シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

PCグリッド

2008-09-19 | 四方山話…

昨夜、「家電芸人」でソニーのPS3のスゴイ話を聞いた。カチャカチャしてみると、それは、分散コンピューティングのことのようだ。小さな計算タスクを各コンピュータに割り当てることで、膨大な計算処理を分担して行う計算手法のこと。例えば、1台のコンピューターで人間のタンパク質の折りたたみ現象のシミュレーションを行うには最大30年もの年月がかかるため、多数のPCで並列処理することで時間の短縮が図られるという。

PS3のユーザーは、それに参加できるそうだ。PS3を使用していない時間に、計算処理をさせてあげるわけだ。割り当てるコンピューターが多ければ多いほど効果はあるので、世界中で使われているPS3を使えるのは、願ったりかなったりだな。

んで、今日は、PCグリッドコンピューティングの話を聞く機会があった。社内で、(席に居ない時間とか、夜間とか、休んでいるとかで)遊休となっているPCを連結・連動させ、ソフトウェアを分散実行させることで、業務効率化を図るものだ。つまり、PS3を利用するのと同じ考え方だな。

ちなみに、今日聞いたPCグリッドは、難しいプログラムを書くのではなく、Excelマクロで指示が出せるようだ。使いやすさも考えているわけだな。た~だ、現状ではそれを使うような必要性はないんだけどね。
・・・昨日の今日でそういう話を続けて聞くとは、これもスゴイことじゃないかと、一人感心したサ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

倭・和の国

2008-09-18 | 豆知識的な…

「今だって倭の国という意識が日本人の誰の心にも宿っている。自分でも気づいていないだけさ」・・・今読んでいる文庫本の一節。「そんなことないでしょ。倭人とは誰も言わないし」と相手は言う。そんなこと…どうだろう?と思ったが、先を読んで合点がいった。つまり、日本食ではなく「和食」だ!

日本の昔の名前は、倭(わ・やまと)、大倭(おおわ・やまと・おおやまと)、和国(わのくに)、和(わ・やまと)、大和(やまと)、日本(やまと・ひのもと)、ひらがなで「やまと」など様々だ。(※カチャカチャしてみたが、本当の正解はよく分からなかった。)

さて、小説では「倭は中国側が勝手に置き換えた漢字なので、本来は和だったと思われる。和は円い輪にも通じ…和睦っていうのは…和解も…平和も円く…(略)輪のように多くの民族が協力しあう国。我々の祖先たちはそんな誇りを持って自分たちの国を和と名付けたに違いない」と主人公は続けて言う。本当のことは分からないが、なるほどと思ったわけだ。

先ほどの「和食」だけでなく、和風、和式、和様、和楽器、和服など「日本的」なものを形容する言葉に「和」が使われる。日本食よりは和食だな、日本服とも言わないしね。ちょっと昔の先祖たちも「和」を大切にしていたので、そういう単語を創造したのだろうな。それを、我々も意識をしているわけではないけど、自然に使うようになっている。

じゃあ、「日本」の立場はどうなのだ。初めての正式な?国号なのに。国号が日本になってからも「やまと」と読まれ続けたようだし、今も「にっぽん」か「にほん」で、正式な読み方を定めてないようだしね。あやふやだな~、影が薄いぞ「日本」。
まぁ、そんなこんなで、今でも「和」の国という意識が日本人の心にも宿っているんだな~ということだな。

ちなみに、大きな和と書いて大和(やまと)で、日本人なら常識的な読み方だけど、なんでその文字を「やまと」と読むのか?元来は「おおわ」「だいわ」と言っていたと思われるのに・・・その理由は、諸説あっても(考えられても)、正確な事は伝わってないようだ。昔々のことだからと思っても、カチャカチャしたのが徒労になったとサ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブラザーズ

2008-09-17 | 巷のニュース

今週の月曜日、米証券大手『リーマン・ブラザーズ』が破綻した。負債総額は6130億ドル(約64兆円)で、米国で過去最大の倒産。日本法人も民事再生法の適用を東京地裁に申請し、負債総額は戦後2番目の約3兆9000億円。リーマンの従業員は世界で約2万6000人とか。サブプライム住宅ローン問題の影響はさらに拡大する勢いで、業界のリストラが加速している。大変なことになってきたものだ。

