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Shelley, The Mask of Anarchy (日本語訳)

パーシー・B・シェリー (1792-1822)
『〈混沌〉の仮面劇』
マンチェスターの虐殺を機に執筆

[〈・・・・・・〉は、抽象概念が擬人化されたものを
あらわす。いわゆるアレゴリー。]

1.
イタリアで横になって寝ていたとき、
海の向こうから声が聞こえた。
その声の強い力に導かれ、
わたしは詩の幻のなかを歩いた。

2.
途中、わたしは〈虐殺〉に会った。
彼はカースルレイの仮面をつけていた。
とてもおだやかそうで、しかし冷酷で、
七匹の血に飢えた猟犬をひきつれていた。

3.
その犬たちはみな太っていた。当然だった、
ご立派なからだをしていたのは。
というのも、ひとつずつ、あるいは二つずつ、
〈虐殺〉は犬たちに人の心臓を与えて食べさせていたからだ。
大きなコートからとり出して。

4.
次に来たのは〈謀略〉だ。彼は
エルドンのような姿で、オコジョの毛皮のついたガウンを着ていた。
彼は大量の涙を流したが、その大きな粒は、
落ちているあいだにひき臼の石になった。

5.
小さな子どもたちが
この〈謀略〉の足もとで、キャッキャッと飛びはねていた、
彼の大きな涙が宝石に見えたから。
が、その涙のひき臼が子どもたちの頭をかち割り、脳が飛び出した。

6.
光を身にまとうように聖書をまとい、
そして夜の闇を身にまとい、
シドマスの姿で〈偽善〉が次に通って行った。
ワニの背中にのって。

7.
加えて、多くの〈破壊〉たちが
この恐ろしい仮面舞踏に登場した。
みな偽装して、目まで偽装して、
主教、法律家、貴族、スパイの姿になっていた。

8.
最後に〈混沌〉がやって来た。彼をのせる
白い馬は、血しぶきに染まっていた。
彼は唇まで青白く、
まるで黙示録に出てくる〈死〉のようだった。

9.
〈混沌〉の頭には王冠があった。
その手には王笏が輝いていた。
額にはこう書かれていた--
「わたしは神であり、王であり、法である!」。

10.
威厳ある、そして早い足どりで、
イングランド中を彼はまわった。
血の沼をつくりながら。
彼を崇める群衆を踏みつぶしながら。

11.
そのまわりでは、大群をなす兵士たちが、
大地をゆらして歩いて行く。
みな剣をふりまわし、血で染める。
彼らの神〈混沌〉に捧げる血で。

12
勝ち誇る軍の凱旋行進のように、彼らは、
おごり高ぶりイングランド中を進む。
まるで酔っているかのようだった。
残虐行為というワインに。

13.
野原や町を、海岸から反対側の海岸まで、
この見世物行列は行く。すごい勢いで、誰にも邪魔されず、
人を切り裂き、また踏みつぶしながら。
そして彼らはロンドンの町にやって来た。

14.
人々はみな恐怖にかたまり、
その心は病み萎えてしまった。
けたたましい叫び声、
〈混沌〉の凱旋からあがる大声を聞いて。

15.
この声は、豪華に、うやうやしく、彼に会うために、
血や炎の色のよろいを着て集まった
殺し屋たちの声。彼らは、〈混沌〉をたたえてこう歌う--
「あなたは神、あなたは法、あなたは王--」。

16.
「お待ちしていました。弱く、寂しく、わたしたちは、
あなたをお待ちしていました。力あるあなたを!
わたしたちの財布に金はなく、剣も冷たくなってしまっています。
栄誉をください。血と金をください」。

17.
法律家たちや牧師たち、雑多な群衆が、
ひざまづき、青白い顔で大地にひれ伏す。
そして、あまり大きくない声でよからぬことを祈るときのように、
ささやいた--「あなたは法、あなたは神」。

18.
すると、集まった者みなが、声をひとつにして叫んだ--
「あなたは王、あなたは神、あなたは支配者!
〈混沌〉様、あなたについて行きます!
神聖なるあなたの名を広めましょう!」

19.
すると〈混沌〉、このガイコツは、
お辞儀をして、みなにニカッと歯を見せて笑った。
まるで、彼を育てるために費やされた
1,000万ポンドのお礼をいっているかのように。

20.
そう、〈混沌〉は知っていた。イングランド代々の
王たちの宮殿は、実は自分のもの、と。
王の笏も、冠も、金の球も、
金が編みこまれた王の服も、本当はみな彼のもの、と。

21.
だから〈混沌〉は、奴隷をまず送りこみ、
イングランド銀行の金とロンドン塔の宝物を奪わせた。
そして凱旋の歩を進めていた、
彼が賄賂をつぎこんでいた議会に向かって--

