ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

秋分の日の朝の八郎町池と薬師堂

2020年09月23日 05時33分46秒 | Weblog
 

 秋分の日の22日の日の出の頃、自転車で社の市街を走り抜け、田圃を見に行ったついでに近くの八郎町池の方まで農道を走りました。
 この池は東条川疏水のため池(登録番号10号) で、イオン社店の南に広がる田圃の中、田中地区の集落の北にあります。朝日に照らされ、水面や堤が光っていました。その向こうにお薬師さんのお堂が見えます。このお薬師さんは昔から「ハメよけ薬師」として知られています。また、加東四国八十八ヶ所霊場の第八十五番霊場になっており、仕上げに近い霊場です。
 池の堤に白一点、シラサギの姿がありました。今日の朝日はまさに真東から昇っていきました。
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シラサギとアオサギ-大池の朝

2020年09月22日 05時23分41秒 | Weblog
  

 21日(月)の早朝、社の市街を歩き、大池まで来ると、朝日の光が池面や堤を明るく照らしていました。その中に一点の白が目に入りました。シラサギです。静かにカメラを取り出し、ズームしてみると、鏡のような池面にその優美な姿が映り、天地が分からなくなるほどでした。しばらく見ていると、ふとその手前に動くものが目に止まりました。アオサギでした。堤の草にとけ込んで姿に気づかなかったのです。アオサギもシラサギも忍び足で歩きながら、時折りくちばしを水の中に入れては、また、歩いていました。朝食の時間だったのですね。
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網戸のヤモリ

2020年09月21日 05時46分19秒 | Weblog
 

 涼しくなって庭では秋の虫の音が聞こえてきます。夏の庭の主役だったセミから交代です。カーテンを開けると網戸に白いものが。ヤモリです。体をくねらせ、白い腹を見せています。驚いて一瞬動きましたが、そのあとはじっとしていました。網戸を少し開けて腕を伸ばして外側からも写真を試みました。やもりの表と裏の写真です。
 小さい頃、もう今はありませんが、古い家の磨りガラスにヤモリの影をよく見ていたことを思いだします。ヤモリは光に集まる虫を待っていて食べるんだと教えてもらったことも忘れません。目の前の小さなヤモリも食卓の光に誘われて網戸に来るのを待っていたのでしょう。
 
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東条西小128年の歴史に最後の運動会

2020年09月20日 05時52分54秒 | Weblog
 

 19日(土)、加東市立東条西小学校で運動会が行われました。128年の歴史がある同校ですが、来年、東条学園小中学校が開校するため、今年が西小としての最後の運動ということになりました。東条中学校ブラスバンド部の演奏で49名の児童が堂々の入場行進を行い、自主参加の東条中生が運動会の補助員をつとめていました。
 コロナ対策のために規模も縮小され、午前中10種目で行われました。リレーのバトンや手袋も自分持ちで臨んだということでした。1番目に行われた赤組、青組の応援合戦ではリーダーの指揮の下、1年生まで全員が声を合わせ、手振りを揃えての迫力ある応援を繰り広げました。審査があったのですが、まさに甲乙つけ難しの出来映えでした。また5番目の全校児童による表現種目「よさこいソーラン」は運動場いっぱいに広がって躍動する西っ子の心意気を披露してくれました。
 空は青く澄み、白い雲が流れ、心地よい風が吹いて最高の運動会日和の下、西小最後の運動会は同校伝統の「開魂精神」が発揮された素晴らしい運動会でした。
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義経が通った道を探る-平成9年に兵庫教育大附中生と

2020年09月19日 05時49分38秒 | Weblog


 加東市内には源平合戦の三草山古戦場をはじめ、義経・弁慶に関する伝承が数多くあります。三草合戦は、有名な一の谷の合戦の前哨戦で、京都から播磨へと入り、一の谷に向かった義経勢が三草山に陣取る平資盛率いる平氏を奇襲した戦いです。その義経が駆けた道を辿りながら、郷土の歴史を探る学習「義経は社に来たか」をテーマに兵庫教育大学附属中学校の生徒が取り組みました。三草山合戦場、社の山氏神社、源ヶ坂などを自転車で巡り、現地で、地形や遺物、伝承を調べたのです。
 写真は、三草山麓の国道372号線沿いのモニュメント、弁慶のなぎなた石、かなし池跡辺りで調べる生徒のようすです。23年前ですから、私もまだ若かったんですね。この生徒たちはもう35、6歳になっているはずですが、ふるさとの歴史や伝承を友人や子供たちに語り伝えている姿を想像しています。
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昭和57年夏-まだ赤土の校地でキャンプ兵庫教育大学附属中

