シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

さいたま水上公園、埼玉県武道館 

2022-03-24 | ご近所、周辺事象

2月27日(日)の午前中に、さいたま水上公園の雑木林とまだ訪れたことのない埼玉県武道館見学(可能であれば)へ行くことにした。結果、たまたまラッキーと、たまたま残念なことがあった。

現地の案内図で示すと、道路(国道17号)の右側が「運動公園」、左側が「水上公園」で緑色部分が雑木林。さらに左側には下から(北側から)「スポーツ総合センター」「埼玉県立武道館」「埼玉アイスアリーナ」がある。


さいたま水上公園の雑木林は、国道17号の入り口からプールエリアまでと、その北側には雑木林が広がっている。国道沿いにはクスノキなどの常緑高木が多いが、中に入るとけっこうマツが多い。


この雑木林でも(今シーズン他所でもよく見た)モズ♂を確認した。遠かったけどデジカメのズームのおかげ。


水上公園は、一昨年・昨年とコロナの影響でプールの営業ができないまま50年の歴史が終了したことを昨年8月に当日記で取り上げた。
懐かしい券売場のあたりにくると、アレ?と、けっこう人がいる。腕章を付けてドローンを操作する方も。立て看板を見て解った。この日が『さいたま水上公園プールFinal Day』だった。


後でWebサイトでも確認したが、冬季にプールエリアでは、プールフィッシング・卓球場・パターゴルフ場・バッテリーカーの営業をしていたが、この日が全営業の最終終了日だった。そして、午後1時からプールエリア区域を無料開放するという。たまたま、最後の営業日に居合わせたようだ。ラッキー!かな。

子供が小さい頃に何度かきているのでプールエリア内には行ってみたいところだが、この時は午前10時半頃。午後1時までは待てない。そこで、懐かしいところを記録することにした。
夏のプール営業のときに並んだ券売場。


この建物は、1・2階とも更衣室だったと思う。


滑り台のようなスライダーは子供に人気だった。


奥の方に見える大屋根の建物は「埼玉県武道館」。そちらに向かう。


埼玉県立武道館は、元々浦和市(現:さいたま市浦和区)仲町にあったが、2003年(平成15年)に彩の国まごころ国体の柔道会場として使用するために、同所から上尾市日の出のだだっ広い水上公園の駐車場の一部を転用して新築移転したもの。

武道館ができたことは知っていたが、訪れたことは無い。なので、ついでに見学したかったのだが、やたらと係員がいて誘導している。この日はバレーボールの試合があった~。地元の女子バレーボールチーム「埼玉上尾メディックス」の試合だった。


施設の案内板によると、埼玉県立武道館には主道場・第一道場・第二道場・遠的弓道場・近的弓道場、屋外相撲場・屋内相撲場がある。どこか見学できるのではないかと正面受付に行って聞いてみると、「バレーボールの試合で全館貸切なので・・・」と断られた。
全館!?マジで!と思うが仕方ない。外側を見て回る。2階から中庭越しの主道場。


屋外相撲場は、近代的な趣き。


その先には、埼玉アイスアリーナがあり、この時は受付待ちの方が列をなしていた。
埼玉アイスアリーナは、2014年(平成26年)11月の開業で、国内有数の2面リンクの屋内スケート場。メインリンク(国際規格 60m×30m)とサブリンク(46m×16m)があるという。


昨年の4月には、同所で「浅田真央サンクスツアー 埼玉公演」が行われた。

戻って、国道を挟んだ上尾運動公園の競技場を外から見る。陸上競技場は昭和42年の国体の主会場として建設されたもの。現在も多くの大会や練習等で利用されている。毎年、当該市のシティ(ハーフ)マラソンの主会場となり、私の知り合いも参加している。
また、競技場の外周には自然に囲まれた1周800mのジョギングコースがあり、毎日多くの方が利用されているようだ。手前の緑色のところ。何年か前に利用したことがあるけど、一周800mは長いと思った。


