほど前になるか、秋葉原通り魔事件というものがあって、その際、鴻上尚史氏は、その犯人もせめて三くだり半ばかりではなく、長文が書ければ、いっそ救われただろうになどと申していたと聞く。犯人は、あれでなかなかネットにおぼれていたらしい。この犯人もネット上では、三くだり半の罵倒合戦以上には出なかったのである。才も能もなかったかわいそうな結果だ。それで万策つきて、刃物を持ち出し実力行使に及ぶ・・・・鴻上尚史氏の説には、かなりのところ首肯するものなりや。さらにヨニウム君は「例えば、右翼の西部邁と櫻井よしこ」と言い放つが、なんじゃね、西部氏や桜井さんに対する「右翼のの」のつまらないレッテル貼りは。こうした所業がツイッターなる三くだり半をますますつまらないものにしているのである。

 

香山リカ・・・どんな事件が起きてもその背景にある社会の問題とか無視して加害者の凶悪性を強調するマスコミが、元農水次官の息子殺人事件に限り、「社会の問題」を隠れ蓑に被害者の人格や生活を深掘りして問題視するの、ひどすぎる。「事件起こしそう」と親が判定したら予防的に粛清してよいのか。違うよね?

https://twitter.com/rkayama?lang=ja

その事件についての仔細なことは、よくわからんが、ひとつだけ言えることは、今回のように人一人殺された事件の背景には、善悪の尺度だけでは計れないという内実が多々ある。司法による結論は難儀するだろう。リカ殿も知ったかぶって三くだり半に逃げるのではない。だいたい私的な家庭内事件に対して「粛清」とはなにごとだ。それも「予防的な粛清」だと。常々、「予防的な粛清」に励んでいるのが、君たち「しばき隊」の行動原理ではないのかね。あ~ん。精神科医の仮面をかぶる香山殿もコミンテルンから派生したチンピラ集団「しばき隊」の一員であることは周知の事実である。

 


弁護士神原元・・・愛国者の皆さんはそろそろ怒ったらどうですか?俺は左翼ですが、とっくに怒ってますよ。何度でも言いますが、日本が真の独立国ならば、祖国の土地を占領し金を巻き上げる連中を追い出すべきです。

https://twitter.com/kambara7?lang=ja

ん?武蔵小杉のお弁護ちゃんは日本は真の独立国ではないと申すのけぇ~。なるほど、そりゃそうだ。一面、ほぼ同感だ。で拙者も何度も言うのだがな。日本国を真の独立国にするためには最低限の安全保障の約定と抑止力たる軍備が必要だろう。そのためにも、まずは憲法九条を破棄削除せねばならんのではないのかい。すなわち現行憲法がのさばっているかぎり、いつまでたっても真の独立国にはなれやしないという話さ・・・だが、ま、気にするな。これも机上における理論的な話にすぎないのだから。健全なる民意は、一見沈黙しているように見えるが、民意の総体と、その実力を甘く見てはならんぞ。かれらは腹のたしにもならない条文など早晩のうちにも空文化してしまう。


世に倦む日日・・・これまでは「安倍さんだから選挙に勝てる」だった。が、今は違う。今の野党なら誰が総理総裁をやっても自民党は選挙に勝てる。条件が変わった。これからさらに野党は弱体化する。太郎新党も出てきてバラバラが加速。政権を失う心配ゼロ。だから選挙となっても自民党には緊張感が起きない。

上ではツイッター方式の三くだり半をしてバカにしたような発言をしているが、やはりここはネットの力が大きかったとしか申し上げようもござりません。一昔前までは国益などと云ふ概念を持っているのは、政治家や官僚は、それは多少は持たねば職務が全うできませんから、多少は持っているのが当たり前でしょうが下々の国民が自覚する問題ではなかったような感じがいたします。国益とか国体などと叫べば、即右翼だとレッテルを貼られるのが落ちでした。政治論議といえば、左巻き各種のイデオロギーと教条に頭から抑えつけられていて詳しい内実が議論になることは滅多になかったのです。ネットがなければ、その場もなかったのは当然と言えば当然のこと。テレビといい新聞といい、スローガンだけを叫んでいるような旧態ジャーナリズムは、笑いものになりつつありますよ。現在の野党が、そうでしょう。国体、国益、外交、歴史、地政学、安全保障、軍事、憲法、それに原発問題や拉致問題を加えてもよいでしょうが、揚げ足取りと言葉狩り、反対のための反対に興じている彼らには、何一つまともな議論ができるはずはありません。議論しようとさえせずに、いまや口を閉ざして逃げ回っているだけなのですから。議論にいたれば負けるのが分かっているのでしょう。ネットは、こうした仮現象さえも即座に一目瞭然のもとに暴露してしまいます。参議員有田芳生氏のサイトをごらんなさい。
https://twitter.com/aritayoshifu?lang=ja
何を書いてもバカにされ笑われている。書いても書いても、かたっぱしから愚弄され嘲笑されている。他の野党議員または野党幹部の諸君のツイッターも見れば基本同じです。匿名者からの異論反論がたえることなく連日、炎上しちまっている。

 

世に倦む日日・・・このまま行けば、安倍自民が消費増税を延期させたとしても、選挙の争点は消費税と経済問題になる。アベノミクスと国民生活の問題になる。安倍晋三が防戦に回る選挙戦になる。マスコミ論者も、増税賛成論を「正論」として言いにくい状況になりつつある。太郎新党の風圧はそれほど大きい。お手柄だね。

なんだい。ついさっきまでは野党全滅を予想していたヨニウム君が、二時間もたたずに今度は、安倍防戦の論陣をはる。あっちに行ったりこっちに行ったりくるくると、いそがしいもんだ。どうやら、この雰囲気では同日選挙は十分に有り得るね。ヨニウム君も喜べ。だいぶ、おもしろくなってきた。その際、個人的願望だが山本太郎や安倍晋三がどうしたこうしたは拙者にとっては二の次三の次。二枚舌の共産主義者と小沢一郎をして引導をわたす、そのような歴史的選挙に仕立て上げられれば御の字にてござ候。

 


れいわ新選組:山本太郎さん・・・ 「まだ政治に対して諦めてしまったりとか、今まではそんなに考えていなかったけど、ちょっと応援してみようかな?と云うような支持政党がない4割の人達、ここにもつながっていきたいんですよ。ここを繋がって政権をとってみてくださいよ。どんな世の中になると思う?」

https://twitter.com/reiwashinsen?lang=ja

「政治に対して諦めてしまった」とか、政治に対して「ちょっと応援してみよう」などという有権者は、そもそも存在しないのではありませんか。また「支持政党がない4割の人達」と指す、その実態はいかなるものなのかも考えておく必要がありそうな気がしますね。旗色鮮明に常日頃から支持政党がはっきりしているのは、自治体退職者および教員退職者からなるお年よりらが構成している共産党支持者、それに創価学会員からなる公明党支持者の、これだけではないですか。すくなからず現況をみるならば、支持政党がない4割の人達のほうが、よほど国家と国益に対する政治的センスは、お持ちのような感じがいたしまするよ。かれらは、太郎君による一時のパフォーマンスに騙されるような短絡者ではないと確信しておりますよ。かれらの実態は、ある種の賢明にして慎重な保守層ではないのでしょうかね。突然、新聞社なり放送局のアンケートです、今すぐ答えてくださいと云われても困るじゃないですか、間髪をいれずに、はい、わたしは自民党支持者ですと答えるには、あまりに月並みで照れるじゃないですか。でも投票場にいけば、ましな候補者が他には誰もいないので、やはり保守党の候補者を選ぶのですよ。今後ともよろしゅう日本国を守ってくださいとの願いをこめて。