22.
そのとき、走って逃げてくる者がいた。とり乱した少女で、
名は〈希望〉、とのことだった。
が、むしろ〈絶望〉という名のほうがふさわしいようすで、
誰にともなく叫んだ--

23.
「わたしのお父さんの〈時間〉は、年老いて弱くなってしまった、
幸せな日々を待って、待ちくたびれて。
見て、・・・・・・の人のようにあそこに立って、
ふるえる手でモジモジしているわ!」

24.
「お父さんには子どもがたくさんいたわ。
でも、みんな死んでちりの山になってしまった、
わたしだけ残して--
ひどい、なんてひどい!」

25.
こういうと〈希望〉は、通りに、
戦車を引く馬たちの真ん前に横たわった。
その目には、踏みにじられる覚悟が浮かんでいた。
〈虐殺〉、〈謀略〉、そして〈混沌〉に。

26.
そのとき、〈希望〉と敵たちのあいだに、
霧のような、光のような、何かの姿が立ちはだかった。
はじめは、それは小さく、もろく、弱々しかった。
谷間の霧のように。

27.
が、突風で雲が一気に広がり、
高い塔のような冠をのせて大股で歩く巨人ほど大きくなるように、
稲妻で目がくらむほどまばゆく輝き、
空に向かって雷を放って話しかける、そんな雲のように、

28.
その姿は一気に大きくなった。それは、毒ヘビの
うろこよりも輝く鎖のよろいを身にまとい、
またその翼の色は、まさに
天気雨にキラキラ反射する日の光のようであった。

29.
そのかぶとには、遠くからも見える星、
朝の明星、金星のような星があった。
そしてかぶとの赤い羽飾りのあいだから、
真紅の朝露のような光を、雨のようにふりそそいでいた。

30.
風のように軽く静かな足どりで、それは通っていった、
人々の頭の上を--それがあまりにも速かったので、
彼らは何かを感じて
見あげたのだが、からっぽの空以外、何も見えなかった。

31.
〈五月〉が歩いて通る下で花たちが目ざめるときのように、
〈夜〉のほどいた髪から星たちがふり放たれるときのように、
風に大きな声で呼ばれて波たちが立ちあがるときのように、
軽く静かな足どりでそれが通ったすべてのところに、多くの〈思考〉が生まれた。

32.
そして、ひれ伏していた群衆は
目をあげて見た--血の池に足を浸し、
〈希望〉、星のように透明に輝くあの少女が、
静かに、心静かに、歩いていくのを。

33.
青白く、恐ろしかった〈混沌〉は、
大地の上、死んだちりとなって横たわっていた。
御者を失った〈死の馬〉は、風のように
逃げていき、後ろに集まっていた殺戮の兵士たちを
ひづめで踏みしめ、まるで臼でひいたように粉々にした。

34.
雲からほとばしり出る光、まばゆいばかりの輝き、
目ざめさせるような、しかもやさしい感覚を、
人は聞き、感じた。そしてそれが消えかけるなか、
よろこびに満ちた、そして恐ろしい、次のような声が立ちのぼってきた。

35.
まるで憤る大地、
イングランドの息子たちを産んできた大地が、
彼らの血を額に浴び、
産みの苦しみのような痛みにふるえ、

36.
その額の血の一滴一滴、
朝露のように顔を濡らす一滴一滴の血を、
抑えきれない言葉に変えて発したかのようであった。
まるで彼女、大地の心が、大声で叫んだかのようであった。

37.
「イングランドの人々、栄誉を受け継ぐあなたたち、
書かれざる物語の英雄、
ひとりの偉大な母に育てられたあなたたち、
彼女の、また、おたがいの、希望であるあなたたち--」

38.
「眠りからさめたライオンのように立ちあがりなさい。
打ち負かされざる大群となりなさい。
あなたたちを縛る鎖をふりはらって落としなさい、
まるで寝ているあいだに降りてきた露のように。
あなたたちは多数、支配する彼らはほんのわずかな者たちです。」

39.
「自由とは何でしょう?・・・・・・あなたたちは、
奴隷の状態がどんなものか、知りすぎるほどに知っています。
奴隷ということばは、
『イングランド人』というあなたたちの名のこだまのようになっていますから。」

40.
「奴隷の状態とは、働いて、そして得られる給料が、
日々、手足に宿る命をギリギリ保てる
程度にすぎないことです。まるで独房のなか、
暴虐な王に使われるためだけに生きている者のように--」

41.
「そして、強制的に
布をつくらされ、畑を耕させられ、剣で戦わさせられ、
穴を掘らさせられるのです。無理やり、いやおうなしに、
ひと握りの支配者たちを守り、養うために。」