トラック内への出入口。当然ながら閉まっていた。中を覗くと陸上の練習をしていた。


児童広場の遊具。リフォーム直後?の小綺麗な象さんが寂し気・・・。


競技場の利用料金は、5,400円/1日。是非とも会社の運動会とかで使っていただきたいものだ。どうでしょう。前述の「スポーツ総合センター」は2,290円/1泊(県外にお住いの方)で宿泊可能。全国展開されている企業にはお薦めですよ。ただし、10名様以上の団体価格ですのであしからず。

★10日間入院し、先ほど退院した。次回はこの件を。

 

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ボウリング場/3回目接種/珪藻土足踏み/久しぶりに孫と/ウラギンシジミ

2022-03-07 | 我が家のアレコレ

〔あれこれ備忘録〕
●2月13日(日):ボウリング場が閉店していた
約1か月半ぶりに床屋に行った。車ですぐの所で、いつも裏通りからボウリング場(&パチンコ店)の駐車場に車を止める(その駐車場のどこかを床屋で借りているはずだ)。しかし、その駐車場にロープが張られていた。正面の駐車場に移動し空いている所に車を止める。建物の入り口に張り紙があった。なんでも1月31をもって閉店したとのこと。こりゃ~驚いた。張り紙によるとボウリング場は昭和40年代半ばの開業で約半世紀営業してきた老舗。
私は昭和60年代から地域に住んでいる。このボウリング場には何度か行ったけど、正直それほど思い入れは無い。とはいえ、ボウリングの全盛期を知っている世代にとっては寂しい感じがした。

●2月17日(木):3回目のワクチン接種
接種券が届き、速攻で予約した。ファイザーだと当面空きがないのでモデルナにし、2回目の接種と同じ駅前のクリニックで予約した。(1)ファイザー(2)ファイザー(3)モデルナだ。妻は同日の16:30、私は17:30の予約。間に合うように会社を出て直接向かった。
受け付け周りは混んでいた。2回目時も木曜で空いていたのだが、その時は外来休診にしていた。受け付けをした後は、とりあえず待つしかないと空いた椅子に座った間もなく呼ばれた。で、サクッと終わった。接種後15分待つのは系列の別のクリニック(並びにある)だった。

3回目は量が半分ほどいう。そのせいか、接種後からまったく痛みがない。触っても普通。これならと晩酌もいつも通り。食後、お風呂で温まって出たら少し痛みを感じるようになった。その後、腕を上げたり、寝る時に下にすると痛いけど、それ以上の副反応はなかった。

しかし、妻は接種後から「痛い」という状態。翌日(18日)の朝10時頃からは急に「寒気がする」という。炬燵に入っているのにだ。念のため熱を測ると38度。この時から翌19日の午後まで妻は動けなかった。私は接種翌日を念のためと在宅勤務にしてたので、妻の世話ができて良かった(たいしたことしてないけど)。

●2月26日(土):珪藻土足踏み購入 / 久しぶりに孫と
妻の買い物でイオンモールに行くことになった。通路を歩いていると、常設ではない店がありウソのような安い値段でいろいろ売っていた。目にとまったのが珪藻土の足踏みマット94%引きの200円!これは買うしかない!他にビニール手袋2箱とティッシュケースカバー(ペーパータオル用にと)も購入し450円ほど。(その後、珪藻土足踏みは風呂上がりに使用している。)


昼時なのでランチに蕎麦を食べ、ドーナッツ買って、地域のお食事券からお買物券1,500円分をゲット。※食事券~買物券についてはこちら。

14:00頃、5か月半になった孫の顔を見に行く。娘のアレコレ依頼で、息子は先に行って娘・孫の散歩につきあったようだ。
孫とじっくり顔を突き合わせるのは、1月9日(日)に我が家に娘一家が来て以来のこと。久しぶりなので、「やたら話しかけてくる、このオジサンは何なんだろう?」と思われる不思議な顔で見つめられた。こっちは、毎日送ってもらっている娘のLINEで「お前の成長具合は知ってんだぞ!」と言いたいところだ。

