ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

ふるさと満載の『ふるさととうじょう(東条)』-東条地域まちづくり協議会

2019年12月31日 06時16分42秒 | Weblog
 

 令和元年も大晦日を迎えます。先日、東条地域まちづくり協議会から東条地域の歴史や伝統行事などをまとめた『ふるさととうじょう』をいただきました。
 A4判187頁の冊子で、平成26年から11人の編纂委員さんが、東条地域にある31の各地区から提出された地区の歴史や伝統文化などの資料をもとに、歴史的な検証を深めてまとめられたものです。表紙の『東条』の題字は、東条出身の書家、岸本太郎氏によるものです。
 Ⅱ章の各地区の頁は、「地区名の由来」「史跡・名勝」「伝統行事」から構成されており、神社仏閣、祭りなどが写真とともに詳しく記述されています。また、Ⅲ章には、「ふるさととうじょう・こぼれ話」として、地区をまたがるものや、人物、道標などの石造文化財、文書、伝承などの貴重な話が取り上げられています。Ⅳ章は「東条のデータ」として、人口、村名・地区名、学校等の変遷はじめ、行事や産業、各種統計が掲載されています。Ⅴ章では、東条の先覚者として、教育者・歌人の藤原優氏、音楽家・町長の井澤文太郎氏、詩人の坂本遼氏、書家の藤原清洞氏が紹介されています。
 加東市は、平成18年(2006)、社町、滝野町、東条町が合併して誕生し、14年が経とうとしています。東条まちづくり協議会が設立されたのは平成22年。その後、ミニ文化祭の開催など、東条地域の活性化の牽引力となっています。協議会では、この冊子をもとに、ふるさと東条をより深く知り、体験する企画などを通して、郷土に対する愛着や誇りを持ってもらえればとしています。歴史や文化、伝統を共有することにより、一体感も生まれます。この冊子にはそうした思いがつまっているように思いました。令和元年の締めくくりに素晴らしい一冊に出会えました。
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庭のスイセン-冬の日に輝いて

2019年12月30日 05時47分55秒 | Weblog
 

 令和元年もあと僅かになりました。29日の日曜日の午下がり、明るい冬の日が庭に降り注いで、スイセンの白い花があざやかに浮かびあがっていました。
 去年はなぜか、余り花をつけなかったのでさびしい思いをしましたが、今年はちらほらと花が咲き始めました。植えたものではなく、いつの頃からか庭の何カ所にスイセンが咲くようになりました。正確には、昔から咲いていたようにも思います。
 早春を告げるスイセンの花。我が家にはもっと後になると思いますが、黄スイセンも咲きます。
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2020「ふるさと 野のこよみ」(三木自然愛好研究会)

2019年12月29日 06時18分25秒 | Weblog
 今年もあと僅か。来年のカレンダーの準備をしていますと、その中に「2020ふるさと 野のこよみ」がありました。加東市吉井在住の画家、岸本尚美さんの植物画が描かれています。副題は「心を和ませるたおやかな植物画」とあります。1月ゴボウヤナギ、2月ハンノキ、3月スズメノヤリ、4月スノキ、5月コウゾリナ、6月イシモチソウ、7月カキラン、8月ダイコンソウ、9月ミゾソバ、19月イヌハギ、11月カマツカ、12月ヤクシソウと、各月の植物画が並んでいます。解説のペーパーが添付されており、名前の由来や特徴などが書かれており、中には絶滅危惧種の記述もあります。
 ふるさとの野山などで身近に生えている植物ですが、解説を読んで一つ一つじっくり見てみると、なんだかぐっと距離が縮まったように思えました。毎年岸本さんからいただき、廊下の壁の目につくところに貼っているのですが、来年も楽しませていただきます。
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ヒヨドリのイナバウアー