42.
「奴隷の状態とは、子どもたちが、弱々しく、
母たちとともに飢え、やつれていくのを見て、何もできないことです。
冬の風が冷たく吹くなかで--
今、こう話しているあいだにも死んでゆく者がいます。」

43.
「奴隷の状態とは、飢えることです。
ぜいたくにくらす金持ちが、
その足もとで満腹してゴロゴロしている太った犬たちに
投げて与える食べものすら手に入らずに。」

44.
「奴隷の状態とは、金(きん)の亡霊に
奪われることです。あなたたちが労働で得たものから、
以前の暴政のなか、金(きん)そのものが奪っていたよりも
千倍も多くのものを。」

45.
「紙のお金--それはにせの
権利証書です。あなたたちが
大地から受け継いだものの
価値を、偽ってあらわします。」

46.
「奴隷の状態とは、魂が奴隷であることです。
自分の意志を
自分でかたく決めることができず、
他の者たちにいいようにされることです。」

47.
「そして、こらえきれない悲しみを
弱々しく、誰にも聞こえない声でつぶやきながら、
奴隷たちは、暴虐な支配者の率いる武装部隊によって
妻や子が馬で踏み倒されるのを見ることになります。
草の上で光るのは、朝露ではなく、血なのです。」

48.
「そして奴隷たちは復讐を求めます。
野獣のように血に飢えるのです。流された
血の償いとして。
力を得ても、あなたがたはこのようなことをしてはなりません。」

49.
「鳥たちは小さな巣に安らぎを見つけます。
探求の旅から帰って、疲れていても。
獣たちには、森の寝床に食べものがあります。
外が嵐、または雪でも。」

50.
「馬にも牛にも、労役の後、
帰る家があります。
飼い犬たちは、風が唸りをあげるとき、
あたたかい家に入れてもらえます。」

51.
「ロバでも、豚でも、寝床にはわらがあり、
ふさわしい食べものを得ています。
家をもたないものはありません。ある者を除いて・・・・・・
ああ、あなたがた、イングランド人には家がないのです!」

52.
「これが奴隷のありさまです。野蛮人も
ほら穴に住む獣たちも、
あなたがたのような暮らしに耐えはしないでしょう。
--そもそも、そのような不幸を彼らは知らないでしょう。」

53.
「〈自由〉--あなたはどんなものでしょう? ああ、もし、
この死のような生を生きている奴隷たちに、
答えがわかるなら・・・・・・暴虐な支配者たちはすぐに逃げていくでしょう。
まるで夢のなかの、ぼんやりとした景色のように。」

54.
「〈自由〉--あなたは、インチキな者たちがいうような、
すぐに消えてしまう影ではありません。
迷信でもなく、また、〈噂〉の住むほら穴から
こだまして聞こえる、実体のないただのことばでもありません。」

55.
「〈自由〉--働く者たちにとって、あなたはパンです。
日々の労働からまっとうに得られて
テーブルに広げられる食事のようなものです。
質素で、きれいで、そして幸せな家で。」

56.
「〈自由〉--あなたは衣服で、火で、食べものです。
踏みつけられた多くの人たちにとって。
そう、自由な国々には、
このような飢餓はありえません、
今、イングランドにあるような飢餓は。」

57.
「〈自由〉--あなたは、裕福な人たちにとって歯止めのようなもの。
富める者の足が、人の首を
踏みつぶそうとしているとき、
あなたはその首をヘビにすりかえます。」

58.
「〈自由〉--あなたは〈正義〉です。金のために
あなたの正しい法が売られることがあってはいけません。
イングランドの法が売られてしまっているように--あなたは
位の高い者も低い者も、同じように守ります。」

59.
「〈自由〉--あなたは〈正しい判断力〉です。自由な人々は
夢にも思わないでしょう。牧師たちがあのように無駄に
説くことがらは偽り、と考える人々を、
神が地獄に落とす、などとは。」

60.
「〈自由〉--あなたは〈平和〉です。あなたは
血と財産をけっして無駄にしません。
それは、暴虐な支配者たちがしてきたことです。フランスで、
みなが集まってあなたの炎を消そうとした、あのときに。」

61.
「もしイングランド人の労働と血が、
まるで洪水のように無駄に流されたとしたら?
ああ、〈自由〉、それはあなたをかげらせるかもしれませんが、
あなたの火が消えてしまうことはないでしょう。」

62.
「〈自由〉、あなたは〈愛〉。富める者たちはあなたの
足にくちづけし、キリストにつきしたがった者たちのように、
財産を自由な人々に与えます。
そしてこの暴力的な世界のなか、あなたについて行くでしょう。」

