ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

五峰山遠望

2010年12月06日 06時00分28秒 | Weblog
 加東市立社保育園は嬉野台地の西端の社市街地を見下ろす高台にあります。国道372号がすぐ下を走っており、市立武道館やJAみのり、市体育館などが隣接しています。
 この辺りは、源平合戦の頃、一ノ谷の合戦の前哨戦となった三草山合戦に敗れて敗走する平氏を追ってきた源氏の軍が百本の白旗を立てた所とされています。その地名が百旗立(ひゃくはったい、ひゃくはた)として残っています。保育園の正門は372号(旧京街道)に面していますが、そこには社と木梨の村境の石柱が立っていましたが、今はありません。
 さて、写真は保育園の南側の百旗墓地の脇道から北の方角、中国自動車道滝野社インター方向を望んだ景色で、正面に五峰山が遠望できます。五峰山は太平記の古戦場として知られており、足利尊氏、直義兄弟が戦った観応の擾乱で、直義軍の石塔頼房らが光明寺にたてこもり、尊氏、高師直らがこれを攻めた光明寺合戦の舞台となったところです。
 三草山合戦は800年余り前、光明寺合戦は750年余り前のことです。そんな古い歴史がこの風景の中にあるんですね。今は保育園の日の丸がはためいていました。
コメント
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