因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ぼっくすおふぃす・プロデュースVol.26『雪の果』

2019-04-21 | 舞台

*神品正子作・演出(1) 公式サイトはこちら 下北沢/シアター711 21日終了
 二二六事件が勃発した岡田首相官邸の日本間を舞台に、「だんなさま」である岡田啓介(猪又太一)を守り抜こうとするふたりの女中秋本サク(松岡洋子)、府川キヌ(石田廸子)と、秘書官の福田耕(永野和宏)、迫水(佐々木一樹)憲兵(佐々木二役)と、事件を起こした側の一等兵(音野暁)の攻防と意外な交わりを描きながら、80年以上も前の事件が今の日本に落とす影を炙りだす。

 日本間の押し入れに匿った岡田首相を、弔問客の出入りに紛れて脱出させたことは、ドキュメンタリーなどで知ってはいたが、こうして劇化されたものを見るのは初めてであり、この日本で同じ日本人同士による生き死にを賭けた攻防があったこと、もしこの作戦が失敗していたら、果たしてその後の日本はどうなっていたのかなど、心をかき乱されるような臨場感があった。

 岡田家にキヌが奉公に入った日から事件まで、どの程度の日にちの経過があるのかを知りたかったことと、舞台上部に日にちと時刻を映写して時間の経過を示しているが、映写と舞台が明転するタイミングがぎくしゃくすること、空襲の爆音はまだしも、玉音放送を聞かせて敗戦を示す方法は、劇作家の手腕を以てしてもう一工夫、冒頭と同じくキヌがおそらく焼け野原となった町を見やりながら「東京」とつぶやく終幕に、何かもうひと息、舞台を引き上げることができたのではないか。

 キヌが一等兵に疑問と怒りをぶつけるあたり、事件後、収監された彼と迫水が面会する場面は見ごたえがある。首相の顔を知らず、別人を狙撃してしまうなど今なら考えられないが、「大義名分を見失った今、死ぬのが怖い」と慟哭する一等兵はあまりに痛ましく、また岡田首相の身代わりになってしまった秘書官であり、妹婿の松尾伝蔵とその家族の胸の内は想像もつかず、何が正しかったのか、別の道、方法はなかったのかとやり切れない思いになる。幸せになりたい、幸せな国にしたいという願いは同じはずなのに。

 二・二六事件に関する書籍や映像作品は枚挙にいとまがないが、今日の『雪の果』は、地道にこつこつと作品を発表するぼっくすおふぃす、神品正子の活動の姿勢が映し出され、当時の人々の体温や息づかいが伝わる佳品であった。

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