風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

盲信と差別

2017-05-08 | 世界・平和
タバコの話をしようか。
私は喫煙者だけど、やめようと思えばたぶんすぐやめられる。
以前も何となく1年ほど「切らして」いたことがある(笑)
確かに体には良くないことは承知だし
世の中にはマナー違反の人が多いことも知っている。
そういうことから喫煙者の肩身が狭いのもいた仕方ない。
喫煙者の立場からもマナー違反は腹立たしく思う。
個人的には喫煙しない人たちに迷惑をかけない形で
できるだけ気を使いたいし、気を使っているつもりでもある。

ただね。
あまりにエキセントリックなのはどうかと感じる。
副流煙が100%肺がんの原因ではないし
全くタバコに縁がなくて肺がんになることもある。
あまりに敏感に反応しすぎて
煙も届かない遠くからでも顔をしかめてみせたり
吸っていなくても喫煙者というだけで排除しようとしたり
そこまで行くとほとんど差別だ。

TVや新聞の報道を盲信するあまり
例えば「焦げ目に発がん物質がある」と聞けば
焼き魚の焦げ目を丁寧に取り除いたり
パイナップルは筋肉を溶かす成分がると聞けば毛嫌いしたり
逆にバナナや納豆やリンゴがダイエットに効くと知ると
翌日には軒並み売り切れるほど買い込んだり・・・
どんなものだって過ぎたるはなお及ばざるが如し。
どんな体に良いものでも食べすぎれば悪く作用するし
(普通の食事に加えて食べるなら痩せるものも痩せない)
焦げ目だってパイナップルだって程度の問題。
季節を外れているのに無理やりリンゴを探して
無駄に高い買い物をしている人も知っている。
自分の頭で考えてみればわかることだが
考えることを初めから放棄して盲信しているとしか思えない。

タバコの問題も同じこと。
喫煙する側、しない側がお互いに気遣えば済むものを
わざわざコトを荒立て、敵と味方に相手を区別している。
いや、区別というより、もう差別。
「税金上げて千円以上にすればいい」とか
「いっそのことタバコを法律で禁止すればいい」という
いわば「嫌煙原理主義」的な発言もネット上見受けられるが
そうなったらどうなるのかという想像力を働かせたい。
嗜好する人が誰もいないのならそれでもいいけど
そうじゃない状況で強権発動すれば
禁酒法時代のアメリカのように、
あるいは現在の日本の覚せい剤のように
闇に紛れることにより反社会的集団の手が伸び、
新たな資金源となる可能性が高い。
世の中に男と女がいるように、文系と理系がいるように
障がいを持つ人と持たない人がいるように
タバコを吸う人と吸わない人がいる。
単に嗜好の違いによる多様性のひとつ。

ところでこの「盲信→差別」は
嗜好品や食べ物に関することだけじゃない。
例えば東日本大震災や熊本地震の時に流布したデマ。
例えば何処かの国が攻めてくるんじゃないかというフェイク。
例えば他国籍の人たちが優遇されているんじゃないかという主張。
例えば障がいを持った人たちは社会のお荷物という偏った思想。
自分の頭でちょっと考えればおかしいとわかるのに、
客観的に、冷静になって考えればわかるのに、
思考をストップして、誰かが言うがまま丸ごと信じて
それが今度は対象者への差別につながる。

あぁ、カルト的国粋主義者の言動もだね。
彼らの主張に異を唱える人たちは、
彼らに言わせると日本人じゃないらしい。
しかも「売国奴」というカテゴリーになるようだ。
戦前の「非国民」と同じ響きに聞こえるのはワタシだけ?
コメント
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