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Rossetti, CG, "In an Artist's Studio"

クリスティーナ・G・ロセッティ (1830-1894)
「画家のアトリエにて」

ひとりの顔が、彼のすべての絵からこちらを見ている。
まったく同じひとりの女性が、座ったり、歩いたり、もたれたり。
彼女は、アトリエのスクリーンのすぐ向こうに隠れていて、
あの鏡にうつる彼女は、本当にきれいだった。
オパールやルビーの色のドレスを着た女王様、
あざやかな初夏の緑のなかの名もない少女、
聖人、天使――すべての絵の
意味はどれもまったく同じ、それ以上でも以下でもなく。
彼は、昼も夜も彼女の顔を糧に生きる。
彼女も、本当にやさしい目で彼を見つめ返す、
月のように美しく、光のように楽しげに、
待たされて生気を失っておらず、悲しみの影もなく。
それは今の彼女ではなく、希望が明るく輝いていた頃の彼女。
本当の彼女ではなく、彼の夢の中にいる彼女。

* * *

Christina G. Rossetti
"In an Artist's Studio"

One face looks out from all his canvasses,
One selfsame figure sits or walks or leans:
We found her hidden just behind those screens,
That mirror gave back all her loveliness.
A queen in opal or in ruby dress,
A nameless girl in freshest summer-greens,
A saint, an angel---every canvass means
The same one meaning, neither more nor less.
He feeds upon her face by day and night,
And she with true kind eyes looks back on him,
Fair as the moon and joyful as the light:
Not wan with waiting, not with sorrow dim;
Not as she is, but was when hope shone bright;
Not as she is, but as she fills his dream.

* * *

クリスティーナ・ロセッティが、兄ダンテ・ゲイブリエル・
ロセッティのモデルであり妻であったエリザベス・シダルに
ついて書いた作品。絵のなかでは幸せそうなのに、
実生活では不幸せ、と二人の関係を意地悪に描くからか、
クリスティーナの生前には未発表。

(義理の姉妹クリステイーナとシダルは、あまりいい関係では
なかったらしい。)

* * *

まず資料を。
(著作権関係の確認をとっていないものはリンクのみ。)

C・G・ロセッティ(兄のモデルもしていた)

D. G. Rossetti, "Ecce Ancilla Domini!"
Tate, London所蔵
処女受胎を天使に告げられて驚くマリアのモデルとして

D・G・ロセッティ
(ちなみに本名はGabriel Charles Dante Rossetti)
http://www.rossettiarchive.org/docs/s434.rap.html
http://www.rossettiarchive.org/docs/op11.rap.html

エリザベス・シダル

D. G. Rossetti, "Beata Beatrix"
Tate, London所蔵
死の瞬間のベアトリーチェとして。
ベアトリーチェはイタリアの詩人ダンテの愛した女性。

---
(唐突で、しかも悪趣味なようで少し迷いましたが、
"Beata" のもつ、ロセッティの他の作品にはない説得力の
ようなものが伝われば、と思って少し記します。)

シダルは、アヘンチンキの過剰摂取によって1862年に
死去。"Beata" はその死の瞬間を美化したもの。
野に咲く朱色のケシの花の色をした鳥が
アヘン用の白いケシの花を胸に運んできて、
その瞬間に天から強い光が頭の上に注がれて・・・・・・。

野に咲くケシ (field poppy)

By MichaelMaggs
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:
Field_poppy_(Papaver_rhoeas)_in_meadow.jpg

アヘン用のケシ(opium poppy)

By de:User:Horli [?]
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:
Papver_field_france.jpg
(アヘン用のケシの花には赤いものもあるよう。)

"Beata" に描かれた死の瞬間に対し、実際にロセッティが
目にした最期のシダルは、アヘンで完全に意識を
失っていて、また、胃を洗浄するために口から流しこまれ、
そして強いアヘン臭とともに吐き出された大量の水に
まみれたまま、ぐったり横たわっていた。
William Rossetti, Dante Gabriel Rossetti:
His Family-Letters
, 2 vols. (London, 1895)
1: 221-4.
http://www.archive.org/details/
dantegabrielros04rossgoog

