*北村耕治作・演出 公式サイトはこちら 新宿サニーサイドシアターの公演は26日で終了 猫の会公演および北村耕治作品の記事はこちら→(1,2,3,4,5,6)旗揚げ10年を迎えた猫の会が、咋年夏初演の『ありふれた話』をお土産に、大阪、東京、松本、仙台、石巻の5都市をめぐる初のツアーを行う。石巻では「いしのまき演劇祭」に参加、このささやかで不可思議な不倫旅行の物語が全国を旅すると思うと、何だか嬉しくなる。
昨年夏の初演は池袋のスタジオ空洞で行われた。横に長い作りで、壁と床は白、演技エリアを客席が二方向からはさむ。対して再演の新宿サニーサイドシアターの空間はぐっと小さく、ぜんたいが黒である。客席は舞台と向き合う形で40席くらいであろうか。舞台中央の床に白いテープが四角い形で貼られており、そこが主な演技エリアとなる。白い椅子が数脚だけで道具類はない。出番のない俳優はそのそとで待機しつつ、列車の発車ベルや波音、かもめの鳴き声などの効果音を肉声で担当する。初演よりさらにそぎ落とし、俳優の演技から生まれるイメージを観客に想起させる舞台となった。
親戚の集まりから帰宅する途中の冨田(山ノ井史/studio salt)は口をきく猫(菊池ゆみこ)に出会い、お守りのようなものを「取っておけ」と押しつけられる。さらに高校の同級生塩谷(高木充子/劇団桃唄309)に再会し、互いの心の赴くままに一夜をともにし、仕事をさぼって小旅行をする。泊まったはずのホテルが消えていたり、妙な生き物が見えたり、懐かしい親戚の一子姉さん(環ゆら)に会ったり。そして冨田と塩谷やお互いに相手の目の前から消える。
冨田は会社の金を使い込んだらしく、このまま話が進むと非常にシビアな流れになりかねず、終幕で物語の主軸が塩谷に移ったことには正直なところ安堵した。と同時に、今度は彼女がどんな旅をするのか、新しい人物登場か、また誰か消えるのか・・・『ありふれた話』の続編が見たい!とにわかに心が騒いだが、物語の流れを追うことがこの作品の核ではないと思い直した。同級生の誰からも知られていない、つまりリアルな存在ではなかったらしい冨田だが、夫の不倫に傷ついた塩谷の心を慰めたことはたしかであり、冨田がいないとするとその親戚の存在もあやふやだが、これまた結婚で痛手を負った一子姉さんも彼との再会で救われたはず。わたしたちの現実には、目に見えないものの存在に慰められ、救われることがたしかにある。
人間の存在も交わりの記憶も儚く、ありふれた日常には、非日常への裂け目というか境目があって、ふとしたはずみにそこに入り込む。現実にはありえないことを秘かに願う人の心の奥底を見つめること。それが本作の心映えではなかろうか。冷静に、けれど決して冷淡ではない作者・北村耕治の視点が感じられる佳品である。
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