さて、リーマン・ブラザーズは、その名の通り兄弟でつくった会社。3兄弟揃ったのは1850年なので158年も前のこと。その後、子供や孫に引き継がれたが、約40年前に一族による経営はおしまい。でも、社名はそのままだ。そういうものなのだろうか???例えば「堂本兄弟株式会社」から堂本さんがいなくなり、経営者は木村・中井に変わっても、堂本兄弟のままだろうか?私なら苗字とは関係のない名前に、社名を変えると思う。絶対。

アメリカには、他にも「ブラザーズ」が付く会社名があるが、やはり兄弟でつくったのだろうな~と思い、カチャカチャすると・・・映画会社の『ワーナー・ブラザーズ』は1923年、ワーナー4兄弟によって設立されていた。トラッドの原点『 ブルックス・ブラザーズ』は、ブルックス氏が1818年に創業し、その後、4人の息子兄弟に引き継がれてたようだ。ん~いろいろだ。

兄弟といえば、1920年にダスラー兄弟が、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立したものの、1948年に兄弟の意見対立により「ダスラー兄弟商会」を解消。弟は「アディダス」社を、兄は「プーマ」社を設立した…という話は聞いた個ことがあるな。やはり、兄弟は別々に会社を経営していたほうが(普通は)良いのかもね。日本でも、西武の堤さんとか、ビルの森さんとか。

横川4兄弟による「すかいらーく」は、先ごろついに、横川家による経営が終わったようだ。兄弟が4人もいるから、子供達に継がせることができなかったのかな(知らないけど)。よく分からないのは、中古車の「ガリバー」。ここ10年位で急成長し上場も果たした。んで、5月に羽島社長は代表権のある会長になり、息子の2人兄弟は専務だったけど、2人とも同時に代表取締役社長になった。同じ会社に社長が2人、しかも兄弟とは、大変珍しいのではないかな。上手くいくのかな~と。やっかみ半分でみてしまうな。なんだかな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

作業痛!

2008-09-16 | 我が家~モノ・作業

今朝は、目が覚める前まで変な夢を見ていた。・・・スキー?旅行に参加することになったのだが、どうやら娘の大学で、娘の代わりに参加している状態のようだ。周りは誰も知らず、名簿みたいなものにも私の名前はなく、何故代わりに参加できるのか?~バスに乗り込む時に、「○○ちゃん(娘の名前)のお父さんが来てるって!」という声が聞こえた。何で知ってんだ?お前は誰だ?~何人かがコッチを見ていたので、緊張しながら前の方の3人掛けの席に座る。何でバスに3人掛けの席があるのか?~発車してすぐカップめんみたいなモノが配られたが、隣の席を見ていたらそれは沸騰するようだ。旅館のお鍋でもないのに何で?~そのうち私のもグラグラと沸騰。そしてバスの揺れでスープがこぼれて・・・なんなんだーこの夢は!

さて、3日前と2日前に庭木(コナラや山ぼうし)の剪定(のような事)をした。高枝切りバサミを使って、伸びた分+隣の家にはみ出過ぎている分+風通しを良くするつもりで…あーでもないこーでもないと。落とした枝を集め、そのままでは捨てにくいので(ゴミ袋にも穴があくし)、さらにそれを細かくする。蚊にたくさん刺された。けっこうな作業だった。

昨日は、クローゼットの中を整理。ついでに、高さ90センチ幅85センチの棚の置き場所を(1Fのクローゼットの中→2Fのクローゼットの中に)移動しようとしたのだが、新たな設置場所は幅が若干狭い。どうしたものか(捨てる?でも、切って小さくしないと捨てられないし。どうせ切るのなら…)と、幅を10センチ位縮めることにした。天地の板や棚板・背板をノコギリでカットし、ネジと釘で止める。言葉にすると簡単だが、けっこうな作業だった。