つまり、"Beata" は、シダルの無残な最期を、
彼女のために、また自分のために、美しく脚色した作品と
いえるかと。

自分のために、というのは、ロセッティはシダルと
(非公式に)婚約してから結婚までずいぶん彼女を
待たせていたり、またその間や結婚後に他の女性たちと
関係をもっていたりして、シダルの死に際して
大きな自責の念にとらわれたから。(彼女の亡霊を
見るようにもなったり。)

---
なお、シダルの死については、ロセッティの不貞や
流産などのため絶望して自殺、という説が有力なようだが、
次の事実を照らしあわせると、事故死の可能性も
捨てられないと思われる。

1
シダルは、ロセッティと(スウィンバーンと)飲んで
帰ってきて、その後ロセッティがさらに外出している間に
アヘンチンキを飲みすぎて昏睡に陥り、そのまま死亡。

2
アヘンは飲みすぎに効く、という俗説が19世紀にあった。

(関心のある方には、以下の資料など。)
"Case of Delirium Tremens," Lancet (1827-8)
2: 827 (27 Sep. 1828).
http://www.archive.org/details/lancetmed1828wakl

George Combe, The Constitution of Man
(New York, 1835) 81
http://www.archive.org/details/
constitutionofma00combuoft

Thomas Inman, Foundation for a New Theory and
Practice of Medicine
, 2nd ed. (London, 1861) 429.
http://www.archive.org/details/
foundationforan00inmagoog

Virginia Berridge and Griffith Edwards,
Opium and the People (New Haven, 1987),
33-34, 80.
---

* * *

(だいぶ脱線しました。)

「画家のアトリエにて」に関係する資料を。

5 opal
たとえば、次の絵で、シダルはオパール色の服を着ている。
http://www.rossettiarchive.org/docs/s50.r-1.rap.html
("Queen" としてではなく、タイトル通り、ベアトリーチェとして。)

オパール

By Hannes Grobe
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Opal_nz_hg.jpg

他にも、次のものなど。

D. G. Rossetti, "The Damsel of Sanct Grael"
Tate, London所蔵


D. G. Rossetti, "St George and Princess Sabra"
Tate, London所蔵

5 ruby
たとえば、こんな絵?

D. G. Rossetti, "The Tune of the Seven Towers"
Tate, London所蔵
(Deliaは女王ではなく、夫の不在中に詩人Tibullusや
他の男性を愛人にしたような古代ローマの一般の女性。)

これも。
http://www.rossettiarchive.org/docs/s62.rap.html

6 A nameless girl in freshest summer-greens
このような設定でシダルを描いた絵はなさそうだが、
確かにシダルを描く絵には(freshではない)緑色が
目立つ(オパール色?)。上の "Beata" や次のものなど。
http://www.rossettiarchive.org/docs/s458.rap.html
http://www.rossettiarchive.org/docs/s471.rap.html
http://www.rossettiarchive.org/docs/s118.r-1.rap.html

シダル自身による自画像でも。
http://www.rossettiarchive.org/docs/op55.rap.html

7 A saint, an angel
聖母マリアとしてシダルを描いたものがあてはまる。

D. G. Rossetti, "Mary Nazarene"
Tate, London所蔵

これも。
http://www.rossettiarchive.org/docs/s69.rap.html

上のベアトリーチェものも?

他には、シダルとの共作のこれなど:
http://www.rossettiarchive.org/docs/sa116.rap.html

ヤコブの妻として、という次の絵は?

D. G. Rossetti, "Dante's Vision of Rachel and Leah"
Tate, London所蔵
(顔を見ると、紫の服の女性のモデルがシダル。
どちらがRachelでどちらがLeahかは、後日聖書やダンテなど
きちんと読んで、わかったら追記します。)

10-11
上の絵からもわかるように、ロセッティの描くシダルは、
「本当にやさしい目で彼を見つめ返」しておらず、
また「光のように楽しげ」でもなさそう。幸せそうな
絵のなかのシダルと、不幸な現実のシダル、という対立は、
いわばフィクション?

しかし、シダルを描いたロセッティのデッサンについて
次のような証言も。

Madox Brown (1854/10/06):
[Rossetti has been] Drawing wonderful and lovely
Guggums [Siddal] one after another, each one
a fresh charm, each one stamped with immortality.

