赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

▼すみれの花咲く頃<13>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.31 川崎市 からすのえんどう>
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▼すみれの花咲く頃<12>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<11>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.31 川崎市 いぬふぐりの花>
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▼すみれの花咲く頃<10>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.31 川崎市>
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▼すみれの花咲く頃<9>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<8>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.31 川崎市>
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▼すみれの花咲く頃<7>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.31 川崎市>
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▼すみれの花咲く頃<6>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<5>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<4>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<3>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<2>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>
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▼すみれの花咲く頃<1>

2010年03月31日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.30 熊谷市>

今日は朝から雲ひとつない晴天だった。そこで思い立ち、母に会いに行ってきた。母は隣県の山里ちかくにある病院にいる。いつもの通り、最寄の駅から歩いて往復してきた。
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▼国益とは何か?<2>

2010年03月30日 | ■政治的なあまりに政治的な弁証法
<2010.03.30 産経新聞>

以下、某掲示板より

>沖縄普天間米軍基地の移設問題では、日本は、アメリカが絶対に飲めない案を出し続けて、交渉を決裂させ、結果、ニッポン再軍備への道を歩ませようとしとるかも。わたすの父は、兵隊にとられたくちだから、再軍備には絶対反対じゃった。自衛隊の海外派遣もとんでもないのだ。

「再軍備」や自衛隊の海外派遣と言えば、確かにきな臭い思いが蔓延し、国民の多くが拒否反応を示すのであろうが常識的に考えて、自分の国は自分で守るという、至極まっとうな考えにいたらなければ、沖縄の基地問題は解決不能だ。早い話、わが国も、それなりの、きちんとした「軍隊」を所轄することが迫られているのさ。どれほど仲が良かろうと外国軍の基地が自国内に作られて喜んでいる国民は一人として、いないだろう。そこが問題なのだよ。ではアメリカの兵隊さんに、沖縄をはじめニッポンから出て行ってもらうためには、どうすればよいのかね。もちろん友好的にだ。

政府と国民は、相変わらず米軍に、ニッポン国土を守ってもらいたいのかね。自分で自分を守るために必須な軍隊を持つには、憲法問題をはじめ、いくつかの難問を解決しておかねばならないだろう。そこに蓋をしたままでは、冒頭の問題も解決不能だ。基地移転などは、最悪の対処療法にすぎない。早い話、米軍に出て行ってもらうには、彼らが担ってきた、東アジアにおける軍事的戦略的穴埋めを、ニッポン人自身が、どのように引き受けるのかという、問題がある。自明のこととは、このこと以外には、他にないのである。米軍のかわりに、俺たちがやるという覚悟と実際が、ニッポン側に、見えたときに、はじめて、この問題は対等な交渉事として政治日程に上がるのである。

せめて、自分の身は自分で守りますと、米側に申し出ることが、できるのか否か。こうした、当たり前の政策的方向を、いかに政治的に導き出すか。戦後60年の間、ニッポンの政治の本質は常に、ここに存してきた。もはや、さけては通れまい。自由のための戦争が厳然として存在するように、ときには平和のための戦争も存在するのであり、ましてや自立した国家を標榜するなら、国家の平和を守るために一定程度の自国軍隊は必要にして不可欠な最低限の条件であると私はそう思っている。
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▼町田フラワー<3>

2010年03月29日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
<2010.03.29 町田市>
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