ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

杏の開花も間近です

2019年03月22日 04時54分05秒 | Weblog
 各地から桜の開花が伝えられています。ソメイヨシノの標準木が5,6輪咲くと開花だそうです。今年は長崎、福岡が1番、2番、靖国神社の桜も開花宣言がなされました。
 兵庫県の内陸部にある加東市では、瀬戸内の臨海部より1週間ほど遅れて開花します。毎年、桜の前に庭の杏の花が咲きます。小学校の卒業式の頃です。つぼみが膨らみ一気に開きそうです。
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沈丁花の花が咲きました

2019年03月21日 05時49分35秒 | Weblog
 去年、近所の先輩から貰った沈丁花の挿し木に小さな白い花が咲きました。小さい頃、わが家には大きな沈丁花の木があり、いいにおいが漂っていたことをよく憶えています。
 先輩との立ち話から沈丁花の話になり、挿し木を貰って、鉢に植えて庭に置いていたものです。顔を寄せてみると、いい香りがしました。
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朝光寺の千手観音立像が国の重要文化財に

2019年03月20日 04時33分41秒 | Weblog
  

 19日(火)、神戸新聞に加東市畑の朝光寺の仏像が国の重要文化財指定を受けたことが報じられていました(写真は新聞記事、TVニュース)。
 この仏像は木造千手観音立像で、京都の三十三間堂の仏像と同じものであるということです。そのことは話には聞いていましたが、仏像の台座の墨書きから証明されたようです。
 朝光寺は、本堂が国宝、鐘楼が重文、多宝塔が県指定文化財、そして、5月5日のこどもの日に奉納される鬼踊りは県の無形民俗文化財に指定されており、まさに宝の寺です。建造物だけではなく、多宝塔や山門の下には鹿野川が流れ、つくばねの滝もあります。
 今年の鬼踊りは御代替わりとなって最初のこどもの日に行われます。重要文化財が一つ増えた朝光寺が一層輝くことでしょう。
 
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昭和の終わり頃の夏の日の思い出-生徒と竹取り

2019年03月19日 04時53分48秒 | Weblog
 この写真は昭和の終わり頃、30年余り前、兵庫教育大学附属中学校の教員をしていた頃のものです。体育祭の応援合戦に使う竹を生徒と一緒に取りに行き、担いで帰る姿です。この時の中学生はもう40代半ばになっています。
 場所は、加東市社の市役所、中央公園、中央図書館がある辺りですが、この写真からはおよそ想像もつきません。写真左側の田圃は、現在図書館が建っています。田圃の向こうに中三昧の墓地が見えます。手を挙げているのが30代半ばの私です。人も風景も平成の時代の間にずいぶん変わりました。
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ヒヨドリが間近に

2019年03月18日 04時45分46秒 | Weblog
 毎朝、庭の柿の木の枝にやってくるヒヨドリ。まず、一羽がやってきてパートナーを待ちます。17日の朝も雨が降ったりして寒い朝でしたが、二羽が少し距離を置いて枝に止まってしばらくじいっとしていました。
 しばらくしてふと窓を見ると、窓に近い手前の柿の木の枝にヒヨドリが止まっていました。まるで、こちらを観察しているかのように頭を小刻みに動かしながら見ていました。ときどき目が合ったような気がするほどでした。
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いつもの場所につくしが

2019年03月17日 05時06分24秒 | Weblog
 16日(土)、わが家の隣の建物の縁の地面につくしが出ていました。忘れていた、今年もいつもと同じ場所に出ていたんですね。気がつかなかったのがすまないような、しかし、出会えたのが嬉しいような気がしてカメラを向けました。
 このブログでも何度も紹介してきたつくしと同じ命が今年もしっかり生きていたんですね。
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平成2年の社市街地空中写真②