●2月27日→3月5日:ウラギンシジミ
以前日記にも記したが、庭の山茶花の葉の裏でウラギンシジミ(という蝶)が越冬しているのを1月16日に気づいて喜んだ(何故、こんな住宅地の狭い我が家の庭にきたのかは不明)。
Webで気温が15℃を超すと動き出すという記載をみたことがある。日中暖かくなる日が続いたけど、そこまでではなかったはずだと思いながら、2月27日(日)近くの散歩から帰った11:15に確認すると、そこにじっとしていた。無事だったことに安堵する。


一週間後の3月5日(土)、当地は日中19℃まで気温が上がった。予報でもそうだったので、3月初旬にそれはないやろ~と思う私は在宅を決め込んだ。夕方、心配になりウラギンシジミを見に行ったら・・・いなかった。
動き始めたようだ。どこにいったのだろう。まだこの先気温が下がる日はあるので、その時は戻ってほしいものだ。

 

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秩父6:秩父のシンボル「武甲山」・「二瀬ダム」

2022-03-05 | お出かけ

武甲山(ぶこうさん)は、秩父盆地の南側で秩父市と横瀬町の境界に位置する山で、標高は1,304m。名前は日本武尊が東征の成功を祈って山頂に武具や甲冑(かっちゅう)を納めたことが由来とされている。

武甲山は北側斜面が石灰岩質であり、石灰岩の採掘が盛んに行われセメントの主原料となって高度経済成長期以降の建設業界を支えた。同時に、養蚕の衰退に苦しんでいた秩父地域の経済も活性化した。

2月12日(土)、あしがくぼの氷柱を見た後、宝登山に向かう途中の道路から武甲山が近くに見えた。ここまで近くから見るのも、雪が残る山容を見るのも初めてのこと。
こちらは、信号待ちの際に、助手席の妻に撮ってもらった。武甲山からは北北北東あたりから。


さらに進んだところで車をとめて眺める(少しズーム)、セメント会社の煙突が印象的だ。


さらにズームで山頂辺りを記録。雪のおかげで階段状になった採掘跡がよく分かる。

階段状になるのは「ベンチカット」と呼ばれる採掘法によるもので、水平なベンチ (階段) で採掘する方法。一段の高さは10m。武甲山では3つの鉱山が稼動しており、取り残しの無いよう協調して同じレベルを保ちながら階段状に採掘しているようだ。

現在もセメントは作り続けられている。


武甲鉱業株式会社のWebサイトで採掘や選鉱について拝見した。外見だけではなく山の中もスゴイことになっている。山頂部で採掘した石灰岩は下部のベンチに設けられた立坑に投入された後、様々なサイズに小割されてベルトコンベアで排出される。山の中が工場だ。できることなら見学してみたい。


距離が一気に遠くなるが、(前回もとりあげた)宝登山山頂付近からの武甲山。秩父盆地からはどこからでも武甲山が見られるであろう。やはり武甲山は秩父のシンボルだと納得する。


そこからのズーム武甲山。右側(西側)も採掘されている。


ちなみに、2019年4月28日に秩父市の「羊山公園:芝桜の丘」からの武甲山を眺めた。

武甲山は山頂を中心に採掘が進み、標高は32m低くなり、山の姿は変わってしまった。でも、その歴史も含めて武甲山は地域を象徴する存在なのだろう。今は、採掘跡地緑化も進んでいるようだ。

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秩父市内から三峯神社へ行くには、国道140号線から左折してダムの天端を通って坂道を上る(県道278号)。このダムは『二瀬ダム』という。