63.
「あるいは、彼らは富を武器に変え、
あなた、〈自由〉が愛する人々のために戦うでしょう。
敵は富そのもの、戦いそのもの、そして不正--つまり、
富の力で富を、戦いの力で戦いを、滅ぼすのです。」

64.
「〈知識〉、〈詩〉、〈思考〉が
あなたの明かりです。これらは、
小さな家で暮らすべく定められた者の心を
澄んだものにします。彼らは運命を呪わないでしょう。」

65.
「〈心の強さ〉、〈忍耐〉、〈やさしさ〉、
人を美しくし、神聖にするものすべて、
それが〈自由〉、あなたです--言葉ではなく、人々のおこないに、
他のものにはないあなたの美しさが見られますように。」

66.
「大きな議会をつくりましょう。
恐れを知らぬ、自由な者たちの議会を、
イングランドのどこか、
平らな土地が広がるところに開きましょう。」

67.
「頭の上の青い空、
あなたたちが踏みしめる緑の大地、
その他、永遠に残らなくてはならないものすべてを、
この議会の厳粛さの証としましょう。」

68.
「イングランドの海岸線、国境のなか、
もっとも遠い、目につかない片隅から議員を呼びましょう--
すべての貧しい小屋、村、町、
人々が生活し、苦しみ、他の人の、
またみずからの、不幸のためにうめき声をあげているところから--」

69.
「救貧院や牢獄から議員を呼びましょう--
墓から立ちあがったばかりの死体のように血の気のない
女性や子ども、若者や年寄りが
痛みにうめき、寒さに泣いているところから--」

70.
「日々の生活の場から議員を呼びましょう--
日々の争い、
広まる欠乏と広まる不安との戦いがくり広げられ、
そして人の心が毒草にむしばまれていく、そんなところから--」

71.
「そして、最後に、宮殿から議員を呼びましょう--
苦しみにうめく声が、
遠くからの風の音のように、
しかしまるで近くで生きているかのように、」

72.
「富と上流マナーという牢獄の壁のまわりでこだまするところから--
しかしそこには、苦しみにうめきつつ労働し、泣き声をあげる者たちに
同情を感じる者も少しはいて、
そのようすを同僚たちが見れば、血の気が引く思いをするにちがいありません--」

73.
「語られざる、数えきれない苦しみのなかにあるあなたたち、
自分の国が売買されて失われるのを、
血を支払わさせられているのに、金のために国が売られて失われるのを、
感じている、あるいは見ているあなたたち--」

74.
「さあ、大きな議会をつくりましょう。
そして、偉大なる厳粛さとともに
宣言しましょう、落ちついた言葉で--あなたたちは
自由である、と。神が自由な者としてつくったのだから自由である、と。」

75.
「あなたがたの簡潔で強く、鋭い言葉を、
鋭い剣のかわりに使いなさい。
あなたがたの言葉を広い盾にして、
その陰で身を守りなさい。」

76.
「暴虐な王に放たせなさい、
けたたましい音を立て、
堰を破ってほとばしる海の水のように、
紋章をもつ貴族の武装した軍勢を。」

77.
「大砲を打たせなさい。
死んだ空気が生き返るほどやかましい音を鳴らさせなさい。
こわれ、ガチャガチャぶつかる車輪の音や、
混乱する馬のひづめの音で。」

78.
「銃の先につけた剣を
鋭い欲望で輝かさせなさい。
剣先をイギリス人の血に浸したいという欲望で。
飢えた人が食べものを求めるくらいに飢えた欲望で。」

79.
「騎兵たちには、偃月刀を
ふりまわさせ、またきらめかさせなさい。さまよう彗星が、
その炎を消したいと願っているときのように、
死と悲しみの海のなかで。」

80.
「あなたがたは、静かな決意をもって立ちなさい。
黙って密に生い茂る森の木のように、
腕を組み、けっして敗れることのない武器で
あるようなまなざしとともに立ちなさい。」

81.
「〈恐れ〉、全力で走る軍馬よりも早く
広まる〈恐れ〉には、あなたがたの陣内を
素通りさせなさい。ただの影として
それを無視しなさい。心をくじかれてはいけません。」

82.
「あなたがたの国の法、
よいものであれ、悪いものであれ、法をあなたがたのあいだに立たせましょう。
一対一、手足を組みあって争うとき、
その審判者として--」

83.
いにしえから伝わるイングランドの法にです。それは、
その聖なる頭が老いて白くなっているほど昔からある法、
何が正しいか、今よりもわかっていた時代の法です。
その神聖かつ厳粛な声は、〈自由〉、あなたの声を
こだまするものであるはずです!