なもんで、腕から背中が痛いのよ。特に肩甲骨のあたりが。
まぁ、山ぼうしもスッキリしたし、クローゼットの中はキレイになったし、良かったとしよう。もともと私は、物をなかなか捨てられない方なので、これを機に古いものを(思い切って)捨てることができたと思う。逆に嫁さんは捨て上手なので、釣り合いがとれているということかな(時々必要なものを捨ててしまう時はあるけどね。5.1chのスピーカーのリモコンもいつからか無いし…)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1300年のお寺

2008-09-14 | お出かけ

息子は部活、娘はバイト。なので、私の「山に!川に!出かけたい病」を癒すために、今日はやむなく近場に出かけようと思っていた。昔から何度も行っていた辺りで、と考えながらも「何かないかな?」とカチャカチャ。すると、川から山に入ったところに、古いお寺を発見。

このお寺は「慈光寺」といい・・・白鳳2年(673年)に僧・慈訓が千手観音堂を建て、観音霊場とし、役小角も西蔵坊を設けて修験の道場を開いた。その後、鑑真和尚より教えを受け、民衆から菩薩と崇められた釈道忠によって開山された。以来、今日まで法燈を灯し続けている埼玉県唯一の寺である・・・という。約1300年の歴史がある!また、国宝・文化財の宝庫だとも。これは、スゴイのでは!?なので、ついでに寄ってみることにした。

川沿いの道から折れて、くねくねと、考えていたより勾配も距離もあった。駐車場に車を止めたが、それほど広くない。山裾というか山を一部削って駐車場にしたようで、元々広さは確保できそうもないな。境内図(看板)をみると、山の中に本堂や○○堂、鐘楼などが点在しており、山道(階段状)で行き来できるようになっている。疲れそうだ…。

まず、本堂に向かって歩く、横移動のあと階段。山門?をくぐると目の前に建物があった。ん~?思ったより小さい、家じゃないのは分かるけど、歴史を感じる入口以外は、田舎の大きい農家の家のほうが立派かも(失礼)。山門は趣があったので撮ってみた。


境内を横に歩いて行くと、周りの建物とは異なり近代的な建物があった。どうやら、ここに国宝や文化財を保管しているようだ。次に観音堂に向かう、途中「徒歩3分」とあったけど、階段がキツイせいかもう少しかかったと思う(もしくは、違う道だったか?)。
登りきった所にベンチがあり、一休み&軽くランチ。しばらくすると…(本堂辺りまでは、日がさして暑かったけど)標高の高さと、樹木で日陰になっているのと、坂の(崖?の)下から吹いてくる風のせいで、とても涼しく感じた。楓等の広葉樹の葉が落ちたら、眺めも良いだろう。

観音堂は…立派だった。歴史も感じるし…(形容は苦手。とにかく立派だった)。観音堂の軒先というか外陣の天井には、当時はとてもきれいだったと思わせる格子柄と馬がいた。これは…左甚五郎の作と言われる木像の白馬が奉納されていて、この白馬は「夜荒らしの名馬」と呼ばれ、毎晩村人たちの畑荒らしをしたので捕まえて観音堂に納めてしまったという話だ。ン~なんだそれ。
 

途中の第2?駐車場からは眺望が望まれ。こんな感じ。


まぁ、とにかく、673年といえば奈良時代の前、飛鳥時代だ。なんで?そんな時代に、この地に、しかも山の斜面に(どうやって建築資材を運んだのだろう)、建立したのだろう。何があったのだろう。…春か秋に、また行ってみたいと思ったサ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コンパニオンバード

2008-09-13 | 豆知識的な…

先日、インコを飼っているNさんからのメールに「コンパニオンバード」という単語があったけど、初めて見聞きするもので意味不明だった。なので、カチャカチャしてみると『単に見て楽しむ、聞いて楽しむだけの鳥ではなく、手に乗り、飼い主と遊び、コミュニケーションをとることを喜びとする鳥たちのことです。』とあった。