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▼派閥の存在こそ党内民主主義を担保する

2020年09月16日 | ■ヨニウム君との対話

●ヨニウム君・・・9月16日・・・「石破茂へのリンチと安倍晋三の神格化 - 院政への政変工作と安倍マスコミの恩返し」をブログのほうにアップすたところだす。

ヨニウム君のきわめて傾向的な論考をば一応、ざっと読ませていただいたが相変わらず、なんだこれはって調子だね。拙者が思うに少なくとも自民党ほど院政とか誰ぞを神格化するとかの問題に遠い政党はないと思っている。なぜ、そう言えるのか。それは幸か不幸か自民党は一枚岩ではないからだ。派閥があるからだ。派閥がある限り特定派閥に起こりがちな院政も神格化も、また専横独裁も微塵たりとも許されまい。

皮肉にも、当問題に関する限り、派閥こそ民主主義の礎なのである。共産党を見たまえ。公明党を見たまえ。内紛どころか党内議論が何ひとつない。こんなのは近代政党と云えずじまいだ。党首を選ぶに選挙一つできない有様だ。院政だらけ、党首の神格化だらけで近代政治がやっていけるか。

ヨニウム君も、もう少し公平な目を持ちたまえ。そうも毎度毎度、露骨な安倍憎し自民憎しだけでは話しが安っぽくなるばかりだぜ、あ~ん

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▼その程度なのかヨニウム君の言論は

2019年12月27日 | ■ヨニウム君との対話

世に倦む日日・・・「伊藤詩織事件の三つのキーワード - 人間の尊厳、グロテスク、権力犯罪」をアップしました。 critic20.exblog.jp/30640999/ 

読ませていただいたがヨニウム君の文章には心底から怒りが湧いてきた。この程度なのか、君は。なぜ事実にもとづいた考察ができないのかね。男のほうを権力につながっている「レイプ犯」だときめつけ、女のほうはまれに見る勇気ある行動に打って出て悪党をやっつけたジャンヌダルクか聖女様がごとく一方的に称揚され、ますます政争の具と化せられる。徒党団体によって無理やりに偶像が作り上げられる例のミスター歌舞伎町をきどる前川喜平氏がそうであるようにだ。

だが、そんな民主主義がどこにある。あ~ん。まるで中世の魔女狩りだ。レッテル貼りと言葉狩りは、しばき隊の常套手段だが君もまったく同じことをやっている。男は、先日の民事判決に納得できず、さっそく控訴するとの意。ヨニウム君としても、いい年こいて何も知らないうちから無責任にも、べたべたと汚い言辞を並べていないで第二審の行方なり、ちったぁ落ち着いて見る心の余裕を作りたまえ。判決直後の記者会見で男は訴えていた。ことの仔細をしりたいなら、どうか裁判資料をごらんくださいと。自分は法に違反するようなことも人から訴えられるようなこともしておりませんと。男のほうの言い分もちったぁ、聞いてやったらどうかね。

例の有田ヨシフ氏が、若い頃よく言っていた言葉に、「調査なくして発言権なし」というのがあった。ヨシフ氏が言うと毛沢東の至言も、なんだか酔狂な漫画になっちまう。なんとかの一つ覚えも同然に偉そうに名だたる売名坊主のお前がよく言うよって調子だったな。まヨシフ氏のことは置いといてだ。文章を書き、それを人の目にさらしてよしとする覚悟があるなら、このことは誰しもが最低限おさえておくべき普遍的道徳だと思っているぞ。

ヨニウム君もかみしめたまえ。調査なくして発言権なし。発言したいなら取材しろ、裏を取れ、資料を読み込め。以下も同様で、「談話」やら「共同宣言」と二国間の国際条約を同列にあつかうアホがどこにいる。ここにいた ↓ 


世に倦む日日・・・日本側が譲歩すればいい。簡単なことだ。日韓基本条約だけが日韓関係の唯一絶対の法的基盤ではない。基盤は何層も積み重なっている。65年の日韓基本条約の上に95年の村山談話がある。その上に98年の日韓共同宣言がある。その上に10年の菅談話がある。全部で4層。headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191225-…


例のレーダー照射事件からちょうど一年がたつわけだが以後、日韓関係はかつてなく冷え込み最悪の状態をむかえている。この事件についても韓国側は嘘八百を並べて、いまだにまともな説明も釈明もなしのつぶてだ。ヨニウム君は「日本側が譲歩すればいい」と簡単に言うが、わたしは逆だ。韓国側に、決して甘い顔をみせてはならない。断固として約束を守らせねばならない。これは北に対しても同じことが言えるのだが、かれらは何度となく日本との約束を破り日本国と日本人の名誉を毀損しつづけてきた。

さて下のお人も日韓関係についてはヨニウム君に同じような考えの持ち主で、アホさ加減もヨニウム君に同程度のお弁護ちゃんなのだが、この際少々いさめておこう。

弁護士神原元・・・元徴用工への補償問題は本来人権の問題として議論すべきだが、仮に安全保障の見地から論じるとしても、賠償をした方が日本国民にとってメリットがあるという結論に変わりない。朝鮮半島の人々との和解は、日本人がアジアで平和で生きていくために不可欠な条件だ。元徴用工への補償はこれに資する。

弁護士神原元の場合も、まずは戦後日本悪党説に全面的に頭がやられていて、もっぱら隣国からモノを言われたり要求されたり、また請求されたりした場合、日本国と日本人は隣国に対して、それだけ悪いことをしたのだから文句ひとつ言わずに地べたに頭をこすりつけて謝罪に謝罪を重ねて生きていけという主張である。私のような戦後生まれで、戦争のことはほとんど何も知らない男でも、日本に生まれたからには、生まれながらの悪党だと決め付けられてしまう。

おい、おい、それこそ差別ではないのか。表立っては差別撤廃活動家を自慢している神原君よ。自分が、どれほど片寄った主張をしているのか露ほどの自覚もないのかね。自分の中に内包されている重大な差別根性に、これっぽっちも気がつかない君が人権について、あだこだ言える資格があるとは到底思えんぞ。笑わせるなよ。

さて、アホさ加減では弁護士神原元に同類のヨニウム君の今日のお笑い言動に戻ろう。

世に倦む日日・・・北朝鮮を解散総選挙の出汁に使う道は二つあって、安倍晋三はどっちに転んでもいいわけだ。第一の道。ミサイルを発射したら、再びの「国難解散」で憲法改正を争点にする。第二の道。米朝和平に転がったら、即刻、正月電撃訪朝して、平壌で「拉致問題解決」をアピール。それを手土産に解散総選挙。

北を出汁にするってヨニウム君よ。よくも君は平然とそこまでの下卑たる言を開陳できるな。ミサイル発射といい米朝和平といい、とりもなおさず、それが飛び火して、わが国の国難となることは日を見るまでもない。君の場合は、自分の国に対する心配など、微塵もなく日本国など、ぶっ潰れてもよいとでも思っているのね。「どっちに転んでも」だと。「それを手土産に」だと。ようするに安倍首相さえ転んでしまえば、君はそれで満足なのか、底の浅い下卑たプロパガンダはいい加減にしたらどうだ。

 

世に倦む日日・・・変なこと言ってる奴がいるが、トランプが米朝和平を決断して、終戦協定を結び、平壌に米国政府事務所ができたら、日本だって後を追っかけなきゃいけないじゃないか。平壌の米国政府事務所設立の件は、シンガポール会談のときに話が出ていたよね。トランプは、平壌にトランプタワーを作ると言ってた。 