2019年03月16日 06時01分49秒 | Weblog
 昨日に続いて、平成2年(1990)の加東市社(加東郡社町社)の空中写真を紹介します。
 社市街から東の嬉野台地を空中から撮影したものですが、まだ社中央公園がありません。ほぼ中央に見える池が金屋谷池です。この池を取り込んで、ステラパーク、中央図書館、そして傾斜のある公園が造られました。社環状線から池までの傾斜地は田圃がありました。農会で溝掃除をしましたし、消防団で池の堤の草を焼いた日のことを懐かしく思い出します。
 写真上部に見える土の部分は社中学校、社高校のグラウンドや野球場です。県下屈指の広さを誇る両校です。この写真では、まだ緑の田圃が見えますが、今では宅地や加東市役所の庁舎や駐車場、公共施設が集中する加東市の心臓部に変貌しています。国道372号が開通し商業施設もできています。平成の30年間に大きな変化があった地域です。
 
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平成2年の社市街地の空中写真

2019年03月15日 05時44分44秒 | Weblog
 平成の時代もあと1ヶ月半になりました。この写真は29年前の平成2年(1990)の7月に撮影された空中写真で、加東市社(当時は加東郡社町社辺り)が写っています。
 兵庫県社総合庁舎や社警察署の建物が写っていますが、ジャスコ・ Bioやしろショッピングパークの建物はまだなく、緑の田圃などが広がっています。写真右側の上から下へ一本の筋が写っているのが下川です。この写真の中央の緑の部分が、現在ではジャスコをはじめ大型の家電量販店や駐車場、住宅に変わっています。市街地の緑の見えるところが、佐保神社(左)と明治館(右)の森です。この森は今も変わっていません。
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戻ってきたアオサギ-佐保神社の大けやき

2019年03月13日 04時41分55秒 | Weblog
 

 12日(火)、加東市社の佐保神社近くのガソリンスタンドに立ち寄ったとき、佐保神社の大けやきの樹上にアオサギが何羽も止まっているのが見えました。「戻ってきてるね」と店員さんに声を掛けると、「にぎやかになる」と笑っていました。
 一週間ほど前に寄ったときには巣だけが見え、「またあの巣を使うのかねえ」などと話したばかりでした。大けやきの天辺、天辺近くの枝のあちこちに姿が見えました。
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今朝も来たヒヨドリ

2019年03月12日 05時28分17秒 | Weblog
  

 3.11の朝、庭には決まったように柿の木の枝にヒヨドリがやってきました。枝をつついているように見えるのは枝の表面のこけでも食べているのでしょうか。
 じっと丸まっているときもあれば、さかんに羽づくろいをしていることもあります。今朝は羽づくろいに余念がないようでした。
 慌ただしく過ぎていく一日のうち、毎朝やってくるヒヨドリの姿を見ている一時がこころ安らぐ時間です。
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清掃奉仕で見つけたつくしに春を拾いました

2019年03月11日 04時55分51秒 | Weblog
 10日(日)は、昼前から雨になりました。9時から加東ライオンズクラブとボーイスカウトで清掃奉仕活動を行いました。国道372号沿いに歩道や田圃,水路に落ちているゴミを拾って歩きました。車で通行していると分からないのですが、歩いてみるとたばこの吸い殻や空き缶、プラゴミがそこかしこに落ちていました。それらはすべて人が捨てたもの。
 歩いていると、歩道の植え込みに小さなつくしが頭をもたげていました。そういえば、例年、たんぽぽやつくしが出ていて春を感じさせてくれていましたが、今日はこのつくしに春を拾ったような気分になりました。
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東条湖おもちゃ王国が子供ら招待ー18回目の王国の休日