Ruskin (1860/09/04):
I looked over all the book of sketches
at Chatham Place yesterday. I think Ida
[Siddal] should be very happy to see how
much more beautifully, perfectly, and tenderly
you draw when you are drawing her than when
you draw anybody else. She cures you of all
your worst faults when you only look at
her.

以上、William Michael Rossetti, Dante Rossetti
and Elizabeth Siddal
(1903) 292 より。
http://www.rossettiarchive.org/docs/
n1.b95.v1.n3.rad.html

そんなデッサンの例。

D. G. Rossetti, "Elizabeth Siddall in a Chair"
Tate, London所蔵


D. G. Rossetti, "Elizabeth Siddall Plaiting her Hair"
Tate, London所蔵

これらのデッサンは次のアドレスでまとめて見られる:
http://www.rossettiarchive.org/racs/
pictures.chrono.rac.html

(Freshでhappyに見えますか? ラスキンのいうように、
beautifully, tenderlyに描かれているとは
思いますが、「さわやかで幸せそう」、というよりも
もの憂げ、はかなげ、切なげな気がします。)

いろいろ総合して考えると、クリスティーナは、
兄ダンテが山のように作成していたシダルのデッサンと、
それからいくつかの水彩を見て、「画家のアトリエにて」を、
ノンフィクションに基づくフィクションとして書いた、
と考えるのが妥当かと。

* * *

ついでに、ですが、ロセッティの絵に描かれたシダルを見て、
どう思われますか? 個人的には、「美しい」というより
「特徴的」な人として描かれているように思うのですが。
上の二枚目のデッサンのような絵は、むしろ例外的で。

そんな絵のなかの彼女と、ロセッティの周辺の人たちが
彼女のルックスを大絶賛している言葉を総合すると、
おそらくシダルには、写真には写らない類の美しさ、
外見的な魅力や存在感があったように思われます。
(実際、写真においても、いわゆる「美人」には
見えません。)

そのような彼女の特徴をとらえるために、ロセッティは
彼女のデッサンを大量につくったのかな、と勝手に
想像して、納得しています。(もともとロセッティは、
画家としてそれほど上手なほうではなかったりもして。)

(アルコールやアヘンに対する依存があるなど、
シダルは性格的にも特徴的な人だったようです。
個人的には、あまりピンときませんが、いわゆる
femme fataleタイプということなのでしょうか。)

* * *

以下、形式、音について。

形式はイタリア式ソネット(abba/abba/cdc/dcd)。
構成、脚韻ともにほぼ完璧だが、最後の三行連の脚韻dのみ
微妙に不完全かつ余剰。

微妙に不完全、というのは語尾の母音+子音が
/im/と/i:m/ で、若干ずれているから。

余剰というのは、dimとdreamの最初と最後の
子音がパラライム的に同じだから(d---m)。





---
/: ストレスのある音節
- 一音節の内容語の音節
- 二音節以上の内容語の第一ストレスのある音節
- 上記以外で、意味的に強調されていると考えられる音節

x: ストレスのない音節
- 機能語内の音節
- 二音節以上の内容語の第一ストレスのない音節
---

この詩の音声的な特徴は、強調箇所が明確なこと。

ストレスのある音節が並んでいるところを集めてみる。

1 One face looks out
2 One selfsame figure sits
8 The same one meaning
10 true kind eyes looks back
12 hope shone bright

キーワードは "one"--この詩の「彼」が描くのは
彼女「ひとり」だけ。大切なのは彼女「ひとり」だけ。
彼女のほうも、絵のなかから「本当にやさしい目で
見つめ返す」。絵のなかの彼女は、「希望に明るく
輝いていた」。

この幸せそうな様子の要約であるかのように
その描写の最後に置かれた11行目(Fair as the moon
and joyful as the light)は、前半と後半が
対句になっていて(A as B / C as D)、この詩のなかで
唯一四拍子、ストレス・ミーターとなっている。
(上のスキャンジョンのBのところで、手拍子など
リズムをとってみてください。)歌うように、
「とってもキレイで、とっても楽しげ!」

このように幸せで楽しげなようすを強調しておいて、
最後の三行で完全にひっくり返す。

12 Not wan with waiting
12 not with sorrow dim
13 Not as she is
14 Not as she is

キーワードは、三行連続で行頭におかれて
いやでも目につく "not". (リズム的にも、弱強格が
倒置されて強弱となっていて目立つ。)
縦読みすれば、「違う、違うの、今は違うのよ・・・・・・」。