おい、おい。それは遠い未来の話だ。それも満遍なく解決した後の祭りだ。すなわち、拉致問題の解決と完全無欠な非核化だ。どちらか一つ欠けても金正恩は許されない。ヨニウム君が許しても世界(国連決議)は決して金正恩を許さない。


世に倦む日日・・・家族会・救う会(=右翼)は何があっても安倍晋三を批判したりしないし、上手に世論を納得させて着地させるんだよ。マスコミを使ってね。あの人が出て来て、「安倍さんのおかげで拉致問題を解決させられた、すべて安倍さんのおかげ、めぐみも感謝している」と言うのさ。これで万事終わり。それが日本。

世に倦む日日・・・日本というのはそういう国だ。昨日まで「鬼畜米英、本土決戦」と言ってた者が「マ元帥万歳、米国万歳」と言い出し、昨日まで「攘夷決行、神州不滅」と言っていた者が「文明開化、脱亜入欧」と言い出す。コロッと変わる。あの人や櫻井よしこが北朝鮮をどう言い出すか、よく見てるといい。 

一口に云うなら、こういう事さ。日本国が世界の中でもひときわ優れているのは、ヨニウム君が云ふところの「コロッと変わ」れることに他なるまい。国造りの根幹としての皇室(天皇)だけでも残されれば、あとの瑣末なことどもは実に「コロッと変わ」れることが戦後七十年で大いに実証されずみだ。奇跡に近い。こんな国は他にはあるまい。

大昔のことだが、なにしろ、あの浩瀚きわまりない大陸由来の漢字を、すっかり自分のものにしてしまったのだからね、我々の祖先は。

この列島に生まれて、そのことだけでも幸せなのだよ、わたしの場合は。少々の個別的不平不満はもちろんいろいろあるが、どんなに系図をたどっても元祖は水のみ百姓にすぎないとは云え日本に生まれて日本人の端くれとして、こうして言葉をつなぎ心をつないで生きてこれたのだからしてな。これが幸いでなくて、なにが幸福の源泉かね。英霊に感謝するのみだ。

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▼右や左の旦那様

2019年11月24日 | ■ヨニウム君との対話

世に倦む日日・・・消費税5%で共産党は山本太郎と合意し、蜜月の共闘関係なのに、どうしてしばき隊は山本太郎を叩くのだろうと、そういう疑問がわきますよね。答えは簡単。共産党の表の顔は、小選挙区での選挙の顔。共産党の裏の顔は、しばき隊の顔で、比例区での選挙の顔。二つの顔があるわけだ。それが政治。

 

だいいち山本太郎は左派なのかね。俺はそうは思わないぞ。山本太郎の師匠格たる小沢一郎が、その実、憲法改正論者であり自衛隊賛美者であり資本主義を謳歌する金の亡者の拝金主義者であるようにだ。山本太郎の本音は右派かもしれんぞな、それも確信的な。ヨニウム君は、どうも表面だけしか見てないようだ。いい年こいてテレビばっかりに夢中になっているミーハーのおっちょこちょいは、これだから困る。

それに、いいかい現在の日本共産党は存亡の危機に瀕しているのだ。幹部ら一同は藁をもすがる思いだろう。この期に及んでは自分たちのことを少しでも認めてくれるなら、それこそ見境なしに極右(小沢一郎)であれ極左(中核)であれチンピラ(しばき隊)であれ天下り分家のエロ親父(前川喜平)であれおかまいなしのなんでもござれで抱きつきたがる。

一説によれば、かつてはあれほど憎しみあっていた解同(解放同盟)とも朝鮮総連とも関係改善の兆し。こうとなっては理論も展望も、すなわち独自路線も方針も、なきに等しいのであって、彼らが口を開くたびに、すべてこれ嘘八百の二枚舌の魂胆がネット上にさらされて、にっちもさっちもいかなくなっている。

例のコミンテルン武蔵小杉のお弁護ちゃんも下のように、ここにきて負けがこんできたのか夢も希望も失って無残にも暴言じみた捨て台詞を吐くばかり。総じて思想の背景にある哲学が貧弱なのだよ。君たちは。


弁護士神原元・・・安倍政権の終焉が、「安倍的なるもの」の終焉につながり、「人の支配」から「法の支配」への転換につながることを期待する。

弁護士神原元・・・安倍と一緒に消えて欲しい極右ゴロツキのリスト作りたいなぁ

 

世に倦む日日・・・しばき隊の悪影響が大きいんだよ。共産党というのは、今ではネットを主たる政治活動の場にしている。ネットで支持を集める政党だ。他のどの政党よりもネットでの有権者との接面が大きい。ネットに依存している。ネットの中で共産党と一緒にいるのがしばき隊。共産党の選挙運動をしているのがしばき隊。

 

そりゃ、まるで逆の話だ。言葉狩り運動がせいぜいのやせ細ったチンピラ集団プータロのしばき隊なんぞはどうでもええのだ。いいかいヨニウム君よ。インターネットが予見している底知れぬ言論の自由及び表現の自由には結局ついてこれなかったのがコミンテルンをはじめとする全体主義者の顛末だ。彼らは何一つ議論しようとしないで逃げてばかりいる。彼らがインターネットをして恐れおののき、どれほど怖がっているかを想像してみたまえ。 総人民の総論各論が矢のように突き刺さってくる。問答無用を常套手段とする偽善の塊のコミンテルンが、これに太刀打ちできるはずはない。こうして共産主義も共産党もインターネットによって最終的に跡形もなく滅びるに違いないと拙者はそのように期待している。それも近年中にだ。すくなくとも拙者の目の黒いうちには納豆。

 

 

 

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▼左党のおっさんは日々これ革命前夜か

2019年09月20日 | ■ヨニウム君との対話

 

●世に倦む日日・・・9月20日・・・たしかにこうなったとき、最も手っ取り早い、効果抜群の「解決策」は、外国と戦争することだ。戦争を始めることで、分裂した国内を一つに纏めることだ。「米国の敵」に憎悪を集中させること。イランか中国。中国との軍事衝突。戦争をやりたい人間はいる。戦争して中国に勝てると考えている人間はいる。

 

人口一億二千万のどこを探しても、そんなアホはいないだろう。なにしろヨニウム君は、365日、すべてこれ戦争前夜か革命前夜でなければ思いのたけが収まらないって調子で若いころより左巻き取りヒステリの持病餅。それにしても大笑いの、いい年こいて、この腐れ納豆の煽動小僧。そんな安っぽい言動で政治が動くのか。国民が動くのか。明けても暮れても、「ますます疑惑が深まりますた」だけで小汚い揚げ足取りに終始するしか方便もなく、可哀そうにも薄っぺらいテレビのワイドショーにすっかり脳がやられた若年寄りのみじめさよ。

 

 

●世に倦む日日・・・9月22日・・・あと、秋国会で出るのは「新しい安全保障政策」で、要するに敵基地攻撃能力。中身は、九州・南西諸島に配備する中国に向けた中距離ミサイル。これ、公明党は反対ですが、立憲民主党はどうですかね。予想しましょうか。「安全保障は国の基本政策だから与野党で対立すべき問題ではない」と一致協力する。


立憲も大人になったものだ。すくなくともヨニウム君よりはね。

 

●世に倦む日日・・・9月22日・・・普通であれば、立憲民主党の党首なら、支持率を1ポイントでも上げようと必死になるはずなんだが、枝野幸男にはその気配がない。悩んでいる姿さえもが見えない。お仲間側近とだけ話をし、しばき隊とだけ話をしている。頭の中は野党政局(れいわ潰し・国民民主潰し・連合のお相手)だけ。国民の方を見ろよ。