2019年03月10日 06時35分54秒 | Weblog
 

 9日(土)、加東市黒谷の東条湖畔にある東条湖おもちゃ王国には、小さな子供を連れた家族が訪れ、春の暖かい日射しの下で休日を楽しむ姿が見られました。
 11時、王国内のステージには県内の児童養護施設などの子供ら約800名が招かれ「おもちゃ王国の休日」のオープニングセレモニーが行われました。
 この催しは、今年で18回目を数え、毎年この時期に開催されています。ステージにはビンゴゲームの景品がずらりと並び、昼食のカレーライスのいい香りも漂ってくるなか、子供達はこのあと一日フリーで乗り物を楽しめるとあって、すでに大盛り上がり状態でした。子供達に楽しい思い出になる一日をプレゼントしたいという王国の思いが伝わってきました。
 東条湖おもちゃ王国は、もうすぐ来園者900万人達成のセレモニーも行われる予定です。加東市の貴重な観光施設で、小さな子供をもつ子育て世代の親にとっては、安心して楽しめる施設となっています。同王国では、こうした「王国の休日」のほか、震災チャリティーの「はたらく車大集合!」や、東条川疏水ネットワーク博物館活動にも熱心に取り組んでいます。
 これから、桜の季節を迎え、さらに多くの人がおもちゃ王国での一日を楽しむことでしょう。
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電線で朝日を浴びるヒヨドリ

2019年03月09日 04時16分05秒 | Weblog
   

 8日(金)、久しぶりに朝日が射して明るい朝でした。ふと庭を見ると、その上の電線に一羽のヒヨドリが止まっていました。遠目にも朝日を全身に浴びて心地よさそうにしているように見えました。
 いつもは柿の木の枝に2羽が止まっているのですが、今日は朝日を浴びるために高い電線に止まったのでしょう。しばらくの間、羽を広げたり、くちばしで羽づくろいをしていました。そのようすを見ているだけでこちらの心も安らぎました。
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未来に伝えたいふるさとの歴史-尾縣さんの思い出

2019年03月08日 04時57分49秒 | Weblog
 

 平成の時代が幕を閉じ、5月には新しい時代が始まります。平成17年(2005)、当時、私は滝野町立滝野東小学校に勤めていました。3年生から6年生までの総合学習を担当していましが、ふるさと滝野の歴史を未来に伝えたいというテーマで4年生は加古川舟運を、6年生は校区の歴史遺産や伝説などを調べる学習しました。ちょうど、この年は校区の新町地区が開村400年の節目にあたるということもあり、郷土の歴史に詳しく、日本画家でもある尾縣齊さんに舟運の川港の町として栄えた昔の新町の話をしていただきました。
 何度も打合せをし、尾縣さんはこの日のために大正時代の新町の街並みを描いて下さいました。米などの荷を積む牛や荷車が行き交う新町の通りは道幅も広く賑わっていましが、そうした風景も細かく描き込んでありました。子供達はその絵を見ながら尾縣さんの話を聞いて目を輝かせていました。
 尾縣さんは「この子供達が将来大人になって都会に出ても胸を張ってふるさとのことを話せる人になってほしい」といつも話しておられました。あれから14年の歳月が経ち、当時の子供も20代前半になっています。その後合併で加東市となり、新しい滝見橋が建設中で新道が新町を東西に通ることになるなどふるさと滝野の姿が大きく変わろうとしていますが、子供達の心の中にふるさと滝野への愛着と誇りが尾縣さんの姿とともに今も生きているだろうと思います。
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昭和50年代?佐保神社境内の景色

2019年03月07日 05時05分54秒 | Weblog
 このカラー写真は、机の引き出しの奥にありました。佐保神社の境内を瑞神門と舞殿の間辺りから撮ったものです。季節は冬のようですが、明るい日の光に満ちています。
 中央の日露戦争戦勝記念碑とケヤキの大樹、西側に並ぶ小宮の景色は今も変わりませんが、写真右側にある恵比寿神社と倉庫は建て替えられる前のものです。また、木々も今の景色とは違ってケヤキらしき大木や松の木が写っていますが今はありません。本殿裏のクスノキの森や紅葉も写っていません。
 境内には子供が遊び、恵比寿神が社の前辺りには大人が集まり、境内の掃除をしているようでもあります。いつの頃の写真でしょうか。昭和40年代か、50年代なのか、少なくとも40,50年前の佐保神社の冬の日の景色です。
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