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Shelley, The Mask of Anarchy (訳注)

パーシー・B・シェリー (1792-1822)
『〈混沌〉の仮面劇』

(数字は行ではなくスタンザをあらわす。)

タイトル
Anarchy
道徳的混乱(OED 2)。いわゆる無政府状態(OED 1)
というより、この詩では、政府があってもそれが正義をなして
いない状態を指す。

シェリーの念頭にあったと思われるのは、ミルトンの『失楽園』
第二巻。そこでは、天地創造前に天国と地獄のあいだにあった
〈混沌〉がAnarchyと呼ばれている。

2.
Castlereagh
ロバート・スチュワート、カースルレイ子爵(Robert Stewart,
Viscount Castlereagh)。政治家。アイルランド担当大臣、監督局長、
陸軍大臣、外相を歴任。外相時には、反ナポレオン同盟の中枢として
活躍。ショーモンとウィーン、パリ、エックス・ラ・シャベルでの
会議におけるイギリス代表。戦闘を避けるため、列強間での
「会議外交」を主張。同性愛に関する脅迫を受けたと思いこんで自殺。
(『岩波=ケンブリッジ 世界人名辞典』より。)

擬人化された抽象概念である〈虐殺〉が
カースルレイの仮面をつけていた・・・・・・
つまり実在する人物としてのカースルレイは、
実は人間ではなくて〈虐殺〉そのもの、ということ。

4.
Eldon
ジョン・スコット、エルドン卿(John Scott, Lord Eldon)。
スタンザ2のカースルレイと同様、実在人物エルドンの
中身は〈謀略〉そのもの、ということ。

ermined gown
大法官のガウンにはオコジョの毛皮の装飾があったとのこと。

mill-stones
冷酷な人について、(涙のかわりに)ひき臼を目から流す、
という慣用句があった(OED, "millstone" 2b)。

5.
(さすがイギリス人・・・・・・。)

6.
Sidmouth
シドマス子爵。内務大臣(1812-22)。
スタンザ2, 4と同様、シドマスの中身は〈偽善〉
ということ。

crocodile
クロコダイルは、獲物をおびき寄せるために、また
獲物を食べながら、涙を流す(らしい)。ということで、
偽善をあらわす動物。

7.
スタンザ2, 4, 6と同様、実在する主教たち、法律家たち、
貴族たち、スパイたちの中身は〈破壊〉ということ。

ふつうの仮面では目は隠れないが、ここでは〈破壊〉たちが
人間の姿に仮装しているので、目までが偽りのもの。
人間っぽく見えるようになっているが、本当の姿はもっと
おぞましいはず・・・・・・。

8.
聖書「ヨハネの黙示録」6章8節より--「見よ、
青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は
『死』と言い・・・・・・」(日本聖書協会、口語訳)。

ベンジャミン・ウェストBenjamin Westの絵、
「青白い馬にのった〈死〉」"Death on the Pale Horse"
など参照。

(「血しぶき」はシェリーの創作。)

10.
インド神話より。クリシュナ神(Juggernaut)の像を
のせた大きな車を引いて練りまわる行事が毎年あり、
その車に轢き殺されると極楽往生ができる、ということで、
信者たちがみずからよろこんで轢かれた、とのこと。
(OED, "Juggernaut" 1; 『リーダーズ』
"Juggernaut".)

12.
glorious
輝かしい、栄誉ある(OED 3)。
豪華絢爛な(OED 4)。
(文字通り、あるいは皮肉で)とてもすばらしい、
とてもりっぱな(OED 5a-b)。
我を忘れるほど酒に酔っている(OED 6)。

triumph
(ローマ史)戦争に勝った軍(の指揮者)の帰国、
凱旋行進(OED 1)。
豪華絢爛、りっぱなようす(OED 3)。
勝利のよろこび(OED 5)。

proud
おごり高ぶる、傲慢な(OED 4)。
勇敢な、強い(OED 7)。

gay
陽気な、楽しげな(OED, adj. 1)。
(色などが)派手な、着飾った(OED, adj. 3-4)。

desolation
国、土地を壊滅させること(人を殺し、建物を壊し、
作物を荒らし、居住できないようにすること)(OED 1)。

13.
pageant
あちこち移動して演じられる野外劇(の舞台)(OED 1-3)。
見世物的な行進(OED 5)

