因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

俳優座『樫の木坂四姉妹』

2014-08-08 | 舞台

*堀江安夫作 袋正演出 劇団サイトはこちら 4,5日は練馬区立練馬文化センター 31日まで東京、埼玉、千葉を巡演  
 本作は2010年に初演され、2012年に再演ののち、2013年からは演劇鑑賞会の上演演目として全国を巡演中だ。2014年冬に大塚道子が亡くなってからは中村たつが引き継いだ。今年は3~4月北海道、東北、5~6月中国地方、そして7~8月は首都圏をまわる。
 観劇のきっかけは、何と言っても6月の早稲田大学エクステンションセンターの新劇講座に登壇した岩崎加根子との出会いである。

 この猛暑のなか1500名近い大ホールは老若男女、いや「老」と「女」が圧倒的多数であるが(失礼)、演劇をみたい!という熱気があふれんばかり。演劇鑑賞会の雰囲気は独特だ。舞台には黒字に白で樫の木が描かれた大きな幕が下がっている。樫の木が観客を迎えてくれるかのようだ。全国各地の劇場を巡演している本作をこれまでみた人、これからみるであろうすべての人が、この樫の木に対面することになる。ただタイトルの樫の木が描かれているというだけでなく、みる人に何かしらの感慨を呼び覚ますものだ。

 長崎港を望む坂の中腹、樹齢100年を越える樫の老木のそばの古い一軒家が舞台である。おっとりとした優等生タイプで、原爆の語り部をしている長女(中村たつ)、あれこれ浮名を流していたらしい奔放な次女(岩崎加根子)、事実上一家の主婦である末っ子四女(川口敦子)の3人が暮らす。居間には古いピアノ、いくつかの遺影が置かれている。
 東京からたびたび長崎を訪れ、被爆地に暮らす人々を撮りつづけているカメラマン(武正忠明)は、いまではすっかり姉妹の家になじんでいる。

 物語は2000年夏のはじめから、太平洋戦争中、長崎の「あの日」をはさみながら、初秋の日までを描く。タイトルの「樫の木坂四姉妹」にある通り、彼女たちには四女と双子である三女がいた。生きている姉妹たちとともに、生きていた家族、とくに三女の存在が色濃く示される舞台である。  

 劇団の制作者山崎菊雄は、「三姉妹を演じる3人の女優は私にとって至宝である」と絶大な信頼を寄せる(パンフレット寄稿)とおり、中村たつ、岩崎加根子、川口敦子のベテランを中心に、戦争中の家族の場面には兄や姉妹たちの青年、少女時代を演じる若手俳優も検討しており、俳優座の財産演目であると同時に、全国の演劇鑑賞会から上演を求める声が多いこともうなづける舞台である。

 偶然みたテレビ番組に長崎で被爆した男性が(故人)、核兵器廃絶を訴える運動の様子が紹介されていた。アメリカを訪れたとき、家族が日本軍による真珠湾攻撃で亡くなったという女性が、男性に向かって「核兵器によって戦争が抑止される。あのとき核兵器があれば、わたしの家族は死ななかった」と主張するのである。目の前の老いた日本人男性が、原爆によって深い傷を負ったことを知ってはいるのだろうが、まったく臆することなく自分の考えをぶつけるのである。
 核兵器が戦争の抑止力になることや、広島と長崎への原子爆弾投下によって、戦争が終結に導かれたのだ、人々を救ったのだという思考に、自分はどうしてもついていけない。
 ふたつの原爆によって多くの市民が命を奪われ、生き延びた人々は69年経過した今も放射能による病魔と心の傷に苦しんでいる。これほどの悲しみを生んでいて、いったい何をどれほど抑止したというのか。核兵器が戦争の抑止力になるというのは、結局力にはより強い力をもってするという力=暴力の構図、断ち切られることのない続く暴力の連鎖にほかならないのではないか。

 俳優座の『樫の木坂四姉妹』。ひとりでも多くの人に味わってほしい舞台であることはまちがいない。しかし核兵器の必然性を一点の迷いもなく、まっすぐに主張するあのアメリカ人女性の鋭いまなざしが、悲しみを湛えてなお、客席に優しさとぬくもりを手渡す舞台の印象を刺し貫くのである。たまたまつけたテレビで放送していた番組の、おわりのほうをちょっとみただけなのに、タイミングがよかったのか悪かったのか、『樫の木坂四姉妹』の舞台は、自分の心のなかで宙に浮く存在になってしまった。
 番組をみたこと、あのアメリカ人女性の声を聴いたことを良しとする(いや、思っているけれども)方向に導かれることを願っている。

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