ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

代搔き中の田にハクセキレイ

2021年06月14日 05時39分33秒 | Weblog
  

 12日(土)、我が家の田圃の代搔きでした。知人にやってもらっているのを見に行き、農道で眺めていると、脇の用水路のコンクリートに一羽のハクセキレイが飛んできて、ちょこちょこと歩いては水田の上を低空飛行し、対岸の畦へと飛んでいきます。また、同じところへ戻ってきて再び水上を飛びます。田圃にはツバメもやってきました。虫を捕らえるのでしょうか。
コメント

庭の竹の先にトンボが

2021年06月13日 05時37分34秒 | Weblog

 12日(土)、庭に飛び回るトンボを見つけました。3匹います。ぐるぐると庭の上を旋回しています。
 そのうち、きっと竹の先に止まるぞ、と思いながら見ていましたが、旋回し続けていました。
 だいぶ時間も経ち、そんなことも忘れて別のことをしているとき、ふと庭の竹の先にトンボが止まっているのが目に入りました。静かにカメラを向けると、羽を下ろして休みモードのようでした。毎年、この庭にやってきて、竹の先に止まります。そのうち、イトトンボも見ることができるでしょう。
コメント

続報・消防団詰所赤色灯のツバメの巣ーまだ卵を抱いている?

2021年06月12日 05時12分36秒 | Weblog

 11日(金)の朝、登校見守りの時に消防団詰所の赤色灯の付根のツバメの巣を見ました。黒い頭と尾の先が巣から飛び出しています。静かなのでまだ卵を抱いているのでしょう。しばらくすると、もう一羽が素早く飛んできて交代しました。あの巣から雛の声が聞こえてくるのもそう遠くないでしょう。楽しみです。
コメント

メダカの大甕にオオカナダモの白い花が咲きました

2021年06月11日 06時17分11秒 | Weblog
 

 10日(木)の朝、メダカがいる庭の大甕に白い花が咲いているのを見つけました。「?、これはオオカナダモの花か?」と思わずつぶやいてしまいました。去年、下川から採ってきた水草を入れておいたところ、白い花が咲きました。しかし、それは秋だったような気がします。調べてみると、開花期は6月から10月頃となっていて、そうだったのか、と新しい発見をしたような気分になりました。ちょうど、南天の白い花の蕾の殻が水面に落ちて広がっており、その中に白い小さな花がいくつか咲いています。
コメント

ふるさと社の昔風景-社町役場(旧)今は消防会館

2021年06月10日 05時24分38秒 | Weblog
 

 私の住んでいるのは、加東市社の三区(社は一区から五区まであります)の町内会の一つ、中田町(なかたまち)です。かつて社の町で一番賑わったという田町通りの真ん中にあるのが中田町です。田町筋は、西、中、東の3つの町内会があります。その西田町から北に道を折れ、社小学校に向つて「学校道」をしばらく歩くと、社消防会館(加東市消防団社分団詰所)と駐車場が見えてきます。関西電力社営業所(今は関西電力送配電の社配電営業所)から社郵便局に抜ける道路と交差する地点です。いつも私が朝の登校見守りに立っている交差点です。
 ここには、もと社町役場がありました。昭和30年の町村合併の調印式はこの役場の2階で行われたのです。それ以前は社税務署の建物だったのですが、その後町役場として使われ、昭和47年に庁舎が嬉野に新築移転したあと、解体され、駐車場になりました。
 また、消防会館の裏に消防ホースを干す塔がありますが、ここには以前、古い鉄塔(火の見櫓)があり、その最上部には「鐘」が吊され、市街地の火事を知らせました。
 昭和30年代だったでしょうか。役場の南にあった銭湯の大火事の時には、半鐘が激しく打ち鳴らされました。半鐘の鐘の音に驚いて外に出てみると、空が真っ赤に染まり、火炎と火の粉が吹き上がって、風呂屋全体が大きな炎に包まれていました。その後、長い間更地となったままでしたが、新しく戸建て住宅が建てられています。写真はありし日の社町役場です。
コメント