二瀬ダム(ふたせダム)』は、1961年(昭和36年)完成。ダムによる人造湖は『秩父湖』。ダムの型式は重力式コンクリートダムとアーチ式コンクリートダムの利点を兼ね備えた「重力式アーチダム」であり、ダムの高さは95m。堤頂長は288.5m。
天端の道路から坂道の途中までは、信号機による交互一方通行となっている。

2月11日(金・祝)に、三峯神社から三十槌の氷柱へ行く途中、道路脇に車を止めてダムを見る。
冬なのでやはり秩父湖の水位は少ない。水面は凍り、前日の雪が白く残っている・・・ように見える。


天端からの風景も見たいものだが、道路幅は狭いし交互一方通行なので無理とあきらめる。青緑色の部分は非常用洪水吐(こうずいばき)の流入部。


国道に入って、ダムの堤体を眺める。雪が付いているということは、一般的なアーチダムと違って壁面が垂直ではなく斜めになっているということだな。


その昔、荒川は名前のとおり荒れる川として幾たびも氾濫を繰り返し、流域に被害を受けていた。昭和25年に荒川の治水を図るべく「荒川総合開発計画」が立てられ、埼玉県及び東京都の水害に備えることとなった、この計画の中心事業が二瀬ダムの建設だった。(二瀬ダム管理所のWebサイトなど参照)

ダムの下=谷底を臨むと左右から山が迫るV字渓谷ということを実感できる。かつて大雨はジョウロのように荒川に集まり、一気に下流に流れていったのだろう。


「ダム便覧」のWebサイトで、二瀬ダムのことを確認。このダムの洪水吐は、直接落下させるのではなく、空気中に飛ばし落下地点の水のクッションで弱める「スキージャンプ式」という。2本とも下部で傾いており右岸側に水が向くようにデザインされている。改めて画で確認、な~るほど!である。

氷・雪のおかげで洪水吐に水が流れているような雰囲気がある。


重力式アーチダムを見るのは初めて。調べてみると全国で12基しかない珍しい型式だという。
また奥秩父に行く機会があったら、管理所や秩父湖、支流の中津川にある滝沢ダムなども訪れたいものだ。

秩父地域の観光日記は、今回で終了。楽しく面白く有意義な観光だった。


◇2022年2月11日~12日 秩父観光散歩 まとめ

真冬だからこその「秩父観光」に行ってきた!
秩父1:三峯神社1 立地,三ツ鳥居,奥宮遥拝殿,随身門など
秩父1:三峯神社2 拝殿-本殿、摂末社、ご神木、他施設
秩父1:三峯神社3 大島屋テラス、遥拝殿絶景、その他
秩父2:三十槌の氷柱(みそつちのつらら)
秩父3:あしがくぼの氷柱(ひょうちゅう)
秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社
秩父5:宝登山のロウバイ、宝登山神社奥宮
秩父6:秩父のシンボル「武甲山」・「二瀬ダム」

 

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秩父5:宝登山のロウバイ、宝登山神社奥宮

2022-03-03 | お出かけ

2月12日(土)、秩父市黒谷の「和銅遺跡、聖神社」見学の後、長瀞町の「宝登山ロープウェイ」へ向かう。
宝登山のロウバイが見頃になってきたというニュースを見た事と、昨年の6月に宝登山神社を訪れた時は山の上の「奥宮」まで行けなかったので、この機会に行ってみようと思った。

宝登山ロープウェイ駐車場(500円)から坂道を数分上がり山麓駅に。往復乗車券(830円)を購入し列に並ぶ。
宝登山ロープウェイは、山麓駅から山頂駅までの全長832mを約5分間で結び、2台のゴンドラ(50名様乗り)が、山頂駅と山麓駅をつるべ式に往復する四線交走式システムで運転を行っている。
この時はコロナ対応で満員ではなく減員した(30人だったかな?)運行だった。ゴンドラは歴史を感じつつもカワイイ見た目。

宝登山を侮っていた。昨年「奥宮」のある宝登山に登らなかったのは、それよりも他を優先しようと思ったからだが、山頂駅に降りて下界の眺望に驚いた。さらに雪がメリハリをプラスしているような気がする。


