大江戸八百八景

時雨かな銀杏ひらふ団塊の背においたるやふる里の香を


▼英霊の朝

2018年08月15日 | ■ヨニウム君との対話

 

2018.08.15 05:00 早寝早起き自室より

 

 

昨夜、【討論】もし大東亜戦争の開戦が無かったら?と題された三時間あまりの動画を見て体内が震える思いがした。

みなさまもごらんあれ。

https://freshlive.tv/channelsakura/227838

さても、もちろん世界史の中でも近現代史に属するのであろうが、19世紀後半以降、台頭したjapanとはいったい世界にとって何だったのであろうか。江戸期の鎖国政策、1853年黒船来航。明治の文明開化。だが世界の支配の根本制度の中にあった奴隷および人種による区別と差別。すなわち白人だけに通用したきわめて狭隘なキリスト教、およびせいぜいマルクス主義やダーヴィニズムの発達史観に横溢されていた。鬼畜米英にとってジャップもアジアも眼中にはなかった。

彼らは大航海時代から始まった徹底的なアジアアフリカからの収奪に寝そべっていた。ここで台頭してきたのが極東になる島国の「ジャップ」である。日清日露戦争を勝ち抜いた黄色いジャップの国力にキリスト教の鬼畜どもがどれほどふるえおののいたか。以来、嫉妬と憎悪をもってジャップを見下し敵視した。

人体実験としての広島長崎への原爆投下。ジェノサイドを模した民間人への空中殺りくと焼き尽くし。かように鬼畜米英は徹底的だった。威張っている有色人種は殺しても殺し足りぬと言うばかりにだ。二度と白色人種に対して、えらそうな口をきかせないようにだ。あまつさえ、おまえたちは丸腰のまま生きていけといわんばかりに永久的な武装解除を旨とする掟(憲法)まで押し付けてきた。

ようは人種差別から始まり、そして多少は融和的な地政学的な含羞をふくんだ新たなる差別の再構築として終わったのではないのか。かのレーニンが生きていれば一皮むけた新白色帝国主義の再編成とでも叙するだろう。これが大東亜戦争の結末だったのではないのか。

だが見よ。ルネッサンスから500年産業革命から300年。多大な犠牲を支払ったジャップが白人に抗戦したことによって世界史は根本から書き直されたではないか。アジアはこうして解放されたではないか・・・・とうとうとわたしの敬愛する小堀桂一郎さんをはじめとするパネリスト各氏のお話からまたひとつ新しい確信を得たところなり。

 

 

コメント