84.
「そのような法、〈自由〉の存在を国に告げる
神聖な使者である法を犯す者の上に、
流された血のしみが残ることでしょう。
あなたがたの上にではなく。」

85.
「もし、暴虐な王たちがそうしたがるなら、
あなたがたのなか、馬で走りまわらせなさい。
切り殺させ、刺し殺させ、手足を切り落とさせ、倒させなさい--
やりたいようにやらせなさい。」

86.
「あなたがたは腕を組み、まっすぐなまなざしで、
恐れや動揺に襲われることなく、
殺戮を犯す者たちを見つめなさい。
やがて血に対する彼らの飢えは静まるでしょう。」

87.
「そして、恥ずかしい思いをしつつ、彼らは帰っていくでしょう、
もと来た場所へと。
流された血は語ることでしょう、
頬の上の熱い赤らみとなって。」

88.
「国の女性たちすべてが
立っている彼らを指さすことでしょう--
暴虐な者たちは、目をあげて声をかけることすらできないでしょう、
通りで知りあいにあったときでも。」

89.
「勇敢な、真の戦士たち、
戦争において〈危険〉と抱きあってきた戦士たちは、
自由を求める者たちを支持するようになるでしょう、
暴虐で卑しい者のなかにいることがはずかしくなって。」

90.
「国の人々に対する殺戮は、
湯気のように立ちのぼって消え、息吹きのような、
心ゆさぶる神託が聞こえるでしょう。
遠くで噴火する火山のように。」

91.
「そしてそのとき、次の言葉が、
〈抑圧〉を断罪し、雷で撃って滅ぼすかのように、
すべての人の心と頭に鳴りひびくでしょう、
何度も--くり返し--くり返し--」

92.
「眠りからさめたライオンのように立ちあがりなさい。
打ち負かされざる大群となりなさい。
あなたたちを縛る鎖をふりはらって落としなさい、
まるで寝ているあいだに降りてきた露のように。
あなたたちは多数、支配する彼らはほんのわずかな者たちです。」

* * *
Shelley, The Mask of Anarchy (訳注)
Shelley, The Mask of Anarchy (解説)
Shelley, The Mask of Anarchy (英語テクスト)

* * *
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Shelley, The Mask of Anarchy (解説)

パーシー・B・シェリー (1792-1822)
『〈混沌〉の仮面劇』(解説)

I. 仮面劇(masque/mask)について

仮面劇は、16世紀後半から17世紀前半の宮廷で
おこなわれた、仮面・仮装舞踏会と劇が合体した
娯楽・芸術・文学ジャンル。ジェイムズ一世の宮廷で
ベン・ジョンソンと建築家・舞台美術家のイニゴ・ジョーンズが
芸術・文学の一形態として確立。

民間の演劇とは違い、この舞台には巨額の費用が
注ぎこまれ(宮廷のものだから)、凝った舞台装置
(背景画が次々に変わる、ワイヤーで空を飛ぶ、など)や
音楽(もちろん生演奏)が用いられた。この点で、
仮面劇は、王政復古期以降の演劇の、ひいては
現代の演劇、映画、TVドラマ、プロモ・ヴィデオなどの
ルーツといえる。

ジョンソンが確立したパターンは、およそ以下の通り。

(1)
プロの役者が演じる、擬人化されたさまざまな〈悪徳〉が
出てきて(つまり、イギリス文学に伝統的なアレゴリー形式)、
ばちあたりな会話を交わし、ばちあたりな歌を歌い、
グロテスクなダンスをする。

これはanti-masque(「裏仮面劇」くらいの意味)と
呼ばれるもので、下の(2)を引き立たせるものとして
ジョンソンが「女王たちの仮面劇」で確立した。
(それ以前の『黒の仮面劇』と『美の仮面劇』のセットや
『婚姻の神の仮面劇』などにおける実験を経て。)

(2)
王や貴族たちが演じる、擬人化されたさまざまな〈美徳〉が
登場し(空から飛んで来たりする)、〈悪徳〉たちは退散する。
〈美徳〉たちはりっぱな話をし、りっぱな歌を歌い、そして美しく踊る。
こちらがもともとの「仮面劇」masque。

(3)
観客である王や貴族たちを交えて、盛大なダンス・パーティに
なだれ込む。

このジョンソンのパターンをシェリーの「〈混沌〉の仮面劇」も
踏襲している。冒頭1/3は〈混沌〉の一味がグロテスクに描かれる
「裏仮面劇」で、残りの2/3、〈希望〉の自殺未遂、「よろいを
着た何か」による人々の啓蒙、〈希望〉の復活、〈混沌〉の死以降の
ふつうの人々の讃歌、自由の讃歌が「仮面劇」。