嬉野台地の交差点で見た雲ー供え物を捧げるウサギにも

2021年06月09日 05時05分57秒 | Weblog
 

 8日(火)、神戸からの帰り道、加東市の嬉野台地を西に向かって走っていると、田植えのすんだ田圃がキラキラと日の光を反射しています。
 兵庫教育大学附属小学校東の交差点で赤信号。正面には、西日が雲の端に遮られてまばゆく光っていました。雲は巨大ウサギが光る供え物を捧げているようにも見えました。一瞬のことですが、雲は不思議な形を見せてくれます。
 半世紀ほど前、附属小学校は町立社中学校の敷地でした。体育倉庫の東の田圃で田植えをした記憶がうっすらとありあす。そして、昭和56年には新築の附属小学校に勤め、子供らと用水路の水を追って地域学習に取り組んだ思い出が浮かんできました。信号待ちの短い時間ですが、ふと脳裏にそんな懐かしい光景が浮かびました。
コメント

北播磨探史研究会報25号より-明治の衆議院議員選挙・河合半介について

2021年06月08日 05時53分38秒 | Weblog
 先に紹介した北播磨探史研究会報に「北播磨史を行く」(第十八回)で、「地方民権家・河合半介ー第五回衆議院議員選挙出馬の顛末」と題した文が掲載されています。
 河合半介の名前に懐かしさを覚え、読みました。というのも明治23年(1890)7月1日に行われた第一回衆議院議員選挙について調査をしていた頃、第六区(加東郡・加西郡・多可郡※現在の三木市以外の北播磨地域)の選挙の候補者選定の経緯を当時の地方新聞記事(神戸又新日報、愛国新聞等)を中心に調べる中で自由派の政治家の一人として河合半介の名が度々出ていたからです。
 河合半介(かわいはんかい)は、加東郡河合西村(現小野市)の出身で戸長、区長を経て明治12年には加東郡長に任ぜられています。その後明治18年には県会議員に選出されています。第一回選挙にあっては、自由派の高瀬藤次郎(加東郡上福田村)らと候補者の一人に目されましたが、最終的には高瀬が自由派の候補者に選定され、選挙においても高瀬が当選しました。
 半介は、高瀬藤次郎らとともに板垣退助の愛国公党に参加し、四国遊説も行っています。候補者予選会では、高瀬と河合の2人が互いに候補者となることを辞退し争うことを避け、市場村(現小野市)の近藤常三郎を選定したものの近藤が固辞したために最終的に高瀬が候補者に選ばれたという経緯もあります。会報では、第5回衆議院議員選挙を巡る自由党の候補者選定経緯について書いてありました。出馬したものの大敗したとのことでした。

コメント

梅雨の夕焼けが美しい

2021年06月07日 05時31分40秒 | Weblog
 


 5日(土)の夕方、午後7時15分頃、西の低い空が茜色に染まり、美しい夕焼けを見ることができました。
 空は雲に覆われているのですが、西の空、播磨の北西方向の雲が切れて、夕日が雲を下から照らす格好となって、空が茜色に染まりました。
 社のランドマーク関電タワーや街の屋根がシルエットとなって切り絵のような景色になりました。梅雨の合間の夕焼け雲はきれいでした。
コメント

北播探史研究会報-伊能忠敬測量日誌から北播磨測量のことが

2021年06月05日 09時36分58秒 | Weblog
 5月末に佐保神社の神﨑宮司さんから「北播探史研究会報」第25号をいただきました。年2回の発行で、A4判12ページに史料紹介や連載などが掲載されています。
 今号では、伊能忠敬の北播磨四郡(加東、加西、多可、美嚢)の測量日誌の紹介が興味を惹きました。伊能忠敬の調査隊は、文化8年(1811)3月4日から8日までの間、加西郡から加東郡を、そして別の隊が5日から7日まで、小野(旧加東郡)を測量しています。今から210年前のことでした。
 3月6日、加西郡の繁昌村(加西市繁昌)から青野原新田村を経て、河高村、野村、貝原、鳥居、社村の佐保神社までを測量したということです。そして、このとき、加古川の川幅を測量しています。宿泊は社村の本陣福田屋喜左衛門方、脇本陣隅屋弥平方に分宿しています。翌7日は、社村から木梨村、下三草村、上三草村、上鴨川村まで測量しています。さらに8日は御嶽山清水寺境内まで測量したということです。行路図には、馬瀬村、佐保社、浅野中務少輔陣屋、丹羽式部少輔在所の書き込みも読み取れます。200年余り前に伊能忠敬の測量隊が加東市を通っていったんですね。テレビでみた伊能忠敬のドラマの測量隊の場面が浮かんできました。
コメント