2019年12月28日 05時34分57秒 | Weblog
 

 毎朝、庭の柿の木の枝にヒヨドリがやってきます。まず一羽がやってきてピーピーと鳴き、その声が届いたのかもう一羽が飛んできて枝に止まります。しばらくの間、枝をつついたり身繕いをしてピーと鳴いて飛び去っていきます。本当に毎朝そうしてやってくるのです。
 見ていると、身繕いの姿がフィギアスケートのイナバウアーのようでした。暖冬とはいえ、そろそろ寒風が吹く中、毛というか羽を立てて止まっているヒヨドリの姿は気高くもあります。
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昭和池から嬉野台地へのサイフォンの呑口から吐口を望む

2019年12月27日 05時26分14秒 | Weblog
 昭和56年か、7年頃の写真だと思いますが、手前の木々の向こうに嬉野台地と段々になった田圃、白い道が見えています。
 この写真は、三草山山麓の昭和池からの幹線水路が、千鳥川の谷を(逆)サイフォンで渡り、嬉野台地に駆け上がるルートを、呑口から吐口の方向を望んで撮したものです。
 当時、勤務していた兵庫教育大学附属小学校、中学校で社会科の授業作りのために「鴨川ダム、昭和池と嬉野台地の開発」をテーマに実地調査をしていた時のものだと思います。現在ではこの呑口のところへは行くのが難しいと聞きました。当時は生徒も連れて行ったことを憶えています。使用されなくなり、古くなったサイフォンは数年前に撤去されましたが、その管の一つを嬉野台地の吐口の側に「東条川疏水ネットワーク博物館」の展示物の一つとして展示し解説板を設置していただいています。
 しかし、この谷を逆サイフォンで遙か向こうの台地に水を送ったとは、すごいですね。
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兵庫教育大学から望む-三草山と御嶽山清水寺

2019年12月26日 06時00分19秒 | Weblog
  

 25日(火)、10時20分頃、加東市下久米の国立兵庫教育大学に行きました。入口のゲートを過ぎたところに構内道路の交差点があります。この位置に立つと、正面(北東)に三草山が迫ってきます。そして、その右側(東)の奥にお椀を伏せたような御嶽山があり、山頂近くに播州清水寺の講堂の屋根が見えるのです。今日は冬の澄んだ空気の中で、三草山と御嶽山の両山がくっきりと浮かび上がって見えました。雲一つない冬の青空に2本の白い線を引くようにジェット機が飛んでいきました。
 御嶽山清水寺は今年、三十三所観音霊場の一つとして日本遺産に認定されました。三草山は源平の古戦場として知られてきましたが、今年は阪神タイガースで大活躍した近本選手が社高校時代に走って登って鍛えた山として知られるようになりました。
 その二山がよく見えるスポットが兵庫教育大学キャンパスなのでした。
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懐かしい半鐘台-社分団のホース干し風景

2019年12月25日 05時45分48秒 | Weblog
 加東市社の旧社町役場があった場所に、現在は消防会館が建っており、1階は社分団の詰所になっています。その一角にホースを干す塔があり、サイレンも設置されています。火事や訓練で使ったホースを干すための施設です。
 今日、紹介する写真は、昭和50年代、私が社町消防団社分団の団員だった頃に撮した先代の半鐘台でホースを干している光景です。半鐘台は鉄塔で、備え付けの梯子で登ります。天辺には、鐘が吊され、火事の際にはカンカンカンと警鐘が打ち鳴らされます。真ん中辺りにはサイレンが設置されており、空襲警報のようなうなりをあげて鳴り響きます。我が家は旧役場の隣にあったため、小さい頃から警鐘とサイレンを聞き続けてきました。どちらも心臓によくない音です。
 半鐘台の上に立つと、社の市街地が見渡せます。風が吹くと、塔は揺れます。倒れることはないと頭ではわかっていても心地の悪いものでした。今年亡くなった先輩が、天辺から地面近くまで梯子を手をすべらせてあっと言う間に降りる技を見せてくれたことも今では懐かしい思い出になってしまいました。
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令和元年の12月23日の朝