ただシェリーは、ジョンソンの仮面劇とは正反対に、
「裏仮面劇」の中心である〈混沌〉をタイトルにしている。

ジョンソンは王侯・貴族を称えるかたちで仮面劇を
書いたので、当然いいイメージの言葉がタイトルに来るが、
シェリーは当時の王侯・貴族・政治家たちへの強い憤りを
表現するためにこの作品を書いたので、〈混沌〉という
悪い概念がタイトルになっている。イヤミ、諷刺として。

整理すると--

(ジョンソン)
王侯貴族=美徳=仮面劇

(シェリー)
王侯貴族=悪徳=裏仮面劇

* * *
(つづく)

* * *
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Shelley, The Mask of Anarchy (訳注)

パーシー・B・シェリー (1792-1822)
『〈混沌〉の仮面劇』

(数字は行ではなくスタンザをあらわす。)

タイトル
Anarchy
道徳的混乱(OED 2)。いわゆる無政府状態(OED 1)
というより、この詩では、政府があってもそれが正義をなして
いない状態を指す。

シェリーの念頭にあったと思われるのは、ミルトンの『失楽園』
第二巻。そこでは、天地創造前に天国と地獄のあいだにあった
〈混沌〉がAnarchyと呼ばれている。

2.
Castlereagh
ロバート・スチュワート、カースルレイ子爵(Robert Stewart,
Viscount Castlereagh)。政治家。アイルランド担当大臣、監督局長、
陸軍大臣、外相を歴任。外相時には、反ナポレオン同盟の中枢として
活躍。ショーモンとウィーン、パリ、エックス・ラ・シャベルでの
会議におけるイギリス代表。戦闘を避けるため、列強間での
「会議外交」を主張。同性愛に関する脅迫を受けたと思いこんで自殺。
(『岩波=ケンブリッジ 世界人名辞典』より。)

擬人化された抽象概念である〈虐殺〉が
カースルレイの仮面をつけていた・・・・・・
つまり実在する人物としてのカースルレイは、
実は人間ではなくて〈虐殺〉そのもの、ということ。

4.
Eldon
ジョン・スコット、エルドン卿(John Scott, Lord Eldon)。
スタンザ2のカースルレイと同様、実在人物エルドンの
中身は〈謀略〉そのもの、ということ。

ermined gown
大法官のガウンにはオコジョの毛皮の装飾があったとのこと。

mill-stones
冷酷な人について、(涙のかわりに)ひき臼を目から流す、
という慣用句があった(OED, "millstone" 2b)。

5.
(さすがイギリス人・・・・・・。)

6.
Sidmouth
シドマス子爵。内務大臣(1812-22)。
スタンザ2, 4と同様、シドマスの中身は〈偽善〉
ということ。

crocodile
クロコダイルは、獲物をおびき寄せるために、また
獲物を食べながら、涙を流す(らしい)。ということで、
偽善をあらわす動物。

7.
スタンザ2, 4, 6と同様、実在する主教たち、法律家たち、
貴族たち、スパイたちの中身は〈破壊〉ということ。

ふつうの仮面では目は隠れないが、ここでは〈破壊〉たちが
人間の姿に仮装しているので、目までが偽りのもの。
人間っぽく見えるようになっているが、本当の姿はもっと
おぞましいはず・・・・・・。

8.
聖書「ヨハネの黙示録」6章8節より--「見よ、
青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は
『死』と言い・・・・・・」(日本聖書協会、口語訳)。

ベンジャミン・ウェストBenjamin Westの絵、
「青白い馬にのった〈死〉」"Death on the Pale Horse"
など参照。

(「血しぶき」はシェリーの創作。)

10.
インド神話より。クリシュナ神(Juggernaut)の像を
のせた大きな車を引いて練りまわる行事が毎年あり、
その車に轢き殺されると極楽往生ができる、ということで、
信者たちがみずからよろこんで轢かれた、とのこと。
(OED, "Juggernaut" 1; 『リーダーズ』
"Juggernaut".)