人間の手で育てられた鳥は人間を仲間と信じていて、人間が大好きで、一緒に楽しく暮らすことが彼らの喜びと考えられる。けっして「籠の鳥」ではないし、自由に外を飛び回れなくてカワイソウということでもない。猫や犬と一緒で、一緒に遊びたいわけだな。
某サイトには・・・寿命も30~60年ときわめて長く、まさに生涯の伴侶(コンパニオン)にふさわしい存在。また鳥の仲間としては強健で、日常の管理も犬や猫と比較すれば楽。お年寄りでも一緒に暮らせるでしょう。生活を共にする「家族の一員」なのです・・・とあり、確かにそうだな~と感心した。

実は、コンパニオンバート?コンパニオンと聞くと、オッちゃん的には、ついそっちの方を考えてしまい…?なんのこっちゃ?と…情けない。伴侶ですもんね。「一緒に連れ立って行く者。なかま。つれ」ですよね。

んで、『コンパニオンアニマル』という言葉もあるわけだな。
・・・人と長い歴史を共に暮らしてきた身近な動物を、伴侶や家族、友達と同様に位置づけてコンパニオンアニマルと呼ぶ。従来のペットのことで、日本では1985年頃から使われ始めた。人の生活の変化に伴って、その存在意義や価値、役割が変わり、近年の社会環境の中で見直され、家族の1人、社会の一員として位置づけられるようになっている。コンパニオンアニマルの条件は、人と共に暮らし、その動物の獣医学、習性や行動、人と動物の共通感染症が解明されていることで、現在、それらの代表は犬と猫。…(日本臨床獣医学フォーラム)

なるほど、人間との関わりからいえば、犬と猫との歴史が長いのでしょうね。ついで鳥なのかな。一部ではトカゲやヘビ、他にも両生類、甲虫類などをコンパニオンアニマルとして、一緒に生活する方もいるでしょうね。単語の条件とは合わないかもしれないけど、観賞魚にしても、その成長や世話をすることを通して、嬉しさや癒し、悲しみもあるし、生命の重みを知ることにもなる。
いずれにしても、コンパニオンアニマルって何を飼う?ではなく飼い方、付き合い方ですね。

また、老齢社会では若者から元気をもらう機会が減ってきたので、ペットに安らぎや癒しを求めることが増えてきて、コンパニオンアニマルの役割の重要性が理解されるに従って、集合住宅の中でペットと暮らすことを認める動きが広がってきているという。いいことですね。

動物を取り巻く環境もいろいろと変わっているようです。コンパニオン~?という下司な考えからでしたけど、いい勉強になりました。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

川辺川ダム

2008-09-12 | 自然・環境とか

企業などが、一度決めた計画について邁進せず、簡単に見直し・変更を行うのはいただけない。まず、やる事も必要だし、即見直しならそもそもの計画がおかしいのである。それに、朝令暮改のようにころころ変わるのも最低だ。ましてや、それが第三者によってとなれば…もう最悪だ。止めたほうが良い・・・おっと書きすぎた。半分グチだ。

さて企業ではなく国の話・・・1966年より事業が開始され、もう42年の歳月が経過した「川辺川ダム」に進展があった。熊本県知事は11日の県議会本会議で現行のダム計画に反対する考えを表明し、国交省にはダム中止を求める。これにより、計画は、中止に追い込まれる可能性が高まったようだ。環境保護的には良かったのだが、事は簡単ではない。(40年以上もかかったのは、それなりに理由もあったわけだ)これから、どうするのか。

当初、川辺川ダムは特定多目的ダムとして洪水調節、不特定利水、かんがい、水力発電のために計画された。1976年の完成を目標としていたが、その後の事業変更で1981年、1993年、2000年そして2008年の完成目標へと四度も完成予定を延期させていったが、今年になっても本体工事には着手できていなかった。もちろん、それだけ反対があったからで、相次ぐ共同事業者の事業撤退もあり、多目的ダムから治水ダムへの計画変更を余儀無くされた。