可哀そうに、国民からの支持がまったくないってことだろう。この期に及んで何をやっているのかねぇ~。

 

●世に倦む日日・・・9月22日・・・私が立憲民主党の代表だったら、コロナ問題はここぞ野党の出番というチャンスで、前に出て食らいついて離さなかった。記事に書いたとおり、野党の専門家チームを立ち上げて政府と対抗した。コロナ問題の主導権を握り、国民の期待を集められただろう。無党派から支持を受け、政局で優勢に立てただろう。


では、相変わらず「ますます疑惑が深まりますた」ってわけだね。だが、その手のテレビのワイドショー的手法はもはや通用しないんじゃないのか。一言、申しておくのだが国民をそうも馬鹿にするものではないよ。

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▼左巻きヒステリに見る憲法改正の現段階

2019年08月23日 | ■ヨニウム君との対話

以下、2016.10.07 記

https://mobile.twitter.com/yoniumuhibi

 


『日本国憲法』 講談社学芸文庫

 

 

憲法に書いてあるから平和が守れると言うなら台風も来ないで欲しいと憲法に書いておけばよい・・・田中美知太郎

ウキペッペより「 田中美知太郎」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E7%BE%8E%E7%9F%A5%E5%A4%AA%E9%83%8E

 

 

 

以下、赤煉瓦掲示板より。色文字は「世に倦む日日」氏の言。

9条護憲を堂々と正面から主張し、その理論的基礎づけを説明している著名な論者は、今の論壇にはいないんですよね。敢えて自慢させてもらえれば、一番目立つのは私ぐらいのものだ。この年ではっきり分かったのは、9条というのは、底辺の無名の人間が下から抵抗して守ってきたということだ。

あなたと、それに共産社民。これだけでしょうね。どれほど現実から乖離しても頑固に金科玉条を守りたいと主張しているのは。9条というのは、底辺の無名の人間が下から抵抗して守ってきた・・・・とおっしゃいますが、最初の最初は、どうだったのですか。マッカーサーから、与えられたものでしょうや。押し付けられたものでしょうや。

世界最強の米軍が万全の軍事力によって日本のことを守ってあげますから、日本人は、銃も刀も必要ありません。アメリカを信じて平和にお暮らしなさいというメッセージです。平和とは言っても、米国の傘の下での平和にしか過ぎなかったのです。それが第九条の意味するところなのです。

早い話が、占領政策を美辞麗句で押し隠し、実際にも思想的にも、日本人を武装解除させた、その、ご託宣にすぎません。日本人は、このとき間違いなく米国の奴隷となった。

戦後民主主義という実態があるとするなら、第九条こそが無為の思想を担保してきたのです。彼らは、どのような国難が起こっても、一向に腰を上げようとはしない。悪いのは、すべてこれアメリカべったりの保守政権だと愁訴したり、口先だけでアメリカ反対なんて怒鳴っては憂さを晴らしてきた。昔、次のような左翼思考を揶揄する笑話があった。わたしが物を盗んだのは、社会が悪いからだと。彼らは、同じようなことを言っていましたよ。なんでもかんでも、米国の謀略だと。そして自国政治の肝要なところでは思考を停止させてきたのです。

災難時に体を張って人の命を助けようとしている自衛隊の活躍は見ても見ぬ振りしてやりすごす。中国、朝鮮、ロシアの横暴は、これまた知らぬ存ぜぬ。それこそ、典型的なカルトでなくて、なんですか。そんなお花畑が、どこの世界で通用しますか。


9条を9条たらしめているのは2項で、平和憲法を平和憲法たらしているのは9条2項で、絶対に削除や変更などできないのだけれど、誰もそれを正面から言わない。昨夜の志位和夫でさえ、おどおどと「理想だ」とか言っていた。おかしいよね。ただの理想論だという説明で済ましちゃいけないでしょ。

上の記事について言いたいことは多々ありますが、それは後にして、まずはみなさんとご一緒に、日本国憲法第九条を読んでみましょう。


第九条 【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】 日本国民は、正義の秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇(いかく)又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


必ずしも2項すなわち②だけが問題なのではない。それに「絶対に削除や変更などできない」とは、ずいぶんなカルトチックな話で、思い込みもはなはだしいと言わざるを得まい。第九十六条では、【憲法の改正の手続、その公布】の規定があり。そこに最近話題になっている国会議員の3分の2以上の賛成があれば改正の発議が可能であり。この改正案を国民投票にかけて過半数を得れば改正できると決められている。

絶対に変えてはならないなどというカルトこそ、よほど憲法違反なのです。さて、②には、はっきりと軍隊というものの存在を否定している。縦に読もうが横に読もうが、この条文に、合計25万人兵力を擁する、陸上自衛隊、海上自衛隊および航空自衛隊自衛隊の存在は認められておりません。条文と自衛隊の存在は、真正面から矛盾しているのです。

②の後半には「交戦権を認めない」とあります。交戦権が認められないなら、もやは専守防衛はおろか、集団的自衛権も個別的自衛権も埒外の話となりますね。他国の武力に攻められても応戦してはならないのですから、これはもう自国の滅亡を、指をくわえてみている以外にはなにもできないということになるのです。世界のどこに、このようなひどい憲法がありますか。

 

野党が選挙の争点は憲法だと言い、憲法の平和主義を守る戦いだと参院選を位置づけている。だとすれば、野党が惨敗したとき、選挙結果の意味づけはどうなるのだろうか。それを考えると非常に恐い。一気に改憲派が勢いづくのではないか。日中の軍事衝突が危惧され、安保法制が施行されているこのときに。

わたしは逆の意味で心配している。数の上では改憲派が、圧倒するようになっても、実際の憲法改正に向かっては、一向に話が具体的に進まないと言う現状が続くのではないかと。以前、ここに書いたように、「手続き論」が詰められていないからではないでしょうか。

ですから、とりあえず九条すべて、または②だけでも、削除する。悪文はないほうがよいのです。九条②を、削除し、極端に言えば、10年でも20年でもいい。年月をかけて徹底的に議論するのです。その間にたえず現代にふさわしい改正条文を、公募する。そのうちの何本かをサンプルとして国民投票にかけて決をとる。

その要諦は、軍隊というものを、いかに国民感情と一体化するかという話なのですから。自衛隊は、十分に国民に受け入れられていると、わたしは信じておりますよ。世界のどこに出しても恥ずかしくない、まれなる平和の部隊だと思っています。こればっかりは、たしかに九条のおかげかもしれません。ただ、やはり軍なのですから、強くなければだめなのです。強ければ強いほど、実際の戦争や戦闘はさけられるというのが抑止力理論の奥義ですからね。

 

 

もう一つ。戦争が始まったら、軍隊は国民を守らないんですよ。国家は守るけれど国民は守らない。逆に、軍隊によって国民がひどい目に遭う。沖縄戦が典型ですよね。70年前、国民は自分たちを支配し、戦争に駆り立てた軍を心底から憎んだわけです。だから9条2項は何の不自然もなく受け入れられた。

 

世に倦むつぁんの上のお話は、ずいぶんと一方的ですね。われわれは、災害時における自衛隊の活動を見てきました。日航機事故のときに、たった一人生き残った川上さんという少女が、自衛隊のペリコプターにつりあげられて救助された、あの写真は、国民の頭に焼きついているでしょう。東日本大震災では全国自衛隊が総力をあげて救済にあたったのです。このときは在日米軍も「トモダチ作戦」と銘打って全面的に、救助作戦にあたってくれました。熊本地震もまたしかり。かれらは異口同音に、これは戦争だと言っていましたよ。大災害での作戦出動は銃や大砲は不要ですが、ほとんど戦争と同じなのです。国家を守ることと国民を守ることは、寸分の違いもありません。これをあたかも正反対に宣伝しているのは、旧態左翼の頑迷な悪癖ですね。