12.
glorious
輝かしい、栄誉ある(OED 3)。
豪華絢爛な(OED 4)。
(文字通り、あるいは皮肉で)とてもすばらしい、
とてもりっぱな(OED 5a-b)。
我を忘れるほど酒に酔っている(OED 6)。

triumph
(ローマ史)戦争に勝った軍(の指揮者)の帰国、
凱旋行進(OED 1)。
豪華絢爛、りっぱなようす(OED 3)。
勝利のよろこび(OED 5)。

proud
おごり高ぶる、傲慢な(OED 4)。
勇敢な、強い(OED 7)。

gay
陽気な、楽しげな(OED, adj. 1)。
(色などが)派手な、着飾った(OED, adj. 3-4)。

desolation
国、土地を壊滅させること(人を殺し、建物を壊し、
作物を荒らし、居住できないようにすること)(OED 1)。

13.
pageant
あちこち移動して演じられる野外劇(の舞台)(OED 1-3)。
見世物的な行進(OED 5)

15
The hired murderers
兵士たちのこと。

19.
ニカッと笑うガイコツが、「毎度! おおきに!」みたいな。
皮肉な、しかし笑わせるスタンザ。当時の摂政の宮ジョージ
(のちのジョージ四世)の散財に対する諷刺(ということらしい)。

20
王権の背後にあるのは〈混沌〉、道徳的混乱、正義の不在、
ということ。

Sceptre, crown, globeは王位をあらわすもの。

22
〈希望〉があらわれるこのスタンザから、悪徳・悪役の
支配する裏仮面劇から、美徳と正義の勝利を歌う仮面劇への
移行がはじまる。

23
通常〈時間〉は、砂時計(人の命の長さをはかるもの)と鎌
(人を刈りとる、つまり死なせる、もの)をもつものとして、
つまりDeath(〈死〉、あるいは死神)に近いかたちで
イメージされるが、ここではそんな〈死〉のイメージが
〈混沌〉のほうに与えられ、〈時間〉は前向きなもの、
〈希望〉を生むものとされている。また〈死〉と結びつく
通常の〈時間〉は強力なものであるのに対し、〈希望〉の
父としてのここでの〈時間〉は、どうしようもないほど
無力なものとして描かれている。

絵画、彫刻などにおける〈時間〉は、〈死〉にくらべて
はるかにやさしい印象になっている。


ベルギーのどこかの墓地にある〈時間〉の像
Photo by Demeester
http://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Gent_Westerbegraafplaats_113.JPG

このような〈時間〉から、さらに力を奪ったのが
シェリーの〈時間〉像。

なお、このシェリー〈時間〉には、時の王ジョージ三世の
姿が重ねられているともいわれる。

24
通常の〈時間〉は、人を殺すのに対し、ここでは〈時間〉の
子どもが殺されている。

27
現代のアニメ的、CG的な描写を言葉だけで。

28
一粒一粒が日に照らされてキラキラ輝く雨粒
よりも光り輝く毒ヘビ、という美しさと恐ろしさの共存が
ポイント。美と崇高の共存。

29
真紅の光が降りそそぐ--血の雨のような恐ろしいイメージを
想起させると同時に、大地に流れる血(=〈混沌〉一味の暴虐)との
対比をなしている。

31
(来ました来ました。)

行頭でわからないが、〈思考〉は大文字ではじまるアレゴリー
として解釈。

32
このスタンザの〈希望〉は、ある種のいい絵になるはず。

34
a rushing light of clouds
複数の雲から一筋(ひとまとまり)の光がほとばしり出るようす。

splendor
その結果、空が全体的にまばゆく輝くようす。

A sense awakening and yet tender
= A sense that is awakening and yet tender

Was
ここのa light, splendour, a senseが実はひとつの
ものであることを示す。目や耳など特定の感覚器官で感じるもの
ではなく、いわば五感すべて、からだ(と心)全体で感じるようなものとして。
だから--

heard and felt
A light, splendour, A senseが「聞こえた」、という
共感覚的な、ありえない表現。補足として(より、あるいはやや)
正確にfeltといい直している。

37.
ここからスタンザ34にあるThese words of joy and fear
の内容。35にあるように、まるで大地が話しているかのような、
どこからともなく聞こえる声。

Heroes of unwritten story
伝統的に文学上の英雄は王や貴族、神の血を引く者など。
(『イリアス』、『アエネイス』など古典叙事詩や、アーサー王伝説
など参照。) ここで呼びかけられている「イングランドの人々」は
一般の、政治的には治められ、支配される側の人々であり、
そのような人々を英雄的な主人公とする物語は書かれてきて
いなかった。16-17世紀のシティ・コメディ、18世紀新興の小説
などは、非英雄的なジャンルなので、ここでは視野に入っていない。

ここでの「イングランド人=希望」という表現は、スタンザ22から
登場する〈希望〉の兄弟姉妹が実はまだ生きている、ということを
あらわしている。

39
つまり、「イングランド人」という言葉を発すると、「奴隷」という
反響が広がる、ということ。



40
[A]s in a cell以降の構文は、

as to dwell in a cell For the tyrants' use.
(暴君の使用のために独房に生きているかのように。)

そのようなかたちで命が手足のなかで何とか生きている、
というたとえ。

手足=独房
命=囚人

[A]s in a cellのasは、「まるで」(OED, adv. 10a)、
あるいは、「たとえば」(OED, adv. 26)。

41.
So that以下、構文的には、前スタンザのas to dwell in
a cell For the tyrants' useにつながる節だが、
スタンザが別れていることもあり、内容が独立してしまっている。

そしてその結果、「独房のなかの囚人のような、手足のなかの命」
という比喩とは関係なく、ただイングランドの人々の現状をあらわす
内容となっている。

165行の構文は、bent With or without your own will.