15
The hired murderers
兵士たちのこと。

19.
ニカッと笑うガイコツが、「毎度! おおきに!」みたいな。
皮肉な、しかし笑わせるスタンザ。当時の摂政の宮ジョージ
(のちのジョージ四世)の散財に対する諷刺(ということらしい)。

20
王権の背後にあるのは〈混沌〉、道徳的混乱、正義の不在、
ということ。

Sceptre, crown, globeは王位をあらわすもの。

22
〈希望〉があらわれるこのスタンザから、悪徳・悪役の
支配する裏仮面劇から、美徳と正義の勝利を歌う仮面劇への
移行がはじまる。

23
通常〈時間〉は、砂時計(人の命の長さをはかるもの)と鎌
(人を刈りとる、つまり死なせる、もの)をもつものとして、
つまりDeath(〈死〉、あるいは死神)に近いかたちで
イメージされるが、ここではそんな〈死〉のイメージが
〈混沌〉のほうに与えられ、〈時間〉は前向きなもの、
〈希望〉を生むものとされている。また〈死〉と結びつく
通常の〈時間〉は強力なものであるのに対し、〈希望〉の
父としてのここでの〈時間〉は、どうしようもないほど
無力なものとして描かれている。

絵画、彫刻などにおける〈時間〉は、〈死〉にくらべて
はるかにやさしい印象になっている。


ベルギーのどこかの墓地にある〈時間〉の像
Photo by Demeester
http://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Gent_Westerbegraafplaats_113.JPG

このような〈時間〉から、さらに力を奪ったのが
シェリーの〈時間〉像。

なお、このシェリー〈時間〉には、時の王ジョージ三世の
姿が重ねられているともいわれる。

24
通常の〈時間〉は、人を殺すのに対し、ここでは〈時間〉の
子どもが殺されている。

27
現代のアニメ的、CG的な描写を言葉だけで。

28
一粒一粒が日に照らされてキラキラ輝く雨粒
よりも光り輝く毒ヘビ、という美しさと恐ろしさの共存が
ポイント。美と崇高の共存。

29
真紅の光が降りそそぐ--血の雨のような恐ろしいイメージを
想起させると同時に、大地に流れる血(=〈混沌〉一味の暴虐)との
対比をなしている。

31
(来ました来ました。)

行頭でわからないが、〈思考〉は大文字ではじまるアレゴリー
として解釈。

32
このスタンザの〈希望〉は、ある種のいい絵になるはず。

34
a rushing light of clouds
複数の雲から一筋(ひとまとまり)の光がほとばしり出るようす。

splendor
その結果、空が全体的にまばゆく輝くようす。

A sense awakening and yet tender
= A sense that is awakening and yet tender

Was
ここのa light, splendour, a senseが実はひとつの
ものであることを示す。目や耳など特定の感覚器官で感じるもの
ではなく、いわば五感すべて、からだ(と心)全体で感じるようなものとして。
だから--

heard and felt
A light, splendour, A senseが「聞こえた」、という
共感覚的な、ありえない表現。補足として(より、あるいはやや)
正確にfeltといい直している。

37.
ここからスタンザ34にあるThese words of joy and fear
の内容。35にあるように、まるで大地が話しているかのような、
どこからともなく聞こえる声。

Heroes of unwritten story
伝統的に文学上の英雄は王や貴族、神の血を引く者など。
(『イリアス』、『アエネイス』など古典叙事詩や、アーサー王伝説
など参照。) ここで呼びかけられている「イングランドの人々」は
一般の、政治的には治められ、支配される側の人々であり、
そのような人々を英雄的な主人公とする物語は書かれてきて
いなかった。16-17世紀のシティ・コメディ、18世紀新興の小説
などは、非英雄的なジャンルなので、ここでは視野に入っていない。

ここでの「イングランド人=希望」という表現は、スタンザ22から
登場する〈希望〉の兄弟姉妹が実はまだ生きている、ということを
あらわしている。

39
つまり、「イングランド人」という言葉を発すると、「奴隷」という
反響が広がる、ということ。



40
[A]s in a cell以降の構文は、

as to dwell in a cell For the tyrants' use.
(暴君の使用のために独房に生きているかのように。)

そのようなかたちで命が手足のなかで何とか生きている、
というたとえ。

手足=独房
命=囚人

[A]s in a cellのasは、「まるで」(OED, adv. 10a)、
あるいは、「たとえば」(OED, adv. 26)。

41.
So that以下、構文的には、前スタンザのas to dwell in
a cell For the tyrants' useにつながる節だが、
スタンザが別れていることもあり、内容が独立してしまっている。

そしてその結果、「独房のなかの囚人のような、手足のなかの命」
という比喩とは関係なく、ただイングランドの人々の現状をあらわす
内容となっている。

165行の構文は、bent With or without your own will.