 

 

日本とはどういう国ですかと外国人に訊かれたら、憲法9条を持った国ですと、そう答えないといけないのです。アソシエーションとしての日本国とは、戦争を放棄し、軍隊を放棄し、その理想を世界に実現しようとする国民一人一人の共同体なのです。憲法9条を成功させることが、日本人の使命なのです。

机上の空論ですよ。それは。まるでどこぞの宗教セクトのように厳格かつ原理的ですが、不毛な美辞麗句に過ぎません。人の作った社会というものは、きれい事だけでおさまるわけには行きませんよ。軍隊以上に問題なのは、貨幣ではありませんか。貨幣こそ軍隊以上に人間と社会を貶めているのは間違いないでしょう。貨幣と武力から、少なくとも政治は、逃れることができません。この二つからだけは、人間は人間である以上、逃れられない運命にあるのです。貨幣もない軍隊もいない社会とは、桃源郷のことでしょうが、現実にはありえません。

貨幣のない社会を考えたのがカール・マルクスでしたね。資本主義はやがて貧困にあえぐ労働者によって革命され駆逐される。人々は苦しい労働から解放される。こうして人間誰しもが、全面的にその能力を開花し芸術家のようになる。これを共産主義社会と呼ぶと。

現在の資本主義は未来の共産主義に比べればまだまだ「人間の前史」にしかすぎないと。わたしも若い頃は、そんなことを夢見ました。でも、これはようするにウソだと気がつきましたね。

人間は、やがて滅亡するのは間違いないでしょう。だが最後の最後まで資本主義はやめられないでしょう。最後の一人になった人間が死していくときもまた、貨幣を大事そうに握り締めたまま死んで行くような気がしますね。共産主義の到来などより、こちらのほうが、よほど本当らしく思えるようになりました。

貧富の差があり、国境があるかぎり、好悪の感に関係なく、残念ながら社会(国家)は武装しなければならないのです。戦争や平和というものは、観念や道徳の問題ではありません。実際の平和を勝ち取るためには、それ相応の武力が背景になければ、これぽっちの平和もありえないのです。これが現実政治となるのです。

憲法9条は理想でもなんでもないのです。軍を持たない代わりに、米軍の占領下に入りなさいという敗戦国に対する当面のやりくりを約束したにすぎません。

絶対平和などという概念は現実的にはあり得ないのです。平和の内実は崇高でも、なんでもないのです。いわば第九条は、戦勝国(米国)が焼け野が原になった敗戦国に与えてくれた束の間の仮寓に過ぎなかったのです。

 

戦争で犠牲になった数多くの人々がいて、その無念があり、それが礎となって、今日の日本の平和と繁栄があること、そのことを絶対に忘れてはいけないこと。これは、いつも天皇皇后両陛下が言っていることですよね。憲法9条はこの国の原点であり、この国の決意なんですよ。蔑ろにしてはいけない。

人間でも社会でも国家でも同じことですが真の独立とは、なんと困難なことでしょう。真の独立を目指す闘いには、時には思わぬ犠牲と対価を払わねばなりません。けれど他国の傘の下で平和を守られ、この安堵と安逸のもとで、さらに飽食を楽しみたいなどという魂胆は政治的に言わせれば二流三流の話です。道徳的には下の下です。それでよいのですか。そこが戦後七十年を経て日本という社会と日本に暮らす人々に、いまさらのように切羽詰って問われてきているのです。

 

憲法9条について、古い戦後左翼の偏執だとか、時代遅れのお花畑の理想論だとか、そういうレッテル貼りで貶めて無価値化する人間は、何も歴史を知らない、知識と教養のない軽薄な人間なのです。小熊英二や高橋源一郎や想田和弘や野間易通は、9条の基礎について再学習・再教育が必要なのです。

そうは思いませんよ。ま、世に倦むつぁんもお忙しそうなので今日のところは失敬します。また機会があったら憲法問題についてお話しましょう。あなたにお願いしておきたいことが、一つあるとすれば、それは簡単なことです。どうか、日本国憲法第九条なるものを、精読してみてくださいね。それに、問題は「前文」です。これもわたしに言わせれば悪法の最たるものです。ぜひ、世に倦むつぁんも、お読みになってください。読みもしないで旧態左翼ゆずりのなにやらオカルトじみた教義や教条を説教されていたんでは、たまったものではありませんからね。

 

9条2項削除論(=新9条)の問題は本当に深刻だ。左翼リベラルに注意を喚起したい。SEALDsとしばき隊だけではない。佐藤圭(東京新聞)と鈴木耕(マガジン9条)が暗躍している。おそらく、そこに北村肇が加わる。週金の編集委員、全員「新9条」に転ぶんじゃないか。しばき隊学者の主導で。

世に倦むつぁんよ。君のしばき隊嫌いは、わかるよ。おれもあんなチンピラミーハーは大嫌いだ。彼らが何を言おうと、耳は貸さないよ。いちいち耳を貸し与えているのが、世に倦むつぁんの浅はかさだ。九条二項削除案が、そこまで浸透しているということは悪いことではない。馬鹿でもなんでも一度でも九条を読んでみれば、その現実から乖離した文意の矛盾はサルにも分かるって代物だ。ごたごた言うまえに君も読んでみたまえ。読みもしないで、旧態古風な教条を偉そうにトサカにかかげて、バカなことばかりいっているんではあるまい。世間様から笑われる一方だ。

 

ところで1947年、昭和22年すなわち敗戦から二年目新憲法発布から一年目にして下のようなパンフレットが全国の小中学校に無料で配布された。周知のように前年のうちに、明治以来の欽定憲法に代わるあたらしい日本国憲法が発布され施行ずみだった。

ここには大意次のようなことが大々的に主張されている。天皇の地位が変わった事。国民こそが国家の主人公であること。婦人にも参政権が許されること。そして問題は、今日にいたってなおそうであるように第九条の戦争放棄、武力放棄の条項だった。その部分についてパンフレットには以下のように書かれている。

 

  


六 戰爭の放棄

みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。

いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。
 
戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。

なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。

みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

 

そこで思うのだが上記の文言が現実の世界の政治的現象に妥当なのかどうなのか。良識的な市民なら誰しも好き好んで戦争をおっぱじめるものでも腕力を振るうものでもないだろう。「戦争を二度とおこさないようにいたしましょう」とは言っても、以後半世紀、世界のあちこちで繰り返されている戦争に、われわれは何一つ、やめさせる手立てすら思い浮かばない。われわれだけが見た目平和でそれで良いのか。

「日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです」に至っては笑止千万。戦争に負けたことを正しいといい。武力を放棄したことを正しいと言う。もちろん市井には負けるが勝ちとか逃げるが勝ちという俗言もあるが国家の政治論としては、それはどうかと思う。いずれにせよ、自虐史観とか戦後民主主義とか言う屁理屈の始まりがここにある。

そこで端的に言おう。上記のパンフレットは文部省発とは銘打っては、あるものの実のところ連合国占領軍(GHQ米軍)が書き刊行し配布したものではないか。日本国憲法そのものが米軍さんが書いたものであるようにだ。当時、日本は占領下にあった。このことを夢々わすれるべきでない。すなわち、当パンフレットは、誰が書いたのだ。米軍に決まっているのである。日本人は、これを翻訳し配布しただけではないか。