この結論部により、1-11行目で強調されている幸せで
楽しげなようすの意味が、180度転回する。

今、彼にとって大切なのは彼女「ひとり」だけ、ではない。

彼女が、「本当にやさしい目で見つめ返す」のは、
絵のなかだけの話、もう過去のこと。

今、彼女は、「希望に明るく輝いて」いない。

今の彼女は、「とってもキレイで、とっても楽しげ!」ではない。

以上のような、過去(11行目まで)と現在(12-14行)の対立は、
前半の"one" /wʌn/ と12行目の "wan" /wɑn/ の言葉遊びにも
反映されている。(音声記号はきちんと表示されているでしょうか?)

かつての彼女はone(ひとりだけ)
今の彼女はwan(やつれて青白い)

一度全体を読み通し、もう一度この詩を最初から
読み返してみる・・・・・・冒頭の "One face" の背後に
"Wan face" が重なって聞こえて、見えて、きませんか?

* * *

英文テクストは、Poems of Christina Rossetti,
ed. William M. Rossetti (London, 1904) より。
http://www.archive.org/details/
poemsofchristina00rossからダウンロード可。

* * *

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Yeats, "Her Anxiety"

ウィリアム・B・イェイツ (1865-1939)
「彼女の不安」

美しく装った大地は、
春の帰りを待つ。
すべての真の愛は死ぬ、
よくても変わる、
より劣ったものに--
こんな話、嘘だと証明して。

恋人たちにはからだがあり、
多くを求める息があり、
だからふれあい、ため息をつく。
二人がふれあうたび、
愛は死に近づく--
こんな話、嘘だと証明して。

* * *

William B. Yeats
"Her Anxiety"

Earth in beauty dressed
Awaits returning spring.
All true love must die,
Alter at the best
Into some lesser thing.
Prove that I lie.

Such body lovers have,
Such exacting breath,
That they touch or sigh.
Every touch they give,
Love is nearer death.
Prove that I lie.

* * *

以下、訳注と解釈例。

これは、"Words for Music Perhaps" と
題された一連の詩のひとつ(10番)。

1-2
大地が春を待つのは冬の季節で、
そのとき大地は、実際には美しく装っていない
(草木は枯れている)。たとえば
きれいに装って恋人を待つ女性と
大地を重ねているから、論理的に
ゆるくあいまいな感じになっているのかと。
(議論ではなく歌、ということで。)

3-5
1-2行目に暗示されている季節の変化と
恋愛関係の変化を重ねている。
「草木や花が枯れ、しおれ、散るように、
愛も・・・・・・」。

7-9
Such . . . that . . . の構文。
最初のsuchはso greatのような意味で、
That節は結果をあらわす(OED, "Such" 13a)。

直訳すれば、「恋人たちはそんなからだと、
そのようにexactingな息をもっているから、
ふれあい、ため息をつく」。

最初のSuchに、後から次行のSuch exactingが
重なり、あ、そういうことか、とわかる。つまり、
そのようにexacting = 多くを要求する、犠牲を強いる、
ということか、と(OED, "Exacting," ppl.a 3)。

まとめ: 7-9行目は、「恋人たちは身体的に
多くを求めあうからふれあう。また精神的にも
多くを求めあうから(そして求めるものを相手から
得られないから)ため息をつく」というような意味。

* * *

意味的に響きあう脚韻:
dressed - best
returning spring - lesser thing
die - lie
have - give
breath - death
sigh - lie

リズムはストレス・ミーター(四拍子)。
歌なので。

* * *

詩のリズムについては、以下がおすすめです。

ストレス・ミーターについて
Derek Attridge, Poetic Rhythm (Cambridge, 1995)

古典韻律系
Paul Fussell, Poetic Meter and Poetic Form, Rev. ed.
(New York, 1979)

その他
Northrop Frye, Anatomy of Criticism: Four Essays
(Princeton, 1957) 251ff.
(後日ページを追記します。和訳もあります。)

Joseph Malof, "The Native Rhythm of English Meters,"
Texas Studies in Literature and Language 5 (1964):
580-94

(日本語で書かれたイギリス詩の入門書、解説書の多くにも
古典韻律系の解説があります。)