朝のツバメ-巣の近くで守るように

2021年06月05日 05時05分16秒 | Weblog
 


 3日の朝、朝日がさして、木々の緑も紫陽花の白い花もまぶしく光っていました。いつものように登校見守りに立つと、消防団詰所の赤色灯のツバメの巣の中に一羽、そして、その巣を見守るようにもう一羽が電線に止まって巣の方を見ていました。巣作りをし始めた時から観察していますが、今日は朝日を浴びて首の下の朱い色もよく見えました。
コメント

今年もクルミの実が大きくなってきました

2021年06月04日 04時33分11秒 | Weblog
 

 3日(木)の朝、登校見守りのあと、庭のクルミの木を見上げると、実がだいぶ大きくなっていました。
 今、『土偶を読む』を読んでいます。副題に「130年間解かれなかった縄文神話の謎」とあり、土偶がクルミやイネ、ハマグリなどの縄文人が食べていたものの形を模しているとの説が書かれている。縄文人はクルミを栽培していたとも。単なる採集の暮らしではなかった。
 以前訪れた三内丸山遺跡や青森県内の縄文遺跡が世界遺産登録されるとあってあらためて縄文文化への興味が広がる。青い小さなリンゴのようなクルミが秋には割れて、実が地上に落ちる。
コメント

続報・消防団詰所赤色灯のツバメの巣

2021年06月03日 05時50分50秒 | Weblog
 

 我が家に隣接する社連合区消防会館の消防団社分団詰所の車庫の赤色灯の付根部分にツバメが巣を作ったことはこのブログで紹介してきましたが、朝の登校見守りに立つ場所でもあるので、毎朝観察しています。
 2日の朝も見ていると、巣の中に頭と尾が見えます。一緒に見守りに立っている方と「卵を抱えているね」と。この間まで、せわしなく巣作りをしていた2羽でしたが、今はじっとしています。きっと卵を温めているのでしょう。
 次は雛の誕生が楽しみになりました。
コメント

6月-嬉野台地の田圃の夕景

2021年06月02日 05時07分53秒 | Weblog
 

 6月が始まりました。夕方、神戸からの帰りに日が西に沈み始めました。ちょうど加東市の中央部に位置する嬉野台地を西に向かって走っている時、トラクターで代搔き中の田圃に夕日が映えている光景が広がりました。道路の脇に車を止めて、その光景を撮りました。
 かつて不毛の台地とよばれた嬉野台地ですが、開拓、そして鴨川ダムの水が送られてくるようになり、水田化されました。嬉野台地の夕景は雄大です。
コメント

梅雨の朝の空ー月とムクドリ

2021年06月01日 04時28分52秒 | Weblog
 

 

 梅雨の中休みの晴れた朝、もう明るくなっている5時過ぎの青空に白い月が浮かんでいました。スーパームーンの皆既月食は雲に隠れて見えませんでしたが、もうだいぶ欠けていました。
 同じ視線の高さに電線に止まって朝の光を浴びているムクドリの姿がありました。群れになって電線に集まり賑やかに鳴く光景は好きではありませんが、まだ体が温もっていないのか、こうして一羽だけ、しかも静かに止まっている姿はいいものです。
コメント

社高校同窓会名簿の広告欄に約60年前の懐かしい社の商店街の店の名が

2021年05月31日 04時50分56秒 | Weblog
 昨日に続いて昭和38年の社高校同窓会名簿の広告欄に掲載されている社の懐かしい店の名を紹介します。60年近く前の賑やかだった商店街の風景が目に浮かんできます。見開き2ページに14店の広告が出ています。今も営業している店はこのうち3店。また、14店のうち、半分は田町通りの店です。店の広告文からも専門店だったことや昭和の味わいが感じられます。

 同窓会場には・・・「松葉」
 電気器具販売・電気工事「太平電気」
 紳士服・服地・洋品・毛糸「フジヤ」
 時計・貴金属・メガネ・万年筆「原田時計店」
 金物建材文化家庭用品「吉田屋」
 厨房用品「旧井テツヤ」
 「依藤薬局」
 「藤本薬局」
 育児栄養菓子「島津菓子店」
 寿し「龍美」
 洋品雑貨・化粧品「うすい」
 日本調時師協会公認高級時計師「旧井時計店」
 靴とカバンの専門店「柴寅靴鞄店」
 御嫁入道具・和洋家具製造直売「神戸タンス店」


コメント