占領下とは、いかなるものだったのか。ものの本によれば、敗戦から次の年には、45万余の米兵が北海道から沖縄にいたるまで全国津々浦々に配属されていた。旧軍隊の司令部、軍需工場、役場、学校を配下に置いた。部隊には、それぞれ日本語の達者な兵隊が数多くいて言葉に不自由はしなかった。彼ら占領軍は、まず何をやったか。もちろん第一には、日本軍を徹底的に壊滅させることである。武装解除である。山のような三八銃を押収した。だが、武装解除はほんの初期のことだろう。以後の占領軍の主たる任務は米国ばりの民主主義を各地に徹底させることだった。そのための言論統制、おびただしい検閲が挙行された。

占領政策の政治的主眼は、何事も日本人自身に決定権があり著作権があるように表面上を繕ったことである。天皇や戦前の日本を謳歌する文書、物言いは徹底的に排除された。教科書の悪いと思われた文言は墨で一行づつ、塗りつぶされた。この検閲のため数千名を擁するGHQの部署があったという。憲法以下お布令というお布令は日本人自身が、みずから思想し決定したかのように繕うことだった。それが米軍占領下における日本統治の眼目だった。

こうして、またふたたび「ざんぎり頭をたたいてみれば文明開化の音がする」の明治維新を皮肉る川柳にこめられた、日本のなにもかもを否定して欧化思想と自虐史観を主とする社会思想がインテリ風情ら(丸山真男「超国家主義の・・・」、宮本百合子「歌声よおこれ」等々)を先頭にして衆愚の暮らす市井にも実に分かり易い黒か白かのイデオロギーがジャーナリズムに載せられて流行してきた。 

そこで、これだけは言っておきたいのだが第二次大戦それも太平洋戦争と名づけられた国家間の闘争は、アジアと欧州列強による人種差別、または格差を、これ見よがしに終結してしまった、ということである。

原爆投下は、明らかに人体実験そのものだったのではないか。さらにまた、これでもかというほどまでの米軍による空襲は、明らかに民間人への皆殺し作戦だった。

どうして、こうしたことが可能だったのかは明白である。アジアの黄色人種のジャップは野蛮人だから・・・というそれだけの理由だった。

そうした人種的差別を前提とする思想的線上に、わが新しい憲法は作られているのである。その新しい憲法は、文明国に対して、二度と反抗させ得ないように野蛮なジャップの国内から一刀残らず刃物という刃物を取り上げる・・・そうして、それは戦後日本人の精神と思想にも及んでしまったことは言うまでもない。現行「日本国憲法」の主眼は、そこにある。世界にまれなる平和憲法だと持ち上げる日本人がいるがチャンチャラ可笑しい。見よ、その翻訳調子の条文を。奴隷憲法または従属憲法そのものではないか。 

 

 

 

 

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▼左巻きヒステリと共産党

2019年08月01日 | ■ヨニウム君との対話

以下、2018.11.21 記

 

 

世に倦む日日・・・「マルクスと日本人 - 世界一の右翼大国、世界一のマルクス大国」をアップしました。

 https://critic20.exblog.jp/29813829/

 

左巻きヒステリとの異名をとるヨニウム君は昔っからマルクス大好き革命大好きの若武者だったから還暦間近となって懐旧の感にでも打たれし病。言ってみれば信仰告白に相違ないのだが、その気持ちだけは若い頃は、日夜党勢拡大とアカハタ配りにまい進してきたところの拙者にもよく分かるのだ。だがね、わが国をして「世界一の右翼大国」と一蹴したままでは社会学的また歴史学的に事がすむ話だとは到底思えんぞ。そこでヨニウム君の妄想的思考に端的に返しておこう。

いいんじゃないのかい。世界一の右翼大国でも・・・世界一の平和国家ならば。

さてさて、そうと決まれば善は急げだ。この際ヨニウム君も近場のお稲荷さんにでも詣でし深々と頭を下げて宰相吉田茂をはじめ歴々の「右翼」に「70年余にわたる平和をありがとう」と感謝の念をささげてきたらどうかね。油揚げを忘れんようにな。話はそれからだ。

 

世に倦む日日・・・左翼の一部が、安倍晋三はレガシーのために憲法改正をしたいのだ、と言っている。全然違う。戦争をするためだ。自衛隊に戦争をさせるためだ。中国と戦争を始めるためだ。戦争を始めたら、日本は今と全然違う国に変わって行く。段階的に改憲を続けて(おそらく総選挙の度に)、自民党憲法に完成させる。

世に倦む日日・・・安倍晋三は、9条改憲したら目標達成で首相の座を任期で降りると思ったら、それは大間違いだ。必ず四選へ持って行くし、選挙に勝ったら党内から四選の声を上げさせる。そして本当に戦争を始める。中国と戦争する。次の目標は中華人民共和国を潰すこと。中国共産党政権を打倒すること。岸信介の夢。

 

だっから、あのね。ヨニウム君よ。マルクスがどこかに書いていたはずだが、国民国家ってもんは結局「保守思想」を選ぶしかないとか。国民思想は保守的にならざるを得ないとかなんとかね。『ドイツ・イデオロギー』だったか。結局、国民の思想は保守に帰結してしまうものだとね。これは、考えてみるまでもなく、当たり前のことなのだ。人々はテロじみた、またカルトじみた革命幻想の政局運動に参加するよりは明日食う米の心配が先だ。それらの様をして寄らば大樹の陰とか強いものに巻かれろとか、一般に否定的に言われてきたけれど。そうしなければ、生きてはいけないのだよ。人々は。それがヒト科の歴史の根底にある。こうした生き物としてのヒト科の現実と歴史をわきまえていたカールマルクスなる男も単純な革命バカではなかったらしい。

はなから保守は悪だというのならおめさんのヒステリじみた妄言も立つ瀬はあるというものだがね。そうも過激にして妄言ぶっては政策的でも政治的でも政局論にもならんだろ。読者への提案とはならんのだよ。その有様では。

戦時と平和下のおける言葉とジャーナリズムの質の違いということも出てくることは承知の上だ。戦時下とは、だいたい言葉がヒステリじみてくるもんだ。「鬼畜米英」とか「一億国民火の玉」とかね。君の「右翼にくし」や「自民党にくし」また「安倍にくし」は分からんわけではないのだが。ひたすらプロパガンダと扇動の暴言に走るのは読者国民からバカにされるだけだぜ。まだまだ日本は戦時下とは言い得まい。本日の上の左巻きヒステリと異名をもつヨニウム君のつぶやきには何一つ論も理もないではないか。



世に倦む日日・・・安部普三は四選に出てくるし、党規約を変えて任期を無期限にする可能性もある。

デマ語義や妄想はいい加減にしておきたまえよ。左巻きヒステリと異名をとって久しいヨニウム君よ。まるで「しばき隊」だぞ。君の言動は。安部氏自身が三選が最後だと言っているじゃないか。一昨日終了した自民党党首選挙も、結局前評判とおりに安倍氏が勝ったわけだが、対立候補の石波茂氏も善戦したようで、なにもかもめでたしめでたしだ。これも自民党に派閥という党内論争と言論の自由が担保されているおかげだ。選挙は、その象徴だ。

比して、一枚岩が自慢の共産党では派閥のことを分派と罵って毛嫌いし分派の存在は、決して許さない。だが分派こそ、政局を面白ろおかしくしている。分派がなければ党内には、なんの議論もなく論争もなく対外的にもニュースにもなる材料がない。政局の王道=分派主義を一貫して実行してきたのが例のオザー・イチロー先生だ。ガマガエルのような好々爺の仮面をかぶっては右であれ左であれ、おかまいなしにどこにでも出かけて行って政局難局のおり、ここは大同小異で、一緒に手に手をとって、やりましょうとかなんとかいいながら何一つ決まっていないうちから、さっさと手打ち式をおっぱじめてしまう。先行きいかない泡沫政党のあれこれを各個に救済しつつ生き伸びさせせ、それらを寄せ集め大同団結させてしまう、その手腕たるや百年に一人の逸材であり、この秋の文化の日にはおそらく勲一等はまちがいないとの噂があるやなしや。