* * *

英文テクストは、W. B. Yeats, Collected Poems,
1889-1939
<http://www.archive.org/details/
WBYeats-CollectedPoems1889-1939> より。

* * *

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From Dryden, Aureng-Zebe

ジョン・ドライデン(1631-1700)
『オーレン=ジーブ』より

皇帝:
神々よ、証言してくだされ、
わしは苦しんできた。耐えてきた。
すべてを支配する愛が攻めてきたからじゃ!
恥ずかしいこととはわかっておる、
忠実な者を裏切るなんての。自分の名誉を傷つけるなんての。
おまえの武勲に報いておらんこともじゃ。
ほんとにいろいろ考えた。あらゆることを天秤にかけた。が、無駄なんじゃ。
愛は強いんじゃ。現実的な考えなど通用せん。
理性なんかすっ飛んじまった。わしに見えるのはインダモーラの瞳だけなんじゃ。
これ以上何をいえというんじゃ? わしの罪は遺憾に思っておる。
罪深く、恥ずかしいことじゃ。
だがの、それでもあの子を求めずにはおれんのじゃ。

* * *
John Dryden
From Aureng-Zebe

Emperor.
Witness, ye powers,
How much I suffered, and how long I strove
Against the assaults of this imperious love!
I represented to myself the shame
Of perjured faith, and violated fame;
Your great deserts, how ill they were repaid;
All arguments, in vain, I urged and weighed:
For mighty love, who prudence does despise,
For reason showed me Indamora's eyes.
What would you more? my crime I sadly view,
Acknowledge, am ashamed, and yet pursue.

* * *
形式はheroic couplet, 弱強五歩格で二行ずつ
脚韻を踏む。セリフが詩で書かれているという
詩劇で、そのなかでも特に端正に様式化された
かたち。(たとえば、特に後期シェイクスピアの
かなり自由な、散文に近い詩劇とは正反対のスタイル。)

* * *
およそ以下のような状況での皇帝のセリフ。

1
オーレン=ジーブ(Aureng=Zebe)は皇帝(Emperor)の子で
すぐれた軍人。皇帝の支配を守るために勇敢に戦ってきた。

2
皇帝はオーレン=ジーブの恋人インダモーラ(Indamora)を
好きになる。

3
そこで皇帝はオーレン=ジーブにいう、「インダモーラは
オレによこせ、オレは皇帝でおまえの父だ。おまえには
忠誠の義務があるはずだ・・・・・・」。

(上のセリフでは、わし=皇帝、おまえ=オーレン=ジーブ)

* * *
ドライデンの生きた17世紀のイギリスは、次のような事情で
政治的にかなり混乱していた。

1
1640年代の内乱(国王チャールズ一世 x 議会)

2
1649年の国王チャールズ一世の処刑

3
1650年代の(粛清されたりしていて国民の代表とはいえない)議会や
クロムウェルによる法的正当性のない統治

4
1660年の王政復古以降のチャールズ二世のいろいろダメな統治
(正直頭のなかでまだきちんと整理できていませんが、
女性関係、第二次/三次英蘭戦争など外交関係、カトリック寄りの
宗教政策関係など)

これらが突きつける問題--
支配者が悪、あるいは愚かだったらどうする?
反乱を起こすべき? つかまえて処刑する?

しかし逆に、1649-60年の共和国期(国王のいなかった時期)の
経験からイギリス人が学んだ教訓--
反乱は悪政以上の混乱と不幸をもたらす。

ということで、『オーレン=ジーブ』の、悪で愚かな皇帝=父が
すぐれた息子の恋人を奪おうとする、という一見くだらないシナリオは、
とても深刻な政治的/社会的問題を突きつけている。

忠誠か、抵抗か?
義務か、愛か?