宝登山ロウバイ園は、山頂駅から坂道(or階段)を少し上ったところから山頂付近まで山裾に広がっていた。遊歩道からはロウバイと眺望が楽しめる。


西側は満開過ぎ、東側は見頃という感じ。(ロウバイのことは、後日に植物中心の別ブログでもとりあげようと思う)


こちらは山頂近くの西園。よく咲いている。


ざっと見たところでは、三種類見られ、マンゲツ(満月)ロウバイ、ソシン(素心)ロウバイの品種が多く、ロウバイ(ここでは「和蝋梅」)は少ないようだ。↓こちらはマンゲツかな。


梅百花園もあり、ウメが咲き始めていた。一番多い花数の樹を記録。眼下は皆野町の町並み。


山頂付近は、さらに眺望がきく。南側の「武甲山」方面を望む。武甲山は雲がかかっている山↓。その麓は秩父市の町並み。


広く見渡せるので、2枚の画を合わせてみた。雰囲気だけでも。


山頂の標識と三角点。標石は上部が折れているけど「三等」か。



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宝登山神社は、宝登山の山頂に奥宮、麓の山懐に抱かれるような形で本社がある。
西暦110年、今からおよそ1900年前、皇子日本武尊が東征の帰途山容の美しさに惹かれ、ミソギの後に山頂を目指した。途中山火事に遭遇するが神犬の神助を得て、無事に宝登山山頂に於いて神霊を祀られた事が当社創建の始めとつたえられている。(宝登山Webサイトより)

山頂から針葉樹などの林の中を斜めに下ると、宝登山神社奥宮の参道に着いた。右に鳥居、左に神社の位置。せっかくなので、鳥居正面階段を二十段ほど降りてUターン、改めて正面から入る。


宝登山神社の表記は、正式には「宝」が難しい方の漢字で「寶登山神社」。


奥宮の全景。林の中だが木漏れ日がさす。雪の無い季節では印象が異なるであろう。


手前の木製の鳥居の下から奥宮の正面を見る。


奥宮の手前には神犬(オオカミ)が鎮座する。秩父には三峯神社をはじめ、オオカミ信仰(神犬信仰)の神社が多く存在する。

 

この後は山頂駅近くのレストハウスで遅めのランチ(山菜そば)をとり、下りのロープウェイで駐車場にもどる。
その後は、帰路につく・・・が、車は雪道を走行した後なので汚れが目立つ。そこで、家の近くのガソリンスタンドに寄り洗車をした後に帰宅した。

(秩父観光の旅程としては今回で終了だが、あと1回、移動途中で見たダムと山を次回に。)


◇2022年2月11日~12日 秩父観光散歩 まとめ

真冬だからこその「秩父観光」に行ってきた!
秩父1:三峯神社1 立地,三ツ鳥居,奥宮遥拝殿,随身門など
秩父1:三峯神社2 拝殿-本殿、摂末社、ご神木、他施設
秩父1:三峯神社3 大島屋テラス、遥拝殿絶景、その他
秩父2:三十槌の氷柱(みそつちのつらら)
秩父3:あしがくぼの氷柱(ひょうちゅう)
秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社
秩父5:宝登山のロウバイ、宝登山神社奥宮
秩父6:秩父のシンボル「武甲山」・「二瀬ダム」

 

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秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社

2022-03-01 | お出かけ

2月12日(土)、あしがくぼの氷柱を見た後、マップで宝登山に行く途中に和銅遺跡があることが分かったので立ち寄ることにした。
日本最初の貨幣は「和同開珎(わどうかいちん)」である・・・ことだけは知っていたが、その発祥が秩父で遺跡があることも知らなかった。