43.
riot
ぜいたくで、節度がなく、無駄の多い生活(OED 1)。

44―47
奴隷の状態とは、財産を奪われ(44-45)、意志を奪われ
(46)、そして身体的にも暴力にさらされること(47)、という流れ。

44-45.
the Ghost of Gold
Paper coin
紙幣のこと。記された量の金、銀、銅の価値が
あるとされるが、実際ただの紙きれなので、それらの「亡霊」。

シェリーは金本位制を支持し、紙幣流通を批判していた
とのこと(?)。インフレによって紙幣の価値が下がると、
紙のかたちで握らされている人々の財産も減少することになる。
そのようなかたちで財産が巻きあげられている状態を批判。

47.
朝露のかわりに血が草の上に・・・・・・。
美しくもグロテスクな、シェリー的なイメージ。

48.
武装抵抗、抵抗のための暴力の否定。
シェリーの政治的・社会的思想の中心のひとつ。

50.
1839年のMary Shelley編の詩集以降、削除されてしまった
スタンザ。

スタンザ49-51までの動物への言及がくどい、特にこの
スタンザ50は重要なことをいっているように見えない、
ということだろうが、鳥という詩的な動物(49)から、
仕事に使う牛馬、ペットとしての犬という生活に密着した
動物を経て(50)、ロバ、ブタという愚かで汚いイメージの
もの(51)まで、という流れをつくるために、本来この
スタンザ50は重要。

つまり、動物を上等のものから下等なものまで概観し、
そして、上等のもののみならず、最下等のものでも
イングランド人以上のくらしをしている、といいたいのが
これらのスタンザ。

51 but
= except

51 one
= Thou = Englishman

53-65
〈自由〉への呼びかけ。ここでは、thou = Freedom.
話しているのは、引きつづき、スタンザ35の「まるで大地が
話しているかのような、どこからともなく聞こえる声」。

55
table: 食べもの、食事(OED 6c)。

ここの構文は、たとえば、thou art bread, And a comely
table spread [which is/has] come From his daily labour. . . .

このcomeが説明しているのは、breadと/あるいはtable.

構文が若干ややこしいのは、bread-spread, come-homeの
脚韻をつくるため。

75.
武力ではなく言葉で戦うことを推奨。

77.
"[T]he clash of clanging wheels, /
And the tramp of horses' heels"
というのは、大砲で打たれて混乱している軍のようすを
あらわす音。

78.
食べものを強く求める飢えた人=
イングランド人の血を強く求める暴君側の剣、
という比喩。

79.
海に落ちて自分の炎を消したがっている彗星=
イングランド人の血に浸って自分の炎を消したがっている
暴君側の騎兵の偃月刀、という比喩。
この偃月刀がもたらすのがdeath and mourning.
構文的にかなり凝縮されている。

81.
Phalanxは古代の戦争の陣形。武装した歩兵が
密に集まり、盾がつながり、長い槍が重なるスタイル。
スタンザ80の「密に生い茂る森の木」は、この陣形の
なかの兵士の比喩。

82.
Hand to hand, and foot to foot,
一対一で、手足があたるくらいの近距離で
(なされる戦いにおいて)(OED, "Hand to hand";
"foot" 26b)。

83.
法が〈自由〉の声をこだまする =
法が人々の自由を保障する、守る、ということ。

法 = 〈自由〉のこだま、というのは、
「イングランド人」という言葉のこだま = 奴隷の状態
という表現(スタンザ39)の裏返し。

84. heralds
スタンザ83のThe old laws of Englandのこと。
法の声が〈自由〉の声のこだまだから、法が〈自由〉の
存在を告げる。

85.
以降でthey/them/theirなどでおきかえられて
いる内容から見て、ここのtyrantsは、暴虐な「君主」
というより、そんな君主の下で残虐行為をおこなう軍の
者たち、兵士たち。

87.
「頬の上の熱い赤らみ」が語るのは、殺戮の事実と
それを犯した暴君たちのはずかしい気持ち。

88.
(ここで女性の白い目、後ろ指への思考が向かうところが、
とてもシェリー的な気がする。)

90.
Shall steam up like inspirationのところ、
Shall steam up と like inspiration で
内容を区切って意訳。

92.
スタンザ38のくり返し。

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