治水対策であれば、ダム以外の代替策もあるのではないかな?(これまでは難しいということだったんでしょうけど)住民の賛同を得られるようのものができるのではないかと期待したいですな。それを国も認めてほしいですな。
大規模ダムに期待するのは、ダムそのものの目的もあるが、巨大公共事業が地元にもたらす経済効果も大きい。村おこしの契機にもなるはずで、だから、ダム建設に賛成の方もいるわけだ。んでも、日本の代表的な清流なので、豊かな自然を活かせば、一過性ではなく長く将来にわたる地域振興だってできるんじゃないかな?それだけ効果のある素晴らしい自然のようだし(私は行ったことがないけど)。

それにしても、40年という長い年数は取り戻せない。工事のために、五木村の村役場など水没予定施設と対象約500世帯は、相当の金額をかけ代替地に移転した。苦渋の選択として、ダムによる新しい村づくりを目指し、村民一丸となって取り組んだ。しかし、固定資産税の問題や農業をやっているのに自給が出来ないなど、それまで自分たちが暮らしてきたような生活とは異なり、生活がしにくいという。結果、村を離れた人も多いとか。それなのに、ここにきて本当に中止ということになったら・・・住民のこれまでの苦悩や犠牲は…?

同じように40年来すったもんだしているダムが、群馬県長野原町に建設中の「八ッ場(やんば)ダム」だ。こちらも川原湯温泉街や名勝「吾妻峡」の半分がなくなる。さまざまな反対も多い。ただ、川辺川ダムとは異なり、利水や発電も含めた多目的ダムなので…どうなのかな?代替地造成など生活再建事業も進んでいるらしいけど…どうなのかな?
いずれにしても、計画からは50年以上経つのでしょう、どんな計画だ!!!と言いたい。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京駅が!

2008-09-11 | 飲んだときに…

昨夜は、東京駅八重洲北口で知り合いと待ち合わせ。数年ぶりに会うのだが、お互いイイ年になっているせいか、それほどは変わらないものだな。

さて、東京駅には普段用がないので、まったく立ち寄らないのだが、まぁ~変わりましたね~ビックリです。デカイビルが建ち、お店が増え?通路も変わったような?駅構内外も広くなったかな?以前に比べるとずいぶんあかぬけた感じがします。「TOKYO STATION CITY」というらしいですね。未だ工事中の所もあり、丸の内駅舎の復元工事&東京ステーションホテルの再開、ツインタワーを結ぶ歩行用だけど巨大なデッキとかが、あと3年~5年でできるとか。なるほど「駅」ではなく「街」になりそうですな。

昨年の11月にできた、43階建ての「グラントウキョウノースタワー」と42階建ての「グラントウキョウサウスタワー」のツインタワーは、駅舎の両サイドに建てられている。この間には、新たな高層建築物を設けず吹き抜け状態とすることで、丸の内側に風の通り道を確保し、ヒートアイランド現象の抑制を促す効果が期待されているそうだが、はじめての今夏は、効果はあったのだろうか?是非知りたいところだ。

東京駅は他の大きな駅とは趣きが異なる(と思っているのは私だけではないでしょう)。JR東日本の乗車人員が東京駅よりも多い、新宿駅・池袋駅・渋谷駅などは、私鉄路線のターミナル駅でもあるし、日中や夜間を問わず営業する繁華街(お店)があるし、周辺には住宅街もある。東京駅の利用者はほとんどビジネスマンだ。ただ、旅客収入額では、JR東日本はもとよりたぶん日本一のようだな。

東京駅の駅舎が古くて重要文化財になっていることは知っていたが、カチャカチャしてみると、当時、この東京中央停車場を設計したのは明治・大正期の建築家「辰野金吾」氏で、氏は他にも日本銀行本店、旧日本生命九州支店、大阪市中央公会堂等々も設計しており、みな重要文化財になっている。建築界をリードした偉人であるようだ。
歴史のある建物って和洋問わず興味があるので、機会があったらゆっくり眺めたいものだ。

ちなみに、中央停車場の設計を依頼されたのが明治36年、設計が本格化したのは39年頃で、設計が終わらないうちに(何でだ?)明治41年に着工し、大正3年に竣工したのだそうだが、あまりに完成を急いだため、試運転も満足に行っておらず、そのため、開業初運転の電車は品川と鶴見間でエンコしてしまうというていたらくだったとサ。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

磯野家が!