2020年09月18日 05時37分21秒 | Weblog
 昭和57年(1982)の7月、その4月に開校し、第1期生が入学した兵庫教育大学附属中学校(開校当時の正式な名称は兵庫教育大学学校教育学部附属中学校という17文字の長い名前でした)では、夏休み前の7月に学校の敷地でキャンプを行いました。赤土がむき出しのまだ整地されていない場所で、現在は武道場が建っている辺りです。
 この日、長崎県では豪雨となり、大水害が起きました。夜遅く、雨が降り出し、急遽、校舎内に避難することになりました。男子のテントでは、すぐに荷物をまとめて避難しましたが、女子はなかなかすぐには避難できませんでした。理由は、持ち物などを片付けるのに手間取ったためでした。「これ、あんたの」「それは、私の」などとテント内で整理をしている堂々たる様子に、思わず笑ってしまいそうでした。1期生も今では50歳になっています。
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できたばかりの兵庫教育大学附属中学校校舎-昭和57年

2020年09月17日 06時20分22秒 | Weblog
 昭和57年(1982)、加東市山国の一角に兵庫教育大学の附属中学校の校舎が完成しました。その前年の56年は、隣にある附属小学校に勤務していましたが、中学校の工事を見ながら完成を楽しみにしていました。完成とともに附属中学校に異動し、新しく誕生した学校づくりに参画することになり、まさしくゼロからの学校づくりを体験することになりました。はじめの仕事は机や椅子を運び込む作業だったことを憶えています。
 この写真は、完成したばかりの真新しい附属中学校の校舎です。まだ、植栽がされておらず、シンボルの欅の大樹もありません。ここから歴史が始まり、38年。この景色がどう変わったのでしょうか。
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日没後の空に関電タワー

2020年09月16日 05時16分28秒 | Weblog
 15日(火)、日が沈み、空から光がだんだん消えていく頃、家に帰り着きました。車を降りて、西の空を見上げると、関電タワーの鉄骨が黒い線となって浮かび上がっていました。手前の電柱、電線も空に描かれた黒い線となって、太線、細線、波線・・・。空には、黒い線だけが描かれていました。毎日、見慣れている景色ですが、何か、一枚の絵を見ているような感じを受けました。
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山国原田池からの夕景-澄んだ秋の空気と広い空

2020年09月15日 04時50分59秒 | Weblog
 14日(月)の午後6時頃、神戸から加東に戻り、嬉野台地を西に向かって走っていると、日が西の地平線に沈みそうでした。そうだ、原田池から夕日を見ようと思い、山国の原田池の堤まで行きました。
 ちょうど、西の青野原の地平線に夕日が沈もうとしていました。標高がほぼ100メートルの高いところにある原田池からの夕景は、視界をさえぎるものがなく、田圃と一本道と電柱があるばかりで、実に広々としており、しかも手前に池面が広がり、空の色を映して、堤に立っていると心が開放されます。
 今日は涼しく澄んだ秋の空気が広がり、その夕景はいっそう素晴らしいものでした。
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東条ダムを探検-38年前の兵教大附属中の生徒

2020年09月14日 05時45分30秒 | Weblog
  

  昭和57年(1982)、兵庫教育大学附属中学校が開校し、その学習の一環として、東条ダム(鴨川ダム)とその水路網を探りました。先日、水天宮と曽根サイフォンの写真を紹介しましたが、今日は、ダムの堰堤の底の辺りまで降りた時の写真を紹介します。
 現在、東条川疎水学習の一環として、ダム見学が行われていますが、許可がなければダムの堰堤の底まで降りることはできません。梯子や階段を降りる生徒は勇気がいったでしょうね。降りた先には、導水路第壱号隧道の入口があります。ダムの水はここから遙か遠い水の旅に出るのです。隧道で山を通り抜け、水路橋で谷を越え、時にはサイフォンで谷や川を渡り、ため池に入ったり、分水施設で水路に分かれて田圃に入って行く長い旅です。その源を自分の目でしっかり焼き付けたことでしょう。
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東条中学校最後の体育祭-コロナに負けずパワー全開