(伝統的に、「国王=国家の父」という考え方もあった。)

* * *
歴史的文脈を抜きにしても、上のセリフにはいろいろ考えさせられる。
けっして美しくはない、表には出せない部分を誰でももっていて、
そういうところをあえてえぐり出しているので。

だから、ドライデンのものをはじめ、王政復古期、
1660年代以降の劇作品は、今では人気がない。
たとえば、シェイクスピアの劇なら、どんな悲劇でも
ある程度の距離をもって、安心して見ていられるのに対し、
ドライデンなどのものでは、心の底の底にしまっておくべき
言葉や気持ちがポンポンと、実に軽やかに飛びかっている。

* * *
(以下の記述は要修正。記録として残す。)

ドライデンなどこの時代の演劇作品、
ある種の社会的な絶望感を感じる。
1640年代以降、政治的によかれと誰かが考える
統治形態が順番に実現し、そしてそれらがみな
失敗に終わる、死や不幸をもたらす、少なくとも
社会的安定や幸福をもたらさない、という状況が
つづくなかでの絶望感。努力が報われない、
善と信じてきたものが善をもたらさない、
という理解不能な現実を突きつけられて。

おそらくそれゆえ、ドライデンの劇作品の登場人物は、
頻繁に、軽々しいほど頻繁に、"fate" 「運命」という
言葉を口にする。人間の主体性や、その価値/意義が
疑われている、ということ。

* * *
英文テクストは、The Works of John Dryden,
ed. W. Scott (1808), vol. 5より。
http://www.gutenberg.org/ebooks/16208

* * *
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Herrick, "Love Me Little, Love Me Long"

ロバート・ヘリック (1591-1674)
「少し愛して、長く愛して」

あなたはいう、「わたしを強く思ってくれているのね。
でもお願い、少しだけ愛して。そのほうが長く愛してくれるでしょうから。
ゆっくり歩けば遠くまで行けるわ。ほどほどがいちばんなの。欲望は、
激しくなれば、死んでしまう、または疲れて弱くなってしまうわ」。

* * *
Robert Herrick
"Love Me Little, Love Me Long"

You say, to me-wards your affection's strong;
Pray love me little, so you love me long.
Slowly goes far: the mean is best: desire,
Grown violent, does either die or tire.

* * *
1 to me-wards
Towards me. OEDでは、なぜか1849年が初出。

1 affection
理性の対立項としての感情、気持ち、熱い恋愛感情、性欲。
(OED 3)

2 so
目的をあらわすso that構文のthatが省略されている。

3 Slowly goes far
副詞slowlyを強引に主語扱い。

3 the mean is best
アリストテレス以来の「中庸」の考え方。

* * *
(リズムについて)



四行とも十音節でそろっているが、前半二行と後半二行の
リズムが違うところがポイント。

詩の前半はストレス・ミーター。1行目はストレスのある音節が
四つバランスよく置かれていてリズムが明確。

2行目も、ストレス・ミーターに特徴的な行内の対句をもつ。
が、行の真ん中のコンマでリズムがとぎれるようになっており、
かすかに散文的な印象も。これは、歌的ではなく散文的な
3-4行目への移行をスムーズにするため。

詩の後半二行は弱強五歩格。コロンやコンマによる休止が
不規則で、また3行目末にコンマはあるが行またがり的で、
ある意味、完全に散文的に自由。これは、この詩の「あなた」の、
普通の語り口調を模倣するもの。

---
一般的にいって、四拍子のストレス・ミーターより、
散文的に自由に変化させられる弱強五歩格のほうが
リアリスティックで、また内容的によりシリアス。
---

が、逆に、弱強五歩格は歌的にも変化させられる。
この詩の3-4行目は、声に出して読むと、息継ぎあるいは
意味の句切れごとに、次のように自然にわけられる。

Slowly goes far,
the mean is best:
desire, Grown violent,
does either die or tire.

これら四行は、ビートが二つあるいは三つずつ載るように
(ストレス・ミーターの一行、あるいはその半分として)
リズミカルに構成されている。



つまり、この詩の後半については、

「散文的に自由な行中休止をもつ弱強五歩格で、
かつ、この休止により逆説的にストレス・ミーターの
四拍子が見えてくる」

「ストレス・ミーターの改行位置を変えて、一見
散文的な弱強五歩格(十音節)にまとめなおしている」

などといったほうがより正確。

* * *
(ひびきあう母音/子音)
love-little-love-long
desire-does
die-tire

* * *
詩のリズムについては、以下がおすすめ。

ストレス・ミーターについて
Derek Attridge, Poetic Rhythm (Cambridge, 1995)

古典韻律系
Paul Fussell, Poetic Meter and Poetic Form, Rev. ed.
(New York, 1979)

その他
Northrop Frye, Anatomy of Criticism: Four Essays
(Princeton, 1957) 251ff.