それにしても分派や派閥を認めない政党は、そこそこ生きているふりはしているが実はすでに死に体なのだ。分派の存在を許さないのは一国の軍隊だけだが、これを、よくよく参考にしたらしく、共産党は軍隊組織によく似ている。彼らの自己認識を聞かせてもらったことがあるが、わが党は日本民族と労働者階級の解放戦争のためにマルクスレーニン以来の各国に、今は滅亡したロシア革命の聖地サンクト・ペテルスブルグから派遣された各藩教祖らによって指名を受け徴兵されたも同然の晴れの前衛部隊なのであると胸をはる。だが、これではまるで君たちが否定している神風特攻隊のようではないか。

そこで左翼の内情に詳しいらしいヨニウム君に折り入ってお聞きするのだが君の大好きな日本共産党とは何者なのかね。まず、だいいちに共産党では、党首選挙はいつやるのかね。現委員長の志位和夫氏も18年目に入っているそうだ。あそこにはシナと同じで選挙はないのかね。あ~ん。常々独裁反対を叫んでいる公党が独裁制を敷いているとは開いた口がふさがるまい。

昨今の共産党について先日、動画サイトで仕入れた情報なのだが、どうやら隠居したはずの前委員長不破哲三が院政をしき実権を握ってはなさないそうだね。現委員長の志位和夫氏は、幹部たちからも可哀そうに小僧っ子あつかいされているそうではないか。不破哲三の自宅は、多摩の風光明媚にして環境豊かなる一等地の豪邸にして党の金で、運転手をふくめ常駐用人を5人も使っているらしい。となりに小学校があって、なんと不破豪邸とどっちが広いか敷地面積を争っているとのこと。

不破哲三は隠居したんではなかったのかい。これじゃ、三十年近く前に没っした通称ミヤケン本名宮本顕治の場合とまるで同じだ。ミヤケンも晩年は党の金で作らせた右翼の襲撃から守るためとかなんとか理由をつけて、一種要塞化した豪邸といえば豪邸に党の青年を女中かわりに何人も用人として囲い込み、いよいよ足腰が弱くなった暁には、選抜された党の青年らに車椅子を押させて満足していたらしい。あっち行けこっち行けとアゴをしゃくって指図していた。家来のカスどもが寄り集まって隠居したお殿様を祭り上げている様はまるでヤクザ集団の大親分か、はたまた幕藩体制末期のムラ社会の再現だ。

見苦しいとは思わないのかね。親分の私生活を豪勢にまかなうために大汗かきかきプロパガンダのビラ・チラシに毛が生えた程度のろくでもないアカハタ新聞を配るために、タダ働き同然で精を出している全国の信徒信者の党員諸君よ。もちろん院政といい、豪邸といい、お抱え用人といい、親分ばかりが、かような振る舞いが許されるのも、民主化された政治体制のもとにある現代政党だと言えるはずはない。

教義ばかりが優先されて、仮説思想と念仏唱和(イデオロギー)に凝り固まってしまった、ようするに宗教化し教団化している集団だ。政教分離が未完のままなのだよ。共産党は。いずれにしても、共産党の隠された組織体制たるや世間の常識からはだいぶかけはなれているわけであり人々が仔細を知れば愚の愚として糾弾されることは決まっている。それがわかっているから二枚舌を使って言い逃れまたは隠しに隠す。隠蔽作業こそ昔っから、なによりの共産党の得意技だ。

完全に世間から孤立して老後を過ごしていれば、精神科医でなくてもわかりそうなことだが、以外に老人の脳j内は、ますます過激なヒステリ状態に陥り、ますますもって原理主義的になり教条主義的になる。念仏唱和によりすがる。見るところ不破老人もいまや井の中の蛙だ。

それにしても共産党も結党以来100年近くを経ていよいよ古臭くなり腐ってきたようだ。党内民主主義も担保できないままに偉そうに外面ばかりを構築漫才。なにが民主主義だ。なにが平和だ。なにが差別だ区別だ。明けても暮れても党利党略にまい進する日々おくり卑猥にして姑息なる二枚舌つかいのおまえたちにヒト科終末の地獄か極楽かの最終目標について、この際何か物申すことでもありやなしや。笑わせるな。

 

 

 

 

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▼NHKをぶっ壊す!

2019年07月23日 | ■ヨニウム君との対話

世に倦む日日・・・若い人に出て来て欲しい。力ある若者に日本の未来を切り拓いてもらいたい。そういう若者を渾身で応援したい。年寄りはみんなそう思っている。そういう年寄りの願望を見事に具現化して絵にしたのが、17日夜の二人のツーショット街宣。宮城選挙区だけでなく全国にインフルーエンスして情勢を動かした。

 

 

 

山本太郎氏について、わたすは全然信用していない。小沢一派の猫かぶり。芸能畑の大言壮語の猿芝居。おっつけ馬脚をあらわすだろう。ミーハー調子の薄っぺら。

さて、このたびの参院選では、「NHKをぶっ壊す」のワンスローガンだけで知名度を上げた立花孝志氏が当選しましたね。まさに元気のいい若手が登場してきました。51歳とのこと。次なる衆院選が楽しみです。さらに躍進するでしょう。

ぶっ壊されるのはNHKだけではない。テレビも新聞もそうだ。これら旧態メディアに巣食うインテリ老人階級が崩壊していく様をこそ、このたびの参院選でわたすが感じた第一印象だった。

 

 

 

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▼貧乏のどこが悪い?

2019年07月13日 | ■ヨニウム君との対話

世に倦む日日・・・間もなく終盤情勢が出る。現時点での私の予想。共同よりさらに悪く悲観的だ。自公維で改憲3分の2ラインを5議席超。ただし、山本太郎が接戦1人区に入って野党陣営を鼓舞すれば押し戻せる。

自民 67
公明 14
立憲 18
国民  5
共産 7
維新 9
社民 1
太郎 1
無属 2

 

結果、与党の81議席に比して「維新」を除いて野党側としては、33ってところかい。ま、そんなところでござろうにゃ。それにしても「共産」が7ってのは先年より反共主義者として覚悟を決めた拙者には納得が行きがたく不満が残る。共産主義は、この日本には不要にござる。百歩譲っても「共産」は3議席ぐらいで満足しておいて欲しいものだ。それに比して絶滅危惧種と化した「社民」が、このたびは1とは誠をもって祝着至極にござる。いずれにしても左巻きヒステリとの異名をとるヨニウム君の予想ゆえ、もとより「まゆつば」ものであることは先刻承知。まともに取り上げた拙者が悪かったかもしれやせぬにゃ。失礼千万。

そしてヨニウム君は例によって例のごとくに最後はわめき、かつ吠える。野党敗北の責任は、おいらには全然関係ねぇんだからにゃんこ。せっかく応援してやったのにこのザマだと必死の面持ちで投票日を十日前にして弁明と釈明にまい進するツイッターでは対話を拒むノミの心臓のブロック王。こうしてなにもかもをも他者責任に帰して納得する問わず語りの腹一杯。さては、ただのミーハーだな。このマルクス主義風の孤独なあんちゃんは。

https://mobile.twitter.com/yoniumuhibi

世に倦む日日・・・「野党共闘」じゃ投票率上がらないんだよ。「野党共闘」だから投票率が上がらないんだよ。「野党共闘」じゃ投票率上げようとしても無理なんだよ。今の環境で、マスコミが無理に煽って投票率上げたら、自民の得票と議席が伸びるんだよ。政治学者なのに分からないのか。