2020年09月13日 05時07分51秒 | Weblog


 12日(土)、加東市立東条中学校第45回体育祭が行われました。来年度、東条地域の2小学校と東条中学校が一つになり、小中一貫校の東条学園が開校することになっているので、今回が東条中学校としての最後の体育祭になります。コロナの影響で、感染防止や練習時間が十分にないなか、規模が縮小され、演技は7種目、参観も保護者2名までと限定された中での体育祭となりました。
 生徒が掲げたテーマは「百花繚乱-一人ひとりの全力が魅せる笑顔そして輝き-」。このテーマと東小学校、西小学校の校章とテーマ、さらに桜とコスモス、稲穂が図案化された東条学園の校章校章を描いた記念のうちわが配られました(写真)。
 また、プログラムには、「青春!!NO交接触ハリケーン」「NO密スーパージャンプ」「ソーシャルディスタンス綱引き」といった、コロナ禍を吹き飛ばすような種目名も付けられていました。そして、中学生らしいキビキビした行動、はちきれんばかりの溌剌さ、心が一つとなった応援や演技のかけ声と、東条中生徒の最後の体育祭にかける心意気が溢れ、それが伝わってくる体育祭でした。
 空はまぶしいばかりの青空が広がり、時折り吹いてくる心地よい風の中、東条中学校最後の体育祭は大盛り上がりで幕を閉じました。
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38年前の東条ダムの学習-曽根サイフォンや水天宮

2020年09月12日 06時00分09秒 | Weblog


 この2枚の写真は、昭和57年(1982)に開校した兵庫教育大学附属中学校の生徒と一緒に東条ダム(鴨川ダム)とその水路を調べるために現地調査をした時のものです。学校のある、嬉野台地からダム、そして曽根サイフォンまでは相当の距離がありますが、自転車でがんばって行ったんですね。
 水天宮はダムに近い岩場の上に祭られており、毎年安全祈願が行われています。また、曽根サイフォンの水管は嬉野台地から小野市の台地へ東条川の谷を渡るもので、日本最長級を誇っています。当時、中学生だったこの子供達は今、50歳になっています。そして、ダムやサイフォンなどは、東条川疎水ネットワーク博物館の貴重な展示物の一つとして、疎水学習で子供達が学んでいます。写真を見ながら、当時のわくわくした気持ちを思い出します。そのわくわく感というのは、今も変わらないのが不思議です。
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雄大な夕景ー北播磨の地平線に沈む夕日とたなびく雲

2020年09月11日 06時01分48秒 | Weblog


 10日(木)の午後6時過ぎ、加東市社の社中央公園ステラパークから西に沈む夕日を眺めました。中央図書館裏の駐車場に車を止めて、ステラパークへ。金屋谷池に面した場所から西を望むと、青野原大地の地平線に沈もうとする夕日と手前の池の水面に映った空と雲が天と地を分けるようで宇宙を感じさせる景色でした。
 池の周遊路を歩いて、堤に立つと、手前の社の街の灯、遙か西の地平線、西から北の空へと低く長くたなびく雲を眺めることができました。カメラに収めようとしても収まりませんでした。嬉野台地の西の端に位置するこの公園の池の堤から眺める夕景はやっぱり一番ではないでしょうか。
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東条中学校からの眺め-一貫校の建設と最後の体育祭の練習

2020年09月10日 05時45分17秒 | Weblog


 9日(水)、加東市立東条中学校に寄ってみました。運動場では、12日(日)に行われる体育祭の練習中で、生徒の大きなかけ声が聞こえてきました。第45回目の体育祭ですが、東条中学校としては、最後の体育祭になるとのことでした。来年度には東条地域に小中一貫校が開校する予定であり、最後となります。玄関には新校舎の模型が置かれていました。工事は予定より遅れて22年に完成するということですが、中学校からその工事現場が見下ろせました。まだ基礎工事が始まったばかりで何もありませんが、やがて、ここに真新しい小中一貫校東条学園の校舎が建つのです。
 コロナの影響で、体育祭や運動会などの学校行事に来賓を呼ばないのが普通になっているなか、12日の東条中最後の体育祭の案内をいただいています。生徒の心意気を楽しみにしています。
 
 
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平成15年の佐保神社秋祭-上組・下組屋台が境内を練る

2020年09月09日 05時47分14秒 | Weblog
 今年はコロナの影響で、佐保神社秋祭りが中止となりました。伊勢音頭を歌いながら勇壮な屋台練りが披露できないのは残念ですが、今年は仕方がありません。
 ここに平成15年(2003)の秋祭りの写真があります。これは、神戸新聞の北播版の紙面を飾った写真です。10月19日、佐保神社境内を練る社の上組と下組の屋台で、下向の時のものです。手前の上組屋台を担ぐ法被姿の男達の中に私が写っています。新聞社に申し込んで写真を購入しました。播州の秋は稲穂の実りと秋祭りの豪華な屋台に彩られます。来年は今年の分も合わせて盛大に行いたいものです。
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