2019年12月24日 05時15分38秒 | Weblog
 

 23日(月)は、去年までは天皇誕生日でした。平成の時代では、2学期の終業式は、23日の祝日の関係で、その前に行われたりして、冬休みが少し長かったように思うのですが。
 上皇陛下は86歳の誕生日を迎えられました。特別なお祝いの儀式はなされないとのことですが、国民の一人として心からお祝い申し上げます。
 さて、骨折してから2週間と2日。その間、本会議などで朝の登校見守りには立てませんでした。ようやく復帰した23日が2学期の終業式になってしまいました。朝霧の中、「おはよう」の声も元気に、子供達が学校道を登校していきました。
 少し見ない間に角の家のロウバイの花が増えていました。今年は暖かい日が続いたし、日当たりのよいこの家のロウバイは咲くのが早いのです。令和元年もあと1週間余りです。
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冬の播中公園で加東市ロードレース大会

2019年12月23日 05時46分29秒 | Weblog
 

 22日(日)、加東市下滝野の兵庫県立播磨中央公園で加東市ロードレース大会が行われました。天気は曇り。開会式が終わり、小学生の部から順次スタートしていきましたが、空は曇り、気温は下がっていったように感じられました。
 今回は123名が出場し、公園内の通路を使ってのレースで、1.5キロ~5キロのコースで行われました。ドバイの世界陸上や、来年の東京オリンピックでのマラソン(札幌)でも短いコースを周回していました。播中公園では年が明ければ、加東伝の助マラソンも行われます。公園内のコースは車も通らないので、10キロコースだと4周すればフルマラソンも実施できると素人考えですが思ったりしました。アップダウンのある自然豊かなコース。なんて考えていると、小学生がスタートしていきました。
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加東ゆかりの義士-吉田忠左衛門

2019年12月22日 05時02分10秒 | Weblog
 赤穂義士の長老、吉田忠左衛門は加東に縁の深い人です。加東郡代として駐在し、領内の池の普請などを指揮しました。多井田の聖神池や市役所東の状ヶ池は吉田忠左衛門が関わったことからその名もついています。
 討ち入りでは大石良雄の子、主税を助けて指揮をとりました。また、小屋の中に隠れていた吉良上野介を発見した場面に立ち会っています。準備段階では、長老として関西組を代表して江戸に下り、血気にはやる江戸組を押さえ、大石との連絡をとりました。
 そんな重要な役目を果たした吉田忠左衛門の墓碑は加東市家原観音寺境内の赤穂四十七義士の墓の入口近くにあります(写真)。加東にゆかりのあった吉田忠左衛門に静かに手を合わせ冥福を祈りました。
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刃傷松の廊下ー赤穂義士物語の巻頭絵

2019年12月21日 06時05分11秒 | Weblog
 昨日に続いて、少年少女物語文庫の赤穂義士物語の巻頭絵を紹介します。江戸城松の廊下の刃傷事件の場面です。昨日は本文中の挿絵で白黒でしたが、今日は巻頭のカラー絵です。「いま一太刀打たせて下され梶川殿!」の叫びが聞こえてきそうです。
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おはなし下され梶川どの、武士の情け、打たせて下され・・・

2019年12月20日 06時34分22秒 | Weblog
 昨日のブログで紹介した赤穂義士物語の中の、江戸城松の廊下の刃傷の場面を紹介します。「おのれ、上野、まて!」と浅野内匠頭が逃げる吉良上野介をおいかけるも、梶川与三兵衛ががっしりと組みついて身動きがとれません。「おはなし下され梶川どの、武士の情け、打たせて下され、梶川どの」の叫びをあげる内匠頭。刃傷松の廊下の場面です。学生時代に先輩から教えられ、今でも十八番になっています。
 この赤穂義士物語は見開き各頁に必ず挿絵が入っています。今にも動き出しそうな絵にわくわくしながら読んでしまいます。
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赤穂義士物語-子供達にも知って欲しい話

2019年12月19日 05時46分22秒 | Weblog
 

 本棚の奥に古い本がありました。集英社の少年少女物語文庫『赤穂義士物語』です。昭和32年(1957)刊、定価100円です。よく憶えていませんが、小学生の頃、年上の従兄弟から貰ったものではないかと思います。
 なんといってもこの挿絵がいいですね。大石内蔵助が山鹿流陣太鼓を打つ姿です。絵は石原豪人。文は、今官一(こんかんいち)とあります。154頁で、松の廊下の刃傷事件から吉良邸討ち入りまでの義士の物語となっています。挿絵が多く、想像を膨らませてくれます。
 子供の頃に読んだ本は印象も深く、よく憶えているものです。源平合戦や太平記、忠臣蔵は、日本人の歴史物語として、子供の頃にぜひ読んでほしい話だと思っています。敗戦後の占領下、GHQにより、神話や仇討ちものは禁止となりました。忠臣蔵は仇討ちものの傑作です。占領軍は日本人のそうした強さの源を警戒したのでしたが、現在でも忠臣蔵は日本人の心に生きています。しかし、知らずに大きくなっている子供も多いと思います。まずは、こうした少年少女向けの本で赤穂義士の物語を知ってもらいたいものです。
 そんなことを思っていて思い出したのが「まんが人物日本史」(学研)。「大石良雄」がありました。加東に縁の深い吉田忠左衛門もでてきます。まんがでもいいのです。義士の物語を知ってもらえば。
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社高校生活科学科3年生が地方創生大臣優秀賞に輝く

2019年12月18日 05時54分43秒 | Weblog
 

 17日(火)5時前に加田裕之参議院議員から朗報が届きました。内閣府の「地方創生政策アイデアコンテスト2019」で、県立社高校生活科学科3年が地方創生大臣優秀賞を受賞したとの報せでした。併せて、富士通総研賞も受賞とのことでした。
 テーマは、「新たな特産品で地域を元気に!」で、地元加東市に工場を置く食品メーカーのマルヤナギ小倉屋さんと連携し、加東市産のもち麦を使った新賞品を開発して加東市の元気を創りだしたことが評価されたものです。早速、若浦校長に電話すると、そのことを学校HPの校長ブログに投稿されたのと喜びの声を聞くことができました。
 12月14日に東京の中央合同庁舎で表彰式が行われたとのこと。今回は、全都道府県から計1115件の応募があり、うち高校生・中学生以下の部では262件があり、その中での受賞でした。日頃から頑張っている生活科学科の取り組みが評価され本当に嬉しいニュースでした。
 令和元年をしめくくる朗報でした。今年の秋、北播磨「農」と「食」の祭典では、マルヤナギのブースで新商品の「スープで食べるもち麦」を試食させていただきました。また、社長さんから来春同社に就職予定の社高校の女子生徒も紹介されたことを思い出します。もち麦の作付け全国一とも報じられました。加東市、JA、マルヤナギ、社高校が一体となって加東市の元気を創り出しています。
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義士の忠義を讃える民衆の思いを承け継いで-家原観音寺で義士祭

2019年12月15日 06時13分23秒 | Weblog
 14日(土)、加東市家原の観音寺では、加東市赤穂義士祭が行われました。10時30分から本堂で追善法要が行われるのですが、今年は関西広域連合議会のために出席できず、朝のうちにお参りをしました。
 境内ではすでに義士の討ち入り装束の法被をまとった奉賛会の皆さんが恒例のくじ引きを行っておられました。まず、四十七義士の墓碑にお参りをし線香をあげ、家原地区の皆さんの甘酒の接待をいただきました。そのあと、千円でくじ引きをし、バケツ一杯にラーメンや缶ビールの景品が当たりました。
 幕末の弘化年間、義士の150回忌を前に僧明範の呼びかけにより、北播磨の旧赤穂藩領の村々はじめ、多くの民衆の寄附により建立された四十七義士の墓碑は、人々の義士の忠義に対する追慕の思いが厚かったことを示しています。その思いを今も承け継いで義士祭が行われていることに大きな意義があると思います。
 加東市に縁の深い吉田忠左衛門や父が好きだと言っていた大高源吾の墓碑などを巡りました。今年は墓碑の南天の赤い実が鮮やかでした。
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