風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「ひそやかな花園」

2014-02-28 | 読書

家族をテーマにミステリ仕掛けのストーリーは
「八日目の蝉」はじめ角田さんの真骨頂。
父の思い、母の思い、子の思いが
それぞれ複雑に絡み合い、反発もし合う。
でもね、親だってかつては若かった。
成長した子たちはその頃の親の歳になって
初めてその気持ちを理解したりするのだ。

親の存在は子にとってアイデンティティに繋がるもの。
出生の秘密が明らかになると同時に
彼らは自分の足元の揺らぎを感じていく。
この辺の真理描写は角田さんならでは。
女性なのに父親の気持ちもよくわかっているなぁ。
女性作家による男性の心理描写はホントに感心する。
きっと男性は女性のことをそれほどわかっていない。

終章に出てくるセリフが心に残った。
あくまでメタファーだけど
仕事にも生活にも何にでも当てはまる言葉だと思う。

「でも三日目、ふと思ったんです。
 出ないとここしか知らないなって。
 すりにも遭わない、迷子にもならない、おなかも減らない、
 意地悪もされない、困ることもない。
 でも、それだけ。
 それが意味することは、もしかしたらこういうこと。
 友だちになれそうな人にも会わない、胸をふるわせる絵画に出会うこともない、
 驚くほどおいしいものにも出合わず、親切な人に道案内をしてもらうこともない、
 わくわくする何にも出合わない。
 それでね、そのとき、思ったんです。
 生きていくのに必要な力をくれるのは、前者じゃなく、後者だって。
 私たちが、今日、こわがらずに家を出ていけるのは、
 迷子にならない保証や困った事態にならない確信があるからじゃない。
 何かすてきなことや人にきっと会える、困ったときにきっとだれかが助けてくれる、
 そう思うことができるから、なんとか今日も明日も、出かけていけるんじゃないか。
 大げさにいえば、生きていかれるんじゃないか。
 そして、私は三日目の朝、スーツケースに荷物を詰めこんで、
 チェックアウトをして、三月のパリの町に出ていった。」

「ひそやかな花園」角田光代:著 講談社文庫
コメント
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