Joseph Malof, "The Native Rhythm of English Meters,"
Texas Studies in Literature and Language 5 (1964):
580-94

(日本語で書かれたイギリス詩の入門書、解説書の多くにも
古典韻律系の解説がある。)

* * *
大原麗子さんの出ていた昔のCMのコピー、
「すこし愛して、ながく愛して」の元ネタ的小品。

へリックがオリジナルではなく、マーロウの
『マルタ島のユダヤ人』では、奴隷イサモアが
"Love me little, love me long: let music rumble"
などと娼婦ベラミラにいう。

また、15世紀の詩人・劇作家ジョン・ヘイウッドの
作品中で "Olde wise folke saie, loue me lyttle loue me long"
とある(会話のなかで男性が女性にこういう、詳細不明)
ので、これは古くからある言葉のよう。
(A dialogue conteinyng the nomber in effect of all
the prouerbes in the englishe tongue compacte in a
matter concernyng two maner of mariages, made and
set foorth by Iohn Heywood: 1546, STC 13291)

* * *
次の記事を参照して加筆・修正、20131005
山岸勝榮「すこし愛して、なが~く愛して」
http://blog.livedoor.jp/yamakatsuei/archives/51961844.html

* * *
英文テクストは、Robert Herrick, The Hesperides and
Noble Numbers
, ed. A. Pollard (London, 1898),
vol. 1 より。
http://www.gutenberg.org/ebooks/22421

* * *
学生の方など、自分の研究・発表のために上記を
参照する際には、このサイトの作者、タイトル、URL,
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してください。


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Herrick, "Rubies and Pearls"

ロバート・ヘリック(1591-1674)
「ルビーの原石、それから真珠のとれるところ」

どこでルビーは育つのかと訊かれて、
わたしは何もいわず、
指でさし示した、
ジュリアのくちびるを。
どこで、どのように真珠は育つのかと訊かれたので、
わたしは恋人に話しかけ、
口を開かせ、彼らに見せた、
小さな四角の真珠たちを。

* * *

Robert Herrick
"The Rock of Rubies, and the Quarry of Pearls"

Some ask'd me where the rubies grew,
And nothing I did say:
But with my finger pointed to
The lips of Julia.
Some ask'd how pearls did grow, and where;
Then spoke I to my girl,
To part her lips, and show'd them there
The quarrelets of Pearl.

* * *

ほんの小ネタ。恋人のくちびるがルビーのように
赤く、またその歯が真珠のように白くて、
そしてきれい、という内容。

ルビーの原石

By Rob Lavinsky, iRocks.com
http://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Corundum-edd15b.jpg

半分ほど生成した真珠

By Manfred Heyde
http://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Pearl_oyster.jpg

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リズムと形式について。



形式は、ビートが4/3(+1)/4/3(+1)と並び、
一行おきに脚韻を踏むバラッド・ミーター。
(各種のストレス・ミーターのなかでも、
もっとも庶民的なもの。)

しかし、音節数をきちんと8/6/8/6とそろえ、
庶民の間の歌であるバラッドより洗練された
雰囲気にしてある。

本物のバラッド的な四拍子四行ababのスタンザではなく、
八行のスタンザとなっているのも、庶民的なこの形式と
一線を画すためかと。(また17世紀のオリジナルを見て
確認します。)

* * *

詩のリズムについては、以下がおすすめです。

ストレス・ミーターについて
Derek Attridge, Poetic Rhythm (Cambridge, 1995)

古典韻律系
Paul Fussell, Poetic Meter and Poetic Form, Rev. ed.
(New York, 1979)

その他
Northrop Frye, Anatomy of Criticism: Four Essays
(Princeton, 1957) 251ff.
(後日ページを追記します。和訳もあります。)

Joseph Malof, "The Native Rhythm of English Meters,"
Texas Studies in Literature and Language 5 (1964):
580-94

(日本語で書かれたイギリス詩の入門書、解説書の多くにも
古典韻律系の解説があります。)

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英文テクストは、Robert Herrick, The Hesperides and
Noble Numbers
, ed. A. Pollard (London, 1898),
vol. 1 より。http://www.gutenberg.org/ebooks/22421から
ダウンロード可。

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