2008-09-10 | 映画・TV・ヒーロー

今日から、江崎グリコのチョコレートのCMで、『サザエさん』の25年後を描いた“25年後の磯野家”シリーズが始まるそうだ。配役?はカツオ:浅野忠信、ワカメ:宮沢りえ、タラちゃん:瑛太、イクラちゃん:小栗旬というからスゴイな。
相変わらず野球ばかりしている36歳のカツオはイメージに合うけど、高級車に乗りスーツを着て現れる26歳のイクラちゃんは、とても想像できない…なので面白そうでもある。

法事での「再会篇」から始まり、イクラちゃんの現在の仕事と暮らしぶりを描いた「仕事篇」、カツオとワカメの思い出を描いた「テスト篇」、タラちゃんの意外な職業が明かされる「屋台篇」といった、興味をくすぐるシリーズがあるそうなので、ソフトバンクのCMに対抗できる?かな。
ちなみに、グリコのサイトでTV-CM(再開篇)を見れますな。

サザエさんといえば、隣席のOくんが(また、教えてくれた)「知っていますか?昔、ちょっと流行ったんです」と、見せてくれたのが『劇画調サザエさん』・・・これは、恐いです(サザエ、カツオ、マスオ、そして三河屋のサブちゃんが…)。劇画タッチで内容も超劇画で。今回のCMともアニメともまったく異質のサザエさんに興味のある方は、コチラをご参照ください。

また、カチャカチャついでに、磯野家等の家系図を「サザエさん市場」というサイトで見かけた。ほ~っ、波平さんの妹の子供がノリスケなのか。ってことはカツオとノリスケは従兄弟なのだな。サザエとカツオの年の差は13歳。マスオと兄のサケオは似ていないな。などなど為になりました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国の休暇

2008-09-09 | 豆知識的な…

会社でノベルティを作ることになり、業者に発注したのだが、実際の製作はやはり中国で行われるとのこと。同じものを国内で作るより日数はかかるが、経費的には全然違うのでしょうがない。予定では、通常約50日かかるということだった。
それが、数日後、担当から連絡があり「すみません。コッケイセツを忘れていました。あと、5日位延びそうです。」という。コッケイセツのために工場が休みになるので、その分遅れるというわけだ。あんだよ~!と思えど、これはしかたがないようだ。

んでも、コッケイセツってよく分からない。カチャカチャすると、日本でいうところの建国記念日が、中国(中華人民共和国)では10月1日のようだ。1949年のこと、故毛沢東主席が天安門の楼上から中華人民共和国の建国を宣言したことにちなむ。コッケイセツは「国慶節」。

中国では、春節(旧正月)が一番の祝日で(これは知っている)、1週間程度の大型連休となるそうだが、国慶節も、この日をはさむ1週間が大型連休となるのだ。1週間と書いたが、正確には「7日間」。ん?平日5日と土日合わせて9日間では?と思えばさにあらず、7日間は7日間。

某サイトでは「報道によると、今年の国慶節休暇は9月29日から10月5日までの7日間に制定されたことが、近日中に中国国務院から発表される。」とある。私がみたサイトの説明によれば、10月1日(水)~3日(金)が本来の国慶節休みで、4日・5日が土日。で、9月29日(月)と30日(火)は何かというと、27日・28日の土日を出勤にし、休みを29日・30日に振り替えるようだ。

7日間休暇の前には7日間連続出勤となるわけで、これは…いくら休暇が控えていても、肉体労働の方もいるわけだし…疲れそうだ。春節の休暇も同じようにやり繰り?するらしい。出勤となる土日は平日の扱いになるのだろうな。でないと仕事にならないしね。国が決めるわけだから絶対だろうし。

ちなみに、「国慶節休暇中に休日出勤する場合は、本人の日給または時給の300%の休日出勤手当を支給するように関係部門から通達される」という。
休暇の取り方には妙に感心したが、日給計算で3倍!とはビックリだ。所変われば休みも変わるんだな~。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする