ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

河高住吉神社の石鳥居

2007年07月16日 11時39分41秒 | Weblog
 加東市河高、加古川に架かる福田橋のすぐ北側に住吉神社があります。
 境内はきれいに手入れされ、杉やクスノキの大木が涼しげな木陰をつくってくれています。そして、神社のすぐ東側には加古川がゆったりと流れ、遠くを望むと三草山など中国山地のゆるやかな山並みが見通せます。
 夏休みにはきっと子ども達がこの境内でラジオ体操やセミ取りなどに興じることでしょう。そんな光景が似合う神社です。
 享禄4年(1531)の創立と伝えられ、由緒ある神社です。なかでも、石造の鳥居は、県指定文化財(昭和42年指定)で、その様式が県下に例をみない珍しいものだそうで、建立年代も室町時代とされています(写真)。解説板によれば、「凝灰岩製で、高さ2.76㍍、柱は太く背がずんぐりとしていて低いところが特徴で、貫の制は古い調をおびている。笠木の端とが垂直に切られているのと、島木の端が肘木様の曲線を示しているところが注目すべきところ」だそうです。

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貝原の道標

2007年07月16日 06時32分13秒 | Weblog
 久しぶり(約一ヶ月ぶり)の投稿です。
 台風4号の雨で増水した加古川のようすを見ながら、国道372号線に架かる福田橋を西から東岸へ渡るとそこは加東市貝原。橋から20メートルほどのところを右折するとすぐに国道372号のバイパス工事現場があります。ここに薬師堂や墓、小宮があります。
 その境内の大ケヤキの根元に一本の道標がもたれかかるように置かれていました。道路工事の関係で一時的な避難かなとも思われるような置き方でした。(写真:ケヤキの根元に斜めにもたれかかっているのが道標。手前にまっすぐ立っているのが百度石、向こうの建物が薬師堂)
 道標には「右 きよみづ」「左 □(志)ん町 たか郡」と刻んであります。また、「加東四国 第三十三番霊場」「文政七申四月立」「四国同行中」と各面に刻んであり、この薬師堂に関係のある道標であることがわかります。
 文政七年ですから西暦1824年。今から183年前に立てられた古い道標です。加東四国八十八ヶ所霊場では三十二番は鳥居、次の三十四番は河高になっています。
 ちなみに大ケヤキは社町の保護樹に指定(昭和60年)されている古木です。薬師堂の近くで草を引いておられたお年寄りに道標のことを聞いてみると、「新しく道がついて、まるで昔と姿が変わってしまいました。さて、どこにあったかいな」とつぶやきながら周囲を見回しておられました。
 この道標はいずれ大切な地域の歴史遺産として保存されるだろうと思います。
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