 

 

とは申せ、たまに、下のような気のきいたセリフをはいてくるのが、またヨニウム君の強みなのであり、この自由さを失ったならば、ヨニウム君も、後の祭りでクズと化しカスとカス。

 

世に倦む日日・・・本来、今の時点で日本のGDPは1000兆円ないといけないのだ。日本経済は2倍の活動と規模が必要なのだ。そうでないと満足な社会保障ができないのだ。今の日本は、Lサイズの男性がSサイズの女性の服を無理に着ているのと同じだ。服に合わせてガリガリに痩せて。無理なんだよ。ナンセンスだ。 

 

 

さてはて、下のヨニウム君から昨日今日のうちに提出された哲学的問題については拙者としても多少なりとも考察することあたわず。

 

世に倦む日日・・・昨日も、BSで公明の石田祝稔と野党の面々が出てきて、消化試合の馴れ合い芝居をやってて、脱力させられ、地上波の『科捜研』に変えたが、最低賃金千円が10年前の鳩山マニフェストの公約だったってこと、誰一人として言わなかったな。未だに平均874円。石田祝稔、千円は無理だって堂々と。・・・1:49 - 2019年7月19日

世に倦む日日・・・バブルの頃というか、80年代後半の話だけど、最低賃金は時給500円くらいだったが、この金額というのは、マクドナルドの高校生のバイトの時給だったんじゃないかな。法定最低賃金で人を雇っていた厚顔な会社ってあったっけという感じ。今はそれがデフォルトだけど。世の中変わりましたね。 

世に倦む日日・・・これだけど、重要な問題だよね。共産党がときどきテレビで言っている。これ、11年前の反貧困運動の頃に出ていた話じゃないか。非正規が健康保険証を持てず病院に行けない問題。結局、湯浅誠の反貧困の活動は何も残してないわけだ。何も前進してない。ホームレスが減っただけか。 pic.twitter.com/rhUA6ObMvt

 

一言だけだが、よく聞けよ。ヨニウム君よ。ようするに君の脳内状況は理論信仰なのだよ。理論が先走る教条主義者なのだよ。理論に貧乏人各種をあてはめようと腐心する。だが、現実はそういうわけにはいきそうらわず。世の中っつーもんは、以外にとんでもないヒト科もいる。意外なことに、貧乏人は自由を求めて貧乏をしているのだと。

ヒト個々に世界観と自由観がある。心底から枠にはめられるのが嫌なヒト科もいるにはいるだろう。君の言う理想法制によれば、こりゃ貧乏人は、名簿検索に乗じて悪党のレッテルが国会決議により明文化された暁には、かたっぱしから逮捕され収監される。

おい、おめぇは権力の片棒かつぎなのけぇ~。君の論議はヘイトスピーチ規制の方向だけだ。すなわち言葉狩りにまい進する警察国家の到来だ。

そこで聞く。おいヨニウム君よ。貧乏がなぜ悪い。そこを証明してみろ。答えられまい。このヤロ。云うまでもなく君自身が金融指数上ではゼロか一かを決められているのだ。この腐れ果てた数字漫才の戦後民主主義たる物欲俗物資本の権化の賃労働、またの名を左巻きヒステリさらには小市民のこまっしゃくれたあんちゃん坊主の偽善と二枚舌の使い手よ。

 

世に倦む日日・・・ネットの技術、仮想通貨の技術、G5とビッグデータの技術こそ、まさにマルクスの言う生産力の発達ですよね。生産力の発達が新しい貨幣形態を生み出そうとしている。あとはそれを、私的所有の方式でやるか、社会的所有の方式でやるかという選択の問題だ。ネット時代・グローバル時代の貨幣形態。

世界がどれほどグローバル化されようと現に通用している貨幣っつーもんは、やはり国家権力の強弱を反映しているものだからね。わが国の円が世界に信用されているのは日本国家が、それ相応に信用されているという事実があるに過ぎまい。どこであれ国家の後ろ盾のない貨幣とは、世界に通用するわけがないとぞ思ふ隣国貨幣。

おっとインターネットばかりは、かなりのところ国家のしがらみから外れている仮想システムであることは百も承知。だがネットもこれで国家それぞれによって様相は異なる次第なり。シナなどではかなりのところ閲覧書き込みが制限されている始末不始末。かわいそうな民主主義よと悲嘆にくれつつも、ああ吾は日本人でよかったと心から喜ぶ今日のよき日のワンカップ。

 

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▼左巻きヒステリと「しばき隊」

2019年07月08日 | ■ヨニウム君との対話

世に倦む日日・・・しばき隊による太郎新党叩きのボルテージが上がってきた。しばき隊こそ宗教じゃないかよ。暴力教団。しばき隊こそが左翼のファシストだ。左からのファシズム現象だ。左の Gleichschaltung(強制的同質化)運動だ。ファシズムの時代の徒花だ。しばき隊を見て、丸山真男のファシズム論を納得したよ。 

 

君の言う、そのままでは、これといって有効な「しばき隊」批判にはなってオランダよ。君は太郎新党が好きなのだろ。で、太郎新党が批判されると、こりゃひどい、やりすぎだ、いっそ暴力だ、やれファシズムだと、わめいているだけではないか。共産党が選挙に負けると、このたびの選挙では、いつになく右翼からの反共攻撃がすごかったと弁明する常套手段に似ている。

どのような泡沫団体でも政治的色彩を帯びることを自認するなら、そりゃ多少は宗教じみてもくるものさ。多少は暴力じみてもくるものさ。

そういう君にしてもだよ。だいぶヒステリじみているではないか。だから、言うのだよ。そうも三くだり半(ツイッター)に逃げるのではないと。

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▼香港デモに謀略はなかったか?

2019年07月06日 | ■ヨニウム君との対話

 
2019.07.02 産経新聞オンライン

 

 

こたびの香港の政情についてだが・・・

 

世に倦む日日・・・立法会の建物を破壊し乱入占拠して、英領香港旗を掲げて外国マスコミに撮らせたという行為は、香港の一国二制を否定する意思表明だ。中国の主権を否定し、英領植民地に戻せという主張だ。政府だけでなく、国内の中国人がそれを認められるわけがない。代償は高くつくだろう。止めないといけなかった。

 

常々、裏の裏ばかりを読みたがる陰謀論大好きのヨニウム君が、一部暴徒化した過激派が香港議会を占拠した昨日の不幸について陰謀、謀略の線を読めないとは、どうしたことであろうか。今のところ報道にもない個人的感想だが、彼ら香港過激派の実態は、実は北京の習近平が送り込んだ一味だったとするならどうする。金のためなら何でもやるという連中だ。彼らは、まずはリベラル派の仮面をかぶってデモの先頭に立つ。そして対象物件を、これ見よがしに破壊する。権力の警察隊と軍隊を呼び込む口実を作る。そこで待ってましたとばかりに武装部隊が鎮圧にかかるという手筋だ。こうして100万人デモに至った民意は跡形もなく一気に消沈してしまう。古来より権力者がよく使う見え透いた手口だとは思わないのかね、お花畑のヨニウム君は。

 

世に倦む日日・・・これでは日本のしばき隊と同じだ。自己満足の気分だけ。暴力は何も生まない。暴力は何の解決も導かない。暴力は憎悪と断絶を生むだけだ。

 

 

 

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