風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

キャッチボール

2014-02-06 | 風屋日記
「人々は父親を思うとき、
 大きい、あたたかい、きびしい、やるせない、
 どうしようもないなにかを感じずにはいられないはずです。
 母親にはどうしたって勝てないのが父親なのです。
 その父にはできて、母にはできないこと。
 いずれ『父』となる息子とのキャッチボールがそれなのです。
 夕暮れに野原で父とするキャッチボール。
 そのときの光景を思い出にもつ人は、
 幸せな人だと小生は思います。
 少年の頃のキャッチボールほど、
 鮮烈に五感に残るものはないのではないでしょうか。
 風と草と土の匂い、ミットに沈むボールの力強さ。
 父、息子、父、息子。
 ふたりの男のあいだを往来しているのは、
 ボールのかたちをした絆なのです。」
           (原田マハ「キネマの神様」より)



かつて、君たちとのキャッチボールは
ほんの1mほどの間を
ころがしあっただけのものだった。
コロコロ転がった球すら掴み損ねた君たちは、
それでも楽しそうにケラケラ笑っていた。

私の投げたボールを
君たちが初めて直接キャッチできたのは
それぞれいつのことだったろう。
君たちの差し出すグローブを狙って軽く投げたのだが、
掴みとった君たちはその事実が信じられないように
でもその顔はまるで世界を掴み取った英雄だった。

それから
私と君たちとのキャッチボールの距離は段々離れ、
君たちが受け取るボールも
私からのものだけではなくなってきた。
私が君たちへの気持ちをこめて
大きく振りかぶってみても、
いつの間にか私のボールを受け取るべき君たちは
私の前にはいなくなっているのだろう。

そんな日がきたら、
どこかへ無闇にボールは投げず
そっとボールを置こうと思う。
キャッチボールの相手がどんどん増えていく
君たちを遠くから眺めながら。
                                             (2002年・風屋)
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