43.
riot
ぜいたくで、節度がなく、無駄の多い生活(OED 1)。

44―47
奴隷の状態とは、財産を奪われ(44-45)、意志を奪われ
(46)、そして身体的にも暴力にさらされること(47)、という流れ。

44-45.
the Ghost of Gold
Paper coin
紙幣のこと。記された量の金、銀、銅の価値が
あるとされるが、実際ただの紙きれなので、それらの「亡霊」。

シェリーは金本位制を支持し、紙幣流通を批判していた
とのこと(?)。インフレによって紙幣の価値が下がると、
紙のかたちで握らされている人々の財産も減少することになる。
そのようなかたちで財産が巻きあげられている状態を批判。

47.
朝露のかわりに血が草の上に・・・・・・。
美しくもグロテスクな、シェリー的なイメージ。

48.
武装抵抗、抵抗のための暴力の否定。
シェリーの政治的・社会的思想の中心のひとつ。

50.
1839年のMary Shelley編の詩集以降、削除されてしまった
スタンザ。

スタンザ49-51までの動物への言及がくどい、特にこの
スタンザ50は重要なことをいっているように見えない、
ということだろうが、鳥という詩的な動物(49)から、
仕事に使う牛馬、ペットとしての犬という生活に密着した
動物を経て(50)、ロバ、ブタという愚かで汚いイメージの
もの(51)まで、という流れをつくるために、本来この
スタンザ50は重要。

つまり、動物を上等のものから下等なものまで概観し、
そして、上等のもののみならず、最下等のものでも
イングランド人以上のくらしをしている、といいたいのが
これらのスタンザ。

51 but
= except

51 one
= Thou = Englishman

53-65
〈自由〉への呼びかけ。ここでは、thou = Freedom.
話しているのは、引きつづき、スタンザ35の「まるで大地が
話しているかのような、どこからともなく聞こえる声」。

55
table: 食べもの、食事(OED 6c)。

ここの構文は、たとえば、thou art bread, And a comely
table spread [which is/has] come From his daily labour. . . .

このcomeが説明しているのは、breadと/あるいはtable.

構文が若干ややこしいのは、bread-spread, come-homeの
脚韻をつくるため。

75.
武力ではなく言葉で戦うことを推奨。

77.
"[T]he clash of clanging wheels, /
And the tramp of horses' heels"
というのは、大砲で打たれて混乱している軍のようすを
あらわす音。

78.
食べものを強く求める飢えた人=
イングランド人の血を強く求める暴君側の剣、
という比喩。

79.
海に落ちて自分の炎を消したがっている彗星=
イングランド人の血に浸って自分の炎を消したがっている
暴君側の騎兵の偃月刀、という比喩。
この偃月刀がもたらすのがdeath and mourning.
構文的にかなり凝縮されている。

81.
Phalanxは古代の戦争の陣形。武装した歩兵が
密に集まり、盾がつながり、長い槍が重なるスタイル。
スタンザ80の「密に生い茂る森の木」は、この陣形の
なかの兵士の比喩。

82.
Hand to hand, and foot to foot,
一対一で、手足があたるくらいの近距離で
(なされる戦いにおいて)(OED, "Hand to hand";
"foot" 26b)。

83.
法が〈自由〉の声をこだまする =
法が人々の自由を保障する、守る、ということ。

法 = 〈自由〉のこだま、というのは、
「イングランド人」という言葉のこだま = 奴隷の状態
という表現(スタンザ39)の裏返し。

84. heralds
スタンザ83のThe old laws of Englandのこと。
法の声が〈自由〉の声のこだまだから、法が〈自由〉の
存在を告げる。

85.
以降でthey/them/theirなどでおきかえられて
いる内容から見て、ここのtyrantsは、暴虐な「君主」
というより、そんな君主の下で残虐行為をおこなう軍の
者たち、兵士たち。

87.
「頬の上の熱い赤らみ」が語るのは、殺戮の事実と
それを犯した暴君たちのはずかしい気持ち。

88.
(ここで女性の白い目、後ろ指への思考が向かうところが、
とてもシェリー的な気がする。)

90.
Shall steam up like inspirationのところ、
Shall steam up と like inspiration で
内容を区切って意訳。

92.
スタンザ38のくり返し。

* * *
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