赤いハンカチ

夏草やつわものどもが夢のあと

「日本の子ども 60年」土門拳その他

2005年12月20日 | ■日常的なあまりに日常的な弁証法
東京都写真美術館で「日本の子ども 60年」と題された写真展を観てきた。言うまでもないことだが「60年」というのは昭和20年の敗戦から今日までの60年間のことを指す。
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▼「武士道」 新渡戸稲造

2005年12月04日 | ■歴史的なあまりに歴史的な弁証法
新渡戸稲造博士が書いた『武士道』(岩波文庫 矢内原忠雄訳)を読んだ。読後感は圧倒的で、ただただため息が出るばかりであった。「花は桜木、人は武士」という。それが中世から近世にかけて長きに日本の精神を支えてきた武士道の精髄である。武士道は武士ばかりでなく、あまねく日本国民の精神的目標であり、あらゆる意味で国民の要であった。

1899年、新渡戸博士が38歳のとき米国滞在中に英文で書き上げた一書である。日清戦争の4年後のことであり、欧州における日本の評判はうなぎ上りだったが、一方、その中身たるや誤解と誤謬、偏見が蔓延していたのである。「芸者、富士山、ちょんまげ、腹きり」などの言葉に象徴される野蛮で暴力的な印象以上には出なかった。新渡戸博士は、こうした欧米における風評を打破して日本を擁護し、さらに正しい日本の文化および今日に息づいている歴史的精神の姿を紹介せんとして英文によって『武士道』を書き上げた。内村鑑三の名著『余は如何にして基督教徒になりしか』も英文で書かれたが、その事情に通じている。矢内原忠雄氏の名訳によって、書中いたるところに強く美しい文章がちりばめられている。

過去の日本は武士の賜(たまもの)である。彼らは国民の花たるのみでなく、またその根であった。あらゆる天の善き賜物は彼らを通して流れでた。彼らは社会的に民衆より超然として構えていたけれども、これに対して道義の標準を立て、自己の模範によって、これを指導した。私は武士道に対内的および対外的教訓のありしことを認める。後者は社会の安寧(あんねい)幸福を求める福利主義的であり、前者は徳のため徳を行うことを強調する純粋道徳であった

新渡戸は武士道を称揚してやまないが、これを理想化したり絶対視しているわけではない。時は明治の真っ只中であった。

日本人の心によって証せられ、かつ了解せられたるものとしての神の国の種子は、その花を武士道に咲かせた。悲しむべし、その十分の成熟を待たずして、今や武士道の日は暮れつつある。しかして吾人はあらゆる方向に向かって美と光明、力と慰謝のほかの源泉を求めているが、いまだにこれに代わるべきものを見出さないのである。功利主義者および唯物主義者の損得(そんとく)哲学は、魂の半分しかない屁理屈屋の好むところとなった。功利主義および唯物主義に拮抗するに足る強力なる倫理体系はキリスト教あるのみであり、これに比すれば武士道は「煙れる亜麻」のごとくであることを告白せざるをえない

武士道は一つの独立せる倫理の掟としては消えるかもしれない。しかしその力は地上より滅びないであろう。その武勇および文徳の教訓は体系としては毀(こわ)れるかも知れない。しかしその光明の栄光は、これらの廃址を越えて長く活きるであろう。その象徴とする花(桜)のごとく、四方の風に散りたる後もなお、その香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう


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「脳梗塞からの再生」 多田富雄

2005年12月04日 | ■芸能的なあまりに芸能的な弁証法
     

 

 


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★21:00 NHKスペシャル 「脳梗塞からの“再生”免疫学者多田富雄」壮絶な病との闘いで得た生きる力

という番組を昨夜のTVで観て感銘を受けた。私は多田氏の本は読んだことはないが、家人が読んだようで本棚の隅にニ三冊立てかけてある。多田氏が免疫学の権威であることは耳にして知っていた。多田氏は4年前に脳梗塞で倒れられ右半身が利かなくなり、しゃべることもままならない状態だったというのである。倒れた当初は死ぬことばかり考えていたが、その後リハビリに精を出し奥様のささえなどもあり笑顔が戻ってきた。この4年間だけでも4冊もの本を出したそうだ。科学者だが、今はもっぱら「能」の脚本などを書かれているという。70歳も半ばか。今もまだ自由にしゃべることはできないが、ワープロ、パソコンその他の道具を使いこなしてコミュニケーションを計りモノを書いているのである。当然、倒れる前と、その後では世界観が大きく変わったらしい。弟子たちの集まりに呼ばれ「研究も寛容に豊かになされるべきだ。ぎすぎすした研究からよい研究は生まれない」と力説されていた。

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