和銅遺跡と聖神社(出典:秩父市「秩父観光なび」Webサイト参照)
西暦708年、この地で採掘された自然銅(和銅)が朝廷に献上された(和銅奉献)。自然銅の発見は、当時の日本にとっては、とても大きな喜びであったことは、元号が「慶雲」から「和銅」に変わったことからもうかがい知ることができる。日本最古の流通貨幣と言われている「和同開珎」は、この自然銅をもとにして作られたとのこと。
この地には和銅献上に関係が深いと伝えられる聖神社があり、大小2個の和銅石・和同開珎銭・和銅製の雌雄一対の蜈蚣(ムカデ)がご神宝として収められている。また、付近には銅が産出された当時を偲ばせる地名や言い伝えも多く残されている。

国道から山中の『和銅遺跡』駐車場まで1kmもないが、一部道幅がとても狭いので要注意。
駐車場からは徒歩で道路を下り、沢沿いに降りる。雪が凍っていて注意しながら坂道を進む。短い難所を抜けると横移動で雪も少ない。駐車場から5分ほどで和銅露天掘り跡に着く。
「ここから急斜面を登っていくと、往時の面影を残す露天掘り跡を間近に見ることができる」と説明板に書かれているが、雪のため登れない。近くの沢沿いにも「露天掘り跡」の名板があった。雪のせいもあってよく分からなかった。


大きなモニュメントが立てられていた。巨大な「和同開珎」に「日本通貨発祥の地」と明記。


サイズ感が分かり難いので、人物(我々)も入れてみた。モニュメントはかなり大きい。


なお、自然銅と元号は「和銅」で、通貨は「和同」。ともに「わどう」だが漢字が異なる。通貨の「和同」は、「天地和同」「万物和同」などの古語にもとづく「やわらぎ、なごやかに集う」という意味合いで、「和銅」とは直接的に結びつく言葉ではないとされている。

 

駐車場に戻る車道から、遠く「両神山(りょうかみさん)」標高1,723mが望めた。両神山は、鋸歯状の山容が特徴的なので分かりやすい。

 

そこから、車ですぐそこの聖神社(ひじりじんじゃ)』に移動する。
聖神社の創建は和銅元年2月とされる。
自然銅の発見を祈念して和銅沢上流の祝山(はうりやま)に神籬を建て、この自然銅を神体として金山彦命を祀った。その後、和銅の献上を受けた朝廷は勅使を派遣し、盛大な祝典を挙げた後、和銅元年2月に当地に神籬を遷した。
その創建当時、採掘された和銅石13個(神社に現存するのは大小2個)と、元明天皇下賜の銅製の蜈蚣(百足)雌雄一対が御神宝として納められ、今に伝えられている。

駐車場は参道入口の脇にあり、そこから参道の石段を上る。


社殿は江戸時代中期の建築で、流れ造りの本殿と入母屋造りの拝殿からなる。(現地の案内板から)


和同開珎のモニュメントは、銅を模した質感を表しているように見える(個人的感想)。絵馬には、和同開珎の形をしたものもあった。


こちらの狛犬は、姿勢良く威厳を感じさせる。


聖神社には社務所のような施設はないが、絵馬や御守、お札等は拝殿の前に並べてある。
地元の人々からは銭神様と呼ばれ、地域内外から金運の神様として祈願に訪れる方が多いという。もちろん、私も祈願した・・・。

この後、宝登山へ向かう。(次回につづく)


◇2022年2月11日~12日 秩父観光散歩 まとめ

真冬だからこその「秩父観光」に行ってきた!
秩父1:三峯神社1 立地,三ツ鳥居,奥宮遥拝殿,随身門など
秩父1:三峯神社2 拝殿-本殿、摂末社、ご神木、他施設
秩父1:三峯神社3 大島屋テラス、遥拝殿絶景、その他
秩父2:三十槌の氷柱(みそつちのつらら)
秩父3:あしがくぼの氷柱(ひょうちゅう)
秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社
秩父5:宝登山のロウバイ、宝登山神社奥宮
秩父6:秩父のシンボル「武甲山」・「二瀬ダム」

 

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