風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

喫茶ぐがーん

2021-08-07 | 風屋日記
真っ黒く塗られた板壁に白い窓枠が映える。
同じく白く塗られた入り口ドアの扉の横には
郵便受けがわりにかけられている錆び付いたアルトサックス。
いつものように、事前に寄った本屋で買った
確かカミュの「シーシュポスの神話」の文庫本を片手に持ち
カウベルを鳴らしながらドアを開けた。
店内は薄暗く、端に置かれたピアノも目立たない。
白いレースカーテンがかかる窓際の席へ。
コーヒーを注文して本を開く。
前の席にひとりで座っていた知らない20代ぐらいの女性が
「高校生?いつも来てるよね」と静かに話しかけてきた。
「はい」とだけ答えてまた本に目を落とす。
話しかけてきた女性はそれっきり窓の外へ目を向ける。

そんな日が確かにあった。
場所は花巻の裏通り、双葉町にあった喫茶ぐがーん。
たまに夜、プロのフォークシンガーや
ジャズミュージシャンなどのライブを行なっていたが
残念ながら親に止められ、行ったことはない。
訪れるのはいつも学校帰りに立ち寄る本屋のあと。
静かな店内にはどんな音楽が流れていただろう。
ちょっと記憶にないが、
学校の喧騒からも、うるさい親の目からも離れた
ひとりきりの落ち着いた時間。

今考えると貴重な時間だった。
大学受験を含めた進路のことや勉強、
部活などで青春を謳歌している同級生たちへの負い目など
モヤモヤした気持ちも忘れ、本に向かえる至福の時間。
店内に立ち込めるタバコの煙とコーヒーの匂い、
少し開けた窓からカーテンを揺らしながら微かに吹いてくる風。
高校2年から3年にかけての頃の